がんの早期発見に威力を発揮【PET検査】

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癌掲示板..>余命告知について

1 名前: 研修医 投稿日:2003/08/06(水) 05:16
僕は余命告知はしないで欲しい。
でも、こんなふうに話すのはいいと思う。
『あなたは重い病気です。よろしければお仕事を整理なさってください。あなたに愛する人すべての人に、愛してると言ってください。言い残した相手がいないように。
兄弟と不仲なら、仲直りするようにしてください。痛みや苦しみは取り除きますから、何でも好きなことを始めてください。
先のことは心配せずに、ただ生きることだけ考えていいんですよ』。
私も手術不可の癌で入院してる母親がいます。母の主治医には上記のような事を本人に言って欲しいです。
皆さんは、どうお考えになりますか?

182 名前: やま 投稿日:2006/11/02(木) 15:16
*高齢者夫婦への告知について*

叔母夫婦はともに高齢。団地暮らしで子供はいません。
叔母は大腸がんに罹り、三年間抗がん剤治療を続け手術を繰り返してきました。
傍目にはとても病気に見えないほど元気だったのですが、このところ一気に体調が崩れてゆき、
抗がん剤治療は中止されました。
私と別の叔母と本人夫が同席し、医師からこれまでの経過説明とこれからの「治療」について
話をうかがいました。

叔父(本人夫)からはさしたる質問もなく、医師も「①量を減らして抗がん剤治療を続ける
②別の薬を使う(実験段階なので可能性は薄い)③飲み薬だけにする④何もしない、このうちどれにするか
決めてきてください。」とは言ったものの肝心な事は言いあぐねているようすでした。
私ががまんしきれず腫瘍マーカー値を尋ねたところ、医師は熱心にこれまでの具体的な経過と
腫瘍マーカー値について(CT像などはもちろん)説明してくれました。私は次のステージに移る時期である事を理解しました。
叔父が「では、④何もしない ときにはどういう事が考えられるのですか?」と質問するのを待ちましたが、それはありませんでした。

私は、できるだけ叔父が通いやすいホスピスを探し費用の見当をつけ、母とその妹(患者の姉妹)に話しました。
階段があるのと叔父は家事をしないので自宅療養は難しいように思えました。
叔父は脚が悪いのですが、介護保険制度がやや複雑になり、説明を聞いただけでうんざりして認定は受ける気がありません。
自費でヘルパーを雇うことも考えてはいないようです。

叔母が次に通院したときは体調がとても悪かったので、入院する事になりました。
お見舞いに行ったところ、担当が麻酔科に替わっていました。
翌朝、叔母から母に電話があり、
「新しい薬がね、とってもよく効いて、ぐっすり眠れたよ。昨日の先生が、新しい薬で病気が
完全によくなるから、そしたら家に帰れるよ、と言ってくれた。」喜んで話したそうです。

母も私も他の叔母(叔父)も、病気の叔母が安心して過ごせる環境を望んでいますが、
他人の家の経済に関わる事なので、頼まれもしないのにこれ以上首を突っ込む事はできません。
叔父にそれとなく尋ねても要領を得ず、どうも現実から目をそらしたいような感じさえ受けます。
私は思う。「追いつめるようなことがあってはいけない…。いつもニコニコ受け止める。」

私の父は自分で認知症を意識しだしたとき、母と私を呼んで「禁治産宣告(今でいうところの後見人制度)
をしたいのでよろしく頼む。」と、はっきり依頼しました。
家族が困るようなタイプの認知症ではなかったので、実際にはその必要はありませんでしたが、その意思の強さに驚きました。
でもそんな人ばかりではないのです。
逃げたい人、逃げざるを得ないような人も多いのです。
心が逃げている人に告知する(この場合は選択肢の告知)事は、どのような意味を持つでしょうか?
医療関係の方の苦慮がしのばれます。

私は姪として、どのように線引きしながら、どのように自分の感情をコントロールしながら、
かかわってゆけばよいのか、考え中です。
どなたか、体験談などありましたら、お聞かせ下さい。

183 名前: やま 投稿日:2006/11/05(日) 01:45
ちょっと慌てなければいけないことになりました。
担当医師からは退院の話は出ていないようだし、この頃は緩和ケアチームというのもできている
ようだから急性期病院で治療できない状態でも長く居ていいのかなぁ? 週があけたら患者の兄弟や
姪(私)で確認しに行こう、などと言っていたのですが、
この連休中に、転院の話がでてしまいました。
火曜日に転院してもらわなければならないから、月曜日に転院先を決めましょう、というものです。
ホスピスの話は出ていません。
本人は「痛みもだいぶよくなったし、リハビリ病院でがんばって、もっとよくなる」といっています。
叔父(本人の夫)によると、肺・腹部ともにがんがひろがり水が溜まったが今は薬で抑えてある、とのこと。
「先生がリハビリ病院と言ってるんだから、そこでまた別のがんの治療をするんだろう。抗がん剤治療は
副作用が強いから今の状態ではできない、体力がつかないといけないね、とは言われているけれど…
ホスピスだと治療ができないからね。そもそもそんな話も出てないし。」などといっています。
私は必死でニコニコして、叔母の脚を軍手で擦りました。

まだまだと思われていた方があっという間に亡くなられたり、もうダメだと思われていた方が思いがけず
長生きだったりで、余命の告知の長さの保証などはできないと思うのですが、かくかくしかじか、現状治療は
できない、ついてはこういうことが起こりうる(現在の保険診療の制度も含めて)、というのは、難しくても
あの手この手で本人または家族に早めに伝えてもらわないと、ほんとに困りものだと思いました。

184 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/11/20(月) 08:58
183さんは結局ホスピスもしくは緩和ケアも出来る病院に移ったのですか?

185 名前: やま 投稿日:2006/12/02(土) 17:40
返信遅くなりました。
あれから、まだ一ヶ月もたっていないのですね。
叔母はもう寝たきりになってしまいました。
体を動かす事もできません。
口を閉じる事もできません。
声をかけると、ときどき目を開けて瞬きをしたり、します。

叔母は、結局療養型病院に移りました。
緩和ケアはなく、麻酔科もありません。
大学病院の元の主治医の先生がそこにいらっしゃるという理由だけで…。
緩和ケアではない、というのが、ひょっとしたら夫婦の密かなのぞみだったのかもしれません。
最初から個室で、叔父は今となってはお金の心配ばかりしています。
私は自分の父をホスピスで看取りました。
ホスピスによってもずいぶん違いがあるでしょうけれども、そのときの対応とここでの対応と比べるといろいろ考える事は、あります。
父が入院したホスピスの看護婦さんは、本人の身になってお世話をしてくださいましたので、感心する事ばかりでした。
それで、父も家族も悲しくても満足できたのです。
ここでは、言わないとだめなようです。
もちろん人手も少ないのでしょう。
でも叔母は声も出せず、ブザーも押せないので高いところに上げられて、伝える事ができません。
先日行った時は、アァーと必死で呼び続けていましたが、聞こえないので放置されていました。
ただ一人の家族である叔父も一日2~3時間しか訪問しません。
叔母の姉妹も、遠いので毎日は無理です。
私は、あんなにしてあげたのに、などと思わないように、でも後悔もしたくないので、できることを、きちんとしようと思っています。



186 名前: セイレーン 投稿日:2007/04/05(木) 21:39
皆さん、初めましてm(_ _)m

母が膵臓癌(黄疸が出ているので膵頭部であると思います)
であると宣告され、本人に告知すべきかどうかで家族一同悩んでおります。

現在は胆管に金属ステントを留置して、黄疸もほぼ解消されて来ているの
ですが、肝機能が低下してるので抗癌剤治療ができない状況だそうです。
癌は約3cm程と聞いていますが、抗癌剤治療ができる状況では無いと
言うことで、まだ告知をする段階ではないと言われました。まだ入院中な
んですが、近日中にセカンドオピニオンとして某病院に相談に赴きます。

その際、もし、現状の検査・画像データからの判断で治療が始められると
なった場合、やはり告知は必要になるでしょうが、その場合、やはり現在
入院中の病院の主治医に告知をしてもらうべきなのか、実際に治療をして
頂くセカンドオピニオンの病院で告知を受けた方がいいのか、正直どちら
にすべきかわかりません。

セカンドオピニオンの病院で言われたことを主治医に報告して、その上で
判断すべき事なんでしょうけど、このような状況

主治医 治療=出来ない。又は、体調が回復するまで治療できない
2nd 治療=始められる。又は、始められるかもしれない

で治療開始の為の告知を迫られた経験がある方の経験談など、その時どう
したかを聞かせてください。



187 名前: つーとん 投稿日:2007/04/06(金) 10:51
セイレーン様、大変お辛い状況ですね。私の母の場合胃癌で肝硬変で抗癌剤治療はできませんでした。セカンドオピニオンにいったら報告書が主治医に送られますので自分で報告するこはないと思います。うちの場合は告知しました。主治医に進められやりましたが研修医だったみたいでモルモットにされたかんじです。セイレーン様治療ガできなかった場合ホスピスにいれるとなれば告知してあるのは絶対条件になります。質問のお答えになってるかどうかわかりませんが、がんばってください。

188 名前: セイレーン 投稿日:2007/04/06(金) 21:50
つーとん様、ありがとうございました。m(_ _)m

抗癌剤治療が出来ない。さぞおつらかった事でしょう、心中お察し申し
上げます。

今日、セカンドオピニオンの病院に相談に行ってきました。
主治医の病院で抗癌剤治療が出来ない理由がもう一つわかりました。
血小板が非常に少なく、全身投与では危険ということからの判断でした。

相談の中で、今までの経緯を話し、紹介状にあった検査データをそれは細かく
説明して頂きました。今回、腫瘍マーカーなるデータが添付されてなかったの
ですが(腫瘍マーカーのデータがあるのかも現在不明)、血液検査と画像デー
タから、抗癌剤治療を行えると判断されました。治療方法か「動注化学療法」
です。今回実は初めて画像データを見たのですが、CT上では確かに肝臓への
転移は見られませんでした。ですが、米粒大、小豆大くらいの画像に移らない
転移はあるだろうと説明を受け、色々調べて判ってはいた事なんですが、やっ
ぱりショックです。

動注化学療法がはたしてどれだけ効果があるのか、全身に転移する前に食い止
められるのか、やってみなければ判らないのですが、現状のデータの状態なら
治療開始が出来るので、早々に母を連れて行こうとは思っています。

ただ、どうやって連れ出すか、また問題です。

月曜日に主治医とどうすればいいか、また相談と言うことになったので、その
上で最善の道を決めていこうと思います。

189 名前: つーとん 投稿日:2007/04/07(土) 02:58
セイレーン様、大変ななか書き込みしていただきありがとうございます。私の母も血小板が少なかったです。今はその治療が成功していくことを祈っております

190 名前: セイレーン 投稿日:2007/04/07(土) 12:06
つーとん様、たびたびありがとうございました。m(_ _)m

また進展がありましたら報告します。m(_ _)m

191 名前: かんた 投稿日:2007/04/23(月) 03:54
 初めて書き込みます。母(78才)への告知について迷っているのでアドバイス頂ければと思っています。
 母が今月初めの検査で進行した胆のう癌と診断されました。肝臓への浸潤が見られ、また、リンパ節がかなり大きく腫れており、余命半年以内だそうです。
 医師(母の高血圧の主治医で地域の総合病院です、専門は呼吸器内科)と相談の上、検査結果の通知ということで、胆のうに「腫れ」が見られ、経過を観察すること、黄疸や食欲不振などの症状が出た場合には、入院が必要になるかも知れない、といった形で説明をして貰いました。
 病名告知を避けた理由は、
 1)進行した胆のう癌であり、母の年齢等を考えると、手術不能、化学、放射線いずれも体力の減衰が激しく期待できないので、姑息的治療にとどめた方がよい、というのが医師(消化器内科医とも相談の上、とのことでした)。現在は体重減少や若干の食欲不振以外は症状がなく、治療を行うよりもこの形で生活させた方がよいのではないか、と私が判断したこと。
 2)昨年末より父が重篤な病気で同じ病院に入院しており、毎日見舞っている母に自分の体のことを告げても、入院等の治療を拒否することは明らかと思われたため
でした。医師は告知に関しては柔軟で、私の方からお願いして、ぼかした形でお話しいただきました。
 しかし先日、父が亡くなり、状況が変わりました。母は看病と父の死のショックからか葬儀の際に貧血で倒れましたが、その後は回復し、日常生活に支障はありません。
 しかし何も告げず、また、何もしないで父の死に伴う手続きを相談しながら母を見ているのはつらく、罪悪感を感じます。
 ご意見を頂ければと思うのは、
 1)治療の効果が望めない、ないし副作用との関係で加療しない選択をする場合でも、告知はした方がよいでしょうか。
 2)告知をする場合、一旦、曖昧な形で話した内容を変えることになるので、どのような言い方をすればよいでしょうか。
 母は元気な性格ですが、自分の病気には臆病で、過去に筋腫をしたときにも随分怖かったようでしたし、父の病気についても重篤であるという事実をなかなか受け入れようとしませんでした。また、父の死後、母は一人で住んでおり、私が週末に泊まりに行く他は、近くに親戚もおりません。元気な内に告知してしたいことをさせてやりたいと思う反面、孤独にさいなまれて早く父の元に行きたいと思うのではないかと悩む日々です。どなたでもアドバイス頂ければ幸いです。

192 名前: つーとん 投稿日:2007/04/23(月) 05:13
かんた様、大変お辛い状況ですね。私の母は胃癌の末期でした、余命半年でした。先生から告知してもらいました。余命だけは告知はしませんでした。かんた様、痛みとかは大丈夫ですか?もしホスピスとかに予約するときは本人が病名をしっているのが条件となります。私は告知してよかったのかどうか母が亡くなった今もよかったかどうかわからないです。全然アドバイスにはなってませんがかんた様とお母様がよい方向にいくことをお祈り致します。がんばってください。

193 名前: かんた 投稿日:2007/04/23(月) 21:38
 つーとん様、暖かいお言葉ありがとうございます。今のところ、母は痛みは訴えていません。ただ、食欲がどうもわかないようですし、見ていてもやせてきています。父を失ったことと病気の進行とが重なっていると思うのですが、何とか元気で暮らせる日々を一日でも多く過ごしたいと思っています。
 告知についてどのようにするか、最後は家族の判断だと考えていますが、こうした場所でアドバイスを頂けるのは大変助かります。ありがとうございました。

194 名前: ブルー 投稿日:2007/05/11(金) 03:01
はじめて書き込みます。私はB型肝炎から肝硬変&肝臓癌7㎝で手術不可抗癌剤2回投与し
薬もラミブジンからバラクルードになり現在1年と半年位になります。
体重は約10㎏減当時は吐血(食道静脈瘤で)も致死量まで行き戻ってまいりました。
データーは薬のおかげか数値は異常に高いですが、身体は何とか動いております。
医者によると病気は10年から15年位かけてなったのでは?と言われました。数値(データー)等に詳しくない私にとって
余命はどれ位なのかが今、最も知りたい事です。判った時にはあと1ヶ月・・では
多分何も出来ないで逝ってしまうのか・・その方がつらく何処か告知してくれる病院を探しております。
今の自分的には、告知された日より1日でも長く生きたら勝ちだと思う・・そんな日々です。
参考になる病院があればご伝授くださいませ。現在神奈川在住です。


195 名前: つーとん 投稿日:2007/05/11(金) 09:23
ブルーサン、すごい生き方に頭がさがる思いです、私の母は余命半年と言われ3ヵ月でなくなりました。母に余命は告知しませんでした。告知については癌センターがいいと思います。余命より一日でも長く生きられ勝利致しますようお祈り致します。がんばってください。

196 名前: 名無し 投稿日:2007/05/11(金) 12:52
ブルーさん初めまして、私も現在何時迄つづくのか、抗癌剤治療をしております。本当に頭がさがります。一度チャットルーム1に来られてみませんか、皆温かく、医療又病院などに詳しい方もおられるとおもいます。質問の答えにならないかもしれませんが、何か良い情報を得られるかもしれないので、ぜひ!いらしてください。お待ちしております。m(__)m

197 名前: ぬん 投稿日:2007/05/11(金) 16:35
ブルーさんへ

ブルーさんが本当にほしい情報から乖離があるかもしれませんが
余命宣告は、1年生存率が50%を下回る状態でないとされません。

ですから、余命が1年以上見込める場合には余命の宣告ではなく
病状の説明として(ある時点から換算して)
1年生存率85%
5年生存率40% などなどのような情報を知ることができます。

個人個人の余命の予想は非常に難しいと思います。
もしも医師から余命6ヶ月の宣告をうけても、

それは、同じような症例の人は、今後「6ヶ月程度で亡くなる
人が最も多い」というだけであって、それ以上、生存することだって
珍しくはありません。  (その逆も真ですが・・・)

十分な告知をうけておられますので、病院で担当医に相談をすれば、
医師が判断してブルーさんが、その告知に耐えられる場合で、
家族が本人への告知を拒否しない場合には、およその余命もしくは
病気の進行の予想を、教えてくれるはずです。


198 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/05/11(金) 18:32
ブルー様へ、
私の父はC型肝炎→慢性肝炎→肝硬変→肝癌になりました。
慢性肝炎発症時から血液検査やエコー検査などをして、
投薬などの治療は受けていましたが、慢性肝炎発症から
7年位で、2.5センチ程度の肝癌が一個見つかりました。
肝硬変のために肝機能が低下していて、肝癌の切除手術はできず、
経皮的エタノール注入や、肝動脈塞栓療法や、食道静脈瘤も塞栓療法を行う
などの姑息的な治療で、5年間もちました。肝癌が見つかった時、主治医の先生に、
まず家族だけに告知されたので、余命を聞いたら、「うーん、わからないな~、2~3年位
かな?」と言われましたが、結局5年もったので、当時としては適切な最善の治療を
してくれた虎ノ門病院の内科の主治医の先生に家族は感謝しました。
現在は、副作用が少なく、効果のある良い抗癌剤が色々と
開発されたり、大がかかりな切除手術ではなく、
以前からある塞栓療法の他にも、ラジオ波焼灼やレーザーメスでの切除など、肝癌も
さまざまな治療方法が新たに開発されているようです。
癌告知はともかく、余命告知や生存率などを示されるの
をとても嫌がる患者さんが多いなかで、ご自分の余命が
どれだけあるのかを知りたいというブルーさんは、
とても精神的に強いしっかりとした方なのだと思われます。
父には余命どころか、癌であることすら告知しませんでした。
(癌ではないかと非常に恐れていて、癌と告知されたり、
余命を聞いたら、絶望的になってしまい、治療する意欲すら
失いかねず、また鬱状態になり免疫力が確実に下がるようなタイプ
だったので…)。
確かに、がんセンターは生存率や抗癌剤の奏功率などをバンバンと数字で
示すのがとても好きな病院ですので、生存率や余命を知るためのセカンドオピニオン
にはいいかも知れません(病期の進んだ患者さんや再発患者さん
はそれにうんざりしていて、とても嫌っていました)。
私自身がん患者です。ブルーさんには、頑張って癌を
克服してほしいと心から願っています。
他人が、余計なお世話かもしれませんが、
それだけの強い精神力があるならば、もっと違った方向に前向きになって、
現在の病院を越えるような、最新の優れた治療をしてくれる
病院がないか、ネットや本で情報を収集して、セカンドオピニオンなどで探してみられるのも
一つの方法かもしれないと思います。



199 名前: ムスメ 投稿日:2007/05/17(木) 02:08
告知は本当に患者のタイプによると思います。私自身は、しっかり余命も教えてほしいと思っています。しかし、母は告知されてから生きることを諦めてしまい気力が無くなりました。病院側から言わせれば、末期だから仕方ないと済まされるでしょうが、一気に衰弱し一ヶ月もちませんでした。以前から「精神的に弱い人なので伝えないでほしい」とお願いしていたのですが、私が付いて行けなかった日に言われてしまいました。先日亡くなりましたが、告知が良い事だと決めつけている病院?医師?の考えには疑問を感じます。

200 名前: 千春 投稿日:2007/05/17(木) 03:12
私もいつも考え続けているのですが、
結局医師が今まで経験してきた感が頼りの“余命告知”に果たしてどれほどの意味があるのか・・・?
勿論本人の聞きたい気持ちには答えねばならない場合も多々ありましょうが、
その際医師には(重責の辛さは百も承知で)
『神の領域に己が踏み込む』と言う意味を十二分に心した慎重且つ丁寧な言葉の選択の対応を求めますし、
患者やその家族も余命告知が結局“医師の(どちらかと言えば悲観的な)感”でされるものと知った上で聞く事が重要と思います。
そうしても、告知した方された方真意の疎通が円滑確実に出来るかも確信など持てませんが。
医師の感だけが最終的な根拠の告知が、
逆に患者にとっての悲しい思い込みのカウントダウンにならないように・・・。

本当に誰にとっても辛く難しい自問自答です・・・。

今の自分の気持ちすら上手く文章に出来ません。

201 名前: ブルー 投稿日:2007/05/22(火) 03:15
沢山の書き込み感謝です。色々文章ですと誤解を招くかも知れませんが・・
やはり家族が一番心配です。国立に行っておりますが、献血しに行っている状態で、働くなんて
パワーが1時間まともに持ちません。会話でハキハキと応えられるくらいでしょうか・・
先日傷病手当金という微々たるお金が入りました。まもなく1年半障害手当て出るのだろうか?
福祉にも行きました。「働ける訳ないでしょう!」って保険も外資系ア○○下りないし。
ちなみにこの福祉のお母さんも同じ病で同じ保険下りなかったらしく・・生活できないよね~です。
帰りに職安(ハローワーク)寄って聞いた所「心身健康な事」が条件です!とあっさりボツ。
やはり余命・寿命で人生考えないと駄目ですね。
私の肝硬変の癌は中心部に居座りその周りを抗癌剤がとり囲んでいるらしいです。
肝硬変の度合い?腫瘍マーカーのデーター?他難しい数字判りませんし聞いても
「まあ~安定してます・・が治る事は無いのでしっかり病院に来てください」
毎回これです。・・・手術は不可能としっかり言われております。(ラジオもレーザーもです)
ガンセンターと言う所は以前のデーターを持って行けば判る所なんでしょうか
?毎晩眠材飲まないとすぐに起きてきてしまうようになっており、先に体が参ってしまいます。
医者は私にとって正しい事も伝達の仕方で感情に触る事を言うかもしれませんが
あげあし取る類の会話で無いのでその中から残された時間を無意味にしたくなく・・
今回ガンセンターとヒントがあったので早速問い合わせて見ようかと思います。
「なんて聞けば・・言いのでしょう」・・・沢山ありすぎてうつ病ですか?といわれたりして・・





202 名前: koala 投稿日:2007/06/03(日) 07:44
初めて書き込みします。母がスキルス胃癌の末期です。
胃癌であることと、リンパ転移があったことまでは告知してあります。
余命はいう必要はないと思っています。がっくりきてしまうことでしょう。
体力の衰えなどで、自分で感じる時期が来るかもしれませんが、
余命というのはどこまで確実かと考えても、今は言う気にはなれません。
今は抗がん剤を投与しています。まだ5日目です。
もし、重い副作用が出るようなら、抗がん剤はやめたほうがいいと
医師に言われています。そのとき、ホスピスか自宅かは、まだ迷っています。
ホスピスと言う選択は、死が近いことを告げることになるけれど、
母の痛みの緩和からすれば、そちらの方が良いでしょうから。

ところで、これはお聞きしたい事なのですが・・・。
おととい、十二指腸ステント設置という処置をしました。
癌が大きくなりすぎて、少しの流動食でも詰まってしまい、吐いていたので、
その部分に網状の管を通して、吐くのを止めると言う処置です。
それで吐かなくなったのですが、飲み込むのに喉が痛いのと、
何を食べても苦い、水も後から苦味が来るようになりました。
喉の痛みは処置時に傷がついたので少しずつ良くなると言われましたが、
苦いのは、抗がん剤の副作用かな?と言われました。
同じ経験をされた方がいらっしゃいましたら、教えてください。
食べ物の中では、今のところゼリーが一番苦くなさそうなのですが、
同じ経験の方で、これならなんとか食べられたというものがおありでしたら・・。
水の代わりに、ミネラルウォーターのなかに少しだけ桃果汁が入っているもの、
これが後の苦味は水と同じでも、飲みはじめが飲みやすいようです。

余命の話なのに、別の事を聞いてごめんなさい。



203 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/06/03(日) 21:23
抗がん剤による味覚異常が出た場合、うがい薬によるうがいと、
亜鉛サプリの摂取がよいと、サイト検索で出ました。

「味覚異常 抗がん剤」「味覚異常 亜鉛」で検索すると多数ヒットすると思います。

204 名前: koala 投稿日:2007/06/03(日) 21:33
名無しさん、ありがとうございます。
さっそく検索してみます!

205 名前: koala 投稿日:2007/06/06(水) 07:44
名無しさん、ありがとうございました。
亜鉛を点滴に混ぜていただける事になりました。

206 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/06/06(水) 19:46
>>201 ブルーさまへ、
ブルーさんの現在の状況をよく知らずに、色々と書いてしまい
不快な思いをさせてしまっていたら、大変に申し訳ないと思っています。
肝臓、特に肝硬変だととても体がだるかったり、仕事をすることよりも、
体を休めることが大事なようですね。父を見ていたので、よく
わかります…。でも、私の知っている方のお母様は
若い時に肝炎になり、肝炎はずっと持病だったそうで、
その後に肝硬変、そしてここ10年ほど前から肝癌の途を辿りながらも、
寝たり起きたりの生活であるものの、自宅で療養していらっしゃって、具合が悪くなると、また病院に入院して
治療をしているそうです。そいう方も稀にいるので、
悲観せずに、どうか、のんびりと構えて…でも決してあきらめずに、
頑張って下さいね…。
血液の値が安定しているというのは、決して悪いことではないのでは…
と思います。完治がありえなくても、腫瘍が増悪しなければよい…位に考えて、
癌と共存するつもりでいれば、少しは気が楽になるのでは…。
私が3年前に国立がんセンターの乳腺外科の病棟に入院した時に、
同じ部屋にたまたま脂肪肝でダイエットをした方がいいと
先生に言われたと言う、肝臓癌の女性の患者さんが入院してきて、
その方から聞いた話では、胆・肝・膵の消化器外科の先生では、
元都立府中がんセンターにいらした島田先生(東大出身)が
とても良い先生だという話でした。
病室で先生の応対を聞いていて、確かにとても信頼できそうな、
でも説明も的確で、詳しいし、とてもおもしろくて、
優しくて癌患者さんを勇気付けて励ましてくれるような
とてもいいDr.でしたので、セカンドオピニオンに行くには良いかもしれません。
本当に、手術(レーザーやラジオ波も含む)は無理なのか
等、治療について、それらの可能性は全くないのか
伺ってみるとよいかもしれませんね…。その結果、そちらで
何か良い治療方法があれば、あるいは、その先生がいいと思ったら、
転院してしまえばいいのですから…。ただ、本当に手術が全く不可能であると
すれば、胆・肝・膵の外科医ではなくて、内科医が主治医となるはずですが、
セカンドには、抗癌剤以外の治療の可能性も含めて聞いた方が
良いと思いますので、外科医の方が良いと思います。
セカンドオピニオンを受けるには、すべての今までの画像や血液検査などのデータや医療情報提供書を
現在の主治医の先生に書いてもらう必要があるかと思いますが…。


207 名前: ブルー 投稿日:2007/06/09(土) 01:57
名無しさん他色々と有難うございます。
ただ私は病気だけによる悲観はしていない事は事実です。
朝元気で飛び出したら不運な事故に会う方も残念ながら多数いらっしゃいますし
そんな世の中だと思います。
余命は当然データーから取るものだと解釈してます。
例えば1年と言われたら5年行きぬくぞ!とか、1年あればここまでは身の回り整理出来るぞ!とかひとそれぞれであり
私の周囲の人も気を使ってくれているのは痛々しく感じます。
だからこそ、データーからでも判る範囲の余命を知りたいのです。
現在は補償も認定されていない病気の様なのでましてや自己管理に頼るしかないのです。
セカンドオピニオン・・系列の所は駄目でした。いわゆる悪い言葉で言うと「愚痴聞き係」で
病院をそのまま変えて行った方が良いようです。小1時間で5~6000円取る新しい商売としか
感じられませんでした。
病院から「データー開示の義務」で書類を受取りガンセンターで分析してもらい
結果を聞いた方が近道だと感じました。「医療情報提供書」は病院を変わるのでそのまま受取りが出来ます。
初診料3000円多く支払っても納得いく回答に近い物がえらるのならその方が良いと思いました。
肝硬変で7cmの癌手術不能、恐らく10年は経過してます。気が付いたのは1年半年前・・
そして未だ現状が判らない自分の方がどちらかと言うと不安です。現在法律で余命3週間は本人の意思で・・・などと
勝手にほざいている政治家がいますが、昔からまだまだ解決出来ていない病気にもっと目を向けて頂きたいものです。
去年認可されれば助かった命どれくらいあるのか・・・・・無念です。


208 名前: つーとん 投稿日:2007/06/09(土) 03:23
ブルー様、確かに今の日本のガン医療は遅れてます。ブルー様の声が届く医師に出会えることを祈ってます。ブルー様失礼な意見でしたら申し訳ありません。

209 名前: ちひろ 投稿日:2007/10/08(月) 22:09
先日,私の父は肺ガンで息を引き取りました。半年,抗ガン剤治療を続けましたが,一時退院できたのは1ヶ月だけでした。その間,きっとよくなるよと励ましながら辛い副作用に耐え,父は闘病生活を送りました。再発してからは小細胞癌だったこともあって,1ヶ月で呼吸がまともにできなくなり最後はもう堪忍してくれと訴えていました。そんな父にもう幾日ももちそうにないという話を,父にすることはできませんでした。ただ,ただ,がんばってほしいと話すだけで・・・通夜の時枕元で最後まで頑張らせたことを謝りました。もっと違う言葉をかけてやれば良かったのかもしれませんが,やはりもしかしたら(家族だから思うこと願うことなのかもしれませんが)回復するかもしれないと思い,とても余命の話などできませんでした。今となっては何がよかったのか自分でもわかりませんが,たとえ余命がいくばくもないといえども,一緒に過ごせる時間を大切にすればいいのだと思います。本人を不安にさせ明るい話題もなくなるのでは,余命告知は闘病生活を続けるものにとって,とても耐えられないことのように思っていました。何を書いているのか自分でもよくわかりませんが,ガン細胞がただただ憎い(;q;)それだけです。

210 名前: ユリ 投稿日:2007/10/09(火) 21:15
現在私はステージⅣの大腸癌で余命は一年と言われています。私は全てを話して欲しいと希望しておりましたので、最初に内視鏡をした内科医が写真を見て、この状態ではリンパや他臓器への転移は間違いありません、三ヶ月という事はないでしょうが・・・と一人で結果を聞きに言った私に話しました。私は動転もせず「やっぱりな~」と冷静に聞いていました。翌日外科に回され一週間後に入院、その3日後に手術という慌ただしさでしたが、その間に夫には家計の流れや貯金の額や保険の明細をノートに整理しながら説明したり入院の用意をしたり。私は50歳を越したばかりでしたが、少し早いけどこんなもんかなと信じられない位冷静でした。内科医の指摘した通り複数箇所への遠隔地転移もしていましたけれど。術後も人工肛門になりましたが、普通に受け入れている自分がいます。人は必ず死にますから生を受けた事を有難く思い、それなりに楽しく暮らせてこれた人生に満足しています。家族には「寂しいだろうけど、幸せだったから可哀想だと思わないでね」と話しています。退院して今は抗癌剤治療をしておりますが、副作用も軽く元気で、この調子ならもう少しだけ永く生きられそうな気配です。私は告知も余命も話して貰って良かったと思います。好きな物を食べて行きたい所にも行けますし、家族にたくさんのメッセージも残せます。これからもたくさんの思い出を作る事もできます。何より治療方を自分で選択できます。私の命なのだから誰にも決めて欲しくありません。
10年前に独身の義兄を肝臓癌で亡くしましたが、主治医が余命どころか病名さえも告知には反対され、家族は嘘をつくしかなく治療方も高齢の両親に代わり私達夫婦が決めました。その事は今でも私の心に陰を落としています。義兄も病名を知っていれば、やりたい事や伝えたい事があった筈です。義兄の命は誰のものでもなく義兄のものです。癌は嫌だし出来れば長生きもしたいけれど、癌は逝くまでに時をくれます。これだけは有難い事です。さぁ、残された時をどう過ごしましょうか、私は自分で決められるのです。幸せだと思います。


211 名前: イレブン 投稿日:2007/10/10(水) 07:42
ユリさん

同じく大腸癌ステージⅣ、原発巣摘出済み、ストーマ増設、遠隔転移有り、、、
現在抗がん剤投与治療中(副作用軽め)です。
ひとつ異なるのは余命を聞いていないこと。
現在、45歳(♂)です。
そうですね,今現在はとても幸せだし,振り返ってみても他の方には負けない
くらい幸せな道を歩いて来れたと思います。
その中で、こんな病気になってしまったのだから間違いなく長生きは望めま
せん。でも、かと言って数年で死ぬ訳にもいかないのです。
確かにいつも考えていますよ,残された時や周りの者へのメッセージ的な言葉
や、、、常に死は意識しています。

出来れば、このまま時が止まってくれればいいのに.....とも。
とにかく精一杯、生きます!!

212 名前: さとみんみんぜみ  投稿日:2007/10/13(土) 15:15
ちひろさん。はじめまして。お父様のご冥福心からお祈りいたします。
私自身小細胞癌の告知を受けています。
私は、小学5年男児と小学3年の女児を持つ39歳の主婦です。現在、抗がん剤治療中で
1クール目の入院中です。この土日は白血球の数値も安定したため外泊許可頂き
自宅よりのお伺いです。残念ながら入院中の病院では使えません。火曜日には
抗がん剤を入れますので、また戻りますが・・・
私の場合は、子宮ガンから転移性肺がんそして転移性脳腫瘍、
骨転移の疑いと全身に転移している可能性が高くもう、どうしていいのか
分かりませんでしたが二人の子供たちを悲しませるわけにはいかないと
抗がん剤治療、骨転移は放射線治療(これからの予定)を踏み切ることにしました。
子宮ガンは去年のはんしで10/5丁度1年前に手術、抗がん剤、放射線治療約3ヶ月の
入院で治したはずでした。しかし、小細胞癌という種類が最悪で半年後に腰の痛みから
画像診断により転移が分かりました。ちなみに腫瘍マーカーには出ませんでした。
お父様は、呼吸がしずらくなられたようですね。私も現在の痛み止めに麻薬入りの
デュロテップパッチというのと飲み薬を併用で使用しています。しかし、背中の右肺あたりが
押されているような痛みを感じます。私も痛みに耐えられるのか、抗がん剤の
吐き気に耐えられるのか今は、信じて頑張るだけです。私は余命を聞いていません!
聞いたら皆が気を使うんじゃないかと思い聞けません。でも、出来る限り家族で一緒に
過ごしたい。思い出をいっぱい作ってあげたい。そう思うので余命も聞いたほうがいいのか
悩んでいます。お父様は、抗がん剤治療を半年され、退院1ヶ月で亡くなられたんでしょうか?
その1ヶ月は呼吸が思う様に出来なかったということですか?
お父様を思うちひろさんのお気持ち、どうしてあげればよかったと思われましたか?
私もいずれ家族に同じような思いをさせてしまうのではと思います。
辛い思い出になりたくないので何か助言いただければありがたいのですが・・・
どうぞ、宜しくお願いします。


213 名前: ゆり 投稿日:2007/10/14(日) 10:02
イレブン様 病状が私と同じですね。同じ病気の方が希望を持って頑張っておられると思うと私も元気が湧いてきます。新しい薬も出るようですし治療方も日進月歩だと信じて、余命宣告など気にせず今まで通り楽しみながら暮らしていますが、いつも不安や諸々の思いはあります。イレブン様、お互いに頑張りましょうね。抗癌剤は火曜日から7クール目を入れる予定です。副作用は軽い痺れと味覚障害だけですが、寒くなってきたので痺れを少なくするために対策が必要だと実感しています。
余命宣告は受けなくても情報はたくさんありますから、年代のお若い方なら自分の病状からおおよその事は分かってしまいますので、宣告をするかしないかはドクター次第かと思います。私の主治医もあくまでも平均的な値ですので、これを越えていけるように共に頑張りましょう!と言って下さいました。余命告知は若い方には治療に前向きになるためにも、必要かと思いますが、高齢の方にはドクターもご家族も悩まれるでしょうね。ホスピスに入る為には本人告知が条件ですし、残された日々を少しでも安らかに苦しまずにと思われるのなら、告知は避けられません。残された人は、生きている限り、多少なりとも、あれで良かったのだろうかと自問自答されるのではないでしょうか。私も義兄の時の経験から全てを知りたいと思いました。余命告知をされて良かった事は、身辺整理が出来た事ですね。元気なうちに少しでも行きたい所にと毎週のようにあちこち出かけてもいます。
病名告知も余命も、本人の希望をしっかり聞いてそれに沿ってあげるのが一番良いのかなと今の私はそう思います。

214 名前: かりひ 投稿日:2007/10/17(水) 17:37
さとみんみんぜみ様
お若くお子様達もまだお母様に甘えたい年齢でおられ、心労お察しいたします。
私の母は大腸癌の肝臓・肺・脳・骨転移で先週他界致しました。
頭が真っ白になり、現実を受け入れられず昼も夜もわからず、朝起きた瞬間から
涙が出てこれからの事も不安でなりません。
私は20代で母は60代でした。
アバスチンの治療を自費で行って効果がすごくありました。
治る可能性のある治療を行って是非ご病気、病気と共に生きる事でも、お母様
がこれからもお子様達と過ごせる事を祈っております。
お嬢様・息子さんこれから初潮や受験・恋愛・色々お母様にしか相談出来ない事も
あると思います。
どうか支えになってあげて欲しい気持ちで一杯です。もちろんお母様もそれを望んでおられると思いますが。
お母様もお辛いと思います。どうか抗がん剤治療で効果がある事を祈っております。

215 名前: <削除> 投稿日:2007/10/18(木) 20:53
<削除>

216 名前: さとみんみんぜみ  投稿日:2007/10/23(火) 18:32
214のかりひ様
お返事有難うございます。お母様を大腸がんで亡くされたんですね。
お母様のご冥福をお祈りいたします。
わたしも明日から骨転移(腸骨付近)に対して、放射線治療を行います。
まだまだ、諦める訳にはいきませんからね!!頑張っています。
子供たちの成長を出来る限り長く見ていたいのでね。ふんばって、頑張って、
1日でも長く笑顔で家族と過ごすために・・・不安な気持ちと背中合わせですが
笑えるうちは、笑顔で過ごそうと決めています!でも、泣きたくなったら
大声で泣こうとも思いますが泣くのは、なかなか出来ないですね・・・
アバスチンの治療?医師に早速相談してみます。本日は、子供たちの遠足だったので
外泊許可を頂き、お弁当作りに我が家におりました。8時にはまた病院へ行きますが・・・
あー早く4クール終えて「奇跡的に小細胞癌がなくなりました。初めてです。学会で発表
します。」なんて、言葉を医師から聞きたいものです。そのためにも明日からの
放射線頑張ってきます。応援メール有難うございました。

217 名前: しーchan 投稿日:2008/02/01(金) 20:52
初めまして。
癌について詳しく教えて欲しいです。

私の祖父は、‘悪性リンパ腫‘という悪性の癌
と戦ったんですけど2年前亡くなってしまいました。
病気に気づいたときは、もうすでに遅く余命一年
と診断されていました。しかし、祖父は帰宅願望
が人一倍あり、私達に会うたびに早く帰りたい、
帰らせてくれと毎日のように言っていたのが耳に
残っています。そんな頑固な祖父に癌の告知を
するのがとても悔しく癌てことを知った祖父は
精神的に追いつめられ苦しい毎日をこれから送ると
思うと私たちは告知することができず、嘘を
ついて毎日を送っていました。
しだいに癌に全身を蝕まれていく祖父をみて、
どれほど辛く、痛く、悔しかったのだろう…、
全身に醜くできるイボ状の腫瘍(3cm大)、
額、顔、頭部、脇、…リンパというほとんど
の箇所で広まり始めたときは、一時帰宅していた
祖父と一緒に寝ていた私に隠れて泣いている
姿を目にしたときは助けてあげたい。の気持ちで
涙があふれていきました。半年しても告知はしておらず、
モルヒネで疼痛を半減することしかできないで70歳
ということでケモもできませんでした。
ある日祖父が家に帰りたいためベットから転落する
ということがたびたび起きたことで、告知すること
を決め母、祖父、父、に医師から詳しい説明を受け、
理解をされたそうです。
それから2ヵ月後最後に涙を流し息を引き取りました。
70歳でなくなった祖父。今でも大好きです。
だから私は看護師という職に就きたい。将来の夢に向け勉強中です。


でも未だに分からないことがあります。教科書で見た本では、
腫瘍は体の内面にできると書いてあって祖父は体の外にでき
全身包帯でぐるぐる巻きでした。

悪性リンパ腫とは一体どういうものでしょうか????
教えてください・・・









218 名前: しおから 投稿日:2008/02/02(土) 22:07
>しーchanさん
悪性リンパ腫の患者本人です。大好きだったおじい様を亡くされ、心中お察しいたします。

お尋ねの件、「悪性リンパ腫」は総称ですが、詳しい分類・型などを調べますと、
実にたくさんの病名があります。重要なのは、その分類・型です。
下記URLをご参照ください。

http://ganjoho.ncc.go.jp/public/cancer/data/malignant_lymhoma.html

私の場合はホジキン・リンパ球減少型 ステージ4でした。
ステージとは、年齢・自覚症状の有無・原発の他に転移の有無で決まります。
悪性リンパ腫は、体のリンパ節にできる腫瘍だけでなく、リンパ節以外にも腫瘍ができます。
これを節外病変といっています。

おじい様の場合、型が分かりませんが「非ホジキン・NK細胞またはT細胞性」ではと
推測しています(あくまでも一患者の推測です)。
また型については、余命のこと・皮膚に出た症状から、皮膚型・皮膚原発のリンパ腫もあります。
こちらもご参照ください(皮膚に出る症状の型は、他にもいろいろあるようですが)。

http://ganjoho.ncc.go.jp/public/cancer/data/skin_lymphoma.html

http://www.nurs.or.jp/~academy/igaku/s2/s22624.htm


すでにお調べでしたらすみません。
以上、しーchanさんには将来の夢、看護師をめざしておおいに学んでください。

219 名前: しーchan 投稿日:2008/02/04(月) 21:20
ありがとうございます。

とっても参考になりました。私は小さいときに
祖父の病気について軽くしか聞いていなかった
ので、分類について詳しく分かりませんでした…
しおからさんが教えてくださったおかげでいろ
いろ知りました。
母が言ってたんですが、祖父の病気は、もとから持ってた病気で、
親からもらったものだと医者から聞いたといってます。
そこの市立病院では、祖父の病気が初めての病気らしく、
モルモットみたいに扱っていました…
看護師さんからは、「サー、大物に取り掛かろうかね」
という言葉を小さい私でも心にグット来る物がありました。
そういう看護しにはなりたくないですね…






しおからさんもとっても大変だと思います。

頑張ってください。こういう繋がりがあって 
とてもうれしいです。






220 名前: とも 投稿日:2008/02/12(火) 00:23
私の母に癌が見付かったとき、右腎臓・膀胱・リンパで、末期、
余命半年~1年と言われました。

去年5月末の事です。 

術前検査で、肝臓にも転移がわかり、ストーマ装着のみで、切除は
中止になりました。 

母本人は、癌の状況は知っています。余命は
知りません。

放射線と抗がん剤2クールで、うまく効いてくれて、肝臓以外は、小さくなりました。
そして、余命半年と言われた年末に、元気に帰宅しました。

どうかこのままで、と思っていましたが、先週、右足付け根部の骨に転移して
いる事がはっきりわかりました。母も知っています。

1月中旬位に、痛いと主治医に言っていたのに。

正直、足を引きずり、それでも、体力が落ちるのが嫌だ、と家事をしている
母をみているのは、とても辛いです。 

年末、母が退院した後、父と私が呼ばれて、主治医から、「これからの日々は、
覚悟をしておいて下さい。母の命を考えた時、積極的な治療は、お薦めできません。
病院で過ごすより、自宅でゆっくりとやりたい事をさせてあげたほうが、いいと
思います。」 と、話がありました。

覚悟は、しようにも、そんなもの受け入れる事なんて、できません。
夢ならいいのにって、いつも思います。







221 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/12/26(金) 13:14
すいません 突然 皆さん家族の方いろいろ悩まれ苦しんでいると思います
私は2年前半胃がんで胃を全摘しました、しかし 最近になって突然リンパ
節転移、挙句の果て骨転移10箇所以上あることを知りました、胃がんのとき 
突然告知をされました その時は 突然告知され、自分でも頭が真っ白で
泣来ました 母親一緒で一人で聞くよりはましだったかなと思いますお酒は
飲みました
今は現在の治療が効かなければ余命1年と言われています、飲み薬のモルヒネ
を飲んでがんばっています


222 名前: <削除> 投稿日:2009/01/05(月) 04:23
<削除>

223 名前: <削除> 投稿日:2009/05/12(火) 03:16
<削除>

224 名前: <削除> 投稿日:2009/07/29(水) 12:09
<削除>

225 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2009/07/29(水) 12:41


226 名前: 学生 投稿日:2010/09/28(火) 16:52
 余命告知をされた友達がいるとして、
その友達にどのように声をかけるのが一番よいのでしょうか
またどのような行動をすればよいのでしょうか。

227 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2010/09/29(水) 08:49
>>226

「いるとして」って、いったい何の練習ですか?


228 名前: <削除> 投稿日:2011/03/06(日) 17:10
<削除>

229 名前: ひま 投稿日:2011/04/11(月) 13:22
1年前に母が卵巣癌になりました。
すぐに手術し、卵巣、子宮、タイモウ、リンパ等取り除きました。
この1年抗がん剤治療に耐えました。
そして、今、肝臓に転移してます。

肝臓に転移がありますと言われ本人はとてもショックを受けました。
家族に対して、何故一言なかったのでしょうか・・・

その後医師曰く
「半年もった人を見たことがない。なので、余命は半年だと思ってください」

母に余命半年と告げたほうがいいのかどうなのか、答えが出ません。
何かアドバイスありましたら宜しくお願いします。

告知して、したいことをして、行きたい所に行って心おきなく最後を迎えてほしいと思う反面、
告知したら、生きる気力まで失われるんじゃないかとも思います。
やり直しのきかない選択なので皆さんも同じように悩まれてると思います。
一番いいのは母の希望に沿うことですが今さら聞けません・・・

宜しくお願い致します

230 名前: ゼアス 投稿日:2011/04/14(木) 12:25
俺は子供と両親を事故と病気で続けて亡くした
人は何時か死ぬ。
医者だって全能の神では無いし、事故や災害でも命を落とすのだから…
病気で余命云々言ってられるなら、まだマシではないかな?
本人が家族が、どう残りの時間を有意義にするかって事だと思う。
接し方?普段と変わらない接し方が良いんじゃないのかな?それで本人が嫌がる様ならそっとして置けば良いし、この人は何時か死ぬんだ…なんて思ってたら顔もまともに見れないよ。
今は生きてるんだから!
今を精一杯に生きてるんだから、その手助けをすれば良いだけなんだよ…
人の死を尊厳を持って接するのも良いが、人は何時か必ず死ぬんだから、
生きてる時間を大切にするしか無いんだよね。


231 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2011/06/21(火) 18:46
自分だったら告知されたいです。
選択肢はそんなに多くないかもしれませんが、
何か行動を起こせるかもしれないし保険外の治療を
探せるかもしれない。



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