がんの早期発見に威力を発揮【PET検査】

秘密厳守の郵送血液検査
レス数が630を超えています。700を超えると表示できなくなるよ。

癌掲示板..>末期肝臓がん患者 家族の立場から

1 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/06(木) 08:06
治療のすべのない母を半年間自宅で介護していましたが、先日葬儀を
終えました。
別スレで意見交換していましたが、テーマからずれてきましたので、
こちらに新スレを作りました。
家族の立場からいろいろ意見交換できれば・・と思います。
別スレからの続きになりますので、わかりにくい点あるかもしれません。
肝臓がんの治療は・・・をご参考ください。

何から書いたらいいのかわかりませんが、この一ヶ月、もうだめかもしれない
という思いを何回も繰り返しながらも復活し、でも、少しずつ衰えていきました。
意識レベルがさがり、問いかけには何かを答えようとするのですが、言葉がでて
こなくなったり、混乱したり、水を飲めなくなったり・・。
ただ、最後まで本人は諦めることなく、努力の人でした。
本人のつらさがなくなるのなら病院に・・との思いでしたが、病院での処置と
自宅で過ごすことを天秤にかけながら、迷いながら、結局は最後まで自宅で
過ごしました。迷い続けた日々でしたが、今はベストだったと思っています。
最後の半日は、特に最後の一時間ぐらいは本人もきつかったと思います。
私は、自宅での家族の世話で、最後の瞬間は立ち会うことができませんでし
たが、父と叔母二人に見守ってもらいながらの旅立ちでした。

母とは生き方が違い、つらくあたった時期もありました。
ただ、いよいよ状態が悪くなっての半年で、母の介護をさせてもらえることで
今までの親不孝を少しでも償えるよう時間を作ってもらえたように
思います。
自分のためというよりも、家族のためにがんばってくれた母に本当に感謝しています。
また、介護の時間の中では、母の気持ちを尊重するあまり、とにかく父とぶつかりま
したが、母が亡くなるときにいろいろな思いも持っていってくれたようで、不思議
と父に対する気持ちもすーっと楽になったようにも思います。
改めてすごい人だと思います。

家族皆、悲しいというよりも、家族のために頑張りすぎるほど頑張った母に
やっと楽になれてよかったね・・という気持ちのほうが大きいです。
みな極限の状態でしたので、今日は少し体を休めて、また歩きだそうと
思います。

多分別スレからお付き合いいただいている方々も多いと思います。
うれしいお知らせも、心強い支えも、私の励みでした。
本当にありがとうございます。

また、新しくご覧になった方々へ。
決して決まったメンバーでの閉鎖的なスレッドではありません。
同じ立場を共有するものとして、体験したものしかわからないこと、
また情報があります。
少なくとも私は、とてもつらい状態のときに、そういうスレッドを
探していました。お互い支えあって、大切な家族が少しでも幸せな
状態が続くように心を尽くしましょう。
そういう祈りをこめて・・・・。


2 名前: 富ママ 投稿日:2006/04/06(木) 22:13
ばばのしんさん。
新しいページ有難う。そして本当にお疲れ様でした。
最高の家族との触れ合いが出来たようで亡くなられたのは本当に淋しい事ですがそれなりの介護が出来た事は良かったと思っています。
忙しい中 そして御心労の中書き込みありがとう。
最後は 一緒にいることができなかったんだ~
でも自宅で最後まで、素晴らしいです。私の父も病院で最後の一時間は
寝返りしたりうなったり すごい動きをしました。手を握り締め柵にぶつけない様に~それだけでした。
お母さんきっと今年の桜を見てくれましたよね~~~
ご冥福をお祈りいたします。 落ち着いたらまた書き込みしてくださいね。
そして私も今個人的に名前を呼びましたが 皆さんのページです。
辛い時はどうぞこちらでお話ください。
  疲れが出て皆様寝込まないように。  ご挨拶まで。

3 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/09(日) 14:03
富ママさん、お久しぶりです。
今日は母の代わりにお花見に行ってきました。
結局、母はお花見はできないままでした。(というか、お花見をしたかった
ことも最後は忘れてしまっていました。)でも、母の思いからサクラ模様の
骨壷、遺影もサクラの着物、戒名も偶然なのですが、サクラの文字をいれていだ
だき、サクラづくしの見送りになりました。

最後のほうは家族も極限の状態だったので、葬儀が終わったとたん皆寝込む中
私は一人元気にしています。多分、図太いのでしょう・・。
葬儀から時間をおくにつれ、いろいろと考え込むことも増えてきてしまいますね。

最後に立ち会えなかったのは、とても残念なのですが、関係が良好だったとは
いえない父と母が最後にしっかり気持ちを通わすことができたようで、その点では
とても良かったと思います。
また、状態がずっと悪かったので、母のそばを離れるときはいつも、「これが最後の
別れだ」と思い離れていたせいもあるかもしれませんね。
あとは、父をどう支えていくかが課題です。



4 名前: 210 投稿日:2006/04/09(日) 22:22
その別スレの210番として発言していた者です。お久しぶりです。

ずっとご指摘いただいてから、しばらくは該当スレには顔出さないつもりで(ご指摘はごもっともだと思ってます。タイトルからして、治療の内容を話しあう場でしたから)、自分が立ち直る意味でも、しばらくこの掲示板も覗かないつもりでした… 
が、またつい覗いてしまった所、とてもショックな書き込みを見つけ…。

ばばのしんさん、大変でしたね、お母さまのご冥福をお祈りします。
先に旦那を亡くした者としても、すごく心中お察しします。

今は亡き方の残した事や物、1つ1つ眺めては、想いに浸り涙する日々だと思います。

私も今だに亡き人の想いを引きずったまま、亡くした日からたいして立ち直ってないです…

ただ、今は生きてる者が大切です。

ばばのしんさんも、残されたお父様の支えになって、お互い亡き人の分までせいいっぱい生きましょうね!!

忘れようとした頃に、旦那が書いたどうでもいいメモとかが出てきたりします。
なかなか気にしないようにしても、そうはいかないものです。

だから今はトコトン思い出に浸る時なんだと、開き直っています。





5 名前: 210 投稿日:2006/04/09(日) 22:32
先日母に、10年以上前に肝臓転移で亡くなった父の話を聞きました。

当時学生だった私は、父の死から目を背けてばかりいましたが、旦那を亡くしてようやく、父の死と向かい合ったと思います。

母は今だに、余命1ヶ月を宣告された父に、抗がん剤を使うべきだったのか… 疑問に思ってるようでした。

ただ医師から、抗がん剤を使うかどうかを聞かれ、助かる見込みがなくても諦められず、使う事をお願いするしかなかった…と言います。

だって、みすみす「死」を認めるなんて、YESとは言えないじゃないですか。

それでも今では、治る見込みもなかったものに、わざわざ苦しめるような事をしてしまったのでは…と、ずっと気にしています。

旦那は逆で、苦しめると予想される延命治療を選択しませんでした。

父と違い、最後は本当あっけなく、遺族としても苦しむ辛い姿を見ずに、穏やかになくなったと思います。

どちらがいいのか、どちらにしても、残された家族は一生自分に問い続けていくんでしょうね。

両方の立場にたった私でも、どちらが正しいのかは今だにわかりません。

難しいですね…

6 名前: はる 投稿日:2006/04/09(日) 23:25
ばばのしんさん お久しぶりです。
別スレで発言していたはるです。

ばばのしんさん 本当にお疲れ様でした。
お母さまのご冥福を祈ります。
最後に立ち会えなかったとしても、ばばのしんさんのお母さまに対する気持ち
いっぱい、いっぱいお母さまに伝わってると思います。
きっと天国で喜んでいらっしゃるでしょう。
これからは違った意味で大変なこともあると思いますが、陰ながら応援しています。

ばばのしんさん 大変の中、新レスをたちあげて頂きありがとうございます。
確かに前のスレでは、場違いだったかもしれません
自分の気持ちを救いたくて、甘えていました・・
家族の立場として、こちらに参加していきたいと思います
どうぞ よろしくお願いします
 
210さん 抗がん剤については難しい選択ですね
私の父は余命3ヶ月から6ヶ月といわれ今抗がん剤を使用してます
日に日に体力はおちていますが・・
父自身は進行をとめていると思い、飲まないと癌がすすんでいってしまうと
思っています。抗がん剤のせいで体力が落ちていっていることも
少しづつ自覚しながら、毎日を過ごしています。

父も母も余命を知りません。なので抗がん剤さまさまなのです
余命を知らされた私達は本当にこれでいいのかと、自問自答ですが・・
これは210さんのかかれたとうり、一生つづいていくものなのでしょうね・・

でも今の状況で抗がん剤を飲む事を止めることはできないな・・
飲む事をやめる=末期と父や母に知らせるようなものだから・・
いろいろ考えてしまうけど・・頑張らなくてはね

みなさんもいろんな意味で頑張ってらっしゃる
とてもとても励まされます。

 




7 名前: 富ママ 投稿日:2006/04/10(月) 21:09
あっと言う間に認知症になった母。
通帳は誰が持ってる?今日はお客さんが来る。そんなもの買ってない。
薬は飲んだ。などなど 毎日ちぐはぐ。後見人の手続き中です。
それほど大切な人を亡くしてしまうとは大変なことなんです。
と 母の気持ちになり書き込みしました。

8 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/11(火) 08:37
いろいろな選択は迷いの連続ですね。
患者本人が自分で決めれる場合はいいのですが、家族が「本人はこう思うのでは・・」
と気持ちを推し量る場合、私はずっと迷っていました。自分ひとりでは決めれない
時には家族の意見を聞いて決断していましたが、それでも迷いがいっぱいでした。
どう決断したにしろ、母をまず第一に考えた決断であること、そのことを母は理解
してくれていたのでは・・と思います。というか、思いたいですね。

でもきっと210さんのお母様のように、何年たってもずっと迷うんでしょうね。
いつか、母に会えたときに母の気持ちが聞けるかな・・。

はるさん、余命なんてやっぱりわからないと思いました。
どうか、自信を持って立ち向かってください。ある意味、癌である人を看取る
ということは、家族にとってありがたいことなのかもしれません。
そのときにできる精一杯をすることができます。
母を介護する中で、人間にはやっぱり「気」があるような気がしました。
本人の頑張ろうとする「気」。家族の強い「気」。これで幸せな時間は続くような
気がしています。

(210さんが言っていた気持ちがいまわかる気がしています。
今戦っている人を応援する気持ち。それって当時の自分を応援する気持ちなんですね。
ほんと実感しています。)

富ママさん。
我が家も父のことが気になります。同じような状態になりそうな気が・・。
今はひたすら混乱しています。


9 名前: 210 投稿日:2006/04/11(火) 13:15
ばばのしんさん、富ママさん、残されたお父様お母様が本当心配ですね。

大切な人を亡くすという事は、人間が受ける様々なストレスの中で「100%」という数値だそうです。

ものすごいストレスと戦うのは、年を負う事に厳しくなります。(私も旦那を亡くして、しばらくは欝に近い状態になりました…
が、父の時は私も若かった分、今ほどではなかったような…)

父を亡くし、母もストレスから顔面神経痛みたくなり、そのため片目が見えにくくなってます。
MRIやらCTやらとっても原因がなく、おそらくストレスからだろうと…

すごい心の葛藤があるんですよね……若い私たちが支えてあげなきゃですね。

癌という病気との戦いは、本人が亡くなって終わる物ではなく、一生家族が心の中で戦っていくものなんでしょうね…

10 名前: 210 投稿日:2006/04/11(火) 13:28
ばばのしんさんのおっしゃる、余命は予測がつかない、は、まさにその通りだと思います。

そういえば、先日亡くなってしまいましたが、絵門ゆう子さんは、乳癌の全身転移でしたが、それでも4年近く生きていらっしゃいました。

そして、自ら癌についての講演会や、新聞のコラムを書き続けてました。
私の友達が5ヶ月位前に講演会を見に行った時も、すごい力強い話っぷりで、握手してもすごく力強く、とても癌には見えない位だったと…

やはり気力の部分も大きいって思いました。
普通あそこまで生きるなんて、想像もつかないですよね…

ウチの旦那も骨転移で、似たような状態だったので、絵門さんの本を読んだりして、すごく励まされました。
ある意味、絵門さん位まで生きる事は可能なんだと…

実際はそこまでダメだったけど、本人の気力で生きる事は可能なんですよ!!

だからはるさんのお父様が余命も知らず、抗がん剤を信じていらっしゃるのも、ある意味「気力」の面で必要だと私は思います。

私の旦那も告知しなかった口なんで、最後まで「薬」が自分を治してくれる大切な物って信じてましたからね。

どんなに眠気や幻覚があっても、薬の時間だけは起きるのが、一種の「安心」だったみたいです。

11 名前: はこ 投稿日:2006/04/11(火) 20:27
こんばんは、初めて書き込みさせていただきます。
私の父はC型肝炎から肝硬変、肝細胞ガンとなり先月3度目の
動脈塞栓術(TAE)を受けました。その後主治医からの説
明で父のガンは悪性度が高いこと、境界線のハッキリしない
治療のしにくいガンでアルコール注入ができないことを聞い
た上で余命6ヵ月の宣告を受けました。
両親は古いタイプの人間なのでガンと言われたらもう終わり
だと思っています。ですから私と弟はガンが出来やすいから
そうならない前に処置をするのだと説明してきました。
開腹手術でないからさほど大事ではないと思っているようで
す。両親は小売の酒屋をしています。
ワンマン店主の父は店のことが気になるらしく、無理を言っ
て予定より早く退院して来ました。おかげさまでまだ大した
自覚症状はありません。
元気にしている父を見ると私もとても信じられません。
ガンであることも知らない父にどう告げたらいいのか、告げ
る方がいいのかすらわかりません。
もしかしたら全てを知って自分で後のことを片づけて逝きた
いと思うかも知れません。
すみません、まとまりがつかなくて・・・
ただみなさんの発言を読んでいるとつらいのは私ひとりじゃ
ないとわかって励まされます。

12 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/13(木) 07:17
はこさんへ、はじめまして。
お父様の件、ご心配なことと思います。。
告知の件ですが、うちの母は全てを知っていました。(最後のほうは脳症のため
自分が癌であったことなど忘れてしまったみたいですが・・)
ただ、告知するか否かでは悩むことは無く、C型肝炎の予後として癌ができること
は十分理解していて、癌の治療の過程で、肝機能低下より治療ができない=先が
長くないと、長い病歴の過程で全てを知りました。
母が自分の不安を口にしたとき(「先は長くないね・・」等)、それを否定することなく、
「自分のやりたいことは全てやっとかないとね・・」など肯定していました。

告知したメリットでは、母本人は家族は絶対ウソをつかないと、家族に絶対の信頼をおき、
なによりも家族が楽だったかもしれません。また、本人にさとられるのでは・・ということ
を気にせず、今できる精一杯のことをすることができました。

ただ、母の不安は想像以上のものだったでしょう。家族もそれに努めて対応していましたが、
十分ではなかったと思います。

告知はほんとに難しいですね・・・。ただ、余命なんてほんとにわからないですよ。
人の命ってほんとにすごいです。

13 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/13(木) 07:35
今日は母の荷物の整理にいってきます。
絵門ゆう子さんの口癖だったのが「生きてなきゃ仕方ない」という言葉だったということが
胸がつまります。母の最期の数ヶ月の口癖が「こんなもんでしょ」ということだったのですが、
その言葉を聞くたびに、母のつらさが身にしみました。自分では、十分すぎるぐらい頑張り、
でも、なかなかいい方向には向かない。でも生きてなきゃ仕方ない、という思いから出ていた
言葉のような気がして仕方ありません。家族が自分ができる限り頑張る姿をみて、家族のために
がんばらねば・・と気遣ってくれていたと思います。母ひとりだったら、とっくに病気と闘う
ことを諦めていたと思います。
母が長生きするのはうれしいことだったのですが、「こんなもんでしょ」を聞くたびに、
家族の存在が「頑張らせている」ことにつらさも感じていました。

どうか、今は幸せな生活を送っていますように・・と願います。

14 名前: はこ 投稿日:2006/04/13(木) 19:55
ばばのしんさん、メッセージありがとうございました。
私の父もC型肝炎から癌に至ることは説明も受け知っているはず
ですが、それを否定したい気持ちが強くて理解できないのか、
本当のところはわかりません。

210さんのおっしゃるように戦いは本人が亡くなって終わるもの
ではないのですね。残された母を支えるつとめが残っているの
ですから。

ばばのしんさんも他の方々も出来る限りの努力をなさったと思い
ますが、どれだけしてもこれで十分と満足することは出来ないの
でしょう。旅立ったご家族の方が今は苦しみから解放されて穏や
かに過ごしておられると信じます。
私もそう思えるようできる限りのことをしたいです。
父には少しでも長く生きて欲しいです。

15 名前: 210 投稿日:2006/04/23(日) 16:19
お久しぶりです。

大分心に余裕が出来てきたかな…と思っていたものの、去年の今頃は元気だったのになぁ、とか、季節が色づく度思い出し涙が出ます。
最低1年は、いない毎日に納得いかず過ごすんでしょうね。

はこさん、私も告知に関してはすごく悩みました。
しかし癌であるという事は医者から告知されてたので、「余命」という期間は伝えなかったという形です。以下はその理由です↓

それでも、手術できない癌=死、を想像しない訳はなく、1度だけどうしようもなく一緒に泣きました。
「まだ死にたくないよ…」
その言葉は今でも痛いです。
「絶対死なないから!」
そうとしか言えなかった。

でも余命という期間を告げなかった分、それから元気に1年近く過せた事で、本人もまだまだ生きられるつもりでいましたよ。
ほんの少しの腫瘍数値の低下も、自信に繋がりました。

うちも自営なので、来年に向けて、いろんな買い物もしていました。

希望を失わないためにも、余命という「期間」までは必要ないと思いました。だって、実際その通りにいかないですから。

そうでなくても、本人は病名を知っただけで、最悪の覚悟はしているハズです。

それと、本人が「後悔しないために」というのは無理だと思います。
仮にいくら時間があったとしても、やり残しなく過せるかといったら、…無理じゃないでしょうか。

癌という病名だけでも、充分本人はやるべき事をやると思います。

あくまで私の考えですが、伝えるからには、それなりの本人の不安も浮けとめてあげる覚悟で…

また伝えないなら最後まで嘘をつき続ける覚悟で…

どちらもつらい事です。

16 名前: はこ 投稿日:2006/04/24(月) 23:46
210さん、まだまだおつらいと思います。
納得したつもりでも不意に涙がこばれたり・・・そういう気持ちすごくよくわかり
ます。私の父はまだ自覚症状がほとんどありません。もしかしたら本人も気づいて
いないだけで「余命」などと言われたら途端にがっくりきて病人になってしまうの
かも知れません。
元気に普通に生活しているだけに、私自身が現実を受け止め切れないでいます。
私たちはまだ現実に直面する前の状態なのかも知れないですね。
本当につらいのはきっとこれからなのでしょう。
多分最期までそばについていてあげることしか出来ないと思いますが、少しでも
希望を持ち続けてほしい、少しでも不安を和らげてあげたいのです。

私は時々たまらなく悲しくなると思い切り泣くことにしています。
だって大切な人をなくすのは本当につらいことなんですから!
納得いかなくて当然だと思います。
210さんもご自愛ください。



17 名前: かず 投稿日:2006/04/25(火) 00:10
お久しぶりです。
父はついに脳症に陥り、2度目の入院中です。
前回は一週間程で退院出来ましたが、今回はもう少しかかりそうです。
今回の入院で意識は戻ってきたのですが、色々な人に当り散らしています。

今回も何とか退院できるかと思うのですが、
前回ほどの回復が見られない事は、素人から見ても明らかです。

それにしても、癌が見つかってからそろそろ1年が経ちます。
癌の治療は一切無し。悲しいです。あの時、手術が出来ないなら、
内科への転科を申し入れれば良かったと後悔しています。

今回退院出来たら、それに合わせて介護休暇を取って
父の介護に専念しようと思います。
自宅介護をする上で、準備しておくべき事など、
アドバイスをいただけないでしょうか。
ケアマネージャさんに介護計画書の作成依頼をしようと思いますが、
皆様の貴重な意見も参考にさせていただければと思います。

よろしくお願いいたします。


18 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/25(火) 07:18
気分は落ち着いたような気もするのですが、いろいろ考えることは増えて
きているような気もしています。亡くなったから全てが終わるように思って
いましたが、そんなことないですね・・・。

かずさんへ。
我が家の介護状態を参考までに・・。
我が家は脳症で、転倒する危険が大だったので、ベットを介護用にかえ、部屋の
手すりを準備しました。バリアフリーの家だったのですが、ケアマネージャーさん
などに家をみてもらって、必要なものを教えてもらいましたよ。(風呂椅子等)
それからは、状態が悪くなるにつれて、ポータブル便器を購入しましたよ。
ものを購入したり、借りたりするのはすぐにできるので、必要になったときでも
大丈夫かも。
むしろ、我が家の場合、父と二人暮らしだったので、24時間父以外に必ず一人家族が
つくようにして、ベット横には必ず誰かがいるという状況をつくっていたので、
兄弟、叔母のローテーション組みが一番苦労したかも。
とにかく、使える全ての人に手伝ってもらえるようにしておいたほうが・・
と思いますよ。

お父様の脳症の程度にもよりますが、脳症を発症する患者さんで一番怖いのは
転倒による各種の出血です。脳症がでていると思わぬ行動をとるので・・。
また、人に当り散らすというのも、症状がそうさせているのかもしれません。
家族もお辛いでしょうが、皆さんが疲れきってしまわないように・・・。
応援しています。

19 名前: 210 投稿日:2006/04/25(火) 16:05
はこさん、ありがとうございます。
そうですね。悲しい時は我慢せず思いきり泣いた方がいいと思います。
大切な人のための涙は、決して無駄にはなりません。

ただ今でも思うのは、本人が辛さを口にした時一緒に泣いて良かったのかどうか…

本当は本人の前で泣いてはいけなかったのかな…とか思ったりします。

本人の辛さを受け止める器としては、私はあまりにもろかったかなぁと…

朝日新聞に、癌をかかえてる方の闘病記事が連載されてますね。それを見る度、本人の当時の気持ちについて考えてしまったりします。

かずさん、自宅介護は大変でしょうが、やはり本人も家族も安心だろうし、頑張って欲しいと思います。

私はついに半身不随になった旦那を、自宅に連れていってあげられませんでした。
ずっと病院に通い続けたものの、毎晩不安で眠れなかった。

また話したい事も、出入りのはげしい病院ではあまりできず、本人も「帰ったら話すよ」と言ったまま亡くなりましたので、そういう点でも自宅介護したかったです。

私のおすすめは、水のいらないシャンプーです。

なかなか入浴がままならない時でも、頭だけでもスッキリできればだいぶ違います。

あとベットだから靴下をはかないので、足もかさつきました。必要に応じて保湿クリームを。

あんまり参考にならずすみません…

20 名前: 富ママ 投稿日:2006/04/25(火) 21:24
皆様お久しぶりです。
仕事に追われ不登校君に追われ残された母に追われストレスMAXです。
まだ父の看病をしていた時の方が充実していたな!と思う今日この頃です。

我が家は自宅では介護する事はできませんでしたが 途中からやはりPトイレ準備してもらいました。
自力で寝返りできない時には バスタオルやクッションで身体の向きをかえてあげました。
父は臭いに敏感になり食事の臭いも鼻に付く。私が直前食べたサンドイッチの臭いまで!
そうなると 足などマッサージする時のオイルやクリームなど臭いの無いものをお勧めします。

自宅介護実現してほしいです。
去年からホスピス専門士の資格が出来たらしく 運が良ければ資格を持たれた方とお話出来るかもしれませんね!
家族と連携とりながら貴重なお時間大切に!

21 名前: はこ 投稿日:2006/04/26(水) 00:46
こんばんは、遅ればせながら別スレの「肝臓ガンの治療は・・・」を
初めから読んでみました。
そこには私が一番知りたかったことと知るのがこわかった事が
書かれていました。それはこの先父がどうなっていくのか?と
いうことです。
知って良かったと思います。
そしてこれまでみなさんが歩んでこられた道のりを知って涙が
流れてとまりませんでした。
みなさんとてもつらい思いをしていらっしゃる時にも他の人を
励まし答えていらっしゃるのを読んで言葉もありません。
私のようにまた新しくここを訪れた人の質問にもていねいに
答えてくださる。
私はまだまだだなと痛感しました。
父の病状もそうです、これからが大変なのですよね。
でもみなさんのように強くならなければと思いました。
ばばのしんさん、210さん、富ママさん、、、みなさんの事を
知ることが出来て本当に嬉しいです。私もがんばります!
的外れな書き込みかも知れませんがごめんなさい。


22 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/26(水) 14:18
臭いについて・・。
よくわかります。うちの母も臭いにとっても敏感でした。そのため食欲が
なくなっていることも多くって。なぜなんでしょうね・・。本人はつわり以上の
苦しみだ・・といっていました。

富ママさん、ファイトです!!
不登校君、実は今の私の仕事が関係しています。(育児休暇中ですが・・)

210さん、私も朝日新聞、胸が苦しくなりながら読んでいます。
答えはでない悩みに入っていってしまいます。
特に様々な選択を決断しなければならなかった家族のつらさに
ついて・・。

かずさん、はこさん。
体も気持ちもきついでしょうが・・・。
どうか、お体に気をつけて。

23 名前: 富ママ 投稿日:2006/04/26(水) 18:36
治療を読んでくれてありがとう。
皆の心の叫びです。
毎日時間は過ぎています。どう生活し乗り切ればよいか答えはありません。
でも少しずつ進んでいますよ!
ここでこうして皆様の声を聞きながらそれを励みにやっています。
かずさん はこさん 諦めず家族のそして自分の為に今を大切に行きましょうね。
 ばばのしんさん
それなら 今の私の心の重さわかっていただけるんだ!!!
それだけで満足。毎日辛いです。
母も後見人の手続き最中です。

とにかくみんなやっていこうね!!!ファイト!

24 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/04/26(水) 19:51
かずさん、はじめまして。
自宅介護の決意、ご立派だと思います。実際、家に帰りたくても帰れない状態の方も多いので、連れて帰ってあげられるといいですね。

自宅介護についてはケア板に参考になる書き込みが多いですよ。
ケアマネージャーさんには私も本当にお世話になりました。
入浴介助に来て下さった方に、漏れないオムツの当て方とか色々と裏ワザを教えて貰いましたし。
介護ベッドは本人にとっても介護する側にとっても必需品ですね。

それから、救急車を呼ぶほどではないけれど・・・みたいな場合の為に、出来れば近くで往診してくれる開業医を探して頼んでおくと安心です。
うちは、たまたま近所の掛かり付けのDr.が『深夜でもいつでも電話してください』と言って下さってとても心強かったです。

直に触れてあげる(背中をさするとか手を握る)事も、病人にとっては嬉しいようです。
自宅介護は、夜中に起こされる場合もあるし色々大変ですが、かずさんご自身もお体に気をつけて頑張ってくださいね。

25 名前: はこ 投稿日:2006/04/26(水) 23:28
今日は父の診察日でした。退院後に撮ったCTと血液検査の結果を聞きに行って来ました。
前にも書いた通りまだ父は自覚症状がほとんどないので私も病人であることを忘れてしまい
そうです。
結果は、他の数値はほとんど変わっていませんでしたが、腫瘍マーカーのαフェト蛋白が急激
に上がっていました。これまで検査の度に12→114→165→305と徐々に上がって行っていたのが
3670になっていたのです。これはかなりショックでした。
今後のことも先生は何もおっしゃらなかったし・・・
父は早いうちに検査で見つけて治療してもらっているから安心と思っているようです。
私がしっかりしていなければいけないのに、検査結果に一喜一憂する始末です。
みなさんが乗り越えてこられた道のりとくらべたら、まだ泣き言を言うのは早すぎるとわかって
いるのですが、時々本当に不安になってしまいます。
明日は元気になります、今すこしだけ弱気な私を許してください。




26 名前: 富ママ 投稿日:2006/04/27(木) 23:28
はこさん。
泣きたい時はここで思いっきり泣いて落ち着いたらまた明日、
ごめんね~一日ずれてるけど
穏やかなはこさんの顔でお父様とお話してください。
それが治療不能な家族の方には一番の応援になるかと思います。
あきらめないでね。

27 名前: 210 投稿日:2006/04/28(金) 23:08
はこさん、まさに私たち素人は、本当数値に感情が左右されますよね。

うちの旦那の場合、逆に腫瘍マーカーはどんどん下がってたんですよ。

手術できないと言われた当初、2500あった数値が、みるみる13まで下がりました。

本当「奇跡?」と期待したんです… なのに転移ですよ。 数値なんてアテにならないなぁって実感しました。

はこさん、数値が上がってショックですよね。本当わかります。でも、あくまで数字は数字、本当に癌という病は、未知なものだと思います。
意外にまた数字は下がったりするかもですし、今のお父様が元気でいらっしゃる事の方が大切じゃないですか。

急に変な例えを出しますが、ある昆虫(名前忘れました)は、物理的にはどうやっても飛べない形のハズ…なのに、それでもなぜか空を飛んでいるのです。
それはなぜかというと、その虫本人が「自分は飛べないんだ」と言う事に気付いていないから。だそうです。

これが本当の話なら、常識を覆す事もあるのかも、と思います。

はこさんのお父さんは、自分は治ってる、と思い込んでいるのだから、もしかして本当に治ってしまうかも。 そう期待してあげましょうよ。

なんて、本当ヘンな事言ってごめんなさい。

いくら口では信じてると言っても、やはり心の奥で最悪な事を考えない時はないですよね。

いっぱい悲しむ自分と、治る事を信じる自分、私もずっと交差し続けていましたから…。

なんか、何のアドバイスにもならなくてすみません

28 名前: はこ 投稿日:2006/04/29(土) 09:48
富ママさん、210さん、みなさん、おはようございます!
まさにおっしゃる通り、絶望して夜も眠れない自分と治ると
信じて強くいられる自分の間を交差しています。

父は自分が治ってると信じていることで元気でいられるんだと
思います。だから私も素直に信じたいです。

みなさんもきっと経験があると思うのですが、夜考え始めると
悪い方へ悪い方へ向かってしまいますね。そして眠れなくなって。
目の下にクマなんか作っててはいけませんね!

私は最近よく『治療』を読み返しにいきます。
するともちろん悲しいけれど励まされます。
そこには私以上のつらい時を過ごされてる人たちがいる、なのに
今こうして私を力づけようとメッセージを下さってて・・・
その強さと勇気に答えなきゃ!と思えるんです。

かずさん、お父様の介護に専念しようとする決意すごいです。
大変でしょうが頑張ってください。ここには先輩がたくさんおられて
貴重なアドバイスを頂くことができます。

私も父の仕事の引き継ぎ、漢方などの情報集めそして願掛けとバラバラ
なのですが思いつくまま、今できることを何でもやろうと思っています。
みなさん、頑張りましょうね!


29 名前: 由布 投稿日:2006/04/29(土) 23:13
富ママさん、やっとここをみつけました。お母さんの事ごしんぱいですね。
きっと私と、同年輩ぐらいですよね、お父様のことで、性も根もつかいはた
されたのでしょうね。でも最近の富ママさん、明るくかんじますよ、
ここを見つけたときは、末期という字に威圧され暫く考がえました。
まだ末期とは信じたくない~・・・・・病院の売店で担当医にばったりであい、
開放的な場所だったから、深刻に受け止めれなかったのか。4年半前、
最初に出来たところが、肝門に突き刺さっていたのに、良くここまで持ったと
感心します、と云われたましたのに、よい方に解釈してしまいました。
内は、此れから先のこと結果などは、まず先生と主人とで話し合ってそれから
家族に知らせる、ことにしますとのことでした。
5年前までは長男と、フルマラソン42・195K走るのが楽しみな人でした、
肝癌になってからは、入院の合間を見て、大雪山、夕張岳など2千米級の山、
標高差は6~7百ですが昨年は7個ぐらい制覇しました。わたしは、いつも
8~9合目でギブアップです、今年も赤岳に上ると張り切っています。
病は気からだと信じて居る様ですし、大自然から、パワーと免疫力貰ってるのかなと
おもうくらいです。医師は、気力体力、精神力があっても癌には勝てませんと、
いわれましたが。この状態が少しでも長く続くことをいのるのみです。

30 名前: 富ママ 投稿日:2006/04/30(日) 10:53
由布さん いらっちゃいませ!探してくれてありがとう。まだ私を必要としてくれている人がいると思うだけで元気がでてきますよ!こんな私でよかったら
なんなりと!でも、一つだけ!本当に数値を言われても判断し兼ねるのです。なぜか!今から父の事を話します。
もう一度聞いてください。
 治療にカキコしたのは11月。10月に入りいきなり父が食欲不振と背中の痛みを訴え病院を進めたけど 嫌いなんですよね~
おでこに黄疸がみられ 家族で説得して10月末個人病院に受診。
次の日大きな病院で検査。そして次の日即入院。その頃腫瘍マーカーが47000でしたでしょうか!
黄疸数値は4位。なんの治療も出来ないまま「自分はなんでここにいるのか」と言われながら
ほどこし様のない父に対し 嘘を突き通す。それが家族の宿命でした。週単位で黄疸数値も上がり
臭いが鼻に付きまったく食事も取れなくて点滴と麻薬の痛み止めだけ。途中幻覚もきました。
12月に入って1週間位は付き添いです。最後の二日は昏睡に入り尿量も極端に減ってしまいました。
亡くなる8時間前にしっかり意識を戻しうなずきながらでも最後のお話をして12月12日夜天国に旅立ちました。
それからは 父の色んな手続きに追われあっという間に福祉士の試験。
まったく勉強も手につかずいつも 治療のページ見ながら泣いてました。検査を含め46日の入院でした。短すぎて何にもしてあげられなくて

現在はまたこうしてお話できる方に私も力を頂きながら生活しています。
なんのアドバイスも出来ませんがみなさんの「家族を応援する姿」に後押しされています。
  私がカキコした時は誰からのメッセージも無く辛かった!助けてほしかった!
そのまますべてが終わってしまい、  このページはそんな方のために!!!出来たのではないかと思います。

ご主人さま。やりますね!!!元気の塊!!ギャップが激しすぎて落ち込みますし信じたくないですね!
家族の信じる気持ちが一番だと思います。
  長々すいません。 


31 名前: 由布 投稿日:2006/04/30(日) 22:44
富ママさんありがとう。本当に辛い思いをされたんですね。私はまだまだ幸せな方ですね、
今、あちらの掲示板を見て、泣いてしまいました。45歳長男と、嫁と同じ年です。長男も
8年前胃がんにかかり、嫁がみては居れないほどかわいそうでした。
咲ちゃん何歳でしょうね、家にも看護大3年、高3の女の子と小4の孫がいますが
同居では有りませんが、近くにすんでいます。咲ちゃんの事が身につまされます。
うちは、C型肝炎からでしたので、以外と早くに見つかりました、
悪いとこに出来てはいましたが、主人も私も、C型肝炎に対して無知だったので、
あまり深刻に考えませんでした、今も腫瘍マーカーの事は医師からなにも聞いてはいません
黄疸もでてはいませんが、次々に出て焼く事も出来ないほど無数に出来てきます。医師からは
今までの様には行きませんと云われましたが、今日も友達を呼んで、麻雀を11時からやって
います、丁度2年前と今年1月末に麻雀中、倒れ意識不明になったのに、
こりもせずやっています。本当に本当に、この人病気なのかとおもいますが、私の方が病人で
鬱状態で、富ママさんの言葉に励まされています。嫁も良い人ですが、仕事がんばってるし、
息子一家にな波風たてないように、あまりなやみごとは、云わないようにしちます。小4の孫が
『お爺ちゃん病気になったら、俺こまる、習字教えてくれる人いなくなる』というので、
頑張ってるのかも、家族の心って一番の励み、富ママさんあなたは、ほんとうに、観音様みたいな
人だとおもいました、咲ちゃんに良い事云ってくれましたね、私まだ涙がとまりません、泣きながら
書いています。支離滅裂でごめんなさいね。咲ちゃんのお母さん根性で直ってほしいと祈っています。

32 名前: かず 投稿日:2006/05/01(月) 23:49
こんばんは。
皆様、コメントありがとうございます。
ケア板も読ませていただきました。自宅介護の大変さを感じました。
私自身、甘く考えていた部分があったようです。読んでわかりました。
反省です。

このGWは実家に帰って、毎日病院に顔を見せに通っています。
一日2回。内1回は面会時間外なんですけどね。
まぁ、いいでしょ。

1日だけでも帰宅できたら、一日中付き添い、出来るだけのことをしたいです。
退院できたら、一日中付き添い、出来るだけのことをしたいです。
甘い考えかもしれないけど、そうしたいと思います。


33 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/02(火) 00:25
かずさん。夢は現実になると信じて乗り切ってくださいね!

34 名前: 由布 投稿日:2006/05/02(火) 09:31
かずさん、私がこんな事言うのは生意気かもしれませんが、
かずさんそれで、いいんですよ、私も自分で出来るぎりぎりまでは
自宅で看病したいと考えています。どうしてもできなくなった時は、病院え
と考えています。看護師さんから、百人いたら百人ともそれぞれ進行状況は
違うから、と聞いています。私の知人のご主人も、ぎりぎりまで自宅看病
それもソファで、本人が床に就いたら駄目になってしまうと考えていたらし
くトイレ間に合わなくて、オムツしてたそうですよ。いよいよ辛くなって、
自分から、病院え入るといわれたそうです。病院に入ったとたん本人も、
ほっとされたのか、幻覚でたりで、1週間で、他界されました。

35 名前: はる 投稿日:2006/05/03(水) 12:12
皆様お久しぶりです。はるです。
時々ここを読ませてもらっていました
本当に皆さんの頑張りが励まされます
父は5日から入院する事になりました。
今より強い抗がん剤を今度は点滴から入れるそうです。
いよいよ死期が近づいているようで・・涙が止まりません

一番つらいのは父だと思いますが支えていく家族も本当に
つらいですね。でも父の前ではプラス思考で明るく振舞いたいと
思っています。今日明日父と一緒にゆっくり過ごしてきます



36 名前: あかね 投稿日:2006/05/03(水) 15:32
父が胃ガンからの肝転移で終末期を迎えています。
足はパンパンにむくみ、腹水も胸のあたりまでたまってきています。
痛みに強いのか 足以外はあまり痛みを感じないようです。
黄疸は少し。
医師の話では それほど長くない(日にち単位)ということでした。
これから どういう経過をたどるのか差し支えなければ体験談を含めて教えてください。


37 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/04(木) 00:06
今は心労の毎日のようですね。心中お察しします。ギリギリのご様子。
うまくお話できないのですが、皆様それぞれちがいますので!
癌が肝臓のどの位置にできているとか、骨の転移などさまざまです。これは激痛みたいです。
腹水は抜いてもらう事が出来ますがやはり本人の体力次第です。
おしっこも私は気になりましたが210さんの様にそれとは無縁の方もおられます。
皆様本当に毎日が違いますから出来たらお父様のそばで自分が感じるままに!
今の内容でしたら劇薬を使っていらっしゃるのか~~~
それによってもまたお答えがちがってくるとも思います。
心配でしょうが 明日も笑顔で接して下さい。

はるさん。
まだ治療ができるんですよ!まだまだです。
笑顔で頑張ってね!

38 名前: あかね@携帯 投稿日:2006/05/05(金) 17:07
>富ママさん
ありがとうございます。
83才で高齢なのと肝臓がガンに埋め尽くされてるぐらいひどい状態なのですが本人の気力が強いのか主治医も驚いています。
でも腹水と下半身のむくみがひどく今日は肩で息をしてるような感じです。
症状は人それぞれなんでしょうね。自分が覚悟するためにに、いろんな情報が欲しいのでよろしくお願いします。

39 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/05(金) 19:05
あかねさん。私の父は無数の癌と大きなのが門脈を押しつぶす様に出来てしまい手術も抗がん剤も不能な状態でした。
10年前C型肝炎をインターフェロンで克服。本人は直ったから全然ちがう病気を考えていたようです。
皆さんの事はわかりません。
我が家は点滴痛み止め吐き気止め。それだけです。
薬により幻覚が来るようになり見る見るうちに歩行困難。部屋にPTを置いてもらい2人部屋を個室のようにしてもらい
SPO2(酸素濃度)が90切ったら酸素鼻から1ℓ。尿量は看護師と共にチェックしました。
酸素最高5ℓまででした。その頃は尿量が少なくなってしまい一日で200あったでしょうか。
その頃には肺炎も併発。微熱も出ました。呼吸が苦しそうなのであごを上げて気道確保。
常に目をつむってますが本人には聞こえている様子。いらない事は本人の前で話さないように!
最後の1~2日は痛み止めの座薬もなくなってしまい、亡くなる少し前にすごい寝返りうちました。
落ち着いたと思ったら 先生が飛んできて脈が30です。で、終わりです。
食事は二ヶ月食べてません。
人とお父様はちがいますよ!それだけです~~~
あまり心配しないで頭でっかちにならないで 今のお父様をしっかりみてあげて下さい。
一日でも長くそばにいてくださいますように!!!


40 名前: はこ 投稿日:2006/05/05(金) 22:42
富ママさん、つらい経験を語ってくださってありがとうございます。
人それぞれ症状も経過もまるで違うとわかっていても知りたいと思うのは不安を打ち消すためでしょうか?
知っても不安になるのに知って覚悟しておきたいと思う。多分あかねさんと同じ気持ち、いえ、ここに来ておられる
人はみんな同じ思いをしているのですよね。
でもみんなひとりじゃないです!
つらい時は我慢せずにここに来て不安な思いをぶつけてください。
私もそうして励まされています。そしてまた笑顔で病気と闘いましょう!


41 名前: あかね 投稿日:2006/05/06(土) 09:40
ありがとうございます。
父は今小康状態を保ってるので一旦帰宅できました。
うちの場合、母がうつ病を薬でなんとか押さえてる状態で
私がパニックになるわけにはいかず 
どんなことがあってもなるべく動じないように覚悟だけはしておきたかったんです。
んです。
たとえば 吐血があるかもしれないという知識を持ってるのと 
持ってないのとでは多分その場でのショックが違うと思うんです。
たとえ少しでも知識があれば 覚悟もできるかと・・・
それでも パニックになるんだろうとは思いますが。

私の書き込みで 辛い事を思い出されたのならすみません。
でもどこの解説にも載ってないことが ここの掲示板の家族の方の書き込みでわかることも多いです。


42 名前: あかね 投稿日:2006/05/06(土) 09:53
連続投稿ですみません。
正直 辛いです。
ここ10年近く 母の病気、父の胃摘出の手術、転移、救急車での入院とホントは体も心もボロボロなんです。
でも 今私が倒れるわけに行かないと思うと、どんなショックにも耐えられる強さと冷静さが欲しい。
母の前で弱音を吐くわけにもいかず、がんばってる父の姿を見たら尚更です。
今まで 辛いって人前で大声で泣けたらどんなに楽だろうと思ったことが何度もありました。
ここに来て みんながんばってるんだと思うと心強いです。
私だけじゃないって・・・

弱音吐いてすみません。

43 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/06(土) 10:08
あかねさん。いいのですよ!今は家族の支えが一番ですから ここで泣いてまた笑顔で接してください。
すぐに亡くなるのもショックですが 介護の時間が長引くと家族にまで影響しますから
どうぞお身体ご自愛ください。
 吐血の件ですが 常に危険と隣り合わせだと思いますよ。
父は幸い大出血には至りませんでしたが「血管への影響」は先生から聞きました。
吸引する時も鼻から、口から出血していましたので~
心配の連続でしょうが ファイト!
では仕事に行ってきます。みなさんにとって最高の一日でありますように!

44 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/06(土) 13:00
皆さん本当に、親孝行なお子さんばかりで、ご両親もどんなにか
心強い事かとおもいますよ。私なんか71歳一人で、主人の
看病しています、息子一家が、近くにいてはくれますので、
いざと云う時は、力強くは思いますが、息子達にもそれぞれ
生活があると思って、泣き言はいいません、あかねさん、偉いと
思いますよ、この辛さを乗り越える事によって、人生の糧となり
ひとまわり、大きな人間になっていくんだと、おもいますよ。私も
主人が、がんと分かっ時と、二人の息子が、それぞれ大病を
患ったと時、風呂場に入り水を出しながら、シャワーもジャージャー
出しながら、もう後は泣かないと、思いっきりわんわん30分ほど泣きました。
出てき来たら、テーブルの上に夕食の支度がしてありました。
嫁が、置いていってくれたのです。非常用の鍵もってたので、
お母さん留守のようでしたからと、嫁も貰い泣きして帰ったようですが、
その事については、今もなにも云いませんが、泣けてよかったと思いますよ。私も
抗不安剤、頭痛薬、ほか持病の薬のみながら、主人の病状、顔色に一喜一憂しながら
その日その日をすごしています。お母さんキット貴女を頼りにしていらっしゃいますよ。
でも、ご自分の息抜きも必要です、共倒れは、絶対さけなければね。
とにかく、頑張ってください。人にいいながらも、自分をも励ましているんですよ~

45 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/06(土) 20:31
皆さん、お久しぶりです。
GWは、今までの子どもたちの半年間の我慢に対する感謝の気持ちで、とにかくとびまわっていました。
だんなが上二人を今も連れ出してくれているので、久々に書き込むことができています。

たくさんの書き込みがあっているので、お一人お一人にエールを送りたい気持ちでいっぱいです。
母を看ていたときの自分と照らし合せてしまっています。
私も一番気になっていたのは、母の病状の進みかたでした。検査データや、どのような転機をたどるのか
ということでした。皆さんのお気持ちが痛いほどわかります。
我が家の場合は、治療不能の段階になってから、腫瘍マーカーの値よりも、アルブミン、ビリルビンなど
のほうが気になっていました。でも、いよいよの3ヶ月ほどは、検査データーよりも本人の状態をみて判断
してくださいとの主治医の言葉でした。ほんとに、その通りだったと思います。
本人の気力があるときは、やっぱり目が違います。

今、戦っている方々へ。
検査データのわりに元気そうに見えるとき。それは本当に本人の気力も充実し、調子がいいのだと思います。
どうか、データーに左右されないでくださいね。悪いデーターに気持ちが引きずられてしまいます。
本人が元気そうにしているときは、周りも大丈夫!!!と強い気持ちでいてください。
信じる力は、ときに幸せな時間をのばせるような気がしています。

転帰については、やっぱり患者さんそれぞれです。私たちも主治医を信頼していましたが、主治医から積極
的に説明をしてくれることはありませんでした。自分たちでできるだけの情報を収集し、しつこいぐらいに
主治医にコンタクトをとっていたように思います。
我が家はいろいろ聞きたがりの嫌な患者の家族だったかもしれませんが、主治医にその旨謝ったところ、
「自分でも自分の親だったら、あなた方のようにすると思いますよ。」といわれました。
一生懸命な気持ちは伝わります。自分の家族の治療の中心である主治医とたくさんコンタクトをとりましょう。

私がつらかったとき。
後ろ髪を引かれながら家に帰るとき、母の目に力が無いとき、母の死への不安を思ったとき、
母の気持ちを考えたとき、たまらなくなることが多々ありました。母を目にしてどうしても涙が止まらなかっ
たときもあります。
ある時期は、どうしても眠れなくなったときもありました。
たぶん、みなさん同じような時間を過ごしていると思います。楽になる方法はわかりませんが、
どうかみなさんが強い気持ちでいられるようにと祈っています。

今振り返ると、ほんとにしんどかった時間でしたが、やっぱり一番きつかったのは母だったと思います。
どうか皆さん、患者さん本人を支えてあげてください・・。
よろしくお願いします。





46 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/06(土) 23:14
由布さん。お話聞くと心が痛みます。
私が言うのもなんですが、母親と同じ頃の年齢。
どうか、ご自分のお身体も考え 大切にされてください。お嫁さんも大変優しいかたですね!
あまり遠慮されずに相談されてみてはどうでしょうか。
嫁でつまはじきにされた私は 相談された方が嬉しかった過去の記憶が蘇ります。
大切な方の大切な時間、今こそ家族が一丸となる時ではないでしょうか。
多分、いや絶対遠慮しないでほしいと   私は待っていました。
押し付けがましかったらごめんなさい。
マージャンは大丈夫だったんですね!私もやりたいな~~~
これ頭を使うんです。記憶にないくらいしてないです。

47 名前: 由布 投稿日:2006/05/07(日) 13:50
富ママさん。お仕事おつかれさま。ご心配頂きありがとう。
嫁とは、仲良くやっていますよ、富ママさんが言われるように
もう少し、うちとけたら良いとは、分かってるのですが、私も
わがままなところがあるし、嫁も気がつよいので、人間的には
私の方が劣ってるので・・・・・
難しい年頃の子供を、3人頑張って育ててるし、
仕事も神経使う仕事で、大変みたいなので、どうしても遠慮して
しまいます。でも出来る限りは自分しなければと考えています。
主人は不満なようですが、二男も42才で独身、歯科技工士で忙しい
ようす、でも、今はマージャンしたり碁をしたり、登山したり出来る
ので、もう少し悪くなれば、考えると思っています。私も自分の趣味
の水墨画、詩吟は手につかず、山は同行しています。何かあったら、
大変と思い、でもキツイです、途中でギブアップ仲間がいるので、私は
そこで待つ事にしています。主人には一番したい事をしてもらいたいと
思っています。私は勘当の身、倒れても一人で、とやって来たのがわるかったのかな?
もう少し嫁を、大事にし、頼り相談してみます。反省~~~



48 名前: はこ 投稿日:2006/05/07(日) 17:53
ばばのしんさん、GW飛び回っておられたようで。
ご家族で楽しく過ごされましたか?
私の両親も2泊で温泉旅行を楽しんで来ました。元気に帰って来てくれて私も
とても嬉しいです。

主治医とコンタクトを取ることですが、うちの場合は父本人に告知をしていない
ため特に重要です。本人を前にして詳しい話は聞くことができません。
主治医の先生はもちろん肝臓専門の方でていねいに検査をして下さる慎重派で
父も私も信頼しているのですが、本当に必要なことしかお話されない方です。
私も何でも知っておきたいと思いいろいろ質問するのでいやがられているような
気がします。
入院中もお話を伺おうとしてもなかなか時間をとってくださいません。
「今はアンギオの結果しか伝えられないから後日時間を約束して来てください」と
言われたこともあります。
処置の結果だけでも聞きたいと家族が思うのは当然だと思ったのですが・・・
もちろん先生がお忙しいのはわかっています。患者も父だけではないのですから。
先生とコンタクトをとることに今少しとまどっています。
このことが私の不安の一因でもあるような気がします。
やはりもっとこちらからコンタクトをとり、説明を求めてもかまわないのですよね?


49 名前: 由布 投稿日:2006/05/07(日) 21:38
はこさん。どんな小さなことでも知りたいですよね。家は面接の曜日が、決まっていますので、事前に時間を予約する事になっています。
また、担当医もどんなことでも、こんな事くだらないと思はれるだろうかな、と思うような事でも聞いてください、それの方がこちらも
やりやすいですから、と初めにいわれました。「後日時間を約束してきてください」と、ありましたので、電話で予約して見られたらどうでしょうかね。
富ママさん。
良く考えてみたら、やはり富みママさんがおっしゃる通りですよね、自分だけ良い子に成って居た様な気がします。なぜなら、治療入院中にも主人は、
凄く子供の事を気にしています、心細くてきっと逢いたかったんですよね。でも病院が遠くて、車で片道二時間、JRでも二時間半かかります。私は一人で
頑張りすぎて、毎日行きましたが、それとこれはちがいますよね、折を見て、子供達、嫁も交えてよく話してみます。本当に良いアドバイス有難うございました、
感謝します。。。。。

50 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/07(日) 22:58
由布お母さん。
最近の嫁は気が強いもんです。そうでもしないと子育てやご主人の病気には立ち向かえませんよ!
でもね~~私もそうなんですが 気の強い女ほど思いもよらず優しい人もいますよ~~
頼られるのはすごく嬉しいです。片道の時間を気にしていたら大切な時間 損してしまいます。
週に一回でもいいじゃないですか。嫁さん達も出来る事をしないと後で後悔して それこそ何かあった時
言い合いになるかもしてませんね!
ここは歳のコウとして折れてみて家族の協力いただきましょうよ!
そこからより良い信頼関係が生まれてきるんじゃないかな~~~なんて!
しっかり話し合いしてください。
  はこさん。
先生と連絡とりずらいですね~~私もでした。でも、私には時間無くどうしても気になっている時は電話しました。
また、病院で先生に会うときには父親に顔を合わせないように忍者みたいな動きをしたこともあります。
病状 治療の予知も無い父が心配していた時は 先生にうそをついてもらいました。
それは先生との信頼関係を失わないためと、父を安心させる為。
思い出せば色んなことやったんですね~~~


51 名前: 由布 投稿日:2006/05/08(月) 01:47
今日は、富ママさんの返事お待ちしていました・・・・・・・
云うべきか、云わらざるべきか・・・考えあぐねて一寸一杯カクテルパートナー飲んぢやつた。
病状の変化は、逐一長男には知らせていますので。嫁経由で長男に知らせた場合、ちょっとした
言葉のあやで、いつも喧嘩になるので、お母さんから直接知らせてくれといわれていますので、
また入院中の外泊時、入、退院時は、息子達が、やってくれてるので、これ以上云う事ないかなと
思ったり、嫁にも、お母さんに頑張ってもらわないと。とも云われているので、私に気合を入れて
くれてるんだと、おもっています。登山用品など買う時などは、連れて行って選んでくれたりして
いますし、まだ元気な間は、二人の時間を大切にと云う思いやりの気持ちかも。ととっています。
今度入院した時に、お父さん皆が来てくれるの待ってる、と云う事を伝えた方が、自然かなとも
かんがえています。お父さんの好きな料理は時々持ってきたりしてくれてるので、時期がきたら、
ちゃんとしてくれると信じてはいます。今のところ、健康な人と変りないので、特別看護必要とも
しないので、これで良いのかなとおもったり、反対に主人の方が、向こうの家の事したりしています。
四年半同じ状態なので、深刻さも薄らいできたのか、未だ先は長いと信じていますので、
考えがまとまりません・・・・・・富ママさんのおっしゃる事はただしいのです。
云う時期が問題、いまの状況は全部伝えてはいますので、分かってくれてることは、たしかです。
難しいですね、こう云う事は・・・・・・時期を待つ事にします。


52 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/08(月) 07:45
主治医についてですが、やっぱり遠慮せずにコンタクトをとったほうがいいと思いますよ。
確かにお忙しいので、時間の都合等あると思いますが、「いつお話を聞けますか?」と
都合を聞いたうえでは、患者の家族として当然の権利だと思います。”遠慮”してしまって
は後悔が残ることがありそうで・・・。

主治医のことを信頼する気持ちと、家族を思う必死な気持ちは伝わると思います。
我が家の場合、かなりうるさい家族でしたが、みんなで情報を伝え合い、同じ質問をしないこと、
主治医に聞きたいことも家族で把握して、誰かが会ったときにすかさず聞けるようにしてました。
また、基本的な病気の知識はこちらで勉強して、「母の場合はどうなのか?」という部分だけを
聞くようにしていたようにも思います。

お医者さんも相性なので、きちんと話をして違和感があるときは、「この人に任せられない」
と転院をしたこともあるのです。話をしないとわからないですもんね。
振り返ると、かなり嫌な家族だなぁ・・とわれながら思いますが、母を守れるのは家族しかない
という思いでしたので・・・。
でも、告知していない場合は、確かに病室では聞けないので難しいですよね。
よく話を聞いてくれる看護婦さんに相談されたら、いい知恵をくれたり、先生と話しやすい
関係をつくってくれるかも。

由布さんへ。
お一人ではほんとにきついですよね。我が家は複数で介護に当たったのですが、一人ひとりがほんとに
極限でした。お体のほうが心配です。周りの家族の方も同じように心配していると思いますよ。
母は嫁、婿のことは「仕事が忙しいだろうね・・」と気遣っていましたが、やっぱり顔をみせてくれると
うれしいみたいで、少し足が遠のいたら「なんでだろうね?」と口にしてました。
顔を見せてくれることでなんだか安心してたんだろうな・・と思います。
どうか、無理しないでくださいね。




53 名前: 由布 投稿日:2006/05/08(月) 09:42
ばばのしんさん、有難うございます。
パソコンあまり操作できないのに、このコーナーをみつけ、
心の安らぎをえています。

54 名前: あかね 投稿日:2006/05/08(月) 13:09
父は今小康状態を保っています。
生への執着があるのか 母を一人で置いていくのが心配なのか 
驚くほどの生命力です。
私の疲れがたまってきてるので
少し休養をとらせてもらいました。
今は 一日でも長くと願う毎日です。

メッセージ頂いた方々 ありがとうございます。
父が40を過ぎてからできた子どもの私は40前半。
父と母は一回り離れてるので母は由布さんと同年代です。
今、精一杯できることをしたいと思っててても
 正直疲れてしまうこともありますね。

今は ここを覗くのが日課になりました。
携帯からも覗けるので助かります。
みなさんの書き込みに励まされてる一人です。



55 名前: はこ 投稿日:2006/05/08(月) 20:09
あかねさん、私もよくここに来ます。
みなさん会ったこともない、どこに住んでおられるのかもわからない方なのにずっと前からの知り合いの
ように感じられ元気をいただけるんです。
お父様の状態が落ち着いておられるようで良かったです。
あかねさんも負けないように元気を出してくださいね!でも無理しないで十分休養をとって欲しいです。

由布さん、私の母は由布さんと同じ年です。でもパソコンなんてとてもとても・・・
由布さんとご主人おふたりともすごいパワーですね!
でも富ママさんのおっしゃるように遠慮されずにお嫁さんに相談されたらいいと思います。頼られると嬉しい
ものですしね。私の主人は両親を亡くしているので、私ももう少し協力できていたらと悔やんでいる身です。
きっと喜んで協力してくださるはずですよ。

最後に主治医とのことですが、私は大阪在住でかかっているのがかなり大きい病院だからなのかも
知れませんが、電話でも予約することが出来ないので(システムがよくわかりません)早朝に並んで
診察の順番をとることにしました。弟と一緒にお話を聞きたいと思うので夜時間を取ってもらえたら
と思ったのですが無理でした。もう少し融通をきかせてくれてもいいのにと思いますが、文句を言ってても
仕方ないので早起きして行ってきます。
そして聞くことを自分の中で整理してお話を伺ってきます。
みなさん、いつもアドバイスありがとうございます。



56 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/08(月) 20:26
先生に連絡むずかしいですよね~
窓口に電話してみたり、!我が家はせっぱつまってましたので入院病棟につないで貰い
看護師に気持ちをぶちまけ、どうしようもないと思ったら先生の夜勤や勤務状況教えてくれました。
決してよろしい内容ではないのですが、私は時間が無かったのでどうしても
お話したくて   「やってしまいました。」
後は忍者のような動きをしながらこそこそ。。。。。。

57 名前: 由布 投稿日:2006/05/09(火) 08:04
おはようございます。皆さん思ってたとうり、私の子供と同じ年頃の娘さんばかりですね。
家は残念ながら、息子二人、嫁一人、嫁を娘と思っています。旦那は今朝7時に、友達と
約束して、山菜『行者ニンニク』採りにいきました。福岡の友人におくるためです。
富ママさん・・・・マージャンは、いつも家でやっていますよ、
この家建てる時、玄関の横に、四畳半掘りごたつの部屋を麻雀用につくりましたので、
マージャンやっても家ですので、安心しています。それにしても、すぐ人数がそろうのには
驚き?です。富ママさんも仲間にはいって、お父さんどこが病気だって、アハハ・・・・・
と出来たらさいこうですね、ちなみにわたしは、できないんです。
元気な頃ころは、大酒飲みの暴力亭主でしたので、私も中企業の建設会社で働いて
いましたので、仕事に追われ心の逃げ場がありましたので・・・・・
長い人生、今がいちばん充実した生活を送っています。もし主人が病気にならなかったら、
主人の良い所、見出せないままだったかもしれなかったし、人間性、優しさなど発見した時には
取り返しの付かない病にかかって・・・・・・・皮肉な物ですが、まあ人生ってこんなものかと
思ったりしています。

58 名前: はこ 投稿日:2006/05/09(火) 21:23
由布さん、こんばんは!
私には弟がいますが、親の病気に対して娘と息子では温度差があるように感じていました。
ちっとも心配じゃないのかな?と思ったこともあります。
でも口や態度にはうまく出せないけれど親を思う気持ちは同じなのだと最近思っています。
お嫁さんを娘だと思っておられる由布さん、とても良いご家族ですね。

私の父もワンマンの頑固者で、若い頃私はよく反抗したものでした。
今では父もいいおじいちゃんになりました。親孝行できるこの年まで元気でいてくれてありがとう!
と言いたいくらいです。

由布さんは一生懸命頑張っておられるから、充実した生活だといえるのですね。
ご主人はご病気とはいえ、信じられないくらいお元気なのですからこれからも充実した生活を思い切り
楽しんでください。

59 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/09(火) 21:32
 あかねさん。
毎日心配ですね!本当にお母様を置いて行くには心配ありすぎてそしてあかねさんを置いていくのも心配で
そんな気持ちが生命力のすごさではないでしょうか!
うちの父は母と愛犬でした。まだまだこらからですよ!楽しい時間になるよう
お父様応援してあげましょうね(^^)

60 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/09(火) 21:39
 はこさん~由布さんてお母さんですよね~~~
こんなに大変な時に沢山の娘が出来てしまいましたよね(^^)
みなさん互いにしっかり話しストレスは泣いてでも解消してくださいね。
それが明日の活力になりますように!!!祈ってます。
 由布さん。
日本の中でずい分遠い所にお住まいのようで!マージャンは無事終えてジンクスは取り除けましたね
良かった!三菜摘み母もわらびをとっています。なんでもいいですね~楽しめるなら。
心の中で酒飲みご主人とビール片手にマージャンしてる夢でもみますよ~

61 名前: 由布 投稿日:2006/05/09(火) 23:47
一度に沢山の、娘が出来感激・・・・
名前覚えるのに大変、呆けるひまないですね。
大阪、広島~~~~全国またにかけ。でも皆親孝行なよい子ばかり、  
このせちがらいよのなかに、親を思う素直な心、感心しています。
親から見れば、どんな子でも、大事なたからものですよ。
 
泣きたい時は、大声を上げて泣けば良いんです。
車を運転しながら、大声で泣くのも良いですよ・以外と運転の方にも
神経は集中してるものです。信号待ちの時、隣に止まった、ダンプの
怖いお兄さんが、不思議な顔してみてるけど、目と目があったら
やさしい顔してくれますよ。
富ママさん
私は、産まれも育ちも、博多っ子です。今日の山菜採りダニに
食いつかれてきましたので、ダニ取るのに私の指先『血』まみれ、
隠れて石鹸でごしごしあらいました。
お母さん一過性のものだったらよいのにね。

62 名前: 由布 投稿日:2006/05/10(水) 00:56
はこさん、お父さんは自覚症状まだないんですか?
マーカーより映像の方が、より確実だと先日、肝臓癌の治療・・・・
のところで、説明うけましたよ。内も四年半まえ、地方の病院で、肝硬変
に移行しつつあります。だったのが、札幌の肝臓専門医の居る病院に行き
そこで初めて1cmの癌だという事がわかりました。自覚症状がなかったので
誰かが、癌だと告げない限り、仕事忙しいの一点張りで、入院してくれそう
も無い状態でしたので、折を見て次男が告げました。その次男は告げた事を
最近まで悩んでいました。
治療が始まると、先生と主人と話し合ってそれから家族に知らせる事を、
本人が望んだようです。
それでも登山したり、散歩したりで、自然から、パワーと免疫力を貰ってる
様な気がしています。本人も病は気からと言っています。最初の治療退院の時
婦長さんから、歩けるような状態では無いのでと云われたのに、家に着くなり
庭の草むしりを初めました。もしかしてこの人直るのでは、と感じました、
今もそう信じています、はこさんのお父さんと似てるような気がしています。
絶対治ると信じて、おちこまないように、悪い方え悪い方えと考えたら、
そのように転じていきます、また顔にも現われます、信じる者は強しです。
暗い顔してると、お父さんも悲しみますので、明るく頑張ってくださいね。

63 名前: あかね 投稿日:2006/05/10(水) 16:46
この2日ほど うとうとすることが多くなってきました。
足のむくみがひどく 手、顔にもかなりむくみが出てきて・・・
むくみって こんなに出るものなんでしょうか。。。
家に帰っても 電話が鳴るかもしれないと思うと落ち着きません。
覚悟はしてても辛いですね。

64 名前: はこ 投稿日:2006/05/10(水) 20:36
あかねさん、大変な時期ですね。
きっと眠れない夜が続いていると思います。お母さまもご心配なことでしょう。
気遣ってあげてくださいね。とても辛いですが頑張って!

由布さん、父は自分では「どこも悪くない」と言っていますが、動作がゆっくりだし
多分だるいのだと思います。顔色も悪く心配です。
画像は見せてもらいましたが、父が一緒だったので詳しい説明を聞けませんでした。
黄疸、腹水もまだありませんが、アルブミン(ALB)・コリンエステラーゼ(CHE)
が極端に低くなっています。それで塩分制限のためお漬物類を一切やめています。
本当は大好きなのにかわいそうですが、梅干一つで水分が260cc貯まるそうです。
他には卵白がアルブミンだと教えてもらったので卵を日にふたつ摂るようにしています。
由布さんのおっしゃるように、絶対治ると信じてそのパワーを父におくりたいと思います。
きっと届くはずですよね。


65 名前: さくら 投稿日:2006/05/10(水) 21:29
こんばんは、病室で主人の付添いをしながらパソコンで検索していましたところ 
数日前よりこのサイトを見つけ皆様の書き込みを拝読させていただいておりました。
初めて書き込みをさせていただきます。
実は私の主人(44歳)は一年前に膵臓癌末期と診断され、余命7ヶ月と宣告されました。
様々な治療や、健康食品、ワクチンなどできる限りのことは尽くしてまいりましたが、
「もう あと一週間もつかどうか」と昨日担当医の先生からお話がありました。
主人の今の病状はほぼ全身黄疸、腹水は何度も抜いていただいてるので 腹膜と腸が癒着し カクシツができてしまい
お腹はパンパンに張っているのですがほとんど抜けない状態です。腹部や背中の痛みはモルヒネがよく効いているようで あまり
痛みは訴えません。胸水も溜まってきて呼吸は酸素を着けていても 激しい苦しみようです。
主人は意識が朦朧としながらも「苦しい~何とかして!」と懇願します
全身の浮腫もひどく 足は膝がほとんど曲げられない程で ペニスや睾丸も浮腫で
腫れ上がり痛みが強いようです 他、多臓器不全と言われました 腎不全はかなり進行しているとの事
正直 もう見ていられないくらい辛いです。辛いです。
先生から「これからまだ吐血や下血も有り得る。もう寝かせてあげませんか?」(昏睡状態になるとの説明でした)っと
お話がありました。主人は以前より「最期は苦しみたくないから頼むよ」
と私によく話しておりましたのでもうこれ以上主人を苦しめたくないとの思いで息子と主人の母に相談しましたところ
息子(21歳)は私と同じ気持ちでしたが、主人の母は承諾しませんでした。
今までにも何度かこのお話は先生からありましたが、その都度 母は拒否してきました。
私はこの3ヶ月間付ずっと添いし主人の苦痛を毎日見てきました。
もう主人の苦痛も限界にきているように私にはみえます。
看護士さんも主人の容態を見かねてか 「お母さんは一度も付添いしてられないからかあまり状態分かっておられない
みたいですね」と言われました。
主人は担当医の先生を信頼しています 心のこもった治療を受けてきましたから。
悩みましたが もう母の意思は無視してでも主人が楽になれるよう先生にお願いするつもりです。
私のような考えはおかしいのでしょうか・・・

 




66 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/10(水) 21:54
さくらさん。初めまして!ご主人本当に大変な様子ですね
私より若いのに本当に心労察します。今悩んでおられる事ですが 家族関係か
血縁関係からすると直系など言われますが、まず、夫婦が一番ではないでしょうか。そして子どもの意見かな~なんて思います。
でも やはり生みの親 お話し合いしてほしいですね。答えが無理なのは承知です。
まず親を立てて その後どうしても辛いならで先生と個人的にお話されてはどうでしょうか~~
夫婦は他人でも親子に負けない絆があるから今一緒にいるんですよね!
きれい事言えないですが ご主人に何かあったら貴女が子どもを支えていかなくてはいけません。
お母様が貴女達を支えてくれるでしょうか~~~お母様を責めてるのではないですから勘違いされないように~~
お母さんに今の言葉は言わないでください。
  アドバイスにならなくてごめんなさいね!幸運を!


67 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/10(水) 22:02
 ちょっと待って!先生の言われている事は尊厳死ですか?
それなら私の話は無視してください。ご主人が何も書き残されてないのでしたら
家族と先生にお任せします。ごめんなさい。

68 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/10(水) 22:06
 あかねさん。心配でしょうがお母様は体調いかがですか。
家族あっての介護。みんなが元気でおられますように!

69 名前: 由布 投稿日:2006/05/10(水) 22:06
あかねさん、辛いですね。居ても立つても居られない気持ちよくあかりますよ。
でも、お母さんはもっとつらいでしょうね、貴女が悲しんでる姿にも胸がつまされてると
おもいますよ、鬱病の薬飲んでいらっししゃる様ですがたぶん+安定剤も服用されてると
おもいます、お父さんにはお医者さんが付いていられるので、お母様を気使かって上げて
あげてくださいね。慌てないで冷静に、頑張ってくださいね。応援していますよ。
はこさん、人それぞれ病状違うってほんとうですね、内は血小板が少ないんです、食事は
制限ありませんが、次々と数え切れないほど出来てきます、それこそモグラ叩きの状態で
黄疸、腹水も無いんだから、食事に気をつけて、笑顔が一番『免疫力』が付くみたいなので
免疫力をつけて、周囲の信念絶対届きますよ。お父さん本人が信じて居られるんですもの
明るい人のところは、病気も避けてとおりますよ。お父さんの、気力、精神力をしんじて、
くだらない事でも、しゃべって笑わせて、あかねさんも泣くよりも笑って・・・・・・ね

70 名前: 由布 投稿日:2006/05/10(水) 22:14
はこさん、ごめんなさい。最後はこさんと、あかねさん間違って
娘沢山いるので?でも、あかねさんにも笑ってほしいですよね。

71 名前: さくら 投稿日:2006/05/10(水) 22:16
富ママさん ありがとうございます。夜分にもかかわらずこんなに早くご意見頂いてほんとにうれしいです。
メッセージ読ませて頂いて我慢できず涙が溢れてしまいました・・・
そうですよね 明日もう一度母と話してみます。そして先生とも
ごめんなさいうまく言えませんが 救われた気持ちです。
ありがとうございました。
 


72 名前: さくら 投稿日:2006/05/10(水) 22:34
富ママさんへ
私の説明不足でごめんなさい
尊厳死ではありません
主人はただ最期は痛みや苦しみをできるだけとってもらい少しでも楽に
逝かせてほしいと願っておりましたので、あと1ヶ月ぐらいと言われた時に
先生にその旨をお話致しました。
ありがとうございました。


73 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/10(水) 22:44
さくらさん。
私もうまくお伝え出来ないのですが大変な様子。心が痛みます。
一日でも長く家族のそばにご主人いてほしいですね
今は奥様として 愛情を全力投球でご主人に!!!!頑張ってね。

74 名前: はこ 投稿日:2006/05/10(水) 23:26
さくらさん、こんばんは。
ご主人の大変な苦しみようを間近で見守ってこられて、少しでも楽にしてあげたいと
願うのは当然のことですよ~
気の利いた言葉は浮かびませんが、みんな応援しています。
そしてご主人のそばで励ましてあげてください。

由布さん、はこもあかねも笑顔で頑張りますよ~!



75 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/11(木) 07:16
さくらさん、はじめまして。
ご主人と同じつらさを耐えていらっしゃるんだと思います。つらいですね・・。
家族の耐える姿は、見ていられないですよね。
少しでも楽にしてあげたいお気持ちもよくわかります。お母さんの気持ちも
わからないでもないのですが、患者さんのつらさはやっぱり近くで見ている人
しかわかりません。そばにいるときは、ほんとにつらさを共有するのですから。
看護婦さんの言葉がもっともだと思います。

どうか、ご主人の思いとさくらさんの思いがかなえられますように・・。
強く願っています。



76 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/11(木) 09:38
さくらさん、側で見ているだけの側の辛さ、解ります。。。
うちの義父の場合は、小細胞肺ガン→脳転移→最後は再び肺に癌が蔓延し胸水も溜まって手の施しようがなくなり、ただ苦しそうに浅い息をしているのを見かねた義母がセデーションをお願いして睡眠導入剤を投与して貰い3日後に静かに逝きました。
義父は延命拒否の意思を示しており、最後に苦しむのは嫌だとハッキリ言っていたので、私達家族も義父の意思を尊重した形です。

ご主人自らが、最後は苦しみたくないとおっしゃっていらしたのですから、適応範囲に入ると思いますが・・・。
下記にセデーションのサイトを貼ります。
http://www.sal.tohoku.ac.jp/~shimizu/sedation/ppframe.htm

上記より抜粋
『最終的セデーション 適用の要件』
a・患者が他の方途では緩和され得ない様々な苦痛にもはや耐えられない。
b・セデーションから覚めたならば現在の苦痛と同等以上の苦痛が再開し、かつそれに患者は耐えられないであろう、と見込まれる。
c・患者がセデーションを希望している/対応能力があれば希望するであろうと判断できる。

お母様に実際に様子を見にきて貰えば、このまま苦しさに歪んだ顔のまま息子を逝かせることの方が残酷だとお判りになるのでは?
お辛いでしょうが、頑張って下さいね。

77 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/11(木) 10:05
あかねさんへ
不安な日々でしょう・・。
我が家もうとうとと眠り続ける母でした。でも家族で話していたのは、
眠っていたほうが幸せなのかも・・ということでした。
あかねさんがお体をこわすことのないよう・・・。

由布さんへ。
私は博多っ子です。今日の福岡はどんよりうす曇ですよ。

はこさんへ。
主治医とお話できてよかったですね。とっても前向きのオーラを感じます!!
今できることを頑張っていきましょう!!!


78 名前: 由布 投稿日:2006/05/11(木) 10:58
ばばのしんさん、懐かしい心はいつも福岡です。主人も同郷、同級生です。
毎年秋同窓会しています。昨年は行けませんでしたが、毎年行っています。
今年は参加の予定です。一昨年春北海道で、やりました日頃の恩返しに、
二人で世話役無事務めました、30名来てくれ、いまは、良い思い出でです。
母は94才でまだまだ元気で福岡にいます。主人が元気な内にと、へそくりせっせと
貯めています。今年は雪祭りに、友達が二夫妻きてくれましたので、丁度
入院だったのに、延期してもらい友人帰ってすぐ入院でした。北海道もどんより
うす曇り、今年は、例年になく寒さが続き桜もまだです。福岡の友達ちは、
季節の花をエクセルで編集してやり取りしています、妹4人、弟1人、もそちら
帰りたい帰りたいで71になってしまいましたが、1時の便に乗ったら5時には家の
居間ですので、そう遠くは感じません。

79 名前: 由布 投稿日:2006/05/11(木) 11:36
ばばのしんさん、妹4人といいましたが、弟の嫁入れて4人で、
実妹は3人です、下の妹は15歳下です。何かときは、3人の妹が
飛んで来てくれるので心ずよいです。

80 名前: 由布 投稿日:2006/05/11(木) 14:27
博多ドンタクも終わり、今度は山笠ですね・・・・・・
考えながら~~~~庭で草むしりしてる主人の後ろ姿を
見てると、 なんともいえない心細さにおそわれます。体重
5Kmもへりましたが、お父さんのおかげで病院通いで動き回り
感謝だね、と言って笑っています。身長165Cあるので、やせても
そんなに目立ちませんが、疲れやすいです、でも頑張にゃいかんと、
博多の「おなご」は強かっちやもんね。

81 名前: はこ 投稿日:2006/05/11(木) 20:47
ばばのしんさん、実は主治医とまだお話してないんです・・・
弟と私の仕事の都合や主治医の先生の外来診察日の関係で来週行くことにしています。

お漬物を一切やめること、梅干一つで水分が260ccも貯まること、卵白がアルブミンだから
日にふたつ以上摂るといいこと、これらはみんなネットの相談室で教えて頂いたことです。
待っているだけでは何も始まりませんよね。今出来ることを一生懸命にしたいです!
そう思えるようになったのもこの掲示板のおかげです。

由布さん、無性に心細くなる気持ち実感としてわかります。
でもご主人はお庭で草むしりしてらっしゃる、元気でいてくださるんです。
この時間に感謝して心穏やかに暮らして下さい。
そして由布さんご自身の健康にも気をつけて下さいね~




82 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/12(金) 09:33
今このページを読み返し「ため息です。」
終わってしまった家族と今頑張っていらしゃるみなさん。今の私に何ができるんだろう~なんて考えてしまいました。
人それぞれ状態がちがいますから、家族の前では笑顔でね!位しか言えません。
病気は家族も同じように闘って行きますので みなさん。
「うまかもんしっかり食べリ!おちこんどったらいけんちゃ!」
「今の時間大切にしんさいよ。きっと大きな財産になるけんね」
小倉に2年いましたよ~愛媛は長かった!全然関係ない話でごめんなさい。
ガス抜きしました。

83 名前: はこ 投稿日:2006/05/12(金) 21:02
富ママさん、ガス抜きありがと~
たまには気分転換しないと煮詰まっちゃいますよね。

富ママさんのような先輩(年齢ではなくて!)が語ってくださるお話は他では
得られない貴重な情報です。それに励ましの言葉やアドバイスが直に心に届き
ます。これからもよろしくお願いしますねー!



84 名前: 由布 投稿日:2006/05/13(土) 01:52
いつのまにか、きりきりといたんでた、胃の痛みかんじなくなりました。
頭痛薬もあまり使用しなくなりました。主人が落ち着いてる性もあるかもしれませんが、
ここで、いろんな人のことを聞かせていただいたり、自分の思をいはきだし、たまに、
くだらない事を書き込み、まずかったかなと思ったりしてはいますが、くだらないことにも
付き合って返事をくださって、ありがとうございます。わたしの、ストレスのはけぐち、
癒しの場となってしまいましたが、これでよいのでしょうかね。そのうち深刻になってきたら
書き込む元気もなくなるのでは・・・・・と思ったりもしています。

85 名前: 由布 投稿日:2006/05/13(土) 02:37
富ママさん。ばばのしんさん、精一杯尽くされたから、もう終わったこ事といえますが、まだこれからが大変ですよ、わたしも76才で父を
なくしましたが、父の入院中、5年のうち10回もいったかしら、わるいわるいとおもいながら、弟妹に任せっぱなしで・・・・・
なくなった日には、直行便なくて、空港中駆け周りやっと、大阪乗り継ぎ便をさがし夜中につきました、通夜、葬儀と順調にいってたのですが、
最後の別れのとき、お父さん行かないでと叫んで、そのまま倒れてしまい、気がついたら控え室で、母が心配そうにタオルで私の頭を冷やして
くれていました。こんな大変な時に何と言う親不孝、父には一番可愛がられて居たのに、と今以ってその時の重荷を引きずっています。親が子を
大事にする気持ち身に沁みてています。故に主人の事も粗末にしたら、主人の母に申し訳ないという気持ちが先にきます。
富ママさんが、おっしゃるように、今を大事に悔いのないようにしなければと思います。


86 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/13(土) 07:52
おはようございます。
富ママさんのように考えたりします。私の場合、なんだかんだいって、
誰かのためというよりも、まだ自分の傷を癒すために書き込んでるような
気がするんですよね・・。やっぱりこの掲示板は癒しのような気がしています。
母が亡くなってから、心の中での母との対話が増えたような気がします。
それは私の子どもも同じようで、毎日ばーちゃんのことをことあるごとに
話しています。何よりの供養かなぁ・・と思いながらも、やっぱり生きている
時の母へのあたたかさが足りなかったなぁ・・と思ったり・・。
亡くなってから考えることはたくさんですね。

そうそう、私も介護中は毎日頭痛に悩まされていました。授乳中なんで、薬が
飲めずつらい思いをしていたところ、偶然発見したのが、コーヒーでした。
なぜかコーヒーを飲むとおさまるのです。ネットで調べたところ、あるタイプの
頭痛はドリップコーヒー(インスタントではないやつ)一杯のカフェインが
効くとの事。胃が痛いときなどは、胃を荒らしてしまうかもしれませんが、
頭痛薬も同じなので、効くかもしれません。
頭痛もちの私にとっては、飛び上がるぐらいの発見で、毎日何杯飲んでたかしら?
今はウソのように頭痛もなくなってるので、飲まなくなりました。

私もここからはちょっと博多弁で・・。
私が住んどるところは、山笠があるんよ。本場ものとはちがうんやけど、年々
盛り上がっとるみたいやけん、今年は息子二人を子どもみこしにだしてやろうと
おもっとるんよ。ただ、親も大変らしい。水をかぶりながら、何キロも一緒に
走るみたい。我が家は娘をしょいながら走るんかね~。体力つけなね~。

方言って、パソコンで変換するとすごい文字がでますね。

それから、ちょっと気になってることを。
210さん、お元気ですか?お仕事が忙しいのかな?大丈夫ですか?

87 名前: 由布 投稿日:2006/05/13(土) 11:24
ばばのしんさん。あたしもコーヒー飲んでみるばい、ほんなごとは、紅茶の方が、すいとるとばってん・・・・・
山笠よかね、いまどきの子供に日本の伝統をついで貰わんと・・・
よか考えよ。小倉の祭りもすごかったよね?とくに太鼓が~~~
八幡製鉄所があるときは、企業祭りもやりよったよ、企業祭のときは、必ず雪が降りよったよ。
戸畑に伯母が居たけん、博多から汽車でよういきよった。朝から調子にのって、ごめんなさい。
 
コーヒーの話、ありがとうございます。紅茶もかカフェンおおいので、ためしてみます。


88 名前: あかね 投稿日:2006/05/13(土) 13:39
一日すぎるのが 早いような遅いような・・・
それでも がんばってくれてる父
今日は よく話をしようとしてた。
私が帰る間際「心配かけてばかりで悪いな」と一言。
笑顔で返したものの 言葉の重さを感じてしまいました。
きっと 覚悟してるんでしょうね。
涙が出そうになるのを一生懸命こらえて帰ってきました。

89 名前: あかね 投稿日:2006/05/13(土) 13:44
>富ママさん、ばばのしんさん
私がここに書き込むようになれたのは、同じように闘ってる人がいるから。
そして 経験してきた方々がいるからです。
身近にいる人の社交辞令「大変ね」の一言よりも 先輩方の存在がずっと私には支えになってます。
きっと 私も父を見送ってもここに来ると思います。

90 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/13(土) 14:13
せっかく優しいやり取りが続いているスレッドなのですが、できればケア板に移動された方がいいような気がします。
ここは詳しい治療法などを求めて来られる方のための板だと思うので。
もちろんスレッドを立てられたばばのしんさん次第ですが・・・。

91 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/13(土) 15:20
>>90 同意です。
このスレがいつも上にあって治療の質問の他スレが霞んでしまうし・・・。
スレ主さん、要望板で管理人さんに移動をお願いしてみたらいかがでしょうか?

92 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/13(土) 21:08
>>90さん
私も同意です。
温かいスレッドですが、ケア板の方が主旨にあっていると思われます。
肝臓癌スレッドに関連スレッドとしてリンクを残しておく、などの方法で
移動されることを検討されてはいかがかと思いますが
ばばのしんさん、いかがでしょうか。

93 名前: はこ 投稿日:2006/05/13(土) 23:05
このスレがいつも上にあって治療の質問の他スレが霞んでしまうというのはよくわかりません。
名無しさんたちのご意見に反論するつもりはありませんし、ばばのしんさんが移動されるおつもりならもちろん異論は
ありませんがひと言書かせていただきます。

余命わずかと宣告されてはいても私はまだ治療を諦めてたわけではありません。
治療に関する質問と同じくらい、この先病状がどのように進むのか?は本当に知りたい大切なことで
人によって千差万別とは言え、ここ以外この質問に答えてもらえる場所を私は知りません。
ケア板に移動した方が、という言葉が2度目の宣告のように感じられて過剰反応しているのかも知れ
ません。ごめんなさい。



94 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 00:34
>>93さん
>>90の意見に同意した者のひとりです。
二度目の宣告、などであるわけもなく、
感情的にならずに読んでいただければ、と思ったのですが
難しいようですね。
傷つけてしまったのなら、どうかお許しください。
私もそうですが、ここにきてるのは、全員、ガン患者本人、
もしくは関係者の人間です。
つらい気持ちはだれも同じですので・・。




95 名前: 90です 投稿日:2006/05/14(日) 00:36
はこさん、90で意見を書いた者です。
私の提案でご気分を害されたのなら謝ります。

一連のやりとりを読ませて頂いた私の感想は、具体的な治療法というよりも心のケアを求めていらっしゃるように感じたものですから・・・。
それに、まるで他人の日記やメールのやり取りを見させられているような気分にもなりました。
(これは悪いと言っているわけではありませんので悪く取らないで下さいね)

患者本人やその家族が励まし合い・支え合うのはとても素晴らしいことだとは思いますが、ネットの向こう側には何千・何万の人が見ているわけで、あまりにも私信のようなやり取りが続くのは、この板にそぐわないように思えたのです。
ばばのしんさんがこのままでよいとおっしゃるなら、無理にとは言いません。
申しわけありませんでした。

96 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 00:42
はこさんへ
ケア板は、別に治療を諦めた人たちのスレッドばかりではありませんよ。
自宅介護やその他の情報も満載ですし、愚痴るスレッドもあります。
そちらの方が書きやすいかもしれませんよ。

97 名前: 由布 投稿日:2006/05/14(日) 01:05
体調も落ち着き、少し調子に乗りすぎた様ですね。
沢山の人を傷つけ、大変申し訳なく思っています。
はこさん、ごめんなさいね。内もみぞおちの右の方が、痛いと
言い出しましたので、心配になってきました、
我慢強い人だからなおのこと・・・・・
パソコンやっと操作できるようになり、やっとここをみつけ、
有頂天になりすぎました。多分私が書き込みしなかったら、
この様な事態にはならなかったと、おもいます。
多くの人に、不快な思いをさせたこと、深くお詫びいたします。

98 名前: 91 投稿日:2006/05/14(日) 01:38
由布さん
そんな事はありませんよ。

皆さんがおっしゃるようにこのスレをケア板に移してお話しを続けられたらいいと思います。
今後こちらに来られる方々にも閲覧しやすく
役に立つ掲示板を作っていこうと言う、
皆さんの趣旨をご理解下さい。

99 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/14(日) 08:23
また混乱の元になっているようで、申し訳なく感じています。
掲示板って難しいですね。
ケア板に移動とのご意見ですが、ご利用されているかたの意見を
少し聞いてもいいですか?

私の意見ですが、ここに立ち上げた理由について。
・私がまだ戦っているときは、肝臓がんの治療が難しくなった時期に
 家族の立場からの意見をたくさん聞きたかった。
 心のケアだけに限定するのではなく、治療も含めて、立場を共有する
 人との話で、 力をもらいたかった。
・ケア版では、病気を限定しての話が難しく感じたので、立ち上げにくかった。
(この病気限定の話を聞きたかった)
・前回の「治療・・・」からの移動のときも感じましたが、
 個人的な日記、メール等のご意見出ていますが、どこの掲示板も
 同様のことは見られるように思います。大変厳しい言葉に聞こえるかも
 しれませんが、不快に感じられる方は、スルーしてもらって、ほかの
 掲示板を利用していただくというのもできるのでは・・と思います。
 どなたかを攻撃するレスなどは、見ている人を不快にしますが、
 そういう感じの板にはなっていないと思います。
 書く自由と同様、不快に思う人はこの掲示板を利用しないという
 手もあるのでは??
 きつい立場にあるひとは、いろんな面からの支えも必要だと思っています。
 ただ、病気と違う話をして気を紛らわしいときもありますよね。 
 少なくとも私はありました。
 また、閉鎖的な場にならないように、みんなで気をつけているつもり
 なのですが・・・・。冒頭にもありますし、みんなの気遣いを
 感じる板だと思っています。
・他の霞んでしまう・・とのご意見についてですが、この場がにぎわって
 いるのは、それだけこの板を必要としているからだと思います。
 自分の答えを本当に求めている人は、最新のレスうんぬんではなく、
 必要な板をのぞくと思うのですが・・・。他のスレを霞ませているわけでは
 ないと思います。

ケア版に移動も考えています。
ここに集っている方が、利用しやすいのならそうしたいと思いますが、
ここに集う皆さんのご意見を聞いてから決定したいと思いましたので・・。
どうか感情的にならずにいろいろ聞かせてください。
(それこそ、ここの趣旨とははずれますが、少しの期間のこと。お許し
ください)


100 名前: あかね 投稿日:2006/05/14(日) 10:18
最初に90,91,92さんの書き込みを見たときは 
正直いい気分ではありませんでした。
私自身は このスレがあることで落ち着き、励まされ、
弱音も吐いてまた看病に行くという生活ですから やはりショッキングでした。
ただ時間をおいてみると、私自身はこのスレがどこの版にあっても 
このスレが存続さえしてればいいような気になってきました。

もし ばばのしんさんが判断を迷われるようでしたら、
管理人さんに判断を任せるという方法をとられてもいいように思います。
私としては一日も早く今まで通りのやりとりができることを望みます。
それだけ 患者さんも その家族も一日一日がとても貴重です。

101 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 12:36
ばばのしんさんが、ここでスレッドを残したい、という意思はわかりました。
(ばばのしんさんが、「不快に感じられる方は、スルーしてもらって、ほかの
掲示板を利用していただくというのもできるのでは」とかいていらっしゃるのは
「ほかの掲示板」ではなくて「ほかのスレッド」を、と言う意味ですよね。
癌掲示板にこないでほしい、という意味ではないと思っていますが・・)
そこで提案なのですが、
sage進行をつかっていただけませんでしょうか。
知っておられる方もいると思いますが、書き込みの際に、E-mailの項目に、
半角英数字で sage といれます。
そうしますと、新しい書き込みをしたときも、そのスレッドはトップにあがらずに、
更新されます。
(たとえば、胆肝膵の掲示板の5番目にあるスレッドに、sageと記入してかきこめば
そのスレッドは5番目にあるまま、新しい書き込みが追加されるのです)
このスレッドはとても書き込みが多く、そのためいつも掲示板のトップ、
もしくは上位に位置しています。
けれども内容は、日々雑感といったものも多く、
「どんな小さな情報でも欲しい、治療に直接つながる答えを得たい」
という人間にとっては関節的な内容が多いのも事実です。
ですので、トップにあると、
どうしても目に入ってきますので、違和感を感じると思うのです。
sage進行にすれば、その点は解消されますし、ここの板を利用しつつ、励ましあえるということもできると思うのですが
いかがでしょぷか。
もちろん、sage進行を知らない方が新たに書き込まれた場合は、その都度ガイドしていく、という必要があると思いますが
そんな難しくありませんし、
ここを大事にされてるみなさんも、干渉されずにすみますし、安らかに過ごせると思うのですが・・。



102 名前: 90です 投稿日:2006/05/14(日) 16:31
>>101さんのご意見に同意します。
ありがとうございました。

103 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/14(日) 17:39
90.91.92さんへ。
今やり取りを見させていただき 非難やケアへ!そしてsageをと言われておりますがここはみな名前をかかれております。そして
忠告してくださったみなさん。最初はみなsageをされておりませんね~~~
いかがなものでしょうか~どんどん上に上がってしまうのはみなお互い様に感じてしまいました。
それから なぜココのカキコが多いのでしょうか~
本人が病気 もしくは家族となると 私もそうでしたが ケアなんて言葉考えません。ダイレクトに病名に入ってきます。
邪魔とおっしゃられるならみなさんでどうにかしてください。
それより あかねさんの言葉で どこに行ってもどうでもいい!!!
今彼女をすごく傷つけてしまっている。はこさんや由布さんにもです。
そちらの方が心が痛みます。
こんな気持ちになるのなら1人で癌と闘う。 そう聞こえました。
 そして一言。私は助けを求めた時誰からも答えが返ってきませんでした。
本当に辛かった。
感じ悪い書き方をしてしまいすいませんでした。

104 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 18:04
>>103 感じ悪い・・というか・・
sageくらいしてもバチは当たらないんじゃない?
ここで話してる人だけの掲示板じゃないんだしさ
自分達を思いやるのと同時にここをロムしている人達への配慮は持てない?
板移動もいや、sageもいやって・・どうなんだろう
自分達だけのサイトじゃないよ!

105 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/14(日) 18:34
すいません。sageを否定しているのではありません。
それも良い方法だと思っています。そうすればここに残れるわけですから(^^)
ただ、今回傷つけてしまった方がひとりでもいるという事なんです。
配慮してない訳ではなく 傷ついてる方がいらっしゃるんですよね~~
 ばばのしんさんが 感情的にならず!と忠告されたのに失礼いたしました。
さて、今回sageを入れてみましたがどうでしょう。

106 名前: はこ 投稿日:2006/05/14(日) 19:27
私もsageと入力してみました。

私も「肝臓ガン」に関する情報が欲しくて検索してこのサイトにたどりつきました。
ケアを全部読ませて頂いたわけではないので間違っているかも知れませんが、
ばばのしんさんが書かれていたように私も病気を限定してのやりとりが難しいのでは
と感じました。新しくこういう場を探して来られる方が見つけやすいと良いと思って
います。
私にはこの板がとても大切な場所なのでsage進行に従います。
富ママさん、私たちのためにありがとう。

それから由布さん、ご主人のこと心配ですね。
一過性の痛みならいいのですが。
私も父が咳をしたりすると、もしや肺に転移したのでは?と不安になります。
またお話を聞かせてくださいね。

107 名前: 由布 投稿日:2006/05/14(日) 21:18
もう書き込み止めようかと考えていました。
また痙攣起こして、たおれてしまいました、16時頃救急車で
はこばれました、救急車きたころには、だいぶ落ち着いていましたが、
一応脳神経外科に入院、身の回りの物持って行き、いまかえったところです。
やはり、長男夫妻5分もしないうちに駆けつけてくれました。
次男も、病院の方に駆けつけてきました。
やはり、ここは私に必要なところです。
はこさん、内も良く咳してますよ、心配でCT撮ってもらいましたが、
何ともなかったようです。まだまだ頑張りましょうね。

108 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/14(日) 21:21
 最新れす20にはこの書き込みが影響するようですね。ごめんなさいね。
でも今回みんな真剣に悩んでいるのに この時間になってもお答えないのは悲しい限りです。
由布さん。ご高齢なのに よくここを探してきてくれましたね!
私はまだまだどんな方法であっても応援しますよ。だってみんな頑張ってるんですから!

109 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/14(日) 21:26
 由布さん。時間差でした。大変でしたね。次男さんも2時間以上かけて駆けつけてくれたのですね。
心配です。本当にお疲れ様でした。今日はゆっくり休んでください。


110 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 21:41
富ママさん、>>101さんの下記の部分をもう一度かみしめて読んでみて下さい。

>このスレッドはとても書き込みが多く、そのためいつも掲示板のトップ、もしくは上位に位置しています。
けれども内容は、日々雑感といったものも多く、「どんな小さな情報でも欲しい、治療に直接つながる答えを得たい」という人間にとっては関節的な内容が多いのも事実です。
ですので、トップにあるとどうしても目に入ってきますので違和感を感じると思うのです。

誰もこのスレッドが悪いとは言っていませんよね。
皆さん優しい素敵なスレッドだということは認めておられます。
ただ、必死に新しい情報を求めている他の方たちのためにsage進行をお願いしているだけなんじゃないかな?
たったそれだけのことだと思いますが・・。

111 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/14(日) 21:48
つっこみを入れてしまうのでしょうか、、、ごめんなさい。
私は103の後他のスレッドに書き込みしています。それをどうみなさんに書いている事をお伝えしたらよいのでしょう。
本当にわからなくなってしまいました。

112 名前: あかね@携帯 投稿日:2006/05/14(日) 22:23
このスレの存在が私にとって唯一の救いでした。
心も体もボロボロの私には議論されればされるほど『目障りだから出ていけ』と責められている気になってきました。
冷静に議論できるほど、それを読み続けるほど心の余裕も時間もありません。
励ましていただいた皆様ありがとうございました。
いつか読み返す時間ができたときには平和でありますように。

113 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 22:44
 ここの人達って何故他の人達の意見や趣旨がここまで通じないのか不思議です。
 名無しさん達のレスをきちんと読めば、
そんな被害者意識を持つ必要もないと思うのですけど・・
 スレ主さん。やはりケア板に移したらどうですか??
ケア板でやり取りすればいいのに・・・・

114 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 22:47
ケア板もあるし、 GanSNSもあります。
新板でも


115 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 22:51
感情的にならず、落ち着いて、
いろんな立場の参加者がいることをわかってほしい、と思って
sage進行をおすすめしたのですが
それも難しい、ということなのでしょうか・・。残念です。

あかねさん、もう読んでいらっしゃらないのかもしれませんが
あなたを傷つけたり、ましてや出て行けなどというつもりは全くありませんでしたが
つらい思いをさせてしまったのなら、本当にすみませんでした。


116 名前: 管理人◆2mxwBLFt7E 投稿日:2006/05/14(日) 22:59
失礼しました。114は私です

ケア板もありますし、
ご希望があれば、新しい板も作成します。
 雑談板、フリー板、ノーテーマ板、ロビー板 っても良いかもしれません。
盛り上がってませんが、仲間同士の会話に最適なGanSNSもドゾ

管理人の登場は、会話の中断を招きますので。。
とにかく、気軽に、使いやすいようにお使いください。お気軽にどうぞ。
もちろん、このままでも構わないです。

117 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 22:59
>>114 非常に同意
Gan SNSでやる会話だと思うよ
悪いがここまでわからんちんだと確かに目障りになってきた
メール欄にsageくらいは入れられない?
自分のHPじゃないんだよ!それくらいの配慮はしようよ

118 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 23:07
ここが簡単に入れる利点もあり、これで良いでは有りませんか.
いくら続けても水掛け論、大人気ない。。。
見たい人は見る。見たくない人はみない。それだけの事、
人格うたがわれますよ。どうしても必要であれば、そこを探せば
良いではないですか、嫌なところは素通り。。。。。。。。

119 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 23:10
新しい板を作るまでもなくケア板でいいと思うんだけど・・・。

120 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 23:24
>>118
見たくない場合でも目に入るから、
トップにこないようにsage進行をお願いしてるわけなのですが・・・。
>見たくない人はみない。それだけの事、
人格うたがわれますよ。どうしても必要であれば、そこを探せば
良いではないですか、嫌なところは素通り。。。。。。。。、
って・・。
「sage進行をすすめるくらいなら、そっちが出ていけばいいだろう」
ということですか・・・。



121 名前: 120 投稿日:2006/05/14(日) 23:30
失礼しました。
>>118 の文意、わかりました。
「どうしても必要な情報があれば、そのスレッドだけを探して読みなさい」
ということでしょうか。
そういう意味であるならば。
そのようして情報を探すときでも、トップにあるスレッドは必ず目に入るから、
トップに来ないようにしてもらえないか、
というお願いは通らないものなのでしょうか。

連続書き込み申し訳ありません。

122 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/14(日) 23:32
 管理人さんへ。
ありがとうございます。本当に素直にお話すると やはりここを訪れた以上
病名から入っていくんです。だから、、、、、、ごめんなさい。
うまくお話できません。 年配の方がやっと見つけてくれてもいます。
こんなやり取りをする方が本当に悲しい限りです。書き込みありがとうございました。



123 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/14(日) 23:41
富ママさん
胆嚢・胆管・膵臓は癌の中でも特に急を要する部位です。
やはりこのスレッドが上にきて日々の雑感や愚痴等を延々と話されているのは
(皆さんが仰る通りそれが悪いとは申しておりません、あしからず)、
板違いのように感じます。
ケア板等に移動し、こちらのスレにいらした方を誘導されたらいかがですか?
ケア板が一番合っているのではないですか?

124 名前: はこ 投稿日:2006/05/15(月) 00:04
名無しさん方、
「メール欄にsageと入力するだけのこと」なのですが、ご家族の状態が非常に悪く精神的に
余裕のない方もおられますし、年配の方もいらっしゃることをご理解ください。
お申し出に従わないと言っているわけではありません。
もう少しだけ長い目で見ていただけないものでしょうか?

由布さん、書き込みされる時に名前の横にE-mail(省略可)のボックスがあるでしょう?
そこに半角英数文字(小さい字です)で「sage」と記入してください。
そうするとこのスレッドは一番上に上がらず、他のスレッドの邪魔にならないのです。
もしご存知でしたら、余計なお世話で本当にごめんなさい!
よろしくお願いしますね。


125 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/15(月) 00:11
富ママさんへ
私も>>123さんと同じ理由でケア板をお薦めします。
ここはこのままにして(ケア板に新しいスレッドを作ってから)『これ以降はhttp;//・・・へ移動しました』と書いておけばいいんじゃないかしら?
そうすれば、このスレッドタイトルの『末期肝臓がん患者 家族の立場から』を読みたいと思った人もそちらに移動できるし。
いかがでしょ?

126 名前: 家族の立場として 投稿日:2006/05/15(月) 01:05
富ママさん他
ケアとは>>96さんのおっしゃる意味ですが、、、、
何故ケア板への移動にそれほど嫌悪感があるんですか?家族の立場としては心外。
皆さんが言うようにここは個人の掲示板でもないし肝臓癌患者の家族だけの掲示板でもないです。
適した板への移動はみんなの為に必要と思うのですが。

なおさんのアドバイス良いと思います。

追い出されるとか・・そんな被害妄想的な考えはやめて移動した適所で今までどおり会話続けて下さい。

127 名前: 由布 投稿日:2006/05/15(月) 02:09
末期肝臓がん患者家族の立場から。だから、癌掲示板で良いとおもいますが、
皆さん、ご本人でありまたご家族のたちば。それぞれ真剣だとは、理解できますが、 
sage を入れることでご了承いただけるのでしたら、それでも私個人はかまいません。
よその板に移動することには、抵抗をかんじます。なぜなら成れるまでが。そんな時間
的に余裕の無い人もいますし、一言一言が針で刺されるような、極限に犯されてる人も
いますので、そっと見守ってあげなければ、誰でも此処に来てるひとは、びんかんです。
身も心も傷つき安くなってるので、思いやり」のこころで、
管理人さんもこのままでも、かまいませんよ遣い安い様にとおっしゃってるので、
このままにしていただけたら、ありがたいです。
もう他をさがす力は、いまの私にはありません。
やっと、苦労して見つけたなじみ深い板管理人さんも、このままでもかまいませんと
おっしゃってくれていますので、出来たらこのままにしてほしいと
おもいます。

128 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/15(月) 07:23
お騒がせして、すみません。そしていろいろなご意見ありがとうございました。
そろそろ収束して、本来の目的に使いたいと思います。

管理人さんも「お気軽に・・」といってくださっていますし、皆さんのご意見
を考えると以下のようにしてはいかがでしょうか?
・今すぐにケア板へ移行しません。
  ここが利用しやすい方もいらっしゃいます。(実際、私を含め、発言等利用されている
  方がそう思っています。)
  また同じようなやり取りを繰り返す場合、ケア板でも同じようなご指摘もあるかと思います。
 「治療・・」からの移動は、確かにテーマからそれてきたかな・・との思いもあり移動しました
  が、ここは治療だけを話し合う場ではないと思うので、いいのではないかな?と思います。

・ただ、目障り・・とのご意見もあるので、ご指摘にありましたよう、
  saga進行を使ってやっていきましょう!!
  ご指摘ありがとうございました。私はこの使い方を知りませんでした。
  なにかの折に、saga進行できずに、新着マークがつくかもしれませんが、
  その際は気づいた方から誘導してあげてください。
  また、それこそ多くの方が使う板ですので、たまたまトップのほうに上がって
  しまっても大目に見てほしいと思います。どうか温かい目でよろしくお願い
  いたします。

・私が「目障りな方はどうぞスルーを・・」といったのは、決して「出て行け」
  ではないですよ。使い方同様用語もあまりしらないので、間違った用語を使って
  しまいました。すみません・・・。

みんな同じ立場にいる人です。どうか、穏やかにお互いが支えあえるようにと
祈っています。
という趣旨から、大変申し訳ないのですが、移動云々の話はこれで終わりたいと思います。


129 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/15(月) 07:45
あかねさん、しんどいでしょうが、今が頑張りどき。こっちも早く落ち着く
ように頑張ります。きついときに支えになれなくって、ごめんなさい。
いつでも戻ってきてくださいね。

由布さんへ。
ご主人大丈夫ですか?家族皆かけつけてくれて心強いですね。
病院での生活は家族もきついですが、ある意味安心感はあるのかも。
由布さんも体を休めてくださいね。

はこさんへ。
セキが気になるとき、我が家は腹水がたまってきていたので、胸水も
頭にいれていました。いろいろ悪いほうに考え気になりますが、
知っておくのは悪いことではないかも。

なおさんへ。
参考になるご意見、建設的なご意見ありがとうございます。
同じ立場を共有するものとして、どうか助けてください。よろしくお願い
します!
(往診医のときにレスしようと思っていて、し損なってしまいました。
我が家が在宅で後悔があるのが往診医なのです。おかげで母につらい思いを
させてしまいました・・)

130 名前: 由布 投稿日:2006/05/15(月) 08:44
おはようございます。いい段落着いて、ほっとしました。
はこさん・sage のやり方、教えていただき有難うございます、
まだまだアルファベットの専門用語分からない所だらけで、感とか、
いろいろ検索したり、医学書見たりでたいへんですが・・・・・・
sage たすはりました。昨日慌ててわてて忘れもの、これから病院に
いってきます。このたびは同市内の病院で近いのでらくです。

131 名前: はこ 投稿日:2006/05/15(月) 17:38
既にこちらに移動していてちょっと驚きました。
由布さん、ちゃんと来られるかしら?頑張りや由布さんのことですから
きっと大丈夫ですよね。

ばばのしんさん、スレ主として(そんな責任があるのか疑問ですが)毅然と
主張してくださってありがとうございました。すごく立派だと思いました。
sageのことは私も知らなかったから勉強になりました。
この板ではsageでなくていいのでしょうか?

セキのことですが、治まってしまうとただの風邪だったんだーと安心していました。
普通の状態ではないからもっと気を配ってあげないといけませんね。
父の場合は腫瘍マーカーAFPの特にL-3の値が高く悪性度が高いのだそうです。
それで転移しやすく急激に大きくなるかも知れませんと、これは主治医から説明を
受けました。ですから転移のことが気がかりです。
何も出来るわけではないのですが、知っておくのは悪いことではないと私も思います。
いろいろ情報をありがとうございます。


132 名前: とんぼ 投稿日:2006/05/15(月) 20:21
末期の肺がんで父を最近亡くしたものです。ちょっと事情が把握できていないのですが
「胆肝膵」の板から「ケア」板に移動になったのでしょうか?
今までの一通りの内容を拝見して、内容的には「ケア板」の方がふさわしいように感じました。
まだ治療最前線の方の求めるスレとはちょっと違うかも知れませんね。
私としては、この板でこのスレと出会えたことをうれしく思ってます。
癌の種類に関係なく、同じ辛い経験をした家族として、一緒にお話できれば幸いです。

133 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/15(月) 20:37
皆さんへ。昨日は私し感情的になってしまい申し訳なかったです。
こんな素敵な場所があるのに すべてを削除されてしまうのか。。。。
など、軽はずみに考えてしまったから前が見えなくなってしまってました。
sage私も知らなくてやってみても数は増えるしどうしよう~なんて頭真っ白になりました。
管理人さんがきちんと案内板を出してくださっていたので安心しました。
これからもよろしくお願い致します。

とんぼさん。初めまして(^^)
最近お父様を亡くされたとか、家族を亡くすとは心に大きな穴が空いてしまいますね!
ご心配いただいてありがとうございました。みんなで大移動して参りましたので宜しくお願いいたします。

134 名前: はこ 投稿日:2006/05/15(月) 21:33
富ママさん、お仕事があるのに昨夜は遅くまで管理人さんとかけあって下さって
ありがとう。お疲れさまでした。
由布さんとあかねさんがここに来てくれたら嬉しいのですが・・・
 
とんぼさん、初めまして。こちらこそよろしくお願いいたします。
まだまだおつらいでしょうね。

私としては治療最前線のつもりでこれからも出来る限りの治療法を模索していきたいと
思っていますので、アドバイスや励ましを頂けるとありがたいです。
木曜日に主治医とお話するので粒子線治療や阪大で行われているインターフェロンと
抗がん剤5FUの併用治療が父に可能かどうか伺ってくるつもりです。
ダメモトで全てやっておかないと後で後悔が残りますよね。頑張ります!

135 名前: とんぼ 投稿日:2006/05/15(月) 21:47
治療最前線というのに、語弊がありましたね。
初期の癌のように、すべてのカードがそろっているか否かという意味だったのですが、
誤解をまねく言い方をして、すみません。こちらはケア板ですが、
諦めている人などいないと思います。
誰だって愛する家族の為に最善を尽くそう、後悔のないようにと一生懸命です。
こちらでは、在宅看護をされている方や、家族を看取った方も多いので、
自分の経験を踏まえたレスもつきやすいと思います。
私はたくさんの後悔がありますが、迷ったときは本人の意向を大事にして
前に進んで欲しいです。応援しています。


136 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/15(月) 21:53
5FUとインターフェロンの併用は、先日の朝日新聞に載っていましたね。
抗癌剤の組み合わせも色々あるようですし、今の医学は日進月歩。
先月まで無理だと言われていたことが今日は可能だったりします。
はこさん、希望を捨てずに頑張って下さいね。

137 名前: 由布 投稿日:2006/05/15(月) 22:44
みなさん、今晩は、此れからも宜しく、移動意外なかんじうけました、
突然ってかんじ?
はこさん。すんなりこれましたよ、心配して戴いて有難う。
大変嬉しかったです。今日は疲れてグロッキーです、もうさすみます、
はこさんが、心配してくださるのでかきこみしました。
これからも宜しくね。

138 名前: はこ 投稿日:2006/05/15(月) 23:10
とんぼさん、ごめんなさい!御幣などありません。
おっしゃってること、よくわかってたんですけどちょっと冗談っぽく書いたつもりだったんです。
でも文字だけではそういうニュアンスって伝わりませんよね。こちらこそ申し訳ありませんでした。

みなさん、今後ともよろしくお願いします。
なおさん、由布さんもそろって(?)安心しました。私も今夜はもう休みます。
おやすみなさい~


139 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/16(火) 07:11
移動していますねー。びっくりでした。管理人さん判断なのかな?
ただ、皆さんたどりつけているようなので一安心です。あかねさん、
大丈夫か少し心配ですが・・・。

とんぼさん、はじめまして。暖かくむかえていただいてありがたく
思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

今回の件でいろいろと考えてしまいました。
本題からはそれますが、せっかくお知り合いになったので、いろいろな
話をもっと気楽にお話できる場はないかなぁ・・と考えつつあります。
ここはそのまま誰もが話せる場としてもちろん続いていくでしょうし、
こことは別に個人的な話、込み入った話が自由にできるよう場を
作りたいな・・と思っていますが、いかがでしょうか?
(そのときは参加の意思がある人のみの場として、閲覧制限をつけたい
と思います。)

情報だけでなく、気持ちを吐き出したい場がやっぱり必要だと思うの
ですが・・・。こう何度も引越しをしていると、また同じことが・・
と考えてしまうのです。
不快な思いをする方も多いし、発言の方の本意ではないのですが、
傷ついてしまうこともありますし・・。
私は実際、少し話しにくくなっちゃいました。

またテーマからそれる・・となりそうですが、ちょっとご意見くださーい!



140 名前: 由布 投稿日:2006/05/16(火) 08:05
おはようございます。
年寄りのひがみか、正直不快です。誰かに操られてるような。
もう少し考えてみます、自由に話す事制限されると、かえって
ストレスかんじます、かといってGanSNSには入りたい気分にもなれず、
やはり・・・私って頭へんなのか、馬鹿かな?

141 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/16(火) 08:34
由布さん。ばばのしんさん。おはようございます。
移動してしまい不信感もたれたことでしょう ごめんなさい。
私が管理人さんとお話したんです。ひとりでもあの場所が違うのではないかと言われれば
こちらも真剣に考えないといけないでしょうし、何処にいても今まで通り応援しますよ!
  あのやりとりは本当に不快でしたから 穏やかな時間が早く戻ってくる事を望みました。
怒るんだったら 富ママを怒ってくださいね(`3´怒)
ばばのしんさん~ごめんね~夜中の話だったものでうまくお伝えできなくて。
あかねさんが出て行かれたのがショックでした。
由布さん~またこうしてお話できてよかった!今日も病院ですか?
こちらは雨です。気をつけて介護してきてくださいね!

142 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/16(火) 09:02
>>139 自分のHP立ち上げですね。どうぞ早々に頑張って下さい。

>>140 人様が並々ならぬ苦労をして作り上げてくれたサイトを借りている事を、
もう少しでも自覚出来ないものか?
この掲示板には他の住人が多く存在し、
ここに助けられながらロムしているのもまだ分からないのか??

傍若無人というか、恥知らずというか。。。
トシがどうの初心者がどうの介護で時間がどうのは言い訳にもなりませんよ。

朝から不快なのはこっちです。。。。はぁ~
ぜひ御一考を。

143 名前: とんぼ 投稿日:2006/05/16(火) 09:30
はこさん>いえいえ、私の言い方がおかしかったです。お気になさらずにね。

掲示板のことですが、私の中立的な立場から言わせていただくと、
もし、癌というテーマから離れてしまい、心情的なお話や
世間話的内容がしたいときは、ここの「愚痴・雑談」のスレに書き込むのが
最適かとは思います。癌関係の話題はこのスレでいいのではないでしょうか?
やはり末期癌の情報を求めていらっしゃる方もたくさんいますので。
もし、決まったメンバーで深い話がしたいのであれば、別掲示板を作られるか、
メルアド交換するか…私としてはどんな小さな情報でも欲しいと思ってる方も
多いので、できればこうやってみんなが観閲できる板でお話して欲しいです。

ただ、ここのアクセス数がどれくらいか分かりませんが、画面の向こうには
何万人、何十万人という人が書き込みをしなくてもロム(読むこと)しています。
そして、そのほとんどの方は、時間に追われた癌患者とその家族であることは
忘れてはいけないと思ってます。私も手を震わせながら、目に涙を溜めながら
育児と介護の合間に必死でパソコンのキーボードを叩いたことを思い出します。

そういう意味では普通の他の掲示板よりも、はるかに重みを感じますし、
管理人さんもそういう思いからここを並々ならぬ苦労で運営されていることに
頭が下がります。

よい案がまとまるといいですね^^



144 名前: 由布 投稿日:2006/05/16(火) 09:38
人様が立ち上げてくれたので、有り難く入らせていただき
感謝していたのに、こんなのを、恥知らずっていうのですかね、
人の干渉ばかりする方が・・・・・・・・・

145 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/16(火) 10:01
以前、『頑張って下さいね。のひと言よりも具体的な治療法の方が助かる』という趣旨の投稿を読んだ事があります。
それだけ切羽詰って情報を得たいという人が多いのだと感じました。

ここはとても大きな掲示板で、色々な情報やカテゴリがたくさんあるし管理人さんも運営が大変だと思います。
『励ましや優しい言葉のやり取りを求めている人にはこちらの板がありますよ』と管理人さんがわざわざ場所を設けて下さったのですから、このままここで優しいやりとりを続けるわけにはいかないのかな?
ひっそりと片隅でもこういう板があるという事でもいいのじゃないかしら?
(具体的な治療方法についての疑問があれば、そこの板に行って書き込めばいいし。)

私は義父の闘病の時にこの掲示板でとてもお世話になり助けられたので、今でもたまに覗かせて頂いていますが、こんな私でも出来ることがあればさり気なくお力になれたら・・・と思って来ています。

お互いに、管理人さんや周りの雰囲気を尊重しながら、さり気なくいきましょうよ。

146 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/16(火) 10:08
142>> 気持ちはわかるが 移動してきて説明段階。
落ち着いて 本来の話しが出来るようになるまでそっとしてあげることは
不可能なのだろうか。
個人攻撃している様に感じ それこそロムしてる方が不快になる。

147 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/16(火) 10:19
この場所に移動を決定してくれたのは管理人さんです。

148 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/16(火) 10:26
「ケア掲示板」は

テーマ:終末期の医療・看護・介護、心のケアの話題。
看護方法、ホスピス、告知、尊厳、保険、遺言、在宅・緩和
具体的な治療法を除きます。

となってるので、内容的には、このスレッドはこのケア板に
ふさわしい内容だと思います。
ちなみに、終末期=余命6ヶ月以内です。



149 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/16(火) 11:36
 とんぼさん。なおさん。146さん。148さん。
ありがとうございます。
本当にどうしてよいかわからなくなってました。また、ばばのしんさんが言われるように
前回と(治療)(立場)同じ様にこんなに悲しい思いをするなら。。。。とも思いました。
今回は管理人さんが 内容にふさわしい場所を考え移動してくださったので良かったと思ってます。
感謝します。立場にも苦しんでいらっしゃる方多々おられますので動揺させてしまいました。
 管理人さんが移動させてくれたので このままでよいのではない?
注意すべき点はございますが、、、
由布さん~ううううう~悩みすぎて鬱のお薬増やさないように!!!
今までと一緒ですよ!ご主人も大変な時です。気にしないで
また書き込みしてください。
  そして皆様 有難うございました。

150 名前: 由布 投稿日:2006/05/16(火) 13:53
私事で失礼・・・ 
もう、此処はおちつきを取り戻したと感じています。
ことのいきさつがわかりましたので、犯人は富みママさん
だったんだ~~~~~~いやいや脱帽・・・・・わたしは
かえってすっきりしてますよ。この件については、おわり。

151 名前: はこ 投稿日:2006/05/16(火) 19:53
146さん、ありがとうございます。
私たちみんなこのサイトに助けられここの存在に感謝しているんです。
言い訳に聞こえるかも知れませんが、突然の移動の勧めにみんなパニックになり
ちゃんと対応できなかっただけなのです。
どうすればいいのか理解できる前に大事になってしまったように感じます。
ここはご本人の病気やご家族の看病で傷つき悩んでいる人の集まりですから
もう少しだけ暖かい目で見て頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。

私もとんぼさんとなおさんのご意見に賛成です。
どんな情報でも得たいし、時には馴染み方々に愚痴をこぼしたり悩みを共有したい
です。具体的なアドバイスが欲しいときは医療関係の方が答えてくださるスレに
行くことが出来る、ここは本当に有意義なサイトです。
みなさんと仲良くお話を続けたいです。

さて、ひとつ気になることがあるのですが、父の顔色がすごく悪いことです。
肝臓特有と聞きましたが、どす黒いという感じ。耳まで色が悪いです。
いつからこんなに顔色が悪くなっていたのか・・・
貧血にもなっているし仕方ないのでしょうか。





152 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/16(火) 20:39
はこさん>>少しでと言うより みんなそれぞれ悩み苦しんでいるのだから
  そしてここは 羽を休める場だからみんなの力を頂いて頑張ってほしい人へ
自分の思いを託してあげる。それで良いのでは?

153 名前: はこ 投稿日:2006/05/16(火) 22:38
152さん、「少しで」と限定しているつもりはまったくありません。
このスレだけでなくここの掲示板に来られる人みんなが苦しんでいる方ですから
みなさんと助け合っていきたいと思っています。
よろしくお願いしますね!


154 名前: 由布 投稿日:2006/05/16(火) 23:22
はこさん、つらいですね。腎臓の悪い人も、ぶす色になりますよね、
顔色、黒くなっても元気で仕事してる人、沢山いますよ。
国会代議士の、河野洋平氏も、肝移植される前真っ黒でしたよね。
今でも顔色よくないけど、精力的に頑張っておられますよね、
顔色だけで、あまり心配はしないでも・・・・・少し代謝が落ちてる
のでしょうけど、疲れからと云う事もある様ですよ。

155 名前: 由布 投稿日:2006/05/16(火) 23:54
はこさん、内のことを例に挙げるのもなんですが、体調よく草むしりなどしたおとは、
顔色もよく、艶すらあるくらいです[汗で光ってるのかもしれませんが]
麻雀やりすぎた後は、青黒い土色して冴えない顔しています。
顔色、良い日もあれば、悪い日もあるって感じ、でも悪い日は、心配しますよね。
内は・日曜の夕方痙攣を起こし倒れ近くの救急病院に運ばれました、運ばれた先が
脳神経外科なので、主人はもう落ち着いて顔色もよいし異常ないのに、抗痙攣剤を
試してみるとのことで、薬が薬だからしんぱいしています、
札幌のかかってる病院にも神経内科あるので、同じ見てもらうなら
そちらにしてもらいたいですよ。いま運ばれた病院なかなか出してくれずこまっています。
一週間か十日ぐらい我慢して、退院してから札幌の病院に変ってもともかんがえています。
いまの病院、本人も嫌がってるんですけど救急で入ってしまったので、動きがとれずこまっています。


156 名前: はこ 投稿日:2006/05/17(水) 07:29
由布さん、おはようございます。
ご主人本当に心配ですね。いつもの病院ならこれまでの経過もわかっているし安心ですが・・・
早く退院できるように祈っています。
由布さんもお疲れが出ませんように。
顔色のことですが、河野洋平さんの例はなるほど!と思いました。
旅行の疲れが残っているのかも知れませんね。ひと言かけて頂いて気持ちが楽になりました。


157 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/17(水) 07:52
いろいろとご意見ありがとうございました。

はこさん、顔色の件ですが、我が家もそのときによって変化があったように
思います。我が家は付き添いが時間を追ってころころ変わっていたので、
「今日は悪い・・」と電話が入り、あわてて行くと「?」というほど
大丈夫だったり、逆があったり・・・。
母は黄疸がでていたのですが、少し動いたり、よく話しているときなどは
軽減するような感じがしたのですが、寝ている時間が長かったときは
(具合も悪いから?)どす黒くなっていたように感じます。
本人の余力がないから、それだけ体調の変化が見た目の変化として
現れるのかなぁ・・など話していました。

由布さん、落ち着かれたとの事、ほっとしています。慣れない病院で、
ご主人ともども落ち着きませんね。早く転院できればいいですね。
嫌だと思ったら一日でもいたくないですもんね。




158 名前: 由布 投稿日:2006/05/17(水) 11:47
ばばのしんさん、お心づかい有難うございます。
ここの場所も、早い段階で落ち着いてよかったですね。
いろいろとご苦労かけました、感謝いています。

富ママさん、見てくれていますか、この場所を確保するため大変
ご心労かけましたね、おかげさまで、またお会い出来るようになり
感謝していますよ、嬉しさのあまり、変な事かきましたが、気分を
害されたのでは、と案じています。親しき仲にも礼儀ありですよね、
犯人なんて言葉、申し訳なかったと後悔しています。ごめんなさいね。
尊敬の念のつもりでしたが、後でよみなおし、失礼だったとおもいました。

159 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/17(水) 20:17
由布さん、はこさん。家族が大変な中一緒に頑張りましたね~
さすがにアノ後疲れてしまってました。
由布さん~ジョークだってわかってましたよ!心配しないでね。
はこさん。
顔色心配ですね!我が家は黄疸で見事な黄色でした。
毎日大変だと思いますが 疲れを出さずに頑張ってくださいね!

160 名前: はこ 投稿日:2006/05/17(水) 22:25
みなさん、こんばんは!
富ママさんお疲れでしょうとも。富ママさんの一生懸命さが伝わってきました。

とんぼさん、なおさん、さり気なく見てくださっていますか?
ついつい名前で呼びかけてしまっていても、他の人に心を閉ざしているんじゃないと
わかって下さいますよね?

とんぼさんはたくさん後悔があると書いておられましたが、どんなに頑張ったつもりでも
後悔のない人などいないと思います。ご家族を見送られたのですから当然です。
でもとんぼさんの気持ちをお父様はよくわかっていらしたと思います。そして私も少しでも
悔いの残らないよう頑張っているつもりなのです。
また声をかけてくださいね!


161 名前: 由布 投稿日:2006/05/17(水) 23:49
やはり難しい辞退に直面してしまいました・・・
今朝の回診の時、本人が医師に、抗痙攣剤投与だけだったら、自宅から通院を
喪押しでたそうで、病院側としては、投与中、血液調べたり脳波しらべたり、
観察しながら、一週間の様子見、その薬が合わない場合は薬を代え、また一週間
合った薬が見つかるまで、長期の入院になる可能性は有りますとのこと・・・・
明日午後三時から、医師と本人、家族を交えて話し合いをすることになりましたが
私も疲労絶頂、判断力が無いし、また優柔不断なところあるので、とりあえず、
長男にたのんで、仕事の帰りに寄ってもらい、ある程度、煮詰めてもらって、長男は、
長期入院には疑問を持ってるようですし、現在かかってる病院にも、神経内科あるので
そちらでもう一度、調べていただきと考えているのですが、今度行ったところは地元だし
争いはさけたいし、本人はもう明日にも退院したいようす・・・・本人は凄く元気だし、
痙攣剤必要なのかと疑いたくなるくらいです、私も医者で無いので何ともいえませんが、
抗痙攣剤を飲み始めると、止める時が大変ときいていますし。ただの疲労と思うのですが、
他の病院にも一度見ていただく価値はあるとおもいますが、こちらの病院になんと断れば、
よいものか、時間はあす午後三時まで・・・・私も右足捻挫か何もしないのに急に痛み出し
歩くの大変、12年前の捻挫完全によくなっていたのに、不思議です。


162 名前: 由布 投稿日:2006/05/18(木) 00:18
喪押しで・・・いやだー申し出のまちがいです。
頭、ぼんやりで考えまとまらず、こまっています。
本人も救急で入った病院で、転院をのぞんでいますので、
本人の希望を優先にしたいとは思っています。
病院側と気まずくなっても、自分の体の方が大事ですものね。

163 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/18(木) 01:12
由布さん、一度痙攣発作を起こしたのなら、医師が抗痙攣剤を処方するのは仕方ないような気がします。
私は脳腫瘍の手術後、3年間抗痙攣剤を普通に飲んでいましたよ。
私の場合は痙攣発作は一度もなかったのだけれど、腫瘍があった場所が一番痙攣が起き易い場所だったので予防的に飲みました。

痙攣発作は、ひどくなると脳に酸素が行かなくなって最悪の場合 命取りになりますから、医師とよく相談なさって下さい。
お大事にね。

164 名前: 由布 投稿日:2006/05/18(木) 07:48
なおさん、貴重な経験談ありがとうございました。
今日三時に面談になっていましたので、迷っていました。
現在は、元に戻り元気で異常ないんですが、地元ではあまり
評判の良い病院でないので、本人が医師を信頼してないものですから、
退院の運びになっても、早いうちに別の病院にいくことにします。
有難うございました。

165 名前: はこ 投稿日:2006/05/18(木) 10:47
やっと主治医とお話することができました。
インターフェロンと5FUの併用治療も粒子線治療も父には適用できないとのことでした。
肝機能が悪すぎてかえって危険ということです。
医療は日々進歩していてもどうにもならないことがありますね・・・
残念ですが、先生と納得がいくまでお話できたことは良かったです。

由布さん、やはり治療は信頼関係が一番大事だと思います。
早く病院を移れるといいですね。痙攣についてはまったく知識がなく何もアドバイスでき
なくてすみません。面談でうまく解決できますように。
捻挫も軽く考えずに治療してください。このところうっとうしい天候が続いているせい
かも知れませんね。こんなお天気は大阪だけだったかな?


166 名前: 由布 投稿日:2006/05/18(木) 12:32
はこさん、病院に行く前に一寸とひらいてみました。
適当な言葉もみつかりませんが。肝臓癌治療・・・・のところに、
肝機能が低下してる場合は、肝臓を暫くやすめ、機能が少し回復
したらまた治療を始めた方が・・・と云うところが在ったと記憶しています。
先生と納得いくお話できてよかったですね。

私、身体悲鳴あげています、医師との応答不安です。
先日、傍若無人というか恥知らずと非難されたことが、引っかかり
話す言葉も考えななければと、神経もきりきりです、
ばばのしんさんが、ご意見をとあったので、心の片隅を覗かせたつもり
でしけど、人それぞれ、感じ方ちがうものですね。

面談の方は、本人のしたいように、ただ病院とのいさかいは
さけたいなとも、家の雑用もあるし、頭パニックです。

167 名前: 由布 投稿日:2006/05/18(木) 23:46
はこさん・なおさん・とりあえず、医師との話し合いで、本人の
意志がかたいようですので、条件つきで退院になりました。
22日に、脳波を撮りに行くことと、血液の検査を受けに外来に行く事
24日は、札幌の方の病院の通院日ですので、その時担当医と良く相談を
してみることにしました。ご心配かけました。

168 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/19(金) 07:07
由布さん、大変な時期に余計なご心労かけてしまって、本当にすみません。
大丈夫ですか?
私のレスがご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい。
ただ、由布さんのいいたかったことは、皆よくわかっています。
いろいろな思いがあるのですが、どうか伝わりますよう・・と祈りながら書いてます。

ご主人の希望するようになってよかったですね。
もし、今通っている病院がどうしても信頼できないのなら、受診日より先に札幌の病院
に電話して主治医に指示を受けるって言うのも手かもしれません。
(すみません、余計な意見ですが、もし私なら・・という思いで書いています。
すでに肝臓の主治医がいて、しかも神経内科もある病院でしょうし、
全然おかしい話ではないと思います。)

なおさん、お話ができてよかったですね。
治療については残念ですが、病状がしっかりわかったことだし、
今の肝臓を守れるように、この前の食事療法を頑張れますね。



169 名前: はこ 投稿日:2006/05/19(金) 23:47
由布さん、退院できることになってよかったですね。
ご主人はご自分の病気のことをちゃんと理解されているのだから
やはり本人の納得いく治療が一番だと思います。

なかなか思いが伝わらなかったり誤解が生じたりもありますが
あまり神経質にならないでください。ご主人が元気を取り戻されて
良かったです。


170 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/20(土) 20:19
由布さん
よかったですね!これまでの主治医がいらっしゃるのでしっかり相談されてくださいね
今後 救急車を呼んだ時 希望される病院に行く事は出来ないのでしょうか???
乗った事がないのでよくわからないので!!!

はこさん。
インターフェロンは年齢も関係してくるみたいですね。
父は体力的にもぎりぎりでした。
先生としっかりお話し出来てよかったと思ってます。
今の時期 先生とお話されるのは大切なことですね。
ばばのしんさん。
勝手に管理人さんとお話ししてごめんなさい。あのやり取りが辛かったです。
誰かがメールでやり取りすれば?と言われておりますが そんな方法あるのかな~~~?

171 名前: 由布 投稿日:2006/05/20(土) 20:57
富ママさん・24時間体制の病院だと、指名できるみたいです。
知ってはいたんですが、救急車の人が、今日は**病院が救急当番に
成っていますし、脳神経系統と思いますから。と云われれば、なんともいえず、

また、119番に先に電話をいれると、後は救急車がつくまでは他の所えは電話
通じませんので、携帯なかったら大変ですよ・・・・・・・


172 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/21(日) 01:33
由布さん。
来週担当医とお話しするなら、この件をはっきり聞かれた方がいいのではと思います。
救急は当番医の搬送になりますが、担当医が許可されるなら
救急車に乗って  何処の病院に!と言えるのではないでしょうか。
中途半端に資料も無い所に送られ無駄な時間と体力を失うのは!!!悲しい限りです。


173 名前: あかね 投稿日:2006/05/21(日) 13:37
スレ移動した原因が自分のせいかと思うと書き込みできる立場ではないのですがせめて報告だけでもと思い・・・
昨日家族そろって父を見送りました。

174 名前: 由布 投稿日:2006/05/21(日) 15:05
あかねさん・大変でしたね、あかねさん、一生県命尽くされたんですもの
慰めの言葉も見当たりませんが、お父様のご冥福をお祈りいたします。

あかねさんだけでなく、私も自分の性と責任感じています。


富ママさん・救急車何度も頼んだのですが、家が札幌市でないので、
よその市、または半径何キロ以外には、搬送できないきまりが
あるとのことで・・・・・孫のときも市立に搬送され、市立からの
要請で、札幌の病院に転送、その間一時間ほどの時間のロスはあります
よね、何とも人命を無視した規則です。此処の市だけですかね。

175 名前: はこ 投稿日:2006/05/21(日) 16:03
あかねさん、一番大変な時にお話聞いたり言葉をかけたり出来なかったことが
残念です。
お父さまはあかねさんとお母さまのために最期まで生きぬかれたのです。
みなさま本当にお疲れさまでした。
あかねさん、まだきっと実感がないのではないかと思います。
また折々にここに来てお話してください。みんな待っています。

移動は誰のせいでもありません。お気になさらないで。
お母さまを支えてあげてください。そしてご自愛下さいね!

176 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/21(日) 20:55
あかねさん。
なんとお言葉をかえしてあげたらよいのか。。。。。
貴女の大変な時にお話し聞いてあげられなくてごめんなさい。
今はお父様のご冥福をお祈りするだけです。
落ち着きましたら またお話ししてください。
あかねさんも 今からちがった意味での大変さが待っているとは思いますが
どうぞお身体ご自愛ください。

177 名前: 由布 投稿日:2006/05/23(火) 01:51
皆さん、おつかれのようですね。此の板をのこすためにも、また後から来る人のためにもがんばりましょうよ・
今日、例の病院に約束してたのでいってきました。脳波異常なし、血液も異常はなかったとのことでしtsが。
抗痙攣剤飲むと、身体がだるくて、椅子の上で寝てばかり、以前の馬力どこえいったのか。
副作用は、血小板、少ないのに、少なくなるとか、肝、腎機構にも影響するようですし、私は、そんなの飲んで
欲しくないとおもうのですが、身体がかえって弱っていきそうで、
それに催眠導入剤、マイナートランキライザー、薬飲んだ事の無い人が、にたような薬を一度に三個もでたら
何時もうとうとぼんやりしています、のでかえってこのまま弱って行くような気がしてなりません、
24日の通院日には、一諸に行ってその薬、必要か良く聞いて来るつもりです。
まだ元気でいて欲しいです。友達にも、もう山もだめかな、と話してるのを聞くと、つらくなります。
抑制する薬ばかりだと、自己免疫力もなかなりそうです。

ばばのしんさん・山笠、バケツで水かけられるから、お子さん可哀想・誰かにみてもらえたら?????

はこさん、足の捻挫?だいぶ痛みとれました、腫れは初めからなかったのですが
右外踝の下に、軟骨ができてるみたい、いま骨密度はかり検査しています。

178 名前: 由布 投稿日:2006/05/23(火) 02:09
連続書き込みごめんなさい・・・

今日は小学校の遠足でした。天気はまあまあでした。
ばばのしんさん・とみままさん・なおさん・はこさん・とんぼさん・書き込み無いかなと
心待ちして、頑張って起きていましたが。ざんねんでした?
眠くて、誤字脱字でしつれいします。


                              
少しうす曇、はださむいかんじでしたが、遠足日和でした。

179 名前: はこ 投稿日:2006/05/23(火) 20:09
由布さん、遅くまで起きておられるのですね!
捻挫だけじゃなくて睡眠不足にも気をつけて下さいね、倒れちゃいますよ。

なおさんが書いてらしたように痙攣も治療しないといけないけど、やはり肝機能を落とさないように
したいと願うのは私も同じです。先生とよく相談なさってください。
ご主人が弱気なこと言われると由布さんもつらいでしょうけど、そんな時こそ元気が出るように明るく
笑わせてあげてください!がんばりましょうね~

180 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/23(火) 22:13
由布さん。そしてみなさんへ!
 私 まったく医学的な事わからないままです。あっと言う間に過ぎてしまい
ただ、頑張ってと応援するしかないんです。
先日のため息発言は それでした。
このまま書き込むべきか、どうしたらよいのやらで、そしたら。。。。。。
あんな事~こんな事~で。現在に至っております。

由布さん。はこさん。
今の時間大切にしてくださいね。ずっとみてますよ!
言葉が見つからないだけなんです。
ゆっくり休んでそして明日の活力にしてくださいね。

181 名前: 由布 投稿日:2006/05/24(水) 00:32
富ママさん・ばばのしんさん・見捨てられたのかと心配していまいたよ。
明日は札幌の病院の通院日ですので、朝7時出発です。私軽自動車ばかりですので、
旦那の車3ナンバーおまけにオートマ、とてもとてもころがせません。
軽で行きましょうと言っても、自分で運転するといってききませんので、はらたてています。。。。
  
はこさん・私はヨタカの由布で有名です、その代わり朝寝坊です。
家の中もそこそこきたないです、主人が入院したときは、朝ご飯をおにぎりにして病院にもって行き
病院で中食、帰りはスーパーでお惣菜買ってかえり、お風呂もそこそこ バッタンキュウです
適当にてぬきしていますよ。足だいぶよくなりました、今日正装して出かけなければ成りませんでしたので
ヒールの高いパンプスでしたが、長男ガエスコートしてくれましたので無事かえってきました。
はこさんが、他のところに投稿されたのも読ませていただきました
ほんとに、気の付くやさしいおかたと想像しています、
あかねさんも、早く落ち着いて、また来てくださるとよいですね、お待ちしてましょうね。


182 名前: あかね 投稿日:2006/05/24(水) 08:31
 葬儀を終えました。
いつまで続くんだろうと 看病しながら思ったこともありましたが、終わってみるとあっけないものでした。
 家族そろって看取ることができたので きっと父も喜んでると思います。
 我慢強いのか 『痛い』と嘆くこともせず、意識がもうろうとしたときに初めて『痛い』と言いました。
最後は肺炎を起こし、息をひきとりました。
 吐血もありましたが、それほどひどい状態ではなく本当に苦しそうで見てられなかったのは半日ほどでした。
 
 暖かいメッセージありがとうございました。
 看病に関して 思い残したことはあんまりありません。
私自身ができることは したつもりです。
これから先に また色々思うことが出てくるのかもしれませんが・・・

183 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/24(水) 19:57
 あかねさんへ。
ご家族皆さんでの全力投球 さぞお父様も喜ばれたことでしょう。
これからしばらくの間色々な手続きで大変でしょうが疲れを出されませんように。

そしてまたゆっくりお話ししてくださいね!今闘っておられる方にも応援してあげてください。
我慢強かったお父様。ステキですね!

184 名前: 由布 投稿日:2006/05/24(水) 21:11
あかねさん・まだ実感わかないとおもいますが、たいへんでしたね。
お母様も体調こわされ、鬱状態と伺ってましたが、お母様の方大丈夫
ですか。しっかり助けてあげてくださいね。
あかねさん、まだお若いから、頑張りきくと信じています、
お母様のこといたわり、助けてくださいますように。きっと
お父様も望んで居られたとおもいますよ。


185 名前: はこ 投稿日:2006/05/24(水) 21:55
あかねさん、我慢強いお父さまだからこそ見ていられないほど苦しまれた時間が短くて
良かったです。出来る限りの看病をしたと言えるあかねさん、すごいです。本当に大変
だったと思いますがお父さまはあかねさんのことを見守って下さってるはずです。
お父さまの分もお母さまとあかねさんが元気で明るく過ごして下さいね!

富ママさん、あんな事~こんな事~(^^)で、私もこの場をどのように使えばよいのか
多少迷うことがあります。もちろんこの板を大事に思っていますし、これからまた新しく
訪れられる方ともいろいろなお話のできる場であって欲しいと思っています。
ただここの主旨から少しはずれるかなーと思われる時や徒然に語りたいなーと思われる時に
遠慮なくお話して頂くためにアドレスを載せておきます。
私でよければいつでもおしゃべり相手になりますのでそういう時は遠慮なくメールください。
そういうことで今後ともよろしく~!

186 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/26(金) 00:09
はこさん。ご心配ありがとうございます。
その時には宜しくお願いします。
由布さん。貴女も大変な時に人を思いやれる気持ち嬉しい限りです。
薬を飲むと身体への影響すごいですね!毎日の変化しっかり見てあげてください。

187 名前: はる 投稿日:2006/05/27(土) 07:49
富ママさん、ばばのしんさんこんにちは、そしてお久しぶりです。はるです。
また、初めての方へ、以前別スレでこの掲示板にお世話になっていたものです。
どうぞよろしくお願いします。

私の父は胃がんからの転移で肝臓癌になりました。
今は病院に入院しており点滴からの抗がん剤を、投与しています。
痛め止めとしてモルヒネけいの薬を使うことになりました。
また気胸もおこり今胸にドレーンを入れてる状態です。

先日医者から今度の薬が効かないともう長くないといわれました。
もともと12月に3ヶ月から6ヶ月の余命宣告をうけていたので
いよいよなんだなと思い覚悟はしてたものの、私自身無気力になりがちでした。
この掲示板に書き込む事はないものの、読ましていただき励まされている1人です。
この掲示板のことでいろいろあったようですが、私はここのおかげで随分精神的に
励まされました。そして今もそうです。とりとめのない心の思いを聞いてくださる
という人がいるということは、本当に有り難いものです。
どんな形にせよ、ここがいつまでもあることを祈ってます。





188 名前: はこ 投稿日:2006/05/27(土) 18:30
はるさん、こんにちは!
お話するのは初めてかも知れませんが、私もはるさんのお名前は見て知っていますので
初めてのような気がしません。
何より共通の苦しみを持つ者同士いろいろなお話が出来たら嬉しいです。
大変な時をお過ごしのようですが元気を出してください!
私の父も余命6ヶ月と宣告され、当初はすごく落ち込みましたが、ここに来るようになって
父はまだ生きていてくれるのだしそれを喜んで前向きに頑張ろうという気力が湧いてきま
した。一緒に頑張りましょうね!

189 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/05/27(土) 22:34
はるさん・私もこの掲示板には大変はげまされ、勇気ずけられたひとりです。
ご存知の様に今は、いろんな事があり躊躇していました。
せっかくばばのしんさん、富ママさんが頑張ってくれたので、続けたいとおもいます。
はるさんも、今一番大変な時期だとおもいますが、月並みな言葉 『頑張って』 
としか云い様がありませんが、とにかく後で悔いが残らないように頑張りましょうね。
はこさんも一緒に頑張りましょうね。


190 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/27(土) 23:09
はるさん。お久しぶりです。
わざわざこちらまで探してきてくださったのですね!ありがとう。
現在入院中との事。ソファーでのんびりが出来なくなってしまったのですね!
自営業は大丈夫でしょうか。。。。。
息がしずらくて見ていられないでしょうね。
私もそうでした。
でもね、苦しい顔をする父、笑顔の父、泣く父、すべてが貴女のお父さん。
見ていて悲しくなるかもしれませんが すべてはるさんが受け止めてあげてください。
きっと貴女の生涯の宝物になると思います。
辛い中お話しくださりありがとうございました。
うまくお薬が効いてくれますように!そしてまたこちらに来て
今頑張っておられる方とお話ください。
明日がまた幸福な日でありますように!  富ママ

191 名前: あかね 投稿日:2006/05/28(日) 19:00
 あっという間に1週間がすぎました。
悲しんでいる間もなく 母の為の年金等 いろんな手続きが待ってます。
生活は待ってくれませんから年金などは大事な手続きですね。

世帯主が亡くなると 本当に色んな手続きしないといけないですね。
名義変更やら 引き落としに使ってた銀行口座も変更しないといけないし・・・
きっと 四十九日が終わって手続き等落ち着く頃に悲しみも新たになるのでしょうね。

少しだけ 父の最期の様子を。
父は 亡くなる5日前まで介助してもらいながらポータブルトイレでトイレをしてました。
ふらふら状態なのに 下の世話をさせたくなかったんでしょうね。
4,5日前から尿が出にくくなり、尿瓶にするようになり、亡くなる前日には殆ど出ませんでした。
黄疸はひどくなく、なんとなく黄色いかなという程度。

でも むくみがひどかったです。脇腹、背中と水がかなり溜まってました。
3日前からチアノーゼが現れ、血中酸素濃度が85%になり酸素吸入をはじめ、言葉が声にならないことが増え、吐息のようでした。
1日前からは 出血斑(赤あざのような)が出て少量の吐血をし意識がなくなりました。

 意識がなくなる前には母に「ありがとう」と声にならない声で言って家族を泣かせました。
 そのときに死を感じたんでしょうね。

きっと父はしあわせだったと思います。
大事な母に手を握られ、兄と私に見送られて逝けたんですから。
幸せだったと そう信じています。

192 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/28(日) 20:59
 あかねさん。
お疲れ様でした。手続き沢山ありますよね!!!
ただが20万されど20万の通帳でさえ みんなの印鑑証明が必要なんですから・・・・
びっくりです。年金の手続きも大変ですよね。
未だに最終決定出てない状況の物もありの富ママです。それが無いと母も困りますし
時間だけが過ぎて行きます。

お父様ぎりぎりまで意識がありよかったですね!本当に辛かったでしょうに
弱音もはかずにきちんとお別れ出来て 互いがひとつになったのでしょうか。。。
やはり一家の主ですね。あかねさん。家族の皆様疲れを出されませんように!!!
 そして ここにはまだ頑張っていらっしゃる方がおられます。
是非相談にのってあげてください。  無理は言いませんが。。。
 宜しくおねがいします。 

193 名前: 由布 投稿日:2006/05/28(日) 23:02
あかねさん、よく頑張りましたね、
お父様あまり痛がらないでで、最後まで頑張り、
おかあさまにもちゃんと、いたわりの言葉をかけて、
逝かれるなんてさすがですね。皆さんの事を思い、
お母様にもいたわりの言葉をかけるなんて、素晴らしい
おとうさまですね。みなさんが懸命に介護されたことを
ちゃんと意識し感謝の気持ちをつたえられたんですね、
此れから、いろんな手続き、たいへんでしょうけど、
落ち着いて冷静に判断してやってください。また元気を撮り戻したら
ぜひお話をきかせてくださいね、おまちしています。

194 名前: はこ 投稿日:2006/05/28(日) 23:25
あかねさん、まだまだ落ち着くとは程遠い生活のようですね。
現実の生活は待ったなしだから、どんな精神状態でも対処していかねば
ならないんですね。でも本当に寂しくなるのはそれらの手続きすべてが
終わった後かも知れませんね。
お父様はご家族のみんなに看取られて安心して旅立たれたと思います。
私もあかねさんの頑張りを忘れません。
睡眠は十分取れていますか?
ゆっくり身体を休めて、そしてまた是非お話を聞かせてくださいね。

195 名前: ばばのしん 投稿日:2006/05/29(月) 08:47
ご無沙汰してます。パソコンを触れない環境にいたので、しばらくこの
掲示板からも遠ざかっていました。

あかねさん、なんといったらよいか・・・。
本当に大変な時間を過ごされたのですね。精一杯のことをやれたと
聞き、なんだか安堵感を感じています。
あかねさんの言葉の一つ一つに、いろいろなことを思い出しながら
見ています。
忙しいことは変わらず続くでしょうが、どうか体も休めてくださいね。

亡くなった後のほうが母との会話が増えるような気がしています。
いろいろな瞬間には母を思い浮かべ、何かを買うときもまず「母には
・・」と考え、お花は何をあげようか・・と考え・・。
生きているとき以上に身近にいてくれているような気がしています。

はるさん、お久しぶりです。
いろいろなことがありましたが、ここも続いていっています。
はるさんと同じく頑張っている立場の人もたくさんいます。
長くなってくると疲れもたまってくるし、大変でしょう?
でも時間は待ってはくれないし、どうか精一杯やっていきましょう。
少しでもお手伝いができれば・・と思います。
時々、のぞいてみてくださいね。

名無しさんもありがとうございます。
何かホッとします。結構あの時期はつらいものがあったのです。
どうか暖かい雰囲気で進んでいきますように・・と祈っています。





196 名前: 由布 投稿日:2006/05/30(火) 14:50
こんにちわ・14日倒れて以来あまり外にも出ず、家のソファーで本ばかり
よんで、目も落ち込み、弱弱しくなっていた爺【主人】が今久しぶりに庭
に出て草むしりしています。私もほっと胸のつかえが取れた感じです。
少しずつ元気になってくれれば、嬉しいんですが・・・・・・・・

197 名前: 富ママ 投稿日:2006/05/31(水) 10:41
由布さん。お久しぶりです。
身体が 睡眠を要求してるのかな~お薬の件もありますしね
でも、気分転換で草むしりしてるなんて。嬉しいですが
疲れをだされませんように。
はこさん。
インターフェロンできなくてお父様は落ち込んでる?でしょうか
心配は付きませんね。
最高の気候です。親子、夫婦で何か楽しむ事が出来たらいいですね。
みなさん。疲れを出されませんように!
はるさん。
落ち着かれてますか?心配です。
あかねさん。
時間と共に淋しくなりますが、残された家族の為にもふんばってください。

198 名前: はこ 投稿日:2006/06/01(木) 09:01
富ママさん、こんにちは。
実はまだ父に告知してないんです。ですから本人は何も知らず元気に過ごしています。
多分自分では治っていってるか、少なくともいい状態にあると思っているようです。
それが父の元気の源なら、敢えて事実を告げなくてもいいのかなと思ったり、、、
それでいいのか自分でも自信はありません。難しいですね。
今日も良いお天気です。
みなさん、お日様から元気をもらって明るく過ごしましょうね!



199 名前: 由布 投稿日:2006/06/01(木) 09:47
はこさん・おはようございます。
之は私の考えとは、違って新聞か、週刊誌で読んだものですが。

(高齢で、後顧のうれいのない人とか、極度に死をおそれてる人などには)
知らせない方が良い。またしっかりした宗教観念を持っている人、一家の
大黒柱として之からやっておかなければならないことが残ってる人には、
知らせなければまらない。 といった記事をよんだことがありますが・・・
私には、よく分かりませんが。内の場合は知らせて有りますので治療は納得して
受けてくれますのでやりやすいめんもありますが、本人は知らなかったほうが
好かったといっています。









200 名前: ばばのしん 投稿日:2006/06/01(木) 11:17
はこさんのお父様の状態だったら、自分だったら言わないかも。
本人が調子の悪い状態を不安に思っていて、事実を知りたがっている
のなら言うかもしれないけど、いい状態を自覚しているのなら、その
気持ちは崩せないですよね。
言わないつらさと迷いもあるでしょうが・・・。
お日様パワーもらいましょう!


201 名前: はこ 投稿日:2006/06/01(木) 22:55
由布さん、ばばのしんさん、ありがとうございます。
私も言わないメリットの方が大きいと思っています。
本当は本人の望むとおりにしてあげたいのですが、こればかりは聞けませんからね。
明日も良いお天気でしょうか。お日様パワーでガンバ!ですね。


202 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/01(木) 23:00
はこさんのお父様いい状態で本人も希望を持って過ごされて
いるんですね。
わざわざ悲観的にさせたくないですものね。

私の母が亡くなる前の1ヶ月前位 お腹にこぶのようなものが
出来てだんだん膨らんできました。
(最終的にはこれが破裂して昏睡状態に入って亡くなってしま
いました)本人は ガンがこぶになって膨らんできた、と不安
で絶望状態でした。主治医がとっさの一言で「人工肛門のせい
で腸が動いて膨らんだのかな。だいじょうぶ。がんじゃないで
す」って。
このあと母が泣きながら喜んでいたのを今でも忘れる事ができ
ません。うそをつくのは嫌ですが でもあのときの一言が 母
びっくりする位元気にさせました。
残された時間が限られているって思うと悲しいです。
でも少しでも希望がもてるように 大事な時間をお過ごしくだ
さいね。辛いばかりじゃなくっていい時だってあります。
(お邪魔してすみませんでした。皆さん頑張ってね)

203 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/01(木) 23:13
202さん。お邪魔だなんていわないでください・
皆情報を待っているし 経験も聞きたい。
今後ともこのページの皆様も応援ください。お願いします。
はこさん。
告知との駆け引きになるのでしょうか。。。
本当に我が家は46日の入院でしたので何とも言えませんが
年齢。体力。本人の一番の希望。
慢性肝炎でインターフェロンした時、高熱、鬱、それが何ヶ月も続き
「これでいいの?」なんて心配しました。
まだ、酷い状態ではなかったので乗り切るトコが出来ました。
少しの時間考えてみてください。家族会議も!!!
明日も良い日でありますように!!!

204 名前: はこ 投稿日:2006/06/02(金) 10:08
202さん、本当に貴重な体験談をありがとうございます!
私も父に絶望的な気持ちになって欲しくない。最期まで希望を持ち続けて生きてほし
いと願っています。
お話聞かせてもらってとても嬉しいです。みなさんのひと言でたくさん元気をもらう
ことができます。本当にありがとう。

205 名前: るいるい 投稿日:2006/06/02(金) 10:58
こんにちは。初めて書き込みさせていただきます。
彼のお父さんが2月に肺癌の末期と診断され、秋まで持てばいいかなという
状態だそうです。(告知されています)
抗がん剤と放射線の治療をして今は退院されてます。
お母さんがパニックになってしょっちゅう電話してきます。

彼は一人っ子で親元を離れて暮らしていますが、可能な限り家に帰ってあげてと
言うと「金かかる」と言い(大阪~博多)、お母さんからの電話には「人間は必ず
死ぬんだから仕方ない」とか、理屈だらけの説教ばかりしています。
彼は、「将来僕だって家庭を持つんだから、父が居なくなってもひとりで
生きていけるようになってもらわないと困る、そう導くのが本当の愛だ」と言うのです。
そしてその「説教」でご両親は納得していると言っています。
しかし、お父さんのブログを見ると、とても納得しているとは思えません。

また、彼に抗癌剤や放射線をやって効果はあったのか聞いても「知らん・・・」と
他人事のように言われました。答えたくないのではなくて、本当に知らなかったみたいで
気にならないのかと驚きました。
私はご両親とは面識はないけれど、年賀状や手紙を数回やりとりしたことがあります。
私は学生の時に父を癌で亡くしていて、お母さんの不安や恐怖心、お父さんの
切なさ等が痛いほどわかります。

数ヶ月悩みに悩んだのですが、闘病中に父が喜んで飲んでいた水と、私が癒された
本を手紙を添えて送らせていただきました。
お父さんの少しでも体が楽になりますように、そしてお父さんもお母さんも
絶望的で暗く苦しい毎日をただ過ごすのではなく、たとえ病気でも、幸せと
感じていただきたいという願いを込めて送らせていただきました。

彼には「手紙送るよ」と言ったけど、何も返事はありませんでした。
届いた後も何の連絡もありません。
ご両親からも何の音沙汰もありません。

私は大きなおせっかいをしてしまったのでしょうか・・・。
かえってご両親を傷つけるような失礼なことをしてしまったのでしょうか?
父の闘病中、父の体を気遣って私の友人知人が色々なことをしてくれて、
私も母も嬉しかったのですが、それも人によるのでしょうか・・・。

皆さまのご意見をお聞かせいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
スレ違いだったらすみません・・・。

206 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/02(金) 23:20
るいるいさん・こんばんは
貴女が真心こめて送ってくれた手紙、本ご両親には通じるとおもいますよ。
今はパニックで息子さんに逢いたい一心で他人事ではないのかもしれません。
彼が言うように、将来自分の家庭が・・・・・当然のことですね。
でもどんな親でも、自分の子供の幸せを願わぬ親はいません、我が子のためなら
命も辞さないのが、親というものです。仮にも自分を生んで育ててくれた親
海千山千の恩はあるはずです。ましてや余命も告知されてるとか、
父親として息子に言い残しておきたい事、いろいろあるでしょうに・・・・・
意識が混乱して行っても、後悔先にたたず、(墓石に衣もかけられず)
元気な内に行ってあげたいとは考えられないのでしょうかね。いろんな相談に
のってあげ、お母さんを励ましてあげれば、お母さんもどんなにか心強いか、
ご両親がかわいそう。なんと薄情な息子さんだろうとかんじました。
自分の家庭が大事=自分だけが大事、におもえます。
一泊でも良いから是非行くように進めてください、それでこそ貴女の存在かんが
評価されるとかんがえますが、私の考え間違ってたらごめんなさい。

207 名前: デニ◆tuYFJisJD6 投稿日:2006/06/03(土) 00:00
るいるいさん、こんばんわ
私は少し違う意見を言わせてもらいます。(るいるいさんの行動を否定してる訳じゃありませんので)
まず彼の行動ですが、家族の絆って他人から見たら全然違うように見える事ってあると思います。
傍から聞いてると冷たく言ってるように聞こえても、十分に気持ちが伝わってる事も
あるんじゃないでしょうか? 彼は一人っ子ということですが、普通なら甘えられて育ってるので
すぐにでも駆けつけるんじゃないでしょうか? でも行かないのは、今が危篤の状態じゃないから
今の状態(大阪での生活)のしがらみを考えてのことかもしれません。
お父様のブログを見ていませんし、彼がどのような生活を送ってるのかわかりませんので、
勝手なことを言わせてもらってますが・・・
昔、私の母が肝炎から肝癌になり、会話も出来ない状態の病床に兄弟が集まった事がありました。
それまで顔すら見せなかった親族が最期に集まって、声も出せない母にイロイロ話してるのを見て
ほんと人間ってバカやな~と感じたものでした・・・。
(206さんが言われるように、後悔先にたたずです)
ダラダラと話がそれてしまいスイマセン、ただ、彼の行動が当時の親戚と重なってしまって
ついつい書き込んでしまいました。。。
(こういう私も、言うほどの孝行息子ではなかったんですけどね・・・)

208 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/03(土) 00:47
るいるいさん。こんばんわ!初めまして。
悩めるところですよね~~~考え方はみな違うので気にしないでください。
我が家だけのお話しです。
 旦那は母親が大腸癌で手術してICUに入ってる時でも
「ここにいても何も出来ない」と言って外にでてしまいました。
心配はしていると思うのです。でも、性格もあるので素直に表面に出さない人もいるし。
 親に対しての行為は私は嬉しいですが 何処まで貴女を受け入れてくれているか・・・・
多分大丈夫だと思います。九州の人は旦那の親もそうですが。。。。。
地方の考え方により何ともいえません。
私の元旦那も福岡です。性格むずかしかったです~~~これはその家族です。
結果は置いて 貴女が彼の家族を思う気持ち十分に伝わります。
後は、彼に「どうなの?」って聞くより、喜んでくれたカナ~とのんびり待ってはどうですか?
あまり表現してくれない家族かもしれませんね!
ところで一緒に2人で暮らしてるの・・・・ですよね!
心配ですね  迷わず力になってあげてください。
そして 親を立てる可愛いお嫁さんになってね!!!

デニさん。初めまして。
これからも宜しくお願いします。

209 名前: ばばのしん 投稿日:2006/06/03(土) 07:04
202さん、お邪魔なんてみんな思ってませんよ。
そう感じさせる雰囲気があったら、ほんとに申し訳なく思っています。
みんな同じ立場で、書き込みを心待ちにしているので、とてもうれしい
発言です。
これからもよろしくお願いします。

るいるいさん、はじめまして。
一生懸命考えて行動したことは、相手に必ず通じると私は信じています。
大変な最中にあって、るいるいさんを思いやる余裕がないのかもしれませんね。
家族の関係はなんだかんだいっても、その中に入らないとわかりません。
冷たいように感じても、実際、本人たちはそう感じていなかったり・・・。
やっぱり血のつながりってすごいなぁ・・と思うこともあります。

ちなみに、私だったら、息子の彼女からなんて、とても嬉しいですよ。
自分を思ってくれたという以上に、こんなに温かい人が息子の嫁になってくれる
のなら、息子は大丈夫・・ということで、とても安心します。
なんだかんだいって、自分の身より、息子の心配をしていると思うので・・。
彼氏のきつい時期をしっかり支えてあげてくださいね!

210 名前: はこ 投稿日:2006/06/03(土) 08:53
るいるいさん、初めまして。
みなさんのおっしゃる通り、あなたの優しい気持ちを彼のご両親も嬉しく思ってらしゃると
思います。ただ今はそれを表現する心の余裕がないのでしょう。
彼にしても本当は飛んで帰りたいと思っていても、誰かから言われると強がって心にもない
ことを言ってるのかも知れない。そういうことってあると思うんです。
彼も必死で自分の感情を抑えて耐えているのかも・・・
そんな彼を見守って理解してあげてください。
富ママさんの言うように、のんびり待つような感じでいる方が彼も素直になれるような気が
します。勝手に解釈して書いてしまいました。気に障ったらごめんなさいね。

211 名前: るいるい 投稿日:2006/06/05(月) 11:40
206さん、デニさん、富ママさん、ばばのしんさん、はこさん。
お返事本当にありがとうございました。
皆さんが書き込んで下さった通り、私の想いはご両親に通じたみたいで、
昨日速達でお礼の手紙をいただきました。
私のした事でご両親が嫌な想いをされていなかった事には安堵しました。

しかし、今回の手紙は病気のお父さんが直々に書いて下さったもので、
こんな事は初めてだなぁと思いながら読んでみると、5月の連休明けに
夜中に気配を感じて目を覚ますと、お母さんが枕を包丁で刺していた
そうです。
お父さんの声でお母さんはハッと我に返ったそうです。
精神科を受診させ、今は何とか落ち着きを取り戻しているそうです。

彼からは何も聞いていなかったので驚きました。(一緒には住んでいません)
そんな状態でも「甘やかしてはいけない」と帰らなかったのが
信じられません。1人で生きていけるように強くなって欲しいと言うのは
正論かもしれません。でも、今言うべき事かなと思います。
今必要なのは家族がいたわり合う事ではないでしょうか。
お母さんの不安や恐怖心、痛いほどよくわかります。
1人で耐えているお母さんのことを思うと涙が出ます。

彼とは今後どうなるかわかりませんが、彼のご両親という関係ではなく、
肉親を癌で亡くした痛みを持つ者として、これからも関わりを持ちたいと
思います。
お父さんの病状で、これからますます厳しい現実がやって来ると思います。
でも、私は奇蹟も信じています。奇蹟が起こらなかったとしても
やはりご両親が「夫婦になれて良かったね」と穏やかな気持ちで過ごして
いただける事を祈ります。

212 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/05(月) 23:14
るいるいさん・貴女って本当に気持ちの優しいおかたですね。
先回は親の立場からで、少しきつい事を言ったと後悔していました。
一人息子ってどうしても自分本位に物事を考えがちですよね。
私が親だったら、貴女を頼りにするかもしれません。
私達夫婦も、ご両親とは年上とおもいますが、旦那が肝臓癌になり
かなりたちます。私も自分から心療内科にいきました、とても正常では
居られません。薬の力を借りています。
お母さんにどうか優しい言葉をかけてあげてくださいね。
自分で何をいいたいのか、支離滅裂でごめんなさいね。
とりあえず、親の立場から書き込みしました。

213 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/06(火) 00:04
るいるいさん。
先日は少々きつい書き方になったかな?なんて心配しておりました。
気持ちを受け入れてもらえてよかったですね!!!
でも、  お母さん。極限の様子。
それを冷静にみているお父様の気持ちは どうでしょう。
彼の気持ちも必要ですが 今後お父様とお話し出来るなら お母様の
心の介護も必要かとおもいます。
今は お父様がお母様の心配をされています。
お互いがきついですよね!!!
一言。彼にお伝えしたら 貴女はお父様と一緒に治療しながらお母様の心の支えになってあげてください。
個人的な意見でごめんなさい。
お母様 もって行き場がないんですよね!!!



214 名前: るいるい 投稿日:2006/06/06(火) 00:10
212さんへ
212さん=206さんですよね!?
前回、全然きつい事を言われたなんて思いませんでしたよ。
私はとてもありがたくて、励まされました。

私の父も肝臓癌でした。
父には奇蹟は起こらなくて、私はこの数年間当時の事を無意識に
封印していたみたいです。
今回、彼のご両親を通して、父と向き合う時を持たせて頂いています。
当時は自分の心の中の恐怖や不安と戦うのに精一杯で父や母や兄弟の
気持ちも周りの方々の支えも全く考えたり気付く余裕がありませんでした。
しかし、今は全て受け止める事ができるようになり、当時関わって下さった
方々に申し訳なさと感謝の気持ちで一杯です。
そして、父の事がもっともっと大好きになりました。

212さんのお辛い気持ちも、看護の大変さもよくわかります。
でもどうか希望を持ち続けて、お体を大切になさって下さい。
ご主人様と212さんに沢山の愛と勇気と希望の光が降り注ぎますように
お祈りいたします。
ありがとうございました。

215 名前: るいるい 投稿日:2006/06/06(火) 08:48
富ママさんへ
ありがとうございます。
前回、全然きついとは思いませんでしたよ。地方独特の風土と言うか、
考え方もあるんだなぁと勉強になりました。
また、皆さんが書いて下さった「家族の絆」とか、「家族は外から
見ているだけではわからない」と言うのもとても納得しました。
やはり自分が基準で、その物差しでしか見てなかったし、
考えられなかったなぁと反省しました。

お父さんもつい不満や愚痴、小言を言ってしまってそれが
お母さんを苦しめているみたいだけど止められないと
書いておられました。
しかし、自分の体が大変な状況にあって、それだけ冷静に
自分を見られる事はすごく勇気があるし、立派だなぁと
思いました。
若輩者の私がどこまで力になれるかはわかりませんが、
離れていても一緒に乗り越えさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。

216 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/06(火) 13:38
るいるいさん、本当に優しい方ですね。私の息子達はまだ幼稚園児ですが、
あなたのような優しい彼女がいたら、とてもうれしいと思います。
お父様もあなたのような方が息子を支えてくれていると思うと、
とてもうれしいはずだと思います。今は自分をどうこうして欲しいというよりも
息子の力になってやって欲しいと思うのではないかな?
私の父もそれまではしょっちゅう実家に帰ってこいって言ってたのに、
癌と分かったとたん、こなくていいと言うようになりました。
自分の事で精一杯というのもあったでしょうが、自分の事で子供に迷惑を
かけたくないという思いもあったのかな?まだ治ると思っていたからというのも
あるでしょうが。
私が思うに、彼も今とても辛いのだと思います。でも男の人って彼女や家族には弱みを
見せたくないのかな?また自分でもどうしていいか分からずに実のお母さんに
八つ当たりしてしまってる部分もあるのでしょう。どこかで逃げてしまっているの
かも知れません。男の人って女より、本当はずーっと弱いのです。
るいるいさんが一緒に帰ってあげることとかはできないでしょうか?(夏休みとか?)
るいるいさんが彼の家族の潤滑油になれるといいですね。
無理はしすぎないように、家族をそっと支えてあげて欲しいです。
家族以外にも、一緒に心配してくれる人がいるって、すごく力になります。
応援していますね。

217 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/06(火) 13:54
それとお母様心配ですね。彼には他に兄弟はいないのでしょうか?
お母様1人の肩に、看病やらいろんな決断を迫られるのは
あまりにもきついと思います。私だって1人で決断したり、告知を
受け止められた自信はありません。彼はお母さんの話を聞いてあげて、
一緒に考えてあげてるのでしょうか?彼は「甘やかす」ということと
家族が力を合わせることを履き違えているように思います。
夫婦が助け合うのと同じように、
親の面倒を見るのは子供の務めです。お母さんに「いつもありがとう」
「力になれなくてごめん」と伝えてあげてるのでしょうか?
感謝すること。苦労をねぎらうことは、甘やかすとは言いません。
甘やかすとは、やらなくていいのに、やってあげることです。
今、ご両親は助けを求めているのです。
彼もこれを機に少し大人にならないとなりませんね。
まだ実感がないのかなぁ?


218 名前: はる 投稿日:2006/06/06(火) 21:07
るいるいさんへ
始めましてはるです。るいるいさんのとった行動はとても彼の両親の
励みになり、病気と闘う勇気を与えたものだと思いますよ。
彼にもるいるいさんの気持ちが通じるといいですね。



219 名前: はる 投稿日:2006/06/06(火) 21:35
はるです。なかなかレスする時間がなくって、でも読む事は時折しており
励まされています。
私の父は相変わらず入院してます。治りかけた気胸も再発して、そのために
抗がん剤治療もできずただ毎日をベットの上で過ごすようになってきました。
先週呼吸困難みたいな発作を起こしそれからは、歩く事さえもできなくなり
食べる事もできなくなり、声もかすかすになってしまいました。
1日の殆どを寝て過し、母が毎日泊まりこみで看病してます。

さすがの母も父の余命の短さを感じ、覚悟をきめました。
以前余命の告知の話をしましたが、告知しなくても日に日におとろえていく自分と
向き合うなかで、時間をかけてゆっくり感じていくものなんだなと
思いました。父にも母にも余命の告知はしなかったけど、私は余命を医者から
聞いた時はこんなに元気なのに・・と思い受け入れることができなく
ただいつも頭のすみにありました。気持ちがシャンとせず今まできてしまいました。
その間つらい事・・もやもやな気持ちが父母とも短いぶん 普通のくらしができたように
思います。
告知についてはいろいろな考え方があると思いますが、知っていて知らないふりは
かなりつらいです。母とは衰えていく父をみて今同じ土俵で話すことができるように
なったぶん、同じつらさを共感できお互いに心の支えになっています。

点滴の抗がん剤投与のための入院ほんの数日の予定だった
気胸さえなかったら・・
家に帰れたのに・・抗がん剤投与して無くても穴がふさがりません。
癒着手術も体力がなくてできません。
 
せめて後1回だけ・・家に帰らしてあげたい!!そう思う毎日です。
こんな状態になっても生活があるがために、仕事しています。
父と会うのは、ほんの2時間程度・・

とりとめの無い文章ですみません。
お邪魔しました。


220 名前: 由布 投稿日:2006/06/07(水) 20:31
はるさん今晩は、大変な時期をすごされているんですね。 
昨夜、はるさんの書き込みを読んで、なんと返事をして良いやら言葉も 
みつからず、私もこの掲示板に力を貰いながら看病にはげんでいます。
内の場合は、本人も含め全員が、病名、病気の現状を知りながらの看病
です、旦那も覚悟を決めて前向きに治療に取り組んでくれていますが、
子供もも大変だとおもいます。仕事、家族を抱えながらですものね。
でもかけがえのない家族、今を大切に悔いの無いようにすごしたいと
思っています。はるさんも、今をたいせつに、辛いでしょうが頑張って
ください、つきなみですが、心から応援していますよ。

221 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/07(水) 22:53
はるさん。
ソファーでゆっくり出来なくなってしまったんですね。
でも、まだ時間はありますよ!!!諦めないでね。
お母さんが1人でずっと泊り込みされているのですか?
 私は仕事を抱え子どもがやはり気になり二日でダウンしました。
はるさん~お母様大丈夫ですか?
交代で父を見ることにより 随分楽になり自分は満足しています。
まだまだ先は長いです。お父様に出来ること 後悔の無い様にしてあげましょうね!
そして こちらの皆さんと一緒に乗り越えていきましょう。
お邪魔しました。なんて言わないでください。
みんな 貴女と家族を応援していますよ~~~

222 名前: はこ 投稿日:2006/06/07(水) 22:57
はるさん、こんばんは。
出来ることならお母様と一緒にずっとお父様のそばについていてあげたいでしょうに・・・
正直言ってはるさんの立場にまだ立っていない私は実感できませんが、でも自分のことのように
つらいです。たとえ数時間でもお父様と過ごす時間を大切にしてください!
気の利いた言葉が浮かばなくてごめんなさい。
お父様の苦しみが少しでも和らぐようにお祈りしています。


223 名前: ばばのしん 投稿日:2006/06/08(木) 07:26
はるさん、家族みんなきついですね。
少しでも長くお父様のそばにいたいでしょうし、つらいですね。
私はその時期、富ママさんや210さんがいわれていた「病人からのサインを
見逃さないように・・」という言葉だけを考えていました。
聴覚だけはずっと残ります。本人からの発語や反応はなくっても、語りかけれ
ばお父様はちゃんとわかります。
応援しています。

224 名前: るいるい 投稿日:2006/06/08(木) 19:56
とんぼさんへ。
ありがとうございます。
本当に書いて下さった通り、彼は「甘やかす」ということと
家族が力を合わせることを履き違えていると私も思います。
彼は一人っ子、彼のお母さんも一人っ子で、お母さんは相談
したり話を聞いてくれる人が側にいなくて、どんなに心細く、
休みたくても休めず、心身ともにかなりきついと思います。
彼は確かに危機感もないけれど、人の痛みがあまりわからないんじゃ
ないかと思います。

そう言う私も以前はそうでした。
今、ここで皆さんに「優しい」と言っていただいて大変恐縮して
いますが、もし、私が優しい人間になれたのなら、それは父が
身を挺して教えてくれたのだと思います。
父の病気がなければ、私は他人の気持ちを考える事もできないまま、
自分本位の生き方を続けていたと思います。
だから彼の事は責められません。
彼ができなければご縁をいただいた私がさせて頂きたいと思います。

皆さんも大変な状況の中、励ましと元気をありがとうございました。
皆さんの優しさと勇気を心に刻んで、彼のご両親の支えになれるよう
日々精進してまいります。

225 名前: るいるい 投稿日:2006/06/08(木) 20:11
はるさん、大変な状況の中、温かいお言葉を
本当にありがとうございます。
はるさんもお体に気をつけて、お父様との時間を
大切になさって下さいね。
お父様が心身ともに癒されますよう、お祈りしています。

226 名前: あかね 投稿日:2006/06/09(金) 09:32
父が逝って3週間。
日常生活を取り戻しながら ふとした瞬間に寂しさを感じます。
実家に帰ったときに 父が座ってた椅子を見たり、手帳とペンを見たりすると・・・
それを毎日眺めてる母は もっと寂しいんだろうなと思い
できる限り実家に帰っては 母を連れ出して食事に行ったりしています。

>はるさん
どんなに会う時間が短くても 一生懸命な思いはきっと伝わると思います。
短時間でもできることをしてあげてください。
私は亡くなる3日前に父の爪を切り 兄は亡くなる前日にひげを剃って上げてました。
それが今は思い出になってます。
でも これは父のためにしたことじゃなくて 
自分たちのためにしたことなんだなって今になって思います。

227 名前: はこ 投稿日:2006/06/09(金) 20:08
はるさん、私は以前のはるさんと同じ立場です。
父はもちろん母にも詳しい話はしていません。
あと半年と言われてからもう2ヶ月以上過ぎてしまいました。
それでも父は元気にしており、7,8,9月と旅行の計画を立てています。
日帰りか一泊のささやかな旅行ですが両親そろって行けるのはあと何回
あるのでしょうか。
先日ICレコーダーを買いました。そして主人の誕生日にと、父にメッセー
ジを吹き込んでもらいました。次に入院する時、母は足が悪くて毎日父の
顔を見に行けないでしょうから、お互いに何か録音して届けたいと思って
います。
母にとっては突然の別れがくるかも知れないから、その時のために何か
残しておいてあげたい そんな気持ちです。

あかねさん、少しずつ落ち着かれてきたようですね。
でも寂しさは増していくのかも・・・ もっと時間が必要だと思いますが
お母様とお父様の思い出をいっぱい語ってくださいね!
ここにはやはりご家族を見送って、まだ悲しみの癒えない方もおられます。
悲しいときはここに来て何でもお話してください。

228 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/09(金) 22:44
心のケアでしょうか。。。。
父や兄や そして自分の為。すべて自分が満足もあるでしょうが
今まで乗り越えた事がすべて思いでですね!
たとえ時間がなくても、家族の為に一つでも力になれたら。。。。
よかったですね。
思い出。日増しに辛く感じます。そして残された伴侶。今後が気になりますが
皆さんで応援してくださいね。
今回の皆様の書き込みを読んで 父の偉大さと残された母の今後を
考えさせられました。本当に毎日を大切にしたいですね!!


229 名前: 由布 投稿日:2006/06/09(金) 23:51
皆さん、それぞれの思いを抱え今を頑張って生きて居られるんですね。
うちも、旦那が倒れて以来精神的にすっかり弱ってきたみたいで、昨年
その姿を見ると、わたしまで落ち込み、悲しくなります。本人はもっと
大変なのにとおもっても。。。。。
友達からは、貴女がしっかりしなければと励ましをうけますが、またその
言葉が重荷になり、できない自分がなさけなります。
それでも生きなければ成らない・・・・悔いを残さぬ看病をしなければと
おもいはさまざま、もうどうにでも成れとおもうときもあります。
あの時、年がどうのこうの、看病がどうのこうの、言い訳にはなりませんよ。
は、また傍若無人、恥知らず、はキツカッタ~~~
今となっては、どうでも良い事でしたが・・・・・・・

230 名前: 由布 投稿日:2006/06/09(金) 23:57
すみません上記の文中、昨年は消し間違いです消してよんでください。自分が
それと情けなくなりますの、くがぬけていました。

231 名前: はる 投稿日:2006/06/10(土) 08:05
皆様、温かい言葉をどうもありがとうございます。
とても心に励ましを頂きました。
父ですが、あちこち痛がるようになり、足のむくみも膝あたりまで
むくむようになりました。
しかし食事はほんの少しですが、時々おかゆを口にできるようになりました。
殆ど点滴の毎日ですが・・・

泊り込みは、休日以外は母1人で行っています。
完全看護の病院ですが、やはり看護婦さんの手が少ないのと
できるだけそばにいてあげたいという思いからです。
母が疲れをださないように、私は仕事をはやめにきりあげたり、夜数時間は交代している
毎日です。とはいえ保育園の子がいるので、思うようには動けませんが・・

先日上司に介護休暇の相談をしました。
6月末からならとれそうですので、それまで、それ以上父がもって
くれることを、祈るばかりです。
そのことを父に話したら以前は 仕事は大事だ!って怒ったのに
今は勝手にすればいい の一言でした。
それだけ、身体がえらいのでしょうね・・・

父のために・・と同時にあかねさんが言うように自分達のためでもあるんでしょうね
父との思いで作りみたいな・・自分の自己満足みたいな・・
それでも時折声にでなくても、笑ってくれる父が、嬉しくて・・
精神的にかなりまいるときもありますが、一瞬一瞬大切にしていこうと
思います。

いろんな状況の方が頑張っている
つきなみな言葉ですが、お互い頑張っていきましょうね・・

P・S はこさんICレコーダーとはいいアイデアですね
    私も父の声がよくでてたころに録音しておけばよかったな・・
    病状は悲しいことに少しずつすすんでいきます。
    私の父はずっとよくなると思い込んでました。
    だから旅行も「もう少しよくなったらな、それまでの楽しみ」
    と言ってた父を強引に誘う事はできませんでした。
    変に怪しまれてはいけないと思い・・
    まさか気胸がおこりどこにも行けなくなるなんて思っても
    みなかったことです。父自身もですが・・
    いまさら、私がいうことではないと思いますが、いつ何が
    起こるか本当にわからないです。
    はこさん自信いろいろつらいこともあると思いますが
    はこさんの両親にたいしての思い、応援してます!!    
    


232 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/10(土) 12:08
はるさんへ
介護休暇のことですが、もう少し早めてもらったほうがいいかも知れません。。。
私の母もずっと仕事が忙しく、仕事帰りしか病院に寄れなかったのです。
一応責任ある仕事をしていたので、休みたいと言ってすぐ休める状況では
ありませんでした。仕事と介護の両立で母も大変だったと思います。
でも、まさかそんなに急に容態が悪くなるなんて思っていなかった。
どこかでまだ大丈夫と思っていたかったのだと思います。

自宅介護の準備の為、会社の休みがやっと取れた矢先に父の精神状態が
おかしくなり、私達のことも分かってるのかどうなのか?という
状態になってしまいました。もっと早く休みを取っていればと母は悔やんでも
悔やみきれない状態でした。私も「仕事なんか今はどうでもいいから
(お金はなんとかするから)うそをついてでも何でも早く会社を休んで」と言っていたのですが、
責任感の強い母は、なかなか、休めなかったようです。
その気持ちも痛いほど分かるのですが、私は仕事より何より
父の残り少ない毎日を一緒にいてあげて欲しかったのです。
子供より孫よりも母と一緒にいることを望んだ父でしたので。
私も子供達が春休みになったら実家に帰ろうなんて思って
いないで、幼稚園を休ませて、もっと早く実家に帰ればよかった。
本当に歩けなくなったら、あっという間でした。
もし、また元気になったらなったでいいのですから、とにかく
ご自身の悔いのないようにしてくださいね。

小さな子供を抱えての介護は本当に大変ですよね。子供が風邪を引いたり、
自由に動けなかったり。私も子供達がいなければ、もっと父のために何かできたのに。
と思うと同時に「でもこの子達の顔を見せてあげれたことは、
私にできたたった一つの親孝行だったようにも思ってます。

月並みなことしか言えませんが、周りの人の助けをいっぱい
借りて、悔いのないように頑張ってくださいね。
周りの人には、あとで恩返しすればいいのですから。

233 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/10(土) 12:15
ちなみに、母の場合、介護休暇の申請をしてる時間はなかった
のと、そういう制度を利用しにくい職場のようで、とりあえず「ただの休暇」をとりました。

もっと、病状によっては「介護休暇」を気兼ねなく、すぐにとれるような社会になって
欲しいですね。

234 名前: はる 投稿日:2006/06/10(土) 14:26
とんぼさんへ
ありがとうございます。
とんぼさんの言う通りだと思います。
父をみていてもそう思います
一応会社には容態がかわったらもう少し早めにとは伝えてありますが
なかなかとれないのが現状です。

休暇下さい は勇気がいりますね
そんなこといってられないくらいだと自分でもわかるのですが・・
仕事っていったいなんでしょう
動けない自分がいます。

もう一度考えて見ます。
アドバイスありがとうございました。


235 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/11(日) 23:04
 はるさんへ。
いつもお話してたのですが、我が家には時間がなさすぎて
介護休暇がほしい。と申し立てしたものの二日後には即決させていただきました。
それから10日位だったでしょうか。。。お別れが。。。
もっと早くから、、、でも手続きが間に合わないんですよね!
00日前から申し立てするように!!!
結局 欠勤扱いにしてもらいました。
でも大丈夫ですよ!事務所は書類を出してくださいと言ってくれてましたから!!!
自分の固定の休みをひくと たったの6日。
書類作成がめんどくさくて 放棄しました。
人それぞれですが 自分に、家族に後悔のないように。(祈)

236 名前: はる 投稿日:2006/06/12(月) 06:25
富ママさんありがとうございました。
半日ずつでもお休みもらうえるように、はなしてみるつもりです。
仕事の状況にもよりますが・・頑張ってみます。

237 名前: はる 投稿日:2006/06/16(金) 22:39
皆様元気ですか?
なんとか1週間が過ぎました。
介護休暇の件ではいろいろアドバイスいただきありがとうございました。
日にちはやはりずらせないので、とび休を頂いたり朝仕事いく前に病院へ
行くようして・・日常のなかで会う時間を搾り出してる毎日です。
負担は子どもに一番いっていて申し訳ないなと思いながら
でも、割り切って行ってる状態です。

父は白目をときおり見せるようになり、かと思えば天井をかっと目を
見開いてしばらくみてたり・・口のあけかたもかわってきました。
喋る事もなくなってきました・・

今日先生とお話して痛みが今より激しくなった場合、それをとるための
痛み止めで、血圧がいっきに下がりそのまま亡くなる可能性が高いといわれました
医者としては痛みを和らげる方法をとりたいが、一度家族で話あってください。
と、言われました。
さて、どうしたものか・・覚悟はしているものの、少しでも痛みがとってあげたいものの
死が目の前にあると、即答できません。
父は痛いのはいやだといっていたので、その意思をとうしてあげるほうが
いいんですよね??きっと・・
母には先生からこういう話があったとは、いえませんが雑談の中で伝えていこう
と思ってます。痛み止め=痛みが和らぐぐらいにしか思っていませんから
痛み止め=死の可能性強いということもあることを知らせておきます。

今まで何度も何度も泣いて泣いてまだぐっとこみあげるものもあるけど・・
なんだか疲れてきてしまってる自分がいます。父の傍にという思いと
たまにはぼーーと何にも考えたくない自分がいます。

母もいろいろ思うことがあるだろうにずっと泊り込みしってて・・母は強いな
と思います。介護は自分の知らないとこで疲れがでるって教えて頂いたことが
あるけど、本とそう思います。

皆様元気ですか?悔いのない毎日を送っていますか?
長々とすみません・・





238 名前: かず: 投稿日:2006/06/17(土) 01:13
こんばんは。
5月末に父が他界しました。
会社に介護休業の申請書を提出した矢先の出来事でした。

これまで、皆様の温かいお言葉で、どれだけ癒された事か。
ありがとうございました。


239 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/17(土) 12:49
かずさま
心よりお悔やみ申し上げます。
これから まだまだ悲しい日がつづくかもしれませんが
ご自愛くださいね。。。。。。

240 名前: はこ 投稿日:2006/06/17(土) 18:07
かずさん、なんと言葉をかけていいのかわかりません。
ご家族のみなさま、そしてかずさんご自身も本当にお疲れさまでした。
GWにはお父様との時間を十分持たれましたか?
休暇を取り介護に専念しようとするかずさんの気持ちをお父様は喜んでおられたと
思います。どのように手を尽くしても心残りはあると思いますが、かずさんが
お父様のことを思って懸命に努力されたことを私たちは知っています。
お疲れの出ませんようにご自愛ください。

はるさん、厳しい選択ですね・・・
私ならどうするだろう?と考えても容易に答が出せません。
苦しみは取り除いてあげたいけれど、1日でも生きて欲しい。
そう思うのは勝手な願いなのでしょうか。
お母様にお話するのも大変難しいことですが、ひとりで苦しまないでゆっくり
時間をかけてお母様と話し合ってください。
何も答えられなくてごめんなさい。

241 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/18(日) 00:11
かずさん、私の父も自宅介護の直前にそれが叶わずに逝ってしまいました。
でも、看護師さんが「自宅介護」を家族が決断しただけでも
すごいことだし、なかなかできることでない。お父様も喜んでいたと
言ってくれました。まだいろいろ忙しいでしょうが、ゆっくり心と体を癒していきましょう。

はるさん、私も迷いました。でも、癌患者さんのブログをたくさん見ましたが
一番印象的だった言葉に「死ぬこと自体はそんなに怖くない。
でも、苦しんで死んでいくのは、ものすごく怖い」
というような事が書かれていました。もし私が癌になっても
同じことを思うように思います。苦しみながら数日、数週間生きる
のは、辛いし、そんな姿を家族に見せたくないと思うと思います。
でも、苦しんででも一日でも長く生きたいという方もいるのでしょうね。
それはそれで立派な生き様だと思います。やはり家族が一番本人がどちらの
タイプか分かってあげれるのではないでしょうか。。。
特に長年のパートナーであるお母様が一番お分かりだと思います。
本当に究極の選択ですが、よく話し合ってください。

242 名前: はる 投稿日:2006/06/18(日) 06:14
皆様へ
今まで本当にいろいろな温かいお言葉ありがとうございました。
何度心を救われたことかわかりません
私のたわいもない愚痴など、読んでくださり本当にありがとうございました。
感謝してもしきれないほどです。

父が昨日他界しました。

最期はみんなそろう事をまっていたかのように、週末にしかこれない
息子夫婦がきた矢先のことでした。
呼吸の様子が違い始め、いつもと違うから看護婦さんを呼びみてもらい
私達が呼びかける中、息が止まってました。
くるしくて、もがく分けも無くそのままスーという感じでした。

皆様本といろいろありがとうございましたm(_ _)m

それから今戦っている皆様へ
いつ何がおこるかわかりません
一瞬一瞬を大切に過されますように・・
陰ながら応援してます。

また落ち着いたら、お邪魔しますね・・

今まで本当にありがとうございました。


243 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/18(日) 12:23
かずさんへ。
あなたの大切な時間にこの板が がたがたしてしまい力になれなくてごめんなさい。
ケアマネージャーさんとも沢山お話出来たでしょうか~~~
自宅介護 みんな実現したいものです。
辛い中 お父様の事報告してくださり 本当にありがとうございました。
まだ「信じられない」のお気持ちでしょう。
お父様のご冥福をお祈りすると共に 残されたかずさんご家族のご心労お見舞い申し上げます。
また、顔を出してくださいんね。お父様との素敵な思い出大切にされてください。


244 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/18(日) 12:29
 はるさんへ。
こんなに早く・・・・・言葉がありません。
どうか お父様がやすらかに 天国に行かれますように。。。
ご冥福をお祈りします。
 介護休暇間に合わなかったですか。
私もそうでしたが、「なんかおかしい」と思った時には。。。。
遅いんですよね。もっと早くにアドバイス出来たらと後悔しています。
 辛い中 早々の書き込みありがとうございました。
葬儀もありますし 家族皆様無理をされませんように。
家族皆様に看取られた ご自慢のお父様の事。
また お話ししてください。こちらからもお祈りさせていただきます。

245 名前: 由布 投稿日:2006/06/18(日) 19:35
はるさん・お父様のご冥福こころよりお祈り申しあげます。
大変な判断を迫られたり、本当に辛い時期を過ごされましたね。あまりにも
突然で、驚いています。はるさんは良く頑張られたと、ほめてあげたいと思
いますよ。
はるさんたちの、いろんな経験談を参考に、これからも看病に励む一員として、
悔いの無い、生き方をしたいとかんがえています。
此れからもいろいろと、大変だとおもいますが、どうかお体をだいじに、また
ゆっくりしていちだんらくついたら、いろんなお話聞かせてくださいね、
お待ちしています。お母様を大事にいたわってくださいね。

246 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/18(日) 20:27
お父様のご冥福を心よりお祈り致します。

本当にお疲れ様でした。まだまだ忙しいでしょうが、ゆっくり
休んでくださいね。

247 名前: はこ 投稿日:2006/06/18(日) 21:27
はるさん、信じられないくらいあっという間に逝ってしまわれたのですね。
苦しまずに逝かれたこと、ご家族のみなさんに看取られて旅立たれたことが
慰めですね。みなさまお疲れが出ませんように。
お身体を大事にしてください。


248 名前: かず 投稿日:2006/06/19(月) 00:19

はるさん・・・。
ご冥福をお祈り致します。

皆様、ありがとうございます。
私は皆様に何が出来るのだろう・・。

249 名前: ばばのしん 投稿日:2006/06/19(月) 07:07
はるさん、かずさん、ご冥福をお祈り申し上げます。
ほんとにご本人、ご家族と苦しい日々、つらかったと思います。
どうか、体をしっかり休めてくださいね。
いろいろとしなければならないことは山積みでしょうが、先に延ばせることは
のばして、まず体を休ませてください。



250 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/20(火) 02:03
 かずさん。
ここでお話し聞いてくださり、
気が向いた時にお話ししてくだされば十分です。
たまには自分の辛い経験をお話しして頂くかもしれません。
悩んで 苦しまれておられる方にあなたのメッセージを宜しく
お願い致します。
 少しは落ち着かれましたか?

251 名前: はる 投稿日:2006/06/24(土) 10:58
皆様お悔やみの言葉どうもありがとうございました。
まだやることは山ほどあり、ゆっくり悲しんでいる暇がないほどです。
そして月からは仕事復帰です。

今までと生活リズムが違ってきてまだこのリズムに慣れず惑っています。
葬儀がすんでもまだ父が亡くなった実感がわかず、まだ病院にいそうな気が
してなりません。なんだか私自身心にぽっかり穴があいてます。

看病している間は確かにつらかったけど、いつまで続くんだろうと思う事も
あったけど、やはり生きてて欲しかった。
看病の大変さはまだ頑張れる自分がいたのに・・残念でなりません・・

病院から帰るたびにこれで最期かもしれないと思いながら、朝がくれば
無事朝がきたと思ながら、仕事終わって顔をみるとまだ生きているよかった
と思いその繰り返しの毎日でした。
いつなにが起きるからわからないからと言われてたので、覚悟はしていたけど
亡くなる前日に先生に1,2日の間に亡くなる事はありますか?と聞き
よっぽどのことがないといいと思います。と聞いた次の日でした。
先生自身も驚かれていました。
癌が予想以上に進行していたということでした。
痛み止めのモルヒネが効いていたので、見た目には解からないほどに・・

父の死を無駄にしないためにも、ここで戦っている皆様に少しでも
役にたてたらと思います。
私の看病の範囲でしかわからないし、詳しいことは解からないけど
参考にしていただけたらと思います
次のレスに亡くなる少し前の様子をまとめてみました。






252 名前: はる 投稿日:2006/06/24(土) 11:40
少しずつですが、天井を見つめることが多くなり白目を時折みせるようになりました。
喋ることがえらくなり、だんだんまとめて喋れなくなりました。

ベットにもたれながら起き上がることもつらくなりました。
寝たままで足をあげることもできなくなりました。
足のむくみは、だんだん引かなくなりました。
ふとももまでむくみました。マッサージをすると気持ちよかったみたいです
おなかまわりはパンパンで今にもはちけそうなくらいでした。

食事もはしを扱うことさえ、疲れ食べさせてもらってました。
味覚はかわり父いわく甘いものがさらに甘くなるといってました。
最終的には飲み込むことが難しくなり24時間の点滴になりました。

亡くなる1週間前肩で息をする姿が時々見られるようになりました。
このまま亡くなるんではないかと思うほどに、とてもえらそうでした。

亡くなる数日前に心電図?(正しい名前がわかりませんが、脈をみるものです)
身体にはり、ナースステーションまで電波でとばしていました。
その山は他の人に比べ低かったです。

亡くなる1日前おしっこの量が極端に少なくなり1日に100ぐらいしかでませんでした。
口をよくあけるようになり、開け方がだら~んとした感じです。
            
亡くなる当日は朝おかゆを2口ぐらい食べました。
身体もふいてもらい気持ちよさそうにもしていました。
亡くなる直後は呼吸の仕方はなにかのどにはさっかているような感じでした。
まだその時は意識があり私達の問いかけにもうなずいていました。
酸素は80ぐらいしかありませんでした。
酸素マスクをつけようとすると嫌がり「もう何やってもあかんだて」と
言い放ちそれでも私達は酸素マスクをつけると、少し落ち着き「息が楽になった
でしょう?」の問いかけにうなずいていました。
その中で私達になにか話していましたが、残念ながら聞き取れませんでした。
ただ「皆いるよ、大丈夫だよ」の言葉にうなずいていました。
そのうちまばたきしなくなり・・こちらの問いかけにも答えてはくれませんでした。

呼吸はカックンカックンという感じになり、間が段々あくようになりそのまま
逝ってしまいました。この時はもう息は止まっていたのかもしれません。

最期父は何もみえなかったみたいです。
以前レスで聴覚だけは最期まで残ると読んだことがあります。
応答さえできなくなりますが、聴覚は残るということは、実感しました。

簡単にまとめてみました。
今戦っている人たちに少しでも参考にしていただけたら嬉しく思います。






253 名前: はこ 投稿日:2006/06/24(土) 16:14
はるさん、大変お辛いお話をありがとうございます。
突然のことで戸惑っておられる気持ちお察しいたします。

私も数日前に診察日があり、父と一緒に行って来ました。
父はまだ通院しているのですが、今はガンの治療は何もしていない状態です。
塞栓もエタノール注入もできず抗がん剤も効かない、血液検査のデータも悪く
なって行っています。
時々深呼吸のような大変深いため息のような呼吸をします。何でもないと言いつつ
やはりかなりだるいのだろうなと思います。 
何も知らない父を見ているのはとても辛いです。いつまでこの苦しさが続くのか
と泣きたくなる時がありますが、はるさんのおっしゃるように、生きていてくれ
るだけで有難い、どんなことでもしたい!と思って頑張っています。

聴力は最後まで残ると私も聞いたことがあります。
はるさんやご家族の声にお父様は励まされたことでしょう。
みんながそばにおられるのを感じて、きっと心細くなかったと思いますよ!

はるさん、どうか無理をしないで下さいね。
悲しみを忘れようとしても出来ないときがあります。
逆にお父様を偲んで、思い切り泣いていいと思います。
はるさんの心の中におられるお父様とたくさん語り合って下さい。




254 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/24(土) 21:58
 はるさん。
まだまだ実感わかない中 辛いお話ありがとうございました。
80とはSPO2の事でしょうか~~~
酸素マスクをいやがる位しっかりしておられ 本当に急でしたね~
お父様が最期に言葉にされた事。聞き取れなかったみたいですが
きっと「皆が幸せで過ごすように」の思いだと感じます。
これから まだまだ淋しさが増してくるかもしれませんが
ここのみんなが待ってます。
お話しくださりありがとうございました。
 はこさん。
病院に行かれたのですね。
呼吸の仕方など 以前と変わってくると不安ですね。きっと貴女の思い
伝わり 一日でも長く笑顔をみせてくれますよ!
負けないでね。。。ファイト!!!

255 名前: はる 投稿日:2006/06/25(日) 08:51
富ママさん
酸素80というのは、指に洗濯ばさみみたいなものをはさんで
身体のなかの酸素をみるものです。
spo2というものなのかしら?名前がわからなくてすみません

はこさん
私の父は余命のことは知りませんでした。
癌と知っていても数年たてば元気になれると思っていて、治療をうけていました。
1,2年たったら仕事するんだという前向きな言葉にうなずきながらも
父のいないところで大泣きしていた私です
なんとも言えないやるせない気持ちになりとてもつらかったです。
亡くなる数日前母に「もうだめかもしれんなぁ」と言ったそうです。
母はそれを否定し「悪くなって、よくなっていくんだよ、波があるんだよ」
と答えたそうです。父は「そうか」とただ1言いったそうです。
何か言い残したい事があったのかもしれませんが、それを聞く事は
先が短いことを知らせるようで、できませんでした。

ただ毎日会う中で、私から父に聞いておきたい事や思い出話や
母のことなどなにげなく伝えたり聞いたりしてきました。
今までありがとうと言う言葉だけは死期を伝えるようで言えなかった
1番伝えたかった言葉ですが・・・

はこさん、はこさんのつらい気持ち、時にはしんどくなる気持ち痛いほど
よくわかります。
時々気持ちをリフレッシュしながら、少し自分の時間をもちながら、うまく自分とも
つきあえるようにしていくことも疲れをためこまない方法の1つのように思います。
看病はある意味自分の心との闘いにもなってきます。
父、母のことは十分頑張ってることと思います。
どうか自分にもご自愛くださいね。
応援してますよ。




256 名前: ヒロ 投稿日:2006/06/25(日) 11:38
はじめまして、皆さん辛い時を過ごしておられるのですね。私も父が亡くなり明日で二七日を迎えます。
ここは、何度も拝見しておりましたが、なかなか参加できずにおりました。父は末期の状態でしたが治療中
の段階で腎不全を起こしてしまい心臓が持ちませんでした。今となっては、治療自体が良かったのか、悪るかったのか
わかりません。でも、たとえ2週間程の看護でしたが私達は全力で頑張りました。ただ、入院の前に父が母に
言った言葉が切なくて(もしかしたら、家には戻れないかもしれないな)と言ったそうです。
でも、安らかな最期で今にも起きてきそうな顔をしていました。それだけが救いです。
残された私達は、もう前だけを見て歩き出さなければなりません。愛しい人が戦っている姿をみるのはつらい
ことですが、どうぞ、看病をされている方頑張ってください。悔いを残さないためにも・・・


257 名前: はこ 投稿日:2006/06/25(日) 21:58
ヒロさん、初めまして。
お父様が亡くなられて二七日ではまだまだ大変な時期ですね。
入院前のお父様の言葉は哀しいですね。
ヒロさんが全力で看護できたといえることは素晴らしいと思います。
私も悔いを残さないよう頑張ります。
また落ち着かれたらお話を聞かせてください、よろしくお願いします。
お疲れが出ませんように十分休養なさってくださいね。

258 名前: はる 投稿日:2006/06/27(火) 18:38
ひろさん、初めまして。
もう前だけを見て歩きださなければなりません。の言葉
ほんとそうですね。
まだほんのり前をむけない自分がいますが、残された母のためにも
前をむけるように生きていきていきたいと思います。

どんなに悲しくてもつらくても、現実は過ぎていき、子育て、仕事におわれ
立ち止まってる時間はありません。

その方がいいのかもしれないと感じています。


259 名前: あき 投稿日:2006/06/28(水) 11:48
6歳の娘がいます。私達は私の実家の隣に住んでおり、
娘は保育園から帰ると、その足で毎日おばあちゃんの所に遊びに行きます。
おばあちゃんには、よくなついています。

そのおばあちゃんが、4ヶ月ほど前に膵臓癌で余命6ヶ月と宣告されました。
(おばあちゃんには、癌のことは言われましたが、余命6ヶ月ということは言われていません。)

おばあちゃんは、80歳を過ぎましたが、まだまだ元気。
娘には、まだおばあちゃんの病気のことは知らせていませんが、
近いうちには、いなくなってしまいます。
その時の、娘の精神的な打撃のことを考えると心配です。

おばあちゃんの病気のことが分かった時から、
ときどき娘には「人は死んだらどうなると思う?お星様になって、
大切な人のこと、見守ってくれるんだよ。」的なことは少しずつ話しています。

私は、おばあちゃんの病気のことは最初から知っているので、
心の準備はできますが、娘は何も知りません。
おばあちゃんは、小さい孫に、病気のことをまだ言って欲しくないだろうなと思い、
言えずにいるのです。

その時が来た場合、子供のためにはどうしてあげたらいいのでしょうか?

260 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/28(水) 17:03
ヒロさん、はじめまして。皆さんこんにちは。
私は父が亡くなって、3ヶ月、ようやく少しだけ前を向いていけるように
なった気がします。時が一番の薬ということ実感しています。

ある癌患者さんから教えてもらったのですが、
http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6468
こんなフラッシュがあります。私はこれを見て、少しだけ気が楽になりました。
父ともまたすぐ会えるんじゃないかと。
私は私でマイペースに頑張って生きていこうと。

あきさん、うちの上の子は5歳です。本人の要望が第一だと思いますが、うちは
病名も含めてすべて本当のことを言いました(本人の前ではありません)
本人も嫌がっていなかったし、癌になることは隠すことでもなんでもないと思ったので。
ものすごく大変な病気なので、薬で髪の毛が抜けてしまうこと。
病室ではママの言う事を聞いて欲しいことなど、色々話しました。
そして「○○もじいじを応援しよう!」「力になってあげようね!」
とお手紙や絵を書いて、持っていってあげました。
徐々に弱っていくじいじを目の当たりにしてきたせいか、死んでしまった
というショックはそれほどなかったようです。子供なりに覚悟するのではないでしょうか。
ただ、「お空に飛んで行って、お星様になった」「もう会えない」というのは分かっていても、
「死」というものは、まだ理解できていないようにも思いました。
女の子の方が精神年齢が高いので、もう少し理解できるかも
知れませんが・・・。病名は言わなくても、大変な病気で
お婆ちゃんは治る為に一生懸命戦っている。頑張っている。
そのことは伝えてあげて欲しいと思います。
命の大切さって、言葉だけではなかなか伝わらなくて、自分の大切な人が身を持って教えてくれる
最後の最大のプレゼントのようにも思います。





261 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/28(水) 17:16
ごめんなさい。そのときが来た時何ができるか?でしたね?

う~ん。皆の悲しんでる姿を見せて、みんなで悲しみを共有できれば
いいんじゃないでしょうか?そしてお墓や仏壇に手を合わせる・・・。
うちの子達も実家に行くと、まず「じいじに挨拶する!」と言って、
お線香に火をつけます。そして、大好きなおやつも必ず
「じいじにもあげて!」とお供えしています。
亡くなっても、私達の心に生き続けているし、お空からいつも
見てくれてると伝えてあげればいいと思います。

262 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/28(水) 17:24
とんぼさんへ。
そしてヒロさん あきさん。初めまして!
書き込みしようと思ったのですが、とんぼさんの紹介してくれたあのページを見て私の涙が止まりません。
父が病気になってから他界後半年。
無理に頑張ってた?自分をなぐさめてくれるようで。。。。
落ち着いたらまた 書き込みします。
とんぼさん。素敵なページありがとうございました。

263 名前: はこ 投稿日:2006/06/28(水) 21:48
とんぼさん、こんにちは!
私も見て、自然に涙が流れていました。
「いなくなった人」なんていない。僕たちが歩くのを応援している
本当に勇気づけられる言葉ですね。
じいじに大好きなおやつをお供えするお子さんもステキです!
命の大切さを教わる すごく大きなプレゼントですが、それをしっかり
受け止めているのですね。



264 名前: はる 投稿日:2006/06/28(水) 23:42
あきさん、初めまして
私にも6歳の娘がいます。
父の病気のことは初めから伝えてありました。
同居はしていませんでしたが、毎日会える距離でしたので
よく会っていました。余命のことはしらせていませんが
大変な病気と闘っていること、父の体調の事など知らせ
一緒に応援してあげようね。と伝えてきました。
孫からのエールに父も喜んでいました。
孫はなによりのはげみみたいです。

だんだん衰弱していく父を自然にうけとめていた娘です。
もう長くないと思った時娘に、もしかしたらの話をして、
伝えたい事など話しておくことや、よく覚えておく事など伝えました。
でも頑張ってるから今まで通り応援していこうね、とも伝えました。

そして病室でお昼寝をしている最中に父は亡くなりました。
すぐに起し死を伝えました。それから数日間は夜私と一緒におお泣きをして
夜な夜な寝れない日が続きました。でもそんな中で娘は、私に「私達いるから
大丈夫よ!!」と何度も励まされました。
娘のおかげで救われた心もあります。

死ということを伝えることは難しいですが、ありのままを解かりやすく伝えていく
事は、大切のように感じます。子どもなりに感じています。
あんなに泣いていた娘ですが、まだ時折一緒になきますが、位牌に話しかけたり
食べ物をそなえたりしていますよ。

私からは形はなくなっても、目をとじれば見えるしいつも心の中にいて
みててくれてるよ。傍についててくれるから、大丈夫だよと伝えてます。
娘も受け入れているようですよ。
私達はうしろをむきがちですが、子どもは現実を受け入れながらも
さっぱり前をむいて、歩いています。生きる力の源のようです。

おばあちゃんの気持ちも大切だと思いますので、一度話していいか相談されては
いかがですか?
ただ個人的な意見としては、子どもは大人の会話はよく聞いています。むやむやにするより
さらっとでいいと思いますので伝えた方が、いろんなことを伝えやすくもなるし、一緒に
応援できる、心づよくもあると思いますよ。

勝手なことばかりかいてすみません。
気にさわるようでしたらすみません。

楽しい時を少しでも多く過せる事を、祈ってます。




265 名前: はる 投稿日:2006/06/28(水) 23:48
とんぼさん、こんにちは
素敵なフラッシュ教えてくださりありがとうございました。

夜1人になると涙が止まらない毎日ですが・・
心が癒されました。

266 名前: ヒロ 投稿日:2006/06/29(木) 10:50
はこさん、はるさん、とんぼさん、富ママさん、あきさん、はじめまして
皆さん、ありがとうございます。
はこさん、お父様の具合はいかがですか?精神的にも体力的にも辛い日々を
お送りのことと思いますが御自分の体も大切にしてくださいね。
はるさん、お父様のことお悔やみ申し上げます。父とあまり変わらないくらいに他界
されたのですね。母は、よく父に話かけております。すぐ傍に居るようだねと言って
おります。私より何倍も悔しく、辛い訳なのに・・
とんぼさん、ありがとうございます。私も涙が止まりませんでした。父が亡くなって
半月あまり、残され母と妹を思い涙を流せずにいました。母ではないですが、傍に居て
私達のことを見守っていてくれているんですね。
富ママさん、いままで拝見させていただいておりました。ご自分も大変な時、辛い時
皆さんを励まされておられましたね。富ママさんの言葉、私もとても励みになりました。
皆さん、頑張りましょうね。日にち薬というそうですが・・・



267 名前: はこ 投稿日:2006/07/01(土) 18:06
みなさん、こんにちは!
あきさん、お母様の具合はいかがですか?
今日もお孫さんと遊んでらっしゃいますか?

ヒロさん、父は最近自分から昼寝をよくするようになりました。
肝臓には休養が一番だから食事の後はなるべく横になって、と言っても
聞かなかったのに自分から休みに行く父を見ると心なしか痩せて弱って
きたように感じますが、意識的に「今日は顔色がいいね!」とか声を
かけるようにしています。
ヒロさんはお母様と妹さんを気づかって涙を堪えておられたのですか・・・
とても辛かったでしょう?
たまには辛い気持ちを吐き出して涙を流して、お父様に「コラァ!」と
怒られてみるのも必要かも知れませんよ。
無理しないで、出来る限りのことをする。それが一番大切だと自分にも
言い聞かせています。

268 名前: つーとん 投稿日:2006/07/02(日) 03:59
つらかったですよね私の母親は3ヵ月介護して最後は病院でなくなりました家で最後はすごしかったんではないかと思い自分を責める毎日です胃癌の末期でした

269 名前: はこ 投稿日:2006/07/02(日) 17:26
つーとんさん、初めまして。
つらい経験をされた上にまだご自分を責めていらっしゃるのですね。
どのような状況だったのかわからないので想像でコメントすることは
出来ませんが、どうか260でとんぼさんが紹介してくださったフラッシュ
をごらんになって下さい。
お母様は笑ってつーとんさんが歩いて行かれるのを見守って下さっている
はずです。元気で明るく歩くこと、お母様もそれを望んでおられますよ。
月並みなこと言葉しかかけられなくてごめんなさいね。
でもご自分を責めすぎないでください!


270 名前: あき 投稿日:2006/07/02(日) 17:32
つーとんさん、はこさん、ヒロさん、はるさん、富ママさん、とんぼさん、トピ主さん、皆さん、
こんにちは。

今は、おばあちゃんの病状を知らないのは、身内では娘だけで、
彼女だけ蚊帳の外みたいに私は感じています。今、おばあちゃんと
一番仲良しなのは、孫である娘なのに。

私としては、おばあちゃんの病気のことを話したいと思っています。
数人の方にも、それがいいとアドバイスしていただきました。
ですが、小さな子供にはまだ、話さないほうがいいとおっしゃる方も
おられます。小さな子供は、必ず、病気のことをあばあちゃんに
尋ねてしまうからだということです。「おばあちゃん、死ぬの?」って
いうふうに。

娘のためには、おばあちゃんの病気のことを話しておきたい。でも、
おばあちゃんのためには言わないほうがいいのかもしれない。
その間で迷っています。

また、主人も、おばあちゃんの話をするのは、娘には重過ぎるのでは
ないかと言っています。

「死」に関するよい絵本でもあれば、娘に読んであげようと思っています。


271 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/02(日) 18:15
このフラッシュいいですよね。私も何度も見ていますが、
見るたびに涙がでます。

あきさんへ>うちの子の場合ですが、じいじに「死んじゃうの?」
「じいじ、がんなの?」ということは、もちろん、「髪の毛が抜けちゃってどうしたの?」
とか聞くこともありませんでした。子供って大人が思ってるよりも
ずっとすごいと思いましたね。そして、お嬢さんもお婆ちゃんが
亡くなったときは辛いでしょうが、それを乗り越えてまた成長して
欲しいと思います。たぶん大人が感じる「死」の思いとは
また違うように思います。
絵本でしたら「わすれられないおくりもの」という本が
いいと聞きました。でも、あまり先回りしてショックをやわらげて
あげようと思うよりも、案ずるより産むがやすしと思います。

いずれにしても、お嬢さんとお婆ちゃんのことを一番よく分かってるのは
あきさんなのですから、周りの声に惑わされずに、自分のしたいように
すればいいんですよ。私があきさんのお嬢さんなら、大きくなった
ときに「私にだけ何も教えてくれなくて、ひどい」と思ってしまうかも。。。



272 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/02(日) 18:29
追伸です。私が中学生のときに祖母が亡くなりました。
私が祖母の病気のことを知らされたときは、だいぶ進行して
いて、もう誰が誰か分からないし、言ってることも分からない。
ほとんど寝てるだけなので、私はお見舞いに行かないほうがいい
ようなことを言われました。たぶん思春期の女の子に配慮してくれての
ことだと思います。でも、初孫ですごく可愛がってもらった私は
絶対にお見舞いに行くと言って、行ったのです。
覚悟はしていましたが、予想以上にぐったりして横になってる祖母を
見て、胸が詰まって、目に涙が溜まって、何も言えなくなってしまった。
そのとき祖母は「○○来てくれたのかい。いいかい。幸せになるんだよ。」
と目を見て言ってくれました。親戚は皆驚いてました。
あのときの祖母のセリフが今でも私の心の支えになってます。
年齢は違いますが、一応孫の立場(お嬢さんはお孫さんですよね?)
の体験談を書かせてもらいました。

273 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 20:38
つーとんさんへ。
思い出せば出すほど後悔の塊になりますよね~~
うんうん、同じ。亡くなった頃は「自分でも満足」なんて思ってました。
でも、時間が過ぎていくと「あれもできたのでは?これも?」
 時には涙を流したり、落ち込んだり。
つーとんさんのお母様は自宅には帰れなかったですが
3ヶ月も介護できたのですか???富ママとしては「親孝行できたね」
良かったね。とお伝えしたいです。(誤解をまねいたらごめんなさい。)
何度も書きましたが 我が家は検査入院含めて46日でした。
最期の8時間前に意識を戻し家族が目と目を合わせて父とお話し出来たのが
今の私の心の支えになっています。
 人生後悔の連続かもしれませんが あまり自分を責めてしまうと
お母様安心して天国からみてられないかもしれませんよ!!!
残された家族は お母様の分まで前を向いて歩きましょうね~
辛くなったら またここでお話ししてください。
そしてまた明日から笑顔でがんばりましょうね(^^)

274 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 20:56
 ヒロさんへ。
日にち薬ですか。。。そうですね~~~時間をかけるしかないですね!
亡くなった父の為にも 私は前を向いて歩かないと!!!
とんぼさんの スラッシュのおかげです。
いつも読んでくださっていたのですね。ありがとうございます。
私に何が出来る訳でもないのですが 少しでもお手伝いできたのでしたら光栄です。
今後色んなことが待ち受けてますが 家族と共に乗り切りましょうね(^^)


275 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 21:07
 あきさんへ。
小さなお子様となると 母親がその子の性格を知り判断するしかないのでしょうか~~
とんぼさんがいいアドバイスしてくださっていますね(^^)
「わすれられないおくりもの」
一度目を通されてみてはどうでしょうか。。。
我が家のお子様は下が6年でしたから あまり参考にならないと思います。
 2人を正座させて、泣いてしまいましたが おじいちゃんが大変なことになっている。
お母さんに力を貸して欲しい。と話しました。
当然 付き添いで夜も空けるし おじいちゃんの大切なペットも預かる訳ですから。。。
丁度判断しにくい時でしょうね。
また、とんぼさんや 多分ここを見ておられるほかの皆さんの意見。
参考にしてください。ごめんね~~
そしておばあちゃんとお孫さんの信頼関係の中で出来た絆大切にしてください。
一日でも長く 楽しい時間を過ごせますように。

276 名前: つーとん 投稿日:2006/07/02(日) 21:49
富ママさんありがとうございます母親の場合二月に一度退院してから在宅医療になりましたでもその医者は最悪でした泌尿器かしかなくなぜ末期の癌患者をみれるのと思ったんですが皆さんの意見を聞かしてもらえませんか?

277 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 22:56
 つーとんさん。
ごめんなさい。意味がわかりません。意見するよりなにより前程が????
そして、内容を知ったとしても適切なアドバイス出来るほど医療には詳しくないので
先にお話ししておきます。
何らかのトラブルですか???
聞くだけしか出来ないかもしれないですが、話してすっきりするなら
思う存分書き込みしてください。
力になれなかったら   ごめんなさい。
話して心を楽にして欲しいです。

278 名前: つーとん 投稿日:2006/07/02(日) 23:32
病院を退院する前に先生から医療相談室にいきましてソーシャルワーカーの人が在宅医療の先生を紹介されました。ソーシャルワーカーの人も末期がんてわかってたのに泌尿器かしかないところを紹介されあとでわかりました泌尿器かしかないてしかも対応は悪く腰にも転移してて痛みがとれず三月に病院に入院してそれが最後のお別れでした。あとでわかったんですが在宅ホスピスもある医院がありなぜそこを紹介しなかったんだって

279 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 23:41
お母様は病名をしっかりご存知だったのですか?

280 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/03(月) 00:02
 つーとんさん。
ごめんなさい。私にも生活がかかっているので横にならないといけません。
朝早くの仕事でして~~頼りないですね。ごめん。内容もっと、詳しくです。
専門分野ではないのに 後でわかった????
数ヶ月前からの事を思い出してください。
今日のお話にならなかったらごめんなさい。

281 名前: つーとん 投稿日:2006/07/03(月) 00:31
昨年の暮れに入院しましたはじめは肝硬変て言われ胃かめらで癌がみつかり手遅れで余命半年と告知され母親にも告知いたしました

282 名前: ヒロ 投稿日:2006/07/03(月) 23:19
皆さん、こんばんわ
また、来てしまいました。三七日を迎え慌ただしく毎日を過ごしています。
私の父は、5月連休後に癌がわかり、30日に治療の為に入院するまで家で過ごして
いましたが、坂を転げ落ちるように体調が悪くなり13日に亡くなりました。
本当に15日あまり、本人も家族も家に帰れることを目標に頑張りました。
先程、実家より帰宅したのですが車の中で18歳になる息子が、
(まだ、おじいちゃんが居るようだね、亡くなる前に握手した手の感触が忘れられないよ。)
と話ておりました。 聞きながら泣けて泣けて・・・
でも、頑張りますよ これから四九日、新盆と考えることが沢山ありますから・・

283 名前: つーとん 投稿日:2006/07/03(月) 23:45
ヒロサん大変だったですよねわかりますそのお気持ち

284 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/04(火) 00:01
つーとんさん。
 ストレートに病状が進んでしまった私達には理解しがたいです。
このページのほかの板にもっと詳しい先生がいらっしゃるのではないでしょうか。。。
そちらで相談されてみてはいかがですか???
悲しみだけは受け止められますが、医療的なことは
多分 皆さん 無理なんではないかとかんじます。
力になれなくてごめんなさい。
心のケアなら   お力になれるかも。。。頼りなくてごめんね!

285 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/04(火) 00:06
 ヒロさん。
日に日に 募りますね。さりげないお子様の言葉。
これも真実なんですよね!!!
慌しい日が続くと思いますが 今日のその瞬間も思い出です。
みんなで乗り切りましょう。

286 名前: 由布 投稿日:2006/07/04(火) 00:13
皆さんこんばんわ、悲しい話ばかりで落ち込んでいましたが。
悲しんでばかりいても、前には進まないんですものね。 
悲しみも、やがては、人生の糧となることを信じています。 
介護真っ最中の、はこさんや、私にとっては少し辛い話ですけど、
前向きに、悔いの無い介護をしたいとおもいます、皆さんの貴重な
お話を参考に此れからも頑張ります。皆さんもやるだけのことは
やったんですから、とんぼさんの、フラッシュみたいに、ちやんと
横でみまもってくれてる事を信じて、お盆はにこやかに、皆さんを
すぐ近くで見守ってくれていますよ・


287 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/04(火) 18:52
つーとんさん>詳しいことは分かりませんが、胃がんの末期なのに、
泌尿器科専門の先生が在宅医療の担当医だったということですよね?
ちょっとそれはないんじゃないか?って素人でも思いますよね。。。
在宅の先生は不足してると聞きますので、それもよくあることなのかどうか
は分かりません。実際何十日も何ヶ月も待つ人もいると聞きます。
ホスピスの方はうちも一ヶ月待ちだと言われました。ホスピスを希望する
頃にはもうだいぶ進行していることが多く、そんなに待つ時間はない人も
多いと思います。ある程度進行してからでなくて、先回り先回りで選択肢を
提示して欲しい。そして、もっとホスピス医療を充実して欲しいと心から思います。
そうすれば、父は痛みと戦うことももっと少なかったのに。。。
最後の数日、点滴を抜いてしまうからと、手をベルトで固定
されることもなかったのに。。。もっと人間らしい扱いをしてもらえたのに。。。
悔しいです。

288 名前: つーとん 投稿日:2006/07/05(水) 00:47
とんぼさんそうなんですよソーシャルワーカーが紹介したのがそこだったんです最悪の先生でした

289 名前: つーとん 投稿日:2006/07/05(水) 05:52
質問なんですが胃癌の末期で胃からすこしづつ出血してて貧血がひどかったんですが輸血はしないて言われました先生から人道上できないて皆さんどうおもいますか?

290 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/05(水) 10:42
つーとんさん>ごめんなさい。医学的なことはよく分からないです。
富ママさんもおっしゃってますが、医学的なことは「消化器」の
「胃がん」の掲示板で質問した方が、たくさんお答え頂けると思います。
同じような経験をされた方も多いと思います。
あと、申し上げにくいのですが、句読点をもう少し入れて
いただけると、読みやすいので、お願いします^^

291 名前: はこ 投稿日:2006/07/05(水) 19:59
つーとんさん、納得いくお答が出来なくてすみません。
消化器のページには専門の先生もおられるのできっとつーとんさんの質問に
答えていただけるはずです。気にかかることはとことん聞かれるのがいいと
思います。

とんぼさん、つーとんさんにどう伝えたらいいかわからなかったので適切な
レスありがとうございました。みなさんの気持ちを代弁してくださったレス
だと思います。
前回の書き込みを見て、私にはまだ未経験の領域なのですが、患者や家族が
戦うのは病気だけでなくていろいろな問題があるんだなぁと
思いました。
医療の人手不足は承知していますが、それでも心のこもった対応をして欲しい
です。苦しみを少しでも和らげてほしい!それは家族の切実な願いですよね。


292 名前: つーとん 投稿日:2006/07/06(木) 21:30
皆さんありがとうございます。いろいろ悩んでうつ病になってしまったんですが、この掲示板に出会えて少し気持ちが落ち着きました。

293 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/06(木) 22:36
つーとんさん。
本当に力になれなくてごめんなさいね。
今回の件は 内容的に難しすぎて説明もできなくて。。。
私自身「ごめんね~」の気持ちでイッパイです。
 家族を亡くしてしまい 自分のもって行き場がない時ありますよね~
私も 迷って悩んで、そして皆様に「愛」をいただきました。
専門的な事はわかりませんが、寂しくなったり 応援してあげたい時、
待ってますよ!!みんなでお話ししましょう。
 それから、あまり自分を追い込まないで  心に残った故人のこと
大切にしてください。
つーとんさんのお身体もご自愛ください。

294 名前: つーとん 投稿日:2006/07/07(金) 00:00
富ママさんありがとうございました。

295 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/08(土) 21:10
今回つーとんさんのお話しにものってあげれられなくて
心が痛いです。みなさんに何にもお答えできない。
聞いてあげるしかないんです。そう思うと、、、、、
 頑張っておられる方に応援の言葉を送るだけ。。。。
力になってあげることが出来ない自分がはがゆいです。

296 名前: つーとん 投稿日:2006/07/09(日) 08:02
富ママさんありがとうございました。聞いていただいただけでどれだけうれしかったですよ!

297 名前: はる 投稿日:2006/07/15(土) 10:16
皆様、元気ですか?
私はもうすぐ月命日を迎えます。

父のいない生活に戸惑いと寂しさを感じながら生活をしています。
いつもいるところに、いないということは、ぽかんとなにか
気のぬけたような・・違和感を感じるものですね。

ほんとの寂しさは・・いまからきそうな気がします。

すみません。ブルーな私でした。

298 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/15(土) 10:36
はるさん。おはようございます。夜勤明けでボ~ッとしてます。
もう そんなになりますか、、、、
本当に何かの拍子に存在感の大きさ感じたりしますよね~~
私もずっとそんな感じでした。
最初の頃は書き込みしながら泣いていたり、落ち込んだり。
半年もすぎたら 少し落ち着きが出てきました。???
寂しい時は お父様の大好きなソファーで 寝転んでみたりして~~
きっと抱きしめてくれますよ!! ファイト!!!


299 名前: はる 投稿日:2006/07/15(土) 10:43
富ママさん
ありがとうございます。
聞いてくださる方がいるだけで、心が救われます。


300 名前: はこ 投稿日:2006/07/15(土) 16:38
はるさん、お久しぶりです。
本当に月日の経つのはあっと言う間、早いですね。
私は時間がこのまま止まってくれたら!と時々祈るような気持ちになります。
お父様の存在の大きさってあとからじわじわと実感するのかも知れませんね。
寂しさもブルーになるのも当り前、お父様もしょうがないなぁと見守っていら
っしゃることでしょう。
寂しさや苦しみはみんなで分け合いましょう~
それに元気もね!

301 名前: 由布 投稿日:2006/07/15(土) 22:31
はるさん。いろいろと思いはつきないんでしょうね、
日が経てば、考え方も変ってくるのでしょうが、いまは一番つらいときですよね~
心がブルーに成ったときには、いつでも来てお話してください。

はこさん。あかねさんどうしていられるんでしょうね・・・・・
覗いてくれれるような感じがするんですが、体調を壊さず元気にしていられればよいのですが・・

302 名前: つーとん 投稿日:2006/07/16(日) 22:11
はるさんの気持ちわかりますよ。私の母がなくなって四か月がたちまだいろいろ悩んで落ち込む日もあります。

303 名前: 投稿日:2006/07/17(月) 21:55
はこさん 由布さん 治療版でいろいろ教えていただいてます
Mです。こちらのケア版のほうにいらしゃるのですね。
ケア版拝見させていただきましたが、涙がこぼれます。
ほんと限られた時間の中でどうしていいのか・・・。
何が本人にとって一番いいのか?
治療にがんばってる本人にあれこれ治療方法に口出しするのも
って考えてしまいます。
悩みだすときりがありませんね。

 

304 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/17(月) 22:50
Mさんへ。
初めまして。何にもアドバイス出来ない富ママです。
これまでの 皆さんのお話読んで頂いてありがとう。
Mさんの家族の状態がどれほど大変なのかわからないままカキコしてます。
 家族が切羽つまってきたら 本当に悩みますよね・
はこさんや、由布さん。内容わかってくれてると思いますので
辛い時は ここで吐き出して 家族には最高の笑顔で接して頂きたいな~
私には まだまだ応援しないといけない家族が増えましたね。
  諦めないでね。

305 名前: 由布 投稿日:2006/07/18(火) 01:38
友達の息子さんが亡くなられたと連絡が有り、17日が通夜との事で、
何がなんだか分からないまま、駆けつけました。。
ツーリングがすきで、16日の朝仲間と元気に出かけ、ツーリングの途中
発作を起こし倒れ、仲間が必死で心臓マッサージしたけど、救急車で病院
についた時はもう駄目だったそうで・・・・・
坊さんの説教で、親より先に死ぬ事は親不孝と言う言葉があるが決して
そういうことはない、人間には与えられた寿命があり、人生80年という
時代に丁度折り返し点で、早く逝かれたけど、残る者の幸せを伝える間も
考える間もなかっただろう・・・・・・・
病気に苦しみ生きていく人も居る、それも人の寿命と云う事、
 (幾山河越え去り行かば、淋しさの果てなむ国ぞ今日も旅行く)   
寿命という言葉の重さを感じさせられました。
お母さんが詩吟の仲間でしたので、先生が弔吟をされましたが、哀調の深い
吟と・息子さんがまた家の愚息と同じ年頃、今日は一杯泣いてきました。

はこさん・19日は通院日です、今回は血液の検査だけだとおもいますが、
9月入院と云われてるので気がおもいです。近頃は元気良く朝から、木の枝を
切ったり、剪定したりと調子よさそうです。23日は元の職場の記念行事に
出席すると張り切っています。結果また報告しますね。
暑さに負けないで・・・・こちら今日は涼しく快適です。

306 名前: ばばのしん 投稿日:2006/07/18(火) 07:29
お久しぶりです。
はるさん、お気持ちよくわかります。
私が母がいないのを実感するのは、最近です。(100か日を過ぎました)
去年の今頃は・・・とか、何かを見るにつれ、「これをみせてあげたかったな」など。
きっとこんな思いが続くのでしょうね。

今戦っている皆様へ。
ほんとに陰ながらになってしまいますが、応援しています。


307 名前: あかね 投稿日:2006/07/18(火) 08:12
ご無沙汰しています。
先々週四十九日も終え、私は仕事に完全復帰しました。
まだまだ 色んな手続きが残ってて実家の母の様子を見に行くことも多いのですが
思ったよりしっかりしてくれてるので ホッとしてます。
でも 悲しみが増すのは これからみたいですね。
ただ 母の年になると友だちにも既にご主人を亡くしてる方も結構いらして 
その人たちと電話で話して随分気が紛れてるみたいです。

先日偶然仕事で 父が昔勤めていた職場に行く機会がありました。
父が一番 思い入れのあった職場だったので父が結んでくれた縁のような気がしました。
さみしいけど、前を向いて生きていくことが一番の供養だろうなと思って 日々がんばっています。
それでも 涙が流すこともありますが・・・




308 名前: 由布 投稿日:2006/07/18(火) 11:17
Mさん・これからが大変ですね。四国は暑い所と聞いておりますが、後悔のないように、
医学の発達を信じ、がんばりましょうね。。。
あかねさん・仕事にも復帰されお元気でお過ごしの様子安心いたしました。
お母さん良いお友達(先輩)が居られよかったですね。
ある意味では(親、夫)を見送る事ができることは幸せな事かもしれません。
逆縁にはなりたくないですね。昨夜の坊さんの説教でつくづく感じました。
 私も母が健在ですので、まだまだがんばらなくては。。。。
あかねさん、ほんとに有難ういつも気になっていましたので、
元気な、あかねさんの声うれしかったです~~~~~~

309 名前: はこ 投稿日:2006/07/18(火) 19:16
Mさん、こんにちは!
治療のページではちょっと失礼だったかな?と心配していました。
お気に障ったらごめんなさいね。
私たちは万全の治療を望みますが、それをかなえるのはとても難しいことです。
何度でも専門医の意見やアドバイスを聞ければいいのですがそれも簡単ではないし
ましてやMさんは郷里を離れておられてチャンスは限られています。
だから前もって準備をしておかれないとせっかくのチャンスが悔やまれると思い
ました。頑張ってくださいね!

由布さん、逆縁は本当に辛いですね。
数年前、私の同級生が乳がんで亡くなりました。
お通夜の場でお父さんが「親より先に逝ってしもうて・・・」と声を詰まらせて
おられた姿を忘れることが出来ません。
由布さんが書いておられるように、親を見送ることはある意味幸せなのだと
思いますが、そうやって自分を納得させているだけなのかな と考えたり
思いは尽きません。
9月の入院、心配なことでしょう。でもご主人ならきっとまた病気をやっつけて
元気で退院してこられますよ、大丈夫!

9月は私にとっても気になる月です。
主治医にあと半年と言われたのが3月末だったからです。
もちろん父も病気に簡単に負けたりしないで頑張ってくれると信じて
いますが、それでも時々叫びたいような気持ちになります。
本当はとてもこわいです。

あかねさん、お久しぶりです。
お元気そうで良かったです!
偲ぶ気持ちと前向きに生きることは相反することではなくて、どちらも必要で
大切なんですよね。
あかねさんを見習って私も元気で頑張ります~


由布さん、

310 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/07/26(水) 09:04
末期ガンて宣告された本人や家族はどんな気持ちなんでしょ・・
なんとか自分を納得させてがんばるんですか
まだそこまで気持ちがいってません・・

311 名前: はこ 投稿日:2006/07/27(木) 23:03
みなさん、こんばんは!
今日は父の主治医から検査結果の説明を聞いてきました。
すでに肝臓全体にガンが拡がり、進行がんの末期で何が起きるかわからない状態だ
そうです。急変すればひと月どころか数日しかもたないと言われました。
本人もまわりも気づかないうちに病状が進んでいく、肝臓病は本当に恐ろしいですね。
これは富ママさんが言ってくれたのですが、入院した家族を一度は家に帰らせてあげたい!
とみんな願うのだから、今が在宅介護だと思ってがんばれと。
そうですよね。そう考えると最後まで家にいて普通の生活が出来る父は幸せなのですね。
1日でも長く元気で過ごしてくれるように私も見守りたいと思います。
泣き言を言って時間を無駄に過ごさないように私も強くならなくては!



312 名前: はる 投稿日:2006/07/28(金) 17:16
はこさんへ
普通の生活ができていることは、ほんと幸せなことだと思います。
家にいることができる。そのことがどれだけ幸せな事か、父をみてて
思いました。(父は帰れなかったので・・)

何が起こるかわからないと言われ精神的にかなり大変だとは思いますが、
目の前の今、一瞬をどうぞ大切にして下さい。
その気持ちをもち続けることが、後々の自分への慰めにもつながるような
気がしています。

今つらいでしょうが、今頑張り時です。
陰ながら応援しています。




313 名前: はる 投稿日:2006/07/28(金) 17:28
310さんへ
宣告された時気持ちはかなりしずみます。
それはそのまま自分で受け止めて1人で泣きじゃくりました。

何をしてても残された時間は過ぎていくので、それならば
その時間をどうやって使うか自然と考えるようになりました。
常に自分の弱い心との戦いでしたが、ここの皆様にも助けて頂きながら
気持ちの整理をつけながら、本人だけでなく、家族全員、病気と戦ってきました。

今はとてもつらいと思います。そのつらさを無理せず全部だせば
そこから、始まるような気がします。

うまくアドバイスできなくてごめんなさい。
でもきっとあなたのつらさは、あなただけでなく
そのつらさをわかってくれる方々が、経験している方々が
ここにはいてくれると、思っています。

決して1人ではないですよ

314 名前: はこ 投稿日:2006/07/28(金) 23:56
はるさん、ありがとうございます。
はるさんが看病で大変だった時、それでもその大変さには頑張れると
書いておられましたね。
私も父には少しでも長くいてほしいです。
住み慣れた自分の家で母と共に普通の生活を送れるこの貴重な時間を
一日でも多く過ごしてほしいです。明るく過ごせるよう私も父を元気
づけるよう頑張ります。

310さん、はるさんのおっしゃる通り、同じつらさをかかえた人がここには
大勢おられます。
ショックで呆然となるのは仕方ないことですが、一歩前に踏み出せる日が
早く訪れますように。心にたまっていることは何でも吐き出して下さい。





315 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/29(土) 00:31
はるさん。お久しぶりです。
強くなられましたね・・・・辛くても同じ悩みを共有する中で
いかに 自分の気持ちをお伝えできるか。。。
ココでは本当に大切な事だと思っております。
はこさん。 
 在宅出来るだけ続けて頂きたいです。私の夢でもあります。
辛い時もあるでしょう。 でも、これまではもっと辛かったんですから。。。
後は、いかにお父様らしく自分の時間を大切に使えるか。。。??
なんて思います。
立場が違うので気にさわったらごめんなさいね。

あかねさんも落ち着いてきたようで安心しました。
未だにここを訪れてくださるのは きっと私達と同じ気持ちだと思います。
一緒にエール送ってくださいね。

名無しさん。
今は苦しく理解不能だと思いますが ここで相談されて
どうか今後の目標を見つけてください。

由布さん。
ご自身も応援の立場。辛いと思います。
歳のこ、、、、やめておきます。
みんなで乗り切りましょうね。。

皆様の大切な方が一日でも長く幸せでありますように。。。。

316 名前: つーとん 投稿日:2006/07/31(月) 01:51
はこさんへ、いろいろ精神的にも大変打とおもいます。がんばってください。

317 名前: はこ 投稿日:2006/07/31(月) 20:05
つーとんさん、こんばんは!
励ましの言葉ありがとうございます。
つーとんさんご自身も落ち着いてこられましたか?
今日も一日無事に終わりそうです。
毎日父の健康状態が気がかりで心配ですが、今日も元気でいてくれたことを
感謝して過ごそうと思います。
みなさん、暑さが厳しいですのでお身体大切にしてくださいね。

318 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/02(水) 21:11
 私の職場の警備員さん。
先日退職されました。帰りに駐車場で待っててくださり、
「僕も癌だったよ。貴女のお父さんの様に頑張るからね」
父の親友でした。お世話にもなりました。
わざわざ報告の為私を待ってくれていたようです。
リンパ癌で後はホルモン治療しかないと。。。。。
「まだ時間あるから諦めないで!!応援してるから」と、涙を
我慢して帰ってきました。
父と同年代なので、、、本当に告知されたようで知らずに旅立った
父は幸せだったかもしれません。

319 名前: あかね 投稿日:2006/08/02(水) 23:16
おひさしぶりです。
もうすぐ初盆 早いですね。

色んな事考えて毎日過ごしてます。
前にもここに書いたかもしれませんが
ガンって病気は憎いけど 
急逝するよりは 貴重な時間を与えてもらった病気だったんだなって思ってます。
それは父は高齢だったのもあるのかも。
日がたつにつれ 色んな事を思い出すものですね。

母は 母で色んな事思い出してがんばってるようです。
遺品の整理をしてたら 体の弱い母を気遣って
母名義の貯金が見つかり 父のメッセージが書いてありました。
「困ったときは 使うように」の言葉だけでしたが・・・
不器用な父の母への愛情物語ですね(笑)
母は 涙流しながら「生きてるときに言ってくれたらよかったのに」と言ってましたが・・・

闘病中の方&家族の方へ
今しかない時間を どうぞ大切にしてください。
きっと 神様からのプレゼントです。

時間があれば覗かせていただいてます。

320 名前: はこ 投稿日:2006/08/02(水) 23:58
あかねさん、こんばんは。お久しぶりです。
お母さまへの何よりのプレゼントをお父さまは残しておられたのですね。
きっと照れくさくて面と向かっては言えなかったのでしょう。
短いメッセージにお父さまの愛情があふれていますね。
良いお話をありがとう。
私も頑張ってます!



321 名前: はこ 投稿日:2006/08/03(木) 00:07
富ママさん、お父さまのお友達の警備員さん、ホルモン治療の効果が現われるといいですね。
医学がもっともっと進んで癌で苦しむ人がいなくなる時代が早く来ればどんなにいいか・・・
うまく言葉が見つかりませんが・・・、私からも応援のパワーを送ります!



322 名前: 由布 投稿日:2006/08/03(木) 02:41
あかねさん・こんばんわ、
だいぶ落ち着かれたようですね、あんしんいたしました。
此れからも時々顔だして・・・・・・ね。
富ママさん・警備員さん一人で抱え込むのくるしかったんでしょうね、
とみまま・に話して少しは気が楽になられたらよいのですが、
時々励ます事ができたらよいのにね。一人でかかえこまれるのかな~
つらいでしょうね。わたしもはこさんと一緒にパワーをおくりますよ。

323 名前: つーとん 投稿日:2006/08/09(水) 23:27
富ママサン、お父さまの親友の警備員さんが絶対に癌を克服しがんばれることを祈ってます。がんばってください。

324 名前: まで 投稿日:2006/08/10(木) 07:45
みなさん、こんにちは。胆管癌スレッドで少しの間お世話になった「まで」と申します。
一昨日から母にモルヒネの投与が始まりました。2日目の昨日、ほとんど意識が朦朧としていてこんなになっていいの?と不安に駆られてこちらに来ました。
昨年5月に発症、手術をするも肝転移があったため、そのまま閉じ、昨年7月からジェムザールの治療を続けていました。
ここ1ヶ月ほど急激に悪化しどうやら十二指腸が本体に圧迫され、消化液すら流れない状態になっているようで食事も摂れなくなりました。
痛みはボルタレンでとっていましたが(それもガンの痛みと言うより腰痛)、だんだん効きも悪くなってきたということでモルヒネが始まりました。
母に残された日はあと数週間。母はまだ治ると信じています。
痛みがない時は結構元気だったので、たくさん来てくださるお見舞いの方々と歓談して気を紛らわすことができれば、と思っていたのですが、こんなになってしまったら歓談どころではありません。
残された日々、少しでも母と言葉を交わしたいと思っているのにそれも叶わないのでしょうか。

325 名前: つーとん 投稿日:2006/08/10(木) 11:50
までさん、今が一番大変だと思いますが、がんばってください。

326 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/10(木) 17:46
 お久ぶりです。
はこさん。由布さん。つーとんさん。ありがとうございます。
あれからFさんにはお会いしてないですが多分初盆には実家に
顔を出してくださるのではないかと思っております。
 さて、までさん。お母様と言葉現在も交わされていると思います。
まずは今を大切に!の気持ちでいかがでしょう。
ポカリで大量嘔吐と書かれておりましたが、胃の弱い私には少しきつく感じます。
スポーツドリンクなのでミネラルと半々で薄めて少しずつ飲まれてみては?
また、食べ物を受け付けなくなってきたらあっさりしたフルーツだけは口にしてました。
お見舞いも嬉しいですが 体力が落ちてくると面会も気苦労に変わってきますので
表情みながら駆け引きしてあげてください。
モルヒネなど入ってくると幻覚 妄想などの症状もあるみたいですね。
動揺しないでかわしてあげてください。
何より足元がふらついてくるとこけてしまったりして、骨折や出血の心配も出てきますので
しっかり見守ってあげてくださいね!
あきらめないでね。。。。応援してます。

327 名前: はこ 投稿日:2006/08/10(木) 20:38
までさん、初めまして。
胆管癌スレッド拝見しました。
お母様はこれまでも、先生方の予想に反してずっと病気と戦ってこられたのですね。
そばで見守るまでさんの心労も並大抵のものではなかったと思います。
医学的なことはわかりませんが、この掲示板の書き込みでモルヒネの作用で
最初は幻覚その他の症状が強く出たがだんだん身体が順応してきたのか症状が
軽くなり落ち着いてきた とあったように記憶しています。
治ると信じて戦っておられるお母様の気力でまた歓談できるほどに回復される
かも知れません。望みを捨てないで!
もっともっとお母様とお話ができますよう、そして痛みがやわらぎますよう
祈っています。

328 名前: まで 投稿日:2006/08/10(木) 23:32
つーとんさん
富ママさん
はこさん

早速のレスをありがとうございました。
書き込んだときは気持ちにまったく余裕がなく、「はじめまして、よろしく」のご挨拶もなく大変失礼しました。

今朝、病院に寄ったときは朦朧としながらも少しは言葉が交わせましたが、その後意識レベルがさらに低下し、40度近い発熱もありICUに移されました。私はその一番ひどい状態のときを見ていなかったのですが、そばにいた姉が本当に最期かと思った、と実感するほどの状態だったようです。私の帰りを待って、医師が説明してくれましたが、やはり急変の原因の一つにモルヒネの投与量が考えられるということで半分の量にしてもらい、様子を見ることになりました。数時間病院にいる間にも、意識レベルが上がってきて言葉もまた交わせるようになったのでほっとして帰ってきたところです。
今まで1年と3ヶ月母のそばで見守ってきていつでも覚悟は出来ているつもりでしたが、そんなものは実感のないうわべの覚悟であったと今痛感しています。
それでもまだなお実感がないのですが、先生の気を使ってくださってはいる言葉の端々に切迫した状況を感じています。それでもどことなく他人事のように思ってしまうのは元来の超楽天的性格のせいなのか、そんなものなのかわかりませんが、とにかく今は母との時間を大切にしたいと思います。
今は水分すら口に出来ませんが、あまりにも口が渇くのでガーゼに水を含ませて唇に持って行くと、口を一文字に閉めて口に入れちゃいけないの、と言っていました。そして(我慢して)早く治りたいんだもんね、というと大きくうなずいていました。母の「力」を信じてがんばります。
励ましのお言葉は本当に心にしみます。それで少しがんばれそうな気がします。
そんなわけで勝手ながらまたお邪魔すると思いますが、今後ともよろしくお願いします。

329 名前: つーとん 投稿日:2006/08/10(木) 23:59
までさん、今がいろんな意味で大変だと思いますが、がんばってください。早くICUをでて一般病棟にいくこと祈ってます。がんばってください。

330 名前: まで 投稿日:2006/08/11(金) 10:47
今日の午後、一般病棟に戻れそうです。
時々変なことを口にしますが、言葉もかなりはっきりしてきました。
ほっと一息。洗濯をしてからまた病院に行きます。

331 名前: はこ 投稿日:2006/08/11(金) 11:24
までさん、良かったですね!
お母様のがんばりには本当に心を打たれます。

私の父はC型肝炎から肝硬変になっており、最初にがんが見つかってからまもなく
2年になろうとしています。今年3月にあと半年と宣告を受けていますが、までさんが
書いておられた気持ちと私もまったく同じです。
覚悟は出来ているつもりですが、父の元気な姿を見ると、長い悪い夢を見ているのじゃ
ないかしら?と思ってしまいます。

家事と看病に暑い中、病院への往復。大変だと思いますが身体に気をつけてくださいね!
先生の言いつけをよく守って早く治りたい!というお母様の意志は病気に簡単に負けない
と信じています。お母様とたくさんお話してくださいね~

332 名前: 由布 投稿日:2006/08/11(金) 12:34
までさん・つーとんさん・はじめまして今日は、私も
はこさん、富ママさん、ばばのしんさんにはげまされ、頑張ってる
一人です。
うちのダンナも、はこさんのお父さんに似たような状態です。
まだ治療が出来るだけましかもしれませんが、毎日毎日傍に居るので
顔色、態度に一喜一憂、こちらの方が鬱病になりそうです、その度に
皆さんに励ましていただいています。
までさんには大事なお母さんですものね、までさんがおっしゃるように
楽天的な考えって良い事だとおもいます。周囲が深刻になると、病人まで
落ち込んでしまうので、わたしも勤めて楽天的にかんがえています。
自分ではどうにもならないんですものね・・・・私には何が出来るだろう
何をしてあげれるんだろうと、いつも探して自分でできるだけのことをして
います。イライラしてヤツアタリしてしまうこともありますが、
後で陰で泣いています。までさん病院はちかいんですか?
うちはまだ通院ですが、病院まで2時間ちかくかかります。
頑張るより仕方ないとおもっています・・・
お母さんも、物事を良い方に考えられるお方のようですし、きっと
プラスになって、良い方に向かうと信じています。
暑いので、までさんも身体には十分気をつけてくださいね。

333 名前: つーとん 投稿日:2006/08/11(金) 20:27
由布さん、今が大変だとおもいます。残された日をすごすのではなく、これからも一日一日を全力でがんばってください。

334 名前: 由布 投稿日:2006/08/11(金) 21:06
つーとんさん・力強いはげましの言葉ありがとうございます。
つーとんさんも、もうおちつかれましたか?
までさん本当に暑い中たいへんですね。
お母さんが一般病棟に戻られ本当によかったですね。
お母さんとは同年齢です、一生懸命に生きようとされる
お母さん・・心から応援いたします。

335 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/08/11(金) 21:15
こんなこと書いちゃ悪いと思うけど苛立つ
どこが似たような状態なのか
治療が出来るだけましなんてよく言える
出来なくて苦しんでる気持ちを本当にわかるのか
病院まで2時間かかるから大変だと言いたいのか
どうしてでも自分もかわいそうと言いたいんだろうか
余計なこと書いて申し訳ない

336 名前: 由布 投稿日:2006/08/11(金) 21:51
335さんえ・内情が抜けててごめんなさい。
はこさんとお話した限り、病状は同じだと思っています。
病院まで2時間、それぐらい当たり前でしょう。
自分を可哀想だなんて思っても居ません、今までの人生ひっくるめて
良い事も、ありました。これぐらいにはへこたれません。
はこさんは、こころの広い思いやりのあるかたです。
このような事で、苛立ったり、むかついたりするような人では
有りません。ちゃんと話し合っています。

337 名前: はこ 投稿日:2006/08/11(金) 23:39
335さん、初めまして。
きっと335さんご自身も問題を抱えていらだっておられるのでしょう。
ご家族のどなたかがご病気なのですか?
由布さんとはこの掲示板でいろいろお話をしてきて、実際やりとりした
以上にずっと昔からの知り合いのような気がしています。
そんな出会いのきっかけになったこの場を大事にしていきたいので
個人攻撃とも受け取れる書き込みはやめましょう!
誰にも気持ちのいいものではありません。
由布さんがおっしゃるように、私は心の広い人間ではありませんし
精神的に余裕がなくなってイライラしてしまうことが多いです。
でも父の病気のせいにだけはしたくないです。
335さん、もしここで話せることがあったら聞かせてください。
話すことで気持ちが楽になることがあります。
そういう気持ちになられたら、いつでもどうぞ。
お待ちしています。



338 名前: ばばのしん 投稿日:2006/08/12(土) 03:47
ご無沙汰しています。皆さんお元気でしょうか?
母の初盆を控え、なんだか眠れずにここの掲示板を開いてしまいました。
同じく初盆をお迎えの方々もいかがお過ごしでしょうか?

までさん、はじめまして。
お母様、少し落ち着かれたようで何よりです。
長い闘病生活のようなので、ほんとお疲れのことでしょう。
お母様の「治りたい気持ち」すごいですね。傍で見ていたら、そんな強さもつらい
時があるかもしれませんが、どうか支えてください。お母様ご本人、ご家族も
今が一番つらい時期でしょうが、どうか踏ん張ってくださいね。

それから、この掲示板がどうかあたたかい気持ちですすみますようにと願います。
みんな同じ立場を共有する方だと思います。しんどくなったときに、この掲示板で
力をもらった自分がいます。
どうか、この掲示板でさらに力を失うことがないように・・と願っています。

339 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/08/12(土) 08:44
>>335
どの様な立場のお方であろうとも、
怪しげな健康食品やインチキ療法で無い限り、
困難に直面した人の前向きな姿勢を批判する権利はございません。
あなたより、もっと深刻な立場のお方も少なからずおられるはずです。

ここは、有益な情報交換や、皆様の励みとなる為の掲示板です。



340 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/12(土) 11:18
までさん。
無事に一般病棟に移れましたか??
毎日心配の日々だと思われますが笑顔で乗り切ってくださいね。
そして辛くなったらまたここでお話しください。
お母様には家族の笑顔とみんなの信じる力が最高の栄養剤かと思います。
由布さん、はこさん。
心労察します。毎日心配の連続ですね。
どうか皆様暑い中疲れを出されませんように。
そしてご家族が今日も最高の笑顔で過ごせますように。

341 名前: 由布 投稿日:2006/08/13(日) 16:53
つーとんさん・おげんきですか?
ご自分も通院しながら、皆を励ましてくれてるんですね。
お母様も初盆、そんなつーとんさんを見てきっとご安心された
事とおもいますよ。
まだまだ暑い日が続きますが、どうかお体ご自愛ください。
また元気な声かけてくださいね。

342 名前: まで 投稿日:2006/08/15(火) 23:10
みなさんこんばんは。たくさんの励ましとねぎらいのお言葉ありがとうございました。
おかげさまで、母は個室ではありますが無事に過ごしています。乱高下する発熱には悩まされますが、少しずつ水分を口から摂れるようになっています。自ら先生におねだりしてスイカや桃の汁だけ摂ることも許され、今日はりんごジュースも飲みました。口から摂るようになってから3日目になりますが、いまのところ嘔吐はありません。ほっとしています。モルヒネの量も母の適量が見つかり、今は安定しています。少し痛みが強いときには少々早めに入れてもらったり発熱対策で毎日決まった時間に座薬を入れたりしています。明日は静脈点滴にするそうです。個室はさびしくてイヤだ、ICUに入ったときには死ぬかと思ったのに夜中誰もいなくてさびしくてどうにかなりそうだった、と泣きながら訴えたので、今は姉と交代で「さびしがるから」ということを口実に泊まっています。積極的治療を受けられる大学病院から保守的治療しかできない徒歩圏内の病院に半ば強制的に転院させられて、それがよかったのか悪かったのか数日前でもまだ答えを見つけられませんでしたが、今は近くに転院してよかったと思っています。どうしても外せない仕事が入っていますがそれでも一日に一回は顔を見ることが出来ますし、看病している姉もお風呂に入りに帰ってくることも出来ます。母がスイカの許可が下りた!と言えばすぐに持っていってあげることも出来ました。身体状態は決していい状態ではないので、母の精神力が今の好状態を保っているのかもしれません。ときどき記憶が混同してしまったりするのはモルヒネのせいなのでしょうか?でも私も記憶力が極めて怪しいので、母に笑われています。そんな風に笑っていられるなんて幸せですよね。状態も環境も恵まれていることに感謝です。

>はこさん
本当に、いつか夢でした!チャンチャン!という日が来るのではないかと思ってます。そもそも「あと○ヵ月」は当てにならないということを身をもって感じています。新記録を作るぞ!ぐらいの気持ちでがんばりたいですね。

>由布さん
私も5月まで2時間近くかけて治療に通っていました。不思議なもので、通っているうちにその距離も時間も短く感じるようになりました。そして街路樹や風景に季節の移ろいを感じてもいました。毎週母とドライブする気分でお花見に立ち寄ったりもして、あの花はなんていうの?という他愛のない話ばかりをしてしばし病気のことを忘れて楽しみました。由布さんの通われている道にはどんな街路樹があるのでしょう?私はプラタナスでした。といってもそれがプラタナスだとわかったのはつい最近なんですが、普段でも過ごせないゆったりしたいい時間でした。

>ばばのしんさん
はじめまして、お邪魔してます(笑)
ご自宅で介護されたのですね。私も今も迷っています。母は家にいる方が好きですし、母にとって家にいることは「元気」の象徴のようでもあります。ただ私が時々どうしても休めない仕事が入るのと、今までもそういうときに限って母に限らず家族が入院することばかりでしたので、家で看るのは難しいのかもしれません。これからもよろしくお願いします。

>富ママさん
病室は姦しい3人娘?の他愛のない話と笑い声が響いています。
辛いとき、不安なとき、実際に誰かに声にだして伝えると涙をこらえ切れなくなるときがあります。もちろんこうして書き込んでいるときでも画面がぼやけることは多々ありますが、キーボードを打っていると少し冷静になれます。またお付き合いいただければうれしいです。

343 名前: 由布 投稿日:2006/08/16(水) 00:25
までさん、お母さん口から物がたべられるってことは、すばらしいことですね。
うちも個室は淋しくて嫌がります。さびしがりやですので。。。。
明日は通院日です。7時に家を出ますので、今のうちから水やお茶を凍らせておやつに飴とかチョコレート
したくしました。まるで遠足に行くみたいです。家からは暫く農道をぬけると渋滞避けられ、。。。
うさぎおいしかの山ってかんじでトウキビ畑のなかです、農家で自家製のアイスクリーム作っ売ってるととこが有り
あまり車と居らないのに繁盛していつんです。そこによって愛すくりーむたべていくのも、たのしみのひとつでそ、
並木は(なな竃)ポプラ、アカシヤなどがちいきごとにちがいます。。。。
もうボツボツ川に鮭が登ってきますので、川岸あを通るときは、鮭が飛び上がるところを
みることができます、今年3月は、あの真っ白なはずの白鳥の群れが、畑で何千羽と羽を休めていましたが、みんな疲れ
泥で真っ黒、皆そうしてたくましく生きてるんだとかんしんしました。
2時間ぐらいアッと言う間に着きます。明日の検査の結果、また入院治療になりますが
9月頃になると思いますので、涼しくて丁度よいころになります。
登山に良い時期なので、一寸可哀想だなと思いますが、来年登れることに期待をかけて
頑張るようはげまします。入院中は私も一人で家に居ても仕方無いので毎日病院通いです。JRで
行くと良い運動になります。。。
お母様今のような状態が続き、少しづつでも快方にむかわれるおいのりいたします。



344 名前: つーとん 投稿日:2006/08/16(水) 00:40
までさん、よかったですね少しでも口から物をいれられるのはとてもいい状態だと思います。お姉さまと交替での看病も大変だと思いますがお母さまががんばれるのも一生懸命看病してくれるまでさん、お姉さまの献身てきな看病している姿と思います。

345 名前: つーとん 投稿日:2006/08/16(水) 00:44
由布さん、ありがとうございます。今カウンセリング治療をしていてだいぶおちつきましたよ。毎日が大変だと思いますががんばってください。でも大変な暑さのなか毎日いくのと精神的にいろいろ大変だと思いますが由布さんが、倒れたりしたら大変なことになりますので、少しでも休めるときがあれば休むのも、戦いだと思います。がんばってください。

346 名前: yuh 投稿日:2006/08/17(木) 06:04
富ママさんご無沙汰しております。皆さんはじめまして。父が胆嚢からの肝臓への転移が発見され再入院し
今は病院でモルヒネを投与されている状態です。話もほとんど出来なくなり死期喘鳴というものなのかかなりぜーぜー
しているように感じられます。昨日からはそれに付随ししゃっくりも出始めました。
主治医からは毎日が山だと思ってくださいといわれました。いつその時が来てしまうのかわかりませんが
病院からはその時がきたらお知らせしますというのですが何とか父の事を看取ってやりたいと強く願っています。
落ち着いて仕事もする事ができず自分の弱さに辟易しています。愚痴をこぼしてしまいすみません


347 名前: はこ 投稿日:2006/08/17(木) 07:15
yuhさん、初めまして
お仕事しながらの看病さぞお辛いと思います。
出来ればずっとそばに付き添いたいと望むのは当然ですが、なかなかそう出来ないのが
現実です。でもyuhさんの一生懸命な気持ちをお父様はよく分かってくださっていると
思います。何も出来なくてもここにいるみんなyuhさんと同じ気持ちでいますから
いつでも苦しい思いをここで吐き出してください。そして頑張って!

までさん、転院の問題も100%良かったという答えはないかも知れませんが、今こうして
穏やかな日々をお母様と過ごせるのは何にも替えがたい時間ですね!
私の父にもまでさんのお母様のように頑張って欲しいです。新記録を作りましょう!


348 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/17(木) 09:14
yuhさん。
なんと辛い立場になられてしまった事か。
2月に手術されて順調かと思っておりました。お父様頑張られたのですね。
そして家族も、毎日がぎりぎりの様子。どうか落ち着いて
お父様のサインも見のがさず受け止めてあげてください。
貴女のお気持ちお父様に届いてますよ!!!諦めないでね!
 それと、ここをよく探してきてくれましたね。。。
ありがとう。こんな声掛けしか出来ないですが貴女はここで
羽を休めてくださいね。そして辛くてもお父様の前では笑顔で!!
一日でも長く楽しい時間が続きますよう応援します。
記録は塗り替える為にあるものですもんね!

349 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/17(木) 09:18
までさん。
お口から水分が入るほどのお母様の生命力すごいですね。
臭いも気にならずなんて、私だけの知識ですがすごいです。
革命起こしてくださいますよ!きっと!
皆様の家族が1日でも長く側にいてくださるよう願ってます。

350 名前: 由布 投稿日:2006/08/17(木) 13:54
yuh初めまして。治療板の方ではいけんいたしました。
お父様ずいぶん頑張っておられますね。ご家族の献身的な介護のお陰でしょうかね。
はこさんと新記録作ってください。応援しています。

までさん、昨日新発見となりの市内ですが綺麗な緑の林、実は白樺はやしでした。
今まできがつきませんでした。
昨日は良いことがありました。ダンナの状態が小康状態を保ってるようですので治療
は少し見合わせましょうとのことでした。  
よろこんでいいのか????目先の事を考え喜ぶ事に(楽天的な考えで)します。
今日はとりあえずご報告まで・・・・お体いたわってくださいね
ではまた。

351 名前: 由布 投稿日:2006/08/17(木) 13:57
yuh さん。↑さんが抜けて呼び捨てごめんなさい。。。。

352 名前: つーとん 投稿日:2006/08/17(木) 23:27
皆さんいろいろ大変だと思います。癌治療がもっと発展して、癌でなくなるなんてことがないひをめざしてがんばります。

353 名前: はこ 投稿日:2006/08/18(金) 17:04
今日は父の診察日、血液検査の結果を聞きに行って来ました。
結果は予想していた通り、1ヶ月の間に数値は2倍以上になっていました。
腫瘍マーカーは40000から113000へというすごい数字です。
がんであることを知らない父は先生に「いやー暑くてしんどいですわ」と
笑ってお話していました。
うまく表現できないのですが、生命ってすごい!と思いました。

以前、までさんへのレスで「父の元気な姿を見ると悪い夢を見ているような
気がする」と書きましたが、元気で過ごしている今が夢なのではないかと
思ってしまいます。夢ならいつまでも覚めないで欲しいです。
父がこんなに頑張ってくれているのだから私も落ち込んでいてはいけませんね。
までさんのお母様、今日もお好きなものを召し上がっておられますか?

yuhさん、お父様のおかげんはいかがですか?
精神的にも身体的にも疲れがたまっておられるはず、くれぐれもご自愛下さい。
そしてまたお話聞かせてくださいね!


354 名前: つーとん 投稿日:2006/08/19(土) 01:00
はこさんお疲れさまです。最後まで笑ってられる看護をしてください。一日一日をがんばってください

355 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/19(土) 09:44
 はこさん。
ご家族が病名を知らない中、お父様の一言は、はこさんにとって複雑でしたね。
「知らぬが仏」
我が家は 胆嚢がはれてるから背中に痛みが来るのよ!と、最後まで言い続けました。
多分自分は?なんて思ってたと!最後まで癌の名前は口にしませんでしたが。。。
生命力の強さには脱帽です。
はこさん、由布さん、までさん、yuhさん。
自分の身体もご自愛くださいね。
陰ながら応援しています。

つーとんさんも初盆終わられましたね。
寂しさは募りますが亡くなられた方の分まで私達は今を大切にしていきましょうね。

356 名前: つーとん 投稿日:2006/08/19(土) 22:24
皆さんに質問なんですが告知したほうが、いいてうちは担当の先生から言われて、告知したんですが皆さんは告知について、どうおもいますか?

357 名前: はこ 投稿日:2006/08/19(土) 22:55
つーとんさん、こんばんは。
私の場合父だけでなく母にも詳しいことは話していません。
その人の性格やおかれている立場、環境いろいろなことが関わってくるから
簡単に告知した方が良い悪いとは言えないと思います。
治療する過程で主治医との信頼関係は重要だから、つーとんさんの担当の
先生はそう仰ったのでしょうね。
告知した上で適切な治療が受けられたらそれが一番だと思いますが、もう
治療のすべがない父に告知することはとても出来ません。
今はこの先父が少しでも苦しまないですむよう、怖い思いをしないですむ
よう祈るだけです。出来るなら最期まで穏やかに過ごしてほしいです。


358 名前: 由布 投稿日:2006/08/20(日) 00:10
つーとんさん・
はこさんが言われるように、その人の環境、立場、性格がかかわって
くるようですが、今は告知して治療に入る方がおおいようですよ。
うちの場合は、会社勤めで仕事人間でしたので、告知をしないと入院
しそうもなかったので、医師にも進められて、家族でしらせました。
担当医と本人と話し合いながら、治療をすすめています。
私だったら、告知はして欲しくないなと思います。

359 名前: yuh 投稿日:2006/08/22(火) 05:58
皆様、おはようございます。先日は励ましの言葉、本当に胸に響きました。ありがとうございました。昨日の昼前父は天国へ旅立ちました。
今は自宅へ連れ帰り一番穏やかな顔をして眠っています。昨日は職場へと病院から電話が入りましたので午後から休みをとって駆けつける予定でしたが
その旨主治医に伝えたところ今すぐ来ていただいたほうがいいです、と強く言われ病院へ直行しました。父の体はだんだんと冷たくなっており、手を握
ってやったとき初めて迫りくる死の瞬間を感じ取りました。呼吸が段階的にゆっくりとなっていき、私が病室についてから一時間程で眠りにつきました。
もう看取ってやれないのではと考えていましたので最後逝くときについてやれたことが何よりの救いとなりました。
父には自然と「お疲れ様でした」と声を掛けてあげました。
一番疲れていたでしょうから、病床にいながら家族の体を気にしていた父でしたから、
周りにいる誰よりも先ず最初に父へ「お疲れ様でした」と言ってやりたかったのです。
病室も最後は個室でしたので帰り支度が出来るまで一時間ほどゆっくりお別れすることが出来ました。
こちらの掲示板を最後に見つけることが出来て皆さんと話せた事感謝してます。
また落ち着きましたら近況報告しにきます。ありがとうございました。

360 名前: はこ 投稿日:2006/08/22(火) 07:41
yuhさん、おはようございます。
お父様もyuhさんに看取られての旅立ちできっとお寂しくなかったと
思います。お仕事しながらの介護で一番気がかりだった最期に立ち
合えることが出来て何よりでしたね。
yuhさんもお父様もみなさん本当にお疲れさまでした。
ご冥福をお祈りいたします。

361 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/22(火) 11:18
yuhさん。そしてお父様。本当にお疲れ様でした。
お父様の最後に立ち会うことが出来て本当によかったですね。
穏やかなお顔。それがなによりですね 
皆様今はまだ気がはっていらっしゃると思います。
どうかお疲れを出されませんように。
お父様のご冥福をお祈りさせていただきます。

362 名前: 富ママ 投稿日:2006/08/24(木) 10:59
yuhさん。
何度も読み返し、「お疲れ様でした」と、声を掛けることが出来たこと、
本当に良かったですね。
この場で良かったとは不謹慎かもしれませんが
「心の想い」を素直にお話し出来た事。素晴らしいと思います。

それが貴女にとって一生の後悔の無い思い出になっていくのではないかと感じます。
親って偉大ですもんね~~

これから また、いろんな意味での忙しさが待っていて振り回されるかもしれませんが
残された家族とも仲良く そして自分自身もご自愛ください。


363 名前: かず 投稿日:2006/08/26(土) 01:40
yuhさん、お父様のご冥福をお祈りいたします。


364 名前: はこ 投稿日:2006/08/27(日) 10:52
かずさん、お久しぶりです。
お父様が亡くなられて間もなく3ヶ月ですね。
かずさん、そしてご家族のみなさまも健やかにお過ごしでしたか?
亡くなられたという実感と寂しさが募ることでしょう。
お父様の分も毎日元気で過ごしてくださいね!

までさん、お母様のおかげんいかがですか?
yuhさんももう落ち着かれましたか?
まだまだ厳しい暑さが続いていますが、みなさんお疲れが出ませんように。




365 名前: はる 投稿日:2006/08/27(日) 12:53
yuhさん、お父様のご冥福をお祈りいたします。
そしてyuhさん、お疲れさまでした。まだ精神的に休まる日は
ないかと思いますが、お父様と過された日が、これからの生きていく力に
なっていくと思います。どうぞご自分も大切にしてくださいね。

  
皆様お元気ですか?いかが過されてますか?

私は父が亡くなり2ヶ月強たちました。
亡くなったころは看病の父の思い出ばかり頭の中をかけまわっていましたが
最近は父が元気だったころの姿をよくおもいだすようになりました。
父自身もやせ細ったころより、元気な姿を心に思っていてほしいのかなと
感じれるようになった今日この頃です。

去年の今頃一緒に花火を見に行った父が、今年は写真になって花火を見ている。
そうなっているにもかかわらず、ひょっこり父が帰ってきそうな気がしてなりません。
不思議なものですね。いつも傍にいるような気がします。

寂しさもありますが、父に恥じないよう生きていこうと思えるようになってきました。
父は、死をもって生きてることの有り難さを教えてくれたように思います。
たくさん、たくさん考えさせられ、教えてもらいました。

もう立ち直れないぐらいつらいことも、やがて時間が解決してくれるんですね。
身にしみて感じています・・・






366 名前: はこ 投稿日:2006/08/30(水) 23:36
はるさん、こんばんは。
どんなつらいことでも人は耐えられるように出来ていると信じたいです。
やがて時間が解決してくれると。
ありがたいことに父は今も家で普通の生活を続けています。
ただめっきり食べる量が減りました。かるくよそったおかゆ一膳を朝昼晩に
分けないと食べられないのを見ると胸が詰まります。
それでも夏バテと信じ、涼しくなったら食欲も戻るはずと言っています。

一番そばにいて話を聞いて欲しい主人ですが、同じような話を毎度聞かされる
のはうっとうしいでしょうし、だんだん気持ちを吐き出す場所がなくなって
きました。今が頑張りどころと気持ちを奮い立たせていますが、やはり時々
くじけそうになってしまいます。
この辛さから私もきっと何かを学べるはずですね。
はるさん、私も頑張ります!




367 名前: 由布 投稿日:2006/08/31(木) 01:51
yuhさん、遅くなりましたが、お父様のご冥福心よりお祈り申し上げます。
いまが一番辛い頃だと推察いたします。
はるさんも、少しずつ落ち着かれた事とおもいます。
色んな思い出にふけって居られるんですね。
はこさん、本当に辛いですね、お察しいたします。
今を大切に、思い残す事が無いように、と思っても人間ですもの、神様で無い限り
ああもしてあげたい、こうもしてあげたいと思っても、思いどうりにはいかないのが
人の常だとおもいます。私も毎日後悔する事ばかりしても、又次の日も同じことの
くりかえしです。
ご主人に話せない気持ちよくわかります。一人で考えるとよけいに辛くなりますよね。
  私も息子、嫁に聞いてもらいたいとおもっても、仕事の事など考えると、のどまで
出掛かっても、違うはなしになってしまいます。
いざと成った時には力になってくれると信じて、出来るだけ自分で頑張らなければと
自分に言いきかせています。
長い戦いになるので、自分の趣味に打ち込みたいと思ってもみるのですが、やはり気が
のりません。

はこさん、辛い時には此処でおはなししましょう。
何の力にもなれませんが、皆とお話しするだけで勇気がでることもありますよ。
はこさん、お父さんが頑張っておられるんですから、はこさんもくじけないで
頑張って・わたしも気合を入れて頑張ります。

368 名前: かず 投稿日:2006/08/31(木) 02:17
皆さん、こんばんは。
あれから約3ヶ月が過ぎました。
時々この掲示板を覗いていました。

はこさん、時々くじけてしまっても良いと思いますよ。
でも大丈夫。直ぐに立ち直れます。
みんな、応援しています。
私もその一人です。


369 名前: はこ 投稿日:2006/09/03(日) 20:03
かずさん、応援ありがとうございます。
時々でなくて最近くじけっぱなしです。

父は腹水がたまり始めかなりお腹が出て苦しそうです。
3月に退院する際、足にむくみが出たり腹水がたまったら受診するように
注意を受けていたのですが、近くの医院に相談に行くと言うので困って
しまいます。大きい病院は担当医の外来診察日でないと予約外は診察して
もらえないし、行っても薬をもらうだけと思っているからでしょうか・・・
うちは本人に告知していないので別の病院でいきなり診てもらって何か
言われやしないかハラハラしてしまいます。
子供じゃないから無理に言うとおりにさせることも出来ません。
告知しないのも苦肉の決断でしたが、ここまで来たら最期まで心穏やかに
過ごして欲しいと願っているのですが。
治療以外のことに気疲れしてしまっています。


370 名前: 富ママ 投稿日:2006/09/03(日) 23:37
 はこさん。お父様が1人で近所の病院に行かれるということは
心労の連続になりそうですね。
すでに「告知しません」とお話しが出来ているのなら安心でしょうが
そうでなければ、、、、
私までハラハラしてしまいます。
どうか 気持ちをわかってくださる先生でありますように。
朝一番に電話ででも事情をお話しできないものでしょうか。。
そうできたら一つ問題が解決するのですが、、、、

みんな応援してますよ!!!
一緒に乗り切りましょうね。

371 名前: はこ 投稿日:2006/09/05(火) 20:37
富ママさんご心配おかけしました。
父は近所の病院をはしごしましたが、先生はちゃんと対応してくださって
不必要なことはおっしゃらなかったようです。ほっとしました!
もちろん問題が解決したわけではありませんが、今のところ利尿剤を処方
してもらってそれで腹水も少し減りました。
お腹の張りが少し引いてずい分楽になったようです。
由布さん、かずさん、みなさん応援ありがとうございます。



372 名前: つーとん 投稿日:2006/09/06(水) 00:00
はこさん、よかったですね

373 名前: はこ 投稿日:2006/09/06(水) 07:27
つーとんさん、ありがとうございます。
心配は尽きませんが、一日一日無事で過ごせたことを喜んで感謝したいと
思います。
急に秋めいて朝晩ずい分涼しくなりましたね。
つーとんさんも体調良くなってこられましたか?
いつもメッセージありがとうございます。またご報告しますね!


374 名前: はる 投稿日:2006/09/07(木) 19:39
はこさん、心労察しいたします。
旦那様に毎日話せないその気持ち、手に取るようにわかります。
私も、そうでした。
一番聞いて欲しい人に、毎日、話せない事はつらかった。
でも、ここがあったからこそ私は、乗り越えてくることができました。
ここは、同じ気持ちを共感していただけるかたが、たくさんいらっしゃります

つらいとは思いますが、そのつらさもいつかは、乗り越えれます。
月並みの言葉ですが、今踏ん張り時です。応援してますよ。

それと・・あくまで推測ですがお父様、告知してなくてもなんとなく
感ずいていらっしゃるかもしれませんね。
何も言わないだけで・・お父様なりに病気と戦っていらしゃるのですね。
そして家族の事をかんがえているかのようにも、思います。

はこさん、くじけながらも前向いて今は笑顔で、毎日過せることを
陰ながら、祈ってます。

375 名前: はこ 投稿日:2006/09/11(月) 19:35
はるさん、こんばんは。
なかなか書き込みできなくてすみませんでした。

父は腹水がかなり溜まるようになってきました。
足の付け根からパンパンに浮腫んでいます。
今月に入り何度か本当にもうダメかも知れないと覚悟を決めたことがありました。
利尿剤の影響で血圧が急に下がりそのまま逝ってしまうのじゃないかと心配しましたが
なんとか持ちこたえてくれました。
その後父は自分で利尿剤を加減して飲んでいるようです。
そして腹水が減ると少しですが食事が出来るようです。
本人がこんなに頑張っているのだから、私もその生命力の強さを信じて応援しなくちゃ!
と思います。
お腹も足も腕もパンパンに浮腫んでいる時はなんとか一刻も早く病院に連れて行かなく
てはいけないと思いながら、本人もいいと言うし、私もそれっきり戻って来られないだ
ろうと思うと一日でも家にいて欲しいと思ってしまうのです。
横になっているのも辛そうな父の苦しみを取り除いてあげることを一番に考えるべき
なのに。
毎日目が離せない状態なので、私も仕事の時間を大幅に短縮してもらいました。
出来るだけ父のそばにいて手助けしたいです。
今しか出来ないことだから、悔いの残らないように頑張りますね。
みなさん、いつも応援のメッセージをありがとうございます。



376 名前: 由布 投稿日:2006/09/11(月) 22:34
はこさん。辛いですね、お気持ちお察しいたします。
腹水が少し引いた時には、食事が出来るとのこと、
お父様の好物、たくさん食べさせてあげて、私が云わなくても
はこさんのことだから、ちゃんと気がついてるとは思いますが、
今は何も云えなくて、腹水が減って少しでも楽になられますように
お祈りしています。

377 名前: はこ 投稿日:2006/09/11(月) 22:52
由布さん、ありがとう!
何でもいいから食べたい時に食べたいものを食べて栄養をつけてほしいと
思ってます。食べてる姿を見るとすごく嬉しいです。
ご主人の診察日もうすぐですね。
今の落ち着いた状態がずっと続くといいですね。
通院大変ですが気をつけて行ってきてください!


378 名前: 富ママ 投稿日:2006/09/12(火) 00:50
 はこさん。
随分大変な状況になってこられたようですね。
仕事の時間が短縮されたとか。。。
少しでもお父様のそばに居てあげられるよう応援しますよ!!!
貴女のお父様は1人だけ。
後悔の無いように。
少しずつでも食事が出来るといいですね。
以前210さんが、同じような苦労を病院でされていましたね。
自宅で介護出来るなんて皆様の努力のあかしでしょうか。(他の方が?)
そんな意味ではないので誤解されませんように。
我が家は病院に行った時点で自宅介護は無理でしたから。。。。
お父様の意地でしょうか。
こんな事書いてごめんなさい。
一日でも長く平穏な時間が流れますように。
はこさんもあまり無理されずにお休みくださいね!!

379 名前: つーとん 投稿日:2006/09/12(火) 01:23
はこさん、お父様が食べる姿をみて勇気づけられますよね。私の母も食べたいものを食べさしてあげたかったんでしが料理が下手でよく怒られました。今思う母の恩ですかね。

380 名前: ばばのしん 投稿日:2006/09/12(火) 07:57
はこさん、見守るつらさがどれほどつらいか・・・・。
お父様のことを第一に考えているのが、痛いほどよくわかります。
きついけど、どうか体を壊さないでくださいね。(今ははこさんが頼りです。)
頑張りすぎなぐらい頑張っているはこさんにかける言葉がみつけられないですが、
とにかく祈っています。


381 名前: はこ 投稿日:2006/09/12(火) 20:41
富ママさん、つーとんさん、ばばのしんさん、ありがとうございます。
気が張っているせいか私は元気です。心配していただいて嬉しいです。

父は腹水が減っている時は先月より体重が5kgも減っています。
だから少しでも自分から食べてくれるのを見るとすごく嬉しく安心
します。みなさん同じ思いをしてこられたのですね。
話を聞いてもらうだけで救われます。
心から感謝しています。本当にありがとう!

382 名前: 富ママ 投稿日:2006/09/23(土) 18:34
 皆様お久しぶりです。
しばらく時間がたっておりますが心配しております。
はこさん。由布さん。見てくれてる皆さん時間大切にしてますか。
どうか、皆様元気でいてくれますように。
願いをこめて。。。

383 名前: 由布 投稿日:2006/09/24(日) 11:58
富ママさん。気にかけていただき有難うございます。
涼しくなって、しのぎやすくなった性か、ダンナも少しは調子よさそうです。
はこさんのお父さんも、涼しくなり、少しは楽になられたかな?
大雪山の紅葉を観に登山もしたいのですが、昨年ほど元気はありません。
二人でゆっくりならいけるかもしれませんが、パーテーを組んでとなると
断念せざるをえませんでした、残念ですC型肝炎がにくらしいです。
来年は、登れるかなーと悲しくなります・・・・
一昨日大雪山系旭岳、初冠雪が観測されました。
冬も間近にせまりだんだん物寂しくなります。
秋の寂しさを、一寸感じ心をリフレッシュして、
また・元気でがんばりますよ・・・・・



384 名前: はな 投稿日:2006/10/02(月) 06:11
初めまして。私は六月に父を肝臓癌で亡くしました。
C型肝炎から一気に癌になっていたみたいで肝硬変にもならなかったみたいで発見から半年という短い闘病となってしまいました。
毎週二回50年間ちかく病院に通院していたのに、なぜわからなかったのか。かなり私はお父さんっこで父を亡くした今。
毎日泣いてばかりできがくるいそうになっています。
火葬場からでてきた父。
元気だったころの父。

こんなに時間がたったいまでもつらくて、悲しくて、親孝行もできず。

ただ後悔ばかりで。
はやく父のところにいきたいなど父の写真をみながら思っています。

こんなんじゃだめですよね。
ごめんなさい。かなり後向きで、近くに弱音はけるような友人もおらず。誰にぶつければいいのか。

ごめんなさい。

385 名前: つーとん 投稿日:2006/10/02(月) 08:45
はなさん、悔しい気持ちわかります。私の母も町医者に通っていたのに肝硬変がわからなかった状態でしたので悔しい気持ちわかります。

386 名前: ユッコ 投稿日:2006/10/02(月) 10:39
皆さん、初めまして。
自分の気持ち・考え方等自問自答していた矢先に、偶然この掲示板を見つけて書き込みさせていただきました。
父が末期の肝臓癌だと知ったのが昨年の夏。その時期は父の浮気により離婚して、父は一人暮らしでした。(糖尿病なのに、バイアグラを服用したりと自業自得だと姉は言ってましたが…)
離婚→復縁→離婚…そして、この病気をきっかけに母は父と再度復縁しました。
私は母は寛大な人だと尊敬しています。

昨年秋頃に復縁して、母の手料理のおかげか?無事に年を越せ、また以前検査した数値よりも良くなり、お医者様はびっくりしていたそうです。

姉は父の件とは関係なく、長年勤めていた会社を辞めてマッサージ等習い、その縁で気功を父に勧め、通えるときは通って病気と闘っていました。

私は10年前に結婚して、もうすぐ三歳になる娘が居ます。実家からは車で5分の場所に住んでいます。

浮気の問題や病気の検査のための付き添いはいつも母と姉。私は子供が居るからと、気を遣っての事。

父は昔から仕事人間で、8月までは働くぞ!という意気込みで頑張ってきました。
天気や具合が悪いときは、朝は車で駅まで送り、(旦那や娘はまだ寝ているので)仕事帰りは娘がお昼寝していなかったり出かけていなかったら、できるだけ迎えに行きました。帰りの時間は体調により不規則で、携帯を離せない毎日でした。(唯一、私にとってできる事なので)そして最近は体の限界で、父は有給休暇を消化した日付で退職届けを出し、今日から自宅療養となりました。
病院ではなく、自宅に居たいという父の要望で…。
母はパートを休むことに、姉は今日からマッサージ関係のパートに行くことに。(パート探しも父の今後の事考えて、延ばすか悩んだみたいですが…。)

今までは体調悪くてもまだ一人で寝てたりして身体は動いたんですが、先日血を少し吐き、腹水も溜り、一人ではあまり起き上がれなくなり、食欲もだいぶ落ちてきたと姉から聞きました。一人にはさせておけないねと。
            私は母にも負担をかけさせたくないので、毎日実家に通いたいとは思ってますが、来年の幼稚園入園に向けて週二回幼稚園のプレと一年前から通っている習いごとがあるため、まる一日確実に空く平日は二日しかありません。旦那も平日は仕事で夜遅くに帰宅、休日も出勤したりしています。

旦那の考えは、今は子供にとって、一番大切な時期だからあまり振り回すような事はしないでほしいと。

旦那の両親は遠方で、三年前に義父が脳梗塞で倒れ、今も入院生活しています。娘にも一回しか会っていません。
旦那は旦那で、両親の事気にしているだろうし、私も会わせられる距離なら会わせてあげたい気持ちもあります。でも、今はこんな状況だし…。

自宅で看取るなら、ヘルパーさんを頼むなど、家族で相談してくださいとお医者様に言われたみたいですが、どうするかまだ決まってません。浮気の事もあり、下の世話はしたくないと母が言っていたと姉が教えてくれました。

結婚したのが早く、一番父と接する時間が短い自分、小さい娘の母である自分。
私には今、何ができるのだろう?

娘連れて、実家に遊びに行くのも父の体調を考え事前に母に電話してから行ってますが…。(静かに休ませたいというので)

姉から昨夜メールがきて、父が孫を抱っこできないのが寂しいとポツリと言っていたと教えてくれました。
10月半ばは一日違いで母と娘の誕生日。来月は七五三…一緒にお祝いできる事を祈るばかりです。

私の気持ちが沈んでいると、娘も察してしまうんですよね。だから娘が寝た後に、ふと一人で考えたりしていると寝れなくなる日々が続きます。

今は来月の七五三を迎える前に、七五三の前祝いとして写真だけでも先に撮ろうかと検討してます。

長文・内容がバラバラでまとまりなくてすみません。
読んでくださった方、ありがとうございます。

387 名前: 富ママ 投稿日:2006/10/04(水) 00:32
はなさんへ。
短期間で親を亡くすのは本当に辛いですね。気持ちわかります。
すごく長い時間病院にもかかっておられたみたいですね。
検査のお願いの仕様がわるかったのでしょうか。
我が家は本人任せでしたから短命になりました。
貴女より短くて本当に後悔の連続です。
 でも 今となっては父の為にも自分がしゃんとしなくては!!
そう思っていますよ。
辛いでしょうが お父様の為にも貴女がお父様の分までやり抜いて
ください。それがここのみんなの願いでもあると思います。
偉そうな事を書きながら 明日父の納骨です。
本当のお別れになり 凹んでます。
ユッコさんにお返事書けなくてごめんなさい。
お母様の力すごいです。
また後日カキコしますね。
今日は父とのお別れをさせていただきます。

388 名前: はる 投稿日:2006/10/09(月) 10:03
皆様、お久しぶりです。
いかがお過ごしでしょうか?

はこさん しばらくカキコがありませんが、きっと様々な思いをしながら
     毎日頑張っている事と思います。つらいこともあると思いますが
     応援しています。

はなさん 私も肝臓癌の発見からは、半年で父を亡くしました。
     泣いてばかりの気持ち痛いほどよくわかります。
     ここに、自分の気持ちはきだして、1日1日過ごしていきましょう。
     ここは、同じ思いをされた方がたくさんいます。
     1人ではないですよ

ゆっこさん 亡くなった父の元気のもとは、孫でした。どんなにえらくても
      不思議と孫の顔をみることで、笑顔がありました。
      父と孫の関係は、父の場合、娘に会うより嬉しかったようです。

      いろいろと複雑のようなので、ゆっこさん自身の考え方次第ですが、
      お父様にとって今とても大切な時期だと思います。まだいろんな
      ことが、わかるのなら今のうちに、伝えたいことをさりげなく伝えたり
      孫の様子をみてもらったり・・聞いてみたい事を聞いてみたり・・
      習い事や旦那様のこともあると思いますが、それはあとでもやれる事だと
      思います。
      どうか今を、大切にしてください。
      あと個人的な意見になりますが、旦那さまの子どもをふりまわさないで
      という意見は、?を感じています。人間の生と死を知らせていくいい機会だと
      思います。小さくても何か感じます。それが後々の感性に結び
      ついていくと思います。(私は父のために3歳の娘を振り回しました
      娘に対して申し訳なく思った時もありましたが、娘の何気ない一言で皆が励まされたり、
      小さいなりに本当の死というものを感じているんだなと思いました。)
      振り回すという見方、視点を少し変えてみてはいかがでしょうか?
      参考にと思い、いろいろな事をかきました。
      気にさわる事がありましたらどうもすみません。
    
富ママさん 少しは気持ちおちつかれましたでしょうか?
      富ママさんには随分励まされたうちの1人です。
      残されたものは、後ろをみながらも前をみながらすすんでいくしか
      ないんでしょうね。それが供養にあたるんだなぁと感じています。
      
皆様    私の方は父に始めての胃がんの手術から一年がたちました。
      去年の今頃はこうだったよね、と母と思い出話をしながらの生活を
      過ごしています。そのことを思うたびにもう父はいないんだなと
      寂しくなり涙があふれてきます。末期の胃がんでしたので肝臓への転移もはやく
      あっという間でしたが・・もっと何かしとけばよかったなという思いは
      つきないものですね。

      いろんな後悔があっても時間は過ぎてしまうんですね
      その後悔を教訓にしながら、今を生きていけるようにと
      思い過ごしています。
      
      

      

389 名前: はこ 投稿日:2006/10/09(月) 21:37
はるさん、お久しぶりです。
先月末から父は入院しています。しばらくアルブミンの点滴をして体力が少しでも残っているうちに
退院させて家に帰してあげましょうと主治医から言われていましたが、予定の期間を過ぎても退院の
話はありません。父自身がもう少し病院にいたいというくらい衰弱していて、私たちはもう退院は
出来ないだろうと覚悟しています。
それでも父はあと少し静養すれば元気になって帰り、溜まっている仕事をあっという間に片付けられ
ると思っているようです。父はすごく前向きです。だからもっているんでしょうね。

うちは自営業を営んでいるので、連休で店が休みの昨日と今日は母とふたりで病院に行って父のそばで
長時間過ごしました。
父はもう起き上がることはほとんどありませんが、暖かい血の通った手足に触れることが出来る、その
手足をマッサージしながら話が出来る。そんな時間がとても貴重で幸せだと感じています。
どんなに辛くても苦しくてもずっとずっと永遠に続いて欲しい時間です。

はるさんの懐かしい名前を見るだけで励まされた気分です。ありがとう!
どんなに最善を尽くしたとしても、それでももっと何か出来たのでは?という思いは残ると思いますが
お母様をいたわってお父様の分も元気で幸せに過ごしてください。
私も父が安心できるようしっかり母を支えて生きていきたいと思っています。

390 名前: 富ママ 投稿日:2006/10/10(火) 00:16
 ユッコさんへ。
家族って大切ですね~~~お母様優しい方で本当によかった!!
後は 貴女が後悔のないように。なんて思います。
子どもやご主人を犠牲にするわけにはいかないと思いますが
ユッコさんはどうしたいか。お父様の為に。
それから考えていかれたらどうでしょうか。
お孫さんとの触れ合いが大きな力にかわってくれるといいですね。
心配な時期にきているようなので風邪など引かれませんように!
みんなが応援してくれてますよ(^^)

391 名前: 富ママ 投稿日:2006/10/10(火) 00:17
 h

392 名前: 富ママ 投稿日:2006/10/10(火) 00:23
 はこさん。お久しぶりです。
入院されたのですね。そして自宅もむずかしい様子。
長い間私達を励ましてくださり 今貴女が苦しい時になんの力にもなる事ができませんが
お父様の暖かい温もり。しっかり手を握ってあげてください。
言葉にしなくても 親子 を感じる大切な時間に思えます。

 はるさん、
落ち着かれて私にまで暖かい言葉ありがとうございます。
本当に嬉しいデス。
これからも辛い時沢山ありますが助けてくださいね。
ありがとう。

393 名前: はる 投稿日:2006/10/10(火) 07:57
はこさん、貴重な時間を大切に過ごされているようですね。
     私もよくマッサージしていました。その時を思い出します。
     お父様も前向きで・・とても素敵な方だと思います。

     はこさん、書こうかどうか迷ったのですが、こんなこと書くと失礼かも
     しれませんが、参考にしていただければ、と思いカキコしますね。

     父が亡くなる前、前日から尿の量がガタット減りました。
     尿の量が少ないとかなり弱っていると聞いていましたが、
     そのとうりでした。亡くなるサインのような気がします

     勝手なことを書いてすみません。全ての人にあてはまる事では
     ないと思いますが、尿の量については主治医かも気をつけて下さい
     といわれていたので、書かせてもらいました。皆様前向きに頑張って
     いる中でのコメント気にさわってしまったら、どうもすみません

     少しでも大切な時間が過ごせるよう祈っています。


     

394 名前: はこ 投稿日:2006/10/10(火) 09:23
はるさん、ありがとうございます。
気に障るなんてことないです。みなさんのカキコは貴重な情報です。
私も排便・排尿の回数は気をつけています。
実は今日も午前中だけ会社に来ています。あまりずっとついているのも父が不審がるし
朝病院に寄ってから出社しました。午後はまた病院に行くつもりです。
会社に休みは申請しているので問題はないのですが、いつから完全に休むか判断が
難しいところです。こんなこと言ってられるのはまだまだ余裕がありますよね?
精一杯頑張りますね!
みなさんの励ましに心から感謝しています。いつもどうもありがとう。

395 名前: つーとん 投稿日:2006/10/10(火) 11:25
はこさん、がんばってください。

396 名前: 由布 投稿日:2006/10/10(火) 20:33
はこさんの前向きなプラス思考、尊敬します。
まさに、人生到るところ青山ありですね。はこさんの気持ちがお父様に安心をあたえ
また生きる力となっているんでしょうね。私も見習わなければとつくづくかんじました。
明日は通院日です。明日の検査結果で入院日がきまります。
はるさんも、もう落ち着かれましたか、やはりみんなの心配してくれていたんですね。
ありがとう。
ゆっこさんも、小さいお子さんが居られるのにたいへんですね。
うちのダンナも、疲れたり、辛いとき等孫の顔を見ると、びっくりするほど元気になります。
お薬より良く効くみたいです。時々見せてあげてください。ご主人のご両親にも、お孫さんの
顔見せてあげれるとよいですね。そうしたらご主人の考えも変わるかも知れませんよ。
はこさん・またオーラ送ります、今度のは強烈ですよ。はい送りました。

397 名前: はこ 投稿日:2006/10/10(火) 22:48
つーとんさん、ありがとうございます。
今日はこの掲示板の先輩から教えていただいた足浴を父にしてあげることが出来ました。
乾燥と痒みでカサカサになった足を暖かいお湯でほぐしてあげたら父はとても気持ちが
いいと喜んでくれました。まだまだ父にしてあげたいことがいっぱいあります。
少しでも心地よく過ごして欲しいです。
由布さんからのオーラもきっと病室の父に届いていると思います。ありがとう!
通院日は気持ちが揺れますよね、私もそうでした。お気持ちよくわかります。
由布さんの暖かいオーラがご主人を守ってくれるはず。
きちんと治療して静養してまたご夫婦で山歩きを楽しんでください。
きっとそうなりますよ!

398 名前: 由布 投稿日:2006/10/15(日) 17:14
はこさん・いかがおすごしですか。
お父様、はこさんが優しく見守って居られるので、安心して快適に
お過ごしのこととおもっています。
昨日、今日は病院もお休みで、長い時間お父さんとご一緒に・・・
お母様の足の方は如何ですか、季節の変わり目で痛まないと良いんですが、
季節の変わり目になると、私も持病の腰痛が出て、
つい、はこさんのお母さんの足を思い出してしまいました。

399 名前: はこ 投稿日:2006/10/17(火) 17:14
昨日私が付き添っていた時吐血し、父は今朝未明他界いたしました。
昨夜は家族全員が徹夜で見守りましたが、下血吐血を繰り返しかなり苦しんだのち
最期はあっけなさすぎる別れでした。
別れの言葉を言う間もなく、え?もう逝ってしまったの?と信じられないようで
思わず「まだ言い残したことがあるんじゃないの?」と父を揺さぶって叫んでし
ましました。
はるさん、尿量が減ったのも突然で、前日まで順調にたくさん出て安心していたら
尿が止まってすぐ吐血しました。
ずっとうわごとでつぶやいていたのは家族の心配ではなく、仕事のことでした。
考えてみれば父らしい最期かも知れません。寂しいけれど父のやり残した仕事を
引き継いで終わらせなければと思っています。
みなさまいつも心のこもった応援メッセージをありがとうございました。


400 名前: 富ママ 投稿日:2006/10/17(火) 18:07
はこさん。
辛いですね。言葉のかけ様がありませんが家族の皆様お疲れさまでした。
本当に寂しく やり残したような後悔が襲ってくるかもしれませんが
はこさん、よく頑張りましたよ!誰よりもお父様をしっかりみてあげたと思います。
今日は 心よりご冥福をお祈りします。
疲れを出されませんように。
   富ママ

401 名前: 由布 投稿日:2006/10/17(火) 18:10
はこさん・ほんとにアッというまでしたね。
最後は、吐血、下血で苦しまれたそうですが、
癌特有の激痛、続かなかったことは、
はこさんの暖かい看病あっての事としんじます。
お父様のご冥福おいのりいたします。


402 名前: つーとん 投稿日:2006/10/17(火) 21:34
はこさん。お父様の御冥福をお祈り致します。最後をみるのは大変だと思います。私の母も最後は私がみました。これからいろいろ大変だと思いますが元気をだしてがんばってください。

403 名前: あかね 投稿日:2006/10/17(火) 22:30
はこさん
お父様のご冥福をお祈りします。
お体ご自愛ください。

ご無沙汰しています。
父が逝って5ヶ月。
あっという間のような、ずいぶんたったような。。。
今は ずっと父が見守ってくれてる気がします。
もう少しすると喪中のはがきの印刷もしなければ(苦笑)
いろんな事を教えられた1年でした。
母は父を思いながらそれなりに毎日を過ごしています。
看病は辛い、父の死は悲しい。でも かけがえのない思い出も多いです。

時々ここをのぞかせて頂いています。



404 名前: はこ 投稿日:2006/10/18(水) 07:06
富ママさん、由布さん、つーとんさん、あかねさん、そしてここで知り合い
いつも言葉をかけて下さったみなさま、本当に励まされました。
ありがとうございました。きっと父も喜んでいると思います。
せっかちの父にふさわしく昨夜通夜を済ませ本日父の亡骸とお別れします。
本当に寂しく心細く感じるのはそれからでしょう。
しばらく母と実家に泊まろうと思っています。母もひとりでは寂しすぎます
ものね。また改めて書き込みさせて頂きます。取り急ぎお礼まで。

405 名前: はる 投稿日:2006/10/18(水) 20:52
はこさん・・
お父様、最期の苦しみがあったそうですが、皆様に見守られての他界
幸せだったと思います。
いろいろな思いはつきないと思いますが、はこさんの一生懸命な思い
お父様も、感じられてのこと。仕事もあったと思いますが、言葉にせずとも
家族の温かさを十分感じていた事と思いますよ。
                 はこさんの、お父様お疲れさまでした。

しばらくの間、違う意味での忙しさはあると思いますが、今思えばその忙しさが
あったからこそ気がまぎれていたような気がします。
はこさんの事だからきっと気丈に振舞っている事と思いますが
どうか身体を大切にしながら、毎日をお過ごし下さいね。

落ち着いたらまたここにカキコしていただければ嬉しく思います。



406 名前: かず 投稿日:2006/10/19(木) 01:52
はこさん。
お父様のご冥福をお祈りいたします。


407 名前: 富ママ 投稿日:2006/10/28(土) 00:01
 はこさん。久しぶりの書き込みです。
少しは落ち着かれましたか?
亡くなられた後 嵐の如くイロイロな手続きが待ってると思います。
毎日大変でしょうが残されたお母様をいたわりながら乗り切ってくださいね。
寂しさを感じさせない位忙しすぎるのではないかと思います。
それもまた悲しい限りなのですが。。。
季節も変わってきてます。お身体ご自愛ください。
  ご挨拶まで。

408 名前: まで 投稿日:2006/10/28(土) 22:21
8月にみなさんに励ましていただいた「まで」です。その節はたくさんの励ましのおことばをありがとうございました。本当に支えになりました。それなのに、ご無沙汰して申し訳ありません。あまりにめまぐるしく時が経ち、時折こちらを覗くことはあっても書き込むまでにはいたりませんでした。申し訳ありません。
母は秋の訪れを待たずして旅立ちました。ちょうど今日が2回目の月命日です。
8月半ばICUから個室へ生還した母は、もはやベッドから立つことはできず緩やかに衰えているように感じてはいましたが、安定しているということで、医師からホスピスへの転院を迫られました。(病院が急性期病院だったため)ホスピスへ入るには来る自分の死を受け入れていなければならない、という条件があったため、まだ積極的治療ができると思っている母にどう告げていいのかわからず、とりあえず母の知らないところであわただしく準備を進めていました。全ての段取りを済ませた金曜日の夕方、医師から転院はしばらく保留にと言われました。肝性脳症とのことでした。前日ぐらいから意識レベルが落ちてきていたので、おかしいとは思っていましたが、一日経って回復の見込みがないことを告げられました。それでもいままでの奇跡のような日々を過ごしてきた母ですから、またな~んちゃって!と言わんばかりに回復すると信じていましたが、同じ日の夜、尿が出ていないので週末を越せないかもしれないと。そのころから昏々と眠り続ける母。折りしも父も姉も不在で、私と二人きりの夜になりました。見回りの看護師に促されて母のそばを離れるとき目を覚ましぐっと手首をつかまれて、ことばもないままに強い視線を向けられました。「私を一人にするの?」なのか「私のいないところで何の話?なの」かわかりません。・・・今思えばそれが私と母の最後の"コミュニケーション"でした。翌日、父や姉も戻り、母の長姉にも見守られ、最期は本当に静かに、呼吸をすることに疲れてしまった、と言うより忘れてしまったように、穏やかに息を引き取りました。痛みに苦しんだりすることがなかったことが救いでした。
早いものでそれからもう2ヶ月も経ってしまいました。家族のだれもがびっくりするぐらいたくさんの人にお別れしていただき、生前の母がいかに楽しく濃い人生を過ごしてきたのかわかりました。本人はまだまだその楽しい時間を過ごすつもりだったとは思いますが、それでも好きなことをやって悔いのない楽しい人生だったのだと思います。元気なころ、家にいるより友だちと外に出かけることが多かったせいか、今でもちょっと出かけていると錯覚するぐらい実感がありません。おそらく次の世界へも、早速お友だちを作って行っているだろうと思います。

▼はこさん
お父さまも旅立たれたのですね。心からご冥福をお祈り申し上げます。ウチは母の旅立ちにはおまけがついていて、葬儀が全て済んだ翌々日、父が母が亡くなった同じ病棟に入院する羽目になりました。看護婦さんには驚かれるは先生には気の毒がられるわ・・・でしたが、幸い一週間ほど休養をとって帰ってきました。
疲労から体調を崩したのだと思いますが、どうぞはこさんご自身、そしてお母様、くれぐれもご自愛ください。

▼由布さん
秋を満喫していらっしゃいますか?山が、そして街路樹も色づく季節になりました。日々笑顔で過ごせることが一番の良薬ですよね。がんばってください。

▼富ママさん
いつも皆さんを励ましていらっしゃる富ママさんには頭が下がります。どれほど心救われるか。本当にありがとうございました。
食いしん坊だった母は、亡くなる2日前までほんの少しの水分を口にすることができました。さすがに市販の味つき氷を好んで口にしていたのには私も驚きました。退院したらお寿司が食べたい、と言っていたので霊前仏前に生ものはいかがなものかという意見もありましたが棺にもお寿司、初七日にもお寿司、今日もお寿司です(笑)

▼ばばのしんさん
最後になりましたが素敵な場所をありがとうございます。病床の母に不安を与えないように必死でしたが、このスレのおかげで不安なとき、口に出すとあふれ出てきそうな涙を落ち着いてコントロールすることが出来ました。その想いを今戦っている皆さんにもお伝えしたいと思います。でまたお邪魔させていただきますね。


409 名前: t富ママ 投稿日:2006/10/29(日) 01:25
 までさん。お久しぶりです。
心労と皆様へのコメントありがとうございます。。
辛く悲しい時間もありますが時間の流れの速い感覚もありますよね。
今は何ともいいがたいですが
お母様。きっと幸せだったと思います。
までさん、お疲れさまでした。後はしっかり手続き頑張ってください・
お母様の素敵な旅立ち。冥福をお祈りさせて頂きます。

410 名前: 由布 投稿日:2006/10/30(月) 01:23
までさん、
お母様のお悔やみ申し上げます、と共にご冥福をお祈りもうしあげます。

そうですか~2ヶ月になりますか、暑い時だったんですね。
いろいろと大変だったでしょう、おつかれさまでした。
暫くみかけないので、どうしておいでかと案じていました。
うちのほうは、電磁波、ラジオ波で焼く事が出来ないほど無数に出来た三月が
一番深刻な状態でしたが、幸い肝動脈塞栓して全体に抗癌剤を降りかけたのが
効いたようで、又出来た時点でと云う事ですが、MRI,CTで検査するたびに、粟粒
見たいなのが、少し増えてる程度で、一月延ばし一月延ばしで、なんとか小康状態
を保つてるようです。何時まで続くかわかりませんが、本人が前向きで生きてる限り
目標に向かってと言った感じで、
先週月曜日に、樽前山千四十米(標高差400)に登ってきました。友人と同行で、
中腹から見る支笏湖の青さと紅葉のコントラストの素晴らしさを観るためでした。
樽前は火口が三重になって世界でも珍しい噴火山ですが、家から一時間足らずで登山口
まで行けますので・・・年に2,3度いってます。
今回は山頂は氷点下5度で、雪がありました。滑らないように、ストック持つ手に力が入り
2,3日筋肉痛でした、ダンナのほうは平気なようで、このままの状態が続いてくれたらと
思いますが、12月頃又治療の予定です、皆高熱が続くのに、うちのダンナは熱に強いので
微熱程度で楽ですが、治療するたびに肝臓の機能にダメージを与えるので(>_<)
治療しながら少しでも長生きしてもらいたいとおもっています。
までさんも、せっかく縁があったんですもの落ち着いたら、時々はかきこみしてくださいね。
おまちしています。

411 名前: はこ 投稿日:2006/10/30(月) 18:49
までさん、気になっていましたがお母様が亡くなられてもう2ヶ月になるのですか。
お母様の頑張りとまでさんの献身的な看護が心に残っています。
心からご冥福をお祈りします。

私の父は最期まで昏睡にならず意識がありました。
尿もたくさん出ていて安心していたら、突然尿が止まったと思うとまもなく
食道静脈瘤が破裂し吐血したのでした。あっという間でした。
それでも家族が見守る中約14時間も苦しみに耐えました。
最期まで弱音を吐くこともありませんでした。
意識のあった父は便が出たことも自分で言って知らせました。
誇り高い父が夜中に何度も看護婦さんにおむつを替えてもらうことをどのように
感じていたかと思うと、父の最期をみなさんに聞いていただきたい気持ちと何も
語りたくない気持ちが交錯しています。
もう少し落着いたら気持ちを整理して聞いていただこうと思います。
までさんもお疲れが出ませんように。
お父様もお大事に。

412 名前: まで 投稿日:2006/11/02(木) 02:20
富ママさん
由布さん
はこさん
レスをありがとうございます。

悲しむ間もなく仕事を再開し、家事と母の事務的なことにも追われるというのはある意味ありがたいことなのかもしれません。
生前母の死を受け入れがたく、なんの準備もしていませんでした。葬儀屋、銀行、その他もろもろ。
何人もの方から、準備しておいた方がいい、とアドバイスいただきましたが、そんな気持ちになれませんでした。
そのせいで、亡くなって処置をしていただいている間に、家に連れ帰る手段を大慌てで電話帳をめくって調べました。
でも、私にはそれでよかったのだと思っています。仏壇すらなかったけれど、ちゃんと間に合うように準備できました。
前もって準備していたら私は却って母に申し訳ない気持ちでいっぱいで、いつまでもそれを引きずっていたような気がします。

はこさん、お父さまは意識があって苦しまれたご様子、そばで見守るご家族もさぞお辛かったことでしょう。
私はたまたま友人から最期は尿がでなくなって・・・という話を聞いてすぐに医師から尿がでていないと告げられたので、
それからというもの、尿の出が気になって、仕方ありませんでした。
母は呼びかければ目を開け、反応しました。特に長年連れ添った父が呼びかけると涙を流していたことが今も胸を締め付けます。
医師は意識はあっても思考はできない、と言っていましたが、感情というものは理屈ではないのだと思いました。

"献身的な看護"などと言っていただけるようなことは何も出来ていません。
病院を出なければならないとわかったとき、最初は当然のように自宅に連れて帰る、と頭では思ったのですが、
それまでは看護師さんや姉といった複数の看護の手があったからこそできたことが
一人になったらどうなってしまうのだろう、私の対応で母の命を縮めてしまうかもしれない、と一気に不安増大、自宅へ連れて帰ると言えなくなった意気地なしです。
それでホスピスへの転院の話になったのです。せめて外泊だけでももう一度させてあげたかったと悔いが残ります。
それより母に最後に隠し事をしたことが最大の悔いです。
多分母に隠れてコソコソとしていたことに、母は気づいていたと思います。
それはきっと母を不安に陥れていたと思うのです。
母が私に向けた強い目は、それを語っていたように思います。
「具合がいいから転院しよう」その言葉まであともう少しのところだったのに、と思うとやり切れません。

母に今までしてきた病院選び、治療、どれをとってもどれが最善だったのかわかりません。
ただ、母といままでになく密な時間を過ごせたことが最高に幸せです。

ちょっと気持ちが↓ってしまったので今日はこの辺で。

413 名前: ばばのしん 投稿日:2006/11/02(木) 10:43
ご無沙汰しています。
久しぶりに掲示板をのぞいたところ、までさんの書き込みに目が留まりました。
大変な時期を過ごされたのですね。ご冥福をお祈り申し上げます。

までさんの書き込みを見て、深くうなずきながら読んでいました。
そして私も母が次の世界で楽しく暮らしているような気がしてならなくなっています。
最近、字を書けるようになった息子が「ばうちゃんえ おともだちとなかよくしていますか」
と手紙を書いていました。息子は母がお空で、新しいお友達を作って、楽しく暮らしている
と思っています。そんな手紙や、亡くなった人のウソのように穏やかそうな顔、までさんの書き込みを
みて、何だかすごく気持ちが楽になったような気がしています。

ごめんなさい、なんだか自分の思いが十分に伝えきれないのですが、闘病中ほどではないものの、
何がしかの思いを抱え続けている自分を楽にしてもらっていることへの感謝を伝えたくって、
思わず書き込みました。





414 名前: はこ 投稿日:2006/11/02(木) 19:17
ばばのしんさん、久しぶりの登場とても嬉しいです!
そしてこんな素敵な場を作ってくださったことにもう一度お礼を言いたいです。
私だけでなくきっとみなさんもこの場で励まされ力づけられたからこそ苦しい時期を
乗り越えられたのだと思います。ここがなければ耐えられなかったです。

までさん、うちは酒屋をしていて父は経理からなんでも自分で出来る人でしたので
父の亡き後私はえらい目に遭っています。
準備しておかないと大変なことになるとわかっていても、私も心の中で父が退院して
戻ってくると信じたかったのでしょうか。わかっていても帳簿つけも何もせずおいて
いました。父は「帰ったら1週間で出来る」と言っていましたので・・・
父は2週間で退院できると信じていました。
私も退院させたかったです。でも入院1週間が過ぎる頃から急に弱ってしまい家に帰る
ことが出来ませんでした。
亡くなる2時間前頃、母と私が付き添っている時、父はうめくように「もうあかん!
もう帰られへん!」と悲痛な叫びをあげました。
たった一度父が弱音を吐いた言葉でした。
その時の父の様子が忘れられなくて、父に真実を知らせなくて良かったのか
自分の判断が間違っていたのではないかと自分を責めてしまいます。

入院中も大変だったけれど、病院に行って父の顔を見るのが楽しみでした。
そばにいるとほっとして、家に戻るとすぐまた会いに行きたいような気持ち
でした。私も生涯で一番密な時間、幸せな時間を過ごせたと思っています。

お空の上はとても楽しい素敵な所だそうです。
あまりにも楽しすぎて帰ってきた人がいないんですって。
行ってしまった私たちの家族もお近づきになってこの掲示板を見てくれているかも
知れませんよ。だから元気を出して一生懸命生きていきましょうね!
気持ちの整理をする前に思いつくまま書いてしまいました(^^)

415 名前: はる 投稿日:2006/11/03(金) 10:46
までさん、始めましてはるです。
ちょうどまでさんがここに始めてカキコされてた時、父を亡くして2ヶ月たったころでした。
当時の思いとかさねながら、レスをよまさせていただきました。

お母様のご冥福をお祈りいたします。



416 名前: はる 投稿日:2006/11/03(金) 11:01
ばばのしんさん、お久しぶりです。その名前がみることができ
とても嬉しく思っています。はこさんと同じくこの場を作ってくださったことに
とても感謝しています。

父が亡くなり4ヶ月がたちました。今は時おり1年前闘病しながらも元気に釣りなどに
行っていた父を思い出し、涙する日があります。まだ父のいない世界に慣れず戸惑っている自分がいます。
ここのレスも時々読み父の事を思い出し、同時に今戦っている皆様に励まされています。
死をむかいいれた事により、生きることの大切さの受け止めかたがかわり
ささいなことがとても幸せに感じられるように、なりました。
ある意味父からの最期の教えだとも感じています。

前を向いて歩いていっていますが、時折へこむこともあり、そんな時
ここのレスをみると励まされます。

とりとめの無い文章になってしまいました。
読んでくださり、ありがとうございました。

417 名前: 由布 投稿日:2006/11/15(水) 20:05
みなさん、暫くご無沙汰していますが、おげんきでしょうか?
皆さん少しずつ落ち着きを取り戻されてることとおもいます。
うちも肝臓癌と診断されやがて5年になります。悔いを残さぬようにと
一生懸命頑張っていますが、心がぎしぎしと悲鳴をあげ、隙間風が入り
こんで来る感じで、疲れました。すこしずつすこしずつ悪くなって
行く感じが何ともわびしいです。秋だから余計だとはおもいますが、
本人が一番辛いのにと・・・わかってはいるのですが、泣き言は言うまい
根は上げ無いと覚悟は決めてたはずですのに、ともすると崩れそうになります。
泣き言言ってすみません、でもじっとしておれず、
聞いていただいて、感謝します。(取るに足りないただのぐちを)

418 名前: はこ 投稿日:2006/11/16(木) 18:18
はるさん、お久しぶりです。
お父様が亡くなられてもう4ヶ月ですか。
うちはちょうど1ヶ月です。さきほども母と先月の今頃は母と私そして
弟夫婦とふたりの息子もそろって病院にいたね と話していました。
たった1ヶ月前と思えないほどいろいろなことがありました。
日々の雑用に追われ、なんとか元気に過ごしています。

由布さん、ご主人のこと心配だと思います。
それでも幸い抗がん剤もよく効いて治療の成果が現われているとのこと。
愚痴や泣き言はここで吐き出してどうかご主人の前では元気な由布さんで
いて下さい。ご主人の場合、余命を告知されたわけでもなく、入院といっても
治療のためのものです。最期を看取る入院ではないのですよ!
そんな時期は幸せな時間だったんだと今はしみじみ思っています。
ご主人と一緒に戦ってください。負けないでね!

419 名前: 由布 投稿日:2006/11/16(木) 21:39
はこさん、力強いお言葉ありがとう。
大事にしなくてはいけませんね。今日も辛く当たってしまい
後悔していたところでした。
気を取り直して、悔いの無いようにがんばります。
はこさんも、お体に気をつけてくださいね。

420 名前: 由布 投稿日:2006/11/17(金) 00:21
はるさんも、はこさんも、いろいろとその後の手続きが大変のようですね、
悲しむ暇も無いくらいおいそがしいのでしょう。良いことか、わるいことか?
落ち着いた頃、寂しさが押し寄せてくるようですので、本当に身体だけは
注意してくださいよ、此れから寒くなるし、ところではこさん、お母様の方は
如何ですかお元気でおすごしでしょうか。
 
北海道もビックリ箱ひっくり返したような天変地異に襲われましたが、当方は
全く異常有りませんでした。

421 名前: 富ママ 投稿日:2006/11/18(土) 00:17
 月日が経つのは早いものですね。
今では残された家族の為に 自分の家族の為に時間が流れています。
命日が来月になりました。天候を考え先取りして11月26日に予定をしました。
本当に複雑な一年でした。 手に取るように感じる毎日。
今日の今頃は入院して20日位。ご飯もノドを通らず臭いに悩まされ
家族は急な告知を受けてあたふたしていました。
お話ししたいことは一杯ですが さすがに走馬灯のように目の前を過ぎります。
 それが1年に向けての供養ではないかななんて感じてます。
由布さん。毎日心配ですね。夫婦だから大丈夫。何も話さなくてもお互い感じとってるはずです。
こんな言葉しかかける事しかできませんが  ファイト!!!
思い出話でした。

422 名前: 由布 投稿日:2006/11/18(土) 00:42
富ママさん・そうですか、もう一年になりますか~複雑な感じでしょうね。
お子さんの事も心配ありで大変な一年でしたね。
富ママさんの根性、尊敬していますよ、此れからもいろいろあると思いますが、
頑張って乗り切ってくださいね。
ばばのしんさんのところも、寒くなってきたみたいで、皆さん風邪など引かぬように
身体には十分気をつけてくださいね。
私も有るがまま、自然に逆らわず、また心のままに生きて行きたいものと思っては居るのですが・・・
時々我がでてきてしまいます。
でも、こうして皆さんに励ましていただき、また気をとりなおして頑張る事ができています。
皆さんに感謝しています。此れからも宜しくお願いいたします。

423 名前: Z-TA 投稿日:2006/11/30(木) 14:48
ご助言下さい。

62歳父C型肝炎闘病歴約30年 肝硬変(保険適応で治療を続けるために確定診断せず。)
肝癌発生→ ラジオ波
再発  → ラジオ波
血小板減少:CTにより肝癌再発所見あり
   →病院から生体肝移植の打診
    検査をかねて血管造影と塞栓術
医学的適応のある唯一のドナー候補である私へ生体肝移植について医師から説明
   ドナーになることを拒否
   生体肝移植の道途絶える。
血小板減少による出血傾向を改善する目的で
内視鏡手術により脾臓摘出→プロトロンビン時間一時的に改善
ラジオ波も選択可能であったが、腫瘍3個で肝機能の状態から
抗がん剤投与用リザーバー留置を選択 自宅で静養

風邪をひいてから肝機能が急激に悪化
腹水の貯留と血尿が生じるも、担当医がいる大学病院は満床のため入院まち
このとき、父の状態を見かねたある医師が海外移植を行っている病院の存在を紹介
PW病院に入院。肝不全と腹水に対する入院治療ををうける。
腫瘍3個 最大径4cm程度 3個の合計は8cmを超えるかどうか?
移植でもミラノ基準に適合せず、UCSF基準にも適合しないかもしれない。
当初数日間は移植に対して強い希望を示していたが、肝不全に対する対症療法の結果
全身状態が好転すると共に、海外での移植への気力が減退し「日本で死にたい。」と
言い出した。正直、海外移植となれば、父母の老後の資金を全て投入してようやく
平均的な金額に到達するかどうかという状態であったので、少し安心した面もあったが、
それと同時に、これで本当に打つ手は無くなった。

長くなりましたが、これが父の経緯です。
今後の時間の過ごし方が大きな課題です。

現在、緩和ケアができる転院先(入院ホスピス)か在宅ホスピスかで検討しています。

現在父の意識レベルは正常。短い時間であれば歩くこともできる。
24時間点滴管理(ラインの確保の目的もあるか?)
腹水は、入院管理中は、何とかコントロール出来ている。
自宅では、コントロールできるかどうか未知数。
一人息子(私は遠隔地に住んでいる。)看護は母がおおなっているが、父は体重80キロの巨漢
母は小柄で、父の身体の自由がきかなくなれば、1人での介助はまず無理。

私の妹(父の末娘)が3月末に第一子を、出産予定。
私の妻も、来年8月~9月に第2子出産予定。

家族も宿泊できる緩和ケア病棟のあるホスピスが父の自宅から車で30~40分程度の距離にあり
父に提案する予定です。父が希望すればすぐに入院願いを出す予定にしています。

出来れば1人でも多くの孫を見せたいので、苦痛をコントロールしながら肝不全に関する対症療法は
可能なかぎり行いたいのですが、住み慣れた自宅に60代の母が訪問介護を利用して留めるのと、
母が通える近くの病院での入院管理とどちらが好ましいでしょうか? 

実家は、いわゆる古い和風建築。トイレ・風呂は介護向きではない。

424 名前: つーとん 投稿日:2006/11/30(木) 18:02
Z‐TAさん、お父様が大変な状況ですね。ホスピスにはいるなら早くてをうたれたほうがいいと思います。順番まちになるとおもいますがホスピスにはいり痛みをなくすようにされればお父様も楽になると思います。介護保険はやられてますか?まだなら早く申請されたほうがいいと思います。普通の病院にはいるのはやめたほうがいいと思います。痛みをとれないと逆に死期を早める可能性があります。

425 名前: 由布 投稿日:2006/11/30(木) 18:15
此処の板は、沢山の経験者が居られますので、良いアドバイスがあるとおもいますが、
お父様62歳とはまだお若いのに・・・がまず第一感です。
相談者もお若い事と思います。生体肝移植、親としても息子の身体を切り刻んでまではと云う事が実感でしょうね。
拒否した貴方の心中もいかばかりかとお察しいたします。
うちのダンナ(72歳)も肝臓癌と診断され丸5ねんになります。
肝硬変通り越しいきなり、肝門に突き刺さる形で1Cのが見つかったのがはじめです。
リザーバー留置やっていましたが3年ほどでポートが硬くなりできなくなりました。
その間再発都度ラジオ波、電磁波、くりかえしましたが、度重なる治療で肝臓、血管が弱り、
3月に肝動脈塞栓、肝臓全体に抗癌剤を降りかける治療をやりました。
3週間後退院時には、もう粟みたいなのが出来ていました。これが大きくなり又数が増えたら
又同じ治療をやりましょうと云う事で、月一度診察にいっています。
12月は6日が診察日でMRIの検査をしますので、のびのびになっていましたのが、今度は入院治療
に成ると覚悟はしています。この治療はやるたびに肝機能は弱っていきます。私は医学のことは良く
わかりませんで、医師任せです。近くに長男次男がいます、子供からは調べてもどうにもならないで
不安がつのるばかりだから、本やネットで調べないようにいわれています。でもやはりみてしまいます。
リザーバー留置は身体えの負担は最小だと思っていますが、家はもう出来ません
現在は日常生活には差し障りはないようですが、長時間マージャンなどやると、痙攣発作を起こし意識不明に
成りますので、ひかえています。友達が来てくれて、囲碁は週3,4回やっています。
前置きが長くなりましたが。
本人が、自宅介護を望まれるようでしたら、お母さんはまだ若いし、早めに認定してもらっておけば介護用の
ベットとかいろいろと貸していただけるとおもいます。
私も歳で、体力ありませんが、出来たら家で診てあげたいとおもっています。
いざと言う時はいつでも入院できる病院があれば、ぎりぎりまで家に居て貰いたいとおもいます。
お母様の考えも有りましょうし、話し合ってみてください。
子供からの、励ましの言葉が一番ですお母様にはげましの言葉をおくってください。
状況から見て、最後はお父さんとお母さんの気持ち次第とおもいます。
うちのダンナは、最後は家で迎えたいといっています。私もかなえて上げたいと思っていますが、最後の最後は
病院の世話になる覚悟ではおります。


426 名前: ユッコ 投稿日:2006/12/01(金) 20:55
皆さん、ご無沙汰しています。№386に書き込みさせていただいてから、二ヵ月がたとうとしています。
皆さんから私へのご助言・励まし等いただき、とてもうれしく思いました。書き込みしてから、『死』からなぜか逃げていた私で、この掲示板を開くのもできませんでした。
姉から聞いた経過ですが、11/24(金)在宅看護の方がきて、何かを感じたらしく『よくここまで痛みを我慢しましたね!でもそろそろ病院に行った方がいいですよ』と言ったそうですが、父は『嫌だ』の一言。母は、父が家に居たい気持ちもわかるけど、もう母自身は悔いのない看護もし、十分だ。逆に何かあっても何も手助けできないのが嫌だ。と言い、お医者様から直接説得されれば父も言うことを聞くだろうと思った姉は近くにいる主治医に聞きに行き、普通訪問などしないのに、その日の診察が終わりしだい家に来ていただきました。(先生にはとても感謝してます)診断により肺に水が2/3溜まっており、有無を言わさず救急車を呼び、10分で到着し20分で病院に着いて身の回りのものなどコンビニで用意したりなど母・姉はバタバタしていたみたいです。何も用意もしてなく、先生が救急車をよんでしまったので、姉はびっくりしたの一言でした。
普通なら個室も満室なのに、空きベットがありとんとん拍子に事が進み、また本部長の主治医の方がわざわざ来て診ていただいたそうで、運の良さと人の温かさを感じました。
幸いに土曜日で主人も居たので、子供は主人と寝て、私は母と姉が駅に着くのを待ち、家まで送りました。
病院への道のりは車だとごちゃごちゃした道で私が車で病院には来ないだろうな?などと心配していた父でした。確かに、後日主人の運転で病院に行ったけど、私か運転して横で子供が話しかけたりなんかしたら…危険かな?と思ってしまいました(汗)
余談ですが、子供に『明日、じぃじが居る病院に行くよ』と言ったら、『え?じぃじ動物病院に居るの?』などと、言ってましたが。

入院してからは姉が夜泊まり、母が日中病院に通う様になり、だんだんと父は寝ている事が多くなり、食欲もないと聞いていました。
昨日は朝から母と子供とで三人で病院に行きましたが、寝たり起きたりで会話もなかなかできませんでした。昼食を病院の食堂でとり、帰る時には意識(起きていて)があり、最後の力振り絞って、孫の名前呼んで、孫と握手する事ができました!…力は今までなかったのに(驚)…握手はバイバイと一緒にいつもしていた儀式?みたいで。

帰りは、子供は電車で寝てしまい家まで抱っこして帰りましたが、さすがに三歳は重い!

夕方、姉を家から駅まで送ってしばらくしたら姉からメールがきて【お父さんの容態が急変し(私らが帰った15時すぎ位)、胸から痛み止めの注射入れてる。もう、水も何もあげちゃいけないって。】
その夜【今は痛み止めの薬が効いてきて眠ってる。これからはどんどん意識の混濁が激しくなるから、
今日は、意識のある内に、○○ちゃんとバイバイの握手出来てホントに良かったね。
ゆっこはなかなか無理だと思うけど、すぐに動ける用に家で準備はしておいてね。】と。
今この掲示板の文章書いている時に姉からメールがきて【お父さんは薬で、幻覚が見えるらしく、両手挙げてうなされてるから、大変…。悪い夢見てるのかな…[?]綺麗なお姉さんが出る幻覚ならいいのにね。昨日から痛みで眠れてないから、少し寝てくれるといいんだけどね。両手挙げてうなされてるから体力使ってるんじゃないかなぁ…】
姉も一人で夜心細いのとちゃんと寝ていないようで心配で、私が替われたらなぁと思い、主人が早く帰ってきた時や土日は私が泊まるよ!と言ったら、【○○ちゃんの母親はあんた一人なんだよ!あんたが体調等崩したらダメだからいいよ】と拒否られました。
ただ何もできず、父のそばにもついてられず、昔の事思い出したり、何か親孝行したのかな?とか考えて、悲しい気持ちを隠して子供の前では普通にしていないといけない私は二つの顔を持って、心が壊れそうな感じがします。病室で痩せ細った父の顔をまともに見れず、見たら大泣きしそうで。子供の前で泣いたらいけないんだ!って、なんか勝手に思っちゃって。
昨夜子供と寝る時、子供が『じぃじ、元気になるんだよ!それで、洋服着てオイッチニィ、オイッチニィって、散歩するんだよ。じぃじにまた会いたいの!また今度行く!』と、言ってました。
病室で子供の名前をはっきりと言った父の声を思い出し、父が孫に対する気持ちがちゃんと届いたから子供がちゃんとそれを受けとめて言った言葉なんだなぁと思いました。
文章改めて読み返すとはちゃめちゃで、誤字脱字もありそうで、皆さんの様なしっかりとした文章ではなく、幼稚な文章ですが、ここまで読んで頂いた方ありがとうございます。
明日は家族で病院に行ってきます!
追伸…七五三を実家にて父にお披露目できた事がとてもうれしかったです。


427 名前: つーとん 投稿日:2006/12/01(金) 22:02
ユッコサンお父様を病院に入院できてよかったですね。今医療改革というなのもと末期患者を受け入れるところが、減ってきています。お母様とお姉さまと力をあわせてお父様を最後までみてあげてください。私も母を在宅でみてたときは、いつねていつおきたんだかわからなかったです。末期の家族をみる大変さご苦労はわかります

428 名前: ばばのしん 投稿日:2006/12/02(土) 08:53
Z-TAさんへ。
自宅で母を半年ほど介護していたものです。(途中、緊急入院が数回ありましたが・・)
由布さんが書いているように、お父様とお母様のご希望が第一だとは思いますが、
お母さんの負担がかなりなもののように思います。急変を常に心配し、介護する人に
患者さんの生死がゆだねられているように思え、精神的にもかなり厳しいものが
ありました。
我が家は幸いにも複数(子ども3名、父、おば2名)で介護にあたれたので、そんな気持ちを
共有することができましたが、一人だったらとても耐えれなかったと思います。
どちらかというと肉体的な負担よりも、精神的な負担が心配です。
ただ、精一杯自宅での介護をさせてもらったことで、家族みな「できるだけのこ
とはやった」と思いを残さずにいれたことは残されたものにとって、大変ありがたい
ことだと思います。

母が亡くなってから、自宅での介護がよかったのか、悪かったのか、いろいろと
考えることが多かったのですが、今では、母は「最後は家で」との希望はありましたが、
自宅にいることを望んだのではなく、家族が家と同じようにそばにいることを
望んでいたのではないかと考えています。
だから、無理をして自宅で過ごすのではなく、病院でも家族がずっと付き添うこともできます。
「一人にしない」ということで、自宅で過ごすような看取り方ができるのでは
ないかと今は考えています。

新しい命の誕生をお父様も心待ちにしていると思います。
陰ながら応援しています。どうか皆さんの思いが伝わりますように・・・。


429 名前: ばばのしん 投稿日:2006/12/02(土) 09:06
ユッコさんへ。
我が家にも小さい子どもがいますが、子どもは子どもなりに病と闘う人と、
その闘いを支える人をしっかり見つめているように思います。
どうか悔いがないように・・と祈っています。


430 名前: ばばのしん 投稿日:2006/12/02(土) 09:45
ここで出会った方の名前をみるとなんだか安心します。
あったかい言葉もありがとうございます。
(でもでも、私が管理しているわけではなく、管理人さんに感謝!です)
いろいろとお話したいこともあるのですが、なかなか・・・・ですね。

去年の今頃は・・といつも思い出してしまいます。
時間が流れるのは早いですね。


431 名前: まで 投稿日:2006/12/02(土) 13:56
みなさんこんにちは。
母が旅立って100日を迎えようとしています。なんて時のたつのは早いのでしょう。
少しずつ家の中から母のものが消えていきますが、母はまたひょっこり帰ってくるような気がしてなりません。
それなのにふと家で一人になったときに闘病中のことなどが思い出され涙が溢れてくることもあります。
こうして少しずつ母のいない生活に慣れていくのかもしれません。

▼Z-TAさま
はじめまして。
8月に母を基幹病院で看取ったものです。
安定していたのでホスピスへ転院か、自宅看護かと選択を迫られた直後に急変してしまいました。
看護するのはほとんど私でしたが、最初は当然のように母が住みなれた自宅で看護するものだと頭では思っていましたが、自分の体力や知識経験のなさから母の命を縮める結果になってしまったら、私が一人で母を看ている時に急変してしまったら正しい対処ができるだろうか、と不安が増大していき結局ホスピスを選択することにしました。
介護サービス定期巡回のほか、いつでも24時間電話一本で担当看護師が飛んできてくれるとは言われたけれど、「呼び時」というものが難しいと思いました(気を使ってしまう)。といって自分が倒れるわけには行かない。
家にいれば母の看護だけでなく、手抜きはしたとしても家事も欠かせない。
ホスピスからは「母自身が積極治療ができなくなったことを理解していなければならない」と言われました。でも私はとても前向きに生きていた母にそんなことを告げる勇気は持ち合わせていませんでした。結果的にはそれを伝えることもなく亡くなってしまいました。ホスピスに対して私が唯一引っかかったのはこの一点でした。

それまでの数週間、一般病院の個室でほぼ24時間母のそばに私や父、また姉がついているという生活をし、自宅が近かったので不便はありませんでしたが所詮は完全看護が前提の普通の病院です。
転院を予定していたホスピスには家族が24時間一緒に過ごすこと、家にいるような環境を作り出すことを配慮してくださっていることが随所に見られました。
共同ながらキッチンやお風呂、サロン、外出の自由(外出時の介護タクシーなどは自費)などです。
それに何よりびっくりしたのは、一般病院の個室の差額ベッド代はご存知の通りかと思いますが、それと同じ環境が保険適用であるということでした。
どこのホスピスも同じ環境(保険も含め)かどうかはわかりませんが、ホスピスそのものの主旨からして、似たような環境は整っていると思います。
私はこのホスピスの安心できる環境の中で母に寄り添い、調子がよければ家に連れ帰る、ということを考えていました(車で15分)

長くなりましたが、お父さまはもちろんのことお母様のお気持ちをぜひよく聞いて差し上げてください。私みたいに家で看るのが当然だからと思って無理をしてお母様が倒れられたら大変です。
お母様が通える近くの病院が基幹病院だと治療ができない=緩和治療のみだと基幹病院だと入院させてくれない可能性もありますよね。
逆にホスピスでは"治療"はしてもらえません。緩和ケアのみです。
ご自宅で精神的負担はあってもいつもの環境のままお父さまを迎えられるか、ホスピスで不便はあってもお母様も一緒に"生活"されるか。
ばばのしんさんも書いていらっしゃいますが、精神的負担はいかばかりかと。

ただ、今でも母をもう一度家に帰してやれなかったことが今でも大変悔いに残っています。
と、結局何が言いたいのか支離滅裂でわからなくなってきましたが・・・
誰の助言でもなく、ご本人の本音のご意向が一番かと思います。
どうぞいい環境でお父さまが過ごすことができますようお祈り申し上げます。

432 名前: つーとん 投稿日:2006/12/02(土) 21:16
までさん、お気持ちよくわかります。私も母がなくなって9ヵ月たとうとしてますが、夜中に名前をよばれはっとしておきるときがありかなしくなります。ホスピスを予約したときは順番まちでしたが間に合いませんでした。在宅医療も夜中にいたがっているからきてくれませんかと、電話してもきてくれづ、薬をのませば大丈夫と言われましたが痛みはとれづ夜中も眠れない状況でした。確かにホスピスにはいれば積極的な治療はしないといわれました。余命については本人がしってるかどうかも大事なことだといわれ、はいったら告知してくださいと言われました。末期のガン患者に対しては積極的な治療はしないという今の医療をかえていかなければならないと思います。

433 名前: <削除> 投稿日:2006/12/04(月) 11:36
<削除>

434 名前: つーとん 投稿日:2006/12/04(月) 14:00
あだちさま、キリストを非難するわけではないんですが、否定もしませんがあながこの掲示板に書き込むのはどうかと思います。すぐに削除をおねがいします

435 名前: 由布 投稿日:2006/12/08(金) 23:05
つーとんさん。お尋ねしたいんですが、ご無礼だとは思うんですが、気に障ったらおゆるしください。
つーとんさん。お体の方はもう大丈夫ですか。私も、診療内科に通っているのですが、ダンナが。病気に
なる前からでしたので、それに追い討ちかけたかんじです。
自分がしっかりしなければ、とおもえば思うほど動けなくなり。
家事もうまく出来ず、食事の支度掃除もできないほどです。
身体がだるくて、あたまが痛くて、それでダンナを見ると申し訳なくて涙がでてしまいます。
辛いのは、ダンナほんにんですものね、それなのにわたしのしんぱいまでさせて。
一日のうちに何時間か、調子良いときもあるのですが。趣味の集まりも休んでばかりで、、もう
死んでしまいたい。でも病気のダンナ置いていくわけにはいかず。
考えては頭痛に悩まされ、動こうとしても身体だるくて・・・・
つーとんさんは、どのようにして、元気になられたんですか。
教えてください。お願い。
あれやこれや、直接連絡できると良いのに、ここに書くわけには行かない事もで。
頭何時もぼんやり、一人でいる時は発狂しそうです。
  

436 名前: つーとん 投稿日:2006/12/10(日) 07:02
由布さん、そうですねまだ完全に元気というわけではないんですが、まだ仕事もやってませんし、ただ一ついえるのはカウンセリングをうけまして、自分自身を責めてた毎日にすこしづつでも前向きに生きようということが決意できまして、同じように困ってる人たちにすこしでもお役におたちできるような仕事につきたいと思いまして看護士になりたいと思えるようになりました。今32なので厳しい状況なんですが。すいません由布さん、へたな文章で、まだ心療内科には通ってます。

437 名前: 由布 投稿日:2006/12/10(日) 12:50
つーとんさん。
つーとんさんには一番辛い事を聞いてしまいましたね。
でも有難う。つーとんさんを見習って、前向きに明るく生きて生きたいとおもいます。
くじけず実行できたらよいんですが。すぐくずれてしまいます。
前向きにすごせる時間が、一時間でもあれば、次は一時間半と、つなげるようにこころがけます。
頑張らなくては、と頑張るという言葉が、重たいんですよね。
友達に頑張って・・・頑張りなさいよ。と言われる度に、ずっしりときます。
つーとんさん、看護師さんになる希望があるんですね、希望捨てないで、挑戦してください。
応援しています。返事いただいて有難うございました。

438 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/12/10(日) 17:52
頑張れという言葉が重荷になるのですね うつ病の方はそうだと聞いてましたが 純粋に励ましたいだけでも言ってはいけない言葉がある 難しいですね

439 名前: 由布 投稿日:2006/12/10(日) 23:29
438>>そうなんですよね。頑張んなさいよ。「貴方がしっかりしないと」と
言ってくれる言葉は、善意のことば、本心から励ましてくれてると云う事は分かりすぎるほど
わかって、心の中では感謝してはいるのですが。
一日のうちに何度かはさー頑張るぞっと凄くよいときもあるのですが、すぐペションとなって
しまい。自分って、こんなにぐーたらだったかなあ。生まれつきの、ものぐさだったのかなーと
おもったりで、少しもぜんしんなしで~~~~~
家の中、埃あったって、ごみあったっていいかともおもうのですが、
気になりだしたら、頭痛くなり、吐いてしまうくらいで。
また、昨日あたりから、ダンナの疲れがひどく、体調悪そうで、そちらもきに成るしで。
この板では、何時も助けていただいて感謝しています。吐き出すところがあるので、
吐き出せば、気がらくになります。聞いていただいて、有難うございます。

440 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/12/11(月) 06:41
>439さん
ご主人の治療の経過は何度も書かれていますので読んでいます 以前どなたか書かれていましたが「末期」とは余命半年と言われた場合だと その定義が正しいかは別としてご主人の場合末期というほどでもないのではないですか? だから大丈夫というきもないし安心しろともいいません 吐き出されて聞いたほうはどう答えればいいのですか? 責めてるのではなくてただ知りたいです 

441 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/12/12(火) 23:21
>440 答えようがないのをむりして答える必要もないとおもいますが、
彼女は、ただ此処に吐き出して、心の癒やしをえてるのですから、それで十分でないでしょうか?
必ずしも末期という言葉にこだわることもないとおもいますが。
癌と聞いて普通でいられる方はすくないんでは・・・・癌の恐怖におびえてる人に、あえて追い討ちを
かけなくても、返答の仕様がなかったら、黙って見守ってあげる位の慈悲の心があってもよいのでは・・・・
それぐらいの慈悲の心があってもよいのでは。多分ここの板を立てた方も、そおいう趣旨の元に立てられたのでは。

442 名前: 富ママ 投稿日:2006/12/13(水) 14:54
 最近は介護疲れがよく新聞に書かれていますね!
精神的にも肉体的にも家族みんなが闘っておられます。
多分 由布さんはココにかかれる事により心の整理をされていらっしゃるはずです。
私はゆっくりのんびり読んであげてます。

443 名前: はる 投稿日:2006/12/31(日) 12:52
皆様、お久しぶりです。元気ですか?
私は、父が亡くなり半年が過ぎ、父のいない初めてのお正月を迎えようと
しています。去年の今日、父の余命が半年と聞かされ、泣きじゃくったことが、
まだ昨日のように感じます。その話の通り父は天国にいってしまいました。
まだ立ち直れたわけでもありませんが、父のことを思いながら
前向きに行こうと、心がけている毎日です。

ここのレスの皆様には本当に感謝しています。
幾度も助けられました。いろいろお世話になりました。
本当に本当にありがとうございました。

そして今戦っている皆様、心からエールをおくりたいと思います。

新しい年がきますね。後悔のないような日々をおくりたいと思っています。



P.S 由布さんに対して、わたしも442と同じ気持ちです。

444 名前: <削除> 投稿日:2006/12/31(日) 23:34
<削除>

445 名前: 富ママ 投稿日:2007/01/01(月) 02:43
 由布さんへ。。。
ちょっときついかもしれません。
四角四面に感じるかもしれませんが書き込みされた方はきっと貴女の力になりたいから
あえて書き込みをされていると思います。
真面目すぎて悩みすぎて 由布さんの事をなんとか受け止めてあげたい気持ち
だと思います。
まったく悪気もないし 逆にすごく心配されてのカキコだと感じました。
由布さん。これでショック受けないでくださいね(^^)
そして 以前書き込まれた方突っ込まないでください。
ここでの争いは必要ありません。
どうかここは平和な悩みの書き込みでありますように~~

って 我が家の残された母も胃の初期癌みたいです。
戦いが始まりました。
今年も何とか皆様心穏やかな日々でありますように。

446 名前: はこ 投稿日:2007/01/01(月) 08:16
みなさん、お久しぶりです。
はるさんの書き込みを見て懐かしくなり最初から読み返してみました。
ずい分たくさんの方とこの掲示板で知り合い、アドバイス頂いたり
励まされたり。
読み返してみて初めて気づいたこともたくさんありました。
看病中はやはり気持ちに余裕がなかったのかな?と思います。
自分では平静なつもりでもやはり気持ちが乱れて視野が狭くなって
いたのでしょうね。
みなさん、本当にありがとうございました。ここのおかげでどんなに
救われたかしれません。
210さん、あかねさん、かずさん、みなさん元気で過ごしでしょうか?
書き込みはなくてももしかしたら時々ここに来てくださっているかも
知れませんね。そう思って私も毎日がんばっています。

富ママさん、新たな戦いが始まるのですね。
幸い初期ということなので治療して健康を回復してもらいましょう!
お父さまの分もうんと長生きして頂かなくては!
由布さんも心配な日々が続きますが、みんな応援しています。
治療のこと、気になること、愚痴なんでも書き込んでストレスためない
ようにして下さいね~


447 名前: つーとん 投稿日:2007/01/05(金) 22:54
みなさんご無沙汰してます。母の末期癌わかってちょうど一年になります。告知すべきかどうか迷ってましたが、今は告知してよかったと思ってます。この掲示板にであえてよかったです。富ママさんお母さまの癌かならず治ります。がんばってください応援してます。四月からは癌対策法が施行されていい治療ができて患者さん、家族のかたが癌にたいして希望をもって治療ができることを望みます

448 名前: はる 投稿日:2007/04/07(土) 19:34
みなさま、お久しぶりです

儀父が肺がん 余命2,3月と告げられました
あらたな 戦いがはじまります



449 名前: つーとん 投稿日:2007/04/07(土) 22:46
はる様、新たな戦いに勝つことを祈っております。がんばってください。

450 名前: はこ 投稿日:2007/04/08(日) 08:40
はるさん、お久しぶりです。
新たな戦いの始まりと聞いて胸が痛みます。
はるさんも出来る限りのサポートをして差し上げて下さい。
別れは突然やってきます。その時に悔いを残すことのないように。
ご自身もいたわりながら。
頑張ってくださいね!
最近書き込むことは少なくなりましたが、時々ここには来ています。
はるさんのこと応援しています!

451 名前: 由布 投稿日:2007/04/09(月) 13:51
はるさん、新たな闘いが始まったんですね。
皆そうやって頑張っているんですね。私は掲示板の怖さを思い知り
たじろいでいます。
いろんな人が、それぞれの考えで見ているので・・・立場の違い、
考えの違いで、書き込む事によって相手に不快な思いをさせたり、又
自分も傷つき落ち込むのをおそれて・・・・
はるさんの書き込みによって、懐かしい思いで一杯です。あの頃は私も
余裕があったんですね。。。
後半年、早ければ3ヶ月と宣告を受けて2ヶ月たちました。
自宅介護をしています。出来る限りは家に居させてあげたいと思っています。
悔いを残さぬよう、今を精一杯頑張るのみです。
はるさんも頑張ってくださいね。

452 名前: 由布 投稿日:2007/04/10(火) 14:59
つーとんさんえ。
つーとんさん失礼だなんて、そんな事ないと思いますよ、つーとんさんの正直な気持ちだから
それで良いのではと思いますよ。そんなに気にしないでください。 私も正直悩んでいます。
病状については、ちゃんと知らせ担当医と本人と直接話しながら治療しては居ます。病気が、
C型肝炎からの、肝臓癌とは本人も承知の上ですが、ただ余命だけは告知を断りました。
私に余命の告知後担当医が、病に倒れ入院してしまい、助手みたいにやってた若い先生が担当医
になり、「患者本人から後どれぐらい生きられるかと質問を受け、先生が告知するか否か迷って
居られます。」と看護師さんから聞きましたので、「先生が告知をすると決めておられるんでしたら
反対はしませんが、迷っておられるんでしたら告知はしないでください。本人も高齢だしやることは
やっています。残りの時間は、明日に向かって一日でも希望をつなげ、家族といかに密に生きるか又
孫に伝えておきたい事(自分の特技の伝授等)をどれだけ伝えれるか、それが生き甲斐でも有りますので
・・・余命など伝えなくても、生ある限り、私も援助して精一杯生きたいと考えますし、余命を伝えても
がっかりするぐらいでプラスにはなりません」と断ってしまいました。その事に対して、私は今凄く悩んでいます。
ダンナの(知る権利)人間としての尊厳を奪ってしまったのではないかと・知りたがってる彼の本心を拒否する権利が
はたして私にあったのだろうかと、此れから終生私が背負っていかなければならない負い目です。
つーとんさんはつーとんさんで、告知してそれでよかったんですよ。私は隠した分だけの償いはしなければと悩む毎日です。

453 名前: はる 投稿日:2007/04/12(木) 01:44
みなさま、励ましのお言葉ありがとうございます。
ここをよんでいらしたのですね。嬉しいです。

明日儀父の様子をみてきます。
旦那の話では見えるところにも癌ができてきたそうで・・
つらいです。

でもくじけず頑張りますね





454 名前: はこ 投稿日:2007/04/13(金) 19:03
はるさん、会ったこともないのに不思議なものですね。
同じような経験をして励ましあった仲間です。いつもはるさんのこと
気にかけています。何もできないけどはるさんのこと応援する気持ちは
本物です!

由布さんもつらいでしょうが、ご主人の元気が出るよう支えてあげて
下さいね。介護する方もされる方も、つらくて苦しいけれど悔いを残す
ことのないように毎日を精一杯明るく元気で過ごしてください!

455 名前: ばばのしん 投稿日:2007/04/13(金) 20:39
皆さん、お久しぶりです。
懐かしいお名前がたくさんでていて、思わず書き込んでしまいました。

はるさん、また闘いの始まりなんですね。
つらい時期を過ごしているので、また・・と思うと心が痛みます。
どうかご家族で力をあわせて、そして支えあってくださいね。

由布さんもつらい闘病生活の中、大丈夫でしょうか?
私たちが戦っていたときは、この場を借りて、たくさんの力をもらっていました。
あたたかい言葉が、どれだけの力になっていたことか・・・。
由布さんの戦いの中、恩返しがなかなかできずに申し訳なく思っています。
つらい立場を共有する人の言葉がどれだけ心強いかは体験したものだからこそ、
よくわかります。

ということで、今は自分の生活で手一杯なので、以前のように頻繁に書き込む
ことはできませんが、遠慮していた気持ちを開放したいと思うようになりました。
誰にも左右されずに気持ちを書き込めるのが掲示板だと思っています。

みなさん、またよろしくお願いします!




456 名前: はる 投稿日:2007/04/14(土) 00:48
由布さん お互い悔いの残らないよう 頑張りましょうね

はこさん ありがとうございます。その気持ちだけで十分支えになります。

ばばのしんさん お久しぶりです。元気そうでなによりです。

みなさんと知り合い励まされて父が他界し1年立たない内に、また闘いが始まり
なんともいえない気持ちです。

義父の病院生活が父の時と重なりやるせない思いです。
父の時の思いがよみがえり昨日娘と泣きました。
父の事を思い出してしまうので・・正直あまり病院にいきたくありません。
冷たい嫁ですよね・・なんだかとても複雑な心境が本音です。

あまりにも時期が近すぎです。

すみません 今日は愚痴です
こんなこと、旦那にはいえなくて・・なんだかです。

457 名前: 由布 投稿日:2007/04/14(土) 20:57
みなさん・励ましの言葉有難うございます。
はるさん・悔いの残らぬよう頑張りたいものです。はるさんと同じ立場の嫁も
病状を知った時は泣いてくれていました。今は家族全員で闘っていますので、
以前と違って心強い限りですが、病状は2月1日は肝機能良いところがかなり
残ってるので、深刻な常態では有りませんよだったのが、7日の治療後病状が一変してしまいました。
もう掲示板に書き込む元気は有りません。皆さんにお礼をとこれが精一杯です。
余裕が出来たら、又書き込みます。
誰も知らない遠い国え、二人で旅だちたいな~と弱気になっています(涙)



458 名前: はる 投稿日:2007/04/14(土) 23:30
由布さん 弱気にもなりますよね。
でもけっして一人ではありません。
家族全員ついてるようですし、それはとても心強いものだと思います。
私もかげながら 応援してます。

決して一人ではありませんよ

今が一番大切な時期だと思います。
由布さんの笑顔たくさん見せてあげてくださいね



459 名前: ばばのしん 投稿日:2007/04/22(日) 14:38
由布さん、元気がでてきましたか?
弱気になる気持ちもよくわかります。でも、お孫さんたちが、ご主人と
由布さんの姿を見守っているんですもんね。
逃げ出したいけど、そうもいかないときもありますもんね。
つらいところです。

はるさん。
あのときのつらさを思い出すっていうのを見て、はっとしていたところです。
そうですよね・・・。
嫁の立場と実の親の立場と少し違うような気がする私。
うちも義理の母が数年前とある癌で手術をしたのですが、すごく楽天的だった
自分を思い出します。
場所が場所だけに、絶対取れると信じていたこともあるけど、やっぱりどこか
違った感じがしています。
我ながら薄情な感じもするし、どこまで手をだしていいかわからないという
遠慮のようなものもありました。だから、とにかくだんなの手助けをすると
いう立場だったような気がしています。
でも、悔いが残らないように・・というのは共通の思いです。
確か小さいお子さんを抱えていらっしゃったんですよね。どうか、無理をされない
ように・・・。



460 名前: 由布 投稿日:2007/04/22(日) 15:35
ご無沙汰しています。あれから一週間たちました。
丁度、草木の芽がでるころになりました。
友人から、草木の芽が出る頃は特に気をつけるようにと、
アドバイスの電話を貰いました。
春先は普段でも眠たいのに、輪かけてよく寝ています。
疲れてつらいのでしょうかね?
昨夕は、襟裳岬の近く浦河から友人がひょつこり訪ねてきてくれましたので、
泊まって貰い、久々に楽しいひと時でした。
今朝は開店にあわせて、友人の娘さんと三人で、近くのアウトレットモール・
レラにショッピングに行ってきました。病人の事チラチラッと頭に浮かばぬ
事も無かったのですが、心の洗濯して来ました。帰りは買い物客の車の行列
2kほども続いて早く行ってラッキーだったと思いながら、サンダル一足買って
うきうきして帰ってきました。また現実に戻りダンナの寝顔を見ては心を痛めています。
まだ痛みは出ていません、物を持ったり肩を使ったりした後には少し痛むようで
シップ薬で対応しています、此れからのことについては何も考えていません。
長男が、何も考えなくて良い出たとこ勝負で行こうと云うので、それで良いかとノンビリ
ムードに切り替えました。いつも一緒に居る私としては、現実はそうは行きませんけれど
考えても仕方ないこと、勤めてノンビリ行こうと思っています。


  

461 名前: つーとん 投稿日:2007/04/22(日) 17:21
由布様、ご無沙汰してすいません。寝顔をみてつらかったり泣きたくなるときもあったりしますよね。ノンビリするのは大事なことだと思います。由布様自身お体にお気を付けください。自分自身も鬱病もよくなりもうすぐ社会復帰できます。この掲示板で励まされたこと勇気をいただいたことは生涯わすれません。ありがとうございました。

462 名前: 由布 投稿日:2007/04/22(日) 17:52
つーとんさん・お元気になられて本当によかったですね。
いつも思っていました、つーとんさんは親孝行な娘さんなんだなーって・・・
私は、父が肺気腫で長い闘病生活している時も、ちっとも緊張感が無くて
76歳でなくなったときに一度泣いただけで、なんと親不孝なと思っています。
つーとんさんのお母さんは、病では苦しかったかもしれませんが、
つーとんさんみたいな親孝行な娘さんがいらっしゃったので、心の中はきっと
人並み以上に幸せだったと心から思っていますよ。
いつも優しい言葉をかけてくれて有難うね、感謝しています。

463 名前: 由布 投稿日:2007/04/25(水) 00:29
振り返って、読んでみました。前新の肝臓癌の治療はに、私が書き込み始めて丁度一年経過です。
懐かしくも有り、厳しくもありで複雑な感じまさに光陰矢のごとしです。
はるさん・一番辛い時期だったんですね。私も考えまいと思っても考えているのでしょうね。
最近は背中が痛くて呼吸も苦しくて、どこか悪いにかなと考えてるうちに治ってたりで、家事も
手につかないときがあります。徐々に徐々に悪くなっていく姿を見るのは耐えられません。心療
内科に行っても、事実だから淡々と受け止めるより仕方ないでしょうと言われ、それもそうかな
と割り切っても見るのですが、乗り切るより仕方ない事ですよね。
昨年10月26日、千メートルの山に登ったのが最後になってしまいました。
もう庭に出るのも休み休み、それでも庭の手入れは人にはさせてくれません。
食欲が有り、痛みも無く穏やかにすごせるのが何よりの救いです。
はるさん、どうしておいでですか。少しは落着いておられますか、
嫁の立場も又違った大変さが有りますので、くじけず身体とお子さんを
大事にしてあげてくださいね。私は1人ですが、近くに長男、嫁が付いて
くれていますので、大丈夫です、心強いです。
 



464 名前: つーとん 投稿日:2007/04/25(水) 03:52
由布さん、お礼をいわなければいけないのは、こちらのほうです、ありがとうございます。毎日が大変な状況と思われます。昨日まで骨の痛みがなかった母が毎日痛いといわれさすってましたが、泣きながら毎日さすってました。由布さん、現実をみなさいと言われますが、少しでも元気になるんではないかと思って看病してみてはいかがですか?母と一緒にもう一度元気になってお花見をしてみせると思って毎日闘いでした。由布さん、お辛いこともあると思いますが、由布さんが倒れたら大変なので、お体に気を付けください。

465 名前: その一 投稿日:2007/04/25(水) 17:13
突然お邪魔します。ここにいらっしゃる方々の心暖まる交流をずっと拝見しながら.癒されておりました。私の主人も今肝臓癌と鬼ごっこしております CT画像.生化学.免疫学等のデ-タ-はなかなか好転しません.Drから半年ぐらいとも伝えられておりますが (主人に告知せず)癌細胞も主人の一部なので 共存共栄と割り切りDrチ-ムにお任せしております。由布さん ままにならないことが多々の日々.でもこれからたくさんのお花が咲いてきます タンポポだってアスファルトのすきまから一生懸命咲いています
どうか.見つけてあげてください そしてご主人様と褒めてあげてください
書き込みしなくても.きっとたくさんの方々が応援しています!
モール私も出掛けてみます 長文申し訳ありません。

466 名前: 由布 投稿日:2007/04/25(水) 18:14
その一さん、暖かいお言葉有難うございます。
肝臓の治療では結構知られた、JA札幌厚生病院にかかっておりますので、なんだかんだ言っても
担当医にまかせっぱなしが現状です。あすファルトの隙間から出てくるタンポポは、同感でいつも
感じておりました。今は庭のクロッカスが春を告げるように懸命にさいています。
チュウリップもちらほらです。私も少し欝のようですが、気の持ち方と自分に
言い聞かせその日その日をすごしています。つーとんさんが仰ってくれたように、良くなって、
近くの山に連れて行って貰うのを目標にしたいと思っています。今日も友人が連れ出してくれ
アウトレットモールに行って、登山用のアイゼン二人分を買って来ました。自分に気合を入れるために。
その一さんのプラス思考の考えありがたく思いました。おこがましいとは思いますが、頑張ってください
この言葉は自分に対しての言葉でもあります。

467 名前: その一 投稿日:2007/04/25(水) 20:42
由布さま
ありがとうございます。私こそ生意気申しましてごめんなさい 。主人は札医大の1内にお世話になっております この同じ空のした、今日の無事をかみしめ、明日の医学の進歩を信じましょうね。
山はけっして逃げませんあるがままの姿で待っていてくれます。


468 名前: 由布 投稿日:2007/04/25(水) 22:57
そうですか~。同じ最北の空の下なんですね。主人共々郷里は福岡なんですよ。
何も北国に来てまでもと皮肉な運命を感じますが・・・・・・
レラまでは歩いていける距離です。
信じる物は強しデスね。樽前山7合目まで車でいけますので、頂上まで350M
位でいけます。昨年10/26、雪の樽前に登ったのが最後です。
後行きたいのは赤岳だけです。赤岳も銀泉台まで車でいけるので、上るのは600M
足らずです、雪渓あり高山植物(駒草)もう一度みたいです。
いけれるよう頑張ります。

469 名前: はる 投稿日:2007/04/28(土) 09:40
みなさま お言葉どうもありがとうございます。
私の方は旦那のお手伝いをするという形でぼちぼちやっています。
あまりでしゃばりすぎても・・と思ってますが、1度経験をしていると
いろんな面で気づくこともあり 旦那に伝えている状態です。

父の経験がつながっています・・・

もう4月も終わりですね・・
今年のG,Wも近場で遊んで終わりそうだな・・

470 名前: 由布 投稿日:2007/04/30(月) 08:11
その一さん・胆肝膵の板で見てきました。あちらで返事すれば良かったのかもしれませんが、
医学の知識が無いので、こちらで失礼します。
転倒ですか、うちは麻雀中意識不明です。救急車で脳神経外科に癲癇と診断され癲癇の薬が
処方されました。薬を飲むと余計にボーッと成るようですので、勝手な判断で服用中止しました。
やはりアンモニアの数値が上がってたようです。そちらの治療、薬は貰っています。
現在は安定していますが、2月に鎖骨転移が判明、放射線治療しました。昨夕は腹痛を訴えるので
癌性かどうかは分かりませんが、ロキソニンを飲ませ一時間ほど寝てたら良くなったようです。
今朝は早くから、庭の枯れ葉集めしたりで1時間以上も外に出ています。
足もすっかり弱って、杖が欲しいなと本気か冗談か。7・8年前までは色んなマラソン大会に挑戦して
足腰に自信はあったのに、癌発覚後も昨年までは大雪山などに登山していました。
2月の治療を堺に急に悪化してしまいました。うちは72歳です。
今後の対策も何もしてないので、不安といえば不安です。
札幌まででは一時間半以上はかかりますので、いざと云う時の事をかんがえると・・・


471 名前: その一 投稿日:2007/04/30(月) 12:53
由布様
こんにちは。さっそくお返事ありがとうございます。掲示板書き込み初心者です、肝がんについて調べていたところこちらを見つけました。だから「初めてのかたへ」で自己紹介のご挨拶を前後してしまいました。お恥ずかしいかぎりです、ごめんなさい。主人の転倒などはこちらじゃないのかな?とまよいあちらで質問させていただきました。由布さんも気の休まる時がありませんね。背中、腰はいかがですか?

 

472 名前: 由布 投稿日:2007/04/30(月) 14:21
その一様
生意気な事ばかり言ってごめんなさいね。私も何が何やら分からないうちに此処にたどり着いて
自己紹介もいまだやっていません。ここの掲示板の先輩達に助けられ此処までやってきました。
大変お世話になり、助けていただいて感謝いたしております。パソコンも初心者でほんと手探りでした。
背中は多分精神的なものだと思っています。仕事したり友人と話してる時は痛みませんので。
ご主人の転倒、場所が悪ければ骨折にもつながりますし、頭を打ったりしたら大変です。私は担当医に
そう注意を受けておりますので、気をつけては居ります。
アンモニアが上昇すると意識が混濁して、足ももつれるようです。

473 名前: その一 投稿日:2007/04/30(月) 15:31
由布さま
先ほどは来客のため取り急ぎで失礼いたしました。前回の入院時77あたりを上下しておりましたが、4/25の検査時は33に下がっていました。Drとのお話は、主人主導で和気あいあいと終始していますので、次回入院時よく聞いてみます。Drチ-ムは主人にとって最良の治療を提供してくださっています。無知な私にたくさんの時間をつかって丁寧に説明して下さって今日にいたっております。それでも問題は尽きなくて…。本当にありがとうございます これからも教えて下さいね。
ご主人様の転移…
由布さん不安と心配ではちきれそうとお察しします。でも今、この時を大切に医学の進歩を信じましょうね。

474 名前: 由布 投稿日:2007/05/02(水) 21:06
そのいちさん・
お腹の張りご心配ですね。実はうちもそうなんです、パンツがきつくていつも前ボタンはずしています。私は
腹水が溜まり始めたのではと思うんですが、本人はガスだと云っていたって暢気です。
食欲は有ります。食欲がない時と栄養分が心配な時にと思って、カロリーメイトのチューブ入りりんご味と缶入りの
甘酒を常時用意しいます、カロリーメイトは口当たりが良いので、おやつ代わりにのんでいます。
今度は10日が診察日ですので、それまで心配ですが、担当医によると腹水はアルブミンと利尿剤で対処できるので
心配はないですよ、との事でした。黄疸も少し出てきて疲れやすいようです。
うちも担当医と本人と話し合いの上で、本人納得の治療を進めてきました。良くして頂いたと感謝しています。
余談になりますが、30日天気もよく朝4時におきて庭の手入れをしたようで、私は6時まで寝ていまして気がつかず
10時ごろになって、(愚息二人が、近くに住んでいるのですが、長男は家族ありで次男は40過ぎの独身で、二人とも
家を物置代わりでして、、、)タイヤ交換にやってきましたので、主人も調子に乗ってうごきすぎ???昼は蕎麦をゆでて
親子で昼食・・所が皆帰り、後かたずけしてるうちにダンナも居なくなり、3時過ぎても帰って来ず、心配になり息子達に
電話、長男の嫁は自転車で探し回り、私は皆には内緒で警察に連絡したりで・・・そのうち3時半過ぎに「散髪に行ってきた」
と暢気な顔して・・もう警察にお礼と報告の電話をいれ「心配したでしょう、無事でよかったですね」と笑い声で応対して
くれましたので、私もほっと、一件落着でした。昨日今日は疲れてぐったり椅子の上で寝てばかりです。テレビのチャンネルは独り占めされて
野球ばかりです。

475 名前: その一 投稿日:2007/05/02(水) 23:26
由布様
まあ大変! でも何事もなくよかった。由布さんの心中お察しします。ほんとに、殿方は……わが家も同じですよ。でもご主人様はきっと何気ない日常が嬉しくて、気分がよかったんじゃないでしょうか?(わかったようなこと言ってごめんなさい)私ね、いつも空にむかってお願いするんです、「このままをもう少しだけ」って、たくさんお願いしちゃうと後回しになりそうで不安だから。
由布さん いつもアドバイスありがとうございます
今日もお腹が張って食欲がなくオレンジをしぼってジュ-スにしてみました、4/30病院はお休みでしたが、チ-ムのDrが当直でしたので、採血、エコ-、点滴をしていただきました。その際も腹水はないのですが、おなかはパンパンです。入院をすすめられましたが本人承知せず帰宅しました。由布さんのご主人様と同じ野球三昧です。
うちは病院まで5分ほどですが、由布さんは大変ですね。ご主人様はもちろんですが、由布さんも気をつけてお出かけくださいね。明日も良い日でありますように…。

476 名前: 由布 投稿日:2007/05/03(木) 00:30
その一様。夜分遅くすみません。私は土地の人間でなく、友人も限られていますので話す相手もあまり居ません。
こうやってパソコンに向かってる時と、以前此処の掲示板の方がいい云いずらいことはと言ってメアドを教えて
くれましたので、急ぐ時には携帯にメールを送ったりしています。まだ顔も見たことないのに、本当の娘のように
親切にアドバイスしてくれたり、又心配をやわらげてくれたりで、娘が居ない私には優しくしてくれています。
この掲示板に出会えてよかったと感謝しています。こうやってる時が一番安らいでいる時です。
その一さんは病院が近いから心強いですね。うちも最終的には近くの病院にと考えては居りますが、私の住んでる市
には良い病院がなくて、ほとんど、隣の市か札幌、苫小牧までい云ってるような現状です。心細い限りです。
1月通院までは主人の運転で私が同乗して行ってたのですが、3月退院してからは、息子か嫁に休んでもらって送って
貰っています。昨年までは私が車で連れて行くことも有りましたが。今年に入り急に自信なくなりました。集中力がなくなって。
それに6年間の闘病生活のうちに年とってしまいました。趣味のものも習い物もおやすみしてしまって・・・
でも主人の精神力、体力を信じて、来年の3月3日は結婚50周年それまではと希望をつなげています。
いつも明るく、笑顔一杯で頑張りましょうね。
うちも入院大嫌いでいつも、担当医の計画より早く退院していました。今回も絶食作戦で、病院食食べなくて、退院してきたとたんに
食欲出るんですからこまってしまいます。明日から良い天気続きそうですね、温泉でもいけたら再考ですね(夢)

477 名前: ばばのしん 投稿日:2007/05/03(木) 07:20
その一さん、はじめまして。どうぞ、よろしくお願いいたします。
お仲間が増え、心強い限りです。あったかく支えてくれていたんだなぁ・・と思うと、
ほんとにこの掲示板のありがたさを感じます。
でも、毎日が心も体もしんどいときではないかと思います。どうか、お体に気をつけて
お過ごしください。

由布さんもすっかりご無沙汰してしまっています。
ご主人のマイペースさを嬉しく思っています。(ごめんなさい、由布さん、大変だったのに・・)
家族のパワーってやっぱりすごいですね。お孫さんの行事ごと(運動会など)に、またパワーが
でてくるような気がしています。
我が家も小さな行事ごとを目標にがんばっていたことを思い出します。

つーとんさんも遅くなりましたが、よかったですね!
新しい生活、いろいろと大変なこともあるでしょうが、お互い頑張りましょう。


478 名前: はこ 投稿日:2007/05/03(木) 07:47
みなさん、おはようございます!
その一さん、初めまして。空に向ってお願いする気持ちよくわかります~
何気ない日常の生活が宝物のように感じられますよね。
1日も長く穏やかな日々をご主人とともに過ごせるよう私も祈っています。
由布さんのご主人も好きなものを食べて庭の手入れをしてTVを見て・・・
おうちで快適な生活を続けてほしい!
はるさんもお義父さんの介護疲れが出ませんように!
欲張りですがそう願っています。

昨年父が他界する前に祖父の郷里、兵庫県の播磨新宮に家族で行くことが
出来ました。街並みはすっかり変わっていたようですが、懐かしそうに
小走りであちこち訪ね歩く嬉しそうな父の姿を思い出します。
連休中にもう一度行く予定です。父の写真も忘れずに持って行きます。



479 名前: はる 投稿日:2007/05/03(木) 08:32
昨日夕方 義父がなくなりました。
思ったより進行がはやかったです
3日前血管がひからびつつあり点滴が入りにくい状態と
聞いた時父ことを思い出しました
父もそう言われて2日後に亡くなりました
そういう状態になった時死が近いことが予想されることを
学びました。

なんだかやるせないです。

子ども達にとっておじいちゃんと呼べる存在がなくなってしまいました。

毎日の平凡な生活がいかに幸せなことであるか・・
今日はとても天気がよいのに、気持ちは晴れずただ時間がながれていきます

もうひとふんばりしないとね
でもふんばることに 疲れてきました・・
2年たて続けに死を見届ける事は、 心身ともにつらいです

それでも時間は過ぎていく

みなさん今この瞬間を大切に・・
では、お手伝いに行ってきます。

愚痴おおくてすみません









480 名前: 由布 投稿日:2007/05/03(木) 09:58
はるさん・大変でしたね。お義父様のご冥福お祈りいたします。
かくいう私も20年前にもなりますが、短期間3月に義母、4月に実父、6月に義父をなくし
北海道~福岡え行ったり来たりで、寝込んでしまい病院で毎日点滴受けてたのを、つい昨日の
様におもいだします。はるさんお子さんに気持ちを傾けて、ここは乗り切ってくださいね。

ばばのしんさんも、はこさんもいつも有難うございます、書き込み見たらなぜか心がほっとして
安らぎます此れからも宜しくお願いします。

その一さん、今日はよい天気で札幌も晴れてますよね。
私は、玄関を出たらすぐ北極星が見えますので、北極星にいつもお願いしています。

夜遅く書き込んだ時、急いで書き込んだときなど後で見ると、誤字脱字で恥ずかしい
限りですが消しゴムで消したいくらいで・・・読みずらいとおもいますが、勘弁して
ください。

481 名前: ばばのしん 投稿日:2007/05/03(木) 19:18
はるさん、あまりに早い別れにただ驚いています。
ご冥福をお祈りいたします。
どうかご家族がゆっくりお別れができますように・・。
(めまぐるしい忙しさでそうとはいかないのでしょうが・・)

それから、はるさんご家族が、ゆっくり体を休めることができますように・・・。

482 名前: その一 投稿日:2007/05/03(木) 23:09
由布様
こんばんは。こちらもとってもよいお天気でしたよ、今日のご主人様はいかがでしたか?
わが家の主人は「寒い」と言って暖房をいれ、テレビのリモコンをにぎりしめ野球の試合に一喜一憂していました。私は愛犬と涼を求めて家の中をウロウロとしていました。(愛すべき息子は海へおでかけ)
つつがない一日に感謝です。由布さん、誤字脱字はお互い様です。大丈夫ちゃんと伝わってますよ。
ばばのしん様
はこ様
はじめまして、よろしくお願いいたします。お父様、お母様の闘病を支えた真摯な心内…たくさんのことを教えていただきました、ありがとうございます。この掲示板にであえたこと、私の内緒の宝物なんです。どうかよろしくお願いいたします。


483 名前: mati 投稿日:2007/05/04(金) 01:22
みなさん、はじめまして。
先日、母が肝臓がんであると聞かされました。すでに進行しすぎており手術も抗がん剤治療も
出来ないとのことです。
元気もなくなり、浮腫みもひどい状態です。
23年間ずっとお世話になってきた母が毎日苦しんでいると思うと本当に辛いです。
今は奇跡を信じるしかありません。
僕は母に何をしてあげられるでしょうか?
何をしたら母は喜んでくれるでしょうか?
厳しい毎日ですが、出来ることなら何でもしてあげたいと思っています。

484 名前: その一 投稿日:2007/05/04(金) 03:17
はる様
お義父様のご冥福をお祈り申し上げます。
はじめまして、その一と申しますよろしくお願いいたします。
はるさん、私の父が亡くなった時息子は5才でした。 そして私は子の母であることを忘れ、父の娘に立ち返り父を見送る一連の儀式の間中現実逃避していました。母はといえば、あれこれと慌ただしく、涙もこぼさずでなんだか私の知ってる母とは別人のようでした。
5才の息子が「死」ということをどのようにとらえていたのか、大人の時間を多く過ごした今の私には思い出せませんが当時5才の息子なりに感じることがあったのでしょうある日、おじいちゃんレンジャ-の絵を描いて、部屋のあちこちにはってありました
セロテープでとめてありましたが、ほとんどがななめで……私、その時目か醒めました。
はるさん、疲れた時は一休みしていいんです。
泣きたい時はおもいっきり泣くんです。
はるさんを必要としている方々がたくさんいるんです。どんな時の゛今゛も明日になれば 経験 になり次の一歩を踏み出す
勇気となります。
 ご主人様共々お身体ご自愛ください。

     その一

485 名前: はこ 投稿日:2007/05/04(金) 06:32
はるさん、ご心痛お察しいたします。
今しばらくはいろいろな雑事に追われて忙しいことでしょう。
本当に寂しさを感じたり疲れが出てくるのはそれからかも知れません。
お義父様はもちろんご主人もはるさんに感謝しておられると思います。
本当にお疲れさまでした。
近しい人との別れはあまりにも悲しい出来事ですが、誰も逃れることは
できません。ただ出来る限り精一杯のことをして静かに見送るばかりです。
新しい一歩を踏み出すために、しばらく身体と心を休めてください!

matiさん、初めまして。
大変厳しい状況のようで言葉がありませんが、matiさんがそばにいてあげる
だけでずい分お母様は心強いことと思います。
私も同じように思っていましたので痛いほどmatiさんの気持ちわかります。
何をしても十分とは思えませんが、特別なことをする必要はないのでは?
matiさんの気持ちはお母様に伝わっているはずです。
お母様との時間を大切にしてください。matiさんのエネルギーをお母様に
分けてさしあげて元気づけてあげてくださいね!


486 名前: その一 投稿日:2007/05/04(金) 12:04
mati様
こんにちは はじめまして。私もはこさんと同感です。お母様にとって、あなたという存在が意味のあることで、あなたの存在を感じることだけでも、お母様は心強く思われていると思います。
私も昨年7月に乳癌にかかり、今もふっと再発の恐怖に押し潰されそうな時があります。
でも、何気ない日常の中で「飯 食えよ」「早く寝ろよ」…特別私の側には近づかなくても、ただ同じ空間にいてくれていたことが、私を前向きにしてくれました。
お母様との今を大事になさってくださいね。

はこさん、旅行楽しんでますか?

487 名前: 由布 投稿日:2007/05/04(金) 17:55
matiさん、始めまして、貴方のどうしょうもない辛い気持ちよく分かります。
ただひたすらに、いまを大切にしてください、わたしも同じ気持ちでいます。
一日でも苦しまず、穏やかに過ごしてもらいたいと祈るだけで、何もしてあげられない
自分がもどかしくなります。でも現実から逃げる事は出来ませんので、お母様に沢山の
笑顔を見せてあげてください。子供の笑顔が何よりの救いだと思います。

今日は孫のサッカーの試合の応援に、室蘭まで(片道2時間)行ってきました、
今日の室蘭は風が強くて寒くて寒くて・・・主人の背中にほっろんを貼って冬の
コート、ウインドブレーカーの下をはかせました。
真剣に孫の姿を追ってるのを見ると、早く帰りましょうとも言えず。三試合中
二試合だけ見て帰ってきました。二試合ともチームのおかげで勝ちましたが、孫も
インフルエンザ、良くなったばかりで動きがにぶくて・・・
又明日も三試合、子供達は旅館に泊まるようで、でも明日も応援に行くほど身体が
持ちません。
孫(小5)もインフルエンザ良くなったばかりで、動きが鈍くてハラハラでしたが、二試合共
チームのおかげで勝ちましたが。明日も三試合あるのですが、もう身体がもちません。
室蘭は寒くて、主人が寒そうで、背中にほっかろんを貼って冬のコートを着て、
ウインドブレーカーの下をはき、それでも寒そうでした。
寒いの我慢して、真剣に孫の姿を追ってるのを見ると、早く帰りましょうとも言えず
今日の試合は、見てる人全員寒い寒いでした。

その一さん、家のダンナも寒がりで、血小板少ないからですかね、部屋はいつも23度に
設定して、私は動き回るので暑くて具合悪くなりそうです。



488 名前: その一 投稿日:2007/05/04(金) 19:21
由布様
こんばんは。
今日はこちらも風が強かったですよ。お孫ちゃまの試合、よかったですね
この勢いで明日の試合もガンバレ! ご主人様と由布さんは、たくさん食べてお身体いたわってくださいね。運動会ももうじきですか?その時々の行事をずっとお二人で楽しんでいきましょうね。
私は今日久しぶりに一人です。主人と息子と愛犬はニセコにお出かけです。怠け者の私は、昨年末する予定だった大掃除を手抜きしながらしています(笑)

489 名前: 富ママ 投稿日:2007/05/05(土) 00:18
皆様お久しぶりです。
たまに拝見させていただいておりました。

はるさんの義父様のお話からあっと言う間だった気がします。
ご冥福をお祈りさせてください。

最近書き込みできなくてごめんなさいね。。。。。
私のこころの中に大きな寂しさが残っておりまして。。。

後日こちらの日頃から書き込みしてくださってる皆様にご挨拶させて
頂きたいと思います。

490 名前: つーとん 投稿日:2007/05/05(土) 01:17
はるさん、お義父様の御冥福をお祈り致します。淋しくなりますね、別れがやってくるってわかるのが辛くなったりしますよね。今はいろんな疲れがでたりして、大変だと思いますが、はるさん自身のお体も大切にしてくださいね。

491 名前: いろは 投稿日:2007/05/06(日) 00:19
はじめまして。
私の夫も末期の肝臓癌ですが、今はもう治療も止めて
ホスピス病棟に入っています。
でも、まだ体調の良い時は家に戻ってきていますが
日に日に少しずつ弱って行くのをただ見守るしかありません。
胸が張り裂ける思いで過ごしています。
この掲示板を見つけ、同じようにつらい思いをしてるのは
私だけではないのだと勇気を少しだけいただいたような気持ちになりました。
言葉にすればそれだけで涙が出てしまうのですが、もっと強くならなくてはと
書き込みさせていただきました。


492 名前: はこ 投稿日:2007/05/06(日) 09:31
いろはさん、初めまして。
ご主人の病院は近いのでしょうか?
体調の良いときに外泊が出来るのですね~
いろはさんには大変つらいことだけど、一緒に過ごせる時間はとても貴重な
ものです。出来るだけそばにいてあげてください。それが一番ご主人を元気
づけ活力となるはずです。

その一さん、祖父の故郷で父の散骨をしてまいりました。
父は「なんや、一緒に連れて帰ってくれへんのか?」と言ってるような気が
しました(笑)でもいつでもどこでも私たちと一緒にいてくれてるのかな?
高速道路の渋滞はすごくて疲れました~



その一さん、やはり高速道路の渋滞はすごかったです。

493 名前: 由布 投稿日:2007/05/06(日) 09:50
いろはさん、始めまして宜しくお願いいたします。
心中お察しいたします。家の主人も後半年、早ければ三ヶ月と云われて丁度三ヶ月たちました。
今のところ日々穏やかに過ごしてはおりますが、いつ何事が起きてもおかしくない状態だと、
担当医に、注意を受けてはいます。
いろはさんのところは、ホスピス病棟にお入りなんですね、私はどうして良いのか分からないまま
時間だけが過ぎていくって感じです。聞くところによるとホスピス病棟も順番待ちでなかなか入れ
ないそうで、いざと言う時では間に合わないそうで、心細いかぎりです。
先日も出先で、肩が痛い(鎖骨転移放射線治療したところ)と言い出し、慌てました。持って行った
物といえば、保険証と医師の紹介状だけ、、、私の頭痛用に常時持ち歩いてるノーシンが有りましたので
それを飲んでもらい、幸い効いてくれたので助かりました。
暢気といえば暢気かもしれませんが、今現在もダンナは庭いじりに余念が有りません、
このような状態がいつまでも続くように祈るのみです。

494 名前: その一 投稿日:2007/05/06(日) 12:37
おはよう?ございます。 いろは様 はじめましてよろしくお願いします。
私の主人も肝臓癌です。お腹が張る といって食もすすみません、声に力もなく弱っていくばかりです。でも、今ここにいます。厳しい日々の連続の中にも必ず、必ず優しい隙間があることを信じてご主人様と支えあって、大切な時間を過ごされるよう願っています。
 由布さん、ご主人様は今日もお庭にでられてなによりです。おとといのお疲れがでていないかと案じておりました。由布さんは大丈夫ですか?
はこさん お帰りなさい
散骨…とは知らず、旅行なんて言ってしまってごめんなさい。お父様故郷にお帰りになってよかったですね。きっとこれからも、ちゃんと見守っていてくださいますよ。
渋滞、お疲れさまでした
私も思考の渋滞で大掃除がちっともはかどりません。

495 名前: はる 投稿日:2007/05/06(日) 15:48
その一さん、いろはさん、matiさん はじめまして はるです
よろしくお願いします

皆様、有りがたいお言葉どうもありがとうございます
無事に葬儀も終わり今日は家でゆっくり過ごしています
明日からはまた書類などで忙しくなりそうです

また落ちついたらカキコしますね

富ママさん 久しぶりです その名前を見るだけでほっとします

いろはさん、その気持ち、十分わかります
私も自分をふるいだたせながら、看護にあたっていました




496 名前: いろは 投稿日:2007/05/06(日) 16:40
皆様、ありがとうございます。
はこさん
主人の病院は車で10分ほどの近さです。
ですから今まで体調の良い時は毎日昼間は家に戻っていました。

由布さん
ご主人さまは余命の宣告を受けられて3か月が過ぎたのですね。
でも、庭いじりをするほどお元気な様子、少しでもそうやって
穏やかに過ごされるのが一番ですね。
ホスピス病棟はやはり部屋数が限られているので順番待ちが多いとの
ケースワーカーさんからお聞きしましたが、夫は幸い一か月ほどで入院できました。
その時はまだまだ元気だったので一週間、十日ぐらい様子を見て一時退院しようかなどと
話していたのですが、今はそういう余裕はなくなりました。
他人にとても気を遣う人なので、病院でも看護士さんにものを頼むのが嫌らしく
やはり家で過ごすのが良いとこの連休中はずっと家に戻って来ましたが、
この数日で非常に悪くなりました。
明日、病院へ戻るつもりですが、もう家には戻れないような気がします。

はるさん
ご主人さまも肝臓癌ですか?
夫は腹水も溜まっていますがまだ抜いてはいません。
黄疸がひどく、下半身のむくみが出ています。
数日前から吐き気がひどくなり、痛み止めの薬を飲むための水でさえ
吐いてしまいます。
吐き気止めは全く効かないようです。
2,3日前から全く固形物を取れなくなり、水分もだめで
あっという間に痩せて来てしまいました。
予断を許せない状態だと認識しています。

はるさん
大切な方をお見送りになられたんですね。
お心お察し申し上げます。
そんな中、レスいただいてありがとうございます。
皆様のお言葉はげみにして日々を過ごしたいと思います。

497 名前: 由布 投稿日:2007/05/06(日) 19:30
今日も無事一日終わりました。
今日は好天気で、布団干ししましたが、風に飛ばされ庭のチューリップコーナーに(>o<);
蕾を10本も折ってしまいました。ダンナがあちこちの花屋を回って珍しい品種を集めた
自慢のコーナーでしたのに、もう本当にゴメンナサイです。。。。。

いろはさん・ホスピス近くでよかったですね、いつでも行けますものね。
家では、本人に余命の告知はしていませんので、なんだか持ち出さずにいます。長男一家が
近くに住んで、出たとこ勝負で良いといいますので、私もぎりぎりまでは家で見たいと思って
居ます。でも私も高齢ですので、いつまで体力持つか心配です。

その一さん・昨日一日ゴロゴロしていましたので、何とか回復しました。
ご主人様たち元気で戻られましたか?中山峠、定山渓辺りで渋滞に巻き込まれたのではと案じて
居りました。

はこさん・お父さん久々の郷里で、今頃は竹馬の友と語り遊びで忙しいんと違いますかね~
ちょっとの間、はこさんのことわすれてるかもね~

富ママさん・お久しぶりです、元気なさそうでちょっぴり心配です。

皆さんも連休も終わり、又明日から始まりですね。
皆元気で頑張ってください。

498 名前: はこ 投稿日:2007/05/06(日) 19:49
過ぎてしまったことですが、もう一度少しだけ書かせて下さい。
私の父は肝臓癌で昨年10月に他界しました。
余命半年と宣告された当時は信じられないほど元気でいましたが
5ヶ月を過ぎた頃から腹水が溜まり始めほとんど食べられなくなり
歩くのもやっとという感じで入院しました。投薬で浮腫は治まり
主治医も症状が安定しているうちに一度退院して家に帰らせてあげ
ましょうと仰っていましたが、予想以上に進行が早く目に見えて
弱っていきました。
最後は静脈瘤が破裂して吐血し家族が見守る中旅立って行きました。
父には余命宣告を受けていることも言っていませんでしたのできっと
帰って自分で片付けたいことがあったはず。自営業の店のこと、母の
こと、思い残すことはたくさんあったろうと思います。

私も父にもう一度家に帰って来て欲しかったです。
自宅で家族と過ごせるということは当り前のことだけど、本当に幸せな
ことなのですよね。
介護するご家族の心配と負担は大きいですが、それに負けないで貴重な
時間を大切に暮らしてほしいと願っています。
病院でも自宅でも、家族がそばにいることが一番のお薬と元気の素です!

その一さん、さきほどの書き込みも修正したところが消せてなくてヘンテコ
になってしまいました~ あわてんぼで恥ずかしいです。
散骨といっても大そうなものではないです!
前にも書きましたが、懐かしい風景に興奮して走り回ってた父の嬉しそうな
姿が目に浮かんで私も嬉しい気持ちになれました。

この掲示板がまた賑やかになって本当に嬉しいです。
どうしても気持ちの浮き沈みがあって、ひとりでは抱えきれない時があります。
そんな時はどうかこの場でストレスを吐き出して、また元気な笑顔を取り戻して
くださいね!応援しています。



499 名前: 富ママ 投稿日:2007/05/06(日) 20:01
 はるさん。
本当にお久しぶりです。中々コメント出来なくてごめんなさい。
そして 急展開になり 言葉をなくしました。

我が家の母は初期のポリープ切除により今は元気です。
それゆえに書きにくかった事もあります。
我が家の今の問題は「認知症」と眼底破裂寸前の目の手術が
今月半ばにあるということです。。。
ひとり暮らしの母に姉妹がどれだけ接する事ができるか。。。

 癌と関係ないので読み逃げしてました。すいません。

また、みなさんの中には匂いが気になる。 そうですね。。
食欲が。。。そうですね。。
むくみが。。。。。そうなんです。
現実みてるの辛いですね!
黄疸数値など気になるところでしょうが 今は目の前の
頑張ってる家族だけをみてあげてほしいです。
黙ってても言いたいことが伝わってきますよ!!
落ち着いて自分に出来る事を大切な方のために!!!

500 名前: 由布 投稿日:2007/05/07(月) 16:08
いろはさん、もう家には帰って来れないなんて、そんな気の弱い事云わないでください。
ご主人は、まだ腹水も抜いた事もないんだし、利尿剤とかアルブミンで対処できる余地も残されていますので、
腹水が減ったり、黄疸も減黄処置も残されていますので、元気になられますよ。
ご主人は他人に気を遣われるタイプだそうで、家に帰りホッとして疲れがどっと出たのかもしれませんよ。
幸い病院とも近いんだし、いつだって帰って来れますよ。
ご主人の精神力を信じて、一日でも多く家に帰れるようにお祈りしています。

501 名前: はる 投稿日:2007/05/07(月) 20:51
いろはさん 肝臓癌は私の父で去年の6月に亡くなりました
余命半年と言われそのとうりになってしまいました
亡くなる2ヶ月ごろまではなんとか歩いていました。
黄疸やむくみ、腹水もありましたが ひいたり増えたり だんだんひくことが
すくなくなって・・食事も最後は点滴で・・最終的には血管もひからびてきてしまい
点滴することさえままならなくなりました。

目にみえていく衰えになんどなげいたことでしょう
でも父の前だけはいつも笑っていました
残りの時間をいかに楽しく過ごせるかを考えていました。
自分の弱さとの闘いでもありましたが、ここにいる皆様に励まされながら
自分の状況の中で、やれることをやってきました。

なんどここにいるみなさんに助けられた事でしょう

いろはさん、旦那様のいないところでいっぱい泣いて
一緒にいる時の時間を大切にお過ごしください。
本人にとって苦しい時もあると思いますが大切な人が傍にいる
それだけでとても安心できるようです

1日でも長くご一緒に過ごされることを、お祈りしてます

502 名前: mati 投稿日:2007/05/08(火) 20:20
はこさん、その一さん、由布さん、本当にありがとうございます。

この掲示板を見ると辛い思いをしているのは自分だけじゃないと思い、
本当に励まされます。
母は、今週に入って、ほぼベッドで寝たきりになり食事もほとんど
食べれなくなってしまいました。

薬のせいかもしれませんが会話もあまり出来ず、トイレも1人では行けなく
なってしまいました。
明日から一応その薬をやめるみたいですが、もしかしたら脳に転移している
可能性もあるとのことです。

ただ、母も一生懸命頑張っているので僕も最期まで諦めず、頑張っていこうと
思います。

503 名前: 由布 投稿日:2007/05/08(火) 21:05
matiさんこんばんは、
お母さんの事で、胸が張り裂けるほど辛い思いをしておられるんですね。
matiさんにはきっと優しいお母さんだったんでしょうね。私も今掲示板を
見ながら、いろんな事を考えていた所でした、人それぞれに進行の仕方も
違うんだなーと、奇跡が起きないかナーと思ったりでした。
お母さんが、穏やかに安らかな気持ちで過ごされるとよいですね。
matiさんは、私の一番上の孫と同年です看護大4年生(女)ですが、
mati さんほどの優しさは相手が祖父だからか、かけらほども有りません。
matiさんの優しさが、お母さんにとっての救いです、頑張ってくださいね。

504 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/09(水) 21:36
父は多重癌で胃・肺・大腸・咽頭・脳と癌を克服してきましたが
昨年、再び食道がんに罹り、余命いくばくもありません。

父の闘病を支え、父の会社をきりもりして家計を支えてきた母も
昨年、大腸癌にかかり、もう時間はいくらも残されてはいません。

国際結婚と離婚、軽い障害を持つ子供のことで、
ふたりには数しれない心配をかけてきた私は、遠方であるのをいいわけに
今まで、重病の両親をふたりきりで暮らさせていました。

ゴールデンウィークには、体調をおして旅行に出かけました。
不肖の娘は、「まだまだ元気なんだ。」と少し安心すらしていたのです。

でも、帰宅した母は、すっかり痩せて、会話が出来なくなっていました。
こんなことってあるのでしょうか?
自分の名前すら思い出せないことがあるのです。
たった5日で、こんなになってしまうのでしょうか?

母の頭の中は自分がこんなになっていても、医療費のことで一杯で、
介護保険で月たった800円のベットを借りることすら
「自分はいいから」と遠慮するのです。
そして、今日も浮腫んで痛む足を引きずり
はっきりしなくなった頭で、出勤しています。

父はベットに寝たきりで、母の帰りを心配しながら待っています。

おとうさん、おかあさん ほんとうに ごめんなさい。
こんなになるまで決心がつかなくて。
もうすぐ、来月になったら、ずっとそばにいるから。
それまで、どうか頑張っていてください。

でも、まだちいさな子供を連れた、
私がどこまでできるのか、自信が持てません。
これから、両親と、子供と、家計をどうやって支えていけばよいのか・・・。









505 名前: つーとん 投稿日:2007/05/09(水) 22:21
にいにゃん様、お辛い気持ちですよね。癌は一日でもこんなにかわってしまうかと思います。今はご両親のもとで笑顔でいてあげてください。辛いとき悲しいときはこの掲示板に書き込んでください。私もこの掲示板でみなさんに励まされました。にいにゃん様、お一人で悩まないでください

506 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/09(水) 22:32
つーとん様 ありがとうございます。
今日、この掲示板をみつけて、自分の気持ちを吐き出したくて
堪らなくなり、書き込みさせていただきました。
もう、両親とも限界をとうにすぎていると気付き
仕事をやめて、子供を連れて、実家に戻ることを決めたのは
つい昨日のことなのです。
長女ですから、混乱する妹達



507 名前: つーとん 投稿日:2007/05/09(水) 22:44
にいにゃん様、大変な決意で仕事を辞めてご両親の面倒をみるということは、大変な決意だと思います。残された時間をすごすのではなく、一日一日を大切に過ごしてください。妹さんたちは混乱するかもしれませんが、にいにゃん様がしっかり今の現状を話されたほうがいいのではないかと、思いますが、すいません、失礼な意見でしたら。今はやれることを一歩ずつやりましょう

508 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/09(水) 22:46
すみません。先ほどの書き込み途中で切れてしまいました。
混乱する妹たちをまとめるどころか、
自分がかなり混乱しています。
でも、それを知られてしまってはいけないので、
辛い気持ち、不安な気持ち、周りの誰にも言えなくて。
こうして、気持ちを出せる場所があること、
同じ立場におられる方が沢山いらっしゃること、
励ましてくださる方がいらっしゃること、わかってよかったです。
少しだけ、気が楽になりました。
わかりづらい文章でごめんなさい。
なんだか、涙が沢山ででキーボードが見えなくなっちゃいました。
混乱していてごめんなさい。





509 名前: 富ママ 投稿日:2007/05/09(水) 23:12
にいにゃんさん。初めまして
かなり勇気のいる決断でしたね。でもこの決断は決して無駄にはなりませんよ!
今しかない。今出来る事を後悔のない様
思いっきり笑顔で応援してあげてください。
それは今後残された家族の宝物にもなりますよ!

今は諦めずに前を向いて!!!!応援してます。
辛い時は どうぞこちらに書き込んで泣いてください。そして
明日からまた笑顔で家族とともに乗り切っていきましょうね。

最近突然現われて生意気いってすいません。

510 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/09(水) 23:25
つーとん様
失礼しました。私は直情型というか、感情が抑えられないタイプで
全く介護には不向きですね。
でも、こんな私でも両親は一番頼りにしてくれているのですから
しっかりしなくちゃいけませんね。
妹達もやはり独立していますので、両親の容態を知ってはいても
なかなか立ち入れないようです。
色々と事情を話して、揉めたりしたら、両親がかわいそうですし
時間も限られてしまっているので・・・。
少しずつ、わかってもらえるように、協力をしてもらえるように
やっていきます。
私は両親と一緒に過ごす時間を与えてもらったことに感謝して
できる限り笑顔で、気持ちよく、やっていけるように頑張ります。
気持ちがおちつきました。
ありがとうございます!


511 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/09(水) 23:37
富ママ様

ほんの少しですが、障害のある我が子を全く違う環境に移すことが、
一番大変な決断でした。

鬼が出るか、蛇が出るか・・・大賭博です。
でも、おっしゃっていただいたように、
きっと良い方に向いてくれると信じます。





512 名前: つーとん 投稿日:2007/05/10(木) 00:32
にいにゃん様、応援しております。がんばってください。泣きたいときにこの掲示板でないてください。私もこの掲示板でなきましたから

513 名前: はこ 投稿日:2007/05/10(木) 09:52
にいにゃん様、初めまして。
ご両親ともにご病気で大変ですね。
でも自分を育ててくれたご両親をそばで介護できるということは幸せだと
私は思います。もちろん心がくじけそうになる時が多々あるけれど、どうか
それに負けないでください!みんな応援しています。

それに妹さんがおられるのでしたら、ひとりで抱え込まないで相談してください。
どんなに頑張ってもひとりでできることは限られています。
長女だからと無理をしすぎるとどこかで行き詰まってしまいますよ。
それに当然のことですが、妹さんたちにとっても大切なご両親です。
看病してそこから得られるものがあると思うのです。
一度には無理かも知れませんが、出来れば家族で分担して支えあって欲しいと
思います。勝手なこと言ってごめんなさい。


514 名前: その一 投稿日:2007/05/10(木) 20:37
こんばんは。
主人が入院しました。予定では5/14だったのですが、腹水が少したまってきたため早まってしまいました。昨日、今日とアルブミンの点滴です、お腹がパンパンで食事もとれず、呼吸も苦しそうで右脇腹や首などが痛むようです。が、本人は゛大丈夫゛とよたよたしながらも前向きさを失わずに肝機能回復をめざしています。
 
私はただ側にいることしかできなくて…
主人を見送る、という私の目標…にくじけそうです。

なんだか自分のことばかり…ごめんなさい。
由布さん、ご主人様今日通院日でしたね。
どうか、現状維持でありますように。
はこさん、空は遠すぎてなかなか、願いが届きません………

515 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/10(木) 21:38
はこ様 ありがとうございます。

母は、つい10日前まで病身をおして、父の介護と会社と家計とすべてを
ひとりで背負って頑張ってやってきました。
私達は気丈な母に甘えて、何もせずにここまできてしまいました。
母がもう自分の住所すらはっきり思い出せない状態になり
はじめてしっかりと母の今までの辛さがわかりました。

会社の運転資金も生活費すらどこから工面していたのか・・・わかりません。
とても酷い状態です。
ここから、どうやって立て直していったらよいのか、皆目検討がつきません。
母はそれは辛かった、苦しかっただろうと思います。
今さらしかたのないことですが、もっとずっと早くに相談してくれていたらと。
でも、きっとそんな状態であったから余計に、自分でなんとかしようと
何も言わず頑張り続けた結果なのだと思います。

何もひとりではできなくなった母を、病院に連れて行くために
実家まで片道3時間の距離を電車に揺られながら、途方にくれました。

母は動かぬ足をひきずり、働かない頭で今日も出勤していました。
会社には長年義弟が入っていますが、事務的なことは何もわからないらしく
病院にいる間も何度も、仕事をしにきて欲しいと呼び出しがかかりました。
私は怒鳴りつけたいのを我慢するのが精一杯でした。

妹も義弟と同じです。
嫌なものは、見たくないと見えないのかもしれませんね。
妹達にとって両親はきっといつまでも頼れる甘えられる存在なのです。
今の状態を認められないようです。

決して気持ちがないというわけではないと私は思っています。
はこさんのおっしゃるように、妹たちにとっても大事な親ですから。
彼女達は彼女達なりに一生懸命にできることはやっているのだと思います。
でも、その人にはその人のキャパシティーがあって、小さな容量しかない人は
その人なりに精一杯頑張っていても、他人の目には何もしていないように
見えることもあるでしょう。

私は両親と遠く離れて暮らしている時期が長い分、
彼女達より少しだけ気持ちの整理がつけやすかったのかもしれません。
姉妹仲良くが両親の一番の願いだと思いますし、
今、彼女達に意見するようなことをして、余計な混乱を招きたくないのです。

とはいっても、私ひとりでは抱えきれないのも事実ですから
少しずつ、まずは私自身が出来ることをしっかりとやって
その中で、協力が必要なことをわかってもらってやっていけたらと思います。
まずは私がしっかりしなくては。
こうして、書き込みをしているうちに、また少し元気になれました。
ありがとうございました。








516 名前: 由布 投稿日:2007/05/10(木) 21:54
その一さん、大変でしたね。
ごめんなさいね、うちの通院は明日11日でした、私の勘違いで呆けの始まりかしら??
アルブミンを点滴すると腹水の方は、大分楽になるようですよ、楽になるとよいですね、私も祈ってっいますよ。
前向きの姿勢が良い方向に転換することを期待しています。
病は気から、私は家の嫁に教えられた「言霊」を信じて良くなる、良くなると口に出して頑張っています。
その一さんも、負けないでくださいね。

 

 


517 名前: その一 投稿日:2007/05/10(木) 23:48
由布さま
こちらこそごめんなさい私の勘違いでした。
主人のニセコ一泊旅行は、すごい渋滞にはまきこまれなかったようです。ご心配いただいていたのに、失礼いたしました。
帰宅しましてから、主人の具合が悪くて、Drに連絡したり、私も不調だったりでごめんなさい。
ご主人様のかかられている病院に、主人のDrチ-ムにいらっしゃった方が4月に転勤されてます。お若く大変優秀なDrです。どんな低レベルな質問でも真摯に答えてくださりたくさんのこと教えていただきました。主治医のつぎに信頼しておりましたので、転勤とつげられた時は、主人も私も残念で…胆肝膵が専門なので由布さんのご主人のチ-ムーにいらっしゃるかも
しれませんね。

ありがとうございます。心が少しかるくなりました。

518 名前: 由布 投稿日:2007/05/11(金) 01:27
その一さん、なんだか今日は寝れないで居りました。冷蔵庫開けてつまみ食いしてしまいました。
先刻嫁から話が有り、「お父さん近くの病院にもすぐいける体制をとっておいたほうがということで
わたしも考えて居たのですが、「今度の入院が最後になると思ってください」といわれてるので、治療の
方法なくて緩和だけになると近くの方が、家族も頻繁にいけるので・・・
でもまだ何とか治療できるのではと望みをつなげたいしで。。。
明日嫁が先生に詳しく相談して見ましょうといっていました。

主人の担当医が2月半ばに病で入院され、今は前から居られた若い先生が担当して
くれてるのですが、やはり初めからの先生の意見も聞きたいですし、幸い退院して
こられたようで、明日会えればと思っています。私には娘が居ないので、嫁が頼りの
綱です。息子より頼りに成ります。病院のスタッフも娘さんはと聞くらいですから・・

通院の時も渋滞にあったら2時間はかかりますし、基本的に月一度の通院は今の病院で
と云う形で、緊急の場合は近くの病院といった具合でいけたらと考えています。
明日の結果又のちほど連絡いたします。お互いに今が頑張り時ですね。うちもお腹凄く出て
来てふーふー言ってます。食欲は有りますが、いつまでつづくか??です。
私も医学のことは、さっぱりで、医者任せで、主人が主治医を全面的に信頼してるので、、、
他の病院にもは切り出せずにいます。もう息子達にバトンタッチしました。
後は息子と相談しながらです。明日は病院に入る前に、東急でお花の展示会を見たいと嫁が誘って
くれたのですが、ダンナのアルブミン点滴中に東急はすぐ近くだから、と云う事にしています。

ご主人疲れも出たんですね・・・旅行に出る気力あるんですもの。
腹水落着いたら元気でますよ、アルブミン凄く効くようですから。3回で効果でるみたいですよ。





519 名前: はこ 投稿日:2007/05/11(金) 07:06
みなさん、おはようございます!
毎日天候がめまぐるしく変わりますがお元気ですか?ご自身の健康にも十分
注意してくださいね。長く辛い戦いですが病気に負けないように頑張りましょう!

その一さん、父も入院してアルブミン静注を1週間すると驚くほど元気になり
歩く足取りも軽くなって喜んでおりました。効果が早く現われて食欲が出ると
良いですね。きっとそうなると信じましょう!

にいにゃんさん、お母様はずっと頑張り続けてこられたのですね。
大変だったことでしょう。
でも今はそれをにいにゃんさんがわかってあげている。それだけでも
全然違うと思います。精神的にずい分楽になられたのではないでしょうか?

私の実家は酒屋です。ディスカウントショップやスーパーでビールが買える
今の時代、経営はとても苦しいです。それを父は泣き言を言わずひとりでやりくり
してきました。入院中は私が手伝っていましたが、帳簿や預金口座など何も
教えてもらっていませんでした。父も自分でやりたかったのでしょう。
退院してまだまだ頑張るつもりでしたから。
本当に最後の入院になると私も覚悟していた時でさえ、店のことについては教えを
乞いませんでした。私も心の中で奇跡が起こることを信じたかったのか、現実から
目をそらしていたのか・・・ もっとも父はどんどん衰えていき、簡単なことを質問
しても「忘れてしもたー」と言っていました。
なんでも出来たすごい父がそんな風になってしまってとても悲しかったです。

父が亡くなった後、母の生活の糧を得なくてはならないので母とふたりで店をきり
もりしていますが、女ふたりでは大変です。
こわいこともありますし。改めて父の存在の大きさを感じます。

にいにゃんさんが妹さんに何かおっしゃらなくても、にいにゃんさんの真摯な態度を
見て妹さんたちも感じることがあるかも知れません。そうあって欲しいと願います。
身内であるだけに言いにくいこと、言いたくないことってありますよね。
姉妹仲良くご両親の介護にあたって欲しいです。

由布さん、通院日ですね。
もう家を出られたのかなぁ?気をつけて行ってらっしゃい!
良い報告を待っています。






520 名前: その一 投稿日:2007/05/11(金) 10:31
おはようございます。
由布さん、ご主人さまのこと祈ってますからね。由布さんはお嫁さんと、いけ花展楽しんでくださいね。
はこさん、お父様のお話し参考になりました。ごめんね。悲しみが癒えていないのに…
今日は私の診察があるので、少し前に主人の病室からおりてきたところです。昨日とあまり変わらず、とてもだるそうです
はこさんのところ、風大丈夫ですか?飛ばされないでね。
では、行ってきます!



521 名前: 由布 投稿日:2007/05/11(金) 18:54
病院・行ってきました。疲れましたの一言です。
血中アルブミンの濃度が少し低下と黄疸の数値が少し上昇で、検査表貰うの忘れてきました。
私が疲れたくらいですから、主人は帰り着くなり寝込んでいます。

その一さんご自分も病気を抱え大変ですね。 私も甲状腺機能低下(橋本病)ですので疲れやすくて情けないです。
今日は天候の性か凄く疲れ、手足むくんでいます。明日になったら良くなってると思います。
生け花展は疲れたので、嫁だけ行ってもらいました。

通院途中、桜とこぶしが満開で、素晴らしく綺麗で絵の世界のようでした。
中断してる水墨画又始めたくなりました。

522 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/11(金) 20:41
はこさん ありがとうございます。
妹達も本当はとっても親思いの良い子達なんです。
ただ、結婚して別に家庭を持てば誰でもそうですが自分の家庭を守ることが
一番大事ですからね。無理はできないのでしょう。その気持ちよくわかりますよ。
無理をせず自分のことをしっかりやる。それも親孝行のひとつの形ですよね。
親なら子供に無理はさせたくないですから。
落ち着けば、今の生活の範疇で、気付いた事はしてくれるようになると思います。
なにより、明るい子達なので、顔をみせては両親の気持ちをもりたててくれることと思います。
そういう役割はなにより大事ですよ。
だからあまり暗いというか、大変な部分はあまり見せないほうが良いのかなとも思います。

両親の所へ移るための生活の整理で動けない私の変わりに
今夜は妹が大学生の甥を連れて、顔を出してくれています。
昨日はあんなに弱っていた父の笑い声が電話口から聞こえていてとてもうれしかったです。






523 名前: はこ 投稿日:2007/05/12(土) 06:51
その一さん、ご主人の具合はいかがですか?
ご主人の前向きさがきっと薬の効き目をよくするような気がします。
その一さんご自身の身体もいたわってあげてくださいね~、逆にご主人に
心配かけてはいけませんから。

由布さん、病院が遠いから大変ですね。みなさんお疲れだったでしょう。
桜とこぶしが満開の美しい景色が創作意欲をかき立ててくれましたか?
画に集中することも良い気分転換になりそうですね。

にいにゃんさん、お父さんの笑い声で心が晴れました?
笑顔って大事ですよね。暗い顔をしていては前に進めないから意識して
明るい表情でいるようにしましょうね!

私には姉妹がいないので、自分で理想化してしまってて、姉妹がいたら
あんなことも話せる、こんなことも一緒に出来る、なんて勝手な想像で
夢を膨らませてしまいますが(笑)ないものねだりなのでしょうね。

ここにいる皆さんもおっしゃってますが「孫薬」はとても効くようですよ。
大学生のお孫さんが時々顔を見せてくれたら、ご両親も喜ばれるし何より
心強いと思います。特になにをするって気負わなくても家族として出来る
ことはたくさんあるはずです。
考えすぎずに気づいたこと、出来ることをひとつずつ。なるべくストレス
貯めない毎日を送ってください!

524 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/14(月) 00:15
状況の変化についていけません。
私は今、両親の家に入るために生活の整理をしているのですが・・・。

母が失禁をするようになってしまいました。完全に痴呆の状態です。
昨夜は父の咆哮で目が覚めました。
食道が詰まったようです。怖かったです。

一日も早く近くにいてやりたいとは思うのですが
実は、父の会社の負債がもう目一杯で
なんとか動かす方法があったのでしょうが
それを知る母はこんな状態なのでどうしていいのか困っています。
個人の預貯金もすべて切り崩しており、一円もないのでは・・・と途方にくれています。
私は両親の家へ入ると、今の仕事はつづけられませんし、
母子家庭で、両親の生活と医療費を賄う貯金などありません。
ともだおれ・・・です。

会社の整理も視野にいれて・・と思っていましたが
莫大な負債が残ります。
父母の生活が成立ちませんし、義弟が会社に入っていますから
妹たちも路頭に迷うことになります。
ほんとうに参りました。
参りすぎて実感がわきません。



525 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/05/14(月) 09:41
にいちゃんさん大変な状況ですね。
とりあえず下記のように開き直って心を少し軽くしてみては?
実際にどうするかはみなさんでよく話し合わなければなりませんが、このと
ころずっと気張ってきたことと思いますので、ここらへんで心の休憩も大切
です。
◎役割分担
みなさんが勧めているとおり、役割分担をしましょう。全てをひとりで抱え
込んでいたらにいちゃんさんの心まで壊れてしまい、結果的にみんながいっ
そう不幸な状態になりかねません。にいちゃんさんが楽をするためではなく
て、不幸の連鎖を断ち切るために役割分担をするのですからね。
◎破産宣告・生活保護
土地家屋等の財産を処分しても膨大な負債しか残らない状態なのであれば、
破産宣告をして負債をチャラにし、両親は生活保護を受けて入院することま
でを視野に入れてはどうですか。いずれも世間体はお世辞にも良いとはいえ
ませんが、負債や医療費の心配をせずに治療に専念することができます。
ご両親の医療・介護や生活保護については、地元の民生委員にまず相談して
みてはどうでしょうか。お近くの民生委員が誰かは、地元の町会役員や地元
市町村の福祉部署に聞けばわかります。
◎失業保険
この会社に勤務している妹夫婦は当面、失業保険で食いつなぎながら次の仕
事を探すことになります。中高年の再就職はとても厳しい時代ですが、いき
なり路頭に迷うわけではありませんから。
もし(可能性は低いのではないかとお察ししますが)お母様さえ元気であれ
ば会社経営が存続可能な状況なのであれば、会社の事情に少しでも明るい方
が経営存続を考えるしかありません。この場合は離れていたにいちゃんさん
よりもその会社で仕事をしてきた義弟です。お父様からも少しは聞きだせる
はずです。

526 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/14(月) 11:49
ありがとうございます。
こうなって改めて母の偉大さ痛感しています。
会社を動かすのは傍目にみるよりずっと大変なのだなと。
生活のレベルは上げるのは簡単でも、下げるのは受け入れがたい。
父はわがままの言い放題で今でも生活が変ったことを認識できません。
が・・・うちでの小槌はもうなくなってしまったのだから
老いては子にしたがってもらうよりしかたありません。
とりあえず、家捜しをして書類かき集め、処分できるものは処分します。
その間、妹達になんとか頼んで頑張って会社をまわしてもらいます。
そして医療費は会社の売上げから、妹夫婦にまわしてもらい、
生活費は私が負担して数ヶ月ならなんとかいけるかもしれません。
その後のことは・・・不安ですが、丈夫な身体がありますから
仕事さえみつかれば私達はなんとかやっていける。
子供もまだ小学校低学年ですから。
今回のことで、今の状態のことを妹と話すこともできましたし、
協力して両親をみていくという点では、よかったのかもしれません。
なんて・・・前向きすぎるかな。
この状況に対する実感がまだわかないのかもしれません。
525さん、ありがとうございます。
アドバイスを伺って、最後は結局なんとかなるよ、って思うことができました。

527 名前: はこ 投稿日:2007/05/14(月) 18:12
にいにゃんさん、大変な状態ってことがみんなにわかって協力しあえれば
雨降って地固まるってことになるかも?
会社の経営はこの際、義弟さんに頑張ってもらいましょう!
これまで事務的なことはタッチされてなかったようですが、これまでのことは
置いといて、今後の義弟さん一家の生活もかかっているのだしこれからはメイン
になって頑張ってもらえればと思います。

うちにも負債がありました。
今も店を続けていますが、母の生活費としてお給料を出すのがやっとでそのため
私はパートを続けながら店のこともしています。
実家と家は通える距離ですのでなんとかやっていっていますが、母をひとりにも
しておけず週に4日は実家に泊まっています。朝5時に自宅に戻り主人の食事や
出かける支度を整えてパートに行く、合間に配達にも行く、そんな生活です。
資金繰りも容易ではなく時々くじけそうになりますが、それでも生きていかなくては
ならないんですよね。
愚痴を言うつもりではないんですが、にいにゃんさん、私も頑張ってます。
みんなそれぞれ頑張ってます。にいにゃんさんも負けないでね!


528 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/14(月) 23:15
はこさん ありがとうございます。
みなさん頑張っておられるのですね。
まだまだこれからなのに、迷いの多い自分が恥ずかしくなります。

今日はひやっとしたことがありました。
父が眠っている少しの間に、母がいなくなってしまったのです。
幸い母はすぐに戻って来て、大事にはいたりませんでしたが
母は徘徊するタイプのようです。
譫妄が明らかになってまだ一週間なのに、病状はこんなにも早く進むものなのでしょうか?
私はまだ実家にはいるために、仕事他生活の整理をしていて
月末までは、病の父に頑張ってもらはねばなりません。
父自身、この所毎日毎日「今までで最悪」の状態で、弱りきっています。

明日は仕事を閉めて、朝から実家へ行くことにしました。
八歳の子供を夜までひとりでおいておかねばならず、
それも気がかりで今から落ち着きませんが、父を少しでも休ませてあげないといけません。
自宅から実家までは片道3時間。
両親が元気なころは考えもしませんでしたが、離れているとこういう時ほんとうに不便ですね。

癌で亡くなった姉妹二人と祖母を、自宅で介護していた叔母からは母の入院を勧められました。
なんとしても自宅で見てやりたいと思っていますが、
(今はまだ実家に通っている状態なので何もいえませんが・・・)
末期癌の父と、早期痴呆を併発した末期癌の母を、
同時にふたり自宅で介護するのは無理があるのでしょうか。





529 名前: はこ 投稿日:2007/05/15(火) 07:17
はるさん、いろいろな処理や片づけで疲れが出ていませんか?
由布さん、matiさん、その一さん、いろはさん、みなさんお元気ですか?
毎日の介護で気持ちの浮き沈みもあります。いやなことや不安はどこかで
吐き出すのが一番です。そしてまた気分を一新して大切な人を見守ってあげて
ください。

にいにゃんさん、ご両親を自宅で看るには条件が整っていないと思います。
まして小さなお子さんもおられるのだし、非常事態といってもお子さんに
寂しい思いをさせるのはかわいそう。
525さんが具体的にアドバイスしてくださったように、やはり民生委員に相談
するなりして、行政の力を借りた方が良いと思います。
もしかして病院に入れるということの負い目を感じておられるのかも知れま
せんが、病状は急変し何が起こるかわかりません。
設備の整った病院にいてもらうことがお母さんのためでもあると思います。
このままではにいにゃんさんがつぶれてしまいそうで心配です。


530 名前: にいにゃん 投稿日:2007/05/16(水) 21:40
はこさん
ありがとうございます。
お金のことは、会社は妹達、個人は姉妹で税理士などとも相談して、
もう一度、整理をつけて考えることにします。
今日もやはり心配で朝から実家にいってきました。
父も母も昨日とくらべても驚くほど痩せてしまっていました。
母は、昨日まで持てていたお箸が持てなくなっていて、朝食はスプーンでとりました。
妹の話だと、月曜には会社に行き、伝表に文字を書いていたそうですから大変な変りようです。
そして、昼食時にはもうスプーンをもつこともままならなくなりました。
昨日お風呂に入れた後、自分で髪をとかしていましたが、
今日はブラシが何をするものかもわからなくなっていて・・・。
介護認定の調査が入り、名前をきかれても思い出せませんでした。
私の名前も、娘であることもきっとわかっているとは思いますが、
考えつかないようで辛くなりました。
調査員が「親しい人ですよね。知っている人ですよね。」と重ねて訪ねても
「う~ん。知っている・・・?」と悩んでいました。
隣にいる父のことは「もう随分前にいなくなった」と言っていました。
ゴールデンウィークまでは、元気に出勤し、休み中は旅行出かけ、
それがたった10日でこんなになってしまうなんて信じられません。
でも、不思議ですね。手を貸すことを拒まれて、用無し、帰ってと言われても
それはショックなのですが、腹が立ったり悲しくなるよりも、何故か愛おしさが増すのです。
母は自分から話すことは全くなくなってしまったのですが、
時折すごいギャグを飛ばすのです。
今朝、急に私の持っていたからの紙袋を欲しがり、
手渡すと「♪おふくろさんよ、おふくろさん♪・・・ではなくて」ってつぶやいたり
「おとうさんにふりまわされてされて大変だったね」って話かけたら
「♪そんなひろしにだ~まされ~♪苦節26年。」なんて真顔で歌ってみたり。
かわいいです。とっても。
そして、何をきいても返事ができないのに入院や引越しには
「絶対に嫌だ。」とはっきり答えます。
私達、頑張ります!






531 名前: はこ 投稿日:2007/05/16(水) 22:44
そうなんですか、お母さん入院したくないんですね。
だとしたら頑張るしかないですね。
にいにゃんさん、しっかりね!
お母さんをいとおしいと思えることがとても素晴らしいです。
大変でしょうが、ご両親と暮らせるこの時間は本当に宝物ですよ。
やがて別れの時はやってきます。悔いを残すことのないように
今出来るすべてのことを精一杯してください。
そして楽しい思い出をいっぱい心に刻んでくださいね。


532 名前: その一 投稿日:2007/05/17(木) 10:35
おはようございます。
 久しぶりの書き込みです。由布さん、その後ご主人様はいかがですか?
お庭でくつろいでいらっしゃること期待しております。昨日はとても爽やかで、主人と散歩を楽しみました。はこさん、主人は肺と骨に転移し、心臓肥大しておりますが、今は自分で歩き、少しですが食べることができています。お腹、両肺とも水がたまっています。酸素も離せません。そんな状況ですが、日々のなにげない事をイベントとして楽しむようにしています。退院を目標に……
今日は雨の予報なので、早めにお散歩してきたところです。八重桜とツツジのピンクの濃淡のコントラストが美しく、悲しかった。
由布さん、はこさん私の身体までご心配くださりありがとうございます。
私は大丈夫!


533 名前: 由布 投稿日:2007/05/17(木) 14:22
その一さん、急に暖かくなりお加減でも悪いのかと、心配していました。
お元気でホッとしました。なんだか私も元気が出てきそう、天気悪い時はなんだかう鬱々しています。

ダンナも、この二、三日椅子の上で寝てばかりです。今朝早く清田の友達(元上司)から電話で、日曜日
に来てくれるとの事で、少し元気出たみたいです。

北国は今花が咲き始め、一気に四季の花が咲きますので、素敵ですよね・・・
ご主人と仲良くお散歩、羨ましい限りです。

吉野桜みたいに、ぱっと咲いてぱっと散る男らしくて素敵だと好きでしたが・・

この花も来年も一緒に観れたら~と思うと愛おしくなります。
又来年のためにと、枯葉を袋につめて、腐葉土を作ってる主人の姿を見ると
何とも切ないです。ひと時ひと時を大切に目に焼き付けておきたいものですね。

家の主人の病院も家で過ごせる間は出来るだけ家でとの方針だそうですので、
病院嫌いのダンナには、ありがたいです。私が粗忽ですからよくぶつかり合って
います。もう少し優しくなれないのかな~と後悔はするのですが、生まれつき
だから仕方ないですね。

534 名前: はこ 投稿日:2007/05/17(木) 18:46
その一さん、由布さん、北国のおふたりのところは花盛りのようですね。
きれいでしょうね。
その一さん、ご主人の歩みを支えてあげてくださいね!
由布さんもぶつかりながらも普段の由布さんらしさがきっとご主人を安心させ
元気付けていると思いますよ。ケンカできるくらい元気なんだもの。



535 名前: その一 投稿日:2007/05/19(土) 10:06
おはようございます。
昨日、今日と雨でお散歩行けませんが、気分転換に病院の玄関前で、深呼吸してます。
腹水、胸水がなかなか改善しませんが、昨日の昼食と夕食完食にちかく、嬉しい驚きでした。健常であれば、気にも留めない事に一喜一憂することに、悲しみが深まります
由布さん、ご主人様いかがですか?明日はお友達がいらっしゃる日ですね。笑いの多いひと時でありますように… 由布さんも、接待でお疲れがでませんよう…
はこさん、お母様お元気にしてらっしゃいますか?お母様とお二人でお店の切り盛り、その大変さ、私には知る術もありませんが、西に向かって応援しています。私、個人商店大好き!



536 名前: 富ママ 投稿日:2007/05/20(日) 23:35
 にいにゃんさん。その一さん。由布さん。
大変な時期ですね。私は違った忙しさを実感してますよ!

残された家族の介護も必要となってきますね!!!
寂しさのあまり?ドンドン変化してしまう母。

みなさん、本当に今頑張ってくれてる家族の姿!しっかり応援
してあげてください。
目の前の現実は辛いと思うケドお散歩、声かけ それだけでも
宝物になります!!!!

 陰ながら応援させていただきます。富ママ

537 名前: その一 投稿日:2007/05/21(月) 04:08
富ママ様
ご挨拶が遅れごめんなさい。こちらでたくさんの励ましを頂いています。そして、多くの事を教えて頂いて感謝しております。
お母様のこと、切ないですね…
よろしくお願いいたします。
      その一



538 名前: はこ 投稿日:2007/05/21(月) 06:52
その一さん、おはようございます。
浮腫がなかなか引かないようで心配ですね。
それでも食事が進んで良かったです!病は悲しいけれど不断なら気にも留めない
些細なことに感謝できることも素晴らしいことです。
父が余命半年と言われて他界するまでの期間はこれまでの人生で一番辛い時期で
したが、それでも1日1日を感謝して過ごせた半年間はとても充実していました。
それからお店の応援ありがとうございます!心強いです。

富ママさん、私の母も無我夢中だった半年が過ぎて寂しさが募ってきたと言って
ます。そろそろ自立して欲しいなどと思ってるのを感じてSOSを発信している
のかも?
看病が終わったからそれでめでたしというわけには行きませんね。
逝ってしまった方の分も精一杯頑張りましょうね。

539 名前: 由布 投稿日:2007/05/21(月) 09:01
おはようございます。
はこさんも、その一さんも朝がはやいですね・・・
私はやっと洗濯物を干しヤレヤレと座ったところです。
此れから、鉢植えの花を一回り大きい鉢に植え替えようかと考えています。

今朝は、ダンナもう起きてるとばかり思って、枕カバーの上にかけてるタオルだけでもと
洗濯しておこうと引っ張ったので・ダンナ私が気が変になったか~とビックリした~と
言っています。(^O^)

富ママさん少し余裕できましたか。お母さんおちつかれましたか。
仕事と両立大変ですね。

はこさんも元気でよく続くと感心しています。

その一さん、今朝は雲ひとつ無い快晴、お散歩楽しまれましたか。
昨日お客さん帰られた後主人の友人が来て碁を始めましたので、
鮭のふる里館まで(歩いて3~5分)植木市やってたので、
夕方ちょっと1人で散歩に行ってきました。台湾からの観光客で一杯
でした。風が強くて、日ごろの運動不足がたたって今日は足が痛いです~


540 名前: はこ 投稿日:2007/05/21(月) 18:28
由布さん、ダンナさんごと洗濯してしまいそう!
きっと「何すんねん、おまえ~!」(大阪弁じゃないでしょうけど)と叫んで
顔を見合わせた後は大笑いだったのではないですか?
大きな声で笑ったら病気も吹き飛んでいきそうですね。
今日は大阪も快晴でした~

541 名前: 由布 投稿日:2007/05/21(月) 21:36
はこさん。そうなんですよ、ダンナ枕から落ちて向こう向いて寝てたので、
枕にかけてるバスタオルを引っ張ったんです。「まだ寝てたの~ごめんごめん」
「オー頭変になったかとビックリしたー」ですって・・・・
いつもダンナのほうが先に起きてるので、起きてるものとばかり思ってたので、私も
ビックリ、「エー死んでるかと思ったー」「馬鹿こけ、ビックリしたのは俺の方だぞ」
 
予定どうり鉢の花植え替えました。紫陽花も鉢が小さくて根が外に出てしまって可哀想
でしたし、全部で10鉢くらい、毎年主人の仕事でしたのに、ブツブツ・・・・・

夕方孫ちゃんが、習字の練習に来ましたので、疲れも何処えやら、おやつ作りで気分爽快、
自転車で来てましたので玄関のところで、「気をつけて帰るんだよ」って送り出すと、何度も
振り返って手を振るので、無事帰り着くか心配で・・・婆馬鹿でした。

主人も今のとこ、腹水は利尿剤で落着きましたので、毎日飲まないでも良いようです。
黄疸は目立つ日とあまり感じない日もあるのですが、そんなものなんですかね?
黄疸が目立つ日は、身体もだるそうです。食欲は有りますが、甘いもの好きで心配になるほどです。
以前のようにあまり動きません、ほとんど寝ています、がいつの間にか庭の空いた所に、きゅうり、
ナス、トマトが植えてありました。


542 名前: その一 投稿日:2007/05/22(火) 00:01
おちゃめな由布さん、
今日はご主人様ともども、お疲れながらも楽しい一日でしたね。想像するだけで心和みます。
でも、ご主人様の黄疸、心配ですね、うちは黄疸はありません。骨の転移は、痛みは大丈夫ですか?少しでもながく穏やかな日が続きますよう…
きゅうりやトマトたべなくちゃ~。
私ね一番好きなお花、
紫陽花なんです

はこさん、はこさんのお話しはいつも優しくて、私泣き虫だから、昨年からずっと泣きながら読ませて頂いてました。
明日は、主人に少し優しくします。
今日は主人の具合が悪くお散歩行けませんでした。熱が37.6から下がらなくて、お腹も張っていて…そのせいか、機嫌が悪いの。
利尿剤飲んでお注射もしてるのに、なかなかへってくれません。明日は主治医から、状況説明があります。不安です。

遅くにごめんなさい。眠れなくって…
由布さん、はこさん明日もよい日でありますよう

543 名前: はこ 投稿日:2007/05/22(火) 06:32
その一さん、先生のお話を聞く前ってドキドキしますね!
いつも順番を待つ時父に気づかれないように、手を合わせてどうかこわい事
言われませんようにとお祈りしてました。
今日はその一さんと一緒に祈ります。

由布さん、孫薬はおふたりともに一番効き目があるみたいですね。
何度も振り返って・・・男の子なのに優しいんですね~
ご主人は休む時は休む、庭仕事する時はするとご自分のペースを見つけられ
たのかも知れません。由布さんも心配しすぎないで仲良く賑やかに過ごして
ください!

544 名前: 由布 投稿日:2007/05/22(火) 10:17
おはようございます。
はこさん、今日はお休みと違いますか?
その後自販機壊し魔、あらわれませんか?

此処の人達は皆さん、紫陽花大好きな人ばかりのようですね。
はこさんも、ばばのしんさんも、富ママさんも紫陽花好きだと聞いたこと
有りますよね~

その一さん、今日は主治医からの状況説明、どうか少しでも良い方向に向かってるように
お祈りしています。

骨は右鎖骨ですが、一年以上も前から痛いと、先生に訴えていたのですが、整形に行って見てください
との事で、院内の整形外科で見てもらい、50肩でリハビリー勧められたんですが、とても通える距離
ではないので、シップ薬貼ってそのままにしていました。
一年以上たって、肩が膨らんできて始めて鎖骨転移て分かったんです。
2月入院した時に、放射線治療をやりました。
時々、冷えた時とか、肩を使ったときなど、少し痛むようでシップ薬を貼っています。
ロキソニンが処方されて出ています、出先で痛んだ時はノーシンで効きました。
ロキソニンはよく効くようですが、持って行くの忘れて冷や汗でした。以後バックの中に
入れて持ち歩いています。

昨日働きすぎて、今日は肩こり頭痛です。
今日も快晴雲も無いので、その一さんの祈りがすんなり届きますように、
空に向かって、私も祈っています。

545 名前: その一 投稿日:2007/05/22(火) 10:34
はこさん、由布さん ありがとう。お二人の応援を胸に、行ってきます!
でも…あまりいきたくなぁい……。


546 名前: その一 投稿日:2007/05/24(木) 01:40
由布さん、はこさん、
主治医のお話しのテ-マは、゛今後について゛ということでした。まだ、私の中で決断できていません。簡単にいうと、抗がん剤をつかうか、つかわないか…
胸骨の腫瘍は、今のところ強い痛みはなく、放射線に良く反応したのでしょう。問題は、肝臓と肺に対してです。腹水、胸水が改善されて、肝機能がもう少しさがったら、抗がん剤を使えるが、
ということで、


すごく、すごく迷っています。
今夜も眠れず、こんな時間になってしまいました

547 名前: はこ 投稿日:2007/05/24(木) 18:06
その一さん、抗がん剤の問題は私にはなんとも言えませんが、そういうお話があったと
いうことは腹水、胸水が最善され肝機能が良くなる可能性があるということですよね。
そう前向きに考えてみてはいかがでしょうか?
実際使うには本人の同意と強い意志が必要になりますし、その一さんひとりが抱えこんで
決断しなければないならないことではないと思います。
医学的なことはケアより治療のページで質問された方が適切なアドバイスがもらえるかも
知れません。ちゃんと睡眠は十分とってくださいね!


548 名前: 由布 投稿日:2007/05/25(金) 11:11
おはようございます。
抗癌剤治療...悩みますね~
家でも、少し落着いて5FUの飲み薬を投与して見ましょうかと云う話になっていたのですが、
途中で担当医が病で倒れ、そのままに成っています。新しい先生に打診して見ようかとも考えたの
ですが、副作用で辛い思いをさせても、と思ったりで悩んでいます。
苦しみながら少し寿命を延ばすよりも、一日でも穏やかにすごした方が~とも思ったりです。
セカンドオピニオン、考えて見ないことも無いのですが、現在の病院で最善の治療をやってもらってると
本人も信じて居ますので・・・癌発覚以来5年半になります。
最初が、肝門に突き刺さるように出来てたので、切ることも焼くことも出来ず、リザーバー留置を
やったのですが、その間つぎつぎに小さいのが出てきて・・都度ラジオ波で焼いたりしてきましたが、
前担当医に「最初が難しいところに出来てたのに、よう此処までもってくれました、精神力、体力は
凄くとぎ済まされ、鍛えてありますね~、私も感服して居ます」と言われましたので・・・私も後は
寿命に任せ、穏やかにすごせればと思ったり、頭の中色んな思いでまとまらず、ぐるぐるです。
だるそうに椅子の上に寝そべってる姿を見ると、これ以上辛い思いをさせるのもと思ったりです。

549 名前: その一 投稿日:2007/05/28(月) 22:46
こんばんは。
由布さん、はこさん、アドバイスや励ましありがとうございます。
私の言葉足らずでした。主治医から、入院してすぐに「もう積極的な治療ではなく、緩和の段階にきている」と告げられていました。でも主人は知らないので、毎朝の回診時主治医に「いつ、動注できるのか?腹水はなぜ減らないのか?早く治療したい」と訴えていたそうです。

先日の主治医とのお話しは、それをふまえてのことでした。

ハイリスク覚悟で、主人の希望通りお願いしました。
明日、腹水をぬきます。アルブミン点滴と、利尿剤注射もあまり効果がなく、血中酸素濃度も86ぐらいで、酸素を離せません。笑いを忘れてはいけないと、自身を奮い病院へ向かいます。
今年の
6月は、ブルーム-ンといって満月で始まり、満月で終わる極めてまれな月だそうです。ニ度目の満月をみると、願い事がかなうという……
(今日の新聞より)
はこさんの商売繁盛
由布さん、ご主人様の穏やかな時間、お願いしますからね。

明日も良い日でありますように…。

550 名前: はこ 投稿日:2007/05/29(火) 06:46
その一さん、おはようございます。
腹水穿刺されるのですね。ご主人はやっと治療してもらえる!と喜んでおられるので
しょうね。治療してよくなると信じる気持ちで元気が出てきますよ。
何よりご主人の希望なのですから。
腹水を抜いてもらってお腹がぺったんこになったら久々に楽に過ごせるのではないで
しょうか。その一さんも楽になった?良かったねと一緒に喜んで笑ってくださいね!
ブルームーン、素敵なお話ですね、知りませんでした。
その一さんとご主人のために願い事をします。

551 名前: 富ママ 投稿日:2007/05/29(火) 13:52
その一さん。この時間は無事に腹水抜けてるころでしょうね。
ひとつでも前に進めば笑顔も最高となるでしょう!
笑顔!  笑顔! 最高のプレゼントだよね!!!
お月様。お願い事が多すぎて。。。でも私もお願いします。
みんなの幸せを!


552 名前: 由布 投稿日:2007/05/29(火) 20:12
今晩は。富ママさん、久しぶりですね。
はるさんも、もう落着かれた頃でしょうかね~

その一さん、ブルームーンって歌にもあったような気が・・・
6月1日と30日ですね。30日晴れてますように今から祈っています。
ご主人、今頃はご機嫌になって食欲旺盛で・・・快適に過ごされてることと
想像しています。

知人の奥さんが他界され、何かと雑用に追い回されてくたくたです。先刻まで
こっくりこっくりしてました。
北海道は3時には夜が明け、夜は7時でもまだ明るいんですものね~
北海道に来た当初は驚きました。白夜を連想してしまいました。

心のロマンって、何時までも持ち続けたいものですね、そして何事にも
強く立ち向かって行きたい物ですね・・・
笑顔で頑張りましょうね。。。


553 名前: その一 投稿日:2007/05/30(水) 10:16
おはようございます
昨日、腹水1700ぬいていただきました。
主人は、楽になって食も進み、さあ、治療…とおもっていましたが、主人の描いていた予後との違いに、しょんぼりしています。
食も進まず、37.6~8の熱、酸素離せずです。
でも、主人には ゛あなた運動不足だから、脂肪よ゛などと、悲しさ飲み込んで、ちゃんと笑顔で言えました。由布さん、はこさん、富ママさんのおかげです。
私にたくさんの力をありがとう!



554 名前: <削除> 投稿日:2007/05/30(水) 23:15
<削除>

555 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/05/31(木) 11:11
にいにゃんさん、その後どうですか?
陰ながら心配&応援しています。

556 名前: はる 投稿日:2007/06/01(金) 01:43
みなさま、お久しぶりです。
物事はようやく落ち着きはじめました。
私自身疲れがたまりダウンした時もありましたが、今は仕事に行けるように
なりました。
もっとこうしておけばよかったかも、という思いは尽きませんが、
その時はそれが精一杯だったんだと自分にいい聞かせながら過ごしています。

愛しい人の介護ほどつらいものはありません。陰で泣いて泣いて泣いて
本人の前では笑って笑って、眠れない夜も多々あって・・
その繰り返しですよね

でも亡くなってしまったらその時間さえもないのです。

今介護に励んでるみなさん
みなさんの笑顔は患者さんの元気のもとです。
ここで弱音を見せて、患者さんと過ごす時間大切にして下さい

陰ながら応援してます


557 名前: はこ 投稿日:2007/06/05(火) 07:01
はるさん、お久しぶりです!
私もはるさんと同じ気持ちです。
介護している時期は一番つらいと思ってました。確かにつらかったけれど
今ではそれさえ懐かしく思います。どんな形であれ父が生きていてくれたら
と思うこともしばしばです。
今介護中のみなさん、大変な中にもほっとひと息ついて笑い合える時間が
あるはずです。そのひとときを大切に!

その一さん、その後ご主人の容態はいかがですか?
熱は下がりましたか?ご主人とその一さんのことを毎日心配しています。


558 名前: にいにゃん 投稿日:2007/06/06(水) 11:21
はこさん、富ママさん、皆様
久しぶりに自宅に帰り、書き込みいれさせていただきます。
何からどうご報告していいのか、
自分の整理をつけるための書き込みになってしまう事、お許しください。

先月、5月27日午前零時に母が痙攣発作を起こし入院いたしました。
その六時間後、父が他界いたしました。
自分で歩き、少量ですが食事もとり、居間のソファーでテレビを見て
疲れから、衰弱してはおりましたが、日中往診していただいた先生からも
月単位の寿命は残っているというお話をいただいておりました。
多分、脳ヘルニアなのではないかと思います。
まるでスイッチが切れたように逝きました。

お恥ずかしい話ですが、私は自分が両親にお返しできること、
目の前の介護と医療のことで頭が一杯で
姉妹の関係がどのようになっているのか、
それぞれの妹たちの思いがどうなのか
確認して人間関係の調整をとることができず、
父には最後まで辛い思いをさせてしまいました。

父は全幅の信頼と愛情を寄せていた母が日に日に変って行くのを
目の当たりにしながら、生活の糧を失い、
また、近くにいたなら何くれと面倒を見てくれたであろう末娘への連絡も
ままならないような状況をふきこまれ、
なお、会社のためにと亡くなる前前日まで銀行に役所にと連れ回され、
後見者となる妹夫婦からは、負債負債と責められて・・・。
私は、介護医療に関わる手続きや、日々の生活費、医療費のことで
充分な時間がなく、私がついていられない時間の母の介助をどうするか、
そんな目先のことばかり考えていて、父の心の支えになることができませんでした。

私が救急搬送された母の付き添いから戻って、
母は心配のいらない状態だと告げた、三十分後、
父は末妹の腕の中でことりと亡くなりました。

事務的な手続きが済み、私と末妹で介護のシフトも決まり
当面の生活費・医療費の工面もついたその日のことでした。

今、父亡き後、一番に考えるべき母のことを脇に置き
会社の継承、ひいては相続のことで揉めています。
中の妹夫婦が騒いでいるだけなのですが・・・。
揉めるようなものは何もないのに。
私には、こういった人達の考えが全くわかりません。








559 名前: はこ 投稿日:2007/06/06(水) 12:47
にいにゃんさん、あまりにも突然のことで驚いています。
お父様にもっとしてあげたかったことなどが次々と浮かんでご自分を責めて
おられるかも知れませんが、お父様はお母様が心配ないと聞いて安心して
旅立ってしまわれたのでしょう。きっと心は穏やかだったのではないでしょうか?
煩雑な手続きをこなしながら、出来る限りお世話したにいにゃんさん姉妹に
感謝しておられると思います。
本当に大変でしたね。
これからはお母様をのことだけ考えてあげて下さい。
会社のことは妹さんご夫婦に任せてしまって、お母様の介護に専念されては?
ほっと一息つく余裕もないと思いますが、お疲れの出ませんように。
お父様のご冥福をお祈りいたします。

560 名前: その一 投稿日:2007/06/07(木) 08:01
おはようございます。
はこさん、主人は日曜日の夕方から、出来ていたことがひとつづつ出来なくなって、昨夜からベットから3メートルもない距離のトイレまでも歩けず、ベット横にポ-タブルトイレを置き、それも大変になってきました。
便が黒いのと、貧血なので、出血の有無を検査しましたが、カメラで見える範囲には、異常はなくて少しほっとしています。が、なぜ黒いのか?主治医からは、昏睡にはいっていくので、遠方の逢わせたい人には連絡を…と言われています。
はこさん、時間を止めて…

561 名前: 富ママ 投稿日:2007/06/07(木) 10:02
 にいにゃんさん。
なんとお言葉をかけてよろしいやら!
お父様は本当にお母様の事心配だったんですね!
 夫婦愛を感じます。
今の心境は複雑かもしれませんが その場を去った私にとっては
お互いの心を感じてます。
残された家族は本当に辛いと思いますが気持ちを強くもって
残されたお母様の介護に努めてください。
  お父様のご冥福をお祈りいたします。

562 名前: 富ママ 投稿日:2007/06/07(木) 10:13
 その一さん。
おしっこは出てますか?黒便は普通に戻る事もありますよ。
(癌の世界でなく介護の世界)
私たちは タール便と呼ぶくらいねっとりした時は。。汗です。
腹水も抜かれてきついですね。でもまだ抜けるチャンスもある?
まだまだ大丈夫!笑顔で乗り切って!家族の笑顔が大きな活力!

  また辛いとき泣き入れてください。



563 名前: はこ 投稿日:2007/06/07(木) 18:41
その一さん!ご主人と父が重なってその一さんと手を取り合って泣きたい気持ちです。
私に力があれば時間を止めてあげたい。
でもどうかご主人と過ごせる時間が少しでも多くありますようにと祈るしか出来ません。

私の父も自力でトイレに行こうとしましたが、目に見えて弱っていき歩くのもおぼつかなく
なりましたが、それでも行こうとするので肩を貸したことがありました。
後ろから私の肩に両手をかけて、電車ごっこのようにふたりつながってトイレへ向ったら
婦長さんが「あらあら、歩行器を持って来ましょうね」と笑っていました。
その時の父の体温がまだ私の肩に残っているような気がします。

その一さん、まだ泣くのは早いです!ご主人も闘っていらっしゃいます。
残された時間のひとこまひとこまが大切な宝物になります。
かみ締めて心に刻んでください。
うまく言えなくて、気に障ったらごめんなさい。
ブルームーンはまだですが、毎晩夜空に向って祈っています。



564 名前: 由布 投稿日:2007/06/07(木) 19:43
その一さんの、辛い切ない姿が目に浮かび、何もいえません
少しでも良い方え向かわれますよう、ひたすらお祈りしています。
頑張ってくださいね。

565 名前: はる 投稿日:2007/06/07(木) 23:08
その一さん、その一さん
私の父も一つ、一つできなくなり、ベットの上で自分で体の向きも
かえることができなくなっていきました。

でもね、私達周りは最後まで前向きの言葉とその日その日が楽しく過ごせるように
工夫してきました。
とてもとてもつらかったけど、皆の笑顔は父にとって元気のもとでした。

日に日に話す事も少なくなってきますが、こちらからの言葉は聞こえています。
伝えたい事を伝えていました。

今はベットの上で心地良く過ごせるよう、その一さんの踏ん張り時です。
その一さんの心・・旦那さまにいっぱい、いっぱい伝わってると思います。

陰ながら応援してます。






566 名前: にいにゃん 投稿日:2007/06/08(金) 19:32
父の初七日もおわり、そろそろ二週間がたとうとしています。
会社のこと、債務整理、相続問題、葬儀の後処理、書類上の手続き
毎日、毎日、電話はなりっぱなし。
役所と自宅と銀行と会社と実家と病院と親族の所と回遊魚のように
くるくる回っています。
一時的に登校拒否のような状態になってしまった息子を
充分にかまってやる気持ちの余裕も時間の余裕もありません。
そんな中、母が入院する病院から一日も早い転院をと
プレッシャーをかけられています。
火曜日にソーシャルワーカーに相談に行きましたが
一刻も早くと言われているのでと、希望する病院は紹介してもらえず、
受け入れ可能でも待機のある病院には予約を入れてもらえず、
とにかく今すぐ入れる病院をという観点で、
古くて病室も汚いけれど、二三日中に空きのでる病院を紹介されました。
水曜朝にそこのベットがあきそうだから、すぐ面談に行くよう言われました。
病院の立場もわかりますが、その日は仕事や諸事手続きがあり
動きがとれなかったのです。
それはこちらの理由にすぎないのですが、一日中、ほぼ一時間おきに
ときには、三十分とあけず、携帯に電話攻勢をかけられて、
気がおかしくなりそうでした。
昨日の木曜日の朝、紹介先の担当と話した所、
母が明日入院の予定と聞き驚きました。
今入院している病院の立場はわかるんです。でも・・・。
ソーシャルワーカーによると、
私は、介護と葬儀とショックで精神を病んでいるので
判断能力に欠き、お話にならないそうです。
そう言って遠方の親戚に電話をして、
なんとかそのまま転院を促そうということみたい。
自宅でみたいと思いますが、父を看取った今、
妹達の協力は全くないとわかった今、
たったひとりで母を看取る自信がありません。
不毛な努力と思いながら、心当たりの病院に片っ端から電話をして
事情を話す事くらいしかできず・・・。
結局あきらめて古い汚いケア悪いの病院に転院するしかないのでしょうか。

今日は、母が「殺される」「殺される」と繰り返すので
かなりドキッとしてしまいました。
病院の対応が日を追って悪くなっているので。
思い切って「誰に殺されるの?」と聞くと
母は暫く考えて「ルパン三世に」。
場所柄も考えず大爆笑してしまいました。
母は相変わらずお茶目です。それが救いです。


567 名前: その一 投稿日:2007/06/12(火) 06:21
おはようございます。

たくさんの励まし、アドバイスをいただきました。
6月10日 午後6時30分
主人が亡くなりました

ありがとうございました
こちらで、出会えた皆様
心から感謝しています

残念です……

今、この時も病との闘いを支えていらっしゃる方々、どうか、今の積み重ねを慈しみますよう…

ありがとう。

     その一

568 名前: 富ママ 投稿日:2007/06/12(火) 09:20
 その一さん。
お疲れ様でした。そして本当に残念です。
どうか ご主人様のご冥福を こちらからお祈りさせてください。

 その一さん。本当に頑張られましたね。
言葉のかけようがありませんが、、、、
残された家族。みんなで力をあわせて乗り切っていきましょうね

  頑張れ!!!!!!!   富ママ

569 名前: はこ 投稿日:2007/06/12(火) 19:04
その一さん・・・
言葉がありません。
ご主人もその一さんも本当にお疲れさまでした。
心からご冥福をお祈りいたします。
その一さん、お力落としのないように。ご自愛ください!

570 名前: 由布 投稿日:2007/06/12(火) 19:37
その一さん.....
お悔やみ申し上げます。
一生懸命頑張ったのに、言葉も見つかりません。

ご主人様のご冥福お祈りいたします。

30日(ブルームーン)の日に、その一さんに何らかの信号を送ってくださるように
お祈りいたしています。

571 名前: ひろ 投稿日:2007/06/13(水) 12:45
皆様、お久しぶりです。なかなか、こちらにくることが出来ずにいました。
肉親、最愛の方の看護をされている方々、辛い大変な時をお過ごしのことと思います。
先日、肝臓癌で亡くなった父の一回忌も終わり、今日が命日です。やはり、朝から心がざわつきこちらへ
来てしまいました。亡くなってしまうと言うことは、もう、顔も見れなくなってしまうことです。
声も聞くことが出来ません。体を撫でることも・・かなわないのです。
どうぞ、皆様体をご自愛し、笑顔を忘れず頑張って下さい。


572 名前: にいにゃん 投稿日:2007/06/18(月) 23:46
母が転院して一週間になります。
古くて小さな病院ですが、看護婦さんも介護士さんも皆さん良くして下さって
転院して本当に良かったです。
今までの大きな急性期病院とは違い、要介護のお年寄りがメインの病院です。
とても賑やかで、最初は少し心配だったのですが、
家族の見舞いには制限が無く、人の出入りが多くて、
母にはかえってよい刺激になるように思います。
私も仕事と息子の面倒を見ながら、毎日通って御世話させてもらっています。
家で24時間側にいて介護したいとずっと思っていましたが
今はこれでよかったのかも知れないと思っています。
私はストレス性大腸炎にかかり、ほとんど食事ができなかったのですが、
この病院に御世話になってから、夜も少し眠れるようになり、
食事もきちんと取れるようになりました。
母も今日からゼリー食をはじめてもらいました。
27日の入院以来22日ぶりの食事です。
「おいしー」といって喜こぶ顔を見て、ありがたくて涙がでてしまいました。
しかし、嚥下しやすくするために身体を起こした体勢をとても痛がり
最初の二口で中断せざるえませんでした。
食事の喜びより、痛みが勝ってしまうようです。
どのようにしてあげたらよいのでしょうか・・・?
楽しみの少ない入院生活です。
なんとか食事だけでもさせてあげたいです。







573 名前: はこ 投稿日:2007/06/22(金) 13:40
にいにゃんさん、お母さまが転院された病院で元気にされているようで
安心しました。にいにゃんさんにとっても正しい選択のように思えます。
急性期病院のようにあわただしくなく、要介護のお年寄りの多い病院なら
きっと適切な処置をしてもらえると思います。
起き上がった姿勢がつらいということでしたが、今はどのようにしておられ
ますか?アドバイスできなくて申し訳ないです。

その一さん、お元気でしょうか?
日に日に寂しさが募っていっているのではないでしょうか。
ご主人のためにもお身体を大切に。また声を聞かせてくださいね!


574 名前: はる 投稿日:2007/06/30(土) 08:30
その一さん

心からご冥福をお祈りいたします。

その一さんのご主人さんその一さんお疲れさまでした。
これからはその一さんの心の中にご主人さんが生き続けていく事と思います。

寂しさは募りますが・・身体をこわさぬようご自愛下さい。




575 名前: その一 投稿日:2007/07/03(火) 10:16
おはようございます。
富ママさん、はこさん、由布さん、はるさん、
皆さんからの暖かい励まし…しっかりといただきました。ありがとうございます。
今週の土曜日で四七日です。流れ作業的に手続きなどをこなしています、が、何をしてきたのかよく思い出せません。
病院から持ち帰った荷物もまだそのままです。
まとまりがなくてごめんなさい。
 由布さん、お月さまからのメッセージ届きましたよ。そのメッセージに私の願いをのせて由布さん、ご主人さまのこと、お願いしました。
日々の何気ない事を慈しんでくださいね。



576 名前: はこ 投稿日:2007/07/04(水) 06:59
その一さん、お久しぶりです。
今は忙しさに何がどうなっているのかわからない状態でしょうね。
雑用に追われて寂しさも少しは紛れているのかも。
本当に寂しさが募ってくるのは色々な事務作業が片付く頃からかも
知れません。
くれぐれもお身体をお大事に。また元気な声を聞かせてください!

577 名前: その一 投稿日:2007/07/04(水) 08:51
おはようございます。
はこさん、ご無沙汰でごめんなさい。今、入院中です。だから、事務的なことは書類の確認と署名ぐらいしかしていません。ただ、四十九日までの間、週に一度お寺さんがいらっしゃるので、自宅に戻っています。
 スレ違いになってはいけないので詳細は省きますが、元々の持病と昨年手術した乳癌の予後との兼ね合いで、今後の治療方の検討中です。

でも、大丈夫です。
こちらで沢山のパワ-をいただいていますから。

もう少し時間がかかりますが、主人の闘病中のことまとめて報告します。

はこさん、主人に逢いたい……

由布さん、ご主人さまはいかがですか?
にいにゃんさん、応援しています。
はるさん、今日も良い日でありますように。




578 名前: はこ 投稿日:2007/07/04(水) 18:59
その一さん、アドレスを入れておきますので気が向いたらメール下さい。
無理しないでゆっくり静養してください。
大丈夫でなくて当り前なんですから!

579 名前: その一 投稿日:2007/07/04(水) 19:20
こんばんは。
はこさんありがとうございます。届きましたか?
よくわからなくて…
携帯からです。
私事でごめんなさい。

580 名前: 富ママ 投稿日:2007/07/04(水) 20:52
 その一さん。そしてはるさん。
はこさんの好意に甘えてみてはいかがですか???

決してひとりではありませんからね!!!!
みんながついてますよ!

581 名前: その一 投稿日:2007/07/04(水) 22:23
富ママさん、ありがとうございます。
お母様はその後お変わりありませんか?
富ママさんご自身も大切にしてくださいね。定期的な健康診断はもちろんですが、マンモも加えてくださいね。
こちらにいらっしゃる方々は、暖かくて涙がとまりません。本当に心強いです。
 ありがとうございます

      その一

582 名前: にいにゃん 投稿日:2007/07/05(木) 13:59
はこさん、みなさんご無沙汰しております。
母は一時このまま回復してくれるのではないかと思うほど
落ち着いていたのですが、先週から微熱が下がらなくなり、
お腹のしこりは肥大して、足もまたむくむようになりました。
口内炎が出来、だんだん酷くなっています。
一旦再開していた食事もとれず、
呼吸も急に弱くなり、月曜から鼻から酸素を入れています。
一日の大半を眠って過ごし、麻痺の無い方の手を動かすこともしなくなってしまいました。
少し前は、意識のはっきりしている時は、じゃんけんをしたり、指相撲をしたり、
日々の雑事や昔話をすると方頬をあげて笑ってくれたりしていたのに・・・。
毎日、少しずつ出来ない事がふえ、毎日少しずつつながれるチューブの数が増える・・・。
楽しみだった口内のケアも、手足の沐浴も、洗顔も、マッサージもするのがためらわれるほどです。
付き添っていても、やってあげられることがなくなってしまいました。
父が突然亡くなってから、ふって沸いた相続の問題で、
家族はバラバラになってしまいました。
妹が母を見舞ってくれたのは一度だけです。
付き添っている私の顔を見たくないというのが理由です。
長女として姉妹をまとめてゆかなくてはならないのに、
力不足でこんなことになってしまい、なさけなくてしかたがありません。
私と妹との確執で、母が見舞ってもらえないなんて申し訳ないと思い
今週は早朝に病院に行き、顔を見るだけで帰宅するようにしていますが
妹が見舞ってくれる様子はありません。
医療費や、弔事にかかる費用、銀行への返済・・・
情けないことですが、私一人では抱えきれません。
先週、私と末妹で中の妹夫婦にもう一度協力を頼んだのですが
いきなり殴りかかられ、蹴られ・・・私はボロボロになりました。
今日も眠っている母の顔をみるだけで、帰宅しました。
幸い容態は安定していて、今朝は熱も下がっていました。
本当は、ずっと側にいてあげたい。声をかけて笑いかけてもらいたいです。
でも、母の目をみたらきっと泣いてしまうだろうし、
傷だらけで腫れ顔を見せるわけにはいかないから・・・。
弱気になりました。ごめんなさい。まだまだ頑張らなくっちゃいけないのに。







583 名前: 由布 投稿日:2007/07/05(木) 17:52
その一さん、よく頑張りましたね尊敬しますよ。私は駄目になってしまいました。
10日ほど前に大パニックに襲われ、所謂パニック症候群です。
主人の面倒もまともにみれなくて、幸い悪い中にもちょっと安定してる時でよかったです。
毎日襲われる不安と恐怖感に憔悴しきっています。
今は良い薬も出ていまして、少しは落着いてきましたがパソコンも開けない状態で、
でもあせらず除除に直していくつもりです。皆さんもう大丈夫心配しないでね。

富ママさん・亜希子ちゃん頑張りましたね。

584 名前: はこ 投稿日:2007/07/05(木) 19:08
由布さん、あせらないでくださいね!
幸いご主人も安定しておられるようだし、由布さんも快方に向ってひと安心。
気負わないでゆったりと過ごしてください。

にいにゃんさん、いつも大変な状態で心労をお察しいたします。
お母さまとお話しできなくてもちゃんとにいにゃんさんの声を聞いてらっしゃい
ます。だから話しかけてあげてください。
そしてたまにはにいにゃんさんがお母さまに甘えてもいいのではないですか?
思い切り甘えて泣き言を言ってしまってもいい。そしてすっきりしたらまた楽しい
話をしてあげて下さい。決して無理しすぎないで。
にいにゃんさんもひとりではありません。
みんな応援していますよ!

585 名前: その一 投稿日:2007/07/11(水) 17:07
由布さん、頑張り過ぎていませんか?はこさんもおっしゃってるように、焦らず、のんびりして下さいね。パニック障害については、知識がないので、失礼があったらごめんなさい。
 私も不安、恐怖で逃げ出したい時があります。いろんな逃げ道をさ迷っても、結局自分の居場所は、逃げ出した所しかないし…折り合っていくしかないのだと気付きました。
由布さん、まわりをよく見て…体力が衰えながらも気をしっかり持って病気と闘っているご主人、ご両親を支えている息子さん達、曲がり角で振り返り手をふってくれるお孫君、ご友人…
このところご無沙汰していますが、ここはいつも見ています。由布さん、のんびりを忘れずに、ご主人との、今、を大切にしてください。



586 名前: 由布 投稿日:2007/07/11(水) 20:51
その一さん、有難う。
振り返ってみれば、がん告知を受けて6年近く良く頑張ってくれました。
パニックに襲われた時は、何も考える余裕なんか無いんです。
体中足が氷のように冷たくなったり胸が苦しくなって呼吸も出来なくなって
窓を開けないと死んでしまうのではないかと・・・
たとえようも無い恐怖です。幸い薬が合っていたのか、今は平静で居られます。
ためしに一週間分の薬を処方され、様子を見ましょうとのことでしたが、
土日が入るので発作が出た時にと頓服が出ましたが、土曜日に一度遣っただけです。
今は夕方、川の周囲を5Kほどとか、孫が(小5)サッカーの練習の日は運動公園まで
6kほど気分転換に散歩を日課にしています。私はこちらには友達があまり居ません
ので、話し相手は嫁ぐらいのものです。でも自分で選んだ道ですから、(今)を大切に
此の掲示板にあえて本当に良かったです。
その一さん、いつかご一緒に鮭の遡上を観たり、アウトレットに行ける日が訪れると
良いですね。


587 名前: つーとん 投稿日:2007/07/13(金) 10:44
由布様、いかがおすごしですか?お気持ち痛いほどよくわかります私の母も肝硬変で入院しそこで癌がみつかり末期の宣告をうけました。うけたときは涙がでて足の震えがとまらず頭のなかがまっしろでした。由布様、一日一日を大事にすごしてくださいませ。由布様も休めるときは無理しないで休んでくださいね。

588 名前: 由布 投稿日:2007/07/13(金) 13:56
つーとんさん。有難うございます。
つーとんさんは、もうすっかりお元気になられましたか?
体力の限界もわかりました。自分が精神的にこんなに弱かったことに
初めて気がつきました。。。でも何とか頑張らないとと思い、手を抜きぬき
出きることからやって行くより仕方ないと思っています。

589 名前: にいにゃん 投稿日:2007/07/17(火) 19:47
10日振りに自宅に戻りました。
息子と私、ほぼ一月分の衣類他用意して、病院に向かってからまだ10日なのに・・・。
昨日、7月16日午前7時22分、一年五ヶ月の闘病の末、母が他界いたしました。
この掲示板を通して、励ましてくださったみなさま
ほんとうにありがとうございました。
母は私と息子、末の妹、叔母にみまもられながら、静かに息をひきとりました。
最後まで自宅にいたいという母の思いを叶えることはできませんでしたが
病院の取り計らいで、ほとんど自宅にいるのと変わらず、側にいる事ができました。
一週間前の土曜日に母が危篤の状態になり、翌日曜の父の四十九日法要をやむなく延期しました。
代わりに百箇日に納骨と、法要を執り行うことになっていました。
母はその後も何度も危篤状態に陥りながら、一週間頑張ってくれました。
昨日は、父が亡くなって五十一日目にあたります。
母の四十九日は、調度父の百箇日にあたります。昨日はお盆の出でもあります。
母は父が迎えに来るのを待っていたのかもしれません。
父が亡くなってから、母は天井の決まって同じ場所を
物言いたげに見つめていることが多くなりました。
まだ、手を動かすことが出来る頃は、訴えるようにその場所に向かって手をのばしたり。
結婚してから一日も離れた事のなかった仲良し夫婦でしたから、
父はきっと母の側にいて、二人で色々相談していたのだと思います。
家族は相続問題で中の妹夫婦と、今だにもめています。
中の妹一家は結局母を見舞うことはありませんでした。
明日の通夜、葬儀、お墓の建立、納骨、その後のこと・・・まだまだ、揉めそうです。
でも、もの言う事もできず亡くなった母と、ものを言う間もなく亡くなってしまった父の
最後の願いと思って、なんとしても一緒に納骨してあげたいと思います。
今日は、明日、明後日の準備のために帰宅したのですが
まだ、病院で母が待っているような気がして落ち着きません。
父も母も亡くなったことを、頭ではわかっているのですが、
しっかりと理解することができません。
だからでしょうか、悲しいとか、辛いとか、泪が出るとか、
こういう場合に当然の感情がでてきません。
ただしなくてはならないことをして、くるくるくるくる動きまわっているだけで・・・。





590 名前: 富ママ 投稿日:2007/07/18(水) 08:56
 にいにゃんさん
なんとお言葉をかけたらよろしいか。。。。
おとうさま。お母様のご冥福を心よりお祈りさせていただきます。

ご夫婦本当に仲良しさんだったのですね。
お母様はお父様のそばにいたかったのでしょう。
愛してる方の側にいたかった!!!それだけです。
残された家族は辛いと思いますがお母様が選ばれた道だと思いましょう

後は姉妹仲良くできる事をねがってます。
我が家も未だに確実な団結心 出来てないデス。

いまはご家族の皆様が疲れをだされませんように。
静かな時が流れますように。。。お祈りさせていただきます。


591 名前: その一 投稿日:2007/07/18(水) 11:48
にいにゃんさん、こちらでの書き込み、ずっと拝見していました、適切なアドバイス等…できませんでした。
ごめんなさい。
でも、ずっと願っていました、お母様との大切な時間がずっと、ずっと続きますことを…
お父様、お母様のご冥福をお祈りいたします。
にいにゃんさん、お身体ご自愛下さいね。
  
     その一

592 名前: はこ 投稿日:2007/07/18(水) 14:11
にいにゃんさん、短期間にいろいろなことが起きて本当に大変でしたね。
その中で力を尽くして看病されたにいにゃんさんにご両親は感謝しながら
おふたりそろって旅立たれたのでしょう。
残された者はただ呆然として頼りない気持ちでいますが、ずっと片時も離れず
寄り添ってこられたご両親だから、苦しみから解放され今は穏やかに語り合って
おられると思います。
にいにゃんさん、本当にお疲れさまでした。
しばらくは落ちつかない毎日が続きますが、どうかご自愛ください。
ご両親のご冥福を心からお祈りいたします。

593 名前: 由布 投稿日:2007/07/22(日) 21:26
皆さん今晩は・
この掲示板に出会って一年余り、皆さんに励まされ、又アドバイスいただき
頑張って来ましたが、
7月17日午後11時半、主人は安らかに眠るように逝ってしまいました。
15日(日)朝はお風呂に入り、朝食も取りお昼にはソーメンを食べ、午後2時ごろ
腹痛を訴えるので、ロキソニンを飲ませましたが、効果なく、かかりつけの病院え
駆け込みました、担当医も飛んできてくれました。診察の結果膵臓が炎症を起こし
腎臓の働きも弱って、脱水状態になり、自然と弱っていきました。
先週の日曜日は、北広島まで孫のサッカーの応援に行き、入院の前日は自分の好きな物を
買いに歩いて行ったりしたのに、本当に、あっけない最後でした。
まだ信じられません。連休と云うのに担当医、研修医二人とも駆けつけてくれずっと見守って
くれ、担当医にお願いして、看護師の玉子の孫に脈をとってもらったり、身体の消毒湯かん
最後の化粧もさせてもらい、安らかな主人らしい最後でした。
改めて支えてくださった皆さんにお礼申し上げます、有難うございました。


594 名前: 富ママ 投稿日:2007/07/22(日) 22:35
 え?ええええ?
本当にそうなんですか。。。。。
いつも皆様のお力添えいただいておりましたのに
私、なんの力にもなれなくて申し訳ございません。

いつも元気で頑張ってらっしゃるとおもっておりましたので
急な展開に言葉もありません。

どうか安らかな時間が流れますとともに
本当にご冥福をお祈りさせていただきます。
そして 由布さん。お力を落とされませんように。。。。

   富ママ

595 名前: つーとん 投稿日:2007/07/22(日) 23:21
由布様、ご主人様の御冥福をお祈り致します。最後まで由布様がんばりましたね。私も由布様に励まされ、なにもできずすいませんでした。由布様今は心と体を休めてゆっくりしてくださいね。いい主治医でよかったですね。本当にご苦労さまでした

596 名前: はこ 投稿日:2007/07/23(月) 07:12
由布さん、ご主人のご冥福心からお祈り申し上げます。
病気が発覚して以来本当に長く辛い日々だったことでしょう。
由布さん、気丈にご主人を支えてこられましたね。あまりにも安らかな
眠るような最期で、何も言い残されなかったご主人ですが由布さんには
もちろん支えてこられた皆さんに感謝の気持ちでいっぱいだったことで
しょう。
疲れを十分癒してください。

597 名前: ぽる 投稿日:2007/07/23(月) 20:08
由布さん、ご主人様のご冥福を心からお祈り申し上げます。私の母もこの6月に
肝臓がんで亡くなりました。実は、この掲示板も、由布さんが投稿されていた別の
掲示板もずっと前から読んでいました。母は肝硬変→肝がんへの道をたどって
3年弱、由布さんのご主人とはちょうど同じ時期に末期がん宣告を受けており、
何だか他人ごとに思えませんでした。由布さんの思い悩み苦しむ姿に自分が重なり
いつも影ながらエールを送っていました。
母の最期は腹水で1ヶ月苦しみました。ご主人さまの安らかな死、奥様がずっと
つくしていらっしゃったからこそだと思います。ご主人さまは奥様と幸せな生涯を
過ごされたと思いますよ。
ゆっくり、ゆっくり、元気になってください。






598 名前: その一 投稿日:2007/07/23(月) 23:56
由布さん……

残念です…
ごめんなさい、言葉がみつかりません

ご主人様のご冥福をお祈りいたします。

   その一

599 名前: 由布 投稿日:2007/07/27(金) 22:14
皆さん、主人えの冥福のお言葉、悔やみのお言葉ありがとうございました。
覚悟は出来、心の準備は出来ていましたのに、まさかこんなにバタバタと早い
展開になるとは思いませんでしたので、家の中掃除もしてない所に、主人と
共に帰宅、パソコンも何も一つの部屋に押し込んでしまい、妹三夫妻初七日
まで居てくれたので、寝る部屋つくりに大わらわでなかなかパソコンが使えず
失礼いたしました。
ぼるさん見てくれていたんですね、きっとお気持ちは届いていたとおもいます。
有難うございました。又この掲示板でお逢いできたら良いですね。
その一さん、ご自分も辛い時期に有難うございました。
はこさんからメッセージ受け取りました。苗穂から病院までの道のりが懐かしく
走馬灯のようにうかんできます。独特の駅で、昔懐かしいレトロな町並みがいつも
心を癒やしてくれていました。落着いたらまた歩いてみたいと思います。
皆さん本当に有難うございました。  由布

600 名前: つーとん 投稿日:2007/07/29(日) 17:58
由布様、今は疲れがどっとでてくるときだと思います、無理しないで休んでくださいね。告知をされてからの闘いがんばりましたね。今はゆっくり休むことが大事ですよ。

601 名前: にゃっち 投稿日:2007/09/13(木) 00:12
小細胞ガンから肝臓骨と転移し、本日に余命3日程度と家族だけに医師から宣告されました。
抗癌剤も4番手、5番手になると試しても副作用のみで意味がないと
言われてから、2ヶ月程母も薄々はこんな日が来るとはおもっていたでしょうが
まだ嫁のお腹にいる新しい命を抱く事を疑ってないような感じもします。
初めて告知を受けてから1年と3ヶ月、本当によくがんばってきました。
肺炎を起こして発熱、下半身マヒ状態でモルヒネで意識もうろう。
そんな母にがんばれ!ともがんばるな!ともいえず。どういえばいいのか
言葉につまって涙が出そうになるのをガマンする次第です。
このような状態で本人には余命云々を告げてなくとも悟っているものなんでしょうか
なんだか現実とは受け入れがたく、それとは裏腹に今にも召されそうな母の姿をみては
ギャップに悩むしだいであります。ただ側にいるだけで死をまつもどかしさ。
無力を痛感し、今まで父と相談し決めてきた出来事も本当にあれが最善だったのかと
いまだにおもいますが皆さんはどうなんでしょうか?またこのような状態でどう声をかけ
どう接するのでしょうか。




602 名前: はこ 投稿日:2007/09/13(木) 09:40
にゃっちさん、大変お辛い気持ちわかります。
自分では最善を尽くしたつもりでも、他にもっと手立てはなかったのかと
思い悩んであせる毎日でした。
今はお母様とにゃっちさんがおふたりとも、少しでも心静かに過ごせるように
これまでの楽しかった日々の思い出とかこれからの楽しみとか、語り合ってく
ださい。お孫さんの誕生を楽しみにしておられるのですから、そんなたわいの
ない話をして明るくいられるように。
お母さんはとても強い方なのですね。
にゃっちさんやご家族のかたができるだけそばについていてあげて欲しいと
思います。

603 名前: にゃっち 投稿日:2007/09/15(土) 00:52
はこさん。ありがとうございます、今日は父と交代で帰ってきました。
相変わらず何も口にはしていませんし、脚はパンパン下半身は骨転移の影響からか
うごきませんが、熱が下がり呼吸が少しマシになりました。しかし医師からは
何の訂正説明もないと言う事は蝋燭の消える前の燃焼なんでしょうか・・
そもそも医者の余命宣告3日から一週間以内は本当なんだろうか・・・
皆ここで励まされ、強い精神で患者と共にがんばられておられる、頑張られた方
がたくさんおり、大変参考になります。父も僕と二人になれば口を開けば
葬儀の事ばかりを口にし、気が滅入りますが、はこさんのアドバイスを見て
呼吸が止まるその瞬間の最後まで母を支え頑張っていこうと勇気がわいてきました
ありがとうございます

604 名前: はこ 投稿日:2007/09/15(土) 19:03
にゃっちさん、現実問題も考えなくてはならないのは当然なのですが
ご葬儀の話はどうなんでしょう・・・
私も父本人には知らせていませんでしたが、余命宣告を受けいよいよ来る
時が来たと感じた時、母に代わってしっかりしなければならないと思い
心の中で色々準備をしていました。
でもね、父本人は元気になって帰れると信じて病気と闘っていたんです。
だから一瞬でも一緒に過ごせる時間が続くように祈り、一緒にいられることを
喜ぼうと思いました。
命の火がいつ消えるのかなんて医者にもわかりません。
最後までお母様を励ましてあげてください。

私が一番望んだのは、父が苦しまないことと最期についていたいということ
でした。そしてそのどちらかひとつを選べと言われたら、苦しまないで欲しい
と願ったでしょう。
お母様にも穏やかな時間が続きますように!
お父様も大変苦しんでおられるのです。
にゃっちさん、親を見送るのは人間の一番大事なつとめだと思うのです。
一番辛い時期だけどどうか頑張って。




605 名前: 富ママ 投稿日:2007/09/20(木) 06:59
 にゃっちさん。お母様は頑張ってくださってますよね
心落ち着かれておられますか?最後の最後まで余命宣告はさぞ辛かった事と思います。
お母様は目をあけてくださらなくても体が動かせなくても耳は聞こえておられますよ!
どうか楽しかったこと、懐かしいお話沢山してあげてください。
私の父も下顎呼吸に入り尿が出なくなってしまってから亡くなる数時間前に意識を取り戻し
「ありがとう」の言葉を伝えることができました。
ずっと手を握ってたら握りかえしてくれました。
心の中でお母さんらしくと祈ってあげてくださいね。

606 名前: にゃっち 投稿日:2007/09/27(木) 10:51
はこさん。富ママさん。親身なアドバイスありがとうございました。
担当の医師からは15日の昼には多分・・・と聞かされてから、前文の通り
幾分か持ち直したのもあり、症状は決して良いものではありませんでしたが
呼吸もゼロゼロいいながらでも昔話やこのスレの話、これから生まれてくる
新しい命についてなどを話しながら23の朝を迎え、交代で家に帰りました。
15までの命がmou23日だし余命宣告なんて所詮当て物なんだなと思いましたが
24朝親父と交代に行くとなんだか様子が先日の朝とは違い喋らないのか
喋れないのか、首振りの返事のみになっていました。
13日も乗り越えたのでそれほどは気にはとめていませんでしたが、
朝親父が言うには23の昼からは水も氷も飲まず尿の出が悪いときいて
いましたが、24の朝俺に交代してからは朦朧としながらも孫とお腹の子の話をすると
水を少しのんだので不安な気持ちが少し安心しました。この頃からストローで水が吸えず
本人希望でスポイド形式で水をくちにはこんでいました。しんどそうやけど
前向きやなぁとおもいつつも時間が過ぎ4時ゼロゼロがあまりにも苦しそうなので
吸引をしてもらったところ酸素が90を割って80を割って70を割って
なんだか、え!え!って感じで酸素最大でマスクタイプに変えてもらいました。
8時夜間の看護師に切り替わり家族を呼んでといわれましたが、4時の時点で家族呼びだした所やし一回帰って
すぐだったので人変わったから同じ事いってんだな。と思い、親父も寝かしてやりたかったのもあって
少しなやみましたが一応親父に伝え、来たかったら来いと伝えましたがヤッパいくというので
待つことにしました。でもそのときはそんなに悲観的にはおもいませんでした。ところが
電話を切って機械をみてみると脈が40台まで・・その瞬間からドキっとしてしまい
あわててしまいました。必死で母に語りかけ肩をさすり耳元で励ましました
皆さんのアドバイスがあったからこそできた事だと感謝しています。
余命は本人に非公開であった為敏感な母に感謝の言葉などは言えず、母も
言わない感じと言うか前向きな姿勢だったのもありましたが、この時始めて
母にそれらしい言葉を言いました。俺オカンの子に生まれて幸せだったよ
次生まれてきてもオカンの子やから。生まれて来る子いっしょにダッコしたいね
2歳の娘がオカンと一緒に温泉いきたいってって。必死に語るとその時から急に
バイタルが安定して少し目が開いたのです。うれしさがこみ上げてきましたが
父を呼んだのに父には悪いことしたなっと。でもホっとしたなっておもい。
すぐ姉が父と母の姉をつれてきました。すぐ看護士さんがきて部屋でモニター
がみれるようにセットしてくれました。スイッチを入れたその瞬間機械が
ピーーー。壊れてるのか始動音なのかと思っていると、呼吸がとまりましたねって
うそやろ?うそやろ?母を抱え込み必死で言いました。オカンまだやって
まだこっからやっていっしょに頑張ろう!もどっておいで!って言った瞬間
もう1度呼吸をし、頑張ろうと必死でした。そのあと眉間にシワがクっとよって
母は動かなくなりました。わずか15秒ほどの間でしたが呼びかけに答え
最後の1秒まで決して諦めずガンと死と真っ向勝負で頑張ったとおもいます。
心臓マッサージをする俺を父が止めもう十分頑張ったんだと、苦しんだと
家族で泣き崩れました。24日10時48分医師の診断で確認が終わり、そこから
葬儀が終わった今日までは感傷にひたるまもなく次々と来る行事と疲労で
pcにかまうまもなく、報告が遅れてすみませんでした。ただ母がもっと元気だった
時にこう言うことを言ってあげれば良かったのかなと色々後悔があります。
バイタルに影響が出たりとかもあったのできっと意識朦朧でも聞こえてると
信じたいですが、手を握りかえしたり、うなずいたりもなかったので
きっとそうに違いないと心に思っている自分がモヤモヤが残ります。母も俺に何か
言いたい事があったのではないか・・・と。俺の前では一切弱音ははかず最後のときまで
諦めない姿勢をつらねかねばならなくしてしまったのだろうかと。4時の時点で医師の指示で切った
モルヒネで本当にくるしくなかったのだろうかなど・・・
でも皆さんのアドバイスがあったから一方通行かもしれませんが言いたい事が
言えたのは事実です。頑張れたのは事実です。本当にありがとうございました
治る。諦めるなと言われるガンですがまだまだ怖い病気なんですね;;
母の宣告から一緒にやめてあげたタバコも本当にやめてよかったと思っています
体重が増えた事以外は(笑)
これから落ち込んだ父を支え一緒に頑張っていきていこうとおもいます。
本当にありがとうございました。

607 名前: はこ 投稿日:2007/09/27(木) 19:08
にゃっちさん、お疲れさまでした。
最後の最後までお母さまと懸命に戦ったにゃっちさんにお母さまも
同じ気持ちをお持ちだったと思います。
私の子供に生まれてきてくれてありがとう、最後まで励ましてくれて
ありがとう、ずっと見守っているから元気で私の分まで生きてね!と。
決して一方通行ではなく、そう思っておられるはずです。
しばらくは落ち着かない日が続くと思いますが、お身体も大切にご自愛
ください。
お母さまのご冥福を心からお祈りいたします。


608 名前: 富ママ 投稿日:2007/09/30(日) 12:17
 にゃっちさんへ。
そしてご家族のみなさん 本当にお疲れ様でした。
闘病生活は本当に辛かったと思います。
最後までしっかりおかあさんのそばにいられたのですね!
いろんな後悔や悲しみがあるかと思いますが
 おかんまだやて!その一言で瞬間でも息を戻されたのですから
十分にお気持ちは伝わっておられるはず。

どうぞこれからはお母さんのぶんまで皆さんが幸せになって
くださいね!
おかあさんもそれを望んでおられるはず。。。。

  お母様のご冥福を心からお祈り致します。富ママ

609 名前: にゃっち 投稿日:2007/10/02(火) 22:30
はこさん、富ママさん、本当にありがとうございます。やっと初七日も
終わってひと段落したところで、細かな表情や思い出がよみがえり
位牌を見ては、あぁ・・・もういないんだ・・と思うようになりました。
2歳の娘は実家に行ってはバーバいないの?って毎回言います。一人残った
父を支え頑張って母の分も生きていこうと家族みんなで誓いました^^
現代では治る治るといわれる癌ですが、まだまだ怖い病気ですね。。
あんなに頑張って生きようとしたのに・・癌が憎い・・・できるだけ
もっと世の中の方々が助かるように医学が発展していくことを願い
支えてくださったお二方に言わせてくださぃ。ありがとう!
そして残された家族として精一杯頑張って生きていきましょうね!

610 名前: 河野 投稿日:2008/02/24(日) 23:52
今この文章を拝見させていただきました。私の家では祖母が末期の肝炎で土曜日食道静脈瘤が破裂してしまい吐血してしまいました

611 名前: 富ママ 投稿日:2008/03/04(火) 16:08
河野さん。初めまして。
お返事遅くなりまして申し訳ありません。
今までの文章を読んでいただいて嬉しくおもいます。
吐血されて今日に至るまで時間がかかりましたが
現在の状況は落ち着いていらっしゃいますか?
家族は心配。どうしよう!の一言ですよね!

あなたの一言がまたここにみんなを集結させてくれて
力を貸してくれるかもしれません。
どうか呼びかけ
詳しい内容をお書きくださいますか?
 大切な家族。頑張ってほしいです。。。。。

612 名前: 由布 投稿日:2008/03/15(土) 19:39
富ママさん、ほんとにほんとにお久しぶり・・・
私はまだ立ち直れず、ほとんど寝ています。最愛の家族を亡くすと云う事が、どれほど辛いか
又、自宅介護で身も心もボロボロになったうえでの最後の打撃でした・・・
春の訪れと共に立ち直れると信じながら、暮らしています。
埃の中、流しは食器の山、それでも金縛りにあったみたいに、身体が動きません。
今日は、何となく懐かしく、あれ以来始めて掲示板開いてみました。

613 名前: 紀子 投稿日:2008/03/29(土) 15:45
溢れそうなので書き込み失礼します。
私は今現在二十歳で今年から就職です。
先日父が末期ガンを宣告されました。
遠方の勤務地でしたので上京を見合わせ、手術の日程を待っていました。
手術後、無事回復に向かっていたのですが、
先日最発を申告されました。
上京一週間前の話です。
このまま父親のそばに居てあげたいと思っていますが、
父親としてはこのまま上京してほしいと思っているそうです。
自分はどうしてあげれば一番よいのかわかりません・・・・。



614 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/04/01(火) 18:42
>>613

紀子さん、はじめまして。
私には、あなたよりちょっと年下の娘がおります。

お父様は娘さんが独立することを願って、心から上京して欲しいと
思っているはずですよ。

娘に遠く離れて暮らして欲しい父親などおりません。
しかし父親は何よりも娘の成長を楽しみにしています。

今、まさに紀子さんは大人になって家から旅立とうと
しています。それは父親として、最もうれしいことであり、
そして寂しいことでもあります。

でも父親は、そんな成長した娘の肩を頑張れよといって
叩ける日が来たことに誇りを持つ動物なのです。
上京されてもお父様に毎日手紙を書いたり、電話をしたりすることは
出来るのではないでしょうか?娘の字を読んだり、娘の声を聞いたり。。。
それだけで父親というのは幸せになれるんですよ。
娘が自分の幸せのために頑張っているのならば、なおさらです。

でも上京したら、生活費を節約して2週間に1回ぐらいお父さんに会って
あげてください。時々娘の顔も見たいもんです、どんなに強がっていても。

紀子さんの成功を私も影ながら祈っております。
娘のいる父親より。

615 名前: あかね 投稿日:2008/04/03(木) 14:15
 ご無沙汰しております。
あれから2年たち今年はもう3回忌。
母の手前、精いっぱい明るく過ごして来てのですが、
最近になって色んな事を思い出すようになっています。
父に似た人を町で見かけて「もういないんだ」って思ったり・・・
でも私たちが元気でいることが何よりもの供養ですよね。

>由布さん
久しぶりにお名前を見て思わず書き込みさせていただきました。
大丈夫ですか?
なかなかいい言葉が思い浮かばないのですが、何か書きたくて・・・
こちらは今 桜が満開です。


616 名前: 由布 投稿日:2008/04/08(火) 23:54
あかねさん、一生懸命闘ってた時の方が、まだましです。
職場で同期だった、遠方に居る友人から、「自分も早くにダンナを亡くしえるので
分からないこともないが、そんなに落ち込み寝込んでいたら、旦那さんが心配して
連れに来るよ」と心配して電話がしょっちゅうかかってきています。私は自分が
こんなに弱い人間とはしりませんでした。。。迎えに来てくれれば
本望と思っています。こちらはチュウリップが10センチほど芽を出してますよ。
うちもまもなく一周忌です。采配は嫁にまかせます。

617 名前: はこ 投稿日:2008/04/09(水) 15:48
あかねさん、お久しぶりです。
私も父を亡くして1年半。大切な人を亡くした心の痛手はいつまでも
消えることはありません。桜を見ても若葉の新緑を見ても、父と散歩
したときのことを思い出してしまいます。
それでも父の残した店と母を支えるという仕事が、強くならなくては!
と私を励ましてくれているのかも知れません。
みなさんここに来られる機会はなくなっても、やはり時々気になって
のぞいてらっしゃるのですね。
それぞれ事情は違うけれど、みんな一日一日を大切に生きていらっしゃる。
そう思って私も頑張ります。

紀子さん、初めまして。
難しい選択ですね。みなさんの意見を聞いて、そしてご自分でよく考えて
出した答えをお父さまも理解してくださると思います。
お父さまとの時間を大切にたくさんの想い出を心に刻んで下さいね!



618 名前: カヅコ 投稿日:2008/04/29(火) 23:37
はじめまして。
4月19日に父を肝細胞癌で失いました。
本人は治してもらう気満々で
3月27日に入院したときには
すでに黄疸の数値が18。
治療の手立てはなく
20になったら命が危ないといわれました。
余命1週間といわれましたが
42を超える数値になるまで3週間生き続けました。
治療もなくただ死を待った3週間。
あまりの苦しみ、痛みに「まだ生きているのか」
「なぜ死ねないんだ」「壮大な実験をされてるようだ」と言い
肝性脳症なのか麻薬のせいなのか
たくさんの恐怖や不安からくる妄想や
たくさんのうわ言を言い
かわいそうでかわいそうで
そばにいるのが本当に辛かったです。
処置も出来ず、ただ苦しむ姿をみているだけで
いっそのこと首をしめて殺してあげたかった。
でもどんなに苦しんでいる姿でも
父に触れられることが嬉しく
早く楽にしてあげたい気持ちと複雑でした。
どうしてもあの姿が忘れられず
毎日泣き暮らしています。
笑っているときは父を忘れているときで
父を思うと涙がとまらないのです。。。

619 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/05/01(木) 22:57
カヅコさん。初めまして。
お気持ちよくわかりますよ。同じ肝臓癌でも末期はそれぞれですから。
私も、主人を肝臓癌で亡くしまもなく一年がたちますが、
つい昨日の出来事のように、忘れることは出来ません。
苦しかった闘病生活、共倒れも辞さないほど家族全員頑張りました。
うちの場合は家族全員に見守られ、静かに息を引き取りあっけない
ほどの最後でしたが、それまでが自宅看護で最後の半年は、精神力で
痛いとも、苦しいとも、疲れたとも一言も言ってはくれませんでしたが
余命を告げず、家族だけの胸にしまって(本人は気づいて居たのかも知れませんが)
お互いを思いやりながら、それは地獄の沙汰とは思えぬほどでした。
でも過ぎ去って、取り残された今のほうがはるかに辛い哀しい侘びしい日々です
妻の思い、娘の思い、息子の思い、私は父を亡くした時よりも辛い辛い、取り残された
寂しさは言葉にはなりません、子供達に心配かけないように取り繕うのに必死です。
カヅコさんも辛いでしょう。お母様はもっともっと辛い、死にたいほど辛い思いで居られる
と、思います。どうかお母様の力になってあげてください、この悲しみも人生の糧として
乗り切って強く生きてくださいね。


620 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/05/05(月) 21:20
カヅコさんへ
とても辛い思いをされたのですね。
いつまでもお父様の壮絶な姿が脳裏に焼きついてぬぐいされない
のですね。
治してもらえる信じておられたお父様の気持ちを考えるといても
たってもいられなくなるのでしょう。
同じく父をなくした私には自分のことのように思えます。
悲しみはすぐには癒えません。
時間が必要です。泣くだけ泣くしかないときもあるのです。
でもお父様は病の苦しみからもう解放されたのです。
そう考えて、一日も早くカヅコさんにも心の平和が訪れますよう
お祈りしています。
ひとりで悩まないで、辛い気持ちをここで吐き出して一歩ずつ
進んで下さい。


621 名前: にゃっち 投稿日:2008/07/14(月) 01:07
うちも2年目を迎えむかわりをする事になりました。当時この掲示板でどれほど気持ちが救われたかと思い、久々にこれを開いてみました
カヅコさん、親をなくす気持ち。痛いほどわかりますよ。うちの場合は早い段階で家族の判断なく医師が本人前でいきなり余命を言われたので
、それはそれでどういっていいのかわかりませんでしたが、家族の胸だけにしまっておくのはとてもつらい事ですね;;最後家族で見送ってあげれたのはとてもよかったと思いますよ。
聞いた話ですが、息をひきとる間際までみみだけはしっかりきこえていると聞いた事があるので、かぞくのかたがそばにおられてきっと心細いきもちが緩和されたと思います。
なくなられてしばらくすると、ジワジワと寂しさがこみあげてきますので残られた家族でしっかりとお父さんの分まで生きていかなければダメですよ!
お父様もそう願っておられるはずです。僕もここではこさんや富ママさんに聞いてもらって、がんばっていこうと勇気がわきました。自分は大したことはいえませんが、どうか頑張ってください。


622 名前: きよんた 投稿日:2008/09/22(月) 11:21
はじめまして。末期がんの父を思って、どう過ごさせてあげればよいか解からず、書き込ませて頂いています。
父が、二週間前に「おなかが張る」と、検査入院してその結果、PETで
体のあちらこちらがきらきらしていて、たまってきた腹水の中にもきらきら光っている、と言われました。
がん細胞を、もう腹水が全身に運んでしまい、全身に転移してもう、手の施しようがないとのことです。
手足の先はすでに冷水のように冷たく、足はパンパンにむくんで、食事はおろか飲み物も少量ずつをやっと、の
状態です。痛みもあり、医者からは、「余命1ヶ月」の宣告です。本人は、事実は
知りませんが、状態がひどく悪く、積極的治療もなされていないため、「じいさんばあさんが呼んでいる」
などと漏らしています。
父は、10年前にも喉頭がんを患い、長い闘病の結果、声帯を取って癌自体は完治しましたが、
声を失ってしまったので、今回のがんで、「イタイイタイ」と叫ばせてあげられないことが
可愛そうでなりません。痛みや嘔吐に耐えて、迫ってくる命のタイムリミットに恐怖があるだろうに、
じっとベッドに座っているだけの姿は、思い出すだけで涙が止まりません。
わたしは仕事を持ち、家庭もありますが、できる限り病院に行って、たわいもないことを
話して、母ともよく一緒に居るようにしています。娘二人も「じったん」を
よく見舞って折り紙を折ってはプレゼントしています。
わたしは、こんな風でよいのか、何か父にしてあげられることはないのか、
何がよいのか、冷静に考えられません。ただ、「もう助からない」余命の宣告はしないで
おこうと、母とは話しています。
すみません、心が乱れていてまとまりません。どうか同じような体験をされている方に
一言いただけたら幸いです。

623 名前: 投稿日:2008/09/24(水) 03:17
きょんたさん初めまして。お父様のご容態がまさに、私の父と似た状況で、ご心中お察しいたします。
毎日のように病院に通われてるとの事、お父様はとても喜ばれておられると思います。
私事ながら遠くに嫁ぎ、きょんたさんのように毎日顔を見にはいけない親不幸者の私は、
平日毎日歯がゆい思いをしています。私できる事といえば、会えれば心安らかで過ごしてもらえるよう、
笑顔と優しい応対や、マッサージなどスキンシップ、父の話に耳を傾けることでしょうか。。
後、母のフォローも大事かなと思っています。母が追い詰められると父が心配しますので、
父のためにも母のためにも、息抜きや優しい対応を心がけ、母の話にも耳を傾けるよう最近努力しています。

私の父は膀胱癌で全摘出、肺転移、癌性腸閉塞傾向(疼痛あり)、腎臓肥大、脱水症状で今日緊急入院しました。
食事もとれず、飲み物も嫌がり、死期が近いのではと思っています。今夜は点滴をしていただいたようで、
少し声に元気が戻っていました。持病に肺気腫があるので呼吸困難もあり、見るに耐え難い時もあります。

私にも息子がおります。病院に連れて行きたいのですが何分怪獣なもので、あまり連れて行けないのが残念です。
きょんたさんのお嬢様たちのお顔をご覧になられてるんですね。おじいちゃま方にはもしかしたら、
私たち子よりも孫の方が良い元気薬で、癒されておられるかもしれませんね。(苦笑)
どうか折り紙の祈りが届きますように。。

今日は父に手紙を書きました。こうして時間を与えられた幸運?を使わない手はないと思いまして。
もう今更伝えなくてもいいかなと思いつつ、言葉ではうまく伝える自信がないので、
感謝の気持ちを持って今週末から帰ろうと思っています。間に合ってくれるかどうかとても心配です。

きょんたさんのお気持ちはお父様に十分伝わっておられると思います。親子ですもの。
後は少しでも長く側にいる事ではないかと思います。
ご心労に潰されぬようご自愛下さいませ。
私も頑張ります。

624 名前: きよんた 投稿日:2008/09/26(金) 23:47
海さん、お父様のこと遠くから祈るような気持ちでご心配されているとのこと、
どうにもならない状況の中、本当にご心痛のことと思います。どうかどうか
週末にお会いになれるのでしたら、出来る限りのときを一緒に居てさし上げて下さい。
さしでがましいことを言って申し訳ありません。

といいますのも、とうとう私の父は、こちらに書き込みをさせて頂いてまもなくの翌日、
息を引取りました。22日から23日に掛けての真夜中のことです。
「急変しました」と病院から連絡を受けて、母と駆けつけたときにはもう、帰らぬ人と
なっていて、それどころか、看護師の方の巡回を受けた時点でもう、意識もなく血圧も
ひどく低下してしまっていたようです。どのようになくなったか誰も見届けてあげることも
できず、「お父さん」と引き止めてあげることも出来なかったことは、ただただ
申し訳なく、辛くて胸が痛くて後悔の念ばかりです。外泊許可を頂いて、何とか家で一日を
過ごさせてあげようとしたその日のできことでした。

思えば、一切食べなかったのに、プリンを二口食べ、自分で排便なんてできないはず
なのに、その日は「自分でできたのよ」と母から喜んで電話を受けたのでした。何か
おかしいな、これはいわゆる小康状態じゃないよね・・・、と思っていたのでした。

海さん、お父様に寄り添って上げられるならどうぞ、息子さんも是非できるだけ
そうしてあげてください。わたしなんかが言わなくても、そうしたいと思われていると
思いますが、わたしたち家族が誰一人、父を見届けられず、一人で逝かせてしまったことは
心をえぐられるほどに悲しいことです。怪獣といわれるお孫さんの元気をどうか
お父様に分けて差し上げられますよう。
本当に本当に、心から海さんとご家族が、お父様と少しでも長く一緒に時を過ごせますことを
お祈りしております。

625 名前: 投稿日:2008/10/01(水) 07:13
きよんたさん…
お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。
実は私の父も28日夜息を引き取り、昨日葬儀を終えました。きよんたさんの書き込みを逝った夜に読ませて頂き、涙でお返事出来ませんでした。

お父様、急変されたのですね…お辛いですね。もう少し猶予があるばずでしたのに、ショックでしたね…。お別れ際にお会いになりたかったお気持ちを想うと、本当になんと申し上げでよいか言葉も出ません。でもお父様もお孫さんにお会いでき、きよんたさんのお気持ちは伝わっていたはずです。

私たちの父たちは、痛みや苦しみから解放されて良かったと思いましょうね。余命宣告の日にち分の苦しみから逃れられたのは、天の有難い采配だったように感じられてなりません。

まだまだお忙しい日を送っておられると思いますが、どうぞ後々のお疲れが出ませんように。
そしてお疲れ様でした。

626 名前: きよんた 投稿日:2008/10/05(日) 23:48
海さん、海さんもお父様を時同じくして亡くされたのですね・・・。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
そんな中でも、私の苦しみを和らげて下さるような、温かな書き込みを本当にありがとう
ございました。

海さんは、お父様のそばに寄り添っていらっしゃることができたのですね。
お父様は、お近くに愛する海さんやお孫さんをきっと感じられて、心安らかに旅立たれた
と思います。もっともっとこれからも一緒にいたかった、ですね、ほんとに。
でも、海さんのおっしゃるとおり、家族の思いに包まれて、病気の辛さを少し早めに切り上げる
ことができたんですよね。

私の娘が、夢で父に会ったそうです。6歳の子です。父は、「天国でもう、病気が治ったから痛くないよ」
と言っていたと。車椅子で現れて、娘をハグしてくれようとしたので、
そばに行ったら、立てないだろうと思ってたんだけど、ちゃんと立ったんだよ、と。
涙があふれました。きっと、海さんのお父様も、同じだと思います。

海さんも、何かにつけふと、心を痛められたり涙されたり、戸惑われたり、と
あるかとは思いますが、どうぞ無理をなさいませんよう。
お寺の住職にこんな話を聞きました。寿命が短く去られた方の魂は、受け継がれて
あとまだ10年20年とあるはずだった人生の力は、必ず子や孫の徳となって、守られて
いくんだと。精神論みたいですが、私たちの父は、本当に大きく見守ってくれるために
旅立ったのですね。


627 名前: 投稿日:2008/10/09(木) 11:47
きよんたさんありがとうございます。お嬢さん、元気なおじいちゃまとお会い出来たんですね。きよんたさんのお父様なのに父と重なってしまいました・・本当に良かったです。

そうです。私はずっと側に付き添えました。良かったと思わなくてはならないと頭ではわかっていますが、昏睡前の辛い別れを、まだ誰にも、交代で休んでいた母にさえも本当の経緯を話せずにおります。
父は広範囲に、肝臓も転移しており、今後痛みは避けられないと言われてましたが、主治医からは痛みなどは薬で緩和しますとのお話だったので、てっきりホスピス的な意味かと勘違いをしてしまい、病院の対応にかなり戸惑いました。私のその手際の悪さが、父の苦しみに直結していたことが悔やまれて悔やまれて…田舎の病院システムや医師不足の現状、これからの緩和医療の発展を望まずにはいられません。

悔やんでももう後の祭りなんですよね。父に最後まで呆れられちゃいました。どうしようもない娘でした。

きよんたさん、私はね思うんです。私の父はもう近くにはいない。というか、いてほしくないと。もう責任も心配も何もかも荷物を下ろして、あの歌のように、自由な風になってほしいな~なんて。父の背中と言葉と愛情を十分感じてきたから…。たくさんたくさん親不孝してきたから…。遺品整理を始めて、知らなかった過去が次から次へと出てくるんです。父の姿を物を通して見えてくると、更にその思いは強くなってきます。

きよんたさん、こんなにポッカリ穴が開いてもお腹が空き、テレビで笑い、子供の寝顔に癒され、毎日過ぎていくんですよね。不思議です。
今日はこちらは快晴です。きよんたさんの空も晴れてますように…

628 名前: ふう 投稿日:2008/11/05(水) 01:09
はじめまして。
2年位前からこちらを見させていただいていました。書き込みはしませんでしたが、
皆さんと一緒に頑張るつもりで・・・・
6年前、皮膚がんを患っていた主人の父を看取りました、二年後、肝細胞がん伯母(母の姉・子供のいない伯母夫婦で同居)で看取りました。

いま私の母が、肝細胞がんを患っています。3年前未だ癌が3センチ未満2個以内だった頃、生体肝移植を検討しましたが、
肝臓自体の余力がないことで断念、その他の治療も(ラジオ波・塞栓術・抗がん剤・重粒子・・)いずれも肝臓が悪くなり
すぎていて適応外でした。今となっては私としては母の場合は、癌に攻しなかったことが今の状態を保っていてくれていると
思っているのですが、癌と戦っていないという母の思いに報いたくて、やっと見つけたハイパーサーミァ(温熱療法)を2年
(こちらも大学病院の教授からはそれほどの効果は期待できないかもしれないが、やってみなさいと、毒にも薬にもならない
かもしれないながら)、昨年の9月まで受けていました。その9月に肝癌破裂(近々に)の危険性を指摘され温熱を中止し、
肝癌破裂という状況の衝撃に絶望の中で時を過ごしていましたが、幸い小康状態を保っています。肝性脳症になって
危篤状態になったり、段階を経るたびに医者から告げられることを母を支えながら何とか乗り越えてきましたが、
いますこしづつ症状が進む中、モルヒネの服用、呼吸困難、両足の浮腫、全身の倦怠に精神的にもろくなっていく母、
私自身もこの先今以上のことがおきたとき、やって行けるのかつらい状態に陥っています。
・・・・こんなことで弱音を吐いていてはいけないのは解っていますが、義父を看取ったときも、伯母を看取ったときも、
つらさも悲しみも消化し切れませんでした・・・目の前で人が亡くなっていくことが無条件に私に恐怖を感じさせます。
これから起こることに対する恐怖心に支配され続けたこの一年でした・・・。
辛さを夫に訴えてみましたが、向き合ってはもらえませんでした。せめてセラピーを受けたいとも思ったのですが、
上手くいきません。友人に胸中を吐露してもむしろ負担をかけるだけのようで、かえって申し訳なく・・・・。
でもこうして一年すぎたのだから・・・・
私は一人っ子ですので、心細くはありますがいっそのこと、母のことは自分ひとりで受け止める覚悟を決めて
自分の思いは漏らさずに過ごさなければと・・・・とにかく私がしっかりしなくては・・・と思えるように
なったのが、つい先月です・・・
それでも、どんなに頑張ろうと思っても・・・悲観的になる母をどうささえたらいいのか・・・・
くじけてどうしようもない気持ちになって今日はじめて書き込みました。
長々と甘ったれた思いを書き連ねてしまってごめんなさい。


629 名前: きよんた 投稿日:2008/11/11(火) 00:18
ふうさん、これまで本当に辛いことがたくさんあったのですね。
そして、今またかけがえのないお母様を支えるのに、一生懸命に前向きで
あろうとしていらっしゃるのですね。
ふうさん、心が痛いことと思います。辛くて辛くて悲しいですよね。
わたしの書き込みをご覧になっていると思いますから、父を末期がんで入院後
二週間で亡くしたわたしが、ふうさんの長期に渡る心の痛みを全部わかって
さしあげられるなんて、思っていないのですが、ふうさん、弱音を吐いても
いいんではないかと思うんです。
お母様は、唯一甘えられるふうさんに、この先の不安やそれを打ち消してもらいたい
思いを伝えて甘えていらっしゃるのだと思います。わたしも、「家にはもう帰れないかな」
という父を、何度となく「帰れるよ」「帰ろうね」と言ったものです。
ふうさん、お母様のことを支えてあげるのも大事ですが、同時に自分の心の弱さも
許してあげていいとわたしは思います。くじけてくじけて泣いて泣いて、わたしも
辛いんです、って吐き出していいんですよ。わたしは、自分の書き込みを読んでくれた
方がいらしゃったとき、「ああ、わたしだけが泣いてるんじゃない。わかってくれる
人がいる」ってこちらで救われました。
ふうさん、こちらへの書き込みで少しでもお気持ちが楽になるのでしたら、それだけでも
ひとつ心の抜け道を作っておいてもいいのではないでしょうか。
どうぞお母様が、ふうさんと心穏やかな毎日を過ごしていけますよう、心よりお祈りして
おります。


630 名前: ふう 投稿日:2008/11/19(水) 22:18
きよんたさん、書き込みありがとうございました。
同じ思いをわかってくれる人がいると思うだけで、
ここに気持ちを書き込めただけで・・・救われる思いです。
思わず涙が溢れました。本当にありがとう。
くじけることも多いけれど、日々変わる状況にはとにかく
立ち向かうしかありません。
あれから治まっていた癌の痛みが、現在の量のモルヒネでコントロール
できなくなり追加のモルヒネの頓服、増量と続きました。
今日は増量した上に頓服を追加したものの痛みが治まらず救急で受診し
(「とにかく救急受診してもらわなければ指示が出せないから」と受診したのですが
結局、追加、増量に指示を受けただけですが・・・
痛がっている母を寒い中車に乗せて行って帰ってやるせない思いです)
今帰ってきたところです。
痛みの強いときの母を見ていると悪いことばかりが思われて仕方ありません。
自分の気持ちも、折れたら立て直す毎日です・・・
今はとにかく痛みのコントロールをして、少しでもいい状態で毎日を過ごせるように
と同時に、家族(私の子供たちも含めて)が明るく毎日を過ごせるように・・
母も私も頑張ろうと思っています・・・・
私の住んでいる地方では、夜半に雪マークが出ています。
寒くなりました。
こちらにいらしている皆様、ご家族様、どうかご自愛ください。



 


631 名前: にゃっち 投稿日:2009/01/12(月) 02:56
ふうさん・・つらい気持ちをずっと自分の中だけに閉じ込めてきはったんですね。
ここを見に来てらっしゃる方々は少なからず、同じ様な思いをしてきた方々が多いと思います。
僕は決してあなたの思いが甘ったれた・・だなんて思いません。気丈にふるまっているあなたも人間なんですから・・

痛みがましてくると、見ているほうもどうもしてやれない・・なんとも言えない気持ちになりますよね。
でも今の時間を、一緒に苦しんでそばにいてあげる事がお母様にとってきっと心強い。。1人じゃないんだ・・っておもってくれているはずです。。

寒くなってきたので、どうかご自身の体も労わってください。



632 名前: うとろ 投稿日:2009/03/09(月) 23:05
67歳の父の件です。
2006年6月に膵臓癌と診断、7月に手術をしました。
9月に退院、その後は手術痕が痛いといいながらも一人暮らしを続けていました。
この間、ジェムザールを投与。
2008年4月に肝転移が発覚。抗がん剤をTS-1に変更。
12月に突然意識がなくなり、救急車で搬送され敗血症との診断。
原因は肝癌の破裂なのか、それとも他の原因なのかは不明のままです。
その際に余命3ヶ月と告げられました。本人には内緒です。
1月に退院し、その後も痛み止めを使いつつ一人暮らし。
先日背骨に転移が見つかり、放射線治療を受けることになりましたが「痛いのは肝臓だ」と言い張り
4cmの肝臓の腫瘍に放射線を当てています。

父は非常に頑固な人です。
以前から私の家にきて療養するようにお願いしているのですが、まったく聞き入れてくれません。
放射線治療に毎日通わなくてはならないため、入院させてもらおうと思ったのですが医師から通院の方が本人のためですと
言われたところ、すっかり通院する気持ちになってしまい、入院をすすめる私を怒鳴りつけます。
ホスピスは拒否しています。

痛み止めはデュロテップmtパッチを25.2mgはり、その他ロキソニンとボルタレン座薬25mgを使っています。
ロキソニンとボルタレンでもあまり痛みを抑えられなくなってきたのか、1日にボルタレンを4回使ってしまうことがあるようdせう。
デュロテップを増やしてもらおうと言っても理由はわかりませんがいやだといい、先生にお願いする私をやはり怒鳴りつけます。

毎日朝、夜と電話で話していますが、日に日に弱っていきます。
それなのに、ますます頑固さは増してちょっとしたことでも怒って声を荒げます。

私は仕事をしています。また、自分自身も病気があり近々手術を受けなくてはなりません。
一人息子もちょうど卒園、入学の時期のため、ずっと実家に帰っていることはできないのです。
母は寝たきりで長期入院中、私は一人っ子、父の兄弟は地方在住です。

なんか、もう八方塞がりで気が変になりそうです。

どう対処したらいいのでしょう。
最近はこどもにも優しくできなくなってしまいました・・・。

633 名前: ふう 投稿日:2009/05/08(金) 00:55
春になっていました。
書き込みをして まもなく母の夜の不穏行動が続き(薬のせいか、恐怖によるストレスか・・
いまだにわかりません)なかなかこちらに来ることもままならなくなっていました。
にゃっちさん、メッセージありがとうございました。励ましてくださって本当にありがとうございます。

私自身も母を看るための寝不足か、疲れもあってでしょうか、体調を崩してしまいました。
偏頭痛でかかった医者で、早めに心療内科にかかることを勧められました・・・・が、
原因のわからない身体中の痛みが悪い病気だったらと、気になっていたのが、脳が疲れすぎているからと
診断をもらってかえって気は楽になりました。自分のことばかりかいてごめんなさい。
うとろさん・・お体はいかがですか?息子さんの節目に大変なことが重なってしまいましたね・・・
・・私も一人っ子なんです、、、それぞれのご家庭で状況はもちろん違いますが
介護は結局家族の問題で、生活もしなきゃならない、、、本当に苦しいです。
だから、こういう場所で心を放すこともひとつのほうほうです。
気持ちのくじけている私が申し上げても気は休まらないかも知れませんが・・・
現実に戻れば何も変わらないけれど、同じような思いを抱えた誰かが「そこで」頑張っていることは
私ももう少しやれる・・・すこし背中を押してもらえる気持ちです。
いま母はオキシコンチンをベースにロキソニン、頓服で塩酸モルヒネ、ノバミンを使っています。
4年前伯母の介護をしていたときは、今とは痛みのコントロールは違っていました。
(調べましたらなくなってまもなくオキシコンチンが使われ始めたようです)痛みのコントロールの仕方も
多様化しているようですから・・・
お父様にあった方法が見つかるように、お父様のお気持ちが少しでも和らぐように
お祈りしています。



634 名前: ガン遺伝子治療研究会 投稿日:2009/07/19(日) 13:41
ガン遺伝子治療研究会では、がん患者さんご本人やご家族からのご希望を頂き
、医療機関様を通じて、遺伝子治療薬「RT181」の投与、治療を行っていただいております。
この「RT181」は2002年にボストンで開催された「世界ゲノムがんシンポジウム」で発表されました。
日本には約5年前にはじめて末期のがん患者さんに投与され良好な結果を得ました。
その後多数の患者さんに投与され大変な反響をいただいております。
遺伝子治療薬「RT181」の詳細についてはこちらをご覧下さい。
http://www.ca-opinion.com/idenshi.html
現在、日本では数カ所の医療機関様と提携させていただいております。この遺伝子治療薬
「RT181」はガン遺伝子治療研究会が日本の総代理店をしております。
また多数の患者さんやご家族からの直接のお問い合わせにも対応しております。
今は個人輸入というかたちで遺伝子治療薬「RT181」を入手しておりますが
、一日でも早く国内で生産出来るよう努力している次第です。
今後多くの方々に免疫治療、遺伝子治療を知っていただきたいと思いまして投稿をさせていただきました。
詳しい内容についてはホームページをご覧下さい。

ガン遺伝子治療研究会 
東京都港区赤坂2丁目6番14号 赤坂26ビル
TEL 03-6229-1972 FAX 03-6229-1973
メール info@ca-gls.com
ホームページ http://www.ca-gls.com/


635 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2009/07/19(日) 14:01
>634

ガ○遺伝○治療研○会と称するインチキ治療営利会社さんへ

あちらこちらに、同じものを書き込んでいるようなので、こちらも同じもののコピペで・・・

----------------------------------------
ガン遺伝子治療研究会 理事長 田*輝宏

過去の投稿より

>ググってみると、田*輝宏氏って佐野*太郎センセイの外科医院の事務長のようですが?

田*輝宏氏は、佐野氏の外科医院の事務長をやめたんですよ。

このツクシフル1というインチキワクチンを広めるために、新しい肩書きガン遺伝子治療研究機関グ*ーンライフスター本部事務局事務局長と名乗っていました。
現在は、その名刺の電話番号も通じないですから、もうやっていないんじゃないですか?

でも、中国人女性は別の医師と組んでやっているみたいです。

皆さん、この詐欺ワクチンに引っ掛からないように、気を付けてください。

http://www.gankeijiban.com/bbs/read.cgi?bbs=ryouhou&key=999438346&st=166&to=166&nofirst=true

そういえば住所は同じだったよな。
看板を変えたのか・・・
------------------------------------------

636 名前: しょうじ 投稿日:2009/08/13(木) 20:08
少しずつかもしれないけれど、元気を取り戻してください。
そして、この経験で得たやさしさなどの気持ち、大事にしてください。
僕も、そうします。

637 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2010/09/25(土) 14:44
テスト

638 名前: まさし 投稿日:2011/02/14(月) 00:27
はじめまして今おかんが膵臓がん末期でいつ死んでもおかしない状態ですいつもが辛いですおかんの顔見るのが辛く悲しいです。

639 名前: よっこ 投稿日:2011/02/15(火) 10:26
・發Α⇒茲覆・椴匹・餘覆・覆い辰董△匹Δ靴動イ靴・董・譴靴・-"-;)どうすれば良いですか?

640 名前: ゆり 投稿日:2011/03/06(日) 22:45
母親が肝臓ガン末期で余命1ヶ月です。日に日に腹水や手足の浮腫がひどく、痛みどめで激痛を押さえています。最近、意識がもうろうとして、つじつまが合わない話をしたり、すぐに怒ったりします。どういう状態なんでしょうか 鴫聴Δ修Δ芭泙・遒譴道澆泙蠅泙擦・???
wb45proxy10.ezweb.ne.jp_KDDI-KC3Z UP.Browser/6.2.0.16.1 (GUI) MMP/2.0_07002100149870_mf.ezweb.ne.jp

641 名前: ぴん 投稿日:2011/06/10(金) 15:24
このサイトを読んで、涙が止まりませんでした。
みなさんご本人もご家族も本当に頑張ってるって…
アタシも怖がっている場合じゃないって思いました。
父は、肝臓がんの末期で、腹水がたまり、衰弱して、先週から何も食べれていません。
父は、12年ほどまえに、C型肝炎から肝硬変になり肝臓がんになりました。
エタノール治療というのをして、7年ぐらい再発しなかったのですが、
また再発してしまったので、入院してまたエタノール治療をしました。
10日ほどで、退院でき、その後も何度か入院してエタノール治療をしました。、
主治医から進行しているとは全く聞かされておらず、入院のたびに2週間ほどで、退院できれいたので、
そのたびに、とりあえずは消滅しているのだとおもっていました。
しかし、段々おなかに腹水がたまりだし、おかしいと思いました。
5月14日に腹水で入院しました。
その日、急に主治医から、末期の肝臓がんで、残念ながら、つぶしても追いつかず、もうてのほどこしようがないといわれました。
年単位の生存は難しいとのこと、???なぜもっと早く教えてくれなかったのか!はがゆいばかりでした。
入院して利尿剤をのんでもなかなか腹水がひかず、はりでぬきましたが、そのころから、
段々週ごとに衰弱し、意識ももうろうとして、もう先週からなにも食べれないじょうたいです。
そこで主治医は週ごとに悪くなっているので、年どころか月単位の余命といいだしました。
そして、個室を考えた方がいいといわれました。
許す限りのほとんどの時間ネットでなにかいい方法はないかと探す毎日です。
食べれないので、なかなかむずかしいですが、ネットでみつけたり友達が教えてくれた、お灸やそばパスタなるものを試してみようかと思っています。
母がかなり精神的に病んできているので、それも心配ですが、
仕事があり、土日しかいけないのがはがゆいです。
仕事をやめて、ずっといてあげたいと思ったりもしますが、
子供が大学受験ですので、経済的にそうもいかず…
明日は土曜なので、あきらめずアタシにできるかぎりのことしてきます。

642 名前: ともこ 投稿日:2011/08/18(木) 15:29
わたくしの父も、先月肺癌から、肝臓、膀胱、骨、に転移し、
入院していた病院から、みはなされ、自宅で訪問介護をしながら、高濃度ビタミンCの
点滴に3度通ったじてんで、力尽き亡くなりました。
訪問看護を受けながらですが、自分自身の無知をせめております。飲まず食わずで
4日間点滴500mm…生きていけない量らしいです。本当にかわいそうなことを、したと
悔んでいます。しかし、痛みがなく、最後は眠るように亡くなり、それだけが、救いでしょうか…

643 名前: <削除> 投稿日:2011/08/22(月) 04:14
<削除>

644 名前: <削除> 投稿日:2011/08/22(月) 04:14
<削除>

645 名前: ひろ 投稿日:2011/10/18(火) 15:12
はじめまして。
母が亡くなり一年と2ヶ月。肝臓ガン 71才になる前でした。亡くなる前余命半年。まさか自分がこんな立場に。
10年のうち五年は入退院 毎回私は気力とともに母を励まし…ケンカしながら付き添いを。

亡くなるまでの事は思い出したくないですが~ 壮絶な戦いでした。
苦しい思いした本人はもっとつらかったでしょう。生きたいと行ってましたから。
老後少しは楽しい事できるはずが病いに明け暮れ。私は何もできなかった。毎日供養の日々です。
母に会いたい。

こんな病気増えないようにと願う日々です。

良い母でした。

646 名前: まさ 投稿日:2011/11/09(水) 00:29
今、親父が末期癌で 余命1週間と言われております。私は病院のベッド横のソファーで何も出来ずに ただ居るだけです。 病状は末期癌そのもので意識はもう無く 看護師が2時間に1回きて便などモルヒネの機械など見てます!!昔、親父に良く叱られた事を今でも思い出してしまいます。

647 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2011/11/09(水) 02:29
まささん。
お辛い状況ですね。
私も経験してますが、自分はいったい何を待っているのか?
と思ったりと、心も体も疲れ果てます。

まささんは、おいくつでしょうか。
つらいことですが「その時」に備えて準備をすすめてください。
段取り良くお父様が旅たてるように、旅たった後の手配もです。
私は、意識があるとは思えない母に独り言のように話しかけました。
「生んでくれてありがとう」「育ててくれてありがとう」 何度も言いました。

辛いですが、こらえて気丈に。

648 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2011/11/09(水) 18:38
まささん。しっかり!

649 名前: めい 投稿日:2011/11/11(金) 19:43
はじめまして。
私の母は乳癌で治療をしてきましたが今は末期で介護度5を申請中です。
私は16の時に父を亡くし、母がここまで一人で育ててくれた事に感謝しています。
母の最期を自宅で看取るつもりでいました。
しかし、この不況で私も生活の為に働いています。
そして二人の子どものうち下の子が自閉症という障がいをかかえ、
療育や小学校準備の為に今とても時間がない状態です。
ケアマネージャーさんとお話し、自宅に一人おいておくことは難しい状態。
少人数制のデイサービスを紹介されました。
しかしそこでは今の母を介護すること自体を拒否されているような気がしています。
自宅にいつ連れて帰るかと何度も聞かれます。
今は母食事もほとんど摂れず、点滴を1日おきにしています。
まだ1週間も経っていないのに…。
今仕事を辞めたら息子の事もあるし就職は難しいでしょう。

母の為に仕事を辞めて自宅で介護をしていくしかないのでしょうか…。
私には妹がいますが妹も大手術を2度していて又いつ発症するかわからない状態で
ストレスをかけたくありません。
私しか母を介護する人間はいないのです。
やはり、入院しかないでしょうか…。

650 名前: じゅび 投稿日:2011/11/30(水) 02:32
はじめまして!
3月に、肝臓ガンで60歳の母を亡くした娘です。
私も半年間家で、仕事に行きながら介護しました、あの頃は腹がたって、何で自分ばっかりこんなにしんどいの?って、母にも辛くあたりました。母は最後まで凛とした女性でした。車椅子の女の人を街で見かけると、涙が溢れます、お母さんに会いたい、もっと一緒に生きたかった!お母さんに会いたいです

651 名前: ひのき 投稿日:2011/11/30(水) 15:42
初めまして。
状況が似てるので、まったく頼りにならないですが
お返事書かせてもらいます。

私も現在、大腸がんステージ4の義母の
面倒を見ています。

義母は一人暮らしですが、近くには
私しか面倒を見られる人はいません。

私も仕事を始めようと思っていた矢先だったので
仕事にはついていませんが、本当なら
働かなくてはならない経済状況です。

そして、我が家にも高機能自閉症の子がおり
2年間の不登校や現在でも登校しぶりを
乗り越えながら育児しています。

本当なら我が家に義母に来てもらうのが一番いいんだろうけど
この自閉症の子と相性が悪く、義母がくると
パニックがとても多くなり、学校へ行くのすら
難しくなってしまうのです。

なので、子供の学校の事を一番に考えると
同居はとてもできそうにありません。

かと言って、義母がいつまでも自炊できるとは
思えないし、最後は入院してもらうしか・・・と
思うのですが、そんな状況で入院させてくれる
病院が果たしてあるのか、不安です。

先の事を考えると頭が痛いですが、
その時はその時とわりと楽観的に
考えています。

看病疲れで体を壊さないように
お互いに頑張りましょう。

652 名前: ひのき 投稿日:2011/11/30(水) 15:44
宛先を忘れてました。(^^;)

めいさんへ

653 名前: いえいたん 投稿日:2011/12/07(水) 21:42
やっとこの板につきました。母は乳がんからの転移の肝臓がんの末期です。抗がん剤のせいで心臓に水が溜まり、死にかけました。その後ペースメーカーをつけ、心臓の治療優先で、がん治療ができなくなりました。それから3ヶ月で、あつというまにがんが肝臓に広がりました。何も
なすすべなく入院しています。3週間前に年内もたないかもしれないと言われています。おうだんが出てきました、尿がでなくなりました。食事はできなくなりました。毎日母の見舞いに行けず、行っても役に立ちません。なす術なく歯がゆい毎日です。また、看護婦さんに感謝しています。抗ガン剤の名前が
わかりませんが、心臓に影響を及ぼすのを2度もうたれたのでこんなことになりました。他のかたにこんな目にあってほしくありません。調べておきます。

654 名前: ちい 投稿日:2012/01/07(土) 23:07
父は10年以上前に胃がんの手術をしています。
その後も経過観察で病院通いは週一程度していました。
年が明けて、いよいよ2012年も仕事始めという時にグッと調子が悪くなったみたいで、5日から入院をしています。
その日に母が呼ばれ、余命2~3ヶ月もっと早いかもしれないと言われてきました。
今日私も弟と一緒に病院に行きましたが、やはり元気も無く疲れてる感じでした。
胃がんからの再発という形だそうで、転移は2年前に見つかっていたという事でした。
腹水が溜まっており、それを抜き、栄養を点滴で入れるという事を今はしているそうです。
父には真実を告知出来ていません。
病院側は告知は家族でどうするか決めてくれと言っています。
言って、残りの人生を好きな様に過ごしてもらいたいし、遣り残した事言いたい事などを自由にやってもらいたいです。
だけど言ったことによって父への極度な心労をかけて大丈夫なものなのか決めに決めきれずいます。
残り少ない事を告知され、何をどうしたらいいのか、満足いく最期の為、自分や家族が何をしたらいいのか、
わからず母も私も弟も空元気にただ過ごしてしまっている状態です。
余命を通告され、もう成すすべが無い、病院に行っても起きてるのが疲れてしまう様で、すぐもう帰っていいよと言われてしまいます。
父にはいつも反抗的な態度をとって、ろくに話もせずこの10数年間過ごしてきてしまいました。
胃がんになって再発など色んな不安があった時期に娘の反抗と余計なストレスを与えてしまった事、もっと家族として父を尊重しておけば
と後悔ばかりです。
こうなってから後悔なんかして、本当に親不孝な人間です。
今はまだ比較的安定していますが、これからの事が心配です。

655 名前: せん 投稿日:2012/02/21(火) 03:42
みなさんそれぞれ、他人には到底わからないつらいことがあるんだと、この掲示板で痛感しました。  
私は、去年の12月初旬に母を子宮頸がんで亡くしました。45歳でした。  
去年1月、不正出血で近所のクリニックを受診してがんセンターを紹介され、ステージⅠb2の子宮頸がんと診断され治療は手術のみでよいということで  
、手術して1か月で退院、その後定期健診を受けていました。同年6月にCT検査施行も異常なかったのですが、8月の腫瘍マーカー検査で上昇がみられ、  
9月に受診し、肝臓に7センチの転移巣が認められました。肝切除を検討しましたが、手術を待つ間にもガンは大きくなり、入院前の  
検査でもはや手術は危険ということを言われ、母は一切の積極的治療を断り、いよいよという時までは自宅で過ごしたいと言い切りました。この時点で医者から言われた余命は半年~一年でした。告知後しばらくは親子2人して、  
毎日どん底にいるように過ごしていました。ケンカもしました。告知から約2ヵ月、やっと立ち直りかけていた矢先、いきなり症状が出て、日に日に衰弱し、告知から2ヵ月で入院になりました。入院当日、先生から、「娘さんに色々書いてもらう書類があるから」  
と、母だけ先に診察室から看護師さんと出ていきました。嫌な予感がしました。  
先生は、その日撮ったCT画像を見ながら、私に言いにくそうに、「…今月(11月)末まで持たないかもしれない」と言われました。一瞬訳が分からずポカンとしましたが、  
次の瞬間目からドッと涙があふれたのを覚えています。26年間一緒に生きてきた母が、あと2週間でいなくなるというのです。  
次の日から、私は毎日病院に泊まり込んで母の側についていました。  
眠っていることが多かったのですが、起きている時は痛みに耐え、看護師さんにも迷惑はかけませんでした。私が心配の余りナースコールを押して、逆に「そんなことしなくていい」  
と、怒られたことすらありました。母は、どんなに痛み止めの麻薬が増えてもギリギリまで意識レベルを保ち、持続モルヒネをしたまま、「買いたいものがある」と言ってきかず、  
亡くなる4日前に、街に買い物に出て(むろん付添はしましたが)私をビックリさせました。のちに、私に遺すための指輪を買っていたことを知り、胸が熱くなりました。  
そして、先生の宣告より約1週間も頑張り、最後は私たち親族に看取られ、眠ったまま、息を引き取りました。  
たった2か月でしたが、母は壮絶な苦しみだったと思います。そのなかでも、計り知れないものを、私に遺してくれました。  
がん患者の家族は、皆さんのように、苦しいものです。でもそのなかでも、患者本人が支えになることって、たくさんありますよね。  
正直、大切な人を失った悲しみから完全に立ち直るのは、難しいでしょう。でも、そのことを思い出すとき、何か思わず笑顔になれるようなことを思い出せるとしたら、それは  
本人が遺してくれた、素晴らしい贈り物だと私は思いたいです。  
言葉が足らず、誤解を招くような発言があったら本当にすみません。読んでくれてありがとうございました。

656 名前: アキ 投稿日:2012/03/09(金) 06:25
最近この掲示板に辿り着き、このスレを1から読ませて頂いてます。
涙が止まりません。

私の母(57)は4年前に乳癌で左胸を全摘し、1年半前に再発(首のリンパ付近と肝転移)致しました。
そして先月の後半に別件で入院した時に、心配で東京から来ていた母の姉と私だけが主治医に呼ばれ…『もう治療の余地がなく、今年もつかもたないか…』と余命宣告されました。

母の姉も私も、まだ治療を頑張ろうとしている母にそれを伝えることなど出来ず…主治医に『今の治療が終わってから次の抗がん剤ですね。1mmでも小さくなってくれたらいいので…先生お願いしますね』と言う母を見てグッと涙を堪えることしか出来ませんでした。

日に日に食欲がなくなり身体が痩せ細っていく姿を見、そんな自分の身体や具合の悪さ・痛みに恐怖と不安を感じているだろう母の気持ちを考えると…胸が張り裂けそうです。
私が生まれてから32年、いて当たり前の母がいなくなるなんて考えられないし物凄く怖いです。

彼氏や数少ない友人や身内にも強がってしまう私がいて、この恐怖心や不安を吐き出せないでいます。心労も半端ないです。

ただただ辛いです…。

657 名前: せん 投稿日:2012/03/11(日) 23:53
アキさん。
お辛いでしょうね。よく分かるつもりです・・・。アキさんは失礼ですがお父さんはいらっしゃるんでしょうか。
年上の方に申し上げてよいのか悩みましたが、強がってしまっては危険です。いま、アキさんはお母さんのために精一杯
頑張っていて、心身ともに疲れているのに、お母さんを想うがための気力で踏ん張っているのではないですか。正直、お母さんは
奇跡が起こらない限り、旅立っていかれるんですよね。なら、もしそうなってしまった時、張りつめていた気力をなくしたアキさん、
あなたはどうなりますか。きっと壊れてしまうでしょう。私もそうでした。母がいよいよあと今日明日、という状況になった時、
先生や叔母に「私は大丈夫」と言い続けて、叔母に同じような事を言われました。だから、母が旅立って一人になり、辛くてしょうが
ない時に話した親友には思ったことをそのまま言いました。「死にたい」と。それだけで、ずいぶん楽になりました。
アキさんには、心配する友人さんや恋人さんがいるでしょう。強がるのは、その人達に心配かけたくない、と、その人達を大切に
思うから、という理由もあるでしょう。それなら、もしお母さんが旅立ってしまっても、その大切に思う人達のためにアキさんは生きて
いかなければいけないんです。その為には、甘えられる時は素直に甘えて、わずかでも心労を減らして置いた方がよいのでは、と思います。
どうか頑張りすぎないで下さい。

658 名前: ひろ 投稿日:2012/03/12(月) 19:13
久しぶり覗きました…
皆様の読まして頂き涙 未だ一年半 私は思い出してばかりで…
せんさん 私はあなたのお母さんと同じ年できっと私の娘と同じとしぐらいかなと しっかりしてるなとそして辛かっただらうと。ごめんなさいね。何か同じ気持で読まして頂きました。
お母さんの分も幸せになってくださいね。
ここの皆様も。

悲しみの方がまだ沢山過ぎて思い出すたび涙です。自分自身が弱ったようでいつになったらいつもの自分に戻れるかわからないけど時間をかけいつか笑顔でお墓の前 で話せたら良いかなと。

涙は浄化ときいたけど笑顔で浄化したいです。

あきさんとせんさんのコメントの間に入りごめんなさい。

659 名前: miki 投稿日:2012/04/17(火) 23:51
吐かせてください。

去年末、57歳の父が末期肝臓がん、余命1カ月を宣告されました。
母はすぐ仕事を辞め、つきっきりで看ることに。
腹水を抜くだけで、もう手術もできない、手の施しようがない、抗がん剤も使えないと言われ、母と絶望し泣く毎日でした。
しかし、父はご飯もよく食べ、トイレもよく行き、何なら仕事に行こうとするほどで。
医師が、抗がん剤を打ってくれました。一時食欲はなくなったけど、癌マーカーの数値は少しよくなりました。
月1で抗がん剤を打ち、そのたびに数値を見て一喜一憂していました。
しかし癌マーカーの数値は良好なのに、腹水は3日に1度抜いて貰わないといけないっていうペースでたまっていく…。
医師には「癌でというより肝不全でだめかもしれない」と言われていました。
イチかバチかで、感染症の恐れもあるけど…とデンバーシャントをすすめられ、今月9日に受けました。
感染症もなく、血圧は少し低いけど、厳しいことばかり言っていた医師が「夏までは生かすから」と約束してくれたと父がうれしそうに話しました。
実は…6月に初孫が生まれます。父はそれが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。
デンバーシャント後2週間様子見して退院して、また月末抗がん剤の予定でした。
その3日後、父はこん睡状態に陥りました。シャントは成功したのに、肝不全です。
目も顔も横たんが出ています。ときどき意識が戻り会話はできますが、ご飯は食べれず、水もろくに欲しがりません。
カリウムが高いとか、尿の糖度が高いとか、ここにきて沢山のことが…。

父は今も意識朦朧とした状態です。
会社の方に連絡を、と思い、携帯を見ると、保存メールが。
父が、シャントの前の日に、母と娘宛てに遺書を書いていました。
辛くて、辛くて、父はもう覚悟をしていると。
「孫の顔が見たいけど…涙がとまらない」と。気丈で優しい父が。

もう頑張らなくてもいいよって思っています。
痛くなければ。苦しくなければ。

でも、お父さんがいなくなるのは辛い。寂しい…。
57歳は早いよ。孫は見ないの?
頑張れって言えません。

すみません、吐きださずにはいられませんでした。
もう長くないのは症状からわかっています。
お父さんありがとう。愛してる。

660 名前: miki 投稿日:2012/04/25(水) 02:23
>>659です

4月21日、父は天国へ旅立ちました。
母と、私たち娘3人、父の姉2人。。。
家族全員に見守られながら。
最期に、血圧も上が50を切り、心拍数も50を切った時、
意識がほぼなかった父が、頭を持ち上げ
目をあけて何か言ってくれました。
そして目を瞑ってかえらぬ人に。

ありがとうって言われた気がして。
後悔なく看取れてよかったです。
腐るほど泣いたわ。
お父さんお疲れ様。

661 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2012/05/07(月) 23:26
母が昨年の9月から10月ごろから腹痛をうったえ、今年の1月ごろに
すい臓がんが見つかりました。朝、空腹や急にお腹に食べ物が入ると痛くなるので、
ヨーグルトを食べてから軽く朝食をとるなど、、、みたいな感じでした。


私はまだ子供なので家族は何も教えてくれません。

ただ、母は手術せず、抗がん剤だけのようです。
それだと、調べたら余命はだいたい6か月弱程度と書かれていました。

でも、ほんとうなのか知りたくて、ここに書かせていただきました。

母の余命はどれくらい何でしょうか?
すい臓がんに効く薬はなんでしょうか?

教えてください。

662 名前: hiro 投稿日:2012/05/13(日) 01:09
母が肝臓がん末期で膵臓もやられてしまっています。
胆管が閉塞し全身に黄疸が出ています。
ゴールデンウィークまでの余命と主治医に言われていますが、本人は知りません。
病院への入院もしましたが、
治療不可ですし、かといって緩和ケアもしてくれないため、
今は自宅に戻っています。
在宅ホスピス、ですね。
往診、訪看、介護ヘルパーの助けを得て、
一日一日、母を看護しています。
一人で看取らなければならないのは覚悟の上ですが、
日に日に弱っていくのを見るのはつらいものです。

余命宣告の期日を既に過ぎていますが、
バイタルは安定し、
デュロテップMTパッチ4.2mgとレンドルミン服用で
ほとんど眠っているか意識混濁状態です。
羽ばたき振戦、せん妄による意味不明発言もあります。
「その日」に確実に向かっているのだと思います。

一人で看護しつつ、看取らなければならないので、
覚悟はしていても心細いものです。
なので書き込みしてしまいました。

これから肝性脳症や昏睡、といった過程を経ていくことになるのでしょう・・・


663 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2012/05/13(日) 15:30
>>662

>治療不可ですし、かといって緩和ケアもしてくれないため

往診は在宅緩和ケアの専門医に来てもらっているのでしょうか?
日本は緩和ケア医療後進国です。
いや、緩和ケアだけでないかも知れない。
つらい母の日でしょうが、病院で冷淡な他人に囲まれて死ぬよりは自宅で死ぬ方が本人にとっては幸せと考えるしかないでしょう。


664 名前: hiro 投稿日:2012/05/16(水) 09:04
>>663

往診医師も訪問看護師もどちらも専門ではありませんが、
緩和ケアの経験と知識、そしてなによりも理解があります。
「日本は緩和ケア医療後進国」なのですか?
よくは知らないのですが、
でも介護保険を含めた保険とケアマネージャーを中心とする
システム体制に助けられています。
高齢社会である日本、
これからも福祉の面で整えられていくことを望みます。

665 名前: hiro 投稿日:2012/05/19(土) 04:28
昨晩、看取ることができました。
皆さんの書き込みは励みとなる情報でした。

666 名前: 熊子 投稿日:2013/06/24(月) 04:14
私の母も余命3ヶ月と先週先生からお聞きし今週千葉から福島の、自宅で介護します不安です

667 名前: ミナ 投稿日:2016/06/07(火) 20:30
父親が肝細胞ガンで、高熱と便秘で意識も朦朧としており、動くことさえできず、救急搬送され、肝性脳症と診断されました。今は、落ち着き、誰が行ってもわかるレベルになりました。入院予定が一ヶ月と言われていましたが、ふらつきもあり、看護婦さんの付き添いが必要になりました。ふらつきもあり、肝臓も悪くなってきているので、父親は家に帰りたいと言っていますが、ふらつきもあり、付き添いがいるため、退院の見込みはないとの事。母親も仕事をしていないと収入もない為看病は、できない状態。今後、施設に入るか家で看病するのか、検討しなくては行けない。一層の事、娘の私が何とか出来るものなら、父親を安全な場所で医療施設に入るか迷っています。仕事をしていても父親の事が心配で仕事に集中できない。

668 名前: ミナ 投稿日:2016/06/07(火) 20:34
父親が肝細胞ガンで、五月に高熱と便秘で意識も朦朧としており、経つことさえできず、救急車搬送され、肝性脳症と診断されました。今は、落ち着き、誰が行ってもわかるレベルになりました。入院予定が一ヶ月と言われていましたが、ふらつきもあり、看護婦さんの付き添いが必要になりました。ふらつきもあり、肝臓も悪くなってきているので、父親は家に帰りたいと言っていますが、ふらつきもあり、付き添いがいるため、退院の見込みはないとの事。母親も仕事をしていないと収入もない為看病は、できない状態。今後、施設に入るか家で看病するのか、検討しなくては行けない。一層の事、娘の私が何とか出来るものなら、医療施設に入り様子を見に行くか迷っています。

669 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2017/02/24(金) 22:21
私の父は腹水が出来苦しくて病院に行った結果肝臓癌が分かりました。1カ月ちょいで亡くなりました。名の知れた大学病院の最悪な処置嘘の嘘重ね本当に憎みます。違う患者の薬を出すわ。入院費間違えるわ。体きついのに遠いトイレでの尿検査させるわ。お風呂入りたいと言ったのに忘れるわ。末期の癌だったのに、言わなかったし。恨みますよ



 新着レスの表示  TOPへ
18歳未満利用禁止
名前 : E-mail(省略可) :

U-tec.co.jp広告出稿(C) タカヒロ@みちのく掲示板 [12ch BBS 3.00]