がんの早期発見に威力を発揮【PET検査】

秘密厳守の郵送血液検査

癌掲示板..>末期癌と介護について

1 名前: かず 投稿日:2001/10/04(木) 00:17
はじめまして。末期癌宣告を受けた母(68歳)の介護について、
どなたかご助言いただければ幸いです。
(生活保護を受給中です。)

手術でも救えない・・・という事から、放射線療法を続けてきましたが、
“杖をつけば5分程度はゆっくり歩行できる”ところまで回復した為、
一時退院をすることになりました。

現在、要介護2の認定を受けていますが、これまで通り(2時間×週3回)の
訪問看護では、3度の食事や入浴などが行えず、自立できぬままの退院に
不安を抱いています。

「一人暮らし」という事情もある為、家族のフォローとあわせ、ヘルパーさんの
訪問頻度を増やしたいところですが、末期癌の場合、介護保険ではなく、
医療保険の適用で対応という情報を耳にしました。

いずれにしても、介護認定度の見直しが必要との事ですが、
認定度があがらなかった場合の対策を考えると、とても不安です。

どなたか、似たような境遇の方、あるいは末期癌患者の介護について、
何らかの情報があれば、ご助言いただきたくお願いいたします。

訪問介護を受けながら、別途有料でヘルパーさんを手配することも
考えています。何卒、宜しくお願いいたします。

2 名前: けんと 投稿日:2001/11/05(月) 00:11
お母様のこと。御心配とお察し致します。
私の母も末期癌の状態で、昨年要介護3で自宅に退院しました。
末期癌の場合は退院後約1週間は看護婦の訪問を毎日受けられます。
その際適応になるのは、介護保険ではなくて医療保険です。
その際は主治医の意見書が必要ですが、主治医にその旨話せば書いてくれます。
母の場合はトイレや食堂まで歩いて来れたし、また食事も自立していました。
しかし、食事を自分で作ったり、一人で入浴は出来ませんでしたので、ヘルパー
さんや、訪問看護婦さんの介助が必要でした。
また、IVH(中心静脈栄養)という24時間持続した高カロリーの点滴を鎖骨の側
にある静脈から行っていた事で、要介護3が適応となりました。
かずさんのお母様の自立度はどの程度なのでしょうか?
また、450円ほどで週3回ぐらいはお弁当を夕食事に届けてくれるサービスもある
と思います。ぜひケアマネージャーの方とご相談ください。
もっと詳しい情報が知りたい場合は直接メールください。
platypuskent@yahoo.co.jp

3 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2002/08/04(日) 23:12
大都市限定のようですが点滴や抗癌剤と看護をセットで提供しているようです
紹介されてきました
http://medical.secom.co.jp/
末期になると専門病院も更なる有効な治療もなかなか・・・・
>>2
の、ような場合例えばIVHをどのような手順を経て
どうやって自宅へ運ばれてくるのかがわかりません
また当方の身内は現在の主治医のいる病院と自宅が通えないほど遠方なのですが
転院するしかないのでしょうか
こういった場合のアドバイスがありましたらお教えください



4 名前: てん 投稿日:2003/04/20(日) 23:09
いま、自分の親父が末期癌の状態にあり、
点滴とモルヒネのみの生活で、余命数日の範囲にあたると思います。
家族で自宅介護を選択し、レンタルでベット、酸素吸入機、
等々をレンタルし、交代で介護をしている状態なのですが、
先日より、ボケが進み、何をいっているかわからない状態です。
そして、よろよろと立ち上がって、会社に行こうとしたり、
トイレに立とうとしたり(一度連れて行きましたが、途中で
冷汗を垂らしながら倒れてしまいました)まったく大変な
混乱状態です。
安らかな締めくくりをとおもっているのですが、父自身は
なかなか安静にしてもらえません。かなり、暴力的にも
なってきてます。
このような場合、家族はとる方法はどのような方法があるのでしょうか?
もし、同様なご経験のある方がおりましたら、良きアドバイスを
頂けると助かります。






5 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2003/04/21(月) 12:36
てんさん、私の経験からですが・・・・宗教臭いですが、
人は死を迎えた際、"仏"になると言います。
神に近づくのです。
どのような人でも持っていた全ての良い面、悪い面を
死の間際に吐き出して
"仏"、"無の存在"になるのです。

どのようなに立派な人でもゴウ?と呼ばれる
ものはあるハズです。

てんさん、受け止めてあげてください。
大切なお父様の全てを受け取ってあげられのは
てんさんやご家族だけなのです。

6 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2003/04/23(水) 23:19
わが父も余命1ヶ月の宣告を受け、既に1ヶ月経とうとしています。
モルヒネを当初使っていましたが、幻覚がひどいので、他の鎮痛剤を使用しています。
こちらの方は利きが悪いですが、幻覚は収まっています。しかし、最近は眠りがちでボケもひどくなってきたと思われます。
モルヒネ系の薬には制がん効果も見出されているので医師は好んで使用するのではないでしょうか。人によって混乱をきたす事もあると思っています。

7 名前: シャトル 投稿日:2003/05/05(月) 17:42
てんさんへ:
私は、末期の大腸癌から遠隔転移の多発性肝癌で父を亡くして
まもなく1年です。空の青さや、若葉の木々山々をみると
終焉の時が近かった父の姿が思い出され、
あのとき、こうした方が良かったのではとか、
もっとこうすればとか、まだまだ、胸が痛みます。
でも、そのときは、家族も必死で最善だと思って行動してきました。
最後の日は、モルヒネも効かない激痛で暴れまくり
意識が混濁し、浮腫んだ足にチアノーゼがでて
「もう無理だ、はやく楽にしてあげたい」と思ったのも事実です。
やがて静かになり、心電図も、血圧も、下がり続け、
母が冷たくなりつつある手をさすりながら
「おとうさん逝ってしまうのっ!」と
呼ぶ声に、何度か、血圧が上がり
聞こえているのでは、と思いました。

過去になってしまえば、思い起こすことしかできません。
今の僅かな時間を、どうぞ、大切になさってください。
http://homepage3.nifty.com/in_shuttle/
 








8 名前: てん 投稿日:2003/05/23(金) 02:13
てんです。
自宅にて父を看病しておりましたが、5/4日にやっと
戦いを終えました。
病院から自宅に戻ってきてからも、夜中に出かけようと
してみたり、点滴を抜いてしまったりと色々大変なことが
ありましたが、最後は、家族で見守る中、手で「ありがとう」
と合図をしながら亡くなりました。
呼吸が苦しそうなので、わざと冗談を言ってみたりして
家族の笑いの中で逝ったので父も寂しくは無かったのでは
ないかと思っています。

いろいろこの場でお答え頂いた、皆様本当にありがとう御座いました。
この掲示板のおかげで、父が暴れても受け止めることが出来ました。

ありがとう御座いました。

9 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2003/05/24(土) 12:47
私の父(51)も末期癌です。本人には告知していません。胃癌から始まり、今は食道癌と肝臓は半分以上癌です。日に日に痩せ、声もか細くなり見ているのが辛い毎日です。肝臓の影響で痛みがひどく、痛み止めを飲んでいますがそれでも辛そうです。医者からは、最後には肝臓が破裂するかもしれないと言われています。お盆まではもたないそうです。痛み苦しみだけは和らげてあげたいです。痛い思いをして最後を迎えるのは、本人同様家族も耐えられません。

10 名前: 投稿日:2003/06/09(月) 01:33
シャトルさんへ。私は先週母を癌で亡くした者です。今はまだ実感がわかないのですが時間が経ち母のいなくなった現実に向き合う時がくる事を恐れてます。同じ境遇のシャトルさんとメールで良いので話がしたいです。無理でしょうか?

11 名前: そう 投稿日:2003/06/14(土) 22:52
 昨日母より、父がステージ4の食道癌であることを知らされました。咽頭癌が大きく腫れていて食道まで検査することができなかったのですが、放射線の治療により食道の状態がわかりました。咽喉科から内科に移り、約一週間。急な告知でした。
 それまでかなりの期待を抱いていただけにショックでした。2週間前に会った時には歩けていたのに今では何も口にできず、骨と皮ばかりになり、電話にたつこともできません。医者も体力がないためにこれ以上の治療は無理と言っています。
 癌について勉強をするのが遅すぎました。余命は聞いていません。一体父はあとどのくらい生きられるのでしょうか?名無しさんの言うように痛み苦しみは少しでも和らげてあげたい。私も混乱しています。

12 名前: ちーたん 投稿日:2003/06/26(木) 22:31
私は母を二年前に膵臓癌で亡くしました。今も悲しくて悲しくて仕方ありません。アルコール依存症になり、カウンセリングも受けていますが、母が恋しくてたまりません!どうしたらいいのでしょう!躁鬱の繰り返しの毎日、つらいです。

13 名前: シャトル 投稿日:2003/07/08(火) 23:55
10:恵さんへ
仕事が忙しかったりして、しばらくこちらへ見に来ていなかったため、
お返事がとても遅くなりました。
(管理人さんがアドレスを削除されたようですね)
私のホームページに小さな掲示板があります。
そちらでよかったらいつでもお越しください。
http://homepage3.nifty.com/in_shuttle/


14 名前: とも 投稿日:2003/09/16(火) 14:30
8月に母が胃癌と宣告され手術の結果広がりがひどく末期癌と言われました。自分はまだ10代で母に何をしてあげればいいのかわかりません。詳しくお話を聞いてくれる方メールヨロシクお願いします。

15 名前: チヒロ 投稿日:2003/09/24(水) 04:22
皆さんのお気持ち痛い程わかります…心が病んでしまうのも当然のことだと思います。私も父が胃癌の末期だと宣告された日からもうすぐ1年になります。父はもう十分過ぎる程戦いました…私も改めて“癌”の身体を蝕んでいく恐ろしさを痛感しました。父に残された時間は、あと数日です…麻薬の痛み止めの副作用で幻覚を見たり、夢と現実がわからなくなったりしている変わり果てた父を見るのがとても辛いです。悔しい思い悲しい思いが一気に込み上げて息が苦しくなります。でも、きっと時がゆっくり辛さや淋しさを和らげてくれると信じています…

16 名前: ちーたん 投稿日:2003/09/25(木) 13:08
ちひろさん。私の母も同じようにモルヒネの副作用で幻覚、妄想があり、毎日どのように接したらいいのか、考える毎日でとても辛く、ちひろさんの気持ちが辛いほどわかります。何も分からなくなっていた母が亡くなる2日前に起き上がり、私をぎゅっと抱き締めてくれたのです。何かを伝えたかったのかも知れませんが、私にはもうそれだけで十分でした。きっと、まだまだやりたい事があり、生きたかったんだと思います。癌がとても憎いです。お腹にいた子供め一歳九ヵ月になり、母のことを知らないで大きくなっていくのが辛いです。

17 名前: チヒロ 投稿日:2003/09/26(金) 00:27
〉ちーたん様 お気持ち痛い程わかります…私は数日後、どうなってしまうのだろうかと怖くてたまりません。父の身体を蝕んだ癌を早く焼き殺し安らかに眠らせてあげたいと思う反面、骨だけになってしまうなんて考えただけで倒れそうです。…友人に前向きに考えないとダメだよと言われました。いつまでも悲しんで泣いていたら故人も辛くて安らかに天国へ行けないと…死んだ人はどうなるのかは誰にもわからないのですが、私は背後霊としてでもそばに居て見守って欲しいと願いますし、ちーたんさんのお母様も絶対そばで見守っていると思いますよ!

18 名前: ちーたん 投稿日:2003/09/26(金) 10:55
ちひろ様。ありがとう。一年間も看病辛いですね‥母は宣告されてから、あっという間に全身に広がり、一ヵ月足らずの入院で天国に逝ってしまいました。私も一緒に死ぬことばかり考えていましたが、夢に母が出てきて、いつまでも見守っているよ。と言ってくれたのです。私はそれから、前向きに生きることを考えるようになりました。ちひろさんも、毎日とても、辛いと思いますが、一年看病できて羨ましいです…お父さまも辛いと思いますが、どうかちひろさんも体には気をつけて最後まで頑張って下さい。陰ながら応援します。

19 名前: チヒロ 投稿日:2003/09/27(土) 01:12
〉ちーたん様    励ましのお言葉とても力になりました…こういう気持ちは、やっぱり同じ体験をしないとわからないですよね。お母様は、やっぱり夢に出てきてくれたんですね!見守ってるんですね!!良かった。もう癌も消えて元気になったんですねっ(^-^) 可愛いお子様のことも絶対見守ってますね☆想えば、涙が出ちゃう時もたくさんあると思います…でも頑張りましょうね!!

20 名前: ちーたん 投稿日:2003/09/29(月) 23:15
ちひろさん。その後お父様の具合はどうですか?気になります。もし、食べ物が口に出来るのであれば、アガリスクやプロポリスといった民間療法はどうでしょう?母は水すらも飲めなくなっていたので、そういった事で、後悔しています。せめて、好きな食べ物でも食べることが出来ていたら…そして、ちひろさん。本当にごめんなさい。又母のことがフラッシュバックのようによみがえり、不眠症になってしまいました。少しお返事が出来なくなってしまうかもしれません。早く鬱から、抜け出たいのですが、なかなか心は、母の面影を探し続けています。本当に御免なさい…

21 名前: チヒロ 投稿日:2003/10/10(金) 02:49
〉ちーたん様 久しぶりに掲示板見ました、不眠症とのことですが大丈夫ですか?!私は父が危険な状態で個室に移され今は病院に泊まり込みです。父も一ヶ月前位から水を飲むことすらできなくなりました。アガリクスやプロポリスはもちろんのことあらゆる物を試しましたが父には結局効かなかったんです…ある医者に言われました、そういう物は癌になってからじゃ意味がないよと…癌になる前か再発防止程度の物だからと、そう言われても奇跡を信じて飲ませていましたけどね。まだまだ辛い毎日ですが乗り越えて強く生きましょう、早く元気になってください!

22 名前: ちーたん 投稿日:2003/10/23(木) 21:50
ちひろ様。久しぶりに掲示板見ました。お父様の具合余り良くないみたいですね…ちひろさんも体を壊さないよう、気をつけて下さいネ。朝晩の気温が低いし、お部屋も乾燥すると思うので風邪には十分気をつけて!私もまだまだ母を思う気持ちが強くて、少し鬱になっていましたが、頑張ってみます。ちひろさん。大変だけど余り無理せず、看病してあげて下さい。

23 名前: mai 投稿日:2004/07/18(日) 17:33
主人の母の件です。どなたか分かる方がいらっしゃたらおしえてください。
今年初めに腸閉塞をおこし近所の病院へ入院しました。絶食と点滴ですぐに回復し一週間で退院しました。
入院中内視鏡検査から超音波などの精密検査で異常が見られず腸が狭まったものだとの説明をうけました。
しかしこのようなことが三回もつづくので大きな総合病院へ転院しました。
そこでも精密検査ではとくに異常はみられないとのことでしたが腸を圧迫しているものが検査では発見できない癌などの可能性
があるということで、人工肛門にしてとりあえず食事がとれるようにしましょう。との説明をうけました。
ところが人工肛門をつけても腸閉塞症状がでたためまた絶食点滴になりどんどん
衰弱していきました。そのうちおなかの激痛を訴えるようになり座薬投与が
はじまりました。医者からの説明によると検査では発見不可能の癌がS字結腸あたりにある
とおもわれる。とありました。ひどい吐き気と痛みに苦しむ姿になんではっきりした原因
がわからないのだろうと悲しくなりました。
今は吐き気止めと痛み止め、点滴のおかげで苦しむのはかなり減ったようですが
混沌とした意識でいつも寝ています。
医者はとくになにも説明をしてくれません。これから母になにが待ち受けているの
でしょうか?医者は分からないと言っています。私にできることはなんなのでしょうか?
どなたかおしえてください

24 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2004/07/28(水) 13:28
PET検査を受けたほうが良いと思います。

25 名前: mai 投稿日:2004/07/28(水) 19:10
24の名無しさんレスをありがとうございます。
母はすでに、不穏と昏眠状態のうえ肺炎を併発し余命一ヶ月
と言われてしまいました。来週にもつれて帰り在宅医療にきりかえ
最後を家で迎える準備をすすめています。
それにしてもPET検査などという存在を知らなかったのは私の勉強不足
でした。もっと早く知っていたらとおもいます。
ただこのようにレスがあったことが落胆の毎日に暗くなった私を感動させ
すごく癒されました。本当にありがとうございます。


26 名前: りさ 投稿日:2004/10/19(火) 21:59
70歳男性。2年前ょり左状顎洞腫瘍と診断され放射線治療、
抗がん剤投与の結果、左頬骨をとる手術を受けました。
今年、8月リンパに腫瘍ができ、手術を受けました。
結果ゎリンパ転移でした。今ゎ痛みが強くモルヒネの経口投与を
しています。オプソとロキソニンを朝、昼、晩で夜9時にオプソ10ミリ
2本。2時間後にMSコンチン一錠明け方3時にオプソ10ミリ一本
を飲んでいます。医師からゎあと半年か1年だと告げられました。
が、もぅ他の治療法ゎないのでしょぅか?

27 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2004/10/19(火) 23:13
何故『わ』を小さくするの?
文章はちゃんとしているのに

28 名前: りさ 投稿日:2004/10/20(水) 18:05
すぃません、ぁたし(12歳)が母の言葉を聴き、キーボードを
打っているので癖で・・・

29 名前: ぽち 投稿日:2004/10/31(日) 10:14
卵巣癌末期で現在在宅で訪問看護とガンセンターの婦人科外来を受診してます。
薬は、MSコンチン10ミリを二回、リンデロン、ロキソニン服用してます。
二回抜いた腹水がまた溜まってきて、本人は苦しく併せて足腰の筋肉の衰えからか
立ち上がることができなくなってきました。
『食事と排便ができるうちは我が家で』と思っていましたが、食事は
通常食の4分の1、排便もままならなくなって本人も家族もツライ
状態です。入院しても治療はできず、腹水を抜くことも主治医の
先生からは『すすめられない』と再三言われてます。
なにより本人の精神状態が悪く、家族では対応がむずかしい状態です。
家族の意見は『本人が家にいるのがつらくなったら入院を』でしたが
本人いわく、『病院にいっても楽にはならない』と言い、かといって
『最後まで家でがんばれる?』と聞いても『・・・・・』ちなみに家族は
最後まで在宅で看護は難しいと思ってます。どういう方向にいったらいいのか
迷ってます。

30 名前: 投稿日:2004/11/11(木) 15:40
父(67才)も悪性リンパ腫と診断を受け治療に専念して来ましたが
先日より抗がん剤を使う最後の治療になりました。
今までの薬の副作用で白血球を作り出す機能が低下した為
治療のしようが無いとの事です。
年の為移植も無理だそうです。
本人にはまだ話していませんが、余命2~3ヶ月。
感染症にかかったらもっと短いでしょう。
自宅に帰りたいと言うと思いますが、それも医師しだいの状況です。
緩和ケア・ホスピスを考えていますが、費用など知っていたら
教えて下さい。
また、自宅介護になった場合の準備などあったら教えて下さい。




31 名前: なお 投稿日:2004/11/12(金) 14:27
緩和ケア・ホスピスについては、本人への告知が大前提になっているようですが、その辺は大丈夫ですか?
費用などについては、その病院で直接お尋ねになるのがいいと思います。

自宅介護については、まず市役所に行って「介護認定」を受けられるのがいいと思います。
私の義父も、最近申請したばかりです。
市役所へ保険証と介護保険証を持参して簡単な書類に記入(本人でなくてもよい)して申請する→市役所から調査の人が病院か自宅にみえて、環境や簡単な聞き取り調査→市役所から主治医に診断書を依頼→調査員の記録と医師の診断書をもとに認定会議→介護度決定
という流れになります。申請から認定までは自治体にもよりますが、だいたい1ヶ月くらい。

介護ベッドやその他必要なものは有料でレンタルできますが、介護認定を受けていればレンタル料の1割負担で借りられます。
認定まで待てなくても、とりあえず申請さえしていれば認定がおりた時点で差額が返ってきます。
自治体によってはオムツを支給してくれたりする所もあるそうです。

例えば介護用のベッドは(種類によりますが)だいたい月7000円から1万円以上くらいですね。認定を受けていればその1割で済みます。
介護用品を扱っているお店でカタログを貰われるといいでしょう。かなり色々便利なものがありますよ。
その後、ケアマネージャーと契約(有料だけど介護保険から出る)して必要な物の判断や介護保険を使う場合の申請手続きなどしてもらうことになります。

自宅介護は大変ですが、お互いに頑張りましょうね。

32 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 20:44
色々教えてくれてありがとうございました。
わからない事ばかりだったので、このサイトを見つけたとき
自分と同じ境遇の人がいて不謹慎ですが、心強く感じました。
父は「がんセンター」に入院しているので、だいたいの事は、担当医から
本人に話していると思います。余命などは?ですが・・・。
それも本人が希望すれば話すと思います。
せっかく教えてもらったのですが、今あまり状態が良くないみたいで
叔母が医師に聞いたところ緩和ケア・ホスピスに移る前に・・・。
だそうです。
私は、弟がいますがこんな時に2人共風邪を引き面会にも
いけない状態です。他の患者さんにうつしても困りますし。
今は毎日点滴に行って一刻も早く治す様がんばっています。
なおさんも大変ですが、なんと言っても体力勝負だと
思いますので、体調を崩さぬようがんばって下さい!!






33 名前: なお 投稿日:2004/11/12(金) 23:30

>>32ペさんへ

大変な時に私の体調まで気遣って下さりありがとうございます。

私の義父も柏のガンセンターに入院していましたが、抗癌剤で白血球の数値が下がってマスクをしている患者さんがたくさんいらっしゃいますから、風邪をひいているとお見舞いに行けませんよね。
なんとも歯がゆい思いをされていることでしょう。

同じ末期癌患者の家族としてお気持ちが痛いほど解るだけに上手な言葉が見つからないのですが、お父様の容態が早く安定されるといいですね。
残された日々を家族としてどう支えるかはとても難しいことだと思いますが、お父様が心穏やかに過ごされますようにお祈りしています。

ペさんもお体に気をつけて、風邪が早く治るといいですね。

34 名前: 投稿日:2004/11/16(火) 20:39
なおさんへ
風邪が良くなり5日ぶりに父の顔を見に行きました。
「どうなってるんだろう?」と、不安で仕方ありませんでしたが
思いのほか元気でほっ!としました。
食欲があまりなく少ししか食べていないと、看護士さんが
言っていて心配でしたが、私たちが来てせいか、
わずかながらも食べてくれました。
しかし、白血球が650とあまり上がっていないので
今週末に外泊予定がありますが、ちょっと心配です。
本人は今、それが一番の楽しみみたいなので、がんばって
ほしいものです。
また風邪を引かないよう睡眠・栄養をしっかり取りたいと
思います。


35 名前: ぺさんへ 投稿日:2004/11/16(火) 22:41
お見舞いに行けてよかったですね! 顔が見れなくて心配していると悪いことばっかり考えてしまうんですよね。
思ってたより元気、っていうのは 本当に「ほっと」する、っていうお気持ち痛いほどわかります。
また風邪などひかれませんように、体調をくずされません様に、とお祈りしています。

36 名前: なお 投稿日:2004/11/17(水) 01:34

ペさんへ

風邪が回復して、無事お見舞いに行かれてよかったですね。
ペさんのお顔を見たとたんに嬉しくて食欲が出るなんて「やはり精神的なものって大きいんだな」ってちょっと涙が出そうになりました。
白血球が650では外には出して貰えないでしょうから、おそらく注射で2000くらいに上げてからになるのかな?
お父様、おうちでゆっくり出来るといいですね。

帰られたら、どんな小さな事でもいいから嬉しくなるような事を言ってみてはかがでしょ。(変な提案だけど・・・)
褒められるのって人間いくつになっても嬉しいものらしく、義父の表情がとても和らぐんです。
ウソでもいいから「今日はすごくお顔のツヤがいいですよ、私よりピカピカ!」とか足の裏をマッサージしながら「お父さんの足の裏ってツルツルで綺麗ですね」とか不精髭が伸びて母から叱られている父に「お父さんはハンサムだから、それもなかなかセクシーですよ」とか(笑)
多少わざとらしいと感じていても笑ってくれる父の顔を見られるのは家族としても嬉しいし。

穏やかな家族の時を過ごせるといいですね。

37 名前: なお 投稿日:2004/11/17(水) 13:47
義父が本日入院しました。
ここ1週間ほどで急に体力が落ち、食事以外はほとんど眠っているようになって、とうとう立ち上がる事が出来なくなってしまったので。
Drに脳転移の再々発の可能性が高いと言われました。後日MRI検査をします。転移が見つかってももう抗癌剤は使えないのだけれど・・・。

「もう治療はしたくないから家で過ごしたい」と言っていた父も、やはりこのまま家で弱っていく事が不安になったようでDrからの入院・点滴の薦めを受け入れました。

私達家族も最後まで自宅で介護する覚悟をしていたものの、これから先どうなって行くのか、痛みなどが出てきたら本当に家で看られるのか不安になって来ていたところでした。

家では寝ている間にオムツの中にしている事が多いのだけれど、尿意を感じるとオムツの中にするのはイヤで、這ってでもトイレに行こうとして危ないからと母に叱られています。ポータブルトイレは絶対にイヤだと言うし、お風呂も一人では入れないのに毎日入って暖まりたいと言い張り母と喧嘩。母と私の二人がかりでオフロに入れます。(介護サービスをお願いする方法もあるのですが、父はそんな大袈裟なことはしなくていいと言います。)
自分の体が思うようにならないことに苛立っている父は、ささいな事でも大声で母に怒鳴るので、子供達は怯えてます・・・。

嫁の私に対しては絶対に怒ったりせず優しくしてくれるのだけれど、最近は母の手を振り払って私を呼ぶことが多くなりました。いちいちクチうるさくする母にも問題はあるのだけれど、父にしてみれば、当り散らす(甘える)相手は母しかいないのだと思うと、父も(当たられる母も)可哀想だったりします。
父の尊厳を最期まで尊重しながら介護するのは難しいなぁ・・・。

夫は海外出張が多くてアテに出来ず、私もいつ父に呼ばれるか分からないので、一日中父の様子を見ながら暮らしている状態に少し疲れてきて、入院してくれて少しホッとしている自分がいたりします。
最期まで自宅で介護はやはり無理なのかな?これからもっともっと大変になるのかな?と、私らしくなくちょっと落ち込んでいます。

脳のMRIの結果にもよりますが、父が退院したいと言った場合を考えて覚悟をしなくちゃ。
その時は、こちらの掲示板にまたお世話になりますが、よろしくお願いします。

癌と闘っていらっしゃる方々に比べれば、大した苦労じゃないと思うけれど・・・。
すみません、ちょっとグチを言わせてもらいました。

38 名前: なおさんへ 投稿日:2004/11/17(水) 22:21
お義父さまが 入院されるとのこと。これも大変ですよね。実際に闘ってる本人も本当に大変ですが 1日様子を気にしてお世話する方も本当に大変だと
思います。 病院に入ってしまうと そばで見れない分また心配事も増えたりしますよね。
状態がどうなのかって心配はもとより、寒くないかしら、とか看護士さんが ちゃんとお世話してくれてるかしら、とか 心細くて淋しくないかしら、、、とか。
思いっきり励ましてあげれたら、、と思うのに うまくいえません。
ちょっとでも ぐちって すこしでも気持ちが楽になるのなら いつでもどうぞ。
難しいと思うけど 無理をしすぎないでくださいね。



39 名前: なお 投稿日:2004/11/18(木) 01:09

38さん ありがとうございます。
いきなりの入院だったので、ちょっと取り乱してしまいました。

私も入院の経験があるのですが、夜など看護士さんが手薄で忙しそうだったりすると「こんな事で呼んだら申し訳ないかな・・」なんて遠慮したりして、けっこう入院も気を使うんですよね。
父も、我慢してないかしら?なんてさっそく心配しています。

これから先の介護の不安はありますが一番つらいのは本人だし、グチってる場合じゃなく、できる限りの笑顔で父を支えたいと思います。

38さんのお気持ち、すごく嬉しかったです。頑張りますね(^^)v
ありがとうございました。

40 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:18
久しぶりに掲示板を見てびっくりしました。
そうですか。お父様入院してしまったんですか。
思った以上に自宅介護って難しいんですね。
介護する側・される側その関係が、お互いにだんだんと
重荷になって行くのでしょうか?
娘とお嫁さん、独身者と主婦で立場が違うので、うまく言えませんが・・・。
子供さんの事を考えると「苛立っているお爺さん」「怒鳴ってるお婆さん」
その姿を見ていたらきっと悲しい気持ちになると思うので
なおさんにもご家族にも申し訳ありませんが、病院で診てもらうのが
いいような気がします。
私の勝手な考えです。気を悪くしたらごめんなさい。
私は働いているので、仕事中は現実から少し逃げられるので
気が抜けますが、なおさんは難しいでしょうね。
こんな私になおさんの気持ちはわかりませんが、
少しでも気持ちが楽になり、安心出来るのであれば
じゃんじゃん書き込みして下さい。
時間が許す限り掲示板を見るようにします。
私も不安・愚痴etc書く時が近いうちに来そうです。
その時には助言頂ければ幸いです。

41 名前: なお 投稿日:2004/11/20(土) 12:10

ペさんへ

お久し振りです(^^) 
心配してくださってありがとうございます。

父は昨日退院して参りました。
内臓の機能が落ちて栄養が充分に取れないのと、軽い膀胱炎の対症療法だったので、数日の栄養剤と抗生物質の点滴で支えればなんとか歩けるようになったのと、本人がやはり家に帰りたいと言ったものですから・・・。またまた闘い(?)の日々が始まります。

「畳がいい、絶対にベッドはイヤだ」と言い張っていた父ですが、起き上がる度に呼びつけられるのも大変なので入院期間中に介護ベッドを入れてしまいました(^_^;)
退院と同時にケアマネージャーさんに来て頂き、お風呂の介助サービスを頼む事を説得して貰ったところ本人もしぶしぶ承知してくれたので、母も私もホッとしています。

ケアマネージャーさんはさすがプロ!と言う感じでとても頼りになりますよ!ペさんも自宅介護になったら、ぜひ利用をお勧めします。

あとは、来週、脳の再々転移のチェックのためにMRIを撮りにいきますが、これが一番怖いところです。転移が発覚したところで抗癌剤はもう無理だし、ガンマナイフをするのかそのまま諦めるのか・・・(-_-;)

一番つらいのは父だと解っていても、日々の介助に母も私も疲れきってしまわないかとちょっと不安です。
でも、こうしてグチを聞いて貰える場所があるので、心の支えに頑張りたいと思います。
ペさんも体に気をつけて頑張ってくださいね。
#外に仕事があって羨ましいな~(独りごと・・・)

42 名前: なお 投稿日:2004/11/20(土) 16:22

かずさんへ

お母様のこと、心配ですね。
私の義父も最近介護認定の申請をしました。もう少しで認定が下りると思います。
うちの場合も支えれば歩ける状態なので、おそらく介護度2くらいかな?
ケアマネージャーさんのお薦めで、週3回の入浴サービスを受けることにしました。

介護保険は、介護度によって持ち点(?)があって受けられるサービスの限度があるので、ケアマネージャーと契約をして、どのサービスが最適かアドバイスして貰ったり市役所への申請手続きを代行して貰ったりする事は、もうご存知ですよね?

介護保険なのか医療保険を利用するのかもケアマネージャーさんが相談に乗って下さいますよ。たしか、モルヒネの使用とか溜まった水を抜くなどの際には訪問看護で医療保険の方になるんじゃないかな?

とにかく、ケアマネージャーさんに相談するのが一番良いと、最近の経験で思います。
お互いに頑張りましょうね。

43 名前: 投稿日:2004/11/20(土) 21:20
昨日は生意気な事を言ってしまいました。(反省)
お父様退院ですか。転移のほうされてないと良いですね。
今日、父が外泊しています。月曜日の朝には帰るのですが・・・。
白血球の数値も上がらず、癌もあまり小さくなってはいない様なのですが
本人のことを考えると、体調の回復を病院で待つより、自宅に帰ったほうが
良いだろうと、先生・看護士さんの意見で、来週末には完全に
「退院」となります。足がだいぶ弱り(自分で歩けますが)白血球の数値が低いせいか
すぐ疲れてしまう感じですが、「介助はいいですが、介護はまだしないで自分でさせるように・・・。」と、
看護士さんに言われたので、自分でトイレなど行かせています。
夜は心配なので私が近くで寝ようと思っていますが、父は「いびき」が
凄いので寝れるかしら?(不安)
早いうちに介護認定の申請に行った方がいいですかね?
月~金・8:00~17:00まで誰かに診ててもらう事は
可能なのでしょうか?ケアーマネージャーさんは何処に行けば
会えますか?
皆さんの自宅介護の話を聞いててうかうかしてたらいけないんだ!!と
甘く考えていた自分に「渇!!」です。
他にも事前にやって置いた方が良いことなど、
ぜひ、お知恵を貸して下さい。
私から皆さんに教えることが何もなくてすみません。



44 名前: なお 投稿日:2004/11/21(日) 00:28


>昨日は生意気な事を言ってしまいました。(反省)

↑そんなことありませんよ。ご意見ごもっともだと思います。でも退院したいと父が言ったらダメとは言えないし・・・。
息子たちは父母の喧嘩が始まりそうになると、自然と姿を消します(-_-;)教育環境も大事だけれど、今は仕方なしってことで、なるべく嫌なところは見せないようにしてます(-_-;)

介護認定の件ですが、私の場合は順序が逆で、お風呂用の椅子を近所の介護用品のお店に買いに行ったら介護認定を受けるように薦められたのでした。ケアマネージャーもそのお店の人からの紹介です。市役所で相談すればケアマネージャーの紹介もしてくれると思いますよ。

寝たきりの介護も大変だと思うけれど、自分の事はある程度自分で出来ていたのにだんだん出来なくなってくる段階の介護も、別の意味で大変なような気がします。本人の諦めや混乱を共有しなければならないので・・・。
でも、自分の娘に面倒を見て貰えるのはお父様にとって嬉しいことだと思いますよ。なんと言っても嫁よりやっぱり娘ですもの。

これから、お互いに頑張りましょうね。

45 名前: なお 投稿日:2004/11/21(日) 00:42

書き忘れました。

>月~金・8:00~17:00まで誰かに診ててもらう事は
可能なのでしょうか?
↑この件は、ホームヘルプやデイケアなどで対応できそうな気がしますが、それもケアマネージャーさんが相談に乗って下さいます。
さしあたって、介護用のベッドは退院前に用意しておいた方がいいかな。

46 名前: なお 投稿日:2004/11/21(日) 11:36

何度もシツコクてごめんなさいm(__)m
ケアマネージャーはあくまでも申請をしてから契約する事なので、来週退院でしたら、なるべく早く市役所へ行った方がいいと思います。
うちの場合はまだ認定は降りていないのだけれど、申請をして、最低でも介護度1はつくかなという事で話を進めています。

ケアマネージャーさんは、介護認定が降りた人に対して、介護度によって「利用するべきサービスの判断」や「点数(?)の計算」をして市役所に申請してくれるわけです。

解りづらくてスミマセン。

47 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 22:18
色々忙しくて書き込みを見れませんでした。ごめんなさい。
火曜日に市役所に行き「介護申請」をして、水曜日に
近くの「介護支援センター」へ行って「ケアプラン」など
相談してきました。29日に父の病院に市の審査員が行くそうです。
何とも言えませんが、介護1程度はつくだろうと、言ってくれています。
認定が降りるにはやはり1ヶ月は掛かるみたいですが、
なるべく早く降りるよう配慮してくれるみたいで、「ほっ!」です。

支援センターの人が看護士さんと連絡を取り、現状(父の)を聞いてくれて
看護士さんが週1~2日は入ったほうが良いとの事なので
ヘルパーさん・看護士さんが来てくれそうです。
今月末に退院して来る想定で進めてましたが、状況が変わり
まだ、退院出来ないかも・・・。と。
糖尿があるので、血糖値が上下していてインシュリンを自宅で
打つかどうか先生が悩んでるそうです。
まっ!自宅にいつ帰ってきても良い様に準備出来る時間が延びた
と思えばいいですよね!!
なおさんに教えてもらって、何とか準備出来て一安心です。
ありがとうございました。
帰ってきたら新たな悩み・愚痴等が出てくると思いますので
その時はまた宜しくお願いします。
あっ!ベットは日曜日に来るので明日がんばって部屋の掃除です。


48 名前: なお 投稿日:2004/11/26(金) 23:41

ペさん、いよいよアクションを起こしたんですね。
こうして一番最近学んだ事で、誰かのお役に立ててなんだか少し嬉しかったりして(^_^;)

介護保険には今まで全く縁がなかったけれど、ありがたくて便利な制度ですよね。
私は、実際にケアマネージャさんやヘルパーさんに来て頂いて、オムツの当て方や着替えさせ方の「裏ワザ」をたくさん教えて貰い、へぇ~ボタン100個くらいすでに押してます(^^)

ペさんとうちの場合は介護度やスタートの時期がほとんど一緒なので、お互いに悩みながら頑張りましょうね。

49 名前: 投稿日:2004/11/29(月) 18:50
こんばんわっ!今日、市役所の人が父に面会に来たのですが、先週から微熱が
続いていて、昨日は38℃今日は38℃6でした。
本人の体調が悪いのと、退院が先になってしまった為、改めて
来てもらえるように成りました。

この熱の原因が癌からか、感染症なのかわからないのでCTを取りました。
解熱剤を飲むと下がるので、前回よりは良いと思うのですが、
本人はそうとう堪えているようです。
だんだんと体力が失われてしまっていて、起きるのも辛いらしくて・・・。

このまま家に帰ってこれないんじゃないかと、思ってしまいました。
がんばってもらいたいけど、それすら言えない感じです。
こんな時どんな言葉を掛ければいいのかな?
なるべく弟と2人馬鹿話して帰って来てるんですが・・・。
難しいですね。





50 名前: なお 投稿日:2004/11/29(月) 19:47

ペさん、それは辛いですね。
苦しんでいる人を目の前にした時って、どんな言葉を掛けてあげればいいかほんとに迷ってしまいますよね。

あるマラソン選手が「走っていて一番苦しい時に『ガンバレ~!』って沿道から声を掛けられると、私はこんなに頑張ってるのに!って正直思う。『リラックスしていけ!』の方が、有りがたいですね」って言ってたのを思い出しました。
弟さんと2人で馬鹿話しして・・・で正解かもしれませんね。

病気の痛みや苦しみは本人が孤独に闘うしかないし、私も義父を見ていて、癌の苦しみを本人じゃない者が言葉で和らげてあげようなんて却って失礼かもしれないと思う事があります。
それだけ壮絶ですものね。。。

お父様はペさんたちの優しいお気持ちは良く解っているだろうし、言葉よりも、黙って手を握ったり足をさすったりしてあげるのもいいかもしれませんよ。

ぺさんも、疲れないように頑張ってくださいね。(あっ、やっぱり頑張ってって言っちゃった(^_^;)

51 名前: 投稿日:2004/11/29(月) 21:50
ありがとうございます。
さっき弟が父の所から帰ってきてCTの結果癌自体は大きく
なっていない様ですが、熱はそこから来てるようです。
明日からリツキサンをやるみたいです。
今の状態で抗がん剤って大丈夫なのかな?
先生が決めることだし、大丈夫だからやるんだろうけど
ちと、心配です。

子供の前で弱ってる処を父親として見せたく無いのかなぁ~
と思いますが、遅かれ早かれ来る事だし、たまたま人より
早くきちゃったんですよね!
・・・。と思いがんばりまっする。(笑)

支えてくれる人が居るっていいですね!
それだけで、心強くなれます。
このレスを見つけられて私って、ラッキー!!

また、グチグチ言うかも知れませんが、って言うか多分言います。
呆れずに聞いてやって下さい。

52 名前: なお 投稿日:2004/11/29(月) 22:05
そうですか。。。
リツキサンについて詳しい方、どなたかレスして下さるといいですね。

>子供の前で弱ってる処を父親として見せたく無いのかなぁ~
↑そうなのかもしれませんね。でもそういう気概が残っているうちは大丈夫って思いましょうよ(^^)v

お父様が早くおうちに帰れるようにお祈りしていますね。
それくらいしかできないけど。。。

53 名前: なお 投稿日:2004/11/29(月) 23:51
↓こちらは参考になるでしょうか。期待の新薬らしいですね。

リツキサンに期待 :
http://kk.kyodo.co.jp/iryo/news/0629rinpa.html

54 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2004/12/24(金) 18:04
俺の親父も末期がんです。
でも俺は決して泣き喚いたり、悲観に暮れるしたりしていません。
うちは母親がよく泣いたりしているので、1人息子の俺まで
泣き喚いたら父親もおちおち入院してられないと思います。

確かに悲しいです。でもそこで泣いても喚いても親父は回復しません。
泣き喚くよりも「どうしたらこの先の短い間親父に楽しく生きて貰うか、
どうしたら痛みを少なく生活出来るのか。」と言う事を優先に看病しています。

一時は泣き叫ぶのも良いでしょうが、最後の時は父の手を固く握りながら「あと
は任せとけ」と言ってあげたいです。それが今出来る一番の親孝行だと思うので。

55 名前: なお@報告 投稿日:2004/12/25(土) 22:17

昨日、義父が長い長い闘いを終えました。
3年前に肺の小細胞癌の告知を受けて以来、前向きに壮絶に闘ってきた父でした。

足のむくみを取るために3週間前に入院したのですが、どんどん状況が悪くなって最後は肺に酸素が取り込めなくなり、苦しそうに浅い息をしている父が可哀想でなりませんでした。
人工呼吸器は本人が拒否していたので、苦しまずにすむように眠れる薬を使って貰い、静かに息を引き取りました。

末期特有の症状でイラつく父を見ていて、思わずこの掲示板にグチを書いてしまった事もありましたが、私には優しい父でした。。。
夕べは、やっと家に帰って来れた父にずっと話しかけながら泣きました。
父にもう一度会いたいです。
今日は告別式の準備などで泣いてる暇もないくらいにバタバタしていましたが、これが落ち着いたらきっとものすごい悲しみがやってくるような気がして怖いです。
本当に癌が憎い・・・。

何だかまとまらない文章になりましたが、落ち着いたらもう少しまともなことが書けるかもしれません。
この掲示板で励まし支えられたことに感謝しています。
ありがとうございました。

56 名前: 投稿日:2004/12/28(火) 17:08
久しぶりに掲示板を見てびっくりです。
なおさん大変でしたね。お疲れ様でした。

父も12月24日、1年6ヶ月あまりの闘いを終えました。
20日まで少し会話をしていて、足を揉んでやると「気持ちいいねぇ~」
と、喜んでくれていました。
その日は、弟と、マッサージに行こうと早めに父の所を
後にしましたが、それが最後の会話になりました。
今、なんでもっと話してやらなかったんだろうと、後悔しています。

次の日から意識が混濁し、脳にまで癌が浸透したようで
無意識に首を振ったり、目を見開いたりしていて、
先生は「本人に痛さなどはありませんが・・・。」と
言っていましたが、叔母・叔父見ているほうが辛くて
「睡眠誘導剤」をしてもらいました。
血圧・脈拍・尿ectまったく正常で、今までの入院生活で
一番良いくらいでした。
私たちは病院に寝泊りしていたのですが、24日明け方TELが鳴り
駆けつけた時には呼吸が止まり、弱弱しく脈が動くのみでした。
そして、眠るように最後を迎えました。
「よく、がんばったね!お疲れ様」と、声をかけました。
たまたま父のお気にの看護士さんが当直で「お父さんはサンタクロースに
なられたんですね」と、言ってました。
子煩悩な父でしたので、ホンとにそうだといいです。
憎まれ口を言って喧嘩ばかりしてましたが「私は父が大好き
だったんだ」と、実感しました。
今はまだ泣いてばかりいます。でも、元気な私が好きだった
父のため頑張ろうと思います。
弟もしっかり最後まで「喪主」として、やってくれました。
立派になったなぁ~と。姉ばかですが・・・。
これから2人で力を合わせ頑張ろうと思います。
出来れば早く弟にお嫁さんが来てくれるといいのですが・・・。
父は「良い先生・看護士さんに診てもらえた」と。言ってました。
私たちもそう思ってます。
なんか大急ぎで打ってるので「意味滅裂」ですね。
私も落ち着いたら書き込みします。
なおさん!!気を落とさずに頑張ってね!!




57 名前: なお 投稿日:2004/12/29(水) 20:15
ペさん、本当にお疲れさまでした。

偶然にも義父も24日の午前中に息を引き取りました。
やはり、苦しくないように睡眠導入剤を投与してもらって、自然に呼吸数・血圧が下がっていき、「うっ」と、ひと言小さな声で言ったあと、息をしなくなりました。

色々な関係で、今日やっと告別式を終えて、今、放心状態です。

意識が混濁していた時でも、父は私の声だけは聞き取って、うなずいたりしてくれました。
親戚の者や夫から「嫁としてよく頑張ったね」と言われて、涙が止まりませんでした。
何だか今にも父が起きて来てリビングに顔を出すんじゃないかと思ったりします。
喪失感は、これからやって来るのかな?

なんだかうまい言葉が見つからないけれど、お互いに疲れが出ないようにしましょうね。

お父様のご冥福をお祈りします。

58 名前: 投稿日:2004/12/30(木) 13:13
なおさん、お疲れなのに気を使っていただきすみません。

親戚の方・旦那様の言葉で今までの努力・苦労・葛藤が救われますね。
お義父さまは、なおさんの事娘さんのように思ってたんでしょうね。
私も周りから「よくやったね」「頑張ったね」と、言われましたが
私としては「あれもこれもしてあげればよかった」と、思いました。
でも、色んな事しても最後には「後悔」が必ず残る物なのでしょう。
父は最後苦しまず、穏やかに逝けたのでそれで良し!とするように
自分に言い聞かせました。なんて、不謹慎ですかね?

家は両親が離婚してるのですが、これからは「母」に父に出来なかった事をしてあげようかな?
父は生前、母に会うのを嫌がってましたが、内緒(父は知ってたと思いますが)で
会ってました。母自身もケジメをつけたかったみたいだったので
父の病床にも連れて行き、遺骨も見せました。もちろん親族には秘密ですが・・・。
怒ってますかね?勝手な事して。
でも、私たちはこれでやっと肩の荷が下りたような気がしたんです。

今日初七日です。
あっ!と言う間の一週間でした。知らない事ばかりでオタオタしてばかり
悲しむ暇もありません。なんて遺影を見ると涙が・・・なんですが。
四十九日・一周忌とまだまだやる事ばかりです。

なおさん始め掲示板を見て色々教えてくれたり、励ましてくれた皆様に
感謝です。
今度は逆の立場になりますが、皆さんを勇気付ける事が出来たらと、
偉そうですが、そう思ってます。

なおさん、本当にありがとうございました。
遅れましたが、お義父様のご冥福をお祈りします。

59 名前: りんか 投稿日:2005/01/06(木) 20:24
父が肺の末期癌で苦しんでいます。そんな姿を見るのはとても辛く
涙が出てしまいます。余命1ヶ月と告知されてからもう5ヶ月になります。
しかし、
今まで元気だった父が、嘘みたいに変わってしまいました。
昨日状態が悪化して今はICUにいます。十代の私に今出来ることは
なんでしょうか。お父さんには今までたくさん迷惑をかけて、たくさん
心配させました。父には、謝りたいことがたくさんあります。
奇跡は起こらないの?お父さんは苦しんでしんでゆくの?
誰か助けて。お父さんを、どうか、どうか、助けて

60 名前: あい 投稿日:2005/01/07(金) 02:03
りんかさん今が一番つらいと思いますがりんかさん自身が気を落とさずお父さんの側についてあげて下さい!!!頑張って下さい(>_<)

61 名前: あい 投稿日:2005/01/07(金) 02:22
ぺさん。わたしも母を12月22日に癌でなくしました。その日は夜遅くまでマッサージしていてそして『ちょっと休憩してまたくるね』と言って20分後くらいして母のもとに行くと様子がおかしくその2時間後くらいになくなりました。母がなくなってどうしてあの時ずっとついていなかったんだろうとか,もうちょっとこうしておけばとか後悔してばかりでぺさんの気持ちが痛いほど分かります。わたしはもともと父はおらず母と兄二人と祖母で暮らしていました。母がなくなってこれからどうしよう(自分は高校2年で学校とか)って不安ですが今からは自分がしっかりしないといけないなと思います。このスレッドを見つけて悲しいのは自分だけじゃないんだと勇気づけられました。

62 名前: なお 投稿日:2005/01/07(金) 09:03
りんかさん、10代と言う事はまだお父様もお若いのでしょうね。
その年齢でお父様の苦しみを見ているのは本当にお辛いでしょう。
お父様の意識レベルがどの程度か判りませんが、ICUに面会に入れるなら話し掛けてあげて下さい。
反応がないとしても、きっとりんかさんの声は聞こえていると思いますよ。

あいさんへ。
その年齢でお母様を亡くされたなんて、本当にお辛かったでしょうね。
どんなに精一杯尽くしても、残された家族は「もっとああすればよかった」「あれもしてあげれば良かった・・・」と悔やむものなのだそうです。
でも、きっとお母様はあいさんを今も見守って下さっていると思いますよ。
天国のお母様が心配なさらないように、頑張って幸せになって下さいね。

63 名前: ゆみ 投稿日:2005/01/07(金) 23:17
私の母が一昨年の秋に大腸癌が見つかり手術。結果リンパにも転移があり4ヵ月後の冬には肝転移。その時余命半年と言われました。その後はまるでそんな事を言われてる体とは思えない程元気に順調にきてました。が、去年の10月半ばから痛みがでてきモルヒネを使いながら自宅で生活をしてました。腹膣内のリンパに転移で。そして1ヵ月前に黄疸がでて入院。今は腹水もたまり、足の浮腫みもひどく食欲もほとんどないです。こないだまではピンピンしてたのに。私の弟はまだ中学1年。お母さんがキセキを起こしてくれるように願ってばかりです。

64 名前: あい 投稿日:2005/01/08(土) 01:18
なおさんありがとうございます。残された家族で頑張ります!!!ゆみさん奇跡は起こりますよ!!!今ゆみさんにできる事を精一杯悔いのないようにしてあげて下さい。奇跡を信じて頑張って下さいね(^-^)

65 名前: ゆみ 投稿日:2005/01/08(土) 15:02
あいさんありがとうございます。キセキを信じて悔いのなぃよーに今私にできる精一杯の事を。頑張らなきゃ(>-<#)

66 名前: 投稿日:2005/01/08(土) 21:55
りんかさんへ。
面会出来るなら少しでも長くお父さんの近くにいて
「手」が握れる状態ならそっと、握ってあげて下さい。
きっと安心されると思いますよ!!がんばれっ!!

あいさんへ。
お母様のご冥福をお祈りします。
あいさんは立派ですね。私なんてかなり年上ですが、頭が下がります。
辛い時・悩んだ時はこのレスに来てください。
力になってくれるはずです。天国のお母様の為にも家族仲良く、助け合って
頑張って下さい。

ゆみさんへ。
お母様心配ですね。
食欲が無いとの事ですが、ゼリー・寒天・プリンなどは
駄目でしょうか?
私の父は食欲が無い時でも比較的口に出来たのですが・・・。
試してみて下さい。

最後に看護されている皆様へ
風邪などひくと看護・面会したくても出来なくなってしまう
病棟もあります。
大変でしょうが、体調管理する様にして下さいね。
私自身、父に会いたい時期に風邪で1週間面会出来なくなった事があるので・・・。
家族に会えるのが1番の薬だと思うので。
出過ぎた意見ですみません。





67 名前: なお 投稿日:2005/01/09(日) 01:02

ペさん お久し振りです。
若いご兄弟お二人だけで、大変な時期を乗り切ったのですね・・・。
お疲れは出ていませんか?

私は、まだ父がいなくなった実感が持てなくて、遺影に話し掛けたりしてしまいます・・・。
49日が終わってホッとしたら、すごい喪失感と悲しみがやって来るような気がして怖いです。

本当にまだまだ大変ですが、お互い体に気をつけて頑張りましょうね。

68 名前: 投稿日:2005/01/09(日) 09:00
なおさん、おはようございます。
実はあまり若くはないんですよ・・・。3?才ですので、
ホントなら、お嫁に行って孫を見せてあげられる年なんですが
こればっかりは、駄目でした。
葬儀の時も色々な人にチクチク言われてしまいました。(冗談ぽくですが)

私もまだ、現実味が無く遺影を見て「なんで、これが家にあるんだろう」と
思う事があります。
なんとなく病院に行けば父がいる様な気がしていて、
病院に挨拶に行ったとき、「あ~もう父には会えないんだ」と
看護士さん達と話していたとき感じ、ポロポロと涙が出て来ました。
看護士さん達に励まされ帰って来ました。

今月30日に49日をします。
それで、ほっ!と出来るのかな?
自分の感情が自分で把握出来てない感じです。

久しぶりにレスを見て少し前に自分が体験していた事を
凄く若い子達が頑張ってやっている事に驚きました。
微力ながら応援したいと、思います。

なおさん、落ち着けるのが何時なのかわかりませんが
頑張りましょうね!!




69 名前: ゆみ 投稿日:2005/01/11(火) 08:08
ぺさんありがとうございます。ゼリーやアイスは母も食べやすいみたいで、特にアイスは残さずに食べきれたりします。ごはん物は2口・3口しか食べれませんが…。
日に日に体調に変化があり本当心配です。金曜日は歩けたのに、昨日はほとんど歩けなかったり。(両下肢浮腫みがあるのと血圧が低い為息切れがひどくて)点滴も最近はなかなか入らなくなってきて鎖骨近くからIVH?というので点滴をしなくてはならない状態です。ついこないだまではあんなに元気だったのに…。当たり前のよーに健康でいられる事は何よりも幸せな事だなって思います。

70 名前: なお 投稿日:2005/01/11(火) 08:44
ゆみさんへ。あまり食べられなくて栄養状態が悪い時は、腕などの血管よりも、高カロリーのものが入れられるので鎖骨のところからの点滴の方が良いと父の時に言われましたよ。これで少し元気を取り戻せるかもしれませんね。希望を持って頑張って下さいね。

71 名前: ゆみ 投稿日:2005/01/11(火) 15:46
なおさんありがとうございます。母の先生も鎖骨の所からの方が栄養ももっととれるようになると言ってました。期待できそうですね。頑張ります!

72 名前: 投稿日:2005/01/11(火) 20:16
ゆみさんへ
お母様少しでも食べられて良かったですね。
カロリーとかは大丈夫なのかな?
うちは糖尿があったのでアイスもカロリーの低い物を食べてましたが・・・。
病院の売店などで売っていると思います。
ベットに寝てきりでいると筋肉が落ち、次に歩行する時
大変になると思うので、ベットに腰が掛けられる状態なら
一日何時間か決めてリハビリ感覚ですることをお勧めします。
でも、決して無理はさせない様にして下さいね。
ゆみさんもあまり無理をしないように!!
休めるときはきちんと休むようにして下さい。


73 名前: サスケ。 投稿日:2005/01/16(日) 22:40
父のことでお話しさせてください。
私の父は末期の膵臓癌で余命1年と宣告されその1年を
もうすぐ迎えようとしています。はじめのうちは
食欲気力ともに十分で、もしかすると治ってしまうのでは?と
錯覚してしまいそうなほどでしたが、ここ2ヶ月体調は毎日
めまぐるしく変化し、食欲も落ち薬の副作用で眠ってばかり
います。それまで頑張ってきた漢方も飲まず、毎週かかさず
行っていた湯治も行かなくなってしまいました。
笑顔もなくなり、これまで頑張ってきた仕事も
周囲に迷惑がかかるからという理由で、やめることを
決意したようです。そして今日、一番恐れていた
「死にたい」という言葉を口にしました。
私はその言葉に何も言えずただ頑張ろうよ。諦めないで
頑張ろうよとそんなことしか言えませんでした。
でも父は「頑張って治るわけじゃない。もう辛い。」と
半ば自分の未来を諦めてしまっています。
寝たきりというわけではないし、まだまだ食事も普通食を
取ることができますが、徐々に悪くなってきているのが
自分でわかるようで私達家族の言葉も届きません。
これから先がとても不安です。
何かいいアドバイスがありましたらお願いします。


74 名前: なお 投稿日:2005/01/18(火) 19:36
その言葉を口にしたお父様のお気持ちを察すると、何も言えませんね。
それをただ聞いているしか出来ないご家族のお気持ちも・・・。

わたしの義父も「俺は、もうダメだな・・・」とポツリと言った事がありました。
一瞬 胸が詰まって、聞こえなかった振りをしようかと考えましたが、『そんなこと言わないでお父さん。まだまだ大丈夫ですよ。お父さんが居なくなったら私、寂しいです。』と言って手を握りました。
そんな嫁のひと言でも、少し嬉しかった様子が握っている手から伝わってきたように思います。
過去のことになってしまいましたが・・・。

後悔のないように、お父様を大切に想う気持ちや愛情を、言葉にして差し上げたらどうかな?と思います。

75 名前: 投稿日:2005/01/18(火) 21:26
サスケさんへ

私の父も「自暴自棄」的になっていた時期がありました。
私は「何言ってんの?頑張るって言ったじゃん」と、強気で
言ってましたが、トイレで泣いてました。
父に何もしてあげられない悔しさ・寂しさetc
うまく言えませんが、父同様私もその現実から逃げてました。
少ししてからは、普段の父に戻りましたが、父なりに気持ちの整理が
ついたんじゃないかな?と思います。
その後は最後まで「死」と言う言葉は言いませんでした。

悩みは人それぞれ、感じ方・落ち込み等違うと思うのですが、
インターネットで調べてみたら「軽い鬱状態になる人も居る」と、
書いてありました。
その場合は薬を使い安定させるそうです。
あまり良い方法では無いかも知れませんが、相談してみたら
いかがでしょうか?
良いアドバイスが出来なくてすみません。

76 名前: サスケ。 投稿日:2005/01/19(水) 22:13
なおさん、ぺさんアドバイスありがとうございます。
なおさんもぺさんも私と同じような悩みを抱えながら
看病されていたのだなぁと思うと、
なんだか泣きたくなるくらい救われました。
それから、とても励まされました。ありがとうございます。

私もネットでがんの方の精神ケアについて調べてみました。
ぺさんのおっしゃるとおり、人それぞれ落ち込みかたや
落ち込んでいる時期が違うようですね。なかでも膵臓癌はやっかいで
鬱の状態になる方が多いというお話しも聞きました。父がそうだとは
決めつけたくありませんが、絶対に違うとは言い切れませんし
今の状態は少なくとも良い方向ではありません。
主治医にも相談してみようとも思うのですが、半ば諦めて
しまっている医者がそういった精神的ケアのことで親身に相談に
乗ってくれるかどうか…とても不安です。(以前、父の病状のことで
相談したとき、泣き出した私にたんたんと大学病院での癌治療の
限界について話されたことがありました。)
なんだか書けば書くほど八方塞がりです。
癌の患者さんは癌と告知を受けると、自分だけが
遠いところにぽつんと置き去りにされているような
感じを受けると聞きました。私達家族がその距離を
縮める努力をしなければいけないんですよね。
そのためにはきっとなおさんのいうとおり気持ちを言葉に
することが大切なんだと思いました。
ついつい一方的な励ましを押しつけてしまいがちでしたが
父の辛い気持ちに寄り添った言葉もかけられたらと思います。


77 名前: なお 投稿日:2005/01/20(木) 00:15
サスケさん
「膵臓癌末期・・・。」のスレッド読んで下さったんですね(^_^;)
不安や孤独を抱えて苦しんでいる人に、どんな言葉をかけてあげたらいいんだろうって悩んでしまいますよね。

私は末期がんで壮絶に闘っている父を見ていて、中途半端な励ましは却って失礼なんじゃないかと思いました。
「頑張って!」と言われても、もう充分頑張っているんですもの・・・。

それよりも、周りの家族がどんなに父を必要としているか、父が家族にとってどんなに大切な存在かを伝える事で、父が心を強く持ってくれたらと思いました。
死の恐怖と闘っている人に対して周りの者はあまりにも無力だけれど、人って結局最後は「愛情」に支えられるんじゃないかな?って感じました。
なんだかナマイキ言ってすみません。

78 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/01/20(木) 14:12
サスケさん
レスを読みましたが、本人・家族が不安な時になんて冷たい先生なんだっ!!
と、ちょっと頭にきちゃいました。1番頼りにしたい人なのに・・・。

私の父は「静岡県立癌センター」に入院していましたが、
癌専門の病院のせいか、先生・看護士さんとも「諦め」みたいなのは
感じませんでした。
父が、食欲が無い時は「何なら食べられそうですか?」と聞き、
おかゆ・メン・パンそれでも駄目なら子供用のお菓子やプリンを
試してくれたり、治療も本人の意思を確認しながら、今、本人に取って
1番良いと思われる治療を進めてくれました。
もちろんお金も掛かりましたが、私は父が「もう、やめたい」と言うまで
がんばろう!と思いながらやっていました。

主治医を変える事は大変な事だとは思いますが、親身になって治療してくれる
病院・先生が居ると思うので、探してみるのも良い事だと思いますが・・・。
やっぱり、難しいのでしょうか?




79 名前: サスケ。 投稿日:2005/01/21(金) 00:41
なおさん
いいえ、全然生意気だなんて思いません。
死と向かい会う家族を前に、どうしたらいいか考えて悩んで
苦しみながら看病されてきた方がアドバイスしてくれる言葉ですから
そんなこと思うはずもありません。かえってとても励まされています。

『十分頑張っている』そうなんですよね。
死にたいと口にした父にかけた私の頑張ろうよの言葉に、父は
これ以上頑張りようがないじゃないか。と言いました。
死ぬまで頑張るのかとも言いました。
何も言えませんでした。私も母もただただ悲しくて何も
言ってあげられませんでした。
きっとこれからもっとこんな場面が増えるんでしょうね。
考えただけで胸が詰まる思いですが、そうなったとき
口先だけの励ましの言葉だけは吐かないようにしたいです。
私達家族にとって父の存在がどんなに尊いものなのか
そのことを伝えたいと思います。そしてそのことで父が、
自発的に頑張ろうとする力を生み出してくれたなら…
きっと良い時間を過ごせるはずですよね。

名無しさん
レス、ありがとうございました。
お父様はとても良い治療を受けられたのですね。
それはイコール家族もお父様もよく病院側とお話しを
されて納得のいくうえで受けた治療だったということですよね。
とても羨ましいです。私の父はもう抗癌剤の投与しか方法は
ないと言われているので、他の治療法はしていません。
そんな状態ですから、主治医との話題は痛み止めに関する
ことと、癌の今の状態のみということになります。
しかも、なかなか効果のでない治療と(これは仕方のない
ことですが)上手く解消されない痛みにイライラする父は
主治医を信用していないところがありあまり良い関係とは
いえません。くわえて、大学病院なので他にたくさんの癌患者を
抱えている主治医は、外来で通う、助かる見込みのない父に
割く時間も、暇もないようです。精神的なケアについての
アドバイスはほとんどありませんし、外来での受診は
あっけないほど早い時間で終わります。
全て主治医が悪いわけでは決してなく、頑固な父にも
問題は多々ありますが、主治医と良好な関係がもてない以上
満足できる治療が受けられるわけないですよね。
最近では精神的ケアのことも考えて、転院も考えています。
ですが、父のようにもう何も治療法がない状態であれば
やはり転院先はホスピスしかないのでしょうか…。
私には治療を諦めるという選択肢があることを、
今の父に上手く説明できる自信がありません。


転院についてはまだまだ情報不足なので、どなたか
良いアドバイスがありましたらお願いします。


80 名前: なお 投稿日:2005/01/21(金) 10:56
具体的な病院のアドバイスは出来ませんが、Drとの信頼関係が持てないのなら、転院を考えてもいいかもしれませんね。
その前に、患者本人がいないところで一度じっくりDrとお話してみてはいかがでしょうか?聞きたい事をメモして行って腹を割って話せば、Drも本人の前では言えないこともきちんと話して下さるかもしれません。私はそうしていました。
Drにしてみれば、数多くの癌患者を治療し終末を見届けてきたからこそ、これ以上辛い治療を薦められない(半端なことは言えない)という側面もあるんじゃないかな?と思ったりします。

お父様に一日でも長く生きていて欲しいと願うご家族のお気持ちはもちろん理解できますが、ここまで進行しているという事実を直視しても最後まで病院で(辛い)抗癌剤で闘うのか、出来る限り家族と穏やかな時間を過ごすのかは、お父様自身が決めることですよね。
その心のフォローは、側にいるご家族にしか出来ないような気がします。

なんだかとても残酷なことを書いている気がしますが、わたしの父は、混乱した時期を乗り越え覚悟を決めたあとは、延命を拒否して最後まで家で家族と過ごしたいと言いました。
私達もつらいけれどそれを受け入れ、結果的に最後の3週間ほど病院に入院しましたが、でも入院するまでのあいだ、家で穏やかに暮らせたのは父のみならず私達家族にとっても、幸せだったと今は思っています。

81 名前: さよ 投稿日:2005/01/21(金) 21:36
はじめまして・・・
スレッドを読んで 今自分が置かれている状況と重なりました。
私の父も 膵臓癌ステージ4です。余命3~6ヶ月と言われてます。すでに3ヶ月は経過してますが・・・
頑張ってねという言葉を 私は父にかけることができません。
ずっと頑張っていますからね。父にとっては普通に接することが1番いいみたいです。
病人扱いをされるのを嫌がり、心配すると体の具合を話してくれなくなるのです。
もっと甘えてくれればいいのに、頑固親父でしょうがないですね。

セカンドオピニオンとして 癌センターを紹介されたので 告知しなければいけない状況に置かれてしまいました。
まだ家族の心の整理もできぬままの告知でした。
「もしかしたら癌センターなら手術できるかもしれない。膵臓癌は時間がない!急がないと!!」という主治医の思いもあったようです。
でも そこでの扱いは涙が出るほど冷たい言葉ばかりでした。
告知を受け 落ち込んでしまっている父に追い討ちをかけるような冷たい言葉・・・
専門医だからでしょうか、まるで物を扱うように。。。父もかなり落ち込み このまま弱ってしまうのではないかと不安でいっぱいでした。
結局最初に見ていただいた大学病院で抗癌剤治療を受けています。
設備などは癌センターよりも劣るでしょうけど、医師や看護士の優しさもがん患者には必要だと思います。
治療だけがすべてじゃないって 末期だからでしょうか・・・そう思うのです。
辛い思いを同じするならば 心のある治療をしてもらいたいと・・・
ライン作業のような仕打ちは 本人も家族も耐えられません。
今は入院中の主治医と外来担当の医師のお二人そろって診察と抗癌剤治療をしてくれています。
医療技術をとるか 心ある治療をとるかで悩みました。姉妹で意見もわかれました。
でも 父にとっては 家から近い病院と言うこともあり安心できる病院だったようです。
まだ父は体重減少の自覚症状だけで元気に過ごすことができていますが、いつどうなるのかわかりません。
もしものとき・・・考えたくはないのですけど、そのときは 家族に囲まれて穏やかに迎えさせてあげたいと思ってます。
苦しい思いをして延命してもそれが父にとっては決して嬉しいことじゃないと思ってますから。
膵臓癌の知識が少ない父は「俺もあと2年ぐらいだろう」と笑いながら自分で言ってますが もっと早い死を予期している家族は辛いです。
「何いってんの」っと笑い飛ばしながらも、心の準備はしとかなくてはと思いはじめてます。
決して諦めたわけじゃないのですが・・・なんとも複雑な気持ちです。







82 名前: 投稿日:2005/01/22(土) 21:35
さよさんへ

そうなんですか、辛い思いをされたんですね。
病院・医師・治療方法って色々あり、知識の無い患者側にとって
一番迷ってしまう処ですよね。
 
私は、治療する人が頑張れる場所を選ぶのが一番良いし、
家族が近くにいて、いつでも会える安心感って大事だと思います。
そして、いつも通りに接してあげる方がいいと思いますよ。

ん~上手に言えませんが「心の準備」は、まだ早いと思います。
お父様の為にも諦めず頑張って下さい!!





83 名前: サスケ。 投稿日:2005/01/23(日) 22:55
なおさんへ
進行しているという事実を直視…実はそれが一番難しいのかもしれません。
今週、久しぶりにとったCTの結果を聞きに行きます。
たぶん、そのときが進行している事実を目の当たりにするとき
ではないかと思います。悪いだろうと漠然としたことしか
わからないでいた私達に、これからどうするか現実的な
選択がいよいよ迫られるのでしょう。
とても不安です。怖いです。最近の父をみていると余計に
嫌な想像ばかりふくらんでしまいます。

さよさんへ
私の父も病人扱いされるのを極端に嫌がります。
そして心配すればするほど身体のことは話さなくなります。
本当に同じですね(苦笑)困ったお父さんです。
私の父も、早く早くと急かされあっという間に
入院、治療が開始されました。気持ちの整理など
つける間もなくです。そしてその気持ちを今でも
ひっぱっているような感じがしています。
でも幸いにして、さよさんのお父様は信頼のおける
医師から治療を受けておられるようでよかったですね。
心ある治療、私も今は切実にそれを望んでいます。
お互い辛いことばかりですが、父にとってのベストな道を
探る努力を惜しまずに、頑張っていきましょうね。


84 名前: なお 投稿日:2005/01/24(月) 10:14
サスケさんへ
CTの結果、心配ですね・・・。
病院の件ですが、私の父はもう抗癌剤も使えない状態と言われてからは、本人の希望で自宅介護をしていました。
癌センターの主治医は『癌センターでは、積極的に癌を治療する人の方がどうしても優先になってしまうため、すぐに入院出来ないかもしれないので、緊急の場合の為に近くの病院を紹介しておきますね。』と言って、近くの総合病院に紹介状を書いて下さいました。
その紹介状を持参して、前もってDrにご挨拶に行っておいたので、足のむくみが酷くなった最後の入院の時もスンナリ診て頂けました。
それから、総合病院では往診はしてくれないので近所のホームドクターにも一応お願いしたりしました。

最後の3週間、紹介して貰った近くの総合病院に入院して最期を迎えましたが、親身になって下さるとても良い先生で、結果的に私達家族にとっても父にとっても良かったと思っています。(もちろん癌センターの先生もとても良い先生でしたが)
最後の頃は、危ないと言われて一日に何度も病院へ行ったり家族が病院に泊り込んだりしたので、やはり近くの病院の方が便利でした。親戚の者にも最後に会って貰えたし・・・。

サスケさんも、CTの結果がどうなるか判りませんが、積極的に治療をするのかQOL優先でいくのかによって選択肢が違ってくると思いますが、近くの病院で良い所があれば紹介して貰うのもいいかもしれませんね。
現在のサスケさんの心中をお察しすると、経験者だけに胸が詰まる思いですが、悔いのないように頑張って下さい。

85 名前: なお 投稿日:2005/01/24(月) 13:37

ペさんへ
今日で1ヶ月ですね。
この掲示板で励ましあって、自宅介護の情報などをもっと交換する予定だったのに、お互い思ったより早く、しかも同じ日に逝ってしまうなんて・・・。

亡くなったとたんに、どこの会社の車で帰るのかに始まって、葬儀の準備・もろもろの打ち合わせ・お焼香の人への対応・市役所への諸届け・名義変更・相続・四十九日の準備・・・と、毎日が目まぐるしくて、ゆっくり悲しんでいる余裕などないといった感じでしたね。おまけに私、足の指を骨折してしまったし(^_^;)

我が家は、ペさんのところより1週間遅い日曜日に法事ですが、それが終わったらどっと疲れが出そうです(-_-;)
納骨がまだ済んでいないので、今夜は父の好物をお供えして一緒に食べようと思います。

ペさんは、今日をどういう風に過ごしているのかしらと、ちょっと感傷的に考えてしまいました。
お互い、悲しみを乗り越えて頑張りましょうね。

86 名前: 投稿日:2005/01/25(火) 21:16
なおさん
ホント早いですね。未だにおかしな感覚があります。
父の死を目の前で見たのにどこか現実味がなくて・・・。
祭壇を見ても「なぜ?家にこんなのがあるんだろう?」って思ったり、
われに返って悲しくて泣いたり・・・。何処かでまだ父の死を受け入れたくない自分がいるんでしょうね。

私はまだ「相続」関係終わってないんですよ!
どうやればいいか判らないので市役所の相談日に行くことにしました。
遺産なんて税が掛かるほどないのになぁ~

うちは、墓地はあるのですが、墓石がないのでなんとか夏の彼岸までには・・・。
と、思ってます。それまで可哀想ですがお寺で預かって頂きます。
初めて知ったのですが「お布施etc」って結構掛かるんですね。びっくりです。

私は富士山の麓に住んでいるので、父の四十九日雪が降らないか
ハラハラしています。
だんだんと父の居ない生活に悲しいけれど慣れてしまうのでしょうね!

この掲示板でなおさんに出会えてホントに良かったです。
何回励まされた事か・・・。
もう少し励ましあいたかったですが・・・。
これからは同じような境遇の人を少しでも勇気付けてあげられたらいいなって
思ってます。

足気を付けて下さいね。無理をしないように・・・。



87 名前: さよ 投稿日:2005/01/25(火) 23:24
ぺさんへ・・・
お父様のご冥福をお祈りいたします。
辛い気持ちのなか 優しいお言葉をかけていただいて本当にありがとうございます。
悲しいのは苦しいのは私だけじゃないんだと この掲示板に来ると励まされます。
父のために母のためにどこまでできるかわかりませんが 娘としてできること頑張ります!

サスケさんへ・・・
お父様のお体心配ですね。いかがですか?
私の父は 今日5回目の抗癌剤の点滴を受けてきました。隔週で受けています。
抗癌剤を受けた後の3日間 副作用で腹痛と背痛があるのが辛いようです。
髪も少し薄くなってきた気がします。吐き気はないので楽なほうですね。
「いつまでするのかな~」と父がつぶやいていました・・・切なかったです。
私は一緒に住んでいないので 今日は電車に2時間乗って病院に行ったのですが、遠いから来なくてもいいのにと 頑固の意地っ張りさんに言われてしまいました(笑)
私にできることといったら 顔を見せることと先生の話をちゃんと聞いて理解することなんですよね。時には突っ込んで聞いてみたりと・・・
父母は 世代なのか先生に質問するということをなかなかできないので・・・私の役目ですね。
週末には 子供を連れて実家へ行ってきます。
頑固親父も孫の前では じじ馬鹿です。笑顔に期待して・・・
サスケさんお互い頑張りましょうね!




88 名前: なお 投稿日:2005/01/26(水) 11:07
ペさんへ
私の方こそ、ペさんとお知り合いになれて良かったです(^^)

富士山麓ですか・・・お父様は美しい富士山を眺めながら眠れるんですね。
うちは東京に近い千葉なので、遠くに筑波山が見えるくらいかな。

うちも相続終わってません。
私も、市役所の税理士相談に行ったのですが、行ったあとに、父の利付国債やら投資信託やらの書類が見つかり、やはり税理士さんをお願いしようか言っているところです。素人には何も解らないですものね。
保険金などは受取人が指定されているから問題ないのだけれど、その他の株関係や、土地、銀行預金などの解約や名義変更は全て相続になってしまうので、手続きに必要な書類も多くて大変ですよね。
後々のことを考えると、やはり「遺産分割協議書」を、きちんと文章にして残しておいた方が良いみたいですよ。

下に私が参考にしたURLを貼っておきますね。
相続の無料相談(遺言・遺産分割・納税対策) http://www.fpstation.co.jp/souzoku/

私もいまだに、父が最後に入院していた病院の前を通るとダメです。まだ、そこに行けば会えるような気がして・・・。
遺影を選ぶ時に微笑んでいる写真にしたので、祭壇に話し掛けている時も、何だかホッとします。
49日経つと、薬師如来様が今まで痛んでいた所などを全て治して旅立たせて下さるのだそうです。
いよいよお別れなのかな?

お互いに、故人に恥じないような素敵な人生を送りましょうね(^^)
#やっとギプスがはずれました(^^)v

89 名前: 投稿日:2005/01/26(水) 21:41
さよさん
大変なときに気を使って頂いてすみません。
私の父も、いとこの子供を「孫」のように可愛がっていましたが、(残念ながら私は孫を見せてあげられませんでした)
叔母いわく、やっぱり自分の娘・息子が一番みたいですよ。
意識が混濁している中でも、私・弟の話をするとニッコリとしたらしいのです。
お父様も口では頑固なことを言っても本当はすごく嬉しいと思います。
お子さんも居るのに大変でしょうが、無理をしないで下さいね。

家も弟がネットで調べ先生に色々聞いてました。先生がびっくりするぐらい・・・。
私も父もただその場に居たって感じでした。
今はお父様の体調が少しでも良い方向に向くように頑張って下さい。

なおさん
参考URLありがとう御座います。参考にさせて頂きます。
今日会社の人に聞いたのですが、父の病院では「新盆」を行ってくれるそうなんです。
担当医師・看護士・家族が出席して・・・。
初めて聞いてびっくりでス。
一昨年は「お茶会」形式で行ったそうですが、他にこんな病院ってあるんですかね?
弟とは「参加しようね」って言ってますが、色々思い出してまた泣きそうです。

今週は四十九日。体調管理しないと!なおさんも寒いですから風邪ひかない様
十分に気を付けて下さいね。



90 名前: てれ 投稿日:2005/01/28(金) 11:43
初めて書込みします。
自宅での緩和ケアで、自分達ができることをアドバイスしていただきたく
思います。

義理の母が胆嚢癌の末期で余命1~2ヵ月と宣告されました。
7年前に自分の母を胆管癌で亡くしていますのでとてもショックです。
癌センターに行きましたが、治療は無理だと言われました。
胆嚢の周りの臓器も転移が酷く、レントゲンで写らない程です。
食べ物も受け付けない状態です。
義母はバイパスを通して口から物を食べられるようにし、
自宅にもどれる手術を選択しました。
手術がうまく行けば自宅での介護となります。
私は実家に住んでいませんが、自宅に戻るとすれば義父と義兄夫婦が
います。
他の家族にはまだ相談していませんが、訪問看護も提案してみます。
自分の母の時は、マッサージくらいしか出来る事はありませんでした。

病院で頂く薬以外で痛みを和らげる緩和ケアの方法がありましたら
教えていただけますか?
宜しくお願いします。

91 名前: なお 投稿日:2005/01/28(金) 14:13

てれさんへ
余命を宣告されるのは辛いですね。
自宅介護は大変だと思いますが、本人の希望ならば、家が一番良いのでしょうね。

自宅介護についてですが、介護認定は受けられましたか?
もし、まだでしたら即急に市役所へ行って認定申請される事をお薦めします。自治体にもよりますが、認定が降りるまで1ヶ月ほど掛かる場合が多いので、なるべく急がれた方がいいと思います。
申請をすると、「ケアマネージャー」さんが訪問看護も含めて相談に乗って下さいますから、色々教えて頂くといいと思います。

離れているともどかしいでしょうが、出来る範囲で無理をせずに頑張って下さい。

92 名前: なお 投稿日:2005/01/28(金) 14:18

ペさんへ
病院で新盆ですか?初めて聞きました。素敵な病院ですね。
父がお世話になっていた柏の癌センターでは、何年か前までは「合同慰霊祭」のようなものをしていたそうですが、今は検体解剖された方のみの合同慰霊祭を実施しているみたいです。

日曜は寒波がやってくるとか・・・ペさんもお疲れが溜まっているでしょうし、風邪をひかないように気をつけて下さいね。
#頼もしい弟さんに早くお嫁さんが見つかりますように(^^)


93 名前: サスケ。 投稿日:2005/01/28(金) 22:13
みなさんこんばんわ。久しぶりの書き込みです。
父のCTの結果がでました。
予想はしていましたが、良い状態ではありませんでした。
わかってはいたことですが、やっぱりショックです。
腹水が溜まってきているといわれ今後のことを考えてくださいと
言われました。父が今通っている病院は大学病院なので、
これから病状が進んでも入院はできませんとも言われました。
そして、痛みがひどいとき、点滴を打ってくれる個人病院を
探しておくほうが父のためだといわれたのですが
探すといってもどう探したら良いものか……方法がわかりません。
何科でそういった治療をしてくれるのか。
個人病院とはいえ、入院設備はあったほうがよいのか。
最初は医師にはどうやって話をもっていったらいいのか。
細かいことかもしれませんが、紹介状も何もなく素人の
私がどうやって父の症状を話したらいいのか…
父にはかかりつけの病院があるわけではないので余計戸惑います。
それに、点滴を打つためだけの病院ではなく父の良き
相談相手となってくれるような医師に診て欲しいのです。
今の主治医にそういったものを求めても無理そうなので…。
そういった部分もケアしてくれるような医師を探したいと
思っています。ただその為に、私達家族が突然病院を訪れたとして
医師は話を聞いてくれるものなのでしょうか。
わからないことだらけで困っています。
ちなみに主治医から紹介等の話はありませんでした。

さよさんへ
頑固なお父さんはお孫さんの顔を見て喜ばれましたか?
私の父にはまだ孫はいません。私も弟も独身なのでちょっと
可哀想です。20代も半ばですから、子供の一人もいたって
いい歳なんですけどね(苦笑)

父の症状はあまり良い状態ではありません。
腹水が溜まってきていると言われてしまいました。
痛みは上手く抑えられているようなので、少し安心して
いたのですが、実際はやはり厳しいようです。
見た目以上に悪いと言われてしまいました。
そんな状態なので、今は父が精神的にも弱ってしまわないように
支えてあげたいという気持ちでいっぱいです。
そのために何ができるかわからないけど、できるだけ側にいて
あげたいと思っています。そして、早い段階で良いお医者様を
探してあげたいと思っています。治療をしてくれるというだけ
の医師ではなく、父にとって信頼のできる医師を探して
あげたいと思っています。


94 名前: 投稿日:2005/01/29(土) 00:32
てれさんへ
介護認定ですが、私は役所の人に今置かれてる状況を話ました。
以外にも早く対応をしてくれましたが、やはり時間が掛かるので
出来るだけ早く手続きをした方がいいと思います。
ケアマネージャーさんは、出来れば自宅近くがいいですよ。
何かあった時の為に・・・。
大変でしょうが、頑張って下さいね!!

サスケさん
お父様心配ですね。自宅近くに掛かり付けの病院などはありませんか?
痛みだけを取り除く治療をするなら「ホスピス」や「緩和ケア」が
ある病院を選んだらどうでしょうか?
そうなるとお父様の意見も聞かなくてはいけなくなると思いますが・・・。
医師への話ですが、今サスケさんがわかっている事を話してみたら良いと思うのですが
安易ですかね?
役に立つアドバイスが出来なくてごめんなさい。





95 名前: 投稿日:2005/01/29(土) 00:48
なおさんへ

父は「静岡県立がんセンター」にお世話になっていたのですが、やっぱり珍しいですよね!

日曜日の天気を聞いてびっくりです。でも雪じゃないみたいなので良かったのかな?
明日は色んな準備をしなくては・・・。
って言ってもたいした準備はないのですが・・・。
東京方面から来る親戚もいるので心配です。

体調きずかって頂きありがとうございます。
なおさん、足は大丈夫ですか?
私は4年前スポーツで膝の人体を断絶し手術したのですが、
寒くなるとズキズキします。
冷やさないよう注意して下さいね。

来週四十九日の予定でしたよね?
疲れが溜まると大変なので栄養・睡眠をしっかり取って下さいね。
それでは、また。

96 名前: なお 投稿日:2005/01/29(土) 03:08
サスケさんへ
検査結果が出たんですね、辛かったでしょう、心中お察しします・・・。
Drにそう言われてもすぐには諦められないし、もっと他に方法があるんじゃないかと思いますよね。
痛みを取り除いて精神的なケアもとなると、私もペさんと同じくホスピスが適していると思いますが、緩和ケアに進むとしても、本人をはじめご家族にある程度の覚悟が必要だし、まだ積極的な治療を望んでいるなら選択は違ってきますよね。

積極的な治療を求めてセカンドオピニオンをお願いするなら、やはり大きな総合病院か癌センター(将来的なことを考えてホスピスが付属であればなお良いですね)
主治医に積極的にお願いして紹介状を書いて貰えればいいですが、そうでないなら、ご家族が今までの経緯を説明するしかないですね。

あとは近所の人やお友だちの評判を聞いて、近くの病院を必死で探す。
癌治療で有名な大きな病院は、どうしても治療する人優先になってしまうので、緩和ケアに踏み切る場合は、かえって近くの総合病院などの方が家族の希望を聞いてくれると思います。

私は(以前にも書きましたが)お見舞いに通う家族や本人にとっては近くの病院の方が良かったと思っています。
「悔いの無いようにする」というのは、必ずしも最後まで闘うという事だけではないような気がするし、残された時間を家族と穏やかに過ごすという選択もあるかもしれませんね。

お辛いでしょうが、サスケさんも精神的な疲労でまいってしまわないように、気をつけて下さいね。

97 名前: なお 投稿日:2005/01/29(土) 03:17
さよさんへ
「余命宣告」という現実を突きつけられた時、本人や家族がどういう選択をするかは、それぞれの人生哲学や事情によって違ってきますよね。
その選択が良かったのかどうかというのは誰にも判らないけれど、少なくとも本人が余命を幸せに過ごすための決断ならば、それがベストチョイスなんだと思います。

お辛いでしょうが、ご家族との穏やかな時間を大切にしてあげて下さい。

98 名前: てれ 投稿日:2005/01/29(土) 12:00
なおさん、ぺさん、ありがとうございます。
来週早々、義母のバイパス手術をするそうです。
今夜また家族が集まって、義兄がその説明をしてくれるそうです。
体力がないので心配ですが、うまくいって欲しいと願うばかりです。
介護認定の話もしてみます。

自分の母の時は、家族で私一人が「絶対に死なせない」と思っていたので、
母にとってはその姿がとても辛いものだったかと亡くなってから気付きました。
最後に聞いた言葉が「お母さんが生きてるとみんなに迷惑がかかる」だったからです。
私はその時に全く余裕が無く、母の気持ちを考えてあげられてなかったと
とても後悔しています。
義母にはそんな思いをして欲しくありません。
なおさんがさよさんにおっしゃっている通り、「本人が余命を幸せに
過ごす」と言う事を義母を見て思ってます。

日曜にお見舞いに行きますが、義母が『進行癌』を知った今、
メンタル面が心配です。



99 名前: なお 投稿日:2005/01/29(土) 14:08
てれさんへ
お母様をお一人で介護されていたんですね、お辛かったでしょう。
一番辛いのは患者本人と解っていても、介護する側もストレスが溜まって精神的に行き詰まってしまう事もありますよね。。。

これから実際に自宅で介護なさるお嫁さんの為にも、介護認定の申請をお薦めします。
詳しい事は、このスレッドの>>31に書いておきましたので参考にして下さい。
すぐに診てくれる近くの病院にあたりを付けておく事と、往診してくれるホームドクターも探しておくと良いですよ。

100 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/01/30(日) 19:01
dbdbxcb

101 名前: さざんか 投稿日:2005/02/01(火) 03:26
なぜ落ちてるの?みんなの大切なスレなのに。

102 名前: のん 投稿日:2005/02/02(水) 03:33

>>98
てれさん、私の母も現在末期がん療養中です。
ホスピスに来て、1ヶ月が過ぎようとしています。
治らないと分かっているのに「一日でも長く生きていて欲しい」と
願うのが家族だと思うので、てれさんのその時の気持ちは、お母様も
嬉しかったと思います。
私には、3歳になる息子がいますが、もし私が癌になり、息子が「一日でも
長く生きていて欲しい」と願ったら、どんなに苦しくても自分の子ども
のために一日でも長くいきていてあげようと自分だったら思うだろうし、
自分を必要としてくれる人がいるというのは、嬉しいものです。
たとえ、どんなに痛くて苦しくても。


103 名前: てれ 投稿日:2005/02/05(土) 18:13
なおさん>
市役所に詳しく介護認定の話を聞く事ができました。
なおさんのおかげで、市役所に行って分からない事を
いろいろ質問できました。
本当にありがとうございます。

義母のバイパス手術はうまくいきました。
術後の経過も良好で手術前より義母は元気にしています。
『物を食べられる』という願いが近付いたからでしょうか?
リハビリしながらバイパスがうまくつながれば、念願の食事が
できるようになります。
退院の目処はその後になりそうです。

最初は母のこととダブって考えていましたが、
最近義母の姿を見て、ゆっくり話をする機会が増え
本当の母のように思えてきました。
自分の母にもこんな風に接してあげればよかったと思います。
のんさん、母親とはそういうものでしょうか?
のんさんの言葉に胸のつかえが降りたようで、少し救われた思いです。
自分はそんな風に考えた事がなかったから。。。
のんさんもお体には気を付けて、無理のないよう頑張りましょう。



104 名前: のん 投稿日:2005/02/05(土) 22:36
てれさん、お互いがんばりましょうね。

105 名前: yukousyou 投稿日:2005/02/05(土) 23:35
はじめまして。こちらの板には初めて書き込ませていただきます。
70歳の父が胆管癌で手術をし、その後に頚椎や腰椎などあちこちの骨に転移、
手術で左葉を切除したのですが、残っていた肝臓にも多数の転移がみつかり、
余命2,3ヶ月といわれました。骨の転移のため、最近急に歩けなくなり、
これからどんどん麻痺してくるといわれています。少しでも自宅で過ごさせてあげたいと思い、
兄弟や母を交えて相談し、介護保険の申請をしました。普段は母と
二人暮し。できる限り助けてあげたいと思っています。
色々とアドヴァイスください。これからよろしくお願いいたします。


106 名前: なお 投稿日:2005/02/06(日) 00:44
てれさんへ
さっそく市役所へ行かれたんですね、よかった(^^)
あとはケアマネージャーさんと、よく相談するといいですね。

お母様のこと
たとえ、お母様が「もう楽になりたい、もう闘いは終わらせて欲しい。」と望んでいたとしても、「いっちゃイヤだ!絶対死なせない!」と必死に願う娘の気持ちが、いとおしくてしかたなかったと思いますよ。
親ってそういうものだと思います。
娘としては「母親の死を認めたくない・他の人が諦めても自分だけは最後まで諦めない」って思うのは当然のことだと思うし、お母様は、自分が逝かなければならない悲しみの中で、娘に愛された事に満足して旅立たれたと思います。

だから、てれさんがとった行動を悔やむことはないですよ。
お母様は、てれさんに感謝しながら今も天国であなたを見守って下さっているはずだもの・・・。

今度はまたちょっと違った立場で、実の母を見送った経験のある嫁として、お義母さまの人生の終わらせ方に愛情をもって尽くしてあげて下さい。
頑張りましょね。

107 名前: なお 投稿日:2005/02/06(日) 01:09
yukousyouさんへ
お父様は、必死に闘っていらしたのに転移とは・・・本当に癌って憎いですね。

自宅介護は、思ったより大変な事が多いと思いますが、お疲れが出ないように頑張って下さい。
私の場合は、日々自分の体が思うようにならなくなってゆく父の、精神的な辛さを受け止めるのが、とても辛かったです。

介護申請をされたとの事ですから、ケアマネージャーさんと相談して家族が負担にならないようにサービスを活用されるといいと思います。

サポートが始まると、サポートにいらした方が色々ウラワザを教えて下さいますから、どんどん質問されるといいですよ。
私も、漏れないようなオムツの当て方や、お風呂の介助の仕方・マッサージの方法など、たくさん教えて頂いて助かりました。

お辛いでしょうが、頑張って下さいね。

108 名前: なお 投稿日:2005/02/08(火) 19:41
yukousyouさんへ

癌の末期だとだいぶ痩せてくるので、どうしても寝ているあいだに漏れてしまう事が多くなるようです。
父の場合も夜中によく漏れていて、パジャマを替えさせるだけでも大変でした。
病院で教わった裏ワザを下記に書きますね。

漏れないオムツの当て方(男性編)
尿漏れパッドを三角に折って陰茎を上向きに差し込んで包み込みます。
その上にパッドを2~3枚横に当ててからオムツをすれば、かなり漏れを防ぐ事ができます。

頑張って下さいね。

109 名前: yukousyou 投稿日:2005/02/08(火) 22:00
なおさん、ありがとうございます。いよいよ木曜日に自宅に連れて帰ります。
父はまだオムツはしていませんが、おそらく時間の問題だと思います。
夜中、少しでも母が楽に介護できるといいなとは思っています。
明日はベットが自宅に入ります。色々と準備しなくてはいけないと思いつつも
何を準備してよいのか、思いつきません。

110 名前: なお 投稿日:2005/02/08(火) 22:20
いよいよですか。
ベッドが入るのでしたら、もちろんマットも借りられましたよね?
ベッドパットのようなものを敷くといいです。
漏れた場合の防水シートも洗い替えと2枚。それから、忘れがちなのが、ベッドが届いた日に急いで買いに行ったベッド用のシーツです。

その他は、ゆっくり準備すれば大丈夫じゃないかな?
とりあえず、好物を用意してお父様を安心させてあげて下さい。
頑張ってね。

111 名前: 投稿日:2005/02/09(水) 22:33
Yukousyouさんへ

私は「フランスベット」の介護用レンタルをしました。
結局帰って来る事は出来ませんでしたが、始めに借りた物で
使い勝手が悪かったりするとパーツごとに取替えが出来るので
いいと思います。
お風呂の介護品は「買取」になってしまいますが、認定が降りていれば
かなり補助していただけますよ!
また、サンプル品があって買ってから使いにくいと困るので
ご本人に使ってもらって決めて下さい。と、言ってました。
と、言ってももう準備されてるんですよね。すみません。
大変でしょうが、やっぱり家族と過ごせる日々は大事だと
思いますので、頑張って下さい。

なおさん
お久しぶりです。少しは落ち着かれましたか?
今、会社でインフルエンザが流行っていて大変です。
私は今の所大丈夫ですが・・・。
なおさんも気を付けて下さい。

112 名前: なお 投稿日:2005/02/09(水) 23:27
ペさんへ
やっと49日が終わりました。
相続はまだ終わっていないけれど、一応ひと段落着いたって感じかな?
あんなに悲しくて、涙も枯れるほど出たのに、だんだん気持ちが落ち着いていく事を、少し寂しく感じたりしています。

インフルエンザは父に移しては大変、と家族全員で予防接種をしたので大丈夫です。
ペさんも気をつけて下さいね。

113 名前: まりん 投稿日:2005/02/20(日) 23:43
はじめまして。検索でこの掲示板をみつけました。
私の父も末期癌で、治療できない状態と言われました。82歳です。
口からの食事が出来なくなったら、水分補給の点滴しか出来ないそうです。
これ以上栄養を与えても、がん細胞を太らせるだけだからと。
でも、こちらの掲示板を見ていますと、鎖骨からの栄養補給も出来るのですね。
がん細胞を太らせるだけだから、水分補給の点滴しか出来ないと言われた方はいらっしゃらないようなのですが?
主治医の説明に納得出来なくなりました。私も鎖骨からの点滴を要求したほうがいいのでしょうか?
アドヴァイスいただけたら嬉しいです。

114 名前: いのげ 投稿日:2005/02/21(月) 00:41
中心静脈栄養で延命してご本人が幸せだと思われるなら希望を伝えられるとよいでしょう。
中心静脈栄養は家族が管理できない場合も多いので在宅ではしない医師の方が多いと思います。
また,主治医が手技的に不得意なのかもしれません。
事故抜去・出血・感染・気胸などの危険性もあることもご承知おきください。

この文章では胃ろう(PEG)の利点を強調されてます
http://www.peg.ne.jp/eiyou/doctor/ogawa.html

115 名前: みるく 投稿日:2005/02/21(月) 00:54
まりん様
私の叔母(73歳)も肺がん末期でホスピスの順番待ちをしています。
1人暮らしなので子供もいないため本人と一緒に私も説明を受けました。
入院申込みをした時にホスピスから点滴についての説明を受けました。
高カロリー輸液は多少の延命になっても症状緩和にはならず苦痛が長引くこと
また末梢血管からの点滴も過剰になると浮腫の増悪や痰が増えてしまい
かえって患者を苦しめてしまうのでホスピスでは行わないとのことでした。
本人も苦しむことなく最後の時を迎えたいと望んでおり
病院側の点滴に対する説明を納得して了解しました。
治療をしないという事でしたら高カロリー輸液をすることが良いのかどうか・・・
家族のお気持ちはわかりますが一番苦しいのはご本人ですから。


116 名前: みるく 投稿日:2005/02/21(月) 01:03
読み返してみたら説明が不十分でしたので補足します。
ホスピスでは末梢血管からの点滴は普通に行われますが
過剰な水分補給にならないようにするとのことです。

117 名前: なお 投稿日:2005/02/21(月) 02:27
私の父は、3年前に肺の小細胞癌が見つかり、抗癌剤で一応 肺は綺麗になった状態でした。
2年後に脳への転移が見つかり、そちらの治療をしていましたが、足のむくみがひどい為に入院した際に低ナトリウム血漿と肺炎になり、高カロリー輸液を開始しました。
治療の結果いったん肺炎も収まって、退院の時期を主治医と相談していた数日後に、酸素の取り込みが急に悪くなって検査したところ、肺に癌が蔓延していることが解りました。

もう手の施しようが無く2週間後に他界しましたが「肺の癌は綺麗になったと言われていたのに、やはり高カロリー輸液が癌の栄養になってしまったのでしょうか?」と主治医にお聞きしたところ「何とも言えませんが、その可能性がない事はないですね・・・。」と言われました。
せっかく体を元気にする為に栄養を摂っても、それを癌が栄養源にしてしまうなんて、癌て何て憎らしいんだろうと思いました。

まりんさんのお父様の場合、水だけでどんどん衰弱していく姿をみている事が忍びないのであれば、癌の栄養になる事が解っていても、お願いするかどうかといったところかもしれません。

118 名前: まりん 投稿日:2005/02/21(月) 08:08
皆さん、ありがとうございます。
苦痛を長引かせ、リスクもあるのなら、衰弱していく父を見るのは辛いですが、
先生がおっしゃるように、痛みの緩和と水分補給の点滴だけにしておこうと思います。
明日から自宅療養になるので、口からの食事が出来る今のうちに、おいしいものを手をかけて作って食べさせてあげたいと思います。



119 名前: yukousyou 投稿日:2005/02/26(土) 23:35
10日に家に父が帰ってきました。2週間がすぎました。
家に帰ってきてからは精神的に落ち着き、痛み止めを飲む回数が
どんどん減り、今ではデュロテップパッチだけで、間では一回も
オプソを飲まずにすむようになりました。大変なことはたくさんありますが、
やっぱり家に連れて帰ってきてよかったと思っています。
排泄の方はポータブルには移る元気は無く、ベット上で尿瓶でしています。
少しでも口から食べて、栄養を取れたらいいと思います。
エンシュアやラコールなどを試してみようかとも思っています。
どんな味なのか、飲みにくいのか、ご存知でしたら教えて下さい。

120 名前: なお 投稿日:2005/02/27(日) 00:54
yukousyouさん、お父様が帰って来られてよかったですね。
尿瓶ですか、うちの父の場合は使用しませんでしたが、介護用品のカタログを見たら便利な種類がたくさんありましたね。
エンシュアリキッドは以前父が抗癌剤で食べられなかった時に病院で貰って私も飲んでみましたが(たしかコーヒー味)、思ったほど飲みにくくはありませんでしたよ。缶入りで麦芽コーヒーみたいな味だったかな?
抗癌剤で食欲がない時でも、なぜか父はお寿司をよく食べたがったので、よく買いに行かされてましたが、人によって食べたくなる物が違うかもしれませんね。
お父様の食べたいものや、口当たりの良いアイスクリームやゼリーなど、頑張って工夫してみて下さいね。
介護でお疲れが出ませんように。。。

121 名前: まりん 投稿日:2005/03/15(火) 04:53
2月22日に父が家に帰って、自宅療養を続けていましたが、
昨日、息を引取りました。主治医の先生からは「月単位です。早いと思っていてください」と
言われていたので、覚悟はしていましたが、こんなに早く来るとは思ってもいませんでした。清拭だけではと、
訪問入浴をさせてあげる予定でしたのに、叶わぬ事となってしまいました。
尿パットを嫌がり、最後まで尿瓶を用意させていた父でした。真夜中にラーメンを作れと、唐突に言い出して困惑させられたり、
意識障害が出ていたのでしょう、にゅう麺はよく作って食べさしていたので、もしかしてソーメンのことではないかと、ソーメンの束を見せると、
「そうそう、これがラーメンてい」と安心したように呟いていました。
末期がんの症状に苦しむ父を十分に理解してあげる事が出来なかった事が悔やまれてなりません。
父の好きだった八朔や、最期に買いに行かされた健康ドリンクのCMを見るのがつらいです。
もっともっと、優しくしてあげればよかった・・・。現在、介護中の皆様には、残された時間を悔いのないように
お過ごしくださいますように。


122 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/15(火) 10:55
マリンさん、残念でしたね・・・。

どんなに尽くしても、残された者は「もっとああすれば良かった・・・」と悔やむものなのだそうです。
お父様にとっては、自宅に帰って家族に囲まれて過ごせたのは良かったのじゃないかしら。
マリンさんも、よく頑張られたと思いますよ。

今は色々忙しいと思うけれど、体に気をつけて最後のお見送りを頑張って下さい。
お父様のご冥福をお祈りいたします。

123 名前: はな 投稿日:2005/03/15(火) 22:18
はじめまして。昨日71才の父があと1、2ヶ月の命だと宣告されました。
腸閉塞と診断され入院しましたが、病状が良くならないためCTを取り腹水検査をしたところ
癌の再発が分かりました。6年前に胃ガンで胃を全摘したのですが、今回は小腸への再発ということです。
播種病変なので手術はできないし、自分で起き上がれないほど体力が落ちているので抗癌剤などもちろん無理な状態です。
それでも父は癌の再発には気付いていないらしいようで、回復して退院できる日を待ち望んでいます。
現在、下痢がひどいためまったく食事が取れず、高カロリー輸液により生きている状態です。
昨日医師からこのままだと癌細胞が育つだけだからそろおろ点滴をやめてお水やおもゆを取ったほうがいいと言われました。
父も自宅に帰りたいようなので一時退院させてみようかという話が出ています。
ただ、下痢がひどいため、トイレへ行く回数がかなり多く(おむつはしていますが、やはりトイレでしたいらしくトイレへ向かうのですが
間に合わなく汚してしまうことが多々あります)、自宅で過ごすとしてもきちんと看護できるのか不安です。
これからどうしたらいいのかいろいろ悩んでいます。
とにかく父親のしたいように、楽にしてあげたい。でも告知はしないつもりなので希望もあまり聞くことができない。
ここまで末期状態なのに告知なしでどうすればいいのか分からなくなってます。
泣いてるだけじゃ何も変わらないことは分かってるのですが、涙が止まりません。
どうしたらいいんでしょう?先生曰く痛みがないのがまだ救いだそうです。


124 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/16(水) 01:09
はなさん、辛いでしょ・・・。お話を聞いていると父の時のことを思い出して、はなさんの痛みが伝わってくるようです。
私も「今夜眠っている間に神様がリセットボタンを押してくれたらいいのに!」とよく思いました。
でも朝になると何にも変わってなくて・・・現実って残酷ですよね。

夜は思いっきり泣いてもいいけれど、現実に戻ったら闘う準備をしなくちゃね。
とりあえず、自宅に連れて帰るなら、明日にでも市役所へ行って介護申請をしたらいいと思います。
認定までは時間がかかるけれど、あまり時間がないかもしれないことを伝えて申請さえしておけばケアマネージャーさんなどに相談に乗って貰えます。
オムツ交換のプロの技を看護士さんに聞いておく事も必要です。

それから、私の父もオムツの中にするのがキモチワルイらしく這ってでもトイレに行きたがって困りました。
夜中に漏れていてパジャマの総とっかえもキツかったな~。
間に合わない事が多いなら、部屋にポータブルトイレを置くという方法もありますよ。介護用品のお店に相談されるといいです。
もちろん介護用ベッドは必需品。これは介護申請をしていれば1割負担で借りられます。
家族が余裕を持って介護出来るように、介護制度をうまく利用するといいと思います。

余命宣告は本人にとって良いのかどうか、難しいですね。
もしかしたら残り少ないかもしれない時間を、お父様が幸せに過ごせるように頑張って下さいね。

125 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/03/16(水) 09:41
なおさん、レスありがとうございます。昨日も主人に父の病気の説明をしながら大泣きしてしまいました。
どこからこんなに涙が出てくるんだろうってくらい泣いてます。まったく情けない娘です。

>現実に戻ったら闘う準備をしなくちゃね。
これは昨日看護師をしている友達にも言われました。
父親の最後をどう看取るのかということについてはまだ母親と話し合ってないので分からないのですが、
自宅へ帰ることを一番に望んでいる父の願いをかなえてあげることが一番かなあと思ってます。
わたしは東京、姉は海外に居るのでまだなかなか家族で話し合うことができないんです。
来週には姉も帰国する予定なのできちんと話し合いをする予定ですが、あまり時間がないのにこんなに
のんびりしていて大丈夫なのかと不安になります。

昨日は父親の体調がここ最近にないくらい良かったようなんです。
こういうことを聞いてしまうと「もしかして奇跡が起きるんじゃないだろうか」なんて思ってしまいます。
でも起きるわけないんですよね・・・・

金曜日また帰る予定なのでその時に母といろいろ話し合おうと思ってます。
またこちらに来ますのでよろしくお願いします。


126 名前: てれ 投稿日:2005/03/16(水) 12:17
なおさん、ぺさん、のんさん
ご無沙汰しております。
色々とありがとうございました。
先日、義母が永眠いたしました。
結局、自宅には戻れずでした。
しかし、みなさんのお話を聞いたりお返事をくださったりしてとても励みとなり、また勉強いたしました。
私は次男の嫁の立場で、義姉や義兄やそのお嫁さんもいたりして、何かと気遣いがうまくいかなくて落ち込んだりしました。
自分の思いだけで、義母の看病にあたっていたと思い、反省してます。
しかし、これも勉強させていただいたと思っています。

葬儀も無事に終わり、あとは49日法要です。

実父と義父がまだ元気でいますので、これからは2人のために孫でも作ろうかと考えています。

皆様、本当にありがとうございました。
それから、今もご家族と共に戦っている皆様、お体を壊さぬよう…。


127 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/16(水) 19:57
てれさん、お義母さま、残念でしたね。
嫁として、お義母さまと心の通い合った瞬間もあったでしょうし、てれさんなりにご自分の体験から学んだことを元に頑張ったのですから、お義母さまも幸せだったのじゃないかしら。
うちの二人の息子はお嫁さんを貰うのにはまだ程遠い年齢ですが、息子のお嫁さんがてれさんのように真摯に心配してくれたら、やっぱり嬉しいと思いますよ。

葬儀は疲れたでしょ?49日までは悲しむ暇もないくらいにあっと言う間です。
体に気をつけて、カワイイ赤ちゃんを産んで下さいね。
お元気で。


128 名前: 投稿日:2005/03/16(水) 21:08
てれさん良く頑張りましたね!
仕事が忙しく、久しぶりに掲示板を見ました。
皆さんそれぞれに悩み・励まし合い「癌」と言う病魔に立ち向かって
闘っているんですね。
少し前まで自分も一員だったんだなぁ~と感じています。
「お嫁さん」の立場がどういうものか「行かず後家」になってる
私には分かりませんが、頑張ったことは必ずお義母さまに届いていると思います。
色々な事は時間が解決してくれます。(悲しいことですが・・・。)
お父様・お義父様の為にも(もちろん、ご主人も)元気を出して頑張って下さいね。
落ち着いたらまたここに来てください。
ゆっくり休んで次への活力をつけて下さいね。

129 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/17(木) 09:00
ペさん、お久し振りです。
お元気そうで良かった(^^)
今年は月命日に初彼岸・新盆・1周忌。。。とまだまだ色々ありますね。
うちはまだ相続が全部終わっていません(-_-;)
郵便局の口座を閉鎖するだけでも必要な書類がたくさんあっていちいちビックリしてしまいます。現在の戸籍だけじゃなく、生まれた場所の戸籍謄本まで必要(父は東京生まれ)との事で取りに行ったり、ほんと経験しないと判らない事って多いんだなって実感しています。
ペさんは弟さんと二人で頑張っていらっしゃるんですね。大切な人を亡くした悲しみはまだ癒えないけれど、お互いに頑張りましょう!
#ペさんの投稿が嬉しかったので、私信になってしまってスミマセン。

130 名前: 投稿日:2005/03/17(木) 20:53
なおさん
ホントにお久しぶりです。
お互い大変なことに変わりは無いみたいですね。
私もまだ手続き終わってませんが、弁護士さんに頼んじゃいました。
やってみたんですけど、面倒くさくて・・・。

父が亡くなり少しの間この掲示板から遠ざかってましたが、
発病する方・亡くなる方の多さには改めてびっくりしてしまいます。
なぜ?医学が進んだ今「癌」は大切な人達を早く連れて行ってしまうのでしょうね。
もう少し長い時間を与えてくれてもいいのに・・・。

父の居ない生活にも悲しいですが、慣れてきました。
でも、たまに訳が分からず淋しくて涙したりしてます。
「親離れは完璧」と思ってましたが、やはり親は絶対的存在ですね。
そうそう前に「合同慰霊祭」の話をしましたよね?
今月27日に市のホールで行います。もちろん出席しますが、
なんだか怖い気も・・・。

私も私信になってしまいました。ごめんなさい。
なおさん、皆さんお互い頑張りましょう!!
此処に来ると沢山の戦友が居るような気がして「頑張るぞっ!」って思います。
なんて、変なこと言ってしまいました。(反省です)








131 名前: のん 投稿日:2005/03/19(土) 01:05
久しぶりにここに来ました。
先日、母が永眠しました。とても穏やかな最後でした。

ホスピスに来て良かったのか、どうだったのか未だにわかりません。

普通の病院だったら、モニターなどつけてもらって、心臓がうごいているのか
実際に目で見て分かるだろうし、異常があればすぐに家族を呼んだりできるのでしょう。
しかし、ホスピスでは、「あくまでも自然で」という事で、あまりにも自然というか突然すぎて
あっけなかったです。

母が亡くなって2週間くらいは、なにもやる気が起きず、ぼーっとして過ごしました。
涙すら、出なくなってしまい、私は一体これからどうなるのか・・・という感じでした。
今は、すこしずつ外にも出られるようになってきましたが、何をやっても母のことばかり考えてしまいます。
食べていても「これは、母が好きだったな・・・」とか
孫と買い物に来ている人を見ると「母も生きていたらこうやって孫と遊びに行けたのに・・・」とか

死後の世界が本当にあるのか確かめたくて、恐山に行きたいとも思います。
母に会いたい・・・。


132 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/19(土) 20:14
のんさん、ご心痛お察します。。。
大切な人を亡くした後って、自分の気持ちをどう整理したらいいのか分からなくなってしまいますよね。辛いでしょ?
アドバイス出来ることは何もないけれど、私の経験からすると、辛い時はただ黙って時間が過ぎるのを待つしかないような気がします。

まだ小さいお子さんがいらっしゃるんでしたよね?お子さんもママの気持ちがどこかへ行ってしまっている事を悲しんでいるかもしれませんよ。
どんなに辛くても、残された者は生きていかなければならないんですもの、お子さんの為にも、亡くなられたお母様の為にも、早く元気を取り戻して下さいね。頑張って!

お母様のご冥福をお祈りします。

133 名前: いのげ 投稿日:2005/03/20(日) 02:49
自然なのが人間らしい最期だと思います

134 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 09:58
のんさん
お疲れ様!そしてご苦労様でした。
お母様が安らかに最後を迎えることが出来たなら、選択は
間違っていなかったんじゃないかな?
逆を選んでいてもきっと、「これでよかったのかな?」と、感じると思います。

大切な人を亡くした後ですもの、やる気が無くてもボーとしてても良いと思います。
が、あまり落ち込んでしまうとお母様心配で離れられなくなってしまいますよ。
なんて、泣いてばかりいた(今も少し・・・。)私が言えることじゃありませんが・・・。
キツイかも知れませんが生きている人の時間は動いています。
まだ小さいお子さんが居るそうですので、お子さんのためにも
いつもの「のんさん」に戻れるよう頑張って下さい。
のんさんにお母様が大切な人のように、お子さんにとってのんさんは、大切な人なのですから・・・。
偉そうなことを言ってしまいました。
気に障ったらごめんなさい。


135 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/03/22(火) 18:11
義母が大腸癌で余命数ヶ月と告知を受けました。
腸閉塞を防ぐための手術が1ヶ月前に行われたのですが経過が悪く
どうすればいいのか・・・。本人には「悪いところは全部とった」と
いうことになっているのですが(血のつながりのある御兄弟の希望で)
術前・術後の説明では「1週間ほどで食事も摂れるようになり 退院できる」との
ことだったので、私は退院してきてからは食事やあらゆる方法で
完治に近い状態まで戻せるはずと信じていました(玄米菜食や丸山ワクチンなど)。
しかし食事どころか水分さえも摂る事ができません。体が受付ないのです。

腹水も溜まり始め、主治医は「ガンの悪性度が強い」といいます。
しかし食事ができるようになり退院する事を目標にと段階を踏んで
処置してくださっているので 今はどうにか腹水が治まる事を願って
いるのですが・・・。

最近では体を起こしたり横になったりするだけで吐き気を催し、
気分転換に・・・とゆっくり歩くだけでも吐き気を催してしまいます。
体もどこかが常に痛むようで、見ていて本当に辛いです。
ひょっとしてこのまま病状は悪化の道を辿る一方なのでは・・・。
と悪い方へと気持ちが揺れてしまっています。

本当にこのまま痛い・辛い思いばかりでいいのでしょうか?
ホスピスへの転院は考えなくていいのでしょうか・・・。
血のつながりの無い嫁の立場だからホスピスが思いつくのでしょうか。
血のつながりのある人(義母の御兄弟のみです。主人は血のつながり
ありません)が最後のことを一番考えているのでしょうし、私たち(夫婦)は
何も口出ししないほうがいいのでしょうか・・・。

元気なうちに家(資産管理や親戚付き合い・法要関係)のこと
を引き継いでおきたいと思うのは私のエゴでしょうか・・・。

気分を害す書き込みがあれば お詫び申し上げます。


136 名前: なお 投稿日:2005/03/22(火) 21:00
135さん、お義母様の容態の心配の他に「立場的な問題」があるのは精神的につらいですね。
投稿を読ませて頂いて感じたのは、現在の治療などをもう少し詳しく書かれた方が専門家の方たちのアドバイスを受け易いのではないかと思いました。例えば、1ヶ月前に受けた手術は具体的にどんな手術だったのか、腹水はどこに溜まっていてどんな処置がなされているかなど・・・。

立場的な問題は難しいですね・・・お義母さまと一緒に住んでいて、本人の意思を聞いていらっしゃったのかどうかでも発言権も変わってくるでしょうし、ホスピスについては本人への告知が前提になります。

相続に関しては、遺言がない場合は基本的に法定相続人に分配されるという事はご存知ですよね。私は、相続関係は嫁が口を出すべきではないと思うので、何かの時はご主人に動いてもらうべきでしょう。
細かい事は、今、本人に聞くというのは難しいと思うので、ご親戚の中で信頼できて相談に乗ってくれる人がいると一番いいと思いますが・・・って言うか、後のことは周りの人が相談に乗ってくれるので何とかなりますよ。

今いちばんつらいのはお義母さま本人ですし、告知も含めて、本人が一番望む環境や治療法を選んでさしあげる事を最優先に考えられたらいいと思います。
嫁って、色々微妙な立場ではあるけれど、お義母さまのために愛情を持って誠心誠意尽くす覚悟さえあれば、お医者様とも相談して、これからの方向性など、周りを納得させる結論がでるのではないかしら。

なんだかナマイキなことを書きましたが、失礼があったらお許し下さい。
頑張って下さいね。

137 名前: はな 投稿日:2005/03/22(火) 22:13
ちょっと前にこちらに書き込みさせていただいた者です。
余命1、2ヶ月と告知された父親(本人には告知していませんが)が退院したがっているので
可能ならば退院させるつもりだったのですが、母親との話し合いの結果このまま入院していてもらうという結論に
達しました。体力がなくて一人でトイレができない、腸内の腫瘍のため下痢が止まらないという状態なので
すべて母親の手伝いが必要となるため退院となると24時間ずっと母親が負担しなければならなくなるかも
しれないのでそうなると60才を越えた母親には体力的にも精神的にも辛いようです。
私がやってあげられればいいのですが、おむつをした父親を見るだけでも辛いのにおむつを取って拭いて
あげてという処理が私にはできないと思ってしまいます。こういう風に考える私って冷たいんでしょうか?
退院を希望している父に対して入院を続けてもらう私たち家族って冷たい人間なんでしょうか?
私たちの考え方っておかしいんでしょうか?
それと病院は「どこも悪くないんだからもっと外出していいんだよ」と
言いながら退院を勧めるんです。どこも悪くないのに日に日に具合が悪くなるはずないじゃないかー!!と思ってしまいました。
何かうそでもいいから適当に病名をつけてくれればいいのに・・・医者が言うんだから退院できるはずだって父親は言い張るんですよね。

これからどうしたらいいのか毎日悩んでます。

138 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/22(火) 23:05
>こういう風に考える私って冷たいんでしょうか?
冷たいのではなく、やった事がなければ躊躇してしまうのは仕方ないんじゃないかな?
私の場合は、必要に迫られて義父のオムツを替えるようになったので迷っている間なんてなかったし・・・。
義理の父ですから、もちろん裸なんて見たこともないし、最初の頃はすごく恥ずかしいような申しわけないような感じでしたが、母がいない時は私がやらなければならなかったし、父になるべく恥ずかしさを感じさせないように「お父さん、オムツ替えますよ~」とか「お父さんのお尻ってカッコイイですね」なんて明るく言いながら全然平気な振りをしてさっさとやってました。(ほんとは匂いもあるし戸惑いもあったんですけど)
病院にいた頃に看護士さんが体の下にバスタオルを敷いてうまく体を横向けにしたりして工夫していたのを見て学んでおいて良かったと思いました。

父は自尊心の強い人でしたから、嫁にオムツを替えてもらうなんてみっともないことは絶対に嫌だと思っていたと思いますが、最後の方は義母よりも私に替えて欲しいとまで言ってくれるようになりました。
私の友人は、やはり嫁でしたが、便秘をしているお義父さんの肛門にゴム手袋をはめた指を突っ込んで出させたと言ってました。
覚悟を決めてやってしまえば、あとは慣れです。

それから以前にも書きましたが、介護制度を使えば(例えば夜の間だけとか、時間は好きな時に)ヘルパーさんが変わって見てくれますよ。

だからはなさんもやったら?と強制しているわけではありませんが、もしもの時に「やっぱりあの時、お父さんの希望を聞いてあげていたら・・・」と後悔するくらいなら、あと1~2ヶ月の間、頑張ってみるという選択もありかな?と思います。
もちろん、このまま病院でという選択をなさるのもはなさんの自由ですから、ご自分を責めないで下さいね。
頑張って下さい。

139 名前: π 投稿日:2005/03/22(火) 23:13
>>はなさん
はじめまして
お父様の介護の負担のことを考えてしまうのは仕方のないことだと思います。
自分も直腸癌・肝転移の父を2ヶ月ほど自宅で介護をしましたが、
父が元々脳血栓の後遺症で左片麻痺があったことも手伝い、苦労しました。
オムツのお世話にはなりませんでしたが、人工肛門を設置しましたので便出しなどのケアも自分がしました。
確かに下の世話というのは抵抗があるかと思いますが、自分の場合は慣れれば手に便が付いたくらいでは動じなくなっていたのも事実です。

お父様の介護が24時間にわたると言うことであれば、介護保険を使ってヘルパーさんに入ってもらうことも可能です。
自治体の介護保険課に行って相談をされてみてはいかがでしょうか?
要介護申請をしますと結果が出るまでには日数がかかりますが、
お急ぎの場合は「みなし認定」といって認定がおりる前提でサービスを受けることが可能です。

お気持ちはよく分かりますので、決して「冷たい」とは思いませんよ。
ただ、お父様がご自宅での療養を望まれるのでしたら、使える手はすべて使ってでも、
出来る限りお父様のご希望をかなえてあげて欲しいと思います。

140 名前: まりん 投稿日:2005/03/24(木) 20:14
なおさん、レスありがとうござます。
初七日が済んだ今も介護していた時の父の体の重みと温もりがまだ、手の中に残っていて、
切ないです。
てれさんも、同じ頃にお父様がお亡くなりになったのですね。ご冥福をお祈りします。
これから、自宅介護に入られる方へ。役に立つかどうかわかりませんが、オムツ交換時のパジャマのズボンの上げ下ろし、
結構大変ですよね。我が家の場合、自宅介護になってからは、ズボンは穿かせず、肌触りのいい大判のバスタオルを腰巻のようにして、
使っていました。これは随分と楽でした。本人の了解があれば試して見てください。
これからの季節は浴衣もいいかもです。

141 名前: はな 投稿日:2005/03/27(日) 11:16
なおさん、 πさん、レスが遅くなってごめんなさい。
せっかくいろいろアドバイスしていただいたのですが、結局は退院はせずに
病院で過ごしてもらうことになりました。母の意志です。
退院ではなく外泊を繰り返すことになったのですが、外泊だけでも母親の負担は
かなりのもので昨日も2時間しか眠れなかったということです。このままでは母が
倒れてしまいそうです。父親の希望も聞いてあげたいけど、いちばん負担になる母親の
希望も大事ですから。母が倒れたら誰も面倒を見てくれる人が居なくなってしまいますから・・・
みなさん、アドバイスや助言、ありがとうございました。
医師の話ではGWまでもたないかもしれないという話なのでそれまで出来るだけのことをしてあげようと思ってます。

142 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/27(日) 11:40
はなさんへ
癌センターの主治医も「介護する側が過労で倒れてしまう事もよくあるので、負担が大きい時は、少しの間入院して貰って家族が少し休むことも大切ですよ。」と最後の頃にアドバイスされました。
急変した時のことなどを考えると、病院にいた方が安心かもしれませんね。

入院していても(体を触ってあげるとか父親がどんなに大切な存在かを伝えてあげるとか)、してあげられる事はたくさんあると思うので、できる限り頑張って下さいね。

143 名前: はな 投稿日:2005/03/27(日) 13:37
>なおさん
担当の医師にも「特に消化器系の癌患者の場合は自宅に帰ると家族の負担はかなり大きい」と
話されてました。排泄が大変になるのでその分、手がかかるのかもしれません。
またこちらにお邪魔するかと思いますので、その時にはまたよろしくお願いします。

144 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/27(日) 17:39
まりんさんへ
まだまだ49日までは、色々忙しくて実感がないかもしれませんね。

そういう中でも、介護経験で得られたノウハウを、現在闘病中の人たちに伝えようとされるまりんさんは素敵な方だなと思います。
お互い頑張りましょうね。

145 名前: 投稿日:2005/03/27(日) 21:14
なおさんへ
お久しぶりです。お元気ですか?
今日は父の入院していた癌センターの「合同慰霊祭」に行って来ました。
驚いたことに去年1年間癌センターでは、743人もの
尊い命が「癌」と言う病気に奪われていました。
日が経つにつれ看護した時の辛さ・悲しさ・くやしさが薄れて行く気がしていましたが、
いっきにあの時に気持ちが戻り涙が止まりませんでした。
医師が言ってました。「近年、癌治療は目覚しく進歩しています。しかし、出来た位置・大きさ・進行状態に
大きく左右されてしまう。非常に残念です。」と。
遺族代表の方が言ってました。「夫婦になってから病気らしい病気はしたことが無い。
腰が痛くて病院に行ったら癌でした。」と。
怖いですよね?昨日まで元気だった人が病気にかかり、簡単に大切な人が連れて行かれてしまう。
いつ、何時、誰がなっても、おかしくないそんな病気なんだと、感じました。
いつか、この病気に対する特効薬が出来るのでしょうか?
「出来たら良いなぁ~」そして、そんな日が来ることを強く望みます。
改めて考えさせられる一日でした。
久しぶりの書き込みで、私事・支離滅裂でごめんなさい。





146 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/03/28(月) 00:05
ぺさんへ
合同慰霊祭 終わったんですね。
悲しみには「日にち薬」が効くと言うけれど、色んなことがあってまた巻き戻されたり・・・そうやってだんだん傷が塞がってゆくのかな?
悲しみにはさよならしたいけれど、だんだん悲しみが薄れてゆくのも何だかちょっと寂しいような気がするのは不思議です。
忘れたい悲しみと、忘れたくない思い出と。。。

今は10人に1人が癌になるらしいけど、ほんとに癌て憎いですね。。。
私がビルゲイツだったら、癌治療の研究費として何十億も寄付するのに!って思います。
こうやって、たくさんの人がこの掲示板に来て癌と闘っているけれど、それが徒労に終わらないように、一日も早く「癌征圧!」の日が来るといいですね。

お互いに、頑張って「今」を生きましょう!

147 名前: はな 投稿日:2005/04/15(金) 21:03
ごぶさたしております。11日に父が亡くなりました。
外泊をしようと準備をしていた最中に脳梗塞で倒れ、3日間ほとんど睡眠をとらず
母と付添いました。まさか脳梗塞が起きるとは思ってなかったし、まだ大丈夫だろうと
思ってたので驚きました。こんなに早く逝ってしまうとは思ってなかったので・・・
今日で仕事を辞め、実家に帰り毎日のように父親の側に居てあげようと思ってたのに。
もっと早く仕事をやめて帰れば良かったと後悔してばかりです。
ただ、最期に側に居ることが出来、看取ることが出来たのは非常に幸せなことだと感じています。
苦しんでる姿を見てる時は「早く楽にしてあげたい」と思ってましたが、いざ居なくなってしまうと
苦しんでてももう少しがんばって欲しかった・・・なんてことを思ってしまいます。
かろうじて右足と左手が動いていた時には私や母が話しかけると、一生懸命に手を握ろうとしてるのが感じられ、
声にならない声をあげて、目を一生懸命動かしていました。涙を流していたので悔しかったんだろうと思います。
最後に何が言いたかったのかそれだけでも聞きたかった・・・
私にも霊感があったら良かったのに!!と真剣に思ってしまいました。
今も留守番電話に残っていた父親の声を聞いて泣いてます。

148 名前: 投稿日:2005/04/17(日) 19:56
はなさん
お疲れ様・ご苦労様でした。
お父様のご冥福をお祈りします。
最後に立ち会えたことお父様も幸せに感じていると思います。
最後にはきっと「ありがとう」って、言いたかったんじゃないかな?

これから落ち着くと疲れがドット出てくると思いますので
あまり無理せず、体調には気を付けて下さい。


149 名前: はな 投稿日:2005/04/23(土) 10:48
べさん、レスありがとうございます。
あれから体調を崩し1週間寝込んでおりました・・・
やはり疲れがかなり溜まってたようです。私以上に疲れてるはずの母は元気だというのに
情けないです。(泣)祖母も倒れてしまったので母親は自分が倒れる暇も無いのかもしれませんが・・・

150 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/04/23(土) 14:20
はなさん、大変でしたね。
看病で気を張っていた分、どっとお疲れが出たのでしょう。

ぺさんがおっしゃるように、お父様は最期にやはり「ありがとう」と言いたかったのではないでしょうか。
お母様や娘さんの幸せを願って逝かれたと思うので、お父様の為にも幸せになって下さい。

お体を大事になさってお母様を支えてあげて下さいね。
お父様のご冥福をお祈りします。

151 名前: さき 投稿日:2005/04/23(土) 18:06
はなさん
お父様のご冥福をお祈りします。
私の母も癌で亡くなりました。
霊感があったら・・・と思ったこともあります。
真剣にイタコに会うために恐山に行きたいと思ったこともあります。
月日は流れていきますが、母の事はいつも忘れたことはありません。

お互い頑張りましょうね。

152 名前: まりん 投稿日:2005/04/25(月) 08:17
はなさん、お父様残念でしたね。ご冥福をお祈りします。
今はお母様が一番お辛いと思いますので、お母様が寂しくないように支えてあげてくださいね。

私の父も先月、大腸癌で亡くなりました。朝、起こしても目を覚まさず、午後に先生が来てくれた時には
臨終していました。
癌と言われるのが相当に嫌だったのか、ぎりぎりまで病院を拒否していました。
従姉妹に説得して貰っても「勘弁してください、心の準備がまだ出来てない」と泣いて哀願されました。
最後は一人っ子で支えあう相手もいない私の為に往診だけならと、やっと医療を受ける承諾をしてくれましたが、
すでに、肺にまで水が溜まっている状態で、カウントダウンが始まっていました。
在宅看護でしたので、喉に痰が絡んでもすぐに処置をして貰えないなどありましたので、
病院だったら、もっと楽に逝かせて上げる事が出来たのかなぁと今でも思ってしまいます。


153 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 20:27
まりんさん

一人での在宅看護思う以上に大変だったんでしょうね。
私も本当なら父を自宅で看護してあげたかったのですが、「準備」だけで
終わってしまいました。
でも今考えると、在宅看護がちゃんと出来たかなぁ~と思います。

まりんさんのお父様がご自分で「在宅」を選んだのなら
幸せに過ごせたんじゃないかな?と、思いますよ。
まりんさんは大変だったでしょうが・・・。

患者さんが選べる色々な選択肢が出て来てますが、
医療・設備・環境などが追いついて行ってない気がしますね。

これからまだまだ忙しい事があると思いますので、体調を崩さぬよう気を付けて下さい。


   




154 名前: はな 投稿日:2005/04/25(月) 22:25
>なおさん
そうだといいのですが・・・真剣に霊能者の方に見てもらおうと考えています。
とにかく父と話がしたいんです。

>さきさん
恐山、私も行きたいです。母に話してみようかと思ってます。

>まりんさん
自宅で看護をされてたなんてお父様は幸せでしたね。わたしは父を入院したままで逝かせてしまったことを
とっても後悔しています。
痰の吸引ですが、うちの父は3日間は痰の吸引を1時間に1,2回する程たくさん痰が出ていました。
涙が出る程辛く嫌だったのか、体が動かないので最後には歯でチューブを拒絶したり、顔を横に振ったり、
声にならない声をあげたりしていました。「お願いだから止めて!」と叫びたくなる程でした。
酸素マスクをするようになったら痰があまり出なくなってきたので「それならもっと早く酸素マスクしてくれればいいのに!!」と
看護師を責めてしまいたくもなりました。入院してるから楽に逝かせてあげられるとは限らないんだと感じました。
ますますターミナルケアに興味が湧いてきています。実際、ホスピスでの最後というのはどうなんでしょうね?

155 名前: π 投稿日:2005/04/26(火) 00:01
はなさん

まずはお父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます

実は自分も先月に父を直腸癌+肝転移で亡くしております。
うちの場合は発見が遅すぎたために手の施しようがなく、抗がん剤治療も体力的な問題などから勧められないといわれました。
結局、ストマの設置のみで執刀医から緩和医の手に委ねられ、昨年末より在宅にてケアを受けました。
その後、呼吸困難と激しい疼痛により再入院し、最後の3週間を一般病棟にて過ごしました。
幸い父がお世話になった病院は、緩和病棟こそなかったものの一般病棟でのケア体制が整っており、手厚いケアを受けることができました。
それでも、果たして本当にこれでよかったのかという疑問はぬぐえません。
もし、万に一つの可能性にかけて抗がん剤治療を受け、それがうまく効いてくれたら…父はもっと長く生きていられたかもしれません。
逆に、一般病棟でなく専門の病棟やホスピスに移っていたらどうだったのか?
最後まで自宅で過ごせたらどうだったのか?
考え出すときりがないくらいです…

そんなところから、緩和ケア、ターミナルケアの勉強を始めました。
勉強といっても、素人としては本を読んだりサイトに目を通したり…くらいしかできませんが。
まぁ、勉強して何が…といわれると、自分を納得させたいだけなんですがね(汗

これから、ひと段落ついた頃に疲れと悲しみがどっと出てきてしまうことと思います。
どうぞご自愛くださいませ。

156 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/04/26(火) 00:30
たとえどんな風にどんな場所で最期を迎えたとしても、家族はきっと「もっと他に良い方法があったのでは?」と悔いてしまうような気がします。
大切な人を結局亡くしてしまったのですから「完璧で後悔なし!」って人は、たぶんいませんよね。。。

でも、それはいくら考えても結局「今さら・・・」のことで「その時々で精一杯考えて最善の方法を選んだのだ」と自分で割り切るしかないような気がします。
やはり、自分の傷は自分で舐めて治すしかないのかもしれない。

私は父の介護をした経験から、介護の「ホームヘルパー2級」の資格を取ろうと勉強を始めました。
何だか、今でも父が天国から私の生き方を見ているような気がして、父に恥ずかしくないような人生を送らなくちゃ!思って・・・。

大切な人にもう会えないのだという現実は、受け入れるのに時間がかかるかもしれないけれど、やっぱ残された者はまだまだ生きていかなくちゃいけない訳だし。。。
皆さん、お互いに頑張って今を生きましょうね。

・・・なんてちょっとエラそうだったかな?(^_^;)




157 名前: みい 投稿日:2005/05/02(月) 09:17
はじめて書き込みをさせて頂きます。
患者は父(64才)で肺がんステージ4です。
肝臓と腎臓、骨に転移があり、肝臓の転移がかなり大きくなっている状態です。
かかる病院について悩んでおり、ご意見を頂ければと思い書き込みさせて頂きました。

父のガンは昨年11月、近場の病院にて肺がんが発見されました。
その病院から県立のガンセンターを紹介され、詳細の検査をした結果
肝臓に極々小さな転移が発見されました。
危険を承知でイレッサを選択。見事に失敗し、間質性肺炎を発症。
がんセンターではなく、元の近場の病院にて入院、治療をしました。

肺炎は完治したもののその間に肝臓の転移が大きくなってしまい、骨への転移も確認されました。

痛みがひどい為、がんセンターの呼吸器内科の先生と相談し、特に痛みが酷い骨の部分を放射線で、
薬はモルヒネ製剤で…と方針を決め、放射線科にかかりました。
今までの鎮痛剤が効かなくなってきた為、まずは放射線科でモルヒネを処方してもらったのですが...

この放射線科の医師の話がコロコロと変わり、不信感を覚えています。
放射線治療をやると言ったり、もう無駄だからできないと言ったり...
今まで4回外来にかかりましたが、その度に話が変わっていきます。
また本人に向かって「そのくらいの痛みは我慢しろ」や、先述もしましたが、
「もう無駄だ」といった発言もします。
しかも叱責に近い口調で言うのです...

ガンが進行し、有効な打つ手がない事は、本人も私も十分理解しています。
転移の範囲が広い為、骨に放射線を当てても、それ以外の部位が痛む可能性も承知しています。
それでも戦っているのです。
せめて痛みが柔らぐよう、必死の努力をしたいんです。

父もこの医師の発言にかなり傷つけられており、「放射線をしても他の部位が痛むのであれば
近場の病院で薬を出してもらって、最後を迎えたい」と言うようになりました。

近場の病院は病床50ぐらいの中規模の病院です。
父のかかりつけの病院でした。
内科と外科、ペインがあり、初期のガンであれば手術もできます。
(父も9年前、ここで胃がんの手術をし、これは完治しました。)
今でも急に熱が上がった時などは診て頂いています。
医師は大変丁寧で温かい方ですし、病院の関係者の方もよい方ばかりです。

今の段階で、病院(かかりつけの医師)を移るかどうか悩んでいます。
このまま我慢して専門医に診てもらった方がよいのか、
父の希望通り近場の病院がよいのか…
がんセンターだと車で1時間程度かかってしまうというのも懸念材料です。
(父が疲労してしまう為)

長々と書いてしまい、申し訳ありません。
何かアドバイスがありましたら、ぜひ宜しくお願い致します。

158 名前: yukousyou 投稿日:2005/05/02(月) 10:53
私の父は胆管がんですが、やはり、肝臓と骨に転移があります。
骨転移に対しては、2箇所にペインコントロール目的で放射線治療をしました。
放射線をする前から内服やパッチなどの麻薬を使っていましたが、
放射線を受けてから少し痛みはよくなり、痛み止めを飲む回数が減りました。
手術をした病院では放射線療法がうけれなかったので、手術をした病院に
入院(ペインコントロール目的で入院中でした)しながら、毎日放射線治療に
違う病院に車で通いました。(10回受けました)入院していたところが
外科で、父にとって決して満足といえる入院環境ではありませんでしたが、
やはり、家から近いということ、今までの経過を知っているということで、
転院には踏み切れませんでした。結局は痛みがある程度コントロールでき、
自宅で過ごせるうちに自宅で生活させてあげたいと思い、自宅療養に
切り替えました。訪問診療で今までの病院から往診もきてくれるので、
助かっています。主治医には満足はしていませんが、こちらの言うことに対しては
快くきいて、要望を聞いてくださるので、ある意味では助かっています。
色々な情報がある中で、何がよいのから見出すことは簡単ではありませんが、
お父様にとってよい方法が見つかりますように、、、。

159 名前: みい 投稿日:2005/05/02(月) 19:38
yukousyouさん、コメントありがとうございました。
転移があっても、放射線で痛みが軽くなっている方がいらっしゃるんですね...
放射線科の医師の話だと、まったくの無駄…といった話になってきていたものですから
参考になりました。
父と相談して、かかりつけの病院を変えるかどうか相談してみます。

自分は中学生の頃に母を亡くし、15年間父と2人で支えあって生活をしてきました。
本当にかけがえのない父親です。
父に対して自分も何ができるか...どうしたらいいか分からなくなる時がありますが
何より父が安心して緩和治療を受けられる環境を作ってあげられればと思います。

160 名前: 名無しさん 投稿日:2005/05/02(月) 23:43
以下は緩和ケアの医療者の方のHPです。

緩和ケア病棟24時
http://blog.livedoor.jp/kotaroworld/

骨転移に対する放射線療法は抗腫瘍を期待してのみでなく
緩和目的の照射もあるそうです。
お時間があったらご相談されてみてはいかがでしょうか。

161 名前: みい 投稿日:2005/05/03(火) 20:33
160さん
大変参考になるサイトのご紹介ありがとうございました。
是非、参考にさせて頂きます。

昨日から父は急に眠る時間が増えてきました..非常に心配です..



162 名前: π 投稿日:2005/05/04(水) 00:50
みいさん、はじめまして

「痛みを我慢しろ」なんて、そんなひどい医者はどこの誰ですか!?
それもがんセンターといわれる病院とのこと、心中お察し申し上げます。

ガンの痛みは我慢してはいけないものです。
もちろん、すべての患者さんには痛みを緩和してもらう権利があり、医療者にはその義務があるのです。

個人的な見解になりますが、その放射線科の医師には見切りをつけられた方がよいかと思います。

あまりにひどい話と思い、ついつい口を挟んでしまいましたm(_ _)m
お父様が少しでも安らかなお時間を過ごされますよう、お祈りしております。


163 名前: 投稿日:2005/05/04(水) 20:51
みいさん

始めまして!本当に酷い医者が居るんですね。
私の父は「静岡県立癌センター」に入院していましたが、たまたまなのか
父の居た病棟の先生・看護士さんはとても良い人たちでした。
治療を拒否した父を、本来治療のための病棟で最後まで見て頂きました。
緩和ケア・ホスピスを考えましたが、「この病棟がいい」と思っていた父の気持ちを
優先してくれました。とても感謝しています。
いくら素晴らしい医療・設備があっても、治療を受ける患者さんの気持ちを
少しも分かってくれない処なんて良くないと思います。
私も 162さんの意見に賛成です。
患者側に立って治療してくれる病院・医師が居ないのが現状なんでしょうが、
お父様・みいさんが「後悔」しない方法を取るのが一番だと思います。

うまく言えませんが、頑張って下さい。

164 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/05/05(木) 01:21
痛みを我慢しろなんてとんでもない医療者です。
呼吸器の医師と相談して決まった方針なのに我慢しろとは?!
呼吸器科の医師に相談して
放射線科の担当医を変更してもらうことはできないのでしょうか。
遠慮することは全くないですよ。
妙な人はどんな職業でもいるものです。
最悪それで雰囲気が悪くなってしまうようなら
お近くの病院に移られたほうがいいかもしれませんね。
緩和放射線治療のように設備が必要なこともありますが
お父様やご家族が安心できて、医療者が協力的な環境が望ましいですよ。
みいさん、頑張って!応援してます!

165 名前: みい 投稿日:2005/05/05(木) 22:41
πさん、ぺさん、>164さん コメントありがとうございました。
書き込みが遅くなってしまい、申し訳ありません。
ここ数日夜になると高熱が出てしまい、近場の病院で休日診療で
通いで抗生剤の点滴を打ってもらっていました。。

皆さんの温かいお言葉、本当にありがたく思います。
本当に嬉しいです...ありがとうございます。

明日、放射線外来の予約で病院に行きます。
父と相談し、明日も以前と同様冷たい態度を取られるようであれば
別の病院にかかる事にしようという結論に至りました。

今の所なんとかモルヒネで痛みがコントロールできていますし
このがんセンターよりちょっと遠くなってしまいますが、
放射線治療のできる病院も見つけました。(まだ問合せはしていませんが..)

まずは連日の熱が落ち着いてからのアクションになってしまうかと思いますが
何よりこれ以上父に不快な思いはさせたくないと考えています。



166 名前: あいりん 投稿日:2005/05/06(金) 12:01
がん専門病院の中には治療(治す事)にのみ目がいき、緩和ケアがおろそかになりがちであったり、
悲しいかな「ソレ」は自分たちの役目ではないと思って意欲が削がれたりする医師もいるようです
皆が理想的なホスピス等で緩和ケアを受けられない現状であるのなら
現場での緩和に対する無理解や無知無関心は、患者に苦痛を強いることになりますね・・
各病院に緩和ケアを専門でする医師がいればいいのでしょうが
その負担はたいへんなものになるでしょう
市中の個人医院の医師が緩和医療にもっと積極的に取り組んで
受け皿になっていただくのがいいのかなぁとも思います
医師とて神様ではないので、それぞれの役割があるという割り切った考え方もあるでしょう
その仕事の過酷さを思うと完璧を望むのも無理がありますしね
それでも、ぺさんのかかった病院のように患者のためを思いすべてに最善を尽くしてくれる病院医師もいます
感謝にたえませんね


しかし、みぃさんの件「その医師の態度」はそれ以前の問題に見えます
苦しい想いをしているおとうさまに医師が更なる苦痛を与えてどうします?!
転院後落ち着かれたら、今後のためにもその病院の投書箱等で苦言をなされてはいかがでしょうか

167 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/05/06(金) 18:24
みぃさん、ご心中お察しします。

やはり癌センターのような所は、一刻でも早く治療を受けたくて待っている人がたくさんおられますから、そういう人優先になってしまうのかもしれませんね。。。
父の末期の頃もそうでした。主治医が「ここはどうしても癌を積極的に治療する人が優先になってしまうので、申しわけないけれど、急変した場合は近くの病院に行かれた方がいいでしょう。」と紹介状を書いて下さいました。
併設された緩和病棟は予約待ちで、もしかしたら間に合わないかもしれなかったので。

でも、それにしてもみぃさんのお医者様の発言は人格や適正を疑ってしまいますね。
私も皆さんと同じで、出来るなら転院されることをお薦めします。
お父様が穏やかな日々を送られますように、応援しています。

頑張って下さいね。

168 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/05/08(日) 10:13

ちょっと誤解を招く書き方だったかもしれないので、書き添えます。
父の場合は、入院していなくて延命も拒否して自宅介護だったので、先生はああいう言い方をなさったわけで、入院していたらきっと最期まで診て下さったと思います。

転院は難しいと思うけれど、後悔のないように頑張って下さいね。

169 名前: みい 投稿日:2005/05/10(火) 19:59
あいりんさん、なおさん、コメントありがとうございました。

結局父の高熱が続き、放射線科へは、私1人で行きました。(薬も取りに行かなければならなかったので…)
本人もいなかった為、転院の事ははっきりとは触れませんでしたが、父は高熱が続いて近場の病院で診て
もらっている事を告げ、しばらくがんセンター側へは来れない旨を伝えました。
はっきりと転院の意思を告げた訳ではありませんが、病状からいって自然と
近場の病院でメインでかかる事になりそうです。。

改めて父と話をしたところ、前回の医師の発言には余程傷つけられたのか、もうがんセンターには行きたくない…との事。
なし崩しな感もありますが、このまま近場の病院で診てもらおうと思っています。
父の在宅希望もよく理解して頂いていますし、何より父が安心して診察を受けられますので...

がんセンターも呼吸器科の医師は大変良い先生だったのですが...
本当に病院選びは難しいものですね。。

170 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/05/10(火) 23:11
みいさんへ。
私の経験からしか言えませんが、父の場合、最期は近くの病院で診て貰って良かったと思っています。
何より、毎日通う(最期の数日は泊り込んだり、何度も呼び出されたりする)家族も楽でしたし、セデーション(?)と言うか、延命(人工呼吸器)を拒否していた父の意思を理解して下さり、最期は睡眠導入剤を使って苦しくないように逝かせてくれました。

どこまで積極的な治療をするかの判断は難しいけれど、お父様の心の安らぎが一番必要な気がします。
お辛いでしょうけれど、頑張って下さい。

171 名前: ひろみ 投稿日:2005/05/12(木) 08:19
初めまして。今日初めてここに来ました。
皆さんのレスを読ませていただきました。
私も両親を癌で亡くしており、読みながらその時のことを思い出していました。
実は私も2年ほど前に悪性の進行性癌になり手術をしました。
抗生剤は効かない癌(?)の為手術だけでしたが、その時先生が「手術は成功80%は大丈夫でしょう」
とおっしゃってました。ただ、もし後にまたがんが出た場合、(再発、新規ともに)
その時は何のすべも無いとの事でした。用は諦めて下さい。ですね。
私が本当のことを知りたいと望んでたので先生はそういって教えてくれました。
なぜかと言うと、私の父は癌だと知らずに逝きました。
後に私は本当にそれが良かったのか・・・父は知りたがっていました。会社も経営してるし色々したかった事もあったのでしょう・・
だから母の時は兄と相談して告知しました。私はそれで良かったと思います。
だから私も先生にお願いして告知していただきました。
それに当時、私は母子家庭でまだ9歳の子供がおりそのこの子の事が心配だったので・・
で、先週検診に行ったら何かできている様で、またかも知れません。
そこで色々調べてるうちに(きっとアガリスクと同じ様なものかと思うのですが)良さそうなのを見つけました。
で飲んでみようかと思い、一応ここにも張っとこうかと・・
http://www.*********.com/index.htm
私も頑張ります。皆さんも頑張って下さい。



172 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/05/12(木) 09:03
ひろみさんも大変な想いをしましたね・・・
でも、本人に事実を伝えるのはいいと思います
逃げて癌がなくなるわけではないですもの
本人も周囲も、皆で「生きること」を見つめ支えていきましょうよ

でもね、、、ちゃんとした検証もなく「~で癌が治る」や、そのちょうちん本にはほとほとうんざりなんです
しかもものすごく高価で、人の弱みに付け込むような怪しげなものばっかり
どうかそんな紹介は代替トピでお願いします


173 名前: ひろみ 投稿日:2005/05/12(木) 11:41
すいませんでした。私も考えたんですが、買う買わないは自分しだいだしと思って・・
金額も8000円ぐらいだったもので・・
ただたんに少しでもそれが良いものならと思って書き込んでしまいました。
今後は気をつけます。

174 名前: 千春 投稿日:2005/05/12(木) 12:25
>>171 ひろみさん。
172さんも仰るように、せっかくのいいお話が貼り付けられたHPで台無しです。
「今後は」などと仰らずにそのHPのURLだけでも削除依頼をなされたらいかがでしょうか?

175 名前: ひろみ 投稿日:2005/05/12(木) 14:45
削除願いだしました。
皆さんに嫌な思いをさせてしまったのですね。
失礼しました。

176 名前: 千春 投稿日:2005/05/12(木) 14:57
ひろみさん、お手数をおかけしました。
みんなあの手のHPには辟易としているもので・・・。
削除依頼申請感謝致します。

この先もこちらで癌についてのお話聞かせてくださいねっ!
これからもよろしく^^v

177 名前: ひろみ 投稿日:2005/05/12(木) 15:08
イエイエ、私がこのホームページの説明を見ずに書き込みしてしまったので
本当に申し訳なく思ってます。
千春さんわざわざ返信ありがとうございます。
チョッと落ち込んでいたのですが、直りました。(●^o^●)


178 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/05/12(木) 19:49
>で飲んでみようかと思い、一応ここにも張っとこうかと・・

↑実際に飲んで試したわけではないんですね?
それまでの文章の深刻さとは違いすぎる文面が「宣伝」と受け取られたのでは?

179 名前: 172 投稿日:2005/05/12(木) 20:07
ごめんね、落ち込ませちゃったのかな
「宣伝」と思ったわけではないのですよ
あぁしたものには不信感があるのは確かなんですが、
特に書き込む場所がよくなかった、と思ったのです
こちらの掲示板を訪れる誰でも、できるだけのコトはしたい気持ちでおりますが
よく考えて調べて勉強して、「商売的なもの」には踊らされないように
あまつさえ、他人に薦めるとなればその「責任」にも配慮していかなければなりません
たとえそれがいくら安くても、もしタダでも好意でのプレゼントしたとしても
責任がもてるわけではないモノであるならば、慎重にしなければなりませんね

「買う買わないは自分しだい」
もちろんそうなのですが、このトピを訪れる方々にその判断を強いるのも酷でしょう
そうした商法は「癌」の周辺には渦巻いておりますので・・・

180 名前: ガン患者 投稿日:2005/05/13(金) 11:01
このブログで励まされていたのですが、
急に、なくなってしまいました・・・。
http://blog.goo.ne.jp/papablog

どなたか、ご存知ないでしょうか?

181 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/05/13(金) 12:51
>>180さん
検索エンジンにてURLを検索するという形で、掲示板は拝見することができました。
また、そこからのリンクでHPと思われるページにも行くことが出来ました。

ところで…ここからは冷たい言い方になると思いますが、ご質問のサイトは患者さんご本人の「闘病記」ですね。
患者さん(特に末期)の介護について話すここのスレからすれば「スレ違い」ではないかと思われます。
こちらの管理人さんが患った癌のスレッド、もしくはサイトの探し方として「PC武装板」あたりへ書き込まれた方が
よろしかったのでは…と、思いました  m(_ _)m

182 名前: HT 投稿日:2005/05/14(土) 19:20
>>180さん

http://www.cocolabo.com/
になっていますよ

183 名前: yukousyou 投稿日:2005/05/15(日) 11:13
久振りにこちらにきました。自宅療養をはじめて3ヶ月がたちました。
退院前には余命は2~3ヶ月を言われましたが、退院後痛みも落ち着き、
精神的にも落ち着きました。落ち着いていながらも、徐々には悪くなっていく父を見ながら、
母や私は父をこのまま家で看取ってあげたいと思うようになりました。
今かかっている病院は何かあれば救急車といわれていて、訪問看護の方も、
この病院系列のところなので、時間外は病院へという方針です。
色々調べていますが、なかなか情報がない中で、何をどのようにしたらよいのか
悩んでいます。入院が長かったので、嫌な思いや我慢を父はたくさんしてきたので、
ここで家族に囲まれた最後を迎えさせてあげたいです。

184 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/05/16(月) 00:36
yukousyouさん、お久し振りです。
自宅介護、頑張っていらっしゃるんですね、偉いな~!

お近くに掛かりつけの個人病院はありませんか?
個人のお医者様で往診して下さるところを当たってみてはいかがでしょうか。最近、往診して下さるDrも増えていますよね。

以前にも書きましたが、父の場合も近所の掛かりつけの先生(実は父は一度も診てもらったことはないのだけれど、母や私たちは風邪を引いたときなどいつも診て頂いていた)に「何かの時には・・・」とお願いしておきました。
とても親切な先生で「深夜でもいつでもいいですから電話して下さい」とおっしゃって下さいました。
結局お世話にならずじまいでしたが、自宅介護している私たちにとってはとても心強かったです。
お向かいのご主人(肝臓ガンの末期)が亡くなられる前にも、よく往診にいらしていました。
そういうお医者さまがお近くで見つけられるといいですね。

それか、介護認定をされていらっしゃるなら、ケアマネージャーさんに訪問看護についてなど相談してみるという手もあるかも。

介護する側が、疲れから倒れてしまったという話をよく聞きます。
お疲れが出ないように頑張って下さいね。

185 名前: yukousyou 投稿日:2005/05/22(日) 16:47
レスありがとうございます。ケアマネさんに相談してみましたが、
あまり反応はよくありませんでした。1人個人医院の医師を紹介してくれたので、会いにいきました。
まだ一度あっただけなので、よくわかりませんが、「緩和」という観点で父をみてくれるのか、
本当に「いつでも」とんできてもらえるのか、、、まだまだ話し合いが必要な感じです。
他にも何箇所かあたってみようと思っています。「在宅ホスピス」という考えで往診してくれるような
先生に出会いたいのですが、情報もなく、難しいですね。
なおさんのうな「深夜でもいつでもいいですから電話して下さい」というひと言、欲しいです。

父はいつなにがおきてもおかしくないといわれながらも、落ち着いています。
本人が頑張ろうとする気持ちが強いので、こちらもそのがんばりに答えてあげたいと思っています。
私は一緒には住んでいないので、子供たちを学校や幼稚園に送り出し、末っ子だけを連れての
通い介護なので、家に帰れば介護からは開放されますが、一緒に暮らしている母はずっとなので、
少しでも母が安心して父といられるような環境を整えてあげたいです。

今の訪問看護は入院していた病院系列で24時間対応ではありません。
もちろんとてもよくしてくれるのですが、時間外は不安です。
いつでも飛んできてくれる、そんな存在が母の安心につながるのでしょうね。
なんとか色々と考えたいです。



186 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/05/22(日) 23:30
yukousyouさん、お子さんがまだお小さい中、看病に通うのは大変でしょ?
お母様のお疲れも心配ですね。

お母様が風邪などで通われている病院は近くにないですか?
いきなりお願いするよりも、見知った先生がいらっしゃればいいのですが・・・。
ご近所の評判や、自治会の方に良いお医者様を聞いてみるとか・・・何か良い情報があるといいですね。
訪問看護は、他のところには頼めないのかしら?

やはりあなたがいない間、一人で診ておられるお母様の負担が心配ですよね。
何もお力になれないけれど、応援しています。
頑張って下さいね。

187 名前: 投稿日:2005/06/03(金) 06:29
先週、肺癌のため祖父が亡くなりました。
告知されてから二年でした。
医師の言葉により祖父は病理検査もせず、放射線、抗がん剤治療、薬物治療など何もせずに自宅で生活をしました。
大学病院からは「通ってもらっても仕方ないから」と言われX線しかない個人病院に紹介されました。
徐々に食事が出来なくなり痩せ細り最後の一週間は苦しかった様で点滴を受けに紹介先に通院しました。
栄養剤の点滴と啖切りの薬を処方してもらっただけでした。
皆様の書き込みを初めから拝見させて頂きました。

188 名前: 投稿日:2005/06/03(金) 06:46
皆様の御家族の様に何か治療をさせてあげたかった、違う担当医師なら治療を祖父も受けたかもと今更ながら思いました。
祖父は何もせずにそれで良かったのだろうか…
先生の言葉は気にせずに前向きにもっと説得すべきであったのではないかと…
祖父は私には父でもありました。
家庭の事情で二歳より祖父母が育ててくれました。
今は感謝の思いでいっぱいです。
皆様の書き込みを拝見し同じ苦しみを抱えた方がたくさんいらっしゃるのに驚きました。
病と闘われてる御家族の方、大変だと思いますがお体に気をつけて頑張って下さい。

189 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/03(金) 10:04
孫さん、介護 お疲れ様でした。

前にも書きましたが、残された家族はどんなに最善を尽くしたつもりでも「もっと何か出来たんじゃないか」「もっとああすればよかった」と悔やむものだそうです。
「余命告知」のスレッドも拝見しましたが、私はご祖父様が最後を自宅で迎えられて良かったのではないかと思います。
自宅に帰りたい!と願いながら、病院で亡くならざるをえない方も大勢いらっしゃいますし。
余命を告知されたあと、新しい治療法を試したとしても、もしかしたらたった数ヶ月(?)の延命のために副作用で苦しい思いをするだけだったかもしれません。

悔やむお気持ちも解りますし、お悲しみはいかばかりかと思いますが、今は心静かにお祖父様のご冥福を祈られる事で、いいのじゃないかしら?

孫さんが幸せになることが、何よりの供養になると思うな。。。
ご冥福をお祈りします。

190 名前: 投稿日:2005/06/03(金) 15:08
なお様

優しいお言葉を有難うございます。

そうですね、おっしゃる通りどの形を取ってもきっと後悔したと思います。

本人の意思を尊重したのでこれで良かったと心から思える日が来るといいなと思ってます。

祖父に安心し喜んでもらえる様に私も病気を治し幸せにならないと駄目ですね。

頑張ります。

191 名前: yukousyou 投稿日:2005/06/07(火) 20:39
お久しぶりです。往診にきてもらえる個人医院の先生を見つけることができました。
「何かあったらいつでも電話ください」と本当に嬉しいひと言をいただきました。
安心して自宅療養が続けられそうです。

192 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/07(火) 21:39
yukousyouさん、よかったですね!ほんとにヨカッタ(^^)
まだまだ大変だと思いますが、頑張って下さいね。

193 名前: 次男の嫁 投稿日:2005/06/10(金) 07:37
初めまして 私は次男の嫁で旦那の母が肝硬変をわずらって癌の末期にも犯されていると医師からの説明でした。
もともと、肝臓が悪く心臓も良くない状態で、正直どの病気で逝ってもおかしくないと言われました、きっと夏まではもたないだろうと
そして多分来週には退院します。
生活保護を受けておりいままで介護の認定もおこなっておらず(今頃になって申請中です)
一人暮らしで、このまま退院させて、大丈夫なのか心配です。儀母は退院を心待ちにしています。
転院させるには、今の状態では見た目元気なのであまりにもしのびないです。
ですが 面倒を見れる人がいません(いるのですが 他の兄弟は皆知らん顔です)
長男はお見舞いには週1ぐらい来ますが、何もせず、きているだろうと他の事は何もしてくれない状態です
長女は忙しいと言って介護のヘルパーの仕事があるからこれないらしいです。
長女の娘は現在成人をしていますが週4ぐらいバイトが忙しいらしく手伝えないそうです
私はいままで儀父(儀母と儀父は離婚をしていました)
の面倒を見てきてほぼ2年前は胃癌でなくなりました。その際も他の兄弟は母方についてるので見舞いにも葬式にも顔はださないと
言われ、次男夫婦(私たちだけで)で見送りました。そのため
いままで母の事は何もしていなかったのですが、末期の状態で他の兄弟は何もしないこのまましとくと
そのまま どっかで倒れて逝ってしまいそうで私が手を貸してしまいました。
でも 限界です。何をどうしたらいいのかわかりません。この文章も何を書いたのか、ただの愚痴になってるだけになってしまったような
退院後 転院させるべきか 一人でも様子を見に家事を手伝ってあげるその程度しか出来ないけど
そのほうがいいのか 私一人ではもう どうにもならないです
次男(旦那は父の事で手を貸すつもりはないそうです)

194 名前: mika 投稿日:2005/06/10(金) 13:09
次男の嫁さん
ご心痛お察し致します。

お義母様の転院については、ご本人の希望もあるかと思いますが、在宅療養については、ケアマネさんにはケアプランを立てていただいては? 介護認定待ちでも対応してくれます。介護施設についても、病院にもソーシャルワーカーさんがご相談に応じてくれます。
ホスピスも通常数カ月待ちですので、今のうち手配されれば、いざというときに心強いかと思います。

ご心労は尽きないと思いますが、くれぐれもご自愛くださいね。

195 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/10(金) 15:44
次男の嫁さん、色々と複雑で大変そうですね。
でもあなたの優しさは、きっとお母様や周りの家族にも伝わると思いますよ。

「夏まではもたないだろう」と言われての退院ですから、ひとり暮らしは心配ですね。
急変や・痛み・身の回りの事が一人で出来なくなった時などを考えると、本当は転院の方が良いのかもしれませんが、本人が退院を心待ちにされているとなると・・・。

mikaさんのアドバイスに加えて、いざという時に入院させてくれる病院や、往診に来て下さる開業医を探しておかれるといいと思います。
頑張って下さいね。

196 名前: 次男の嫁 投稿日:2005/06/11(土) 17:47
アドバイス ありがとうございました いろいろ愚痴はでますが
自分が出来る事から やろうと思います。
ありがとうございました。

197 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/06/14(火) 10:51
次男の嫁さん、はじめまして。
お姉さん(長女)がヘルパーをなさっているのなら、その事務所に依頼してお姉さんに担当してもらうって訳にはいかないですか?
お近くじゃないと無理なのかな?
友人は、父親の介護をそのようにしてました。

198 名前: 次男の嫁 投稿日:2005/06/15(水) 09:58
>197さん ありがとうございます。
そのとうりなのですが、相変わらず知らん顔で、私が連絡しても無視されます。
携帯の番号を言ってなかったのでそっちから連絡をしたのですが、声を聞いて切られました。
私の事を、押し付けがましいそうです。そんな状態で頼むのは
ちょっと無理があり、いままでもそうでした。
とりあえず今は市役所から介護認定も済みケアマネージャーセンターで医療保険の方も
使えそうです。長女は母の家から5分もかからない所に住んでいるのですが
正直そんな人がヘルパーの仕事をしていいのかと問いたい気分です

199 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/19(日) 17:36
私の母は去年の5月に転移性の肝臓癌の末期と診断され、今までに何度も入退院を繰り返してきました。
それまでに最近出たという8種類の抗がん剤を使ってきましたが、効果が出るのははじめだけで副作用の方が強くでるようになってしまいました。
(手足の痺れや舌の感覚の麻痺、貧血etc…)
今現在は全く治療をしていない状態です。そのため、腹水でお腹はまるで妊娠さんのようになり、足はむくみでぱんぱんになってしまい、ベッドから起き上がることや立ち上がるなどもとてもひどそうです。
先日、主治医の先生から抗がん剤の治療を続けて副作用で体調を崩しているよりも、自宅へ戻ってのホスピスにしたらどうかという本人を交えて話をされ、本人の自宅へ戻りたいという希望から自宅でのホスピスということになりました。

母はすっかり落ち込んでしまい、元気をなくしてしまいました。
こういう時に家族は、母に対してどのよぅに接したり、支えたりしたらいいのかわかりません…。

200 名前: 通りすがり 投稿日:2005/06/19(日) 23:04
親不孝な17の一児の母さん

ご自宅に戻られたら、お母様の好きなものを食べさせてあげたり、できるだけそばにいて話をしたり、できる範囲で頑張ってみてはいかがですか? お母様にとって、ご家族の支えが何よりだと思います。

うちの母も末期ですが、近々在宅療養がはじまります。今は母と家族、友人の写真をいっぱい撮っています。母の笑顔を少しでも多く残しておきたいから・・・。きっと宝物になると思います。


201 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/20(月) 17:29
昨日、母が血を吐きました。それを今日の朝、父からの電話で知りました。(昨日お見舞いに行った時にはとても元気にしていたのに…。)私はまだ母の状態がわかりません。
病院へ行って母の状態を自分の目で見て確かめたいんですけど、どうしても病院へ行く勇気がでません。

202 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/20(月) 19:24
>>201さん、今、行かなかったら一生後悔するんじゃないかな?
怖い気持ちも解りますが、勇気を出して行きましょうね。
お母様は、きっとあなたを待っていると思いますよ。


203 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/21(火) 18:57
今日、病院へ行ってきました。母は意識がはっきりしたり、もうろうとしたりしていて会話が成り立ちませんでした。
モルヒネを使っているせいか、幻覚をみたりしているようでした。
食道や肝臓の近くに静脈りゅうができていて、今度それが破裂して大量に出血したら助からないと言われました。

204 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/21(火) 20:27
親不孝な17の一児の母さん、つらいですね。。。
お母様の意識がはっきりしている時に優しく話し掛けたり、手を握ったり、さすったりしてあげて下さい。
悔いのないように、出来る限り全力で、今のあなたの思いをお母様に伝えて下さい。
悲しむのは、後でも出来ます。
頑張って下さいね。

205 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/23(木) 17:07
今日、病院に行ってきました。母をずっと眠っていました。心電図などの機械につながれていました。

母が吐血した次の日。とてもショックなことがありました。
それはおばからの1本の電話でした。
「今日、病院にいきなさいよ。お母さん、部屋移されたから」とここまではいいんですが…『お母さん、亡くなったらどこに連れてくの?家だったらちゃんと片づけておきなさいよ。どうするかちゃんとお父さんと相談しなさいね。もうダメだから』と。

おばは、母に面倒なことをなんでもおしつけてきていました。その母が今、何もできない状態になったからといってそんないいかたをするなんて…。すっごくショックでした。

206 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/06/23(木) 18:47
おばさまはお母さまの御姉妹ですか?おばさまだっておばさまの立場で辛いのだと思う。
けど大人になるとはお母さまのために、そう言う事も考えなければならないと言う事です。
お母さまは今眠っていらっしゃるように見えるけど、あなたの声は聞こえていますよ。
話し掛けてくださいね!
お母さまのぬくもりを焼きつけてね!!

今悲しみの中で必要な感情は怒りではなく愛です。

207 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/23(木) 19:22
おばは父の兄弟です。
告知を受けた時から、いつかはと覚悟をしていました。
だけど、おばのことばはあまりにも無神経過ぎると思いました。


208 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/23(木) 21:04
今のあなたにとって、そういう言われ方は確かにショックかもしれませんね。
私も、義父がいよいよ危ないと言われた頃、義母が「今、私が倒れたらちゃんとお葬式が出来ないから眠っておかなくちゃ」とか「お父さんの遺影の写真をそろそろ選んでおいた方がいいかしら?」とか言うたびに「なんて事言うんだろ!」って思ったけれど、でも実際いよいよの時が来たら本当に悲しんでいる暇などないくらい家族はバタバタ忙しくなります。
決めなくちゃいけない事が、山ほどあって・・・。
悲しいけれど、現実的な覚悟も必要かもしれませんよ。

でも、それよりも、今はお母様のために出来るだけそばにいて優しくしてさしあげて下さい。

209 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/24(金) 00:38
私がショックでおばを許せないと思ったのは、『もうダメだから』という一言でした。
母は生きようと病院のベッドで頑張っているのに、もうダメと言ったおばのことばは許せません。

210 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/24(金) 01:37
そうだね。。。そんな言い方は、ないよね~。許せない気持ち解ります。
今あなたは、お母様の事で悲しみを抱えてるのに、そんな人のせいで嫌な気持ちでいるのもばからしいじゃない?
もう、そんなデリカシーのない人の事なんか気にせずに(とりあえず忘れて)お母様に気持ちを集中してあげてね。

でも、あとのことを考えるのも、悲しいけれど必要だと思う。
頑張ってください。

211 名前: yumi 投稿日:2005/07/16(土) 02:17
私は先日母から父が肺癌になっている事を聞きちょうど七夕の日に一緒に病院に行って先生の
お話を聞きました。父は糖尿病

212 名前: yumi 投稿日:2005/07/16(土) 02:56
すいません。途中で途切れてしまいました。
父は糖尿病と2年前に脳梗塞で入院しており、後遺症が少し喋るときに出るぐらいだったのですが
最近せきがずっと続いていたので現在通っている病院で見てもらったところ右の肺に11センチぐら
いの癌と同じ肺の中で心臓に近い部分に転移、あと左の肺にも転移、腎臓にもという事でした。
今腰が痛いといっているのでたぶん調べれば骨にも転移していると思うとの事でした。
この話は糖尿病の薬の事で私と母で先生とお話するからと父には言って診察室の外で待っていて
もらったので本人に告知していません。もう手術ももちろんしても意味がないし、抗がん剤の治療も
半年間ぐらい寿命を延ばすのが精一杯で申し訳ないがこれが現在の癌治療の現実だと説明されました。
15日も付き添って病院に行って来たのですが本人は至って元気で、とてもステージ4の末期癌とは
思えないのです。色々先生を交えてお話をしてきたのですが、(また父にはロビーで待っていてもらって)
母としては父に告知はしないで抗がん剤も使用せず残りの時間をなるべく家族と過ごせるように
したいと言い、先生も糖尿病があるし、抗がん剤の治療をすることで余計に身体に負担がかかるので
その方がいいでしょうということでした。私も本人が辛い思いをするのならなるべく残りの時間を
穏やかに過ごさせたいと思いました。そしてここを見つけたのですが、正直言って最初読んでいるうちに
涙が止まりませんでした。痛み止めのモルヒネのために起こる症状とかその他いろいろなことを知って
本当に告知しないで抗がん剤もしないでいいのだろうかと・・・
実は母はその病院で准看護婦として長い事務めており、老人病棟でのヘルパーの経験もあります。
今はもう退職しているので、父の事は自分で最期まで面倒を見るつもりなのです。
でもそれがどんなに大変な事なのかとても不安ですし末期癌と知ってまだ一週間しか経ってないので
私の気持ちの整理もついていません。今の気持ちや現状を書き込むので精一杯です。


213 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/07/18(月) 12:21
yumiさん、ご心配ですね。
私は告知推進派(?)ですが、yumiさんのお父様の場合「病名告知」=「余命告知」という事になりかねないので、難しい選択かもしれませんね。
お母様は長年そういう方を数多く診て来られたので、色々考えるところがあるのでしょう。
お母様とよく相談されて頑張って下さい。

いちおう下記が参考になるかもしれませんので貼っておきます。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/life/li2a1301.htm

214 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/07/29(金) 20:47
末期がんの母が一時退院することになりました。
主治医からは「これが最期のチャンスだろう。どこか温泉にでも連れて行ってあげてください」
と言われています。
母の希望で関西より北海道に連れて行ってあげたいのですが、体力も落ちていて普通のツアーや
ガイドブックに載っているような回り方はとても無理だと思われます。
そう言った人向けのツアーの紹介や役立つ本・サイトなどをご存知の方がいらっしゃいましたら、
教えていただけませんでしょうか・・・
どうぞよろしくお願いいたします。


215 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/07/30(土) 18:46


216 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/01(月) 22:06
ごめんなさい。
何か私のほうが気がおかしくなりそうで、愚痴こぼさせて下さい。
義母の入院中にパジャマがどこかになくなり、病院内あっちこっち探したけど、
見つからず、入院中のパジャマが4枚しかない為、洗濯が忙しいから枚数を増やしてほしいと
お願いしても、頂いたパジャマでも気に食わないと一切きてくれないんです。
やれ柄が嫌だの、色が悪いだの、形が嫌なので・・・・
おまけに毎回糊付けしてアイロンかけなくてはいけなくて、仕事をしている私もこの暑さで
アイロンがけが億劫になっています。
病気がワガママにさせていると思いつつ、最近は買い物を頼まれるのが
辛いです。
病院内で履くサンダルを買ってきてと頼まれたのですが、
お気に召さなかったらしく、ああいうのはなかったの?
サイズはこの下がよいのだの最初言ってたことと変わってきて、
もう私自身限界に近いかもしれません。
皆さんこういう時ってどうされてますか?



217 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/08/01(月) 23:48
長男のお嫁様
僣越ながら推測させていただきますが、
お母様はパジャマやサンダルがお気に召さないのではなく、
不安な気持ちがそういうかたちで吹き出ているのではないでしょうか。
すべて言うとおりにしてあげれば満足されるという訳ではなさそうな気がいたします。
不安は素直に口に出せる方もいれば
表現してしまうことに抵抗や恐れを感じる方もいらっしゃいますよね。
そのようなことが続くと御家族もまいってしまわれるでしょうが、
お母様の言動の端々にヒントが隠されていないでしょうか。
毎晩痛みを訴える患者に一杯の熱いコーヒーを炒れ、
ゆっくりと話を聞き不安な気持ちをはき出させたら
痛みを訴える回数が減ったというお話がある本に載っており
とても心に残りました。
それにしてもお母様思いのお嫁様で羨ましいくらいなのに、
お心を痛めていらっしゃる御様子で心配です。
愚痴はこちらでどんどんはき出してどうかご自身もお心を労ってください。

218 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/08/02(火) 09:55
長男のお嫁様
私も実母との関係がまさにそうだったので、お気持ちよくわかります。
どういうものがよいかもう一度聞き、すぐに交換に行ったり、「ないものはない」
と言いきったりと何度となく致しました(苦笑)

217さんのおっしゃるとおり、お母様も慣れない生活で不安・不満がたまり
慢性的にイライラしていらっしゃるのでしょうね。
私も毎日病室を訪れた途端に何か文句を言われるような状態だったので、
文句を言われたら病室を出て、飲み物を飲んだりして頭を冷やしていました。

パジャマについても同じような感じだったのですが、
「洗濯が間に合わない」と素直に話して、病院で洗濯を頼むようにしました。
お仕事をお持ちなら可能だと思うので、一度看護師さんに相談されてはいかがでしょう?
洗濯がなくなったおかげで、私はかなりストレス減りました。
病院にもお母様にも受け入れていただけるといいですね。

そしてグチはどんどん吐き出してくださいね。
「これは言いすぎかな?」と思うようなことでも、案外みな同じような思いを
抱えていたりしますから。

お仕事と看護、お忙しいでしょうからどうぞ216さんがお体壊されませんように・・


219 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/08/02(火) 15:25
長男の嫁様

認知症や、せん妄などの可能性もあるので、
主治医の先生にご相談されてはいかがでしょうか。
場合によっては専門医にみていただいた方が良いかもしれませんよ。

220 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/02(火) 16:31
みなさん、いろいろとありがとうございます。

本人のストレスのはけ口がなく、私に来ているんだと思っています。
ただ残念なことは、こんな状態の義母のところにほとんど来ない娘の
義妹です。
私も母であり、娘ですが、私の母ならもっと時間をとってくるのに
義母の母娘の関係ってそんなものかと思っています。
仕事で忙しいからではなく、趣味のバレーボールの試合があるから・・・
いくら嫁が頑張ってみても血には勝てないんですけど、
義妹のことを思う義母の気持ちを思うとかわいそうな気がして
しかたありません。


221 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/08/02(火) 20:13
長男の嫁さん、大変ですね。。。
うちの義父も「あれが食べたいから買って来い」だの「明日はもっと早く来い」だのと色々振り回してくれました(^_^;)
きっと、病気への不安と入院生活のストレスから自分を持て余していたとは思うのですが、対応する方は疲れますよね。

うちの場合は義母が『お父さん、そんなワガママいってはいけませんよ!』とたしなめてくれたので多少、楽でしたが、怒られている義父が少し可哀想に感じる時もありました。
母がいない時はできるだけワガママを聞いてあげて、足を揉んだり体をさすって、ゆっくり話を聞いてあげた時はワガママが少し収まったような気がします。

妹さんの件ですが、ザックバランに話が出来る間柄なら、現状をよく話して『あなたが来てくれるとお母さんも喜ぶだろうし気持ちも落ち着くと思うから来てくれない?』とお願いしてみてはどうかな?

長男の嫁さんも、今はつらい時ですね。
ご自分の仕事も家庭のこともやらなければいけないし、看病に通う毎日は、どこかに吐き出さないと自分が病気になってしまいそうでしょ?私もそうでした。
今振り返ると、精神的にいっぱいいっぱいだったと思う。

うまく言えないけれど、上手に気分転換をして体に気をつけて頑張って下さいね。
応援しています。

222 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/03(水) 21:43
なお様いつも暖かいお言葉ありがとうございます。

義妹のことですが、私も義母の病気がわかった時から、
ずっと「たまにはお母さんに会いに来て」いい続けてますが、
ほとんど来ないんです。
でも自分にとって楽しいことはすぐ飛んでくるんですが・・・

やっぱり長男の嫁がいろいろするのは当たり前と義母が思っているので
娘には言わないのか?
それとも、私と実母の関係と違いクールなのかと思います。

今実母にふりかえてみると、私ならできるだけ行ってあげたいと
思うし、できるだけのことをしてあげたいと思うのですが、
その気持ちが逆に義母には辛くなってしまうのかもしれませんね。




223 名前: 214 投稿日:2005/08/08(月) 00:59
旅行に連れて行ってあげたかったのですが、すぐに再入院となりました・・

肝機能の低下とモルヒネのせいなのか、今はせん妄状態にあります。
私以外にはまだ比較的普通のやりとりをしていますが、私に対しては非現実的な要望をしてみては
その要望が叶えられない!と怒っているような状態が多いです。
「1ヶ月はもたない」と言われているので、何かしてあげたいのですが、何をしゃべりかけてあげればいいのかも
わからなくなってしまいました。
先生にはマッサージなどのスキンシップをすすめられますが、いろいろすると「構われるのは嫌だ」
と怒ってしまいます。

私はどういう風に接すればいいのでしょうか?
もう母のせん妄がとけることはないのでしょうか・・


224 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/27(土) 23:04
久々にお昼にそうめんの差し入れをしてきました。
土曜日に行くと主人がわざわざ言っていたのに勘違い、
少し遅くなったらお昼ご飯食べていました。
なんか気のせいかもしれないけど、話していてピントがずれてきたような・・・
主人が昨日話したことをまた聞いたり、
脳転移の影響か、それとも入院生活が長いので少し認知症?
これから、進行すると嫁の私はターゲットかな?
本人も元気な時、どうやらぼけると嫁のことを悪く言う人が多いらしいと
言っていました・・・


225 名前: ともゆき 投稿日:2005/09/23(金) 01:30
母が大腸癌原発で肝転移です。医師によると一ヶ月もたないそうです。もう何の手も無く、医師も投げやりです。無理に国立医大に転院するのですが、それまで生きられない可能性も…。出来る事なら代わってあげたい。優しかった母を思い出し今も涙しています。きっと苦しいだろうに、痛いなんて口にもせず我慢しています。助けてください。どうしたら良いのですか?完治なんて我が儘は言いません。癌と共存して数年でも生かしてあげたい。何も方法が無いのなら、私の母が、痛まないよう、苦しまないよう、安らかに眠れるよう、祈ってやってください。お願いします。

226 名前: りんご 投稿日:2005/10/10(月) 20:51
私の母は、1年前に胆管癌ステージ3と診断され、10時間にも及ぶバイパス手術を行いました。そして1年後の今リンパ節転移が見つかり、3週間前まで抗がん剤投与を行っていました。ですが、腫瘍マーカーはわずかに減りましたが、今では肝臓へも転移し、抗がん剤の副作用でほぼ1ヶ月食事もまともに取れない状態であったために、体重は激痩せ。
体は骨と皮だけです。その為に、体力がなくなり歩行も困難で自力で起き上がることさえ難しくなりました。癌は末期と診断され、冬を越すのは難しいと言われました。今は、痛みを抑えるためにモルヒネや、精神安定剤等を服用していたために、少しせん妄の症状がみられます。毎日、癌の痛みと戦い、何故こんな病気になってしまったんだろう・・・
と涙する母を見ているのがとてもつらいです。私は今、妊娠中で来月出産予定です。母は、孫の誕生をとても楽しみにしていただけに、早く孫の顔を見せてあげたいし、母の手に抱かせてあげたいです。

227 名前: ともゆき 投稿日:2005/10/12(水) 11:35
225で書き込みをした者です。うちの母は近いうちに緩和病棟のある病院に転院が決まってます。痛み止めはまだ使っていませんが、もう一人では起き上がれない状態です。何の治療も出来ないまま逝かせたくはないですが…大学病院での診断ですから、先生の診断をそのまま受け止めています。りんごさん、丈夫な赤ちゃんを産んでお母さんに見せてあげてください。

228 名前: yukousyou 投稿日:2005/10/12(水) 15:58
私の父も胆管がんで、余命2~3ヶ月と宣告されてから7ヵ月半
がんばってくれました。痛みのコントロールが上手くいくといいですね。
私の父も痛みのコントロールが上手くいくようになってからは、
安定剤や睡眠薬も飲まなくなり、精神的にも安定して過ごせました。

229 名前: りんご 投稿日:2005/10/12(水) 16:39
ともゆきさん、yukousyouさんありがとうございます。
今は、まだモルヒネを使わないと痛みに耐えられないために、
精神状態もよくはありませんが、昨日から食事が半分程度はとれる
ようになりました。今は体力をつけてもらって、できれば家に帰して
あげられるまでに回復できたらと思います。
そして、1日でも長く生きててほしいです。

230 名前: とも 投稿日:2005/11/06(日) 02:56
はじめまして。62歳の末期胃がんの父のことですが…
6月に余命半年と言われ手術はできず、仕事を続けながら
抗がん剤TS1を飲んだこともありました。家族が心配する中
やせ細った体で昨日まで仕事に行きました。そして昨日倒れ
ました。
ほとんど何も食べられないので今日入院しましたが、
父も家族も早く家に戻りたいと考えています。在宅IVHにしよう
と考えていますが、高カロリーの輸液は逆に苦しくしてしまうこと
もあるでしょうか?できるだけ苦しい思いをさせたくありません。
どなたかアドバイスお願いいたします。



231 名前: おちゃ 投稿日:2005/11/07(月) 20:17
悪液質という状態になると、いくら栄養を入れても体で使えなくなります。
工場が働かないために材料がうずたかく積み上がる状態です。
それを排出しなければならないので、腎臓に負担がかかったり、ひどい時には
意識障害の原因にもなります。
一般的に、かなり痩せてきたにもかかわらず食欲がないような状態など、この
ようなものが考えられます。
高カロリー輸液は輸液量が多くなるため、あふれた水分により腹水/胸水/ひどい
むくみ/肺炎の原因にもなります。また恋点滴のためにかえってのどの渇きがひど
くなったりします。

もしこの状態であれば、無理やり栄養をいれても延命にならないことははっきりし
ています。肺炎などでかえって寿命が縮まる危険性も指摘されています。少量(多くても
1日1L以内、500ml推奨)のほぼ水分のみの点滴で十分であるとされます。

いちどどのような状態にあるか、主治医にお尋ねください。


232 名前: とも 投稿日:2005/11/07(月) 22:09
おちゃさん、アドバイスありがとうございます!!
父は入院3日目で脱水が改善され、少し活気がでてきました。
少しですが、食べ物を口にすることができました。
IVHのポートを埋め込んで退院する予定ですが、おっしゃるような
余計な負担とならないようDrと相談したいと思います。
できるだけ在宅で、と思っています。大変なことでしょうが…
とても参考になりました、ありがとうございました。

233 名前: ともゆき 投稿日:2005/11/10(木) 01:32
母が他界しました。 
最後はセデーションで意識レベルを落として眠らせましたが、
眠る直前の母は何かを言い残したかったようです。
苦しみを取ってあげられはしましたが、私自身はセデーションが
正しい選択だったか・・・わかりません。
母さん、いっぱいいっぱいありがとう。
そして、ごめんなさい。
いつの日か生まれ変わる日が来たら・・・
また俺を産んでくださいね。
献身的な介護で最後まで尽くした妹も産んでください。
また会えるよね、母さん。

234 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/11/10(木) 23:34
会えると思います。私は会いたい人に会えると信じています。
お母様の看取り、お疲れ様でした。
妹さんとお二人、心と体を大切になさってください。

235 名前: 投稿日:2005/11/12(土) 00:44
なおさんへ
お元気ですか?お変わりございませんか?
本当に久しぶりにここに来ました。
以前、自分が書き込んだレスを見て、あの頃の気持ちに戻り涙しちゃいました。
早いものでもうすぐ1周忌です。
昨年のこの時期は父の一進一退の状態にバタバタしている中
ここを見つけ色んな人に、励まし・アドバイスを頂きなんと心強かった事か・・・。
あっと言う間の1年です。
父の居ない生活に慣れましたが、まだ何処かで信じていない自分がいます。
TVで親子物をやってるとポロポロ涙が・・・。駄目ですね!!
私事を書いちゃってごめんなさい。

介護・看護している皆様、寒くなって来ました。
何事も体力勝負です。
自分自身が倒れてしまったら、もともこもありません。
何卒健康管理には気を付けて下さい。
生意気な事いってすみません。

236 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/11/16(水) 12:46
ペさん、ほんとにお久し振りです。
最近こちらを覗いていなかったので気付くのが遅れてごめんなさい。

ほんと、もう1周忌ですね。
ぺさんのところも準備されているかしら?と思っていました。
クリスマスイブが命日なんて、毎年思い出しちゃうじゃない(涙)・・・って感じですよね。
私も、折りに触れ父のことを思い出します。

でも、今は、義母の認知症が始まり、毎日いろいろです。。。
あたしは、嫁として苦労する運命なのね(ーー;)なんて落ち込みそうだけれど、なんとか頑張って自分らしく生きようと思っています。

ぺさんも、若くしてお父様を亡くされて心細い時もあると思うけれど、一度きりの人生、前を向いて歩いて行きましょうね。
こちらでお互いに励ましあった時間は忘れません。
ありがとう。

こういう出会いの場を作ってくださった、管理人さんに感謝です。

237 名前: UB40 投稿日:2005/11/18(金) 04:26
はじめまして
11月14日 父が息をひきとりました。享年73才でした。
父が9月に入院してから毎日この掲示板を読むようになり
いろいろ参考にさせてもらいました。
11月になって父が「家に帰りたい」と切実に訴える
ようになったのですが、父が衰弱していく進行が早い
こと 私(息子)自身が所帯を持っており父と別居し
ている状況なので高齢の母ひとりでの介護になってしまうこと
を考えるととても自宅介護に踏み切れませんでした。
それから1週間もたたぬうちに話すことさえもできなくなり
結局、父の訴えを受けとめてやることができませんでした。
ぺさんやなおさんような身をなげだして父を受け止めてやろ
うという気持ちよりも今ある仕事や妻と子供の生活を維持し
たい気持ちがのほうが強かったのが本音です。

私は喪主でしたので葬儀等の段取り等で忙しく悲しみにひた
っている時間もなかったのですが、忙しさから開放された途端
むなしい気持ちになりました。
父の自宅へ帰る夢を奪ったことで生きる希望をなくしてしまい
死期を早めたのではと考えてしまいます。無力な自分がなさけ
ないです。
・・・・・・・・

ぺさん なおさん いろいろな情報を記載してくれてありがとう。
とても参考にさせてもらいました。またいろいろ書いてください。 


238 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/11/18(金) 21:39
UB40さんへ。
そんな風にご自分を責めてはいけませんよ。。。

大人になればそれぞれの生活や事情があるのだし、自宅介護のお母様の負担や、もしかしたらUB40さんの奥様にも負担をかけてしまったかもしれないし・・・。
その時点の決断は仕方なかったんじゃないかな。
入院生活が長くなると誰もが家に帰りたいと願うけれど、病状やその他の事情で帰れない人の方が実際多いと思うし、ここの掲示板を読んでも、誰もが最後を自宅で迎えられるわけではないし。

してあげたくても、どうしてもしてあげられない事ってありますよね。
大切な人を失なった時『もっと、こうしてあげればよかった』と悔やんでしまうのは、みんなそうです。

今は、お父様を亡くされた悲しみ、悔しさでいっぱいでしょうが、天国で見守って下さるお父様に安心してもらう為にも、立派で幸せなご家庭を築かれて下さいね。
親にとって子供は、その存在だけで幸せをもらえるもの。
UB40はきっと、お父様に幸せな思いを充分あげられたのだと思います。

あまりご自分を責めずに、お父様に育てられた誇りを持って生きてください。
お父様のご冥福をお祈りします。

頑張って下さいね。

239 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/11/18(金) 22:46
UB40様 心よりお悔やみ申し上げます。
亡くなったお父様のためにも ご自分の家族を大事にして
幸せになろう、って思うこと、それから残されたお母様を
力づけてあげてくださいね。

なおさん 久しぶりのなおさんの登場でなんだか嬉しいです。
こうやって時々たずねてくださいね。
なおさんのレスで励まされた人が たくさんいるんですよ。

これから寒くなってきます。介護する方もされる方も無理しすぎ
ませんように。

240 名前: 投稿日:2005/11/20(日) 00:46
なおさんレスありがとうございました。
何事にも前向きで、努力するなおさんを尊敬します。
239さんじゃないけど何回励まされ、前に進むことが出来たか
感謝・感謝です。
他の皆さんの意見・経験も大変参考にさせて頂きました。
介護をする準備などは一人だったらどう行動したらいいか、まったく
解らなかったでしょう。(結局、介護は出来ませんでしたが)
お義母様の事は大変ですね。頑張りすぎてダウンしない様にしてください。
何もアドバイス出来なくてごめんなさい。
UB40さんへ
お悔やみ申し上げます。少し落ち着きましたか?
私は独身で自由になる時間があったので動くことが出来たけど、
家庭に入っていたら、UB40さんと同じ事考えてたと思いますよ。
なので、あまり気を落とさないで下さい。
何をどれだけしても「後悔」は必ずと言っていいほど残ります。
もうすぐ1年経つのに未だに良かったのか解らない事が沢山あります。
239さんの言う通り、家族とお母様を大切にして行く事が
大切だと思いますよ!(生意気ですね。ごめんなさい)
悲しい気持ちは時間が解決していきます。もちろん全てじゃありませんが。
此処には同じ悲しみを持った人、頑張ってる人が沢山います。
私もここで救われました!!お互い頑張りましょう!!



241 名前: UB40 投稿日:2005/11/21(月) 02:59
なおさん 239名無しさん ぺさん

貴重なご意見、そして励ましのお言葉 ありがとう
後悔は、やっぱり残ってしまうし、自分の決断は正しかったとは言えない
けれど みなさんからの暖かい言葉をいただけただけでもありがたことだ
と思っています。

そして、なおさんのような実際に介護する立場にある方 本当にたいへん
なことだと思います。月並みな言い方しかできませんが頑張ってください。
私は、父に対して漢方を買ってきたり、好きな食べ物を取り寄せたり、孫の
顔を見せたりといった物的な支援しかできませんでしたが、直接介護すること
は一番たいへんではあるけれど、一番崇高な支援であると思っています。

それにしてもみなさん掲示板の文章を拝見する限り、本当にしっかりした方
ばかりで 関心する限りです。そしてありがとう。








242 名前: ももすけ 投稿日:2005/12/01(木) 21:31
はじめまして。
父(73歳)が小細胞肺癌と戦って1年9ヶ月、先生からは
年内は難しいと言われながらも食欲もあり、“このままいけば
年越せるかもしれませんね”と先生に余命の訂正までして
頂いていたのに・・・急に孫の顔も判らないほどの猛烈な痛みに
襲われ、自宅療養中救急車で病院に運ばれ、そのまま眠らされて
います。今日で入院一週間、ここ数日が限度と言われショック
で涙が止まりません。

自宅に残っていた父の日記には 前向きな事だけが書かれていて
最後のコメントは“さあ、今週も頑張るぞ!”でした。
そして私たちの前でも元気そうに振舞っていました。

でも、介護の方がつけていた記録にはしびれ始めた左手を
何度もベッドにたたきつけていた”とか、“かなり辛そうな
様子”等記入されており、まだ先があると思い、自分の
都合を優先していた私は悔やんでも悔やみきれません。

フロア違いで同じマンションに住んでいるのだから
もっと足をさすってあげたり、溺愛していた孫を頻繁に
会わせてあげればよかったとか、痛がっていたであろう時に
他の部屋で何で笑ってしまったのだろうとか・・・後悔ばかり
しています。

父の孤独な気持ちに気付いてあげられなかったことに
今頃気付き、苦しいです。
ごめんね、じいじ。

243 名前: 千春 投稿日:2005/12/01(木) 23:08
ももすけさん。今悔やんではダメです。
ももすけさんの書き込みを拝見して、もし私がももすけさんのお父さまだったら……
腫れ物を触るような接し方をしないでくれた、前向きな気持ちを持続させてくれた
ももすけさんに感謝をすれど、謝ってなどほしくない。

それに今お父さまはここにいるのです。
この数日間と言われたなら、この数日間に出来るだけの親孝行を精一杯して差し上げてください!
暖かい手を握ってさすって差し上げてください。
言葉をかけて差し上げてください。
意識が無いように見えても最後まで聴力はあると先生はおっしゃっていました。
私自身の経験でも、子供の頃急患で運ばれた時、
周囲は意識混濁と思っていたけれど、
自分は研ぎ澄まされた聴覚と清廉な意識の中にいました。
周りの人の言葉が明瞭に聞こえていました。
お父さんには必ずももすけさんの声が聞こえていると思います。

後悔はいつでも出来ます。
でももしかしたら今が人生最後の親孝行の時!
がんばって!!

244 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/12/02(金) 01:54
ももすけさん、はじめまして。
お辛いですね。。。

でもお父様は、ももすけさんご家族の前では元気そうに振舞っていらしたのでしょう?
きっと苦しむ姿は見せたくなかったのかもしれないし、ももすけさん家族の幸せそうな様子を見て、そこから頑張る気力を貰っていたのだと思いますよ。

悲しむのは後からでもできます。
今は、ももすけさんのお父様への思いを、素直に話し掛けて伝えてあげて下さい。
もしかしたら残り少ないかもしれない最後の時間を、お父様が幸せな気持ちで過ごせるように、手を握り体をさすって安心させてあげてください。
頑張ってくださいね。

245 名前: ももすけ 投稿日:2005/12/02(金) 22:18
千春さん、なおさん、優しいお言葉ありがとうございます。

入院してからどんどん意識レベルが低くなり、深い眠りに
入っていると誰もが思っていたところ、今日朝から父の目が
頻繁に開くようになりました。
私たちの問いかけにもたまに頷いたり、うーっと唸るような
声を出したり手をあげようとしたり・・・おかげで父に対する
心からの想いを伝えることが出来ました。
父は涙を浮かべていました。

こんなことってあるんですね。
こんな素晴らしい機会を与えてくださった神様に心から感謝します。
そして残された時間をより大切に過ごしていきたいと思います。



246 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/12/02(金) 23:28
きっと、ももすけさんの思いが届いたのかもしれませんね。
看病する側も色々と大変ですが、ももすけさんご自身もお疲れが出ませんように。。。

247 名前: 千春 投稿日:2005/12/02(金) 23:34
良かったですね!!
羨ましいなぁ・・・。
私もセデーションに入ってから1度だけでも短い時間だとしても、
無理とは分かっていても父とせめてあと一言でも言葉を交わしたかったです。
ももすけさん。めいっぱいの父親孝行なさってくださいね!
父親不幸だった私の分までも。

248 名前: ももすけ 投稿日:2005/12/05(月) 22:33
なおさん、千春さん、ありがとうございます。
やはり、同じ経験をされている方々のお言葉は
本当に私の心に染み入ります。

父はその後、病状は悪いながらも安定しており、
目も覚ますことが多くなりました。
しかし、こちらの言葉に答えたくてもうまく話せない
もどかしさを感じているようです。
また、意識が戻ることによって自分の運命をはっきり
悟ってしまった父を見ているのも辛いです。
あんなに前向きだった父なのに・・・。

今日は昨日より起きている間痛みが辛そうだったので
その度に痛み止めを増やしてもらいました。
きっと数日のうちにもっと深い眠りに入るような処置を
していただくことになると思います。
その時はきっともう父と意思の疎通はできなくなる
のでしょうね。 

でも父の意識が戻ったお陰で今までで一番、家族として
温かい時間を過ごせている気がします。
ちょっと遅すぎましたけど。
まだまだがんばります。


249 名前: 静花 投稿日:2005/12/13(火) 00:15
始めまして。
私の父(69歳)も、大腸癌から1年10ヶ月の闘病生活になります。
現在、肺、脳にも転移し、先日病院に行った時には、白血球が1100で
肝臓も機能しなくなってると言われ、今日の夜にでも急変してもおかしくない状態で
即入院となりました。
できれば、短い余命を病院ではなく、自宅で看取りたいと考えております。
アドバイス等ありましたら、よろしくお願い致します。


250 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/12/24(土) 23:03
すみません、今日旦那が余命1ヶ月を伝えられた者です。

旦那というか、親が反対して籍は入ってません。
それでも彼は5年間ずっと私と一緒にいてくれました。

今度は私が彼といてあげる番だと思ってます。

でも骨転移から肝臓に転移した今、足のしびれや痛み、放射線の副作用がひどいです。

あんなにいっぱい食べる人だったのが、だんだん食欲もなくなっています。見ててつらいです。

でも一緒に話していても途中意識が朦朧としたり、肝臓転移のためすごく疲れるみたいで…
そばにずっといたら無理して起きあがろうとします。ものすごく痛いのに…

なんか私が行くと無理して落ちる瞼を開こうとするので、あまりいたら疲れてしまうから…
と最近はすぐ帰ってきます。

本当はもっと長くそばにいたいです。

でも彼はやさしいから、すごく辛くても我慢して私に合わせる人で…

本人の負担になるから、あまり行かない方がいいのでしょうか…

でも次行った時ますます痩せていたら…
と思うとずっと彼を見てないと心配で仕方ないんです。

どうしたらいいかわかりません。

すごい負担でも絶対口に出す人じゃないし。

どうしたらいいでしょうか。

また痛みや副作用で食べられない人でも、食べられそうな物って何かありますかね…

251 名前: ももすけ 投稿日:2006/01/10(火) 00:03
ごぶさたしております。
こちらでは皆様には色々励ましていただき本当に
ありがとうございました。
昨年12月30日、父が癌との闘いを終えました。
11月24日に入院した時は主治医から長くて一週間
と言われましたが人並みはずれて心臓や他の臓器が
強かったそうで、病院の関係者は驚いていました。

しかし、主治医に母が“こんなに体力が残っているなら
(先生に)出来ないと言われた最期の抗がん剤、出来たのでは?”
と聞くと、あっさり“できそうでしたね”と言われました。

本人は一日でも長く生きたいと強く願っていたのに・・・
最後の抗がん剤がうまく効いたらあと半年弱は最愛の
孫と過ごせたのにと思うと悲しくてたまりません。
最期は眠るように逝ったのでそれが救いです。

今は父と会って話がしたくて仕方がないです。
絶対出来ないと思うと却って願望が強くなるのでしょうか。
早くこの悲しい気持ちから一つ抜け出したいです。

じいじ、ありがとう。また絶対会おうね。











252 名前: 千春 投稿日:2006/01/10(火) 11:07
ももすけさん
今このスレが上がっているのを見て、
ももすけさんからのメッセージが入っている予感がしました。

もう傍で肌のぬくもりを感じる事が出来ない、
「こんな時はどう言ってくれるか…」想像するだけで直接意見が聞けない会えなくなった悲しみは、
残された者に『もしもあの時』と言う形で想いを募らせますね。

でももしもあの時、最後の抗癌剤をして苦しめる事になったかも知れなくて…
『もしもあの時』の思いは現実にはないだけに心の中で反芻し続けるものですね。
きっと残された誰もが皆・・・。

ももすけさん、お父さま、お疲れさまでした。
こちらで読ませて頂いている中だけでも、
ももすけさんがどれだけ愛に囲まれてお育ちになったかがうかがえました。

優しかったお父さまの御冥福をお祈り致します。

253 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2006/01/10(火) 23:00
ももすけさん、お父様は旅立たれたのですね。。。本当にお疲れ様でした。
葬儀やら何やらであわただしかったでしょ?

大切な人を失った時、ひとは悲しみと共に怒りの感情を持つそうです。
主治医さんの「できそうでしたね」のひと言は確かに配慮を欠いていたかもしれないけれど、でも結果論であって、その時点での判断は仕方なかったと考えるしかないのかもしれませんよ。
末期の時は何が起こるか分からないし、抗癌剤を使えたとしても苦しむだけだったかもしれない。。。

千春さんがおっしゃるように『もしも・・・』は誰もが思うことだと思います。
「もしも違う病院だったら、もっと最先端の治療ができたのではないか?」
「治験薬でもなんでもいいから試してみるべきだったんじゃないか?」とか・・・。

残念ながら時間は戻ってくれませんから、あと数日と言われたお父様がここまで頑張ってくれた事に感謝して、何とか自分の心と折り合いをつけて納得するしかないかもしれません。
最愛のお父様の不在を受け入れるのには時間がかかるかもしれないけれど、『時の流れ』という薬が悲しみを癒してくれます。

あとは天国から見守って下さっているお父様に恥じない生き方をして、ご家族を守って行って下さい。
頑張って下さいね。

お父様のご冥福をお祈りいたします。

254 名前: ももすけ 投稿日:2006/01/10(火) 23:08
千春さん、本当にありがとうございます。
そうですね。もしもあの時・・・と考えても過ぎた時間は
どうあがいても戻ってはこないのですからなるべく
考えたくはないのですがつい・・・。いけませんね。

長い間父の病気と一緒に闘ってきて徐々に弱々しくなって
いく父を見てそれなりに心の準備をしてきたつもりだった
のに、遺影の元気な父を見ると父の病気の事を忘れて以前の
生活にふと戻れるような錯覚をしてしまうんです。
なので会えないことが信じられないというか。

とても淋しいですが、私はともかく、考えていた以上に
落ち込んでいる母をサポートしなければいけないと
思っています。

ここにお邪魔させていただき、本当に精神的に楽になることが
できました。
心から御礼申し上げます。



255 名前: ももすけ 投稿日:2006/01/10(火) 23:45
なおさん、ありがとうございます。
ごめんなさい、書き込んだ後に気付きました。

父が亡くなった後、知人の医師や癌を経験した方等に
“その最後の治療はひどい、気の毒だ”と言われ、
余計にあの時こうしていれば・・・という気持ちが強く
なってしまいました。
でもそんなマイナスなことばかり考えても何も解決
しませんよね。

余談ですが、実は父がお骨になって帰宅した翌朝、父の部屋に
入ったとき父のリクライニングベッドが2度に渡って勝手に
動き、直角になってしまったんです。
母は怖がっていましたが、こういうことって本当にあるんですね。
ちょっと驚きましたが父が無にはなっていない証明のような
気がしてとても嬉しかったです。

まだまだ当分寂しい日は続くと思いますが、なおさん、
千春さんのお言葉が本当に心の支えになっています。
感謝、感謝の気持ちでいっぱいです。


256 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/01/18(水) 20:43
先日旦那をなくしました…
最後に家に帰してあげたかった…車椅子買おうかと真剣に考え、介護ベットのレンタルとか、真剣に家に迎えるつもりでした。

しかし思いついて間もなく、旦那はあっというまに逝ってしまいました。
家に帰りたがってたのに…
最後までそれがすごくひっかかっていました。

しかし先日警察官をしている親戚から話を聞くと、万一家でなくなってしまった場合、行き先は鑑識になってしまうそうです。
いわゆる解剖です。
なくなってまで切り刻まれる事を考えたら、まっすぐ家に帰った旦那は、結果的良かったのかなぁ…と。
そう思う事にしています…

257 名前: yuki 投稿日:2006/01/19(木) 14:46
自宅でなくなった場合でも往診していた医師などにより、24時間以内に医師の
確認があり、亡くなるような経緯が明らかな場合(末期がんなど)
検視などの対象にはなりません。不審な点があるような場合に検視になるので、
癌などで在宅療養している場合には検視などになることはほとんどありません。

258 名前: アッタカママ 投稿日:2006/02/05(日) 00:51
皆様、初めまして。

うちの母も、大腸癌がわかり、肝臓まで転移をしてしまっていて・・・。わかったのが、昨年の11月、それから腸閉塞を起こさせない為の手術(大腸やリンパ節の癌もできるだけ採りました)をしました。肝臓の方は手をつけれない位癌が広がっており、化学療法しか道がないと言われました。私が幼い頃に両親が離婚をし、それから母は一生懸命に頑張って私を育ててくれました。病気知らずで今まできたので、おなかが痛いと言い出した時はただ事ではないと本当に思いました。まさかこんな事になっていたなんて夢にも思いませんでした。医師からの告知の時もまるでドラマのワンシーンを観ているようで・・・、未だに信じられないでいます。だめですね、私が頑張らないとだめなのに・・・。
年末に血小板が減少し、化学療法どころではなくなり、輸血をしなければいけなくなり、もう駄目かと思い、これが最後のチャンスかもと言われ、抗がん剤をするか判断を迫られ・・・、悩みに悩みましたが、抗がん剤をすることにしました。本当に緊張の毎日でしたが、薬が効き、副作用らしいのも殆どなく、徐々に食事も取れるようになってきたのです。そんな母が3日に退院をさせていただけるくらいにまで回復をしました。まだまだ予断を許さない状況でいますが、家で過ごせる今までは当たり前であった生活を一日でも長く過ごせていけるように・・・、そんな想いでいっぱいです。

前向きに、母を信じ・・・頑張って生きていこうと思います。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
また、カキコさせていただきます。

259 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/05(日) 15:25
258さん、頑張ってくださいね!
今までお母さんからしてもらったように、今度は258さんがお母さんについていてあげる番ですね。
癌とわかって、お母さんもすごく孤独な気持ちと戦ってると思います。258さんがいつもそばにいてくれるだけで、育てて良かった、と本当に心から思えるのではないでしょうか。
それだけで充分親孝行になると思います。

今は抗がん剤もいいものができて、副作用も以前よりだいぶ軽減されてるみたいですね。
うちの母も大腸をやって抗がん剤6クールやりましたが、髪も抜けず、吐気もそんなひどくなかったですよ。
合う合わないがあるでしょうが、多分相性が良かったんだ、と思って、前向きに頑張ってくださいね!

自宅にまた帰ってこれた事は、すごく貴重な事ですよね。大切な時間をめいいっぱい過ごしてくださいね。

260 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/10(金) 15:16
肝臓から骨に転移して下半身麻痺になってしまい放射線治療してるんですが身体障害者四級なんですげと下半身麻痺は何ヵ月たって麻痺が固定しないと身体障害者あつかいにならないんでしょうか

261 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/11(土) 09:24
市役所で聞いた方が早いですよ。
障害者年金が欲しいということなら、確か1級か2級?じゃないと無理だから、基準はなかなか厳しいかと…

262 名前: おちゃ 投稿日:2006/02/11(土) 23:04
260さんへ
原則そうなります。脳梗塞で明らかに麻痺が残りそうだと最初から分かっても、
症状が固定するとわかる数ヶ月を経過しないと決して受け付けてくれません。

がんも同様です。ただ、自治体によって若干対応は変わってきます。
がん+在宅でどうしても生活するための家の改修などが早急に必要ということ
であれば、考慮される場合もない訳ではありません。
退院しない場合はそういった特例の適用も非常に困難です。
障害者が自立するための支援ですので、病気療養の経済支援は別枠だからです。

263 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/12(日) 00:36
市役所にきいたら六ヵ月といわれました。すぐ身体障害者あつかいにしてくれてもいいのにとおもいました。ちなみにガンに対しての扱いが日本はもっと制度を考えてほしいですよね

264 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/16(木) 16:51
初めて書き込みさせていただきます。
実家の父が先月、末期の肺癌だと診断されました。
もう手術もできないそうです。入院しても何も治療する事が
ないからとのことで自宅にいます。

私も今月の初めに手術をして自宅療養中ですが、
まだあまり動き回れる状態ではありません。
でも父の兄から明日帰ってきてほしいと先程電話がありました。

実家は遠いし、母も私の体を気遣って詳しい病状が
わからないのですが、末期の肺癌だとわかってから
急に容態が悪化することってあるのでしょうか?
先月の中旬に診断されましたが、私が今月入院するまで
毎日電話をかけてきてくれたし、父の兄からも「今までと
変わりなく過ごしている」と聞いていたのですが・・・。

明日朝一番の飛行機で夫と帰りますが、パソコンの色々な
HPなんかを見ていても末期と言われても半年ぐらい皆さん
頑張っておられるのに・・・。すみません、ちょっと動揺して
いますが、教えて頂きたいのは、診断されて1ヶ月も経ってないのに
急変するの?ということです。
それまで、長期間咳が治らないという自覚症状があったぐらいです。
他の場所の違和感とかはなかったみたいです。
よろしくお願いします。

265 名前: おちゃ 投稿日:2006/02/18(土) 10:58
残念ながら、そういうことも可能性としては十分あります。

例えば膵臓ガンは数年前までは診断されてからの平均寿命が3ヶ月でした。
長い人もいる中での平均ですから、3ヶ月よりもずっと短い人もいます。症状の
乏しいまま進行してしまう癌というのもあります。
ただ、病状がよい悪いにかかわらず、近しい方が難しい病気にかかってしまった
時は少しでも早めに、なるべくたくさんお会いできる機会を持つほうがいいと思います。

会っとけば良かった、こうしておけば良かった、と後悔するようなことになると、なかなか
心の整理がつかないからです。

266 名前: ふしゃふしゃ 投稿日:2006/02/18(土) 13:42
264さんへ

265で おちゃさん が書かれている通りだと思います。
いつ何がどうなるかわかりませんし、
こうしておけばよかったと後悔している方も
いっぱいいらっしゃいます。

年末に亡くなった父は、昨年のGW前に肺がんから
脳転移で末期、手術はできないと言われましたが、
めまいなどの症状を軽減する点滴と延命の意味合いでの
抗がん剤で、年末まで持ちこたえました。

入院していることをオープンにしていたので、
親戚は何度もお見舞いに来てくれましたし、
父の元同僚たちも来てくれて、2時間も話したり。
私たちは4回も1泊旅行へ行ったのが、いい思い出です。

父の体が楽なように、気持ちは穏やかなように、
できるなら楽しい気持ちで、をモットーに過ごしました。
264さんも、いい時間が過ごせるといいですね。

267 名前: 264 投稿日:2006/02/20(月) 10:43
265さん、266さんありがとうございました。
昨日の最終で帰ってきました。
父はお蔭様で病名を知らなければ全く普通と変わりない状態でした。
母によると夏を越せればいいかなと言う事でした。
でも、今元気そうに見える父を見ていたらそんな実感がまだわきません。
伯父はいつどうなるかわからないから今のうちに会って欲しかったそうです。
それならそう言ってくれたらいいのに・・・。
不必要な恐怖心と不安でこちらがパニックになっていました。
でも、そうでないときっと帰ってなかったので伯父に感謝です。

本当、265さんや266さんがおっしゃるように後悔しないように、
そして何よりも父に「良い人生だった」と思ってもらえるように
沢山出会いたいと思いました。

まず私の体を早く治してそしてできる限りの事をしてあげたいと思います。
無理してでも帰って良かったです。

ありがとうございました。

268 名前: 希望 投稿日:2006/03/02(木) 22:11
はじめまして。スレを読ませて頂きました。
私の父(59歳)が肺腺がん末期です。
がんの圧迫による嚥下障害があり、何も飲めず食べれずの状態です。
かなり痩せ細ってしまい(点滴のみです)、とうとう2月に予定していた
2クール目の抗がん剤もできずに、もう病院での治療はできないので、
在宅での介護を勧められました。一応介護認定は受ける予定ですが
こんな点滴だけの状態で、自宅に帰されても、どんどん衰弱していくだけでは?と
家族ともどうしていいか途方に暮れています。
父はトイレくらいなら自分で行けるのですが、
この状態での抗がん剤は命を縮めるだけでしょうか?それとも
癌の専門病院(今は父の希望もあり自宅近くの総合病院です)で
セカンドオピニオンを求めたほうがよいのでしょうか?
セカンドオピニオンを受けて、抗がん剤が使えても、
返って辛いだけの延命になってしますのでしょうか?

父も「もう治らないみたいだな」と大変気落ちしています。
また、私はもう家を出ているので、介護できるのは母と弟だけですが、
二人とも仕事をしています。家計的にも、
母も働かないと生活は厳しい状態です。母が昼間仕事(パート)をしながら、
昼間はヘルパーさんにお願いするということもできるのでしょうか?
そのように身内が常に介護しないというのは、無理というか薄情なことなのでしょうか?
私は電車で1時間の場所に住んでおり、子供二人がいるので、週末くらいにしか
行ってあげることができません。春休みには帰る予定ですが、
冷たい娘でしょうか。何もできない自分が辛くて仕方ありません。
もっと、もっと親孝行してあげたかった。真面目に一生懸命家族の為に
働いてきた父。何も悪いことしていないのに。やっと定年でゆっくりして
もらえると思ったのに。私は今何をすればいいのか教えて下さい。

動揺しているので、乱文でいいたいことがまとまらず、すみません。


269 名前: yuki 投稿日:2006/03/03(金) 10:40
希望さん。
私も同じ立場でした。私は嫁に出た娘で父が癌でした。
余命を宣告されてから自宅介護に切り替え、自宅(実家)で父を看取りました。
希望さんの気持ち、痛いほど、伝わってきます。
うまくいえませんが、自宅で少しでもお父様を介護しようという気持ちがご家族になるようでしたら
、まずは介護保険認定の申請を進められてはどうかと思います。入院中でも申請はできます。
最終的に認定がおりるのには時間がかかります。いざ自宅にというときになってから申請していては間に合いません。
前後しますが、一度ご家族全員で話し合ってみてはいかがですか?
自宅で介護するということは、それなりの覚悟と、家族全員の協力が不可欠です。
(もちろん、お父様本人がどうしたいかが大事です。)




270 名前: 希望 投稿日:2006/03/05(日) 22:55
yukiさん、ありがとうございます。
まず、ソーシャルワーカーに相談してきました。認定の方も65歳
以下の癌患者の介護保険が使えるのはいずれにしても4月以降になるので、
まずは医療保険を使うことになるそうです。
父は、病院に「出て行け」と言われたように感じてるようで、
家に帰りたくなったと言ってます。その一方で、
家に帰ったら、もう終わりなのでは?という思いもあるようです。
私に「助けてくれ」「死にたくない」「お前に任せる」と言います。
「大丈夫だよ」と言いつつ、どうしていいのか分からないです。

家のものが働きながら、自宅介護なんて、無理ですかね?
やはり、母が仕事をやめるしかないのでしょうかね。
でも、母も参ってしまわないか心配です。弱い人なので。
それかホスピスか。。でも、ホスピスも自宅から1時間かかるので、
そう頻繁に家族は会いに行けません。
患者本人も辛いでしょうが、家族も辛いです。

271 名前: yuki 投稿日:2006/03/06(月) 09:32
希望さん、お気持ちよくわかります。
私のときと状況が似ていることもあり、、、。
よかったら、直メールください。公共の掲示板では書きにくいこともあるので


272 名前: 希望 投稿日:2006/03/07(火) 09:29
yukiさん、直メールさせていただきました。よろしくお願いします。

273 名前: しろきん 投稿日:2006/03/22(水) 23:32
こんばんは。胆管癌の方でも相談させていただいたのですが
こちらの方でもお願いいたします。
父(56歳)についてご相談させてください。
昨年5月に胆管癌ステージ4の診断を受け、脊椎転移の放射線
治療、ジェムザールの投与、MSコンチン服用を経て現在はオキ
シコンチン、レスキューでオプソと終末期です。
実際、痛みはおさえられてるんですが、ここ何日か強烈な倦怠感
に襲われてるようで(父は地元の病院で入退院を繰り返してます)
「もう楽になりたい。」と漏らしてるとのことです。
何か倦怠感を緩和できる方法はないのでしょうか?
それともセデーションを考えなくてはいけないんでしょうか?
日によっては気分のいい日もあるのですが、日に日に悪い日
が多くなってます。
フェンタニールパッチに変える、もしくはステロイドは有効なのでしょうか?
主治医は残念ながら痛みを押さえてるので倦怠感はどうしようも
ないとの1点ばりらしいです(仕方ないのでしょうか?)
ご助言お願いいたします。
もう1点、最近は心が弱ってしまっているのか生前だと考えられない
事を漏らします。
「俺は何も悪い事してないのに何故こんな目に遭わないといけないんだ。」
と母、妹に漏らしたらしいのですが、そういうときはなんと声を
かけてあげればよいのですか?
すみません、愚痴ですね。

274 名前: yuki 投稿日:2006/03/23(木) 11:26
しろきんさん、お気持ちよくわかります。
私の父も脊椎に転移があり、はじめはMSコンチンとレスキューにオプソを飲んでいました。
父の場合は肝機能が保たれていましたが、この組み合わせの時には
いつもぼーっとしていることが多く、だるそうにしていました。
パッチとNSAIDS(ロキソニンやモービックなど時々変えましたが)の
組み合わせでコントロールされ、オプソを飲まなくなり、かなり変わりました。
また、倦怠感に対しては、一時期はステロイドも服用しました。
しろきんさんのお父様は肝機能はいかがでしょうか。肝機能の悪化からくる倦怠感なのか、
麻薬などの痛み止めの副作用からくるものなのか、原因にも対処法は違うと思います。
痛みだけではなく、本人の色々な不快な症状を少しでも楽にコントロールすることが
緩和医療だと思います。それがきちんとされれば、ご本人の精神状態は違ってきます。
私の父も痛みのコントロールがされてからは、口にする言葉も違ってきました。
患者さんを支える家族も大変だと思います。本人の言動に、なんと声をかけていいのか
わからないことも何度もあります。でも、家族が一緒にいて、体をさする、
そして、話を聞くことはとても大切だと思います。返す言葉が見つからないときには、無理に返さなくても
いいと思います。ただ、うなずいて、合図地をうち、気持ちに寄り添ってあげるだけでも
いいと思います。「辛い」といえば、「辛いね」と、、、。
私の父の場合は最後の最後で痛みのコントロールが聞かなくなった時に、セデーションを
考えました。(結局はしないまま亡くなりましたが)でも、セデーションを考える前に
今されている緩和医療が十分なのか、他に方法は本当にないのか、できる限り調べてみては
いかがでしょうか。私が相談していた元ホスピス医のHPです。http://blog.livedoor.jp/kotaroworld/
他にも色々と読みあさり、主治医に訴えました。
しろきんさんのお父様とご家族がよい時間が過ごせますように、、、。





275 名前: しろきん 投稿日:2006/03/23(木) 18:20
yuki 様
お返事有り難うございます。
サイト教えて頂きありがとうございます。
今週末、地元に帰ろうと思ってます。
なにせ田舎で、家族は誰もパソコンを使えない状況で自分が調べてアドバイス
してるつもりなんですがなかなか電話だと。。
先ほど聞いたところではパッチに変更したそうです(事前に説明も無くだそうです。)
かなり医師にたいして不信感が募り(なんと4月1日で転勤だそうで現在までなんの報告
もなく看護師さんから聞いたそうで更に内科医6人のうち5人が転勤!これは異常なこと
ではないんでしょうか?)とはいえ険悪に成る事はなんのメリットもないのでうまく解決
できたらと思ってます。ステロイドについては更に調べると両極端なことが書いてあるので
やはり主治医の見解が必要かなと考えてます。まずはyukiさんがおっしゃるとおり倦怠感の
原因だと思うんですが、それを主治医にはっきり主張してみます。


276 名前: おちゃ 投稿日:2006/03/25(土) 10:16
緩和領域では、ステロイド(リンデロンという薬で1mgー4mg程度)や、リタリン
というくすりが、倦怠感に対して使われます。
疼痛コントロールは全く関係ありません。

フェンタニルパッチに変えても倦怠感にはあまり関係がないと思われます。

答えの出ない質問に対しては、無理に答えを探そうとする必要はないと思います。
「そうだよね、何でなんだろうね、辛いよね」など、ご本人の気持ちを理解して
いると伝えて、そして側にいてあげることが何よりのことだと思います。


277 名前: アリ 投稿日:2006/03/27(月) 06:33
みんな、がんばれ。
オレも、がんばる。

親父も、がんばれ。
そのときを迎えるまで、がんばれ。
だから、オレも、逃げない。

みんな、がんばれ。



278 名前: しろきん 投稿日:2006/03/29(水) 21:46
おちゃ先生、ご返答有り難うございました。
ステロイドが功を奏してか倦怠感が軽減されたようです。
オキシコンチンからフェンタニルパッチに替えたところ、何日かは朦朧と
していたんですが今日はかなり落ち着いたようで会話の受け答えがはっきりして
ました。しばらくこの状態が続けばよいのですが。。
先週末に実家へ見舞いへ行ったのですが、予想以上に母が疲労しているようでした。
父はまだなんとか歩けるのですが、ふらつくため付き添いが必要で、朦朧としていて何を
するかわからないので常に目が離せなく気が抜けない状態です。
あらためて介護の大変さを実感しました。

279 名前: yuki 投稿日:2006/03/29(水) 22:03
倦怠感が軽減されよかったです。
介護は本当に大変なことです。私や母も実感しました。
しろきんさんのお父様は介護保険の申請はお考えでしょうか。
確か今年の春から末期がん患者(年齢が65歳以下でも)が
対象に加えられるのではなかったでしょうか。
お母様の負担が少しでも軽くなるとよいのですが。

280 名前: のの。 投稿日:2006/04/03(月) 23:34
教えて頂けますか?>なおさん。

昨年11月に肺癌ステージⅣと診断され、なおさんの義父様と同じ病院にて抗がん剤治療を始めました。
なおさんの書き込みを見て、最後は在宅治療をしたい!と思い訪問診療や看護、介護等を参考にさせて頂きひそかに
準備をしていました。
いざ、酸素もレンタルし退院が近づくとあんなに家に帰りたがってた父が退院を拒否しました。
呼吸困難が酷く、帰りたいという気持ちより呼吸困難の不安が大きくなってしまったのです。
抗がん剤治療ができない今、転院をしなければなりません。
父が最後まで抗がん剤治療を希望したのと在宅治療を希望していたので緩和ケア病棟に入る時間はありません。
状態は悪く、食事も出来ず、寝てるだけでも呼吸困難になってしまう状態です。
こんな状態での転院ですので本人も家族も不安で不安で・・・
自宅は東京と千葉の境なのです。
なおさんが親切だったとおしゃってた病院のヒントを頂ければ是非是非参考にさせて頂きたいのですが・・・
失礼なお願いでごめんなさい。よろしくお願いします。




281 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/06(木) 01:07
今日始めてこのページに来ました。皆さんの話を聞いて、辛かったり苦しかったりするのは自分だけではないんだと実感しました。
私の父は72歳。3年前にかなり進行した胃がんと診断され、胃を全て取りました。
1年前に肝臓に再発、抗がん剤治療をしてきましたが、効果が現れず、治療法が無い状態です。
現在は入院し痛みのコントロールと、IVHによる栄養剤の点滴を受けています。
以前使用していた鎮痛剤の影響か、幻聴や、ちょっとしたことで涙を流して泣き叫ぶ状態が続きました。
入院による寂しさや、ストレスがあったのかも知れません。しきりに「家に帰る」と主張し、
私と母もそれをかなえようと準備をしている最中です。ここ数日、点滴の針の刺し方や、ポンプの使い方の練習をしています。
最後は住み慣れた家で、心を落ち着けて、安心して永遠の眠りについてもらおうと思います。

そんな中、私の妻がとんでもないことを言ったのです。
・父が帰ってくると母と私が父の看病で騒がしくなる。
・父が夜中に私を起こすような事があると、溺愛している犬が落ち着いていられない。
そんな理由で、妻は犬を連れて出てゆくというのです。
医療系の仕事をしている妻ですから、介護の大変さなどはよく見聞きしていると思うのですが、
今の私には、残りわずかな時間しかない父に、早く家に連れ帰って、たとえ一晩でもゆっくりさせたいという思いが一番です。
仕事を終え、見舞いに行き、病院から帰ってくると、私の帰宅と同時に妻は犬の散歩に出かけます。
まったく理解の無い妻と、「改善する」という希望も持てない父の状態に、私自身精神面の限界を感じています。
涙混じりに「早く帰るんだ!!」と動かない身体を起こそうとする父に、私はどうしたらよいのか分からなくなります。

単なる愚痴になってしまいました。
こんなことでしかうっぷんを晴らす事のできない私をどうかお許し下さい。

282 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/04/06(木) 01:48
ののさん、しばらくこちらに来ていなかったので、お返事が遅くなってすみません。

お父様のこと、心配ですね。。。
うちの義父は、治療法が無くなった時点で在宅ケアを希望したので自宅でケアマネージャさんにお世話になりながら介護をしていました。
最後は足のむくみが酷くなり、千葉県野田市の小張総合病院というところに入院させてもらい、2週間後にそのまま他界しました。
入院中に肺の癌が蔓延して手の施しようがなくなった時点で『このままいくと人工呼吸器を装着しなければならなくなりますが着けてしまうと医者として外す事はできないので、どうしますか?』と優しく聞いて下さり、義母と相談して延命拒否の意思表示をしていた義父の意思を尊重して、延命をお断りしました。
苦しそうな息をしている義父を見かねて、義母がセデーションをお願いし、睡眠導入剤を連続投与してもらい静かに眠るように逝きました。

ののさんのお近くに中規模の総合病院があれば、一度家族だけでも相談に行かれてみてはいかがでしょうか?

家族にとってはつらい最後の時になりましたね。。。
人は結局最後は愛情に支えられると思います。
自宅に帰れないとしても、手を握り背中をさすって感謝の言葉を伝えて差し上げてください。

頑張ってくださいね。

283 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/04/06(木) 02:11
SEIJIさま、はじめまして。

奥様のお話を聞いて、ちょっとショックです。
大事な夫の父親が最後を迎えようとしている時に、犬の方が大事ですか?
奥様にも今までの色々な事情があったのかもしれないけれど、私にはちょっと理解しがたいです。(ごめんなさい)
でも、そういう奥さんを選んだのはSEIJI さんご自身なんですよね。。

でも、もしここで奥様の言う事を聞いてお父様を自宅に帰してさしあげられなかったとしたら、SEIJIさんご自身はすごく後悔するのじゃないかしら?
もしかしたらそのことで奥様を責めてしまうかもしれない・・・。

在宅でも介護申請をすれば介護の補助が出ますし、ケアマネージャーさんに相談すれば夜のあいだずっと付き添ってくれるサービスもありますよ。
奥様が介護をする気がないのなら、奥様になるべく負担がかからないようにサービスをフル活用して頑張るしかないかもしれません。

愚痴はどんどん書いていいんですよ。
書いたことでスッキリすることもあるし、誰かがきっと聞いてくれます。
私もこの掲示板で愚痴を思いっきり書いてずいぶん救われました。
看病している側も精神的にとても辛いですよね。
私も義父の最後の頃は、病状も心配で看病に通わなければいけないし、子供達の面倒もおろそかにできないし、精神的に一杯一杯でした。

最後まで、なるべく悔いのない尽くし方ができるといいですね。
応援していますから頑張ってください。

284 名前: とんぼ 投稿日:2006/04/06(木) 11:57
SEIJIさん、お辛い状況ですね。
私の主人も私が父の介護をすることは容認してくれましたが、やはり自分に直接
迷惑がかかるとなると、どうだったかな?と思います。
やはり血の繋がったものと同じ感情を要求するのは無理があるんじゃないかな?
もちろんここの皆さんのように血が繋がってなくても、家族以上に
思ってくれる方もいますが、少数派なんじゃないかと思います。
元気なときに良好な関係を築けていたかとか、人間の器のようなものが
こういうときに見えるのでしょうね。それにしても奥さんはあまりにも
薄情だと思ってしまいます。もし犬を連れてしばらく家を出るというなら、
出て行ってもらった方がいいんじゃないですか?介護で大変なときに
介護に否定的な人がいることは、余計精神的に大変だと思います。
あと、お父様は精神的に不安定ということですが、薬の影響とは
言い切れないです。これも癌の終末期の症状の一つとも言えますし、
入院生活のストレスからかも知れません。
私の父はそういう精神状態になってから3週間で逝ってしまいました。
うちは自宅受け入れの準備を進めている最中に容態が日増しに悪くなってしまい、
退院できなくなってしまいました。本当に一日でも家に帰してあげたかった‥
SEIJIさんは一日でも長くお父様の願いが
叶えられるといいですね。家に帰ると容態が改善される方が多いそうですよ。


285 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/06(木) 21:52
とんぼさん、なおさん、励ましのメッセージありがとうございました。
涙があふれて止まりません。
血縁の無い妻に、私と同じだけの思いを持って看病をしてほしいとは最初から思っていないんです。
もちろん私自身、義理の父・母が同じ状態になったら、どこまでしてあげられるかは悩んでしまいます。
きっと口先では調子のいい事を言っても、実際には関わりたくないと思ってしまうかも知れません。
実の父だからこそ、面倒を見てあげられる。そんなところかも知れません。

退院してくれば家族の負担も増え、事実穏やかな夫婦生活を営めるとは思っていません。
それらを犠牲にしてでも、父を連れ帰り、障子ごしに庭を見ながら、わずかなひと時を過ごしてほしいのです。
直接的な看病はしなくても妻にも色々な負担がかかる事は承知しています。ほんの数日、長くて半月、一緒に父の喜ぶ顔を見てあげてほしいのです。
痛みと、いつ死ぬかも知れないという不安で毎日毎日顔を歪めている父、そういえば私自身、何日も笑ったことがありませんでした。

しかし今日は父も私も一時笑顔になれました。
数日前から練習していたIVHのポートへ針を刺す作業、今日始めて成功しました。
昨日までは恐る恐るの作業で、父が「痛い!」と声を上げるとつい針を持つ手を離してしまい、何度も刺し直す状態でした。
今日は、心を鬼にし、エイッと押し込み、無事成功。
ガーゼでふたをし、点滴が流れ始めると、父は引きつっていた顔を緩めて一言「やっぱり痛い」。
それはそうですよね、素人のしかも父からするとまだまだ半人前の私が父の胸に針を刺す・・・。
やっぱり怖かったみたいです。

とんぼさん>
 状態的には私の父と同じような経緯をとっていたんですね。
 帰宅が叶えられなかったこと、本当に残念ですね。
 皆さんの力をお借りして、父の安心した顔を見たいと思います。
 本当にありがとうございました。

なおさん>
 アドバイス、励ましのお言葉、ありがとうございます。介護認定は申請が遅れ、まだ判定は下りていないのですが、
 幸い、仮のケアマネージャーの方もとても親切で、色々と相談に乗ってくれます。
 私には、なおさんやとんぼさん、それに一緒に苦労しているここのホームページに来ている皆さん、そんな大勢の皆さんに囲まれていると思うと、心強くなってきました。
 また、くじけた時には「活」を入れてください。ありがとうございました。


286 名前: 娘(15) 投稿日:2006/04/07(金) 00:30
こんばんは。見て下さった方はお返事くださると幸いです。私の父は(詳しい病名や余命?などはわかりませんが)癌なんです。半年以上も入院してましたが、近いうちに退院してきます。私の予想だと最期は自分の家で過ごしたいのかと思います。ケアというか父に対しては普通に同情とかそういうのではなくて優しく接して、たくさん笑わせて免疫力を高めてあげたいです。そこで皆さん?に質問があるんですが私は父の詳しい病名やあとどのくらいなのかとか色々と聞いた方がこの先良いのでしょうか?私自身まだ今年で高校一年生なので大人ではありません。だから気の利いた言葉をかけるのは難しいかもしれないです…。未だに父がそんな状態だとは信じられません。普通に一緒にいたのに…考えるのことも出来ません…。
どなたかアドバイスくださると嬉しいです

287 名前: 虎の尾 投稿日:2006/04/07(金) 12:39
はじめまして。娘さん。
お父さんのことご心配でしょうね。
わたしは昨夏に母を実家で(在宅ホスピス)で看取りました。
これからあなたが感じること、苦しむこと、よくわかりますよ。
私は十分におとな(おばさん)ですが、目の前の大切な母が
弱っていくのをみて、胸が張り裂けんばかりの悲しみでいっぱい
でしたから・・・
そんな中でも、元気な私たちは食べたり飲んだりテレビ観たり、
お風呂入ったり、洗濯して買い物行ってご飯作って・・・って
日常の暮らしをつづけなくてはいけないんですよ。
なにが辛いってそれが、日常を続けることが一番辛かった。
あなたはまだ高校生とのこと。最後だと思うのなら、お父さんをお世話
している人(例えばお母さんとか)のお手伝いでも何でもやってみたらどうでしょうか。
病人を家で看るのって本当に大変なこと。体を拭いてあげたり、体位交換とか、
なにかしらできることあるはずです。
家族がひとりの人のために一生懸命になることって大事ですよ。気の効いた言葉とか
って言えないし、言った本人のひとりよがりにもなりかねないから、
自分の気持ちを押し付けず病人の言うことに耳を傾けてあげる。
でも、病人のわがままにムカっとくることもあるでしょう。
だけど、それがありのままだし、家族なんではないかしら・・・
実際私も、弱くなった母とたくさんケンカしました。

お父さんの病名くらいは聞いておいた方がいいかもしれませんね。
これからどうなっていくのかをインターネットで調べることもできるし。
なんのアドバイスにもなってないかもしれないけれど
「頑張るのはお父さんではなく支える周りの家族」
といういことは、私の経験上言えることです。

288 名前: 娘(15) 投稿日:2006/04/07(金) 13:52
虎の尾さん、お返事ありがとうございます。励みになりました。先日TVでがんの実話ドラマを母と見ていると「あぁ、お母さんとこの人一緒だぁ。うんうん、わかる。」と口にしていました。ちょうど親戚の病院の先生から電話がきて20分以上話をした後に涙ぐんで私達(兄)に「手術しないことになったみたい。無理なんだって。」と言いました。その母の姿を見て驚きました。普段は強くて面白い母があんな気弱になるのは見ているだけで辛いです。もちろん父や母の方が辛いと思いますが。私に出来る事があればどんな事もやろうと思います。母も「点滴のやり方覚えてね」と私を頼りにしてくれるみたいなので頑張ろうと思います!!
退院してきたら家族で旅行に行きます。最後かもしれないので楽しんできたいです!

289 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/07(金) 22:59
こんにちは娘さん。
15歳で大黒柱のお父さんがご病気との事、大変ですね。
お兄さんと共に、お母さん・お父さんを支えてあげてください。
私の父も残りわずかな状態で、明日、退院してきます。
身体は弱ってきても、なかなか父の最期の時が近づいていることを受け止められず、
やり残してきた事がいっぱいあるように思います。
ですから、お父さんの病状くらいはしっかり聞いて、
何か役立つことを見つけてあげたら良いのではないでしょうか。
どんな些細なことでも良いと思います。
たとえば、栄養のある食べ物を探すとか、
痛みがあるなら少しでも和らげてあげられる方法を調べるとか・・・。
点滴の話が出たので、ひとつ提案です。コンパクトカメラくらいの大きさで
点滴の流れを制御してくれる「カフティーポンプ」というものが有ります。
点滴がうまく流れなかったり、点滴が終わると音声で案内をしてくれます。
取り扱いには看護士さんから数日の指導を必要としますが、とても便利だと思います。
コンセントからも使用できますし、乾電池2本でも動きます。
点滴バックと一緒に入るケースに入れれば、簡単に持ち運び可能です。旅行にも便利ですよ。
もし必要な状態ならば看護士さんに相談してみてください。
家族揃っての旅行、大切な思い出になると思います。
是非楽しんで来て下さい。

私も明日からは父の専属看護士役です。
お互いに頑張りましょう。

290 名前: 虎の尾 投稿日:2006/04/07(金) 23:22
娘(15)さん。
お母さんとお兄さんと三人いれば大丈夫。
私は、今でも「あぁしてあげたかった」「もっとやってあげたかった」
と思うことたくさんあるんです。私も最後の旅行に連れて行きたかったけど
体力的にもう無理でした。ただおうちに帰ったことで、お父さんにもきっと
よい兆候が見られるでしょう。なんてったって家族と一緒にいられること、
住み慣れた我が家で過ごせることほど末期の患者さんにとって幸せなことってないから。
点滴や清拭、最後は、おしものお世話もあることでしょう。しっかりね!!
痛みのコントロールさえ上手くいけば、ある程度の期間はきちんとコミュニケーション
とれますから・・・
お母さんを支えてあげてくださいね。多分わたしあなたのお母さんと同い年くらいかも!
ほんとに応援してます。
今の在宅ケアは、病院の先生も知らなくらい発達していると母の最後の主治医が
言ってました。訪問看護、緩和ケアの質も上がっているそうです。
実際、私の場合もかなり看護師さんに助けてもらいました。
でも、家族でできることってたっくさんあるんですよ。私も点滴の針を抜針したり
麻薬の張り薬(デュロテップ)を張ってあげたり、座薬(ボルタレン)入れたりとかしました。
がんばってね。
ご家族での旅行をぜひ楽しんできてくださいね。いっぱいいっぱい写真とって
ビデオ撮って。思い出を語り合うのもいいし。

ここのレスを読んでて不安そうなあなたの投稿が目に止まったので
思わず私の経験も交えてお話させていただきましたが、
他にもたくさんたいへんな思いや悲しみを抱えているかたが
いらっしゃるので、そういうレスもどうか参考になさってくださいね。
どうかお父さんと良い日々が送れますように。



291 名前: ポーラ 投稿日:2006/04/09(日) 10:09
こんなにたくさんの方々が、癌によって
残された時間の中で苦み悩んでいた、いらっしゃられている。
もっと早くこの掲示版をみつけたかったです。
 私も父が、限界の癌の痛みにより終末期に入り入院したのが1月30日でした。
家族は癌の知識が充分にないまま戦いに突入してしまい毎日が辛くせつないです。
昨日より今日・・・という早い日ごとのペースで衰弱していく父、
すべてやってあげたいことが後手後手にまわっていくのです。
食べたいものを用意したときにはもう経口摂取ができなくなり、
家に戻ってきたときのためにと和式トイレを洋式になおしたのに、
すぐに歩くことができなくなり、おむつになってしまいました。
歩けなくなったときのためにと車いすの準備をしたら、
使ったのは1度だけで、すぐに寝たきりになってしましました。
なおる看護ではなく、看取る看護に気がついたのはこんなときでした。
 残りの時間をよりよく生かせてあげたいという思いでこの2ヶ月
母・妹・孫たちと、何もできないもどかしさの中でも
気が付いたら父を囲んで父のことだけを考えて、
ひとつの温かい空気が生まれている気がします。
父は神様かもしれないとも思える今日です。
 神様に与えていただいた命を、あと数日でおかえししなくてはならない今
痰と戦っています。吸引を嫌がり、大きく肩で息をし、喘鳴をあげています。
小さなやっとの声で、家に帰りたい・・・と何度ももらします。
あと1日か2日か、何をしてあげられるのでしょうか。
 涙がとまりません。

292 名前: 娘(15) 投稿日:2006/04/09(日) 11:34
SEIJIさん、虎の尾さん、ありがとうございます。SEIJIさんが教えてくれた点滴のセット?はもしかすると父が昨日から始めた点滴のと同じかもしれないです。昨日の夜に母がやっているのを見ているとなんだかすごく大変そうでした。私がやると気が遠くなりそうです…でもこんな私にも出来る事を見つけました!!たくさん笑って父を楽しくさせる事。こんなことくらいしか出来ませんが父に対して感謝の気持ちを忘れずに少しでも父にとって良くなるよう生活していきたいと思います!
虎の尾さん、すごく心にしみる言葉をありがとうございます。そうですね、もっと辛く悲しい思いをしている方もいるのでそういう方のレスも参考にしてみたいと思います。そして父と母と兄と私の家族四人で楽しい日々をこれからも送っていきたいです。旅行は今月中に行くみたいなので思い切り楽しんで来ます!本当にありがとうございました。

293 名前: なつ 投稿日:2006/04/11(火) 09:18
はじめまして...
父が入院して10日になります。心筋梗塞の持病をもってるので
倒れた時はそれが原因と思っていました。
でも検査の結果は末期の食道癌でした。肝臓にも転位をしていて
大動脈もリンパも心臓を圧迫して危ない状況でした。
今は落ち着いてますがこれからの事を家族が決めてくださいと言われ
化学療法かなにもしない...選択してと言われました。
とても良い先生なので話はきちんとしてもらってますが、家族としては
なにが一番良いのかわからなくパニックになってるのです。
末期の癌に化学療法が本当に効くのか...苦しくなくだけならやらない方がいいのでは...
因に父は77才です。

294 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/11(火) 23:04
なつさん>
初めまして。お父さんがご病気との事、大変ですね。
うちの父も、10年ほど前に心筋梗塞を起こし、3年前に、食堂および胃癌のため胃とその周辺の摘出手術をしました。その後リンパ転移、肝臓への転移が認められ、抗がん剤治療を行いました。
結果、癌の進行はいくらか抑えられましたが、副作用で体力の低下が著しく、食べられなくなり、低栄養と、薬の影響から狭心症を発症。救急車で運ばれました。
体が持たなくては、治療は不可と言うことで、抗がん剤は打ち切り。
その後、昨年末から丸山ワクチンの投与を開始しました。こちらはまだはっきりとした効果が出ていませんが、効いてほしいと願いながらの投与です。
現在、その他の治療法も無く、当人の強い自宅療養希望により、24時間のIVH(中心静脈栄養)と、麻薬による鎮痛剤を使用し、毎日を過ごしています。
退院してまだ4日目ですが、病院にいた頃とは別人のように元気になってきました。病は進んでいると思いますが、精神面はかなり落ち着き、これが今できる最善の治療法と信じています。
父は72歳、残りわずかな状態と言われています。

なつさんも、主治医の先生とよく相談をして抗がん剤の使用・不使用を決めたほうがよいと思います。
一口に抗がん剤といっても、いくつも種類があるようです。
父は2種混合を2パターンしました。1パターン目は副作用はまったく無く、効果そのものも薄かったように思います。
2パターン目は上記のような結果になりました。
人によって効果が上がる人、副作用が強く出る人、色々あるようです。
私も素人なので、良い・悪いとはっきりは言えませんが、無理はしない程度に、いくつかの治療方法を探っていくことが必要に思います。
大したアドバイスもできないので、父の事例をつづってみました。何かお役に立てば良いのですが・・・。

ご家族の不安な気持ちは、お父さんを不安にさせてしまうと思います。
どうか、少し気を落ち着けて、これからの治療に望んでください。
お互いに頑張りましょう!!

295 名前: なつ 投稿日:2006/04/12(水) 14:41
SEIJIさん
お返事ありがとうございます。
先が見えない不安の中、親身になって考えていただき本当にありがとうございます。
SEIJIさんのお父様、今は落ち着いているとの事、良かったです。
心筋梗塞、癌、肝臓の転移...父の病状とあまりにも似ているので人事とは思えません。
今の落ち着いてる状況が長く続く事を祈っています。
父は抗癌剤の治療をやると言いました。
でも...父には癌告知はしましたが、何もしなければ後1~2ヶ月とは知りません。
治療をすれば元気になると信じてるのです。
今は食事もできて回復しているようにみえます。本人も家族も元気になるんだ...と
錯覚してしまうくらいです。しかし実際は...
抗癌剤の副作用の事も医師から嫌というほど聞きました。返って命を縮める事も...
やっても止めてもどちらを選択しても後悔は残ると思っています。
でも今は父が決めた事なので従おうと思います。
治療は来週からなので今週末外泊することにしました。
家に帰ったら何しようかなあ...と楽しそうに話をしています。
父に残された一日一日を大切に過ごさせてあげたいと思います。
私達も頑張ります!SEIJIさんも頑張ってくださいね!



296 名前: のの。 投稿日:2006/04/16(日) 23:34
ありがとうございました。>なおさん
緩和ケアの先生から転院のお話があった後書き込みしましたが、翌日(4日)に主治医から再度呼び出しがあり体調が良くないとの事で転院の話は無くなりました。
週単位の余命で、いつ何があってもおかしくない状態とのことでしたが、6日の明け方に父は他界しました。
電話があってすぐに駆け付けましたが最後に間に合いませんでした。
勝手にもう少し時間があると思ってしまっていたので、心の準備もできないまま逝ってしまいました。
今思えば、死直前の兆候はたくさんあったと思うのですが・・・悔いてなりません。

一度もナースコールを押さなかった父。
最後まで痛いとも苦しいとも言わなかった父。
ドクターストップがかかっても抗がん剤治療をやりたいと言った父。
ひやひやしましたがうちの父カッコイかったんです。
最後まで・・・私達に死を見せないで・・・逝ちゃって・・・。
なおさん、ありがとうございました。
なおさんのお陰でこの数ヶ月温かい気持ちを持てました。






297 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/04/17(月) 02:15
ののさん、お辛いなか書き込みをして下さってありがとうございます。
最後まで治療に意欲を持ち、苦しむ姿を見せなかったお父様は、ほんとうにご立派な方だと思います。
お嬢様からカッコイイと思われてお父様も本望かもしれませんね。

全ての人が最後の瞬間に立ち会えるとは限らないし、悔やむお気持ちも解りますが、ののさんがお父様を自宅で介護したいと考えていらした優しい思いはきっと伝わっていますよ。
葬儀や何やらで忙しかったでしょ?
天国のお父様に安心してもらえるように、これからは頑張って生きましょうね。
お父様のご冥福をお祈りします。

298 名前: UB40 投稿日:2006/05/03(水) 03:44
SEIJIさん

久しぶり掲示板を見ました。
私の父は、末期癌で昨年の11月に亡くなりました。73才でした。
私の父と年齢が似ているのでたぶん同世代かな。

私は、父と別居だったので自宅介護まで踏み切れませんでした。
だからSEIJIさんには、たいへんかもしれないけれど頑張って
もらいたいです。応援します。

私の場合、父が亡くなった後、あの時こうしてやればよかった
とか、もっと父といろいろ話しをしておけばよかったと
後悔することがあります。また休日に子供と遊んでいるとき
急に「おじいちゃんにまた会って遊びたいな」と言われると
なぜか自分が子供だった頃の父と遊んでいたシーンがよみがえって
きます。

うまくいえないけど・・・・安定した気持ちを保ち続けていくこと
が親孝行につながるのかなと思ったりします。

関係ないけど私も以前なおさんに励ましてもらいました。
なおさん 今後もみなさんを元気づけてくれるよう
お願いします。 







299 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/03(水) 10:56
UB40 さん、お久し振りです。
『去る者 日々に疎し』と言うけれど、まだまだ思い出してしまいますよね。。。

私は今度は義母の痴呆が進んで、毎日いろいろです。
時々『お父さん、どうしたらいいでしょう?』なんて天国にいる義父に話し掛けてしまいます。

お互い、順番通りに親を見送ったということで、胸を張って頑張って生きましょうね(^^)

300 名前: SEIJI 投稿日:2006/05/05(金) 18:37
UB40さん なつさん とんぼさん 娘さん
色々と御世話になりました。
UB40さんには、せっかくの励ましの言葉を貰っていたのに、メッセージに気づいたのは今日。
そして父は昨日の夕方旅立ちました。

やれる事は全てやる!そう意気込んで望んだ介護でしたが、
最後の3日間は痰がからみ、自力で出すこともできず、度々吸引機を使いました。
気も落ち着いていた父ですが、吸引機のチューブを喉に進めると、もがき苦しみました。
静かに旅立ってほしい・・・そう思っていましたが、苦しむ父の口にチューブを送り込む私が居ました。
動けず無抵抗な父を苦しめている自分が居ました。思い出すと涙が止まりません。。。
痰を取った後は、全身で大きく息をし、呼吸を整えようとしていたのですが、
その日はなかなか落ち着かず、やっと静かになったと思ったら、そのままでした。
いくら酸素を送り込んでも、血中酸素濃度が50%を切り、かったるい、疲れた、苦しい・・・。と
どうにもならないもどかしさで、頭をゆすぶり、弱々しくも腕を振り回し、息苦しいと訴え・・・。
でも何もしてあげられず・・・。
望んでいた「落ち着いた最後」とはかけ離れた世界でした。
私は介護をしていたのでしょうか、最後の最後まで苦しみを与えてしまったのでしょうか、分からなくなります・・・。

ようやく息が落ち着き、自分で少しずつ口の中の痰を舌でかき集め、母がそれを拭い取り・・・
父は旅立ちました。

苦しんだハズなのに、今までに見たことも無い落ち着いた顔で、下の部屋に眠っています。
もう人が苦しむ姿は見たくありません。

ゴールデンウィーク明けには注文しておいた父の点滴と、痛み止めのデュロテップが薬局から届きます。


301 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/07(日) 13:38
SEIJIさん、お疲れ様でした。
あんなに家に帰りたがっていらしたお父様を連れて帰って親身に介護なさったのですもの、これ以上の親孝行はないと思いますよ。
連れて帰らなかったらもっと後悔していたかもしれない・・・。

うちの義父は自宅介護の最中に浮腫みが酷くなり入院して、結局は病院で最後を迎えてしまいましたが、やはり痰を取る時が一番可哀想でした。
意識がなくなっても看護士さんの痰の吸引を嫌がり、手でチューブを抜こうとするので私が義父の手を押さえました。
可哀想だったけれど、痰が詰まったままにしておいたらそれっきりな訳ですから、しないわけにはいかなかったし・・・。
義父の場合は、あまり苦しそうなので義母が医師にお願いして催眠導入剤を使用してもらい静かに逝きましたが、義父の『家で最後を迎えたい!』という願いは結局叶いませんでした。。
人の終わり方は、それぞれですね。

SEIJIさんが書かれていらした通り、お父様はご自宅に帰られて喜んでいらしたじゃないですか。
それでよかったと思いましょう。
お父様もきっと感謝されていると思いますよ。

これからは、お父様に恥じない生き方をすることで天国のお父様を安心させてあげて下さい。
お父様のご冥福をお祈りします。

302 名前: とんぼ 投稿日:2006/05/07(日) 14:09
SEIJIさん、本当にお疲れ様でした。お父様安心できる家で大好きな家族に囲まれて、
本当に幸せな最後だったと思います。
私の父も最後の数十日は自分で痰が出せずに、吸引機で吸われていました。
経験豊かな先生や看護師さんがやっても、やはりかなり苦しそうにしてましたよ。
それでも「痰吸いましょうか?」と聞かれると「うん」と答えてました。
きっと、家族がやってくれることは、苦しくても本望だったと思います。
そして、看護婦さんが言うには、最後の「自宅介護」に踏み切れる家族は、いろんな事情で
まだまだ少ないそうです。自宅に迎えてあげれたことは、本当に最高の親孝行だったと思います。
私も「帰りたい」と言っていた父を、一日でも家に帰してあげたかったです。
私も49日を迎えて、だいぶ気持ちは落ち着きましたが、
未だに自分の選択で「あーすればよかった」という後悔がたくさんあります。
でも先の見えない状況で100%のことなんて出来たわけない。でも、そのときそのとき
考えて考えて悩みぬいて父の最善の方法を模索したことは確かです。
私の父は、最後自分の生き様からいろんなことを教えてくれました。
やっぱり、親って偉大ですね。私も残された母を父の分まで大切にして、
子供を一人前にし、子供と主人の為にも、健康に長生きするぞ!
それを父も一番望んでるはずだから。。。
お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。


303 名前: TAMI 投稿日:2006/08/11(金) 13:37
こんにちは。
母が末期癌で毎日病院に通っています。しかし、心が憂鬱でのこされた時間を母のために使いたいと言うことで介護休暇まで取ったのに、私自身がおかしい状況になっています。息苦しい、何をして良いのかわからない、今まで出来ていたことがなかなできない。焦る。一人にしないでほしい。誰か私のかわりをしてほしい。母のことより、自分のこの症状を母に感づかれないようにと思いながらも閉塞感があります。ご家族のために誠心誠意尽くされているかたがたばかりで、私のような感じになった方はいらっしゃるのでしょうか?もしいらっしゃるとすればどのようにすればこの状況から脱して、今やるべきことが出来る精神状態になれるのでしょうか?

304 名前: つーとん 投稿日:2006/08/11(金) 14:35
TAMIさんこんにちは、お母さまのため一日一日をくいなくすごしてください。私の母も末期癌でなくなりました。鬱病になり今私は治療をうけてます。一日一日くいなくすごしてください。

305 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/08/12(土) 19:24
》TAMIさん 先日8月7日に大腸癌で母を亡くしました。まだ52歳と若くやりきれない気持ちでいっぱいです。私も同じ症状がありますよ。心療内科に行き、メイラックス、デパスを処方してもらってだいぶ楽になりました。医師いわく、家族がこういう状況になると、ほとんどの方がなるそうです。もう病院はお盆休みに入っているかと思いますので、お盆が明けるまで我慢されるより救急で総合病院に行きお薬を頂いた方がいいと思います。

306 名前: つーとん 投稿日:2006/08/13(日) 00:38
名なしサン、私の母も3月でなくなりました。74才でした。52才でなくなられたので大変だったとおもいます私も心遼内科に通ってます。

307 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/08/18(金) 15:01
TAMIさんこんにちは。 私の母もすい臓がん末期患者です。現在抗がん剤の治療はしてるものの気休め?程度なもので
痛み止めでなんとか毎日過ごしています。
私は3人兄弟の末っ子です。去年結婚して家をでたものの現在母の看病をしてるのは私です。
長男夫婦は実家の隣に住んでるのですが夫婦共働きで子供も2人いるため
忙しくなかなか看病できず。 姉も県外にお嫁にいってしまってるので
看病できず、私も県外なのですが隣の県で2時間ほどで実家には帰れます。
最初はがんばるぞ!と思ってやっていたのですが、母が病気になって8ヶ月
最近とても疲れます。主人も母に付きっ切りの私にイライラ、ストレスを感じているようです
子供もそろそろ欲しいね~なんて思っていた時に母の発病、
なぜ私が・・・私ばっかり・・・と最近思うようになってしまって
いけないと思いながらもとても辛いです。TAMIさんのお話とは
また全然違うのですがTAMIさんが辛い思いをされてるのが
とてもよくわかってついつい書き込んでしまいました。
結局私の愚痴みたいになってしまいましたね、ごめんなさい。
辛い思いをしてるのは私だけではないのですね。皆さんがんばりましょうね。
長文失礼しました。

308 名前: のっぱら 投稿日:2006/08/21(月) 05:08
こんにちは。私の主人も末期がんですが入院を嫌がり現在自宅にいます。
昨年5月に大腸に転移が見つかり2回目の手術をしたときには腹膜転移していました。
それから8ヶ月、抗がん剤治療をしていましたが、今年の春に貧血が進み抗がん剤治療をストップしています。
昨年腹膜転移が分かった時点であと1年ということだったらしいです。
その時は余命については本人・家族とも告知されず、そういう状態だったということを今年の5月に知らされました。
まだ50才前なので癌細胞も活発なのでしょうか、先月また転移が見つかったりと急速に容態が悪化しているようです。
オキシコンチンの影響からか、ほぼ一日中うつらうつらしています。
癌が静脈を圧迫しているので下半身の浮腫がひどく足の表面から水分が浸みだしてきています。
主人が以前、余命宣告は絶対して欲しくないといっていたために、本人告知はしていません。
歩くのもだいぶつらくなってきているのと、ここ数日は食事がほとんど取れず、ただでさえ落ちていた体重が、
さらに落ちてしまいました。
下の子どもはまだ4才で、すごいお父さん子だったのが最近はほとんど会話もできず甘えられないので
おしゃぶりなど「赤ちゃん返り」をしだしました。
病気だから仕方ない、とわかってはいてもやはり1日中一緒にいるときは、こちらも滅入ってしまうことがあります。
こんなに急に悪化すると思っていなかったので、私はまだ仕事(パートですが)を辞められないでいるのですが、
早く辞めて残りの日々を家族で過ごしたいと思っています。


309 名前: TAMI 投稿日:2006/08/21(月) 14:28
お返事有り難うございます。皆さんも一緒なんですね。勇気を持って病院へ行って来ます。最近はこの一日をどうして使おうかという変な精神状態です。ドキドキします。何に?わかりません。何とかしなくてはでもありのままの私で良いのだとまた言い聞かせたり。自分で穴の中に入っているのかもしれません。私に最後まで母を看取る勇気をお与えください。

310 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/08/22(火) 22:46
307さんと今、同じ心境の私です。
兄弟はいるのですが、末っ子の私だけが今母を看ています。
発病から8年、今年4回目の再発で入院した母ですが 医師からも
あと、1ヶ月とか数週間単位で考えてくださいと宣告され
私に出来る限りの事をしようと その日から泊り込みで付き添いを
していましたが、家族の付き添いで安心したのか 母の症状は安定し
一定を保つようになりました。それは、とても嬉しいのですが
 子どもを預け、一日に家と病院を何回も往復し 昼夜逆転の母に夜中
何回も起こされ 今は本当に疲れ果て 大好きな母に対してイライラさえ出てきてしまい
自分の心に苦しんでいます。みんな仕事を理由にしているようで、
・・・どうして私だけがと同じ思いの方を見つけて 少し安心しました。

311 名前: 307です 投稿日:2006/08/23(水) 00:05
310さんこんばんわ。307で書き込みした者です。
4回目の再発ですか・・・。とてもお辛いでしょう。様態が安定したとの事でよかったです。
大好きな母に対して。。。良く分かります。本当に私も同じ気持ちで
自分の気持ちにとても悩みました。 母に対してだけじゃなく
大好きな父兄弟すべてにイライラしてしまいます。
誰にもこの気持ちを言えず悩んでいましたがこちらで私と
同じような方がいらっしゃるのだと私も少し安心しました。
また書き込みさせていただきます。

312 名前: のっぱら 投稿日:2006/08/23(水) 02:53
TAMIさん、307さん、310さん、こんばんは。
皆さん厳しい状況でがんばってらっしゃるんですね。
私は自分がいつも現実から逃げているように感じていましたが、
皆さんの闘っている様子を読ませていただいて、まだ自分は何もしてないじゃないかと痛感しました。
最近は仕事に出ている数時間が息をつける一時になっていて、家に帰るのが義務のように感じていました。
全てを投げ出してしまいたい、と思ったこともあります。
でも、辛いのは私1人じゃないんですよね。
情けないですが、そんなことも忘れていた気がします。

313 名前: つーとん 投稿日:2006/08/23(水) 06:09
のっぱらさん、自分はにげてるなんて思わないでください。末期の旦那さまを在宅でみるだけどれだけ大変かと思います。私の母も末期癌で在宅でした。最後は病院だったんですが・

314 名前: のっぱら 投稿日:2006/08/27(日) 10:03
つーとんさん、ありがとうございます。
一昨日、主治医の先生のお話で、おそらくあと1ヶ月でしょうと言われました。
明日から訪問看護の方に来ていただくことになりました。
急速に主人の命が縮まっているのに、覚悟ができきれていないうちに、
何もできないまますべてが終わってしまいそうで、それが一番怖いです。
でも主人が病院ではなくて自宅にいたいと思ってくれるだけでも、
心の支えにしてくれてるのかなと思います。

315 名前: 310です。 投稿日:2006/08/29(火) 00:06
先週の金曜から 急に母の様態が悪化してきました。採血の結果も
血液中にもリンパ腫が見られ、脳への侵食もしているようです。
耳鳴りがすると、ずっと言っていたのですが今はほとんど聞こえなくなって
なってしまいました。血小板の減少で一夜にして手足に青あざのような
内出血。口の中には口内炎。喉が痛くて水を飲むのも一苦労。
数日でこんなに変わり果てた姿になってしまうなんて・・・
私の疲れて愚痴っていた心が伝わったからだと 時々正気に戻る
母に「ごめんね、ごめんね」と何回も謝っています。
金曜日に、母がもう治療はいいから楽になりたいと暖和ケア行き
を言い出し、車椅子に乗って病棟を見学してきました。
家族と話し合い、母の希望を優先しようということになったので
今は、空きが出て移れるのを待っている状態です。
先日、書き込んだときはこの状態があたかもずっと続くような
錯覚をして 私はいったいいつまで・・という気持ちだったのですが
本当に錯覚でした。今は、最後まで私の出来ることを精一杯してあげたいと
思っています。皆さんも一緒にがんばりましょう。


316 名前: はこ 投稿日:2006/08/29(火) 09:55
310さん、初めまして。
父が肝臓癌で余命半年と言われてから5ヶ月が過ぎました。
いつ急変するかわからない状態です。
310さんの気持ちよくわかります。
小康状態でいてくれるとずっとこのままでいてくれるようで油断してしまうことも
あるし、310さんのお母様のような状態でいると絶望的な気持ちになるし、なぜ自分
だけが?と思ってしまうこともあるでしょう。
それは誰にも責められないと思います。病気は本人だけでなくまわりを全部巻き込んで
苦しめます。
どうかご自分を責めないで下さい。そしてお母様の看護に専念して下さいね。
悔いを残さないよう、私たちが出来ることを心をこめてしてあげましょう!
みなさん、それぞれ辛い状況ですが最後まで頑張りましょうね!


317 名前: TAMI 投稿日:2006/08/29(火) 11:36
皆さんの大変な状況を我が事のように思ってしまいます。
母は現在、私の神経症的、抑鬱状態の悩みを聞いてくれているので、元気です。でも皆さんが泊まり込みや出来るだけのことをしてあげるというような看護、介護をしておられる姿の中で、末期癌で苦しいはずの母より自分がどうして一日を乗り切ったらいいのかという自己中心的な苦しみで、母を悩ませている私が本格的に精神科に入院しなければならないのかとも思っています。余命が限られた母のことを思えずにいる精神状態はやはり異常ですね。病院に行くとつらくて悲しくてこれからどんな具合になるかわからない母を見ていくのが…。自分はしっかりしていると思っていたのです。
何をするにもどうしたらいいかわからなくて(自分のことも含めて)アドバイスを受けたことも聞き入れていないと主人にも怒られている始末です。いっそのこと仕事に復帰しようかとも思いますが、それも考えられない状態です。こんなにたくさんの方達の中で自分だけがどうしてこんなおかしいのかと思うと、またつくづくイヤになります。午後からの2~3時間だけ母のそばにいますが、終いには私のこの堂々巡りに「もうそろそろ帰りなさい」と追い返されるようなことです。母は夜寝られなかったり、咳が出るときに心に移りゆくいろいろなことを無の境地になって乗り切っているそうです。


318 名前: つーとん 投稿日:2006/09/03(日) 02:56
のっぱらさん、旦那さまが一ヵ月と言われあれもこれもしてあげたいと言う気持ちがあると思いますが、一ヵ月を旦那さまと二人の一日を過ごしてください。しんどければ、また何か書いてくださいね。がんばってください。

319 名前: 310です。 投稿日:2006/09/04(月) 14:01
8/29に書き込んだのですが。その時は、今までのことを悔いて明日から精一杯母の為に
尽くそうと 心を入れ替えたところでした。しかし、母は私にその時間を与えてくれず・・
次の日の朝 他界しました。病院へは間に合ったのですが 酸素マスクにうなり声。意識
があるのかないのかわからない状態で2時間ほどで 本当にあっという間に逝ってしまいました。
母の傍らには、「延命望まず さめたから」と言う言葉と 私の名前と電話番号が沢山書いてありました。
ちょうど1週間前に冷たい態度を取った私へのあきらめの言葉に思えて、苦しくて苦しくてやりきれない思いです。
私の為に身を粉にして働きぬいた母に 私はほんの数ヶ月の面倒も見られなかったのかと思うと、なかなか
実生活には戻れずこのままスッと母のそばにいきたい気持ちです。今更どうすることもできないのに、あの時もっと
こうしてたらなどとと振り返っては悔やんでいる日々です。主人や子どもたちが心配しているのは分かっているのですが。



320 名前: かりな 投稿日:2006/09/04(月) 19:49
319さんへ
読んでいて涙がとまりませんでした。私も先月父を亡くしました。私も死んでしまいたい。でも、自殺したら天国の父には会えない。だから生きてますが抜け殻みたいです。でもこの辛さは、何かが出来なかった後悔ではなく、亡くなった人をそれだけ愛していたからだと思います。家族に心配かけるのも辛いかもしれませんが、今は仕方ないです。どうしても耐えられなかったら心療内科(精神では無く心を診てくれる)を探してかかろうと思っています。

321 名前: 307です 投稿日:2006/09/04(月) 21:25
310さん、こんばんわ。このたびはなんて言ったらいいか・・・
ご愁傷さまです。同じ気持ちの方がいらっしゃると私も頑張ろうと
思う気持ちにさせていただいた310さん、私の母は31日に入院しました。
食事がとれず体力を落とすばかりなので、入院して栄養の点滴をしましょうと
外来に行ってそのまま入院となりました。
緩和ケアへ移る事を進められました。とにかく私も母の為に頑張ろう
母のそばに居たい、話がしたい。と思い毎日病院に通っていますが
薬の副作用で常に眠たいらしく話しをしたくても話が出来ない状態です。
もっともっと体調のいい時に色々してあげればよかった・・・
307さんと一緒で体調が安定してる時はこの状態がずっと続くものだと
思ってしまって・・・でも私の母はまだ生きています!!きっと
後悔のしないことなんてないのでしょうが精一杯の事をしてあげようと
思います。307さんに気づかせてもらったような気がします。ありがとう
文章が下手でうまく伝えられて無いような。。。ごめんなさい
でも307さんのお母さんはきっと307さんに感謝してると思いますよ!
307さんのお名前と電話番号が書いてあったとありますね。
きっと感謝の気持ちを伝えたかったのだと私は思いますよ。

322 名前: 307です 投稿日:2006/09/04(月) 21:26
ごめんなさい。途中から307さんになってますが
310さんの間違えです。 すみません

323 名前: masuo 投稿日:2006/09/07(木) 06:29
肺癌の母の看病をしています。抗がん剤の副作用のせいなのか、
舌や口の中がただれて、2日前からとうとう飲み物でさえ、
痛みで口に入れることができなくなりました。
抗がん剤に耐える力がないという理由で、今後は抗がん剤
の投与はされないと主治医から説明されましたが、本人は
口から物を入れないと家に帰れないとこれまで必死に食べて
きました(少量ですが、、、)。それが理由なのか、医師の
予想より良い状態でこれまで1週間以上維持していましたが、
昨日より咳がひどくなり辛そうな表情にかわってしまいました。

何か口に入れても痛みを感じないものってないのでしょうか?

何かの原因で喉を物が通らないそうで、ジャガイモをミキサーで
ジュースにしたり、ストローを使える液体状の食べ物ならこれまで
は食べていたのですが、、、


324 名前: シン 投稿日:2006/09/07(木) 20:00
初めまして。癌なんて人ごとでしたが、夫の母が末期癌といわれ入院していましたが、今週退院するので在宅看護になります。まだ何も用意していないのでベッドや他に何が必要なのか教えていただきたいのですが。

325 名前: たけ 投稿日:2006/09/07(木) 23:26
はじめまして。うちも本格的に在宅介護に入った「たけ」と申します。

しんさん
なんのガンかはわかりませんし、お母様の様子がわからないので、
とりあえずうちの場合をお伝えします。

まず介護保険は認定されてますか?
認定されていればこれから必要になるものでだいたいのものが
ケアマネージャー経由で手に入れられます。
またヘルパーさん、訪問看護さんも頼めるので取るべきです。

うちはベッド、車椅子、シャワーの椅子、ジョクソウようのベッドマット
トイレやお風呂の手すりの工事などなど介護保険を使わせてもらっています。

またうちは呼吸器系に問題があるので、
吸入器、痰の吸引機、高密度酸素と用意しているので
ちょっとやそっとなにかあっても家で過ごせます。
もちろん家に来てくれる信頼できる往診の先生が
いてのことですが。
こちらは介護保険ではなく医療品になるので往診の先生や
また介護のケアマネージャーでもレンタル先を教えてくれます。

病院と違い一緒に生活するとなると、いろいろ大変だと思いますが
お互いゆっくりマイペースにがんばりましょう!

326 名前: つーとん 投稿日:2006/09/07(木) 23:58
シンサン、まずは区役所および市役所にいきまして、介護福祉かに介護認定の申し込みをしてください。こんでて順番待ちが大変らしいですが、末期癌の場合余命とかを言えば早くしてくれるかもしれません。

327 名前: 310です。 投稿日:2006/09/08(金) 00:49
かりなさん、307さん ありがとうございます。
大好きだった人を失うつらさからなのでしょうか。
307さんをはじめ みなさんにも後悔のないように 誠意いっぱいの事をし 伝えたいことを生きているうちに
言葉にして言ってあげて欲しいと思います。それと、母も談話ケアを申し込んでいました。
承諾が降りる前に力尽きてしまったのですが、行かせてあげたかったです。・・・病室の白い壁と天井だけの世界から抜けたがっていたので。
昨日、お線香をあげに行った帰り 土砂降りの雨の中、1人 車を運転しながら
「お母さん!お母さん!」「会いたいよ お母さあぁぁぁぁぁぁん」と本当に大声で叫び 嗚咽をあげながら泣きじゃくったら
少し 胸のつかえがつれたみたいでした。そして、母は 旅行に行っていて また会えるんだと思うようにしたら心が少し軽くなったので
そういうことにし、亡くなったことは考えないことにしました。今の願いは、307さんをはじめ みなさんが私のような悔いの残し方を
しないですむよう伝わってもらえたらと思います。


328 名前: 310です。 投稿日:2006/09/08(金) 01:04
masuoさんへ。
うちの母は、看護婦さんのお勧めで 病院の売店で売っている「オーラル」というチューブに入っている
保湿剤を使用していたおかげで口の中や唇の荒れはかなり激減していました。
吐いてしまっているときは何も受け付けず、水やポカリを丸い形に凍らせた氷をなめていました。
あまりお役に立てないですね・・・。がんばってください



329 名前: masuo 投稿日:2006/09/08(金) 09:38
310さんアドバイスありがとうございます。
保湿剤探してみます。
丸い氷も早速試してみようと思います。


330 名前: しん 投稿日:2006/09/08(金) 11:32
タケさん、つーとんさんご親切に有り難うございました。介護保険のことも手続きしないといけないんですね。何もわからなくて本当にたすかりました。かかる費用も違ってくるんですね。ただ本人に告知していないのでなんて言われるか・・

331 名前: つーとん 投稿日:2006/09/08(金) 19:48
しんさん、告知してないことは審査を申請するときに言えば大丈夫ですよ。在宅医療も当たりはずれがあります。癌に無知な医者もいますからきをつけてください。

332 名前: たけ 投稿日:2006/09/08(金) 23:57
つーとんさん、介護保険の申請の仕方付けたしありがとうございます。
うちは市の対応は早かったのですが、担当医の意見書が2ヶ月
くらいかかり認定が遅くなりました。

しんさん
結構お医者さんは、介護保険で実際なにが使えるのかとか
知らない人もいるので、レンタルベッドが借りたいなど
一言助言しておくといいですよ。
ちなみに介護度によっては、ベッドがレンタルできない
場合もあるのですが、担当医の意見書にベッド必要と
一筆あれば検討してもらえるそうです。

そうです、うちもガンに無知な医者に往診してもらい「心不全」ではないのに
「心不全」の薬を出されてひどいめにあいました。
がん患者の扱ってる数を調べて多いところの方がいいですよ。
痛みに関しては、特に。

まずは、今通ってる病院の医療相談みたいなところに
行って情報を収集して人を上手に使っていろいろな
情報を得ましょう。なにかあればいつでもどうぞ!




333 名前: しん 投稿日:2006/09/09(土) 02:11
重ね重ね有り難うございます。在宅看護となると近くの医院の世話になるのでしょうが、そこが診断を誤り手遅れになってしまったのでもう世話にはなりたくないのです。入院していた病院に念のために検査ぐらいをと紹介されたときにはすでに胃からリンパに転移していました。
実際この一年は貧血の薬と腰痛の治療が主でした。今の病院に入院して一か月で10キロも痩せてよろよろになりました。私がもっと早く気がついていれば、と悔やまれ可哀相でなりません。


334 名前: つーとん 投稿日:2006/09/09(土) 10:09
しんさん、お気持ちわかります。私の母もおなじでした。発見が遅れ見つかったときには手遅れでした。私が早くわかっていればと自分を責めました。

335 名前: たけ 投稿日:2006/09/09(土) 21:52
しんさん、大変でしたね。
病院を退院されて、通院で治療を続けられるのですか?
それとも治療ではなく、緩和的な在宅看護になるのですか?



336 名前: しん 投稿日:2006/09/10(日) 02:21
いろいろ有り難うございます。介護保険のことも話しました。早速手続きします。退院はしたけれど楽観的な状態ではありません。40キロ足らずの荷物なら担げるけど、ふにゃふにゃの力が抜けた人間をささえるのは大変です。強く抱くと骨が折れるので怖いです。それでも自力でトイレに行こうというプライドには驚かされます。今後は一応外来にいくことになっていますが、そのまま入院になるような気がします。この退院はまるでドラマの中の話みたいです。一日でも長く家にいてもらいたいです。

337 名前: つーとん 投稿日:2006/09/10(日) 02:35
しんさん、これから大変だと思います。在宅医療で大事なのは家族の大変さをわかってくれる医療だと思います。私が頼んだ医療は最悪でした。在宅ホスピスもあります

338 名前: たけ 投稿日:2006/09/10(日) 13:57
しんさん
家にいて欲しいと思うのであれば、家に来てくれるお医者さんへ
切り替えてはいかがですか?
病院でやることが、貧血の薬と腰痛の治療であれば家に来てくれる
先生で対応してくれると思います。
こうやってしんさんが疑問に思っていることをそのまま聞いてくれて
ホッと安心できるような会話をしてくれる往診の先生きっといますよ。

少しでもしんさん、お母様にとって今よりいい方法が近くにあるような気がします。
病院の医療相談の方や介護保険が認定されて実際中心に
動くソーシャルワーカーさんにヘルプを出してみると
いいと思います。
病院に今と同じく通う方法もひとつ、担当医を今の病院の先生から
往診の先生に切り替えてみるのをひとつ。
いろいろな方法があります。
お母様がお家にいることを望んで周りで支える家族もそう望んでいるなら
ぜひぜひ早めに相談してみてください。






339 名前: しん 投稿日:2006/09/10(日) 18:23
タケさん、つーとんさん有り難うございます。退院直前、母は病院では点滴もしていませんでした。200カロリーの飲み物を呑むよう言われていましたがほとんど口にしませんでした。家に帰っても口からとる水分も一日コップ一杯程度なので脱水が心配です。特に家の近くの先生に点滴にきてもらうような指示もありません。治療することがないし、本人が帰宅を望んでいるから帰りなさいという事なのかもしれません。


340 名前: つーとん 投稿日:2006/09/10(日) 21:24
しんさん、痛みとかは大丈夫ですか?私の母の場合、腰の痛みが強く痛みがなかなかとれず病院に入院し、最後になってしまったんですが。痛みがとれないときどうするか考えたほうがよいのでは?余計なお世話かもしれませんが

341 名前: しん 投稿日:2006/09/10(日) 23:23
つーとんさん、痛みはこれまでも何度かありました。その度に強い痛み止めをつかっていました。ここ10日は激痛もないようです。外泊したときに痛みに襲われ病院に戻った事もありました。


342 名前: つーとん 投稿日:2006/09/11(月) 10:22
しんさん、いろいろ大変だと思います。何かあれば掲示板に書いてください。応援しますからがんばってください。

343 名前: たけ 投稿日:2006/09/11(月) 11:03
しんさん

往診の先生でも腰の痛みはとってもらえます。
今頼るところはありますか?
ぜひぜひ往診の先生を見つけてください。

お母様もためにもしんさんのためにも、今日にでも
病院の相談窓口に行った方がいいかもしれません。

うちも治療が終わり中途半端な状態でしたが
今は24時間体制で相談・対応してくださる先生看護師さん
に恵まれました。

呼吸苦と右手の痛みに苦しみ、顔を歪ませ気味だった母も
先生の診察で少しづつコントロールでき冗談が言えるまでに
なりました。
またその母を見て心の底からよかったねーと皆さんうれしそうに
言って下さいます。こんなステキな方たちもいらっしゃいます。
病院の不信感に潰されないで少しだけ一歩踏み出してみてください。

ちなみにうちは千葉県です。
しんさんも千葉県だったらその先生方の情報をお伝えすることが
できるのですが・・・

こないだからおせっかいですみません。
なんとか今の状態から脱出してもらいたかったので・・・



344 名前: つーとん 投稿日:2006/09/11(月) 13:43
たけさん、質問なんですが私の母が在宅医療になって紹介されたのが泌尿器しかないとこで最悪でした。たけさんのところはどんな先生ですか?

345 名前: しん 投稿日:2006/09/11(月) 16:09
いろいろ有り難うございます。これまでよかれとおもって皆さんに教えてもらった事を義父や義姉に話すと余計な事はいいといわれました。母もリハビリをかねて動いているのに私が無理をしないよういうと、寝たきりになるからと、あしはつけなくてもだきかかえられ、ひきずられるようにしてトイレにいきます。トホホです・・

346 名前: たけ 投稿日:2006/09/11(月) 22:20
つーとんさん

うちに来ている診療所は往診専門の所で
みなさんガンや脳腫瘍など自宅で治療を望んでいる人のための
診療所です。
ちょっとでもいやなものはやらないように(痰の吸入など)
副作用の強くない方法を常に考えてくれます。
がん患者さんの受け入れも多いところです。

うちもひとつめ相性が会わず、大変な目にあいました。
ちなみに脳神経外科・神経内科でした。
何科が専門かというよりも、担当医の人間性とガン患者さんの
受け入れの多さが重要なところかなと思っています。
↑生意気で失礼しました。

だから、一つ目がだめでもほかにいい先生がきっといます。
最初母親父親(年寄り)に反対されましたが、転院という
行動に出て本当によかったと思います。
やっぱり年寄りだとセカンドオピニオンという言葉を嫌う!?
ようにひとりの先生以外に見てもらうのは失礼、というか
年齢関係なしに治療が終わり転院するように言われ
紹介された病院を失ったらほかにはもうないんだ・・・という
気持ちになるようです。
私は治療での方針に我慢はできても、緩和で我慢することは
絶対ないと言い聞かせ強引にことを進め、今に至ります。
だからしつこいのですが、しんさんには勇気を出して
一歩踏み出してもらいたいのです。
お母様一生懸命がんばられているのだから・・・。
義理ということでやりにくいことも多々あると思いますが
だんなさんに協力してもらってがんばってみてください。
応援しています。





347 名前: つーとん 投稿日:2006/09/12(火) 01:28
たけさん、いいお医者さまいいスタッフがいるところでよかったですね私のところは夜中に痛みがひどくて電話しても駆け付けるわけでもなく最悪でした。たけさん、応援してますからがんばってください。私の母は胃癌だったんですが、たけさんはどんな癌なんですか?すいません聞いちゃいけないですか

348 名前: たけ 投稿日:2006/09/12(火) 16:09
つーとんさん

いえいえ、何でも聞いてください。
私の母になるのですが、乳がんの再発で現在、腰骨転移、胸水があるのと
肝臓に転移、腎臓は転移かどうかわかりませんが血液検査上
数値が上がってきている状態です。

困ったときの対応がものをいいますよね。
取ってはいけない病院も在宅医療の資格を持っていたりして・・・
私はちなみにひとつめの病院はGセンターから紹介されて行った
病院でした。今後同じような人を増やさないで欲しいので
きちんとソーシャルワーカーには言っておきましたが。
大きな病院でも在宅医療の資格をもっていれば紹介してしまうようなので
自分でしっかりと見て判断しなくちゃですね。


349 名前: つーとん 投稿日:2006/09/13(水) 10:00
たけさん、ありがとうございます。在宅で大事なのは困ったときにきてくれるかどうかですよね。私のところは夜中に電話しても全然きてくれませんでした。お母さまは食事はどうされてるんですか?

350 名前: たけ 投稿日:2006/09/13(水) 14:59
つーとんさん

食事は少量ですが、食べています。(主におかゆ)
食べたいときに食べたいだけ取るように心がけています。

メインよりもおやつの方が食べています(爆
今はまっているのが、桃とカマンベールチーズです。
食欲がなくても、野菜をスープにしてあげると飲みます。
(かぼちゃや、トマトやなんでも・・・)

351 名前: つーとん 投稿日:2006/09/14(木) 06:17
たけさん、ありがとうございます。おやつも食べられるのはいいですよね、うちの母もケーキにはまってました。食事療法とかは在宅で指導してくれるんですか?

352 名前: たけ 投稿日:2006/09/14(木) 12:41
つーとんさん
んーどうでしょう。食べれるものを食べたいときに食べれるだけって
感じだと思います。逆に物を指定して詳しく聞きたければ
教えてくれると思いますが・・・。
ケーキですか。うちは砂糖系の甘さは平気なときとだめなときと
まちまちですね。

353 名前: つーとん 投稿日:2006/09/14(木) 16:00
たけさん、ありがとうございます。うちは三月でなくなりました。一月に胃癌の末期て宣告され3ヵ月間の闘病だったんですが・たけさん、がんばってください。応援してます

354 名前: たけ 投稿日:2006/09/14(木) 21:02
つーとんさん

そうでしたか・・・
もう少し早くお会いしていればなにかお役に立てたかも
しれませんでしたね。
治療も緩和も患者本人と家族が安心して信頼できる
病院がこれから増えることを願いましょう。

355 名前: つーとん 投稿日:2006/09/15(金) 06:59
たけさん、ありがとうございます。

356 名前: つーとん 投稿日:2006/09/15(金) 09:38
たけさん、母の場合延命治療はしないと先生から言われました。厚生省の方針といわれ断られました。頭にきました。癌専門の先生病院がふえ家族患者の意見を聞いてくれるところが増えることをいのります

357 名前: しん 投稿日:2006/09/18(月) 01:59
つーとんさん、タケさん、今日母が再入院しました。胃癌から全身に転移して、うちで残りわづかな楽しい日々を僅か一週間で終えました。ここ3日間嘔吐がとまらず、緑の胃液がでていました。いつもうつらうつらとしています。本人が病院に戻る事を望みさっきつれていきました。これから先どのような症状があるのでしょうか。腹水がたまり足がひどくむくんでいます。宜しくお願いします。


358 名前: つーとん 投稿日:2006/09/18(月) 02:57
しんさん、いろいろ大変だと思います。この先におこるのはもうなにがおきてもおかしくないと言う状況だと思います。お医者さんからも厳しいことを言われると思いますが諦めずがんばってください。

359 名前: しん 投稿日:2006/09/18(月) 11:05
つーとんさん有り難うございます。 母のような症状が続き突然に意識がなくなったりするのですか?診断時にいわれた余命一年より早まるのでしょうか?

360 名前: つーとん 投稿日:2006/09/18(月) 11:16
しんさん、早まる場合もあります。もうろうとしているのは胃からの出血ではないのでしょうか?それか薬の副作用だと思われます。先生とは延命治療の話はしましたか?場合によってはホスピスも考えられたほうがいいのでは

361 名前: たけ 投稿日:2006/09/18(月) 12:37
しんさん

お久しぶりです。色々大変でしたね。
病院に入院されているということなので、これをいい機会に今後のことをしっかり
把握しておいた方がよさそうですね。
また病院内の医療相談窓口に行って今悩んでることを
話してみるといいと思います。

このまま治療すれば収まるのか、そうではないのか・・・
それによってまったく違ってくると思います。
治療で落ち着くのであれば、病院の入院もありだと思います。
ただ治療ではなく一時的な入院であれば、本人の望みを聞いてあげることも
大切だと思います。(家に帰りたいなど・・・)
家で過ごす場合は、前に書きましたが絶対往診の先生は必要になります。
それに家族の協力も。

とりあえず今やることは、前と重なりますが先生に今の状況と今後のことを聞くこと。
治療なのか緩和なのかを確かめることだと思います。
それをしんさんのだんなさん兄弟にも聞いてもらうことが大事かと
思います。

362 名前: しん 投稿日:2006/09/18(月) 14:03
いろいろ有り難うございます。昨日当直の先生に直接病状についてうかがいました。もう治療することがないこと、帰宅を望んでいたので家族と楽しい一時をもたせた事などです。まだ延命の問題については話していません。おふたりに教えて頂いた事を行動にうつしていますので後手後手ですが本当に参考になっています。病院の先生や看護士さんもやさしので今現在ホスピスにいるような感じです。モルヒネもしようしています。いつ病院から連絡がきてもおかしくない状態だと思います。

363 名前: たけ 投稿日:2006/09/18(月) 22:49
しんさん
病状に関して詳しく聞けてよかったですね。
帰宅を望んでいたことを先生もご存知だったのですね。
短い期間でも叶えられてよかったですね。

病院への通いと、家事と大変だと思いますが
がんばってくださいね。応援しています。
嘔吐などが少しでも減ってお母様が楽になるように、
また家に帰れるように祈っていますね。

364 名前: しん 投稿日:2006/09/19(火) 00:27
タケさん有り難うございます。自分でも驚くほどの力で母を抱き上げていましたが、入院した途端にぎっくり腰になってしまいました。なんなのでしょうね。これからは家族仲良く助け合っていきたいと思います。


365 名前: つーとん 投稿日:2006/09/19(火) 01:36
しんさん、これから家族が団結しお母さまとすごす日々を一日で長く過ごしてください。がんばってください。

366 名前: しん 投稿日:2006/09/26(火) 00:24
お久し振りです。かなり深刻な状況になってきました。足が象の足みたいにぱんぱんです。口の中は舌にかさぶたの様なものができていたそうです。意識はありますがうつらうつらしていて、長時間眠れない様です。常に目があいています。

367 名前: つーとん 投稿日:2006/09/26(火) 02:06
しんさん、今が一番しんどい状況だと思います。でももう一度よくなっておうちに帰してあげる思い出がんばってください。

368 名前: たけ 投稿日:2006/09/26(火) 09:46
しんさん

お久しぶりです。
大変なご様子ですね。
そんな中無理がなければですが、足浴がわりに暖かいタオルを
病院でもらってマッサージしてみてはいかがですか?
病院に常備されていると思います。(熱々タオル)
ほかほかタオルを足先全体にくるっと巻いてその上から軽くつぼを
刺激してあげるといいですよ。
本当は桶にお湯を入れて足浴ができるといいのですが。
タオルが冷たくならないうちに、乾いたタオルで水分を拭きとって
ベビーオイルのようなもので指先から上に向かってつるつる滑らせて
できればひざ裏までマッサージしてあげると血行がよくなって体中ぽかぽかに
なりますよ。
終わったら暖かくてもなるべく早く靴下履かせてあげてくださいね。

きっと気分転換にもなるし、血行がよくなって少しは寝られるかなって
思います。
また体を触れるっていうのもきっとお母さんにとって
元気の素になると思います。
愛情こめてゆっくりやってみてください。

369 名前: しん 投稿日:2006/09/26(火) 22:27
タケさん、つーとんさん有り難うございます。一時的に足の血行が良くなり、色もきれいになってきました。ただいつ、何があるか分からない状況ですので、病院に泊まり込んでいます。48時間寝ていません。今は完全看護だから昔みたいに付き添い用のポンポンベットはないんですね。個室が一杯なのでかなりつらいです。

370 名前: 307です 投稿日:2006/09/27(水) 02:46
以前307で書き込みをさせていただいたものです。
9月18日についに母が天国へ行ってしまいました。
15日の朝、病院からの呼び出しで急いで駆けつけ、私が病院に着いた時は「来たよ!」
と声をかけたらうなずいてくれましたが声を聞くことはできずそのまま3日間がんばったのですが
最後まで声を聞くことができないまま眠るように逝ってしまいました。
前日の夜病院から帰る時は「また明日ね」と話をしたのに・・・
体の中のどこかで出血して貧血状態になり意識が下がったとの説明を受けました。
夜中に一度意識が下がってしばらくしたら会話をしたとの事で朝再度意識が下がるまで
連絡を貰えませんでした。なぜ夜中に危険な状態になったときにすぐに呼んでくれなかったのか?
そのときにすぐ病院に行っていれば少しでも会話ができたかもしれないのに・・・
看護師さんの話で「携帯電話が床に落ちていた、誰かに電話をかけようとしてたのかも」と
言われとても悲しくなりました。「お母さん、誰に電話しようとしてたの?何か伝えたい事があったの?」
考えると辛くて辛くてしかたがありません・・・。母の声が聞きたいです。

しんさん、48時間寝ていないとの事、疲れを出されないように気をつけてください。
私も3日間病院に泊り込みでしたが幸い個室にすぐ移れたので助かりました。
しんさんが看病に専念できる良い環境になれますように。。。がんばってください。

371 名前: しん 投稿日:2006/09/27(水) 12:36
307さん心よりご冥福をお祈りします。本当にお疲れ様でした。ゆっくり疲れを癒して下さいね。私は看病の疲れ以上に人間関係に疲れ果てました。いろんな事が見えてきますね。

372 名前: つーとん 投稿日:2006/09/27(水) 15:19
307さん、御冥福をお祈り致します。ご苦労さまでした。これからが勝負ですよいろいろな疲れがいっきにきてしまいますので無理せず、休みながらがんばってください。

373 名前: つーとん 投稿日:2006/09/28(木) 20:07
しんさん、少しは休めましたか?いろいろ大変状況だと思いますが看病疲れでしんさんが倒れたら大変だと思いますよ。

374 名前: しん 投稿日:2006/09/28(木) 23:26
つーとんさん有り難うございます。徹夜なんて平気になりました。そのまま家事やらなんやらで、気がつくと1時です。でも少しも眠くないのです。安定剤を呑み始めました。母はだんだん尿が出なくなりました。それに伴って足の浮腫みはひどくなり、しもやけの様な色になってしまいました。心拍数は相変わらず110以上あります。でも痛みはあるでしょうに何も言いません。この前体をさすりながら私にその痛みを移して下さいと言ったら、へっ?という様な顔をしてニコッと笑いました。私は映画のグリーンマイルだったかな?人の病を吸い取る黒人になった気がしました。次の日から喘息の様な咳がではじめ、お母さんの痛みをわけてもらったのだと思いました。少しおかしくなってきたかな?わたし・・でも戦争を体験した人のたくましさを改めて尊敬しています。私だったらきっと罵倒したり泣き叫んだり、情けない姿をさらす様な気がします。
クールにすましている時の方が多いのです。

375 名前: しん 投稿日:2006/09/28(木) 23:31
307さん大変でしょうが最後にふんばってくださいね。体に気をつけて。

376 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/09/29(金) 17:09
しんさん、つーとんさんありがとうございます。
母が居なくなり役所や保険など色々手続きをしなくてはいけない事が
沢山あり人一人居なくなる事がこんなに大変なのだと日々感じています。
忙しく動いている時は大丈夫なのですが、突然悲しくなったり・・・。
父の落胆振りを見るのも辛いです。私は明日32歳の誕生日を迎えます。
お母さんに一言「おめでとう」と言って貰いたかったです。
32歳にもなるのに親離れ出来てない私・・・恥ずかしいです。

しんさん、映画のグリーンマイルの黒人さん、以前姉と「あの黒人さんみたいな
能力があってお母さんの病気を吸い取って外に吐き出せたらいいのにね!」と
話た事を思い出しました。そんな奇跡が今病気で苦しまれてる方に
起きたらいいですね・・・。本当にそう思います。

377 名前: 307です 投稿日:2006/09/29(金) 17:10
↑376の書き込み307です。。。ゴメンナサイ

378 名前: しん 投稿日:2006/09/29(金) 17:22
307さん、天国のお母様はあなたのお誕生日はあなたと共に祝われますよ。これまでの介護の感謝も込めて。やっと苦しみから開放されてほほ笑んでいらっしゃるような気がします。お姉様と仲良く思い出を語り合いながら大切な一日をお過ごし下さいね。時が経てばつらい別れも思い出になりますから。SMILE!


379 名前: しん 投稿日:2006/09/30(土) 20:30
307さんお誕生日おめでとう!

380 名前: しん 投稿日:2006/10/01(日) 08:19
母の様子がだんだんおかしくなってきました。話をしてもわかってるけど目が泳ぐ様にうつろになってきました。体も前みたいに動かせとも言わないし、うちに連れて帰ってとしか言わなくなりました。辛いです。

381 名前: つーとん 投稿日:2006/10/01(日) 08:47
しんさん、今が今までに一番辛いですよねお母さまが今一番大変な状況だと思いますが、しんさんのスマイルで心をいやしてあげてください。なにもできずかってばかりいってすいません

382 名前: しん 投稿日:2006/10/01(日) 12:06
つーとんさん、有り難うございます。本当に励まされます。母はさまざまな点滴や酸素、機械で生命が維持されている様です。本来なら1週間前に血圧が60代になったときに終わっていたのかもしれませんが、家族にとっては一緒にいられることに感謝です。他の病室から殺してくれなどと叫ぶ声がきこえてきます。患者にとってはどうなのか、考えさせられます。今は残された時間を大切にしていきたいと思います。

383 名前: しん 投稿日:2006/10/06(金) 01:09
今日母が長い間の苦しみからやっと開放されました。最後は眠るように徐々に心拍数が下がり安らかな顔で亡くなりました。つーとんさん、タケさん、307さんいろいろ教えていただき有り難うございました。ここで皆さんに励ましていただいて力をいただきました。有り難うございました。


384 名前: つーとん 投稿日:2006/10/06(金) 11:17
しんさん、お母さまの御冥福をお祈り致します。しんさんがんばりましたね。お母さまもがんばりましたね。お疲れさまでした。

385 名前: しん 投稿日:2006/10/07(土) 22:14
つーとんさん、いま通夜を終えてうちに帰ったら小姑に母が再入院したのは私の看護のストレスで吐き気がとまらなくなったんだといわれ、一人泣いていました。情けないです。


386 名前: つーとん 投稿日:2006/10/07(土) 23:13
しんさん、泣かないでください。きっとお母さまはしんさんにありがとうて笑顔で天国でいってますよ。小姑がなにいったて気にしちゃいけません。しんさんお母さまのために一生懸命がんばったんだから

387 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/08(日) 00:27
皆さんはじめまして。こういうのは苦手なのですが、一度は皆さんのお知恵やご意見などをお聞きしたく思いまして、書き込みさせていただきます。母が肺ガンⅣ期で現在入院中です。点滴だけで栄養補給している状態で、今週に入ったあたりから会話も困難になってきました。咳も少しするようになってきました。体の状態から、抗がん剤を使うのは無理だといろんな医師に聞かされ、このまま何もせず、痛みに対する緩和治療だけをすすめられ、承諾した次第です。…が、頭ではわかっているつもりでも、何か他にいい方法があるような気がしてならないのです。何かいい知恵をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教授頂ければ幸いです

388 名前: つーとん 投稿日:2006/10/09(月) 05:39
ピエロさん、大変な状況だと思いますがお聞きしたいこととは?

389 名前: はるな 投稿日:2006/10/09(月) 10:10
ピエロさん 医学のことは解かりませんが・・
一瞬一瞬を大切にして過ごしてください
残りの時間を、お母様と楽しく過ごされますように・・



390 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/09(月) 10:48
つーとんさん、はるなさんありがとうございます。聞きたい事というのは、現在寝たきりの母に対する治療は、緩和治療しかないのか? 他に癌に対する治療はないのか? このまま何もせず、死を待つしかないのか?…ということです。家族が大病になったのはこれが初めてで、どうしてよいかわからず、母の元へ行ったり家事に忙殺される毎日で、何も出来ない自分が情けなく苛立たしいのです。恥ずかしい話、自分は医療に対する知識や経験があまりないので、この掲示板を見て頑張っている方々もいらっしゃるんだと気づき、何か得られる物があるのではないかと思い、書き込みした次第です。

391 名前: つーとん 投稿日:2006/10/09(月) 13:54
ピエロさん、まずはセカンドオピニオンを受けてみてはいかがですか。違う病院にお母様の今の状態とレントゲンを今の病院に頼んでお借りしてガンセンターなどで受けてみては?家族のかたがいっても大丈夫ですよ

392 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/09(月) 21:55
つーとんさんすいません。こういう書き込みとかは慣れてないので、文章が足りませんでした。現在サードオピニオンまで終わってます。~医大系の病院と、とある宗教団体系の大病院で抗がん剤を断られました。ひとしきり副作用のことを強く言われ、やんわりと現在の状態を維持するようにとのこと。医師として、患者の命を最優先するということはわかります。ですが、患者の病気を治癒させる努力をするのも医者のつとめではないのか?とも思うのです。その努力さえもせず、ただ状態が悪いから、4期だからというだけで、何もせずただ死を待つしかないのが、なんともやるせないのです。関西でいい医師や病院をご存じではないでしょうか。

393 名前: たけ 投稿日:2006/10/09(月) 23:26
ピエロさま

治療ができないということですが、今までの経過が書かれていないので
わからないのですが、治療は今までされてなかったのですか?
それとも試せるものすべて試した結果ですか?

サードまで行かれたようですが、デメリット以外メリットは
どういうものがあるのですか?

内容によってですが、部位別の肺がんってところの方が
いいかもしれません・・・
治療の詳細に関しては。

394 名前: 307です 投稿日:2006/10/09(月) 23:30
しんさん、こんばんわ。
ご愁傷様です。
お母様もしんさんもがんばりましたね。お疲れ様でした。
私も少し落ち着いて来ましたが、やはり夜一人でお風呂に入るときや
布団に入って寝るときなどに「わっ」っと突然悲しくなり一人泣く日が
続いています。
母の看病中は悔いのないようにと思ってやっていたつもりなのですが
やはり今思うと「あの時こうしておけば・・・」などと自分を責めたりします。
後悔のない事なんて無理なのでしょうね・・・。
でも、しんさん。がんばりましたよね、お母様もきっと感謝している事でしょう。
本当にお疲れ様でした。お疲れを出されないように・・・。

ピエロさん始めまして。
お母様がんばられているようですね、大変でしょう、
私もまったく医療の知識などありませんでした。
調べられる事といったら母が飲んでいた薬の事などを
インターネットで調べたりする程度でした。
私の母は緩和治療に移る事を進められた次の日に危篤状態になりそのまま
永眠してしまいました。
薬のせいで眠るばかりする母ともっと話がしたかったです。
今考えるともっと早く緩和ケアに移っていたら・・・?などと考えることも
あります。
何が正しいのかわかりません。
とにかくお母様が苦痛のないように過ごせますように、
お母様と一緒に過ごせる時間を大切にしてください。
何のアドバイスにもならなくてごめんなさい。

395 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/10(火) 00:55
たけさん、307さんありがとうございます。実は、具合が悪くなりだしたのは、7月に入ってからだと記憶してます。本人が病院嫌いで、軽い吐き気がたまにあるくらいで、あまり気にしてなかったのだと思います。開業医から紹介された家の近くの総合病院へ行ったとき、カルテには胃にポリープが認められるみたいなことが書いてあったと思います。きっと吐き気もそのせいなんだと思ってました。でも、大腸にできた五つものポリープを4~5時間かけて摘出した日、これはただごとではないと親父とおばと3人で話しました。癌だとは親父から聞かされたのですが、本人はボ~ッとしてたのか告知には気づいてなかったようで、入院してからは、自分はどんな病気でどんな状況にあるのか、しきりに気にするようになりました。8月に骨シンチやMRIなどで転移は肺の中だけとわかり、右も左もわからないまま立て続けにセカンド、サードオピニオンに走りました。そのうち母が精神的に滅入って食事も思うようにとれなくなり、色々悩んだ挙げ句、告知してもらいました。それが悪かったのか、常にボ~ッとするようになり、今では会話も出来ず、日に3本の点滴だけが命の綱となっています。

396 名前: しん 投稿日:2006/10/10(火) 12:03
307さんいろいろ有り難うございました。残された義父が暗い部屋の隅で肩を落として泣いていました。辛いですね。お互いに残された家族を励まして頑張りましょうね。
ピエロさん、これからが大変ですが、いろいろな情報に惑わされずお母さんにとって一番苦しくない方法をとってあげてください。


397 名前: たけ 投稿日:2006/10/10(火) 17:53
ピエロさま

きっと癌が広がって免疫が下がり、抗がん剤に耐えられるような
状況ではなく抗がん剤を病院ではできないと判断されているのでしょうね。

うちも抗がん剤が効いているにも関わらず、昔やった結核が復活し
抗がん剤ができなくなりました。
家族としてはいつまででも生きて欲しいと願い、抗がん剤を
どうにかしてでもできないものかと、調べたりしましたが
結果本人がこれ以上抗がん剤の副作用で体力が落ちるのだったら
このまま治療をせずに、現状維持を少しでも長く・・・というのを
望み緩和を選びました。
結果、治療で免疫力が下がりきるよりは、
薬で痛みや苦しさをコントロールして、おいしいものを一緒に
食べたり、おしゃべりしたりできる今、緩和を選択したことに
後悔はしていません。

家族の気持ちも重要ですが、お母様が一番になにを望むのか
確認しておいた方がいいかもしれません。

今は在宅ではなく、病院で過ごされているのですか?



398 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/10(火) 21:45
しんさんありがとうございます。たけさん、今は病院にいます。おっしゃってるのはなんとなくわかります。頭では理解してるんですが、母の顔を見る度に、申し訳なくて、自分の無力さ無能さに呆れて怒りさえ覚えます。母に「医大へ抗がん剤治療をお願いに行ってくる。そしたらまた、家に帰ったり買い物にも行けるようになるかもしれんから」などと、期待を持たせるようなことを言ってしまいました。自分の無知で、母を絶望させてしまったのです。悔やんでも悔やみきれません。せめて、正月くらいは母と過ごそうと思っています。

399 名前: つーとん 投稿日:2006/10/10(火) 21:57
ピエロさん、大変な状況打と思われますが、放射線治療はどうですか、今かなり最先端のやつではガンだけをやっつけるやつがあるらしいです。東大病院にあるみたいです。

400 名前: たけ 投稿日:2006/10/10(火) 23:30
ピエロさま

日に三回の点滴は栄養剤ですか?
ご家族の方が在宅で介護する体勢があれば、一度治療ではなく
家に来てくれる往診の先生を探してみるのはいかがですか?
病院よりも、在宅の方がいい面がきっとあるはずです。
今は話ができなくても、長い間過ごした家に帰れば
お話できるようになるかもしれません。
また薬によって、車椅子で散歩もできるようになるかもしれません。
悔やんでいる時間はもったいないです。
いっしょに少しずつお母様のためにいい方向に進んで行けたら
いいなと思っています。がんばりましょう!応援しています。

きっと栄養剤も往診の先生で対応してくれるところがあると
思いますよ。


401 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/11(水) 00:08
つーとんさんありがとうございます。お願いに行った医大病院は定位放射線治療(?)に使う機械があるらしく、そういうのも期待してお願いに行ったのですが、副作用の事もあり、期待薄じゃないかと思います。今度、東大の件も調べてみます。たけさん、以前聞いた話しでは、点滴は栄養剤らしいです。それとムカつき止め(?)も入ってるらしいです。在宅の事も考えたのですが、親父が高血圧持ちで膝痛の調子が悪い日もあり、なかなか難しい面もあります。恥ずかしい話、家も広くはありませんので。幸いに、現在癌のとう痛らしきものはあまり無く、声は出せずともこちらの言うことは理解できるみたいです。もう少しの頑張りがあれば、一緒に散歩したりできる日が来ると信じています。頑張ります!

402 名前: しん 投稿日:2006/10/11(水) 01:24
ピエロさん、
私が考えていた以上にお母様の状態は良くない様ですね。口から食べる事ができず、声もはっきり出せないという状態ですと、日に日に痩せて起き上がるのも大変なのではありませんか?これから治療のために転医する体力がありますか?私の母はそういう状態で数回外泊をしましたがとても移動に疲れました。抗がん剤の副作用はとてもくるしいそうです。知り合いの身内が肺癌で亡くなられましたが、その副作用がある間は本人はもちろん、看ていた家族も本当に苦しかったそうです。私には医学的な知識はありませんが複数のお医者さんが無理と判断されるのでしたら緩和ケアをしてくれる病院で残された時間を過ごされたらいかがですか?

403 名前: とおりすがり 投稿日:2006/10/11(水) 22:50
ピエロさん
治療は時として、副作用をともなうこともあります。
体力が著しく低下した患者さんには、たとえ注射の針1本でも、大変な苦痛となる場合もあります。
誰のため、何のための治療なのか、よく考えられた方が良いかと思います。
緩和ケアに移られて、痛みのコントロールが改善され、一時的にせよ体力面で回復される患者さんもいらっしゃいますよ。

404 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/11(水) 23:55
しんさん、とおりすがりさま、貴重なご意見ありがとうございます。母にとって、一番負担の少ない緩和治療を考えるのが良いような気がします。残された時間を大切にしたいと思います。ありがとうございました。

405 名前: つーとん 投稿日:2006/10/12(木) 07:14
ピエロさん、緩和ケアにはいるためには早くてをうたないと、人気がある病院では半年まちとかみたいですお母さまと一日一日大事な時間を過ごしてください。

406 名前: つーとん 投稿日:2006/10/13(金) 22:44
しんさん、どうおすごしですか?今ぐらいにいろんな疲れがでてくると思いますが元気をだしてがんばってください。

407 名前: しん 投稿日:2006/10/14(土) 23:54
つーとんさん有り難うございます。母が入院した時はつーとんさんとタケさんにいろいろ教えていただいたり、励ましていただいて苦しい時を乗り越える事ができました。
今は無事葬儀も終え、仕事にもどりました。異常な眠気と食欲に数日前から襲われています。辛い数か月でしたが息子たちは自立することを学び、また私の頑張りを尊敬してくれ、体を気遣ってくれました。
台所に立ち入らなかった夫は手伝ってくれるようになり、これまでは不満だらけでしたが家族の絆は深まった気がします。
ふと病室の臭いや苦しんでいた母のすがたを思い出しますが、得たものもありました。本当に有り難うございました。


408 名前: つーとん 投稿日:2006/10/30(月) 01:04
のっぱらさん、どうおすごしですか?

409 名前: しん 投稿日:2006/11/14(火) 16:16
つーとんさん、タケさんお元気ですか?いろいろ有り難うございました。先日義母の49日法要を無事すませました。早いものですね。お体に気をつけて下さい。

410 名前: つーとん 投稿日:2006/11/15(水) 04:10
しんさん、だいぶ落ち着かれましたか?私のほうは母の年金とかで忙しいです。亡くなって半年以上たつのにて怒られましたよ。しんさんもお体に気を付けてください。

411 名前: しん 投稿日:2006/11/21(火) 01:26
つーとんさん、有り難うございます。変な事をお聞きして申し訳ありませんが、喪中の時の年始はおせち料理や、お餅などは用意しないで普段どおりにすればいいのですか?


412 名前: つーとん 投稿日:2006/11/22(水) 01:06
しんさん、その辺のことはよくわからないです。世間の常識とかはよくわからないですが、私を正月の用意をして母に安心してもらおうと思っています。淋しいお正月ですが

413 名前: 通りがかりの者 投稿日:2006/11/22(水) 09:22
生意気かもしれませんが。
お正月料理の件ですが、親族で別居でしたらあまり深くかんがえなくても。
同居してた場合は、生ものは避け精進料理に近い物が望ましいと、
これはあくまでも私のかんがえです。
参考になれば幸いです。

414 名前: しん 投稿日:2006/11/22(水) 20:24
有り難うございました。とても参考になりました。
分からない事ばかりです。喪中のはがきも早く書かないといけないですよね。親しい人の場合でもハガキには一言書き添えない方がいいのでしょうか!?

415 名前: 通りがかりの者 投稿日:2006/11/22(水) 22:08
おせっかいとは思いましたが・・・
現在家族が闘病中で、掲示板は見せていただいています。
今日念のため、ご主人を(何年か前になりますが)無くされた友人にきいてみました。
お餅なども良いようです。親しい友人には淋しいからハガキだけは頂戴と書き添えたそうで、
あまりこだわらなくても、心がこもってれば良いのでは。
出すぎてすみません、黙って居れない性質でついついでしゃばってしまいました。

416 名前: 通りがかりの者 投稿日:2006/11/22(水) 23:20
しんさん、一度で事足りず失礼します。
喪中心得の本を開いてみました。
鏡餅、しめ飾り類は、駄目のようでした。
喪中にもかかわらず、年賀状が届いた場合には、すぐ返事をださずに、
正月が過ぎてから、賀状のお礼と共に寒中見舞いを出すと良いようです。
例ー寒中お見舞い申しあげます
   昨年0月0日0000を亡くし服喪中でございますのでお年賀を遠慮
   させていただきました。
以上であとは何か添え書きをするとよいでしょう。とのことです。

417 名前: しん 投稿日:2006/11/23(木) 14:27
つーとんさん、通りがかりさん、本当に助かりました。このサイトに書く内容ではないのにあまりにも不謹慎でした。ごめんなさい。ご親族が闘病中の方にこんな事聞いてしまい御免なさい。 

418 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/11/23(木) 23:46
しんさん、そういうこと無いですよ。
分からない事はおたがいさま。私もサイト違いとはおもいましたが、
これぐらいは良いんとちがいますか。お互いが納得すれば・・・・
サイトを乱したわけでもないので、みなさん大目に見てくださいね。

419 名前: 投稿日:2006/11/24(金) 11:22
はじめまして。
主人が今年の2月、胃を原発として肝臓、リンパ節に転移している癌とわかりました。
手術をできる状態ではなく、ずっと抗癌剤治療を続けてきました。
こちらの掲示板でいろいろ情報をいただいたり、大変なのは私だけではないんだと自分を奮い立たせたり、お世話になっています。
今は、白血球の値が悪いので治療できず、先週思い切って在宅療養にしました。
癌が胃の幽門部にあるため、食べても腸まで届かず、バイパス手術しましたが食べられたのはしばらくの間でした。
抗癌剤や痛み止めの副作用もあるのか、食べ物を見ただけで吐き気が襲ってきます。栄養剤の点滴を外すことができないので、退院はムリだろうとあきらめていたのですが、
私が点滴の交換をできればいいと言われ、なんとか覚えました。
退院して10日になります。
できれば新年を一緒に迎えたいと願っていますが、ここ2~3日は日中もウトウトと寝てばかりいます。
やはり連れて帰ったのは間違いだったのではないかと思うようになりました。
幸い、主治医は誠実な人で聞いた事には丁寧に答えてくださるし、「ムリだと思ったらいつでも病院に戻るように。すぐ入院できるようにしてあります」と言ってくださっています。
48歳ですが、特定疾病なので介護認定も受け、ケアマネージャーも相談に乗ってくれます。
でも、やはり同じ経験をしている人のお話が何よりの励みになります。
長くなって申し訳ありません。書き込みは初めてだし、この先も書く時間が取れるかはわかりませんが、毎日目を通すようにはしていますので、よろしくお願いします。





420 名前: つーとん 投稿日:2006/11/24(金) 22:21
Yさん、旦那様が大へんな状況ですね。毎日が大変だと思います。旦那様とともに一日一日を生きてください。

421 名前: 投稿日:2006/11/25(土) 21:23
つーとんさん、ありがとうございます。
昨日、尿の出が悪くて心配になり、オロオロしてました。
こんなに早く具合が悪くなるなら、病院にいたほうが良かったのかと、かなり落ち込んでました。
でも、つーとんさんに言われて思い出しました。
残り少ない日を一緒に過ごしたいと思ったのは私なんだと。
今病院に戻れば、利尿剤を使って導尿するぐらいしかできないそうです。
ギリギリまで家でがんばることにしました。
今日は一日中体をさすってます。こちらも腱鞘炎になりそうで少々イライラ気味ですが、体を触ってもらうと安心するのだと看護婦さんに言われました。
孤軍奮闘の気分だったので、励ましていただいたこと、とてもうれしく思います。

422 名前: yuk 投稿日:2006/11/25(土) 22:13
Yさん、大変な毎日だと思います。後悔することが少ないよう、一緒に家に入れる時
を大切にしてください。私は父を自宅で看取りました。
末期と言われ自宅に帰り、本当に大変な日々でした。
私もYさんのように父の体をさすり続けました。
病院ではなく、自宅で過ごすことができる事は、ご主人にとっても、
よいと思います。何もできなくても、自分の家のにおいをかぎ、
自分の家の音を聴き、そこにずっと家族がいる、その空間に身をおけること
それだけでも何よりの幸せだと、私は思います。
Yさん自身もお疲れだと思います。ストレスを何かの形で解消できるとよいですね。
ほんの少しの時間でも、外にでるだけでも違います。
ご主人以外の誰かと話をすることでもちがいます。
ご主人のためにも、Yさん自身が心と体を大切にしてください。

423 名前: しん 投稿日:2006/11/26(日) 02:26
Yさん、はじめまして。天然ボケのしんです。
ご主人の若さに驚きました。本当にお辛いですね。
在宅の介護の準備も完璧のようですし、先生も優しい方に恵まれて良かったですね。これからはYさんの体力が頼りです。どんなにつらくてもしっかり食べて下さいね。まる2日、一睡も出来ない、おにぎりぐらいしか食べられない様な日もありますので、お体にはお気をつけください。私の唯一の息抜きはここで皆さんに励まされ、いろいろ助けて頂いたことでした。
これからも宜しくお願いします。


424 名前: 投稿日:2006/11/27(月) 11:01
つーとんさん、しんさん、ありがとうございます。
孤軍奮闘と書いてしまいましたが、うちは6人家族です。
ただ、主人の両親は82歳と78歳。病状を話すことをためらったのですが、隠し事を嫌う性格だし、県外に住む主人の姉も、「何でも話したほうが両親のためだ」と言うので、最初から全てきちんと伝えています。
が、自分たちもほとんど病気知らずだったしその周囲にもこんな病気になった人はいないので、相談相手としてはあんまり頼れないのです。
(今まで20年間のあれやこれやもあって、素直に頼れない私もかわいくない嫁だとは思いますが・・・)
経済的な面では助けてもらうことも多いので、その点ではとても感謝しています。
高2の長男、高1の長女もいますが、何かと忙しく、入院している頃は見舞いに行く事もほとんどなかったので、今は学校から帰れば父親がいる、というのがいいのかなあ。
昨日は私が買い物に出かけている間に、主人がおしっこをうまくできずパジャマを汚したのですが、息子が着替えを手伝ってくれていました。
ありがたかったのですが、これが娘だったら、親子の間に気まずいものがあっただろうかとちょっと考えています。
思春期の子どもに、だんだん弱っていく父親を見せることはどうなんだろうと・・・
自分の中の父親のイメージを崩してしまいそうです。

みなさん、私の体を心配してくださっていますが、申し訳ないくらい元気です。
近所の友達にも「とてもそんな大変な事情を抱えている人には見えない」と呆れられています。
食事もしっかり食べてます。10年前に母を大腸がんで亡くしたのですが、その時も、姉と「しっかり食べて体力つけとかなきゃ!」と食事だけは欠かさず摂っていたら、危篤から葬儀を終えるまでの1週間で二人とも1キロずつ太ってしまっていたくらいです。
友達とランチやお茶をするのが息抜きでしたが、今はそんなこともしていられないので、ここを息抜きの場にさせていただきます。


425 名前: つーとん 投稿日:2006/11/28(火) 03:13
Yさん、お父様お母様に伝えることは大変だと思います。私も母が胃癌の末期で私は末っ子なんですがそのことを兄姉に伝えるのが一番大変でした。息子さん娘さんたちに偉大な父親の背中をみしてあげてください。応援してますがんばってください。

426 名前: はるな 投稿日:2006/11/29(水) 02:25
Yさん、はじめまして
父親の弱っていく姿から得れるもの それは生きるということ
生きているその事がどれだけ大切なことか・・
父を癌でなくした私が、最期に父から教えてもらったことです。

在宅介護は大変でしょうが、子ども達にしっかり知らせてくことは
この先の人生感を育てていくものだと、思います

427 名前: 投稿日:2006/11/29(水) 09:46
初めまして。Yさん、同じような者がここにもいますよ。
主人は57歳。私は43歳。胆管癌で14時間の手術を2月16日に行いました。
リンパ節も46個中17個に転移がありました。予後は7~8ケ月が平均と言われたので
頑張ってくれてます。胃が殆んど機能せず、食道の幽門部付近に再発があり、ステントをいれました。
唾液も流れないほどでした。今は反対に逆流してくるのでベッドを起こしています。
フルカリック2号を毎日8時間してます。11月20日に退院して自宅療養中です。介護保険はまだ申請してません。
むくみが出たので、利尿剤を飲んでます。足をさすってあげてたら、だいぶよくなりました。
私は一人っ子。愚痴がこぼせずギリギリ状態。22歳の息子と19歳の娘に少し愚痴ってます。高2の息子はなかなか・・・
でも、お父さん凄く痩せたね。と心配してます。
今は「うつ」になり、そちらのケアが大変です。精神科でみてもらい大分落ち着いてきましたが、
一時は地獄のようでした。
とにかく母は強し、お互い悔いの無いように努力しましょうね。

428 名前: 投稿日:2006/11/29(水) 11:16
みなさん、ありがとう。
夢さん、はじめまして。
ここでの書き込みはほとんどの方が親御さんの相談ですよね。大切な人が・・・という点では誰であってもみんな一緒な思いだとはわかっているのですが、やはり同じ境遇の人のがんばる姿は励みになります。
抗癌剤を使っている間は、副作用のつらさに、「こんな薬やめればいいのに」と思っていましたが、今思えばあの薬のおかげでここまで来れたんだとわかりました。
身体的な疲れより、会話が成り立たないことの寂しさがつらいです。眠っているかボーッとテレビを見ているか、話しかけてもピントのずれた答えが返ってくると「こんな人じゃなかったのに」と思ってしまう。
いずれそうなるとは思っていたけれど、1ヶ月2ヶ月後のことと軽く考えていたから。
でも、夢さんのように本人が苦しんでいるのを見てるのはもっとつらいですよね。
介護保険は申請してから認定されるまで、結構時間がかかります。認定だけでも受けておけば、使いたい時にすぐ頼めますよ。
うちは今、電動ベッドとエアマットをレンタルしています。エアマットのおかげで床ずれが消えました。

429 名前: くるみ 投稿日:2006/12/09(土) 23:23
はじめまして。母が癌を患っておりときどき拝見していました。
どうしてこんなことに、と思い悩むことが多かったので、
同じような状況の方がいらっしゃることがとても励みになります。

母は昨年、腎臓癌からの脳転移で手術をし、約1年後に数箇所に再発しました。
今年の9月に体調が悪くなり入院し、その時には余命3週間。
放射線も既に限度いっぱいにかけた後だったのですが、脳の壊死覚悟で
さらに放射線治療を行いました。そのおかげか体力も回復し、
10月に退院の許可がでました。先生は病院にいても、自宅に帰ってもどちらでも
良いということだったのでとても迷いましたが、家庭の事情で毎日病院に通うことが
できないため自宅で看病することにしました。
右半身麻痺が起きていたため、介護が必要な状態でした。
準備期間がなく、初めてのことばかり。本当にきつかったですが、
役所の方、ケアマネの方に助けられました。

退院してから少し良い状態が続いたのでこのまま治るのかと勘違いしそうなくれいでした。
でも現実には少しずつ悪くなってきました。
退院したばかりのころは、なんとか自分でトイレまで行くこともできたのに、
今はオムツが必要。
いろいろ話もできたのに今はほとんど声を発しなくなり、
家族のことも認識できているのかわかりません。
こちらが笑いかけるとにっこりすることがあるのが救いです。

Yさん、夢さんは旦那様ということでまた違う思いなのかもしれませんが、
会話ができないのは本当に悲しいです。
元気なころとは180度違う人になってしまったようで、
イライラしたり、こんな状態だったらいっそのこと早く・・・
と思ってしまったことが何度もありました。
でも、今は後悔しないようにできるかぎりのことをしてあげようと思っています。



430 名前: つーとん 投稿日:2006/12/09(土) 23:55
くるみさん、お母様大変な状況ですね。私も母の介護を3ヵ月間やりました。自宅で介護する人の大変さご苦労はわかります。お母様とご一緒に一日一日を大切に過ごしてください。

431 名前: 投稿日:2006/12/10(日) 18:19
相手が誰であれ、大切な家族を介護するというのは大変なことだと思います。
私の先日の書き込みは、親御さんの介護をされている方に失礼だったと反省しています。
ただ、時々この先の生活を考えるとどうしていいかわからなくなってしまうことがあります。
今はそんなことより、目の前の現実を第一に考えなければいけないと、自分に言い聞かせるのですが・・・

主人は一時期昼夜逆転のような状態になりましたが、今はまたほとんど一日中寝ています。
痛いとか辛いとか言わないだけでも良しとしよう、と思うようにしています。
紙おむつを使うのは嫌がっていたし、私も極力がんばってきましたが、おとといからどうしようもなくなって、使うようになりました。
申し訳ないとは思うけれど、体力的にはかなり楽になりました。
でも介護に関しては素人なので、なかなかスムーズに換えられないこともあります。
大変な時は、主人の両親も巻き込んでの大騒ぎになります。「我が子のことだから気にするな」と言ってくれた時は、やはりありがたかったです。
でもやっぱり高齢でもあるし、今、腰を痛めてもらっても困ります。
なにかコツがありましたらどなたか教えていただけませんか?

432 名前: くるみ 投稿日:2006/12/10(日) 23:24
つーとんさん、ありがとうございます。これからアドバイスなどいただくことがあると思いますが、
よろしくお願いします。
Yさん、失礼なんてことはありません。お互いがんばりましょう。
私の母も昨日くらいからほとんど寝てばかりの状態です。
痛さを訴えたりしないので、同じように少しばかり気持ちが楽になります。
うちの場合はおむつを使うようになったのは4日ほど前です。
本人の意識がはっきりしていたら絶対に嫌がっていると思います。
実際、ぎりぎりまで自分でたちあがろうとしていました。
この点でも意識があまりないのでよかったかなと思っています。
母はわりと体格がよく、今は体を動かすのも自分ではできないので
やはりオムツ変えは非常に大変でした。
これはプロに聞かなくては、と思いケアマネさんに相談し、
ヘルパーさんに1日1回きていただくことにしました。
また訪問看護の看護師さんも同時に通ってくださることになったので、
コツなど教えてもらうことができました。
うちの場合はテープ止めのオムツは1日1回ヘルパーさんに交換して
もらい、パッドを入れておき、私はパッドだけを交換するようにしています。
汚れがひどいときなどは、オムツ交換が必要かと思いますが、
便秘で便もでていないのでそういったことはまだないです。
オムツ自体の交換ですが、ヘルパーさんはオムツを半分くらい縦に折って、
体を横に起こし、オムツを置いて、体を戻して反対からひっぱり出していました。
言葉での説明はなかなか難しいです。
1度だけでもヘルパーさんにお願いしてみてはいかがでしょうか。



433 名前: yuki 投稿日:2006/12/12(火) 11:15
男性用の尿とりパットを陰茎に巻くようにして使うと、お小水のときは
それだけを取り替えれよいので、交換も簡単です。使い方は、男性用の
尿とりパットの袋の裏などに書いてあることが多いいです。
上手くいかない場合は、三角に作られている、尿とりパットも売っています。
排尿の大体の間隔をみながら、1回か2回で交換すると、もれる前に変えられ、
パットの交換だけですむと思います。

434 名前: 投稿日:2006/12/12(火) 13:33
ありがとうございます。
ごめんなさい。言葉が足りなかったようです。
おしっこは、yukiさんがおっしゃるようにしてとっています。
うちも、くるみさんのお母様のように、ずっと便が出ていなくて、何も食べてないからもう出ないだろうと勝手に考えていたら、土曜に、思いがけず、大量のゆるい便が出てしまったんです。それはもう突然だったので、家中大騒ぎで取り替えました。
それから紙おむつにしたのですが、その後もゆるい便だと、一人で体を支えて拭き取ることができなくて、何とかならないかと思ったのです。
昨日訪問看護師さんがいらしたので相談したら、「こういう場合は、頼める人を総動員してでも手早く換えたほうが、本人さんのためにも貴方のためにもいいよ。」と言われてしまいました。
随分やせてしまったと思っていたけれど、抱える、支えるとなるとかなり大変ですね。横に向けてベッドサイドの手すりをつかまらせても、力が入らないのでダランとなって戻ってしまいます。
50キロの人形と格闘しているようなものです。

435 名前: yuki 投稿日:2006/12/12(火) 15:46
何も食べていなくても、不思議と排便はあるものですよね。
ゆるい便が続くと、仙骨やお尻の周囲の皮膚のトラブルにもつながりますものね。
ベット柵につかまっていられない時には、やはり、横向きにして、他の人に肩と腰骨あたりを
支えてもらいながら、背中側からきれいにするのがよいかと思います。
拭くだけでなく、お湯で洗い流して、よく拭いて湿気を残さないようにすると
いいと思います。具体的には訪問看護師さんのやり方を見て、コツを教わるといいですよ。
人の体を動かしたりするのには、力よりも、コツです。
無理に力だけでしていると、介護している側が腰や関節を痛めてしまうものです。
ぜひ、コツを教わって。少しでも、Yさん自身もご主人も負担が軽くなりますように。
私も父は180センチ近くあり、痩せたと言えども、大きな大きな父の介護をしてきました。
Yさんの言うように、話がつじつまが合わなくなり、寂しい気持ちを感じたこともありました。
それでも、一緒に過ごせるということは、本当に幸せなことです。
今の時間を大切に、よいときを過ごしてください。

436 名前: 投稿日:2006/12/15(金) 16:54
yukiさん、ありがとうございます。
おっしゃるようにして、汚れた時は母に手伝ってもらいながらなんとかがんばっています。

先日ケアマネージャーさんが様子を見に来て、「最期まで自宅で」という気持ちに変わりがないか、確認されました。
自宅で息を引き取った場合、すぐなら救急車で病院まで行けるけれど、時間が経った場合は救急車には乗せられない、場合によっては警察が検視をするという話を聞きました。
開業医なら、往診に来て診断書を書いてもらえるそうですが、主人のかかっているのは総合病院で、「何かあったらいつでもおいで」とは言ってくれますが、往診はしてくれません。
いろいろなことを考えて、もう限界かなあとも思いましたが、両親とも相談して、やはり自宅で過ごすことにしました。
気持ちだけではどうにもならないことってあるんですね。『鉄の胃袋・鋼の心臓』を自慢していましたが、さすがにここ2~3日は睡眠不足です。
でも今私が倒れるわけにはいかないので、もうひと踏ん張り、がんばります。

437 名前: yuki 投稿日:2006/12/15(金) 18:36
Yさん。
私も父を自宅で看取りました。
Yさんと同じように、私の父の病院も同じことを言われていました。
結局は近所の個人医院を探し回り、往診をしてくれて、最後も家で
看取る事を了承してくださる医師を探しました。
訪問看護は初めの病院から来てくれていましたが、主治医は個人医院の
医師に変更する形でしました。
初めの病院の医師も家族の気持ちを話し、納得し、快く今までの経過等
記録して、資料も貸してくれました。
大変でしたが、訪問看護のかたがたや、個人医院の医師、色々な協力を得て、
最後まで家で頑張ることができました。



438 名前: くるみ 投稿日:2006/12/15(金) 23:52
私の母もずっと大きな病院に通い、治療を続けていましたが通院ができなくなったので、
ケアマネさんにお願いして訪問看護をしてくれるクリニックを紹介してもらいました。
平日毎日、先生と看護師さんに来ていただいています。
Yさんと同じように最期はどうするかの確認をされました。
私としては家で、と思っていましたが、正直、本人が苦しんでいたりしたら
救急車を呼んでしまいそうです。
先生もいざとなると家族も迷いがでてしまう、とおっしゃっていました。

今は目はあけるけれど、意識はなく、栄養は点滴だけの状態です。
静脈から、または鼻からチューブを入れて栄養を入れたりするそうですが、
その意味があるのかも考えてしまいます。
とにかく本人が苦しくなければと思います。


439 名前: つーとん 投稿日:2006/12/16(土) 01:58
これはあくまで自分の経験なんですが、私の母は在宅医療になったんですが、痛みがとれづ、介護してたのは私と姉だったんですが、このままでは三人とも倒れてしまうと思い、病院に入院させました。最後まで母はいやがったんですが、説得して入院しました。みなさんの先生が最後まで責任もってくれるなら病院のほうがいいかもしんないですが、看護士さんとかはあまりいいようにはしてくれませんでした。もし在宅ホスピスとかで探してきてくれるならそちらのほうがよいのでは?あくまで自分の経験なんでおきにさわりましたらすいません。

440 名前: 投稿日:2006/12/17(日) 10:18
やはり皆さんいろいろ経験されているのですね。
私たちも、①近くの開業医に頼む、②早めに入院する、③最悪の場合も覚悟して、このまま自宅で、
を考えました。①は、今まで健康だった主人にかかりつけの医者がいなく、今から主治医を替えることに抵抗があったのと、主治医を替えると頼んでいる訪問看護も頼めなくなるのでやめました。
②は、まだ血圧も安定しているし、意識も呼びかければ返事をするので、この状態でまた1ヶ月も入院生活を送るのはかわいそうじゃないかということで、結局今までどおりに家にいます。

金曜の午後から「だるい。つらい。痛い。」と言うようになりました。
痛み止めのテープを貼っていますが、あまり効いてないのかな。効いていても、だるさまでは解消してくれないし。
昼も夜もエンドレスで「つらい。どうにかしてくれ。」とうなっています。
主人の祖母を自宅で看取った母は、「最期はみんなこんなもの」と言って、だるさはずっと寝たきりだからだと言います。
それなら病院に行ってもしょうがないのですが、私はこのだるさが病気から来るもので、入院してなにか点滴でもすれば和らぐというのなら入院させようかと思います。
月曜に訪問看護師さんが来られたら聞いてみます。


441 名前: 投稿日:2006/12/27(水) 19:40
皆さんにいろいろ励ましていただきながらがんばってきましたが、21日朝、主人が旅立ちました。
最期は本当にあっけないくらい静かに息を引き取りました。それがせめてもの救いです。

今日なんとか初七日の法要を済ませました。
まだまだ会社の退職手続きやら保険の申請やらで、ゆっくり悲しんでいる暇もない状態ですが、かえってそのほうがいいのかもしれません。

こちらのサイトを知って、いろいろなスレッドから情報をいただきながらがんばることができました。
厚くお礼申し上げます。
今も病気と闘っている患者さんやご家族が、一日でも充実した時を過ごすことができますように・・・
ありがとうございました。


442 名前: つーとん 投稿日:2006/12/27(水) 23:58
Yさん、お悔やみ申し上げます。がんばりましたね忙しいことはいいことですよね悲しんでる暇なんかないほうがいいですよね。お疲れさまでした。

443 名前: yuki 投稿日:2006/12/28(木) 16:55
Yさん、頑張りましたね。しばらくは色々な雑務があり、忙しい日々だと思います。
Yさんのお体も大切に。
落ち着くと、また色々と思うこともあるかと思いますが、Yさんの頑張りが、いい思い出となる日が来ると思います。
本当に、お疲れ様でした。


444 名前: みのり 投稿日:2007/01/11(木) 22:33
72歳の母の癌が再発し、抗がん剤を打ってましたが、昨年暮、腸閉塞になりました。色々考えた末、緩和病棟のある病院に転院しましたが、自宅から90分の距離と仕事で今までのように毎日病院へ行けなくなりました。平日は本人が何か不自由してないか、今日の様子はどうなのかと、気になるとともに、時間があとどれくらいあるのかととても切なくなります。同じような環境の方、緩和病棟にご家族のいる方と日々の不安や通常の日常をメールで話せたらと思って投稿しました。
よろしくお願いします。

445 名前: Si 投稿日:2007/02/27(火) 01:03
癌や介護について知識がほとんどなく、失礼かと思いましたが相談させてください。
今私は姉夫婦の家に2年前から居候しています。姉の旦那がもう5,6年前に胃癌の手術をし、手術後は普通に働いていたのですが3年位前に再発しました。
余命一年の宣告をされてちょうど2年位経ちました。再発してから尿の管を左右と肝臓からの管をつけていて、昨年人工肛門になりました。
人工肛門の管理は自分でしているのですが、尿の管の洗浄やお風呂前の防水?など1日置きで姉がしています。
姉夫婦は結婚して7年位ですがずっとうまくいってなくて、離婚を考えた頃の再発でした。
旦那は思いやりの欠けた人で実の両親ともうまくいってないようで、普段も感謝の様子がなく冷たいです。
両親も遠くにいて半年に1度位しか家に来ません。
私は毎日姉の話を聞いたり、旦那の様子を見ていて姉が可哀想でなりません。
姉はまだ35でこれからがあるのに・・(旦那は39です
旦那の見た目は管をつけている以外元気そうです(本人は苦しいのでしょうが。。)
姉は見捨てることが出来ないみたいで、あと3年も5年も掛かったらと思うと姉が可哀想でなりません。
管の洗浄だけで訪問介護など来てくれるのでしょうか?
それさえあれば姉と一緒に家をでていくのに・・・・

みなさん家族の病気のことで悲しまれているのに、こんな内容で申し訳ありません。
死を願ってはいけないと何度も心で唱えています。
下手な文章ですみません。ただ愚痴りたかっただけかもしれません。



446 名前: つーとん 投稿日:2007/02/27(火) 16:59
si様大変な状況ですね洗浄についてはわからないんですが、市役所区役所などの介護福祉かにいって相談してみてはいかがですか?40歳からだと末期癌に介護保険が適用されると思います。通ってる病院に相談事務所があればそこに相談してみるのもいいと思います

447 名前: 拝啓 投稿日:2007/04/09(月) 21:03
まず、落ち着いてください。お母さんどうしたいか聞いてください。結局、お母さん自身が受けるのですから。それから、ケアマネジャーがついていますか?ケアマネさんが、ついているならお母さんをまじえて話し合いをしてください。もしかしたら、役にたたないかもしれませんがこれ、しかいえません。

448 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 12:49
叔母の夫が癌と宣告されて3ヶ月、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何もいってきません。叔父は自営業を営んでいるため、叔父がもし何かあったら先行きが重く、まだ中学生の子供もいるため、叔母はすごく苦しんでいるようです。

449 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 14:45
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
癌ということだけは知っているのですが、どこの癌なのか叔父が今どういう状況なのか、全くわかりません。叔母の精神状態からも良くないことだけは察知しています。
叔父叔母は私にとって小さい頃から親のような、兄姉のような存在で、どうにかしたいのにできないでいます。叔母の心情を考え今はそっと見守っています。
最近、どこかの宗教にも入ったようです。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、それだけに頼っているようにも見えます。
でも何もできないでいる自分が無力に感じ、嫌になります。やはり見守るのが一番なのでしょうか。

450 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 14:45
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
癌ということだけは知っているのですが、どこの癌なのか叔父が今どういう状況なのか、全くわかりません。叔母の精神状態からも良くないことだけは察知しています。
叔父叔母は私にとって小さい頃から親のような、兄姉のような存在で、どうにかしたいのにできないでいます。叔母の心情を考え今はそっと見守っています。
最近、どこかの宗教にも入ったようです。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、そ

451 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 14:51
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
癌ということだけは知っているのですが、どこの癌なのか叔父が今どういう状況なのか、全くわかりません。叔母の精神状態からも良くないことだけは察知しています。
叔父叔母は私にとって小さい頃から親のような、兄姉のような存在で、どうにかしたいのにできないでいます。叔母の心情を考え今はそっと見守っています。
最近、どこかの宗教にも入ったようです。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、宗教だけに頼っている気もしています。大好きな叔父叔母なのに何もできないでいる自分が嫌になります。
見守ることが今は一番なのでしょうか。




452 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 15:01
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、宗教だけに頼っている気もしています。大好きな叔父叔母なのに何もできないでいる自分が嫌になります。
今は見守っていることが1番良いのでしょうか。
助言をお願い致します。

453 名前: 王子の母 投稿日:2007/12/02(日) 13:50
とうとう治療のすべがなくなり、家族は再入院しました。
今年の春から少しずつ様子はおかしかったのですが、副作用もずっとつらいのに我慢していたようです。
今は貧血もひどくいろいろ内臓に転移、いつ急変するかわからない状態です。
自宅に戻ってお正月を迎えられればよいと祈るばかりです。
自宅の介護は難しく引越しをと考えていたのですが、間に合わなかったんです。
本人の意思を尊重するのも大切ですが、不可能なことを可能にするのは限界があるのだと切実に感じました。
なんとか自宅で介護する方法を考える手だてを考えています。

454 名前: ちょうも 投稿日:2007/12/04(火) 01:05
私は肺癌Ⅳ期(H19.10受告)です。
11月18日に退院し自宅療養・外来で抗癌剤点滴治療中です。

お役に立てるかどうか?
私の自宅での対策の内、2点だけご紹介します。

退院して気付いたのは、癌には寒さが大敵ということです。
私は電気式の遠赤外線マット(胸に巻くタイプ)を購入し、
自宅では可能な限りONにしています。ただし温度設定は最低にしてます。
来客などでこれをOFFにすると、しばらくすると咳が止まらなくなります。
遠赤は自然治癒力も改善するのでは、というのが使用実感です。
抗癌剤の副作用が無いのもこの影響でしょうか。言い過ぎ?

食事はスーパーで売っている「きのこ」類を努めて食するようにしています。
参考URL(漢方薬局のURLで済みません)
http://www.ookinaki.com/cancer/ikegawa.html


455 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/12/04(火) 16:17
>ちょうもさん
さすがにこのインチキサイトを貼りまくるのはやめにしませんか?

456 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/12/14(金) 01:38
王子の母様自宅での介護は覚悟を決めてやらなければいけませんし、在宅医療の先生もさがし訪問看護なども探したほうがいいと思います

457 名前: 王子の母 投稿日:2007/12/21(金) 22:03
>456さんへ
アドバイスありがとうございました。
じつは在宅看護をしないうちに入院してあっという間に旅立ちました。
今思えば、夏のあたりから本人の調子は悪く、痛みにも耐えていたようでした。
家族としてはあの時こうしてあげればよかったと思うこともありましたが、
本人はぎりぎりまで仕事をし、よかったのではないかと思っています。


458 名前: なお 投稿日:2008/01/10(木) 20:51
祖母が大腸癌手術しました。半年くらいで転移性肝癌と診断されました。肝癌は4つあり場所がバラバラにあるため手術は高齢(80)なので無理でしょうと言われました。今はTS1を服用してます。どなたかアドバイスお願いします!

459 名前: はげちびスケベ 投稿日:2008/02/02(土) 06:58
助けて下さい!チンこが癌です

460 名前: HORI 投稿日:2008/02/16(土) 02:00
質問です。
今日出来事があったんです…
祖母がトイレで転倒し口を切るくらいですんだんですけど、
発見が遅くなり口腔内に血の塊があったんで30分以上たって
見つけたんで大変でした…
祖母は、70歳代で、夜寝れず睡眠薬とアルコールを毎日
飲んでいます。
今もそばにいるんですがずっと昔のことを話しています。
お酒を飲んだときだけです…

こういう状況で介護ケアはどうしたらいいのでしょうか…???
あとトイレや廊下の手すりや床をたいらにする費用はいくら
かかるか教えて下さい。
介護ので申請できるんですか???

緊急で教えてください。
体験談でもいいので…




461 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/16(土) 17:43
>460 ここは“癌掲示板”の“癌”末期の介護スレです。
老人介護については直接最寄りの役所に聞くのが早いと思います。
眠剤とアルコールを同時に飲んではいけません。

462 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/16(土) 17:45
>460
ここは、「癌」掲示板です。

とはいうものの・・・
市区役所・町村役場の福祉の担当箇所に相談するのが、
一番、早道かつ正確です。

463 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/17(日) 23:11
母が癌です。すでに他の臓器に転移してしまい手術出来ない状態です。
母をどうやって支えたら良いのか解りません。
年末から食欲が落ちて、体力も落ちてしまい抗がん剤が使用できない状態で今は自宅で対処療法をしています。
本人も食べなくては!と思っているのですが殆ど食事を採る事ができません。
どんなものを食べさせたら良いのか・部屋の環境はどのように整えたら良いのか、色々助言して頂きたく書き込みをしました。
「もうダメなんだ!」と言われてしまう度に何も言えなくなってしまいます…
あと、父が知人の方から「スクアマリン」という健康食品を頂いて来る(本人は「貰った」というので…)のですが、インターネットで探しても見つかりません。(美肌用の健康食品のみがヒットします。)
父が言うには「これを飲んでがん細胞が無くなった人がいる」というのですが。。。この知人の方というのが以前、某大学病院で働いていたという人で、研究の結果も出たと言っているのですが。。。(あくまで父から聞いた話です)
父の母を想う気持ちの事を思うと「詐欺なのでは?」とはとても言えません。
どなたかこの「スクアマリン」という健康食品についてご存知の方、情報をお願いいたします。

464 名前: 千春 投稿日:2008/02/18(月) 02:33
>463さん
http://www.cancerit.jp/NCIinfo/publications/when_someone_you_love/page1.html
http://www.hospat.org/manual-7-1.html
http://www.hospice.jp/oyakudati/ganmokuji.html
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/00119/contents/0028.htm
http://www.netwave.or.jp/~wbox/0gam000.htm

既にお読みになったところも多いかも知れず尚且つ重複する内容もありますが、
もしも少しでもお役に立てれば・・・。

『食欲』は生きる力になりますが、無理にまで食べることは大きな苦痛でもあります。
お母さまの食欲不振をお母さまがストレスや焦りに感じぬよう、
「食べたくない時は体には足りているのだから、
 食べたい時に食べたいものを食べればいい。」
と思っていただく方が私はいいような気がします。
生きると言う中で勿論食べている時間は大切ですが、
他にも沢山大切で気持ちを和ませてくれる事はありますものね。

(特に患者家族においての)健康食品についての私の考え方は、
食品板→フコイダンって?スレッド(現在一番下に落ちました)→644・647
に記しました。(辛辣に思われるかも知れませんが正直な私の考えです。)
こちらの板及びスレッドで『健康食品』についてのお話しはルール違反になりますので、
個々の食品については食品板でするべきですが、
“癌細胞が無くなる効果”のある健康食品は存在しません。
お父さまはお母さまの現在の状況を認めたくないのですよね。
みんなそうですよね。お気持ちは痛いほど分かるのです。
しかし現実を直視せずとも時間は待ってはくれません。
でも今この時は紛れもなく463さんとお父さまが愛して止まないお母さまは、
お話しも交わせ手を握り合える近さにいらっしゃいます。
今のこの素晴らしい何よりも尊い瞬間瞬間に、
しっかり向き合い大切にしていただきたいのです。
お父さまにそれを分かっていただけたら…と他人の私ですが、心から思ってしまいます。

私も父が亡くなる前に、
「僕はもう死ぬかも知れない。死にたくないな…。」
と言われ何と返してよいか分からずに、
「そんな…死ぬわけがないじゃないの!」
と言ってしまいました。
自分のその腑甲斐なさが今でもずっと心の刺になっています。
しかし、ではあの時父は何と答えて欲しかったのか……?
もう20年も前から考え続けている事なのに私には答えが見つけられません。

結局はアドバイスにもなっていない素人のレスになり申し訳なく思います。

463さん。お近くに相談に乗ってお話しを聞いてくださる専門家はいらっしゃいますか?
もしもいらっしゃらなければ、こちらの掲示板(掲示板内に新しいURLが貼られています。)
の先生は緩和医療の専門家ですし
http://park1.wakwak.com/~pocky/cgi-bin/sbbs.cgi?id=kotaroworld

こちら等もあるようです。
http://www.jcancer.jp/soudan/index.html

難しい事とは存じますが、どうぞ全てをお独りで抱え込まれませんように・・・。

465 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/18(月) 08:47
体力回復目的の栄養補給なら保険適用の『エンシュアリキッド』か『ラコール』あたりを主治医と相談して飲ませるべきです


466 名前: 463 投稿日:2008/02/18(月) 20:23
千春様

暖かいお言葉ありがとうございます。
「癌細胞が無くなる健康食品は無い」とは解っているのですが。。。
>こちらの板及びスレッドで『健康食品』についてのお話しはルール違反
とは知りませんでした。ご指摘ありがとうございました。

実は先日、主治医の先生に不信感を持ってしまい(本人が言うには「はっきり(現状を)言ってくれない・複数の薬を毎回毎回処方される」というので」)がんセンターに行きました。本人も私たち家族も「がんの専門病院なら…」と思って期待していたのですが…現状は変わりませんでした。
その時、本人の希望で「あとどれくらい生きられますか?」と本人が先生に聞いてしまったのです。軽卒でした。本人も私たち家族も。告げられたのは余りにも辛い現実でした。
「確かな事は言えないけれどあと1年です」と…
最初は「お母さん、頑張るから」と言ってくれていたのですが。。。今では毎日のように泣き崩れています。精神的に不安定になってしまいました。突然、泣き出し「自分はもうダメだ!助からないんだ!!」と叫びます。
余命の事は本人が希望しても聞かせるべきではなかったと今ものすごく後悔しております。
もちろん、1年なんて信じませんし1年で死なせるつもりはありません。でも当の本人が。。。
「あと1年なんて…生きるのももう嫌だ。。。」と。。。
このままでは気力がなくなって更に体力が無くなってしまって1年ともたないのでは…と思ってしまいます。
父は「(あの健康食品を飲んでいるから)大丈夫だ!」と言ってなだめています。。。
精神科(心療内科?)の先生にも相談するべきでしょうか。。。
毎日毎日辛いです。

467 名前: 463 投稿日:2008/02/18(月) 20:27
名無しさん@癌掲示板
ありがとうございます。
今、ネットで癌について自分なりに勉強しているところです。
教えてくださった栄養補給食品の件、家族も含めて検討してみます。
ありがとうございました。

468 名前: 千春 投稿日:2008/02/19(火) 02:50
お母さま、お辛いです。
そしてそんな辛い気持ちのお母さまを見ている463さん、本当に本当にお辛いですね。

余命告知は非常に難しいです。
時としてそれは“余命宣告”と間違われます。
がんセンターの医師の言葉は、
統計から見た「同じ部位の癌の全ての年齢層の生存率の中央値」
であり、お母さまの本当の余命がどれだけあるのかは先生のおっしゃる通り、
「確かなことは言えない」=決して誰にも分からない
事をお母さまに間違えずに分かっていただければいいのですが。
掲示板の本館『余命告知について』スレッド200に書き込まさせて頂いた拙文の通り、
患者の思い込みによる命のカウントダウンにだけはさせたくありません。

気力を失い心が折れた状況を回復させるためには、
家族の根気強い介助も勿論重要とは思います。
しかしおっしゃる通り専門家の介入はより効果的だと私も思います。
その際はがんの心のケアに、より専門的な知識のある経験豊富な腫瘍精神科(又は精神腫瘍科)
への受診は、通常の精神科・心療内科医より有効だとの話しをよく見聞致します。
463さんのお近くでそのような医師がいらっしゃいますか?

お母さまと主治医のコミュニケーションも出来るだけ良好に保つ工夫をしながら
これについても主治医に相談してみてくださいね。

お母さまの心の安定が早く得られますように。
(こうして他人が言うように簡単には推移しない事は重々承知の上なのですが…
 このようなコメントしか出来ない自分が申し訳なく思います。)

あとこちらなど少しでもお役に立てば。
http://ganjoho.ncc.go.jp/public/qa_links/brochure/download.html#202

469 名前: 千春 投稿日:2008/02/19(火) 06:01
463さん
それと実は>>463の書き込みからずっと気になっていたのですが、
『末期がんの…』に書き込まれていらっしゃるので質問を避けておりましたが、
・お母さまはどちらの部位で何処に転移をしているのでしょうか?
・抗がん剤治療が出来ないわけは、
1)効果のあると予想される(又は保険診療可能な)抗がん剤治療には耐性が出 来てしまった。=効果の可能性のある抗がん剤治療はなくなってしまった。
2)骨髄抑制などの副作用で治療が困難な状態。
3)文面の通り食欲不振のため体力低下で抗がん剤が受けられない。
4)がんの進行に伴う全身状態悪化のための体力低下で
 これ以上の積極的治療を断念せざるを得ない。
のどちらなのでしょうか?

1)や4)でしたらこのスレッドで皆さんからのアドバイスをいただいたり、
おなじ苦しみを持つ家族の方と悩みを交換しながら介護について
情報を得るのが一番大切になりますが、

例えば3)で余命を1年と言われたなら、
ターミナルと定義する段階ではないのではと思います。
(ターミナルの定義として色々な括りがありますが、余命については半年を切る
 場合ではなかったでしょうか。)

食欲低下に関しても全身状態悪化や悪質液が原因の場合と、
例えば精神的な要因やがんの局所的進行などからくる消化器系の不具合又は
抗がん剤の副作用からの口腔内の荒れに伴う場合などとでは、
現状や治療法は大きく変わってくると思います。
後者の場合なら>>465さんのアドバイスなどはとても現実的且つ重要な一つですし、
部位別の板で具体的に有効な対処法も色々アドバイスが頂けるかも知れません。

的が外れたレスでしたら申し訳ありません。

470 名前: 463 投稿日:2008/02/19(火) 15:36
千春様

またまた暖かいお言葉ありがとうございます。
癌は胆のう癌です。既に肝臓・すい臓にも転移が始まっています。。。
本人の希望で私たち子どもたちに自分が癌であるという事を半年程ずっと黙っておりました。実は昨年の8月に癌が発覚し、その時はもう手術不可能だったそうです。両親は私たち子どもたちに「疲労ですい臓が疲れてしまっているので身体がだるくて、調子が悪いんだ」とずっと言っていました。
実際、母はちょっと虚弱体質のような感じ(人ごみが苦手・突然のめまいなど)の人なので最初は鵜呑みにしていました。年末あたりから、「具合が悪い」と言って寝込むことが多くなりただの体調不良ではないとは思っていたのですが、まさか癌だったとは。。。
年末から食欲が落ちてしまったのでこのままではいけないと1月の下旬から10日程入院しました。その10日間の入院は「体力回復」の為の入院だったようです。しかし2日めあたりから急に食欲が落ちてしまい殆ど食べられなくなってしまいました。「病院にいても、薬飲んで寝ているだけだから家に帰ってきちゃった」といって2月の頭に自宅へ戻ってきました。
その後に本人から自分は癌であるということを私たち子どもたちに告げられ、例のがんセンターに行き、そこの先生に丁寧に説明をしていただきました。
「食べられないのは病気によるもの・肝臓が肥大して胃を圧迫しているので余計に食べられない可能性がある」と説明してくださいました。千春様のおっしゃるとおり、「今は焦らないで食べたい時に好きなものを食べるようにしたら良いですよ」とアドバイスもしてくださいました。
まだ主治医の先生とお会いしていないので、がんセンターの先生の見解になってしまうのですが、「今は体力をつけないと抗がん剤は打てません。でも抗がん剤を使用してもその影響で寿命が縮まるかもしれません。僕個人の意見ですけれども僕が同じ立場だったら、治療をしないで(対処療法のみにして)好きなように残りの時間を過ごします。」とおっしゃっていました。
がんセンターの先生の見解どおりだと、3に当てはまると思うのですが、「この状態では手術はできない」とおっしゃっていたので既に4に進行してしまっているのではと思っています。
今月の下旬に主治医の先生に診察していただく事になっていますのでまた結果をご報告させていただきたいと思います。通院している病院に確か精神科があったと思うのでそちらも併せて先生と相談したいと思っています。でも、業務縮小で精神科で診察を行っていないかもしれません。。。(既に婦人科の新規出産などは受け付けてもらえないので。。。)
もっと早く母の異常に気がついていれば…と後悔しています。

今、千春様の教えてくださったページで少しずつですが勉強しています。ほんとうにありがとうございます。


ここの板及びスレッドでお話するべきでは無いと思いますが、例の健康食品の件あまりにも怪しい・私たち子どもたちが言っても耳を傾けないので地元の国民生活センターに相談しに行きます。私がもっと早く母の異変に気がついていればこんな詐欺に遭わずに済んだのに。。。父の目を少しでも覚まさせてやりたいのです。現実を見て欲しいのです。


今日は母も安定していて、ほんの少しですがここ2~3日、毎日食べ物を口にしています!

毎回、長文で申し訳ありません。

471 名前: 千春 投稿日:2008/02/19(火) 18:10
拝見しました。お母さま胆嚢がんなのですね。
私の幼なじみの弟もそうだったのです。
私から絶対的に言えるのは463さん!胆嚢がんを早期に発見するなど、
よほどの偶然が重ならない限り本当に誰にでも(きっと専門の先生にも)無理です。
ですからどんなことがあってもご自分を責めてはなりません。本当に無理なのですから。

友人の弟の場合はとにかく足が早いがんで、
軽い腹痛から紹介されて行った病院で何も質問する間もなく、
「胆嚢がん肝転移で余命1ヶ月」
と言われてしまいました。
その後5-FUとシスプラチンを使って肝動注治療をするも、
画像上は綺麗だった肺にわずか2週間で無数の転移が見つかり、
その頃はまだ適応外だったジェムザールは本人の懇願に対してもしてもらえず、
(あの後ジェムザール、TS-1と保険適応になりました。)
強制退院を余儀なくされました。
しかし、セカンドオピニオンや転院先のお医者さまにはとても恵まれ、
それほど足の早い癌にも関わらず(彼のがんは本当に2週間単位で進行してしまうのです。)、
緩和を完璧にしていただいたお陰で痛みも無く、
余命宣告の3倍、3ヶ月頑張りました。
(彼も最初暫らくの5-FUとシスプラチン後は結果的に積極的治療はしなかったことになります。
 とても体重は減ってしまいましたが随分後までファミレスに歩いて行きお友達と会っていました。)
余命告知の言葉だけに捕まらないでください。
そしておっしゃる通り少しでも食べる気持ちになったお母さまの気力を
一緒に喜び誇りにしてください。
出来ないことを嘆くより出来ることを微笑みに。
胆肝膵板でも余命を大きく超えて日常生活を送られている方々の書き込みを見ます。
あちらの方々なら日常の治療や悩みにも答えてくださる知識をお持ちですから、
是非具体的なご相談がある時にはお伺いするといいですよ。
こちらの掲示板の方々は本当に勉強していらっしゃるし皆さん親身になってくださいます。

ご両親、しばらくお子さま達にも黙ってご夫婦で抱えていらしたのですね。
お父さまもどれほどにお辛かったでしょう。
でも今はこうして自分ではコントロールが出来ない感情を家族にぶつけられるのは、
それを受けとめる家族は辛いですが、
お母さまの心の安定に立派にリハビリになっているのだと思います。
家族で共有するのは家族みんなに辛いですけれど、共有は強力な武器になります。
(そう言いつつも家族それぞれ思いに微妙なズレがあり、
 喧嘩をしたりもするのでしょうが、それが家族なんですよね…。)
専門の精神科医に受診が出来ると何よりです。
主治医の先生にもしっかりアドバイスいただいてください。

463さん。心身共に疲労困憊と思います。
でもこちらの掲示板のみんな、463さんの気持ちは分かっていますから。
そのことだけはいつも忘れないでください。
独りぼっちではないのよ。

472 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/25(月) 11:51
463さん

私の母は胆管がんです。
胆嚢と胆管では違うかもしれませんが、母も一時期ものが食べられず、本人も家族もとてもつらいときがありました。
食べられない時期に「ちょっとでも食べて」と言ったり、
少しだけ食べられたことを過剰に喜んだりしたことがあったので、本人には精神的な傷がついてしまいました。
機嫌よく食べてもらうことがとても難しくて、母がいないところで涙ぐんだりしていましたが、今では食べられるようになってきました。
少しでもご参考になればと思うので、長文ですが書きますね。


食べられなかった頃、何なら食べられるのかと試行錯誤しましたが、総じて匂いのあるものは無理だったみたいです。
おかゆはダメ。味噌汁ダメ。煮物ダメ。
いろいろ試し、カステラ、みかんの汁だけなら食べられるとわかりました。
同じ果物でも、りんごの汁、キーウィの汁はダメでした。
そのうち、やわらかめに炊いた白米が、味付け海苔+醤油で、一口、二口、食べられるようになりました。

しばらくすると、今度はカステラは食べられなくなり、
酢の物、大根おろしの汁にすだちを絞ったもの(大根の繊維は食べられず、汁だけ)が食べられるようになりました。
イチゴ、バナナ、ミニトマト(皮をむいて)も食べられるようになりました。

今では、お肉はダメですがお魚は食べられます。
コンソメスープはダメですが味噌汁はOKです。
お好み焼きや焼きそばといった「ソース系メニュー」もOKです。
煮物も食べられるようになりました。でも煮物を調理している匂いはウッとくるみたいです。
揚げ物、甘い物(ケーキなど)はダメです。

食べられる量は少なめなので、食べられなかった時期に痩せてしまった分を取り戻すほどにはなっていませんが、
食べられることは本人に自信や希望をもたらすみたいで、ホッとしています。

お母様をみられている463さんは大変だと思いますが、メニューをいろいろトライしてみてはいかがでしょうか。
食べれなくても、気を重くさせないようにタイミングを見てさりげなく本人の目から隠して捨てちゃえばいいと思います。


大丈夫、まだまだいけますよ、あきらめずにいきましょうよ。本人よりも家族が先に悲しくなっちゃだめですよ(^o^)/


473 名前: シン 投稿日:2008/03/31(月) 01:28
父と二人暮しの41歳のサラリーマン♂です。
現在父が末期胃がんで闘病中です。
抗がん剤による治療はしていますがすでにがんが全身に転移しており
現在は腹膜に溜まった水をチューブで抜いたり
モルヒネで痛みを抑えたりしています。
こんな状態なので抗がん剤による治療はそろそろ限界のようです。
そこで緩和医療の病院へ入ろうと思うのですが病室に空きがなく
かなり順番待ちをしなければならないとのこと
そこで有料老人ホームのような所に入って介護をしてもらってはどうかと
考えたのですが末期がんの患者さんを受け入れて
きちんとした緩和ケアをしてもらえる老人ホームはあるのでしょうか?
それともやはり順番待ちをしてもホスピスに行ったほうがいいのでしょうか?
アドバイスお願いします。

474 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/04/01(火) 18:05
>>473
お住まいはどちらでしょうか?
それがわかれば皆さんもアドバイスがしやすいと思いますよ。
ちなみに私個人は自宅療養がお勧めしたいかな。。。
勿論シンさんが家にいない時は誰かにケアをお願いしなければ
ならないですが。。。お父様も余生は自分の家族と
出来るだけ長くすごしたいと思っているのではないでしょうか。

475 名前: シン 投稿日:2008/04/02(水) 00:46
レスありがとうございます。自分は名古屋に住んでいます。
自宅療養がいいということですが残念ながら我が家は
3階建てで2階に玄関があり寝室は3階で
かなりきつい階段を上り下りしなければならず
介護の必要な人には優しくない設計になっているので
父も自宅療養は考えていないようです。
今の病院は自宅から10分ぐらいのところにあり
私は毎日仕事が終わってから顔を出しに行っている状態です。
今の病院にずっと置いてもらえればいちばんいいのですが・・

476 名前: <削除> 投稿日:2008/05/15(木) 15:53
<削除>
07041470163228_mi.ezweb.ne.jp
http://www.au.kddi.com/notice/manner/gaiyo/bbs_arashi.html

477 名前: まのん 投稿日:2008/05/20(火) 02:17
先週、父が肺がん治療を行っていた病院から、自宅近くのホスピスに転院しました。
ホスピスの待ちができるという話になったとき、元の病院は、ホスピスに移れるまで追い出すようなことはしません、と言ってくれていました。

病棟は何でもいいので早く移してくれと懇願したので(痛みのコントロールが全くできていませんでした)、差額の必要な個室に、割と早く移れました。
最初は個室でいいから、入れてもらって、後から差額の入らない部屋に移してもらうほうが早く入れるようです。

毎晩痛みでのたうち回り、脂汗でシーツまで替えなければならないほどの痛みに苦しみ、体力が落ちて、口もきけなくなり、一日ボーっとして過ごし、食事も母にひと口ひと口ミキサー食を食べさせてもらっていた父ですが、ホスピスに移ったその日に新聞を読み、テレビを見て笑い、翌朝にはベッドに起き上がって自分で朝食を食べていたそうで、その姿を見た母は、驚き泣いて喜んでいました。
これからの痛み等のことを考えると、老人ホームのようなところでは対応しきれないのではないでしょうか。
ホスピスの空きが出るまで、今の病院に置いてもらえるよう頼まれてはいかかでしょうか。

478 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/08/14(木) 16:22
まのん様。

老人ホームでは、緩和ケアは望めないと思いますよ。

ホスピスでのお父様の変化・・・。
それまでの病院との違いはなんでしょうか?
お薬など、処置だけの問題ですか?
環境や他の患者さんとの関係、職員の対応なども関係しているのでしょうか?

在宅で看取る、在宅で余生を過ごす、という観点から、
在宅ホスピスへの移行は無理ですか?

ご家族の協力がなければかなり難しいのですが、
いい先生に巡り会えると、
癌センターでさえコントロールが困難だった痛みそのものや、
オピオイド系鎮痛剤の副作用さえも、
在宅でうまく抑えて過ごすことができます。

うちの場合、結局ほとんど私一人で親を看ることとなりましたが、
在宅ホスピスを選択し、いい先生に出会うことができ、
最後まで一緒に親と過ごすことができました。

残念な結果に終わってしまいましたが、よかったと思っています。
必ずしも、どこの家庭でも可能だとは言い切れませんが、
在宅ホスピスのススメ・・・!?
一意見として、参考まで。

479 名前: mi 投稿日:2008/08/15(金) 21:53
大腸癌から、肝、肺、脳に転移して余命6ヶ月と言われた母を
看護しました。
イレウスを取る延命オペを2回して・・抗がん剤を1ヶ月しました。
その後は本人の希望により、家で看ました。
当事私は、妊娠後期から、新生児だった子供がいる中の介護・・
かなり大変で、寝る時間などありませんでした。
脳に癌があるので、まっすぐ座る事もできず、お風呂も入れるのに一苦労。
トイレに勝手に歩いて倒れたり、箸も持つ事すらできなくなりました。
その間に週に1-2度病院通い。
1年半の看護でしたが、最後、意識がなくなり、もう、家では無理なので
病院に連れて行き、2ヶ月意識のないまま亡くなりました。
その間も個室に入れて、9時から9時まで通いました。
差額ベットも1日3万とかかりましたが、借り入れして母に
かけました。
でも、最後まで看て納得して見送る事ができました。
自己満足かもしれませんが、看てよかったと思いました。
今又、一人看護していますが、小さな病院にも緩和ケアがあるところが
あります。ホームページには載っていなかったりしますが
口コミまたは近くの病院などに電話してお問い合わせしてみても
いいかもしれません。
今看て貰っている所は病床が少ないだけによく看てくれます。
ベット代も無料の部屋もあり、行き場所のなくなった癌の人が
半分以上います。
どうしても家に帰りたく、痛みや吐き気があると言う人のために、
週に3回位訪問看護して、疼痛などもケアなどもしています。
そして、大きな病院と違い、あまり知られていないから、ベットが空いていたりします。
辛いでしょうけれど負けないでくださいね。


480 名前: まのん 投稿日:2008/08/21(木) 03:13
>>478
ホスピスに入院してちょうど4週間で亡くなりました。

当初、治療していた病院に「放射線が終わったら退院」と言われており、介護認定を受け、ケアマネージャーと面談していて、ホスピスが近くにあることを知り、その病院に見学させてもらったところ、ホスピスで痛みのコントロールをしてから、自宅に帰っては?と言われました。
父にもそう話し、ホスピスに移ってから、何度も退院を申し出ましたが、Dr.が許可せず、外出で一時帰宅しました。
その晩、容態が急変、一時危篤となり、持ち直したのですが、数日後亡くなりました。
Dr.が許可しなかったのも、とても退院させられるような状況ではなかったのです。
(多発性骨転移と、肝転移です)

治療の病院からそのまま自宅に連れ帰り、在宅ホスピスにすればよかったのではないか、父にうそをついてしまった・・・と自分を責める日々です。
なので、478さんのおっしゃることは、さらにつらいです。

在宅ホスピスのことは、ケアマネージャーからも聞いていましたし、当初はそうしようかとも思っておりました。
ただ、父の前の病院での痛みがひどすぎ、(ベースの痛み止めがまったく足りていませんでした)在宅ではたしてやっていけるのかわからない状況でした。
自宅で父と二人のとき、あんなふうに痛がられたら、もしかすると父を殺してしまったかもしれない(痛みをなくしてやるため)と、母が言うくらいでした。
どうして、そこまで痛みのコントロールができないのかと、前病院には、今でも不満が残ります。
ホスピスに移ってから、ベースの痛み止めを大幅に増やし、レスキューのオプソ等でかなりコントロールができるというのがわかりましたが、当時はわからない状況でした。

ホスピスでの父の変化は、看護師さんの丁寧な対応で、安心感があったというのがまず第一だと思います。
手厚い対応をしていただく(前の病院では逆)ことで、痛みが来てもすぐ対応してもらえるという安心感だと思います。
口の中には、舌苔がいっぱいで、(父と母でケアはしていたつもりですが、Nsのケアはまったくありませんでした)まず最初に、それを丁寧に掃除してもらったところ、すぐ父が意欲的に話せるようになりました。
また、前の病院では相部屋だったのが、ホスピスでは個室だったので、他人に気を遣う父なので、そのあたりも影響があったと思います。

痛みがひどくなってから、3週間お風呂にも入ってませんでしたが、ベッドのままお風呂にも入れていただき、大喜びしていました。

背骨と腰椎への骨転移のため、前病院で歩行を禁じられていたため、脚力が低下し、立つこともできなくなり、座って前のめりになりかけると、もう身体を支えられない状態でした。

父本人も私たちも、ここまで急に亡くなるとは思っていなかったので、(ホスピスに移ってからの父は、歩けない以外は、本当に元気でしたから)家に帰りたいという希望を持ち続けていました。
退院させられなかったというのが、本当に悔やまれます。

ただ、シンさんの場合は、ご自身のお仕事もおありでしょうし、在宅というのが厳しい状況だと思われたので、やはりホスピス等へ入られるのがいいかと思ったのです。
私も、老人ホームでは緩和ケアはできないと思いますよ。


481 名前: よし 投稿日:2008/10/04(土) 21:32
私の父が今日入院しました。2年前に右上顎道癌になり手術で取りました。その後は私の自宅で療養していましたが(とは言っても本人が頑なに病院に行く事を拒んだためその後は治療はしていません)、ここ最近トイレに行くのも困難になりオシメを使用していました。介護は主として母と私がしていましたが、母も高齢で要介護3で、私も離婚して母子家庭になり仕事をしなくてはいけないので、家族だけで介護は困難になり介護申請をした矢先に今日父が全身の痛みの為どうにもならなくなって救急車で病院に行きそのまま入院となりました。父と母は多額の借金を抱えてどうにもならなくなり私の所に転がり込んで来たので貯金も全くなく、年金もあっても微々たるもので、私も母子で生活が苦しくてこれからの医療費をどうしよう…と悩んでいます。兄弟はいますが、皆遠方に住んでいてまた生活も楽ではなく頼れません。父の痛みは多分癌の全身転移ではないかと思うのですが、検査をしてみないとわからないです。正直父、母には恨みしかなく(幼い頃、借金で夜逃げして私や兄弟は捨てられたので)このまま面倒を見るのは無理です。かと言って病人を放り出す事もできずこのままでは私の家族がダメになってしまいそうで…途方に暮れています。

482 名前: よし 投稿日:2008/10/04(土) 21:33
私の父が今日入院しました。2年前に右上顎道癌になり手術で取りました。その後は私の自宅で療養していましたが(とは言っても本人が頑なに病院に行く事を拒んだためその後は治療はしていません)、ここ最近トイレに行くのも困難になりオシメを使用していました。介護は主として母と私がしていましたが、母も高齢で要介護3で、私も離婚して母子家庭になり仕事をしなくてはいけないので、家族だけで介護は困難になり介護申請をした矢先に今日父が全身の痛みの為どうにもならなくなって救急車で病院に行きそのまま入院となりました。父と母は多額の借金を抱えてどうにもならなくなり私の所に転がり込んで来たので貯金も全くなく、年金もあっても微々たるもので、私も母子で生活が苦しくてこれからの医療費をどうしよう…と悩んでいます。兄弟はいますが、皆遠方に住んでいてまた生活も楽ではなく頼れません。父の痛みは多分癌の全身転移ではないかと思うのですが、検査をしてみないとわからないです。正直父、母には恨みしかなく(幼い頃、借金で夜逃げして私や兄弟は捨てられたので)このまま面倒を見るのは無理です。かと言って病人を放り出す事もできずこのままでは私の家族がダメになってしまいそう

483 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/10/05(日) 00:37
ご両親は、よしさんの扶養家族でしょうか。
詳細はわかりませんが、高額医療費だと、自己負担は上限(条件により額が異なります)があります。
先に自己負担分全額支払って、その後上限との差額を払い戻しされる場合と、最初から上限額のみ払う場合(先に手続きが必要かも)があります。
一度、お住まいの自治体の役所へ行かれて相談されてみるといいかと思います。
おそらく、医療費月5万弱、食費の自己負担と合わせて月6万弱くらいの金額になるかと思うのですが、いろいろ違うので、確かめてください。

また、治療がなければ(痛みを治す方法がなく、痛みを抑えることしかできない場合など)、通常の病院は退院させられてしまうことが多いので、今から緩和ケアの病院を探されておくといいと思います。
たいてい待ちがひと月とかになります。
差額ベッド料の必要な個室がほとんどですが、差額の不要の病室もあります。なかなか空きがないですが、あきらめないで、探したり、事情を話して懇願すれば入れてもらえるかもしれませんし、順番待ちに入っておくことです。
今入院されている病院が地域連携室があれば、そこで相談なさってもいいかもしれません。

いろいろ大変でしょうけれど、どうかよしさんまでお身体壊してしまわないように、お気をつけください。

484 名前: よし 投稿日:2008/10/06(月) 07:20
名無しさん、ありがとうございます。両親は私の扶養家族ではありません。今日役所に行って高額医療の手続きをしてきます。後、生活保護の申請は無理でしょうか?私には20歳の娘と16歳の息子がいますが、上の子はほとんど家に帰らず(祖父、祖母の身勝手ぶりに嫌気がさしたみたいで)息子は高校には行かず、今は求職中です。生活保護は世帯で換算されると聞いているのでこの状況だと難しいでしょうか?車も私が乗っている古い軽四がありますが、手放さないといけないんですよね。でも、これが無いと杖をついてやっと歩く母(要介護3です)を病院に連れていくのも困難になります。

485 名前: DO me 投稿日:2008/10/23(木) 14:49
かずさん
まず、介護訪問をやっている事務所なり施設なりを訪ねてみてください。
必ず、ケアマネージャーさんがいらっしゃって、相談に乗ってもらえるはずです。
私も義母の介護用ベッドを借りるために訪問したのですが、丁寧に相談を受けて
くださり、義母も末期癌で61歳ですが要介護3を認定されています。
もちろん、介護保険適用にて、ベッド、車いす、生活援助としてヘルパーさんに
きてもらっていますよ。
まず、役所でもいいから、相談する事お勧めします。

486 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/10/23(木) 21:05
>>485
こちらのスレッドを立てた、「かず」さんにレスしているのですか?投稿した日付を、よく見ましょう。
2001年、もう7年も前ですよ。

487 名前: 投稿日:2009/02/18(水) 22:06
あなたは生きようとしている人に失礼です。かなり腹立ちます。

488 名前: ガン遺伝子治療研究会 投稿日:2009/07/19(日) 13:44
ガン遺伝子治療研究会では、がん患者さんご本人やご家族からのご希望を頂き、医療機関様を通じて、
遺伝子治療薬「RT181」の投与、治療を行っていただいております。
この「RT181」は2002年にボストンで開催された
「世界ゲノムがんシンポジウム」で発表されました。
日本には約5年前にはじめて末期のがん患者さんに投与され良好な結果を得ました。
その後多数の患者さんに投与され大変な反響をいただいております。
遺伝子治療薬「RT181」の詳細についてはこちらをご覧下さい。
http://www.ca-opinion.com/idenshi.html
現在、日本では数カ所の医療機関様と提携させていただいております。
この遺伝子治療薬「RT181」はガン遺伝子治療研究会が日本の総代理店をしております。
また多数の患者さんやご家族からの直接のお問い合わせにも対応しております。
今は個人輸入というかたちで遺伝子治療薬「RT181」を入手しておりますが、
一日でも早く国内で生産出来るよう努力している次第です
。今後多くの方々に免疫治療、遺伝子治療を知っていただきたいと思いまして投稿をさせていただきました。
詳しい内容についてはホームページをご覧下さい。

ガン遺伝子治療研究会 
東京都港区赤坂2丁目6番14号 赤坂26ビル
TEL 03-6229-1972 FAX 03-6229-1973
メール info@ca-gls.com
ホームページ http://www.ca-gls.com/


489 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2009/07/19(日) 14:00
ガ○遺伝○治療研○会と称するインチキ治療営利会社さんへ

あちらこちらに、同じものを書き込んでいるようなので、こちらも同じもののコピペで・・・
いい加減にしてね。

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ガン遺伝子治療研究会 理事長 田*輝宏

過去の投稿より

>ググってみると、田*輝宏氏って佐野*太郎センセイの外科医院の事務長のようですが?

田*輝宏氏は、佐野氏の外科医院の事務長をやめたんですよ。

このツクシフル1というインチキワクチンを広めるために、新しい肩書きガン遺伝子治療研究機関グ*ーンライフスター本部事務局事務局長と名乗っていました。
現在は、その名刺の電話番号も通じないですから、もうやっていないんじゃないですか?

でも、中国人女性は別の医師と組んでやっているみたいです。

皆さん、この詐欺ワクチンに引っ掛からないように、気を付けてください。

http://www.gankeijiban.com/bbs/read.cgi?bbs=ryouhou&key=999438346&st=166&to=166&nofirst=true

そういえば住所は同じだったよな。
看板を変えたのか・・・
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490 名前: ヨッチャん 投稿日:2012/02/26(日) 15:09
こんにちは
初めまして
民家型デイサービスを運営している者です
私は、自宅で介護されてる方の少しでもお役に立てれたらと思い
登場しました。
みなさんに一般的デイサービスの施設でお手伝いできる事や、何か
希望とか要望が有れば教えてください。
私の父も今から18年前に胃がんで亡くなりました。その当時は、今のように
緩和ケア等がない時代だったので悔やまれます。皆さんの精神的・肉体的苦痛とか負担を
軽減したいので教えてください


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